【巫蠱の蟲籠】 〜参・薬師の杖
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■シリーズシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月05日〜06月10日
リプレイ公開日:2005年06月13日
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●オープニング
錫丈の柄に掘り込まれた模様を指が撫でる。
不規則に曲がりくねって枝分かれする細い溝は、見ようによっては唐草の模様に見えなくもないけれど‥‥
口の中で小さく呟きながら、何度も、何度も。
真剣な表情で杖と向き合う男たちの背中を眺め、子供心にとても重大なお役目なのだと想像していた。――いつか、“運び手”に選ばれることを夢に見ながら。
■□
山には無数の洞窟が口を空けている。
禾倉代わりに使われている小さなものから、底の見えない大きなものまで。
物心ついた子供たちに、そうした洞窟に決して入ったりしないようきつく言い聞かせるのは、親であったり村の大人たちであったり――
お天道さまの下は、天子さまが統べる国。けれども、地底に広がる闇の底には、死者の暮らす黄泉の国が広がっているのだから、と。
それでも、肝試しと称してこっそり洞窟に入る子供は後を断たない。そして、数年にひとりやふたり、洞窟に入ったきり戻ってこない子も‥‥。
祭壇へ供物を納める“運び手”は子供たちの憧れであり、また、木地師たちのささやかな誇りでもあったのだ。
「旅の法師は、虫封を封じた数珠の玉を洞窟の祠に収め、この地の礎にしたというが」
いったいどこまでが真実で、どこからが伝説なのか。
冒険者たちが持ち帰ったという錫杖を前に、長老たちは吐息を落とす。
修験者が持つ杖よりはやや短めの。上下に金属の輪を被せたその柄には、一面に唐草模様にも似た細い溝が刻まれていた。
「この杖が、祠へ導くものだというのか?」
「おそらく」
頷いた小弥太の言葉に長老たちは、互いに顔を見合わせる。
虫の姿は以前に比べいくらか落ち着き小康状態が続いているが、それもいつまた動き出すかわからぬ状態。早急に手当てが必要なのはわかっていたが‥‥
「とはいえ、誰が祠へ出向くのだ?」
幼い頃より、洞窟へ恐ろしさを諭されて育った者たちだ。土を耕やし、田をおこす力はあっても、戦いに長けた者はいない。
「江戸で人を募るしかあるまい」
日に焼けた顔を曇らせた長老たちを見回して、小弥太は苦笑を落とした。
●リプレイ本文
東の空に、雨雲が漂う。
夜明けの曙光に鈍く輝く重たげな色を湛える空は、これから始まる戦いを予感しているかのようだ。
今にも泣き出しそうな緊張を孕らみ沈黙する天を仰いで、未来(さき)を想う。
この時期の雨は、天の恵みだ。
水田を満たし、畑を潤し、ひと雨ごとに夏が近づき、実りが近づく。――雨の後には、必ず陽が射すのだと。それを信じて、空を見上げる。
●猫と約束
「戻るまで、百炎を預かって頂けませぬか?」
火乃瀬紅葉(ea8917)の申し出に、子供は驚いたように目を丸くする。
集落から助け出した子供は、しばらく顔をあわせぬ間にずいぶん元気になっていた。――床を離れて小弥太の後を付いて回り、寺の手伝いのようなことまでやっているのだという。失した機能にまだ少し不自由はしているようだが、それに慣れるのも時間の問題だろうと聞いて驚いた。
「いやはや。子供とは強いものだな」
義弟の姿を重ね、そのあまりにも惨い現実に落胆を隠せないでいた丙鞆雅(ea7918)などは、この新しい発見を喜ぶべきか悲しむべきか真剣に悩んで首をかしげる。大人には真似のできない適応力と順応性は賞賛ものだ。
「そうだね。私たちも見習わないと」
おっかなびっくり火乃瀬から猫を受け取る子供に微笑ましげな視線を向ける御神楽紅水(ea0009)の隣では、何やら挙動不審の男がふたり。
「いえ、ね。洞窟は暗くて狭くて、アレでしょうから。今のうちに――」
前回に引き続き、どんな場合にでも目の保養は忘れない陣内晶(ea0648)と。
(自称)江戸一番の美人絵師、日本一の大剣豪、天下無双のイイオトコ。嘘か真か、立派な肩書きがてんこ盛りの鷹見仁(ea0204)。――修行と称して、美人画の作成に余念がない。因みに、此度の依頼には美女が多いと喜んだその頭数に、火乃瀬(十九歳、男性)が入っていたのはちょっと隠しておきたい秘密の話だ。
雨を孕んだ曇り空の下、束の間、のんびりと時は流れる。
次に来る避けられない戦いを見据え、今はただ、彼らが守るべきモノの姿をしっかりと心に刻んで‥‥
この戦いは、負けられない。
●影法師
杖に刻まれた細い溝が、洞窟の地理を表している。
冒険者たちが出した答えに、村の長老たちは感心したように顔を見合わせた。
「なるほど」
言われて見れば、確かにそう見えなくもない。
細い錫丈に刻まれたその模様の全体図を、平面図形として紙に写し取るのは思った以上に大変だったが。――田之上志乃(ea3044)とハロウ・ウィン(ea8535)のふたりがかりで挑戦し、墨を塗って転がしてみてはどうかという陣内の提案や、とりあえずしっかり観察して正しい道を覚えてしまえという顔に似合わずオトコマエな火乃瀬の意見に傾きかけたりと紆余曲折を経て、絵心のある鷹見の筆にてひとまずは落ち着いた。
「あとは潜ってからのコトになるんだろうが。祠についての情報がイマイチ足らねぇ。木地師たちは‥‥特別なコトをしなければいけないとか‥‥まぁ、なんでもいいんだが。そんなことを言ってた覚えはないか?」
近隣の村からは米や酒などを納めていたと聞いてはいるが、具体的にどういうものであったのか。
苦いものを噛んだような渋面を作って呟いた鋼蒼牙(ea3167)に、火乃瀬も気がかりを口にする。
「しかし、封じられた虫とは一体どんな物の怪にございましょうね? 祭事を一度欠いただけでこの様子‥‥少々、恐ろしゅうございます」
絶対に負けられない。負けられないと知っているから、みな、細心の注意を払って備えることを考えていた。それを感じ取っているのだろう。いつもは、遠巻きに自体を見守っているだけの村人たちも少しでも手がかりはないかと首をひねっていた。
「おっ師ょさまも、『仕事の成否は準備で九割決まる』と言っとらさっただよ」
「そうだね。でも‥‥今から祠へ行って、お供えをすれば全てが終わるようには‥‥正直、思えないんだよね」
頬に手を当て小さな吐息を落とした紅水に、腕を組んだ丙もそうだなと首肯する。
山里の村に姿を見せた虫も。木地師の集落を襲った虫も。数こそ多いが、普通の虫だ。――例えば、捧げられた供物に満足して眠りに付くといった知能がある風にはとても見えない。
逆にいえば、それだけ知性も力もあるモノが、これまで年に1度の祭事で満足していたというのも不思議な話。
「そういえば。以前にも、誰かがそんなコトを気にしていた気がするが‥‥」
ふうむと目を細めて考え込んだ老人に、鋼も自らの記憶をたぐる。
「その話なら、前に聞いたぜ」
たしか、村を訪れた行商人が連れていた用心棒だったか。そんな、話だ。
鋼の助け舟に、そうじゃそうじゃと何度も頷き、老人はちらりと向かいに座ったウィンに視線を向ける。
「アンタに良く似た耳の長い‥‥」
良く似たというのは、種族が同じという程度。――辺境に暮らす村人たちにとって、月道を渡ってやってきた異国の旅人は、種族の違いこそ判っても人相の見分けはつかないらしい。
「洞窟に入ってみたいと言っておったが‥‥」
もちろん、村人たちは頷かなかった。
小さい頃より、洞窟の恐ろしさを諭され続けて育った者たちである。――尤も、仮にその気になったとしても洞窟の姿を知っているのは木地師たちだけ。
頭から無謀だと知っていたから。それ以上、誰も気に留めていなかった。
●薬師の杖
―――ザシュ‥ッ‥!!
抜き放たれた銀刃は流れるような弧を描いて大気を切り裂き、獲物を絡めようと巣穴より這い出した土蜘蛛の足を断ち切る。
動きを止められ、カチカチと牙を鳴らして怒りの声を洞窟の低い天井に響かせた。仲間を呼ぶ声にも聞こえる耳障りなその音に、暗がりが揺れる。
「これで、終わりだっ!!!」
刹那、完成したふたつの呪文は、交錯するふたつの軌跡を描いて狙いを違わず土蜘蛛の毒々しい色をした大きな体に突き刺さり、禍々しいその命を断ち切った。
「やれやれ。まさに、暗がりに鬼を繋ぐ、だな‥‥」
洒落にならん。切っ先を濡らす露を払って刀を納めた鷹見、淡い薄桃色の残光をその身にまとう鋼と拳を合わせて勝利を喜びつつも、丙がぼやく。
「いやあ、お見事、お見事」
ぱちぱちと手を叩く陣内は、後方ということもあり今回は傍観者を決め込んでいたらしい。もちろん、劣勢になればいつでも加勢できるよう鯉口は切っていたのだけれど。――さすがに日本一と嘯くだけのことはある。
洞窟と聞けば、金銀財宝。
何故、洞窟と金銀財宝が結びつくのかはイマイチ謎だが、陣内の頭の中ではこの公式は成り立つらしい。
今回、洞窟の奥に文字通り金銀財宝が隠されているのは眉唾だが、祠が存在している以上、なんらかの価値あるものが納められている可能性はある。――もちろん、持ち帰っていいものかどうかは、別にして。
松明を掲げて殿を歩く陣内の位置からは、綺麗どころの後姿しか見えないのだけれど。それはそれで、楽しみ方があるらしい。
―――ジジ‥‥ジ‥ッ‥
火に触れた虫が、いやな音を立てて地に落ちる。
飛んで火に入る‥とは、言うけれど。
払っても、払っても火に集まってくる虫には、辟易しつつ。ゆっくりとそれでもなるべく止まらずに前を目指して。――湿気は高いがひやりと涼しく、暑さはさほど気にならない。
前列は、鷹見と丙。火をかざした鷹見の隣で、丙は時折、魔法を使って生き物の気配を探る。風の精霊とのつながりを告げる淡い緑の光は、暗がりの中で見失わずに位置を報せるちょうど良い標にもなった。
二列目は、杖から写した地図を握り締めた志乃と火乃瀬。三列目には小弥太と鋼、それに紅水が並び。殿をこれまた松明を掲げた陣内と、魔法を封じた巻物を大事に背負ったウィンが肩を並べて歩く。
「その別れ道は、右だべ。もうちょっくら行ったら」
もし、杖の模様が地図でなかった場合も考えて。洞窟の壁に目印をつけたり、道の端に小石を積んだり‥‥用心も怠らない。
小さな羽虫の類は松明を振れば払える。
丙の魔法に感知されるほど大きな虫も、あらかじめ存在を知っていればさほど怖い相手でもない。
日本一というのは大袈裟としても、鷹身の腕はたしかであった。そこに丙、陣内が加われば鬼に金棒。距離があっても攻撃の可能な鋼の闘気魔法も、狭い空間で戦うにはずいぶん有利にコトを運べる。
「‥‥に、してもまだずいぶん長いな‥」
懐から取り出した杖を眺めてコレまでの道程を確認し、鋼は小さな吐息を落とす。
「確かに。ずいぶん歩いたような気がいたしますのに」
鋼の手元を覗き込んで火乃瀬も、いぶかしげに首を傾げる。――杖の模様はようやくはめられた金属の輪に届くところ。まだ、半分にも届いていない。
いくぶん、げんなりと顔を見合わせたところへ、少し上ずった志乃の声が割って入った。
「あ! あれ!! あれが、虫封じの祠でねぇだか?!」
道なりに折れた回廊の先に、小さな社の形が見える。
少し傾いて見えるのは、壊れかけているせいか。人の手で作られた建物と、その後ろにもうひとつ。――ぽっかりと口を開いた黒い穴。
●祠の傷
小さな社は、穴の入り口を塞ぐように建てられていたのだろう。
強引に引き倒されて傾いていても尚、深淵の半分以上は建物に隠されていた。
「‥‥誰が、こんな‥」
傾いた祠の前に呆然と立ちすくみ、紅水は行き場のないやるせなさを唇に乗せる。
ここにくれば、全てが理解る、と。
そう、思っていた。
すべてを終わらせるために。
「物色された跡がある」
祠を荒らした者が、封印を解いたのだろう。――単なる成り行きでそうなったのか。あるいは、こちらが目的だったのかまでは判らないけれど。
「ここには何か納められていたのでしょうかねぇ」
祠にはご神体がつき物だ。
まさか、本当に金銀財宝が隠されていたワケではなかろうに。
空っぽの祠を覗き込こみ思案気に顎を撫でた陣内の横で、志乃は少し怒ったように唇を尖らせる。
「お(坊)っさまが悪さする虫を封じたのは、お数珠だべ」
「なるほど」
江戸に向かったという木地師の衆は、奪われたものを取り返す為に山を降りたのだ。
そう考えれば、辻褄が合う。
「‥‥僕、聞いてみるね」
ふと思いついて背負った袋から巻物を取り出し、ウィンはくるりと丸められた紙を開いてそこに書かれた呪文を唱える。
1回、2回。
完全にものにしたワケではない技術は、失敗することもあるけれど。めげずに、集中を繰り返し、ようやく完成させた呪文に洞窟に澱んだ空気が微かに揺れた。
《祠を壊したのは、誰?》
――大事なものを持って行ったのは‥‥?
ひたひたと闇の中で微かにゆらぎ、ためらいながら。たゆとう空気は、ようやくひとつ答えを返した。
――― 貴方と良く似た異郷の旅人 ―――