【坂東異聞】 橋姫 (弐)

■シリーズシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:9〜15lv

難易度:やや難

成功報酬:6 G 48 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月02日〜04月09日

リプレイ公開日:2006年04月10日

●オープニング

 咲き零れる紅が時空の歪みにけぶる。
 輪郭を滲ませた小さな花弁が散る様は滴り落ちる鮮血にも似た不吉な胸騒ぎを呼び起こし、未来を覗く術者に昏き翳を投げかけた。
「‥‥おやまあ」
 不吉の暗示。
 芳しいとは言い難い結果に眉をしかめて、ティアラは術を打ち切った。
 不可視の壁が砕け落ち、清冽な梅の香が立つ。
 明るく開けた視界に忙しく瞼を動かして周囲を見回したティアラの横で、雪切が纏う火精が放つほのかな光も瞬きながら淡く途切れた。
 期待したほどの結果が得られなかったのか、激することの少ないその表情もどこか険しい。
「これといった変化はないな。‥‥根元の‥この辺か‥が、少し冷たいくらいで」
 梅の木‥‥植物に著しい温度の変化が見られるのかどうか。比較するものが曖昧であるので、異常とまでは言い切れないが。
 そこ、と。
 地面から隆起して這うようにのたうつ根を指差した雪切の言に、先だってこの梅を調査した大宋院は少し考え込むように顎に手を当てた。
「‥‥成長する時に石か何かを抱き込んだ‥の、ではないでしょうか‥?」
 言われて見れば、そんな気もする。
 石に邪魔されて地に潜れず、瘤のようになっているのかもしれない。
「まだ分からないコトだらけだな」
 不完全燃焼といった様子で唇を尖らせたレヴィンのぼやきに、真幌葉もまったくだと肩をすくめた。
「犬に鶏。今度は兎か‥‥何か意味があるのかもしれん‥」
 これまでは偶然のように思われていたけれど。
「‥‥首がねぇってことは、誰かに殺されていたんだべ?」
 志乃の呟きに、また沈黙が舞い降りる。

 誰か――

 触れたくない傷口に触ってしまったような顔をしてレヴィンは大きく吐息を落とした。
「それもだよな。仮に‥‥が、犯人だとしても、だ‥‥」
 理由も、その目的も、今はまだ判らない。
 結局、幾つもの謎と不安を抱えて江戸に戻った冒険者たちの許に、凶報が届いたのはその数日後だった。


「村が怨霊に襲われたそうです」
 街道に近い事もあってか、旅の途中、あるいは戦さの中で、心ならずも儚く散った者の未練を残した魂が付近に彷徨い出ることはこれまでにもあったという。
 だが、村の中にまで入りこんできた前例はない。
 安全であるはずの村に現れた怨霊。
 開闢以来の大凶事である。
「やはり梅が告げていたのは不吉だったのだ、と。村人たちも顔色を失くしているとか‥‥ともかく、このまま放っておけば犠牲者は増えるばかりにございます」
 怨霊から村を開放するために、今一度、村へと向かってほしい。
 そう告げられて、冒険者たちは顔を見合わせた。

 守護の梅が告げていた吉凶とはコレだったのか。
 それとも――

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea6147 ティアラ・クライス(28歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea6228 雪切 刀也(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 どうして‥と、思う。

 《未来視》は、不穏を描いて見せた。
 漠然とではあったけれども、何かが起こりそうな予感もあった。

 それでも。街道と村との境界に立つ柿の木とその根元に据えられた道祖神が見えた時、胸に去来したのは口惜しさだった。
 山裾にひっそりと身を寄せ合う集落は、先日、目に焼き付けた記憶より、いっそう小さく頼りない。
 春を言祝ぐ浮かれた気配は微塵も湯蕩わず、
 吹き降ろす風にも春の色香を感じられぬのは、凍てついた心の為せる業なのだろうか。頬をかすめて通り過ぎる大気の流れは、ただ、冷たくて。

 街道を逸れ足早に村へと近づく生ある者の足音に、それは音もなく姿を現した。


●怨霊
 死してなお現世に留まる魂。
 途の半ばで心を残し、あるいは、肉体が滅びたことにさえ気づかず彷徨う亡霊は、いつしか過去の記憶を失くし、抱いた怨念だけに囚われる。
 何も感じず、声も届かぬ。
 あるのは精気を貪らんとする執着と、生ある者への深い憎悪――
「‥‥怨霊か‥‥些か嫌な思い出が‥」
 苦い記憶に口角を歪めて雪切刀也(ea6228)が鞘より引き抜いたその剣は、刀身に雪切には読めぬ言葉で《勝利》と銘が打たれていた。反りのない直刀に異国の神よりの加護を受けた剣は薄曇りの春光に白いきらめきを放ち、刹那、紅蓮となって燃え上がる。
 その背中をぽんと叩いて、ティアラ・クライス(ea6147)は何処からか取り出したマラカスを軽く鳴らした。

 チャチャチャ♪ チャチャチャ♪
 
 耳当たりのよい乾いた音が、軽やかな三拍子を刻む。
 精霊の発する淡い紅の光を纏いくるくると踊るティアラの小さな身体は、風に舞う花のようにも思われて‥‥

「あーそれ☆ ハッスル、ハッスル(ばーん)」

 気の抜けそうな掛け声だが、
 それでも、身体の裡から昂揚が湧いてくるのは他でもない、精霊の加勢に拠るものだ。
 真幌葉京士郎(ea3190)とウォル・レヴィン(ea3827)のふたりも、ほぼ同時に《オーラ》を練り上げ、各々の武器に力を付与する。
 己の技に集中し、注意が逸れるその瞬間、
 生じた隙を見透かすように、ゆらめく影はふわりと浮いた。
「来るだよっ!!」
 田之上志乃(ea3044)が発した警告が耳に届くのと、どちらが早かったのか――
 放たれた矢の如く一直線に間合い詰めたソレは、見えざる腕を現れた得物たちに振り下ろした。
「‥‥が‥ッ?!」
 稲妻にも似た衝撃が身体を貫く。
 視界を塗りつぶす閃光に目が眩むような惑乱に、意識が激しく瞬いた。――奪われようとする精気を意地と気力で手繰り寄せ、真幌葉は両の手で握り締めた野太刀を力任せに薙ぎ払う。
 鈍い手応えが掌を叩き、気配が怯んだ。
 仰け反るように上体を起こした怨霊の、その懐の奈辺を狙って――水精が息吹くほのかな蒼光に包まれた御神楽紅水(ea0009)は紡ぎ上げた魔法を解き放つ。
 虚空より湧き出した水の塊が激流となって迸り、悪しき魂に喰らいついた。
「悪いがもう一度、死んでいただく‥ッ!!」
「何故、村へ彷徨い出るようになったかはわからぬが、村人の安全の為だ‥‥迷わず成仏させてやろう。烈風の京士郎、参る!」
 渾身の力を込めて打ち下ろされた斬撃に、
 風の慟哭にも似た絶叫が世界を激しく揺るがせた。


●結界
「‥‥しかし、何故そんなものが出てきたのか? これが1番の謎だな」
 ひとまずの休息を兼ねて落ち着いた寺の一室にて、雪切は考え深げに言葉を紡ぐ。
 これまでには考えられなかったコトが、起こってしまった。
 不吉な予兆が重なって、村人たちは必要以上に過敏になっている。疑心暗鬼に囚われて、良からぬ行動に出る者が現れないとも限らない。
「怨霊騒ぎ自体はどこの村にでもあるだろう」
 今までこの村に入ってこなかったのが偶然なのか、それとも‥‥
 レヴィンの言葉に首を振ったのは志乃だった。
「どこの村も、道祖神やお地蔵さまやら《さえのかみ》さ祀ってあるのが普通だべ」
「さえのかみ?」
 耳新しい言葉にレヴィン同様、首をかしげたティアラに志乃は辛抱強く説明する。
 《塞の神》――当てられた字の通り、外から押し寄せてくる疫病や悪霊を防ぐ神だ。集落の境に置かれ、少しも踏み込ませまいとするためのものである。
「この村にも、ちゃんと置いてあっただよ」
 にもかかわらず、だ。
「結界が弱められたのか、中から呼んでいるモノがいるのか‥‥」
 あるいは、その両方か。
 舞い降りた沈黙に気を使いながら、紅水がそろそろと意見を述べる。
「‥‥ええ、と。十和子さんだっけ? 確か、お輿入れの時に能面をいくつか持ってきたって聞いたんだけど‥‥」
 その中に、供養寺から持ち出された曰く付きの能面が混じっていたのだとしたら。それが、事件を招いているのかもしれない。
「あと、村で起こった3つの事件ね。‥‥ちょうど村の東西南北にある方角だよね」
「んだ。オラも気になっとるだよ」
 大きく頷いた志乃の隣で、ティアラが広げた紙に其々の位置を書き込んでいく。
 
 ―――東、川べりの洗濯場、桃の木、犬
 ―――北、山道入り口、椿の木、鶏
 ―――南、池の畔、冬枯れの木、兎

「うーん。魔方陣なら判るけど、こっちの呪術は詳しくないのよねぇ」
 頭を抱えたティアラの上から何気なく書付を覗き込み、真幌葉は僅かに眉をひそめて雪切の袖を引く。
 そして、紅水も気がついた。
「あ!」
 書き込まれた村の地形は、その規模こそ違え、彼らが良く知る都のそれと類似していた。


●冒険者は見た?!
 例えば、強力な結界が張ってあったとして。
「あのお嬢さんが崩しに入ってるか、守りに入ってるのかわかんないのよね」
 ちょこんと首をかしげるティアラの独り言に、志乃はがざがざと枯れた叢をかき回していた手を止める。
「勘だけで言えば、やり口が素人くさすぎ?」
 喩えて言うなら、怨恨とか逆恨みを悪魔に漬け込まれて動かされているというカンジ。
 ティアラの勘は十和子ではないと告げていた。――玄人の手口というのが、どんなものかはともかくとして。
「‥‥大人しい方ですよ。元々の性格なのか、こちらに来て変わられたのかは存じませんが。あまりお笑いにもなりません」
 随行した僧侶はティアラの問いに、少し考えながらそう答えた。
「上総様もそうですが、余り我を押し通す質ではないのでしょう」
 良く言えば、聞き分けの良い。
 悪く喩えれば、主体性というものがない。
 良家の子女であれば、それが当たり前なのかもしれないけれど。――親の言うままに佐伯家に嫁ぎ‥‥
 何かが閃きそうだったのだけれども。
「あったべ!」
 突然、割り込んだ志乃の大声に、ティアラの思考は頓挫する。
 村の北側、花を落とした椿の下で。志乃は少し嬉しげに胸を張って、同行者たちを手招いた。
「お地蔵さまだよ。東側の桃の下にも、同じような石がおいてあったべ」
 天女の伝説は眉唾だとしても。
 この村を興した者は、いくつもの結界をこの村に張り巡らせたのに違いない。――村から災いを遠ざけるために。
「と、ゆーことは。残るは西側にある柿の木ってコトかしら?」
 汚された場所は、浄化した。
 あとは、まだ手のついていない西側の守りを固めれば‥‥
 ひと息ついたと胸を撫で下ろす仕草をしたティアラに、志乃は険しい顔で首を振る。
「うんにゃ」
 もう一箇所。
 もし、この村が四神の守護を意識して建てられたのなら。
 あとひとつ。村を守っているモノがあるはずだった。
「ええ、と。丑寅の方角は‥‥」
 雲の向こうで淡い光を投げかける太陽を見上げて、方位を測る。
 指差した方向。細い道の先にあるモノを思い出し、志乃は気難しげに眉を寄せ眉間に深い縦ジワを刻んだ。
「なんてこったっ!!」
 いきなり腕を掴まれ、ひっくり返ったティアラの視界の中で、佐伯家の屋敷も逆さまに転がった。


●西、街道、柿木、×××?
「犬、鶏‥兎か。これが驢馬や猫に続いたのなら、欧州を旅していた時に伝え聞いた怪異、ブレーメンの悪魔に酷似するのだがな‥‥」
 腕を組み、なにやら意味ありげに呟いた真幌葉の言の真偽を言い当てられる者は生憎と不在であった。
「‥‥その何とかという悪魔かどうかは判らんが‥まあ、良くないモノであることは間違いないな」
 柿の木とその下に置かれた道祖神を注意深く眺めて相槌を打った雪切の隣で、紅水は頬に手を当てて目を細める。
 3人が立っている場所からは、人の往来する街道がよく見えた。
 のんびり行く者、急ぎ足の者。
 江戸に向かう荷に、江戸を去る者。――源徳家の遣いだとおぼしき旗印をつけた早馬も数度見かけた。
「‥‥ここに泊まって行く人はいないのね?」
 こちらに足を向ける気配のない人の流れにふと胸に湧いた紅水の疑問に、今度は旅慣れた真幌葉が答えを返す。
「宿場町ではないからな」
 もう少し歩けば、大きな宿場もあることだ。よほどの事情がなければ、旅人はそちらを選ぶだろう。
 返された答えに、雪切もなるほどと頷いた。
「よほどの事情か、例えば急病で――」
 何気なく口にした言葉が途切れる。
 急な病で倒れたり、
 死んでしまった者を弔うために運び込むのは‥‥いつだって、この場所だ。


●紅梅
 下衆の勘ぐり――
 ティアラとレヴィンの胸に去来した疑惑は、一般的にこう呼ばれる。
 ただし、痴情の縺れが抜き差しならない刃傷沙汰に発展するケースは非常に多い。
 世間から金と色恋を失くしたら、世の犯罪は格段に減るだろう。と、奉行所の与力を嘆かせるくらいには多いのだ。――ティアラあたりに言わせれば、それはそれで面白味の世の中かもしれないが。
 現れた怨霊は退治したと言っても、村人たちの疑惑が完全に払拭されたわけではない。
 口を開いてくれそうな相手を探してぶらぶら村を巡ったレヴィンが行き着いた先も、佐伯家の裏口だった。
 誰が奏しているのか乾いた小鼓の音が、高く、低く、植えられた木立を震わせて耳に届く。――詳しい者なら、内容が判るかもしれない。
 そんなことを考えながら、音のする方へと足を運ぶ。
 建物にそって少し歩くと、若い采女が井戸端で水を汲んでいるのに出くわした。
「‥‥ツタエさん、ですか?」
 気さくに話しかけてきた異国の青年に眩しげな視線を向ける。
「ええ、と。もう、10年くらいになりますかしら‥」
 流行り病で両親を失くし、遠縁だった奥方を頼って村に来たのは、彼女が17、8歳の時だった。行儀見習いのようなものから始まって、今では奥方に代わって家の切り盛りなども任されているという。
「へえ。じゃあ、いろいろ苦労されたんだね。――お嫁さんのお世話も彼女がしているのかな?」
 できるだけさり気なさを装ったのだが、遠和子の名前が出た途端、どことなく居心地の悪さのようなモノが漂った。壁を作っているのは、どちらなのだろう。
「ツタエさんも――」
 何かを言い掛けた采女の口が途中で止まる。
 その視線を追って首をめぐらせたレヴィンの視界にも、異変は映った。
 能舞台の四方を囲む朱塗りの欄干から人が身を乗り出している。――身に纏う、否、打ち掛けられた色鮮やかな錦が傾き始めた夕日の色に、交じり合い、絡まりあって、いっそうるさいほどに主張する。
 その禍々しくも艶やかな色の渦の中に一筋、無造作に投げ出された白い腕を伝って滴り落ちる紅は、じくじくと大地を濡らしながら広がって‥‥。

 志乃に引きずられるように飛び込んできたティアラと、
 駆け寄ったレヴィンの視界の端で、長い黒髪の一片が吹き込んだ風にふわりと翻った――