【白夜】―弐・君影草―
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■シリーズシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:8 G 32 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月03日〜02月13日
リプレイ公開日:2008年02月11日
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●オープニング
‥‥何故‥?
彼は尋ねる。
あの日も、そして、夢の中でも――
いったい何があったのか?
何故、こんなことになったのか?
そして、どうしてその選択肢を選ぶのか‥‥理解できなかったに違いない。きっと思い浮かべるコトさえしなかっただろう。
――何故‥?
驚いた風に見開いた眸に揺れる光の中で、彼は問い続ける。
■□
かさねが《ぎるど》を訪れたのは、韮崎伝馬の埋葬‥‥と、いっても形ばかりの供養であったのだけれども‥‥が終わった翌日のことだった。
「――昨日、笹ノ井様が挨拶にお見えになられましたの」
急遽、国許に帰ることになったのだという。
左馬輔の友人であり、高甫藩とのつながりのある人物でもあるから、黙っているのも不自然だと言うことで、かさねが韮崎が持ち込んだという疑惑を笹ノ井にも聞かせたは当然ともいえる成り行きだった。――笹ノ井自身、それを確認に来たのかもしれない。
「ずいぶん韮崎殿のコトを気に掛けていらした風で、国許に戻って確認してみると仰っていたのがなんだか気になってしまって」
笹ノ井はかさねに左馬輔にかけられた嫌疑については口を拭っていたようだ。その点は、伝えにくい秘密を掘り当ててしまった冒険者たちを安堵させたのだけれども。
とはいえ、かさねにも思うところがあったのだろう。
韮崎が残した謎は明かされぬままであるから、鶉尾左馬輔の死についてはまだ釈然としない部分も多かった。
他家の人間となった身で、しかも、それなりに大きな身代を切り盛りする立場にいる以上、そう自由には動けない。
人を遣って確かめるしかないのだが――
「それでもう1度、皆様にお願いしてみようと思いまして」
ただ‥、と。
かさねは少し困ったように視線を揺らせる。
蝋燭問屋である美濃屋は扱う商品の関係で、高甫藩を始めと北信濃の国々と浅からぬ縁を持っていた。――かさねが江戸に嫁いだのもこの縁に拠るところだが、その商売筋からも良くない噂が囁かれているという。
「あちらは土地柄、山賊や鬼の噂が絶えないところなのですけれど。ずいぶん派手に暴れている者がいるのだとか」
ここのところの政情不安も相俟って、治安の箍が緩み始めているのだろうか。
江戸に住むかさねの耳に入るほどであるから、取り締まる方もかなり手を焼いているようだ。
「今のところ荷が襲われたという話は聞いておりませんが、なにぶん閉鎖的で身贔屓の激しい土地柄でございますから――」
くれぐれも気をつけてくださいましね。
そう言って、かさねは丁寧に頭をさげたのだった。
●リプレイ本文
埋葬まで済んだ仏の葬儀をやり直したい。
雀尾嵐淡(ec0843)の申し出に、寺の和尚は怪訝そうな顔をした。――かさねが《ぎるど》を訪れた時点で、すでに韮崎の葬儀は済んでいる。
都市農村を問わず寺社仏閣は、いわゆる檀家や氏子といった固定の信者たちのお布施や寄進によって手入れされ、また彼らが心の拠り所としている大切な聖域なのだ。気安く貸し借りのできるようなモノではないし、そうそう都合よく廃寺となった物件がいくつも野晒しで放置されているはずもない。また神職の立場で寺を貸してくれと申し入れるのも、それはそれで奇妙な話である。
とりあえずこれを、と。渡された韮崎の位牌を持って訪れた高甫藩邸でも、その対応は鈍かった。
「既に藩籍を返上した者の事、当方とはもはや何の関わりもない」
と、にべもない。
家族や縁者の居場所についても、鶉尾左馬輔の時と同様で‥‥一介の(それも脱藩した)藩士の情報など、江戸詰めの者たちの預かり知るところではないだろう。――仮に知っている者がいたとしても、彼にとっては後ろ暗い話なのだから親切に教えてくれるはずもないのだけれど。
そんなワケでさほど有益と思われる情報の得られないまま先行した仲間の追うことになった雀尾とフライング・ブルームの飛影を見送って、西中島導仁(ea2741)の友人であるイフェリア・アイランズと渡部夕凪(ea9450)に江戸の留守居を頼まれた木賊崔軌は思案気に顔を見合わせた。
いくら防寒着を身に付けているとはいえ、フライング・ブルームの高度や飛行速度を考えると真冬の信濃路を翔け抜けるのはいささか無謀な試みであるような――
「‥‥うわ、寒そうやなぁ‥」
「言うな。――あれも雀尾の意気込みなんだろうから‥」
凍傷で指や鼻を失わぬよう。あるいは、背嚢に詰め込んだ笹ノ井の似顔絵を途上の衆目にぶち撒けてしまわないよう、旅路の無事を祈るばかりだ。
●思惑と現実の狭間で
雪深い山国の風景は、どこか故郷を思い出させる。
そんな田之上志乃(ea3044)の郷愁に重なるかどうかはともかくとして、厳しい自然と隣り合わせに暮らす人々は朴訥だが頑固な者が多かった。
良く言えば奥ゆかしく謙虚だが、悪く解釈すれば頭が固い。また、地域内の互助意識が高い反面、余所者には風当たりの厳しい土地柄でもある。
護衛を兼ねての同行を希望した大宗院真莉(ea5979)の申し出を、笹ノ井征士郎はやんわりと拒絶した。上杉藤政(eb3701)は笹ノ井を信頼に足る人物だと判断したが、笹ノ井にとって冒険者たちは未だ信頼できる相手ではない。鶉尾左馬輔に関する胡乱な噂を流したのは彼らなのだから。
精霊魔法が都市部ほど浸透していないこともあってか、護衛としての真莉の資質が過小評価されたコトとあとひとつ。もっと現実的かつ道義的な理由もあった。
見知らぬ土地であるならともかく、どこで知人に鉢合わせるか分からない地元で人妻と行動を共にするのはいかがなものか。――アイーダ・ノースフィールド(ea6264)にとって、月道のこちら側に住む人々の思想や行動は時に理解に苦しむが、自身が夫の浮気に苦労する良妻賢母の真莉にはあって然るべき配慮であるはずなのだけれども。
「康二郎には会えなんだようだな」
街道沿いの旅籠に定められた西中島の仮住まいを訪れた男は、上杉らと顔をつき合わせ不味い酒を舐めながら仕入れた情報を整理していた大蔵南洋(ec0244)の顔を見るなりそう言った。
「‥‥不景気な面は生まれつきだ‥」
自覚がないワケでもないがいささか憮然と返した大蔵に、笹ノ井はやや不器用に口角の端を歪めて嗤う。吐き出された言葉には、いくらか自嘲の響きも込められていた。
「当然だ。幼馴染のこのオレにさえ、会うてはくれぬのだからな」
かさねからの紹介状を携えて関本家の門を叩いた大蔵だったが、その文も引き篭もった康二郎の心を動かす因には至らなかったらしい。
鶉尾左馬介のもうひとりの友である関本康二郎の生家は、他のふたりに比べると遥かに大きく、また、内証も豊かであるように思われた。――ただ、上杉の想い描いた不審な点はない。それとなく周辺で聞き込んだところによると、高甫藩の家老職を務めるいわゆる昔からの名士であるのだという。康二郎の兄である現当主の妻君は、主家の血筋に連なる者であるのだとか。
「病だと言われたが」
「‥‥左馬輔の件がよほど身に堪えたと見える。昔から大人しく気の弱いところのあるヤツであったが、あの一件以来、ずっとこの有様だ。部屋に籠もって誰とも会わぬ。――強引に押し込んだが、痩せ細ってまるで幽鬼のようであった‥」
溜息と共に吐き出された苦い言葉に、西中島と上杉は顔を見合わせた。
何かが、呑みこめぬ小骨のように喉の奥にひっかかる。《ぱらのまんと》と忍びの術で関本家の床下に潜りこんだ志乃も、真夜中を引き裂く尋常ならざる叫び声を聞いていた。――夜半に隠された秘密を漁る心積もりが、夜が更けるにつけピリピリと張り詰めていく浅い眠りに、動くこともままならず夜明けを迎えている。
悪い人物でないことは理解しているが、どこまで手の内を見せていいものか。左馬輔の死に疑問を抱いてはいるのだろうが、彼もまた高甫藩に通じる者だ。互いに視線を探りあい、上杉はゆっくりと考えながら言葉を紡ぐ。
かさねに紹介された旧鶉尾家と縁のある人物を訪ねた大蔵と平行して、上杉もまた町の人々の噂に耳を傾けることに勤めていた。
事件後、明らかに生活の変った者‥‥楽になったと思われる者は特に見当たらなかったものの、韮崎を含め人生が変った者は存在していた。
「里内寧哉と久米義政、この両名をご存知か?」
笹ノ井の双眸が反射的に鋭くきらめく。痛みにも似た色に彼もまたその事実を知っているのだと確信し、西中島は膝の上で握り締めた拳に力を込めた。
里内寧哉と久米義政は左馬輔と共に鉱山管理の任に就いていた藩士であり、関本や韮崎と同様、左馬輔の不正を証言した者たちである。――そして、ふたりともこの数ヶ月の間に相次いで死亡していた。
「里内殿は鉱山での落石事故に巻き込まれ、久米殿は気鬱の病に取り憑かれて自ら喉を突いたとか」
「脱藩して江戸へ出た韮崎も、大川で仏となって見つかった――」
上杉の言に重なった大蔵の言葉が、いっそう重く陰鬱な響きを帯びる。
不正への粛清、事故、自刃、そして、殺人。表向きの死因こそ、皆、それぞれ異なっているのだけれども‥‥果たして、彼らの死は偶然なのか、否か‥‥。
●兇行の痕、物言わぬ口
積雪に白く塗りつぶされた鉱山は、冷たい静寂に包まれていた。
切り開かれた山特有の歪な姿と、極端に少ない枯れた木々のあり様が周りを囲む山々とは明らかに異なって、どこか不吉さえ感じさせる。炊飯の細い煙が上がっているところを見ると、人はいるのだろうが盛況を支える活気は伝わってこなかった。
藩の基盤を支える産業のひとつであるから、秘しておきたい技術や事情のひとつやふたつはあるのだろう。
管制の採掘場は夕凪が想い描いた鉱山の町とは程遠く‥‥むしろ、江戸の人足寄せ場に通じる罪人の流刑地に近いものがあった。鉱石を掘る鉱夫を始め、精錬する技師や現場を監督する侍も皆、侵入禁止の柵の向こうに隠されている。
その岩だらけの山の中腹に設けられた番所と侵入を禁じる高い柵の前で、志乃と夕凪は顔を見合わせた。
「‥‥中の様子と言われても‥」
野菜や米を納めた帰りなのだろう。
塀の向こうから出てきた農夫は、日に焼けた顔に困った色を浮かべた。志乃がかさねに頼み込んで足懸かりとした商家も、コト不穏な噂に関しては口が重い。――善光寺参りとの触れ込みで受け入れた客が、信濃の名物や景勝よりも旅の禁忌とされる白波の話題を好んで持ち出したのではせっかくの潜入工作の効果も半減ではあるのだが。
最初のうちこそ余所者に対しての郷土愛なのかとも思ったが、伝えた噂が誰かの耳に入るのを恐れているようだと、アイーダは彼女の視線を避けるようにそそくさと家の中に消えた人影に吐息を落す。
「――傭兵だと答えたのが、マズかったかしら‥」
この辺りでは滅多に見かけぬ月道渡りの異邦人が珍しかったのか、現地に入った当日は声をかけて来る者も多かった。その彼らの親しげな態度が豹変したのは、やはり盗賊や鬼の討伐を請け負う傭兵だと告げてからだと思う。
「あんたたちの手に負える相手じゃないと思うがねぇ」
言下にそう告げられたのは、アイーダだけでなく。
遅ればせながらフライング・ブルームで到着した雀尾、そして、真莉もまた聞き込みをした城下の町でそう評された。――彼らの力量を危ぶんでいるというよりも、しくじった時の報復が恐ろしい。そんな、気運が漂っている。
藩も見過ごしているワケではないのだろうが、どうにも手を焼いているようだ。
後手に回るのは内通している者がいるらしい。藩士の館が並ぶあたりを聞き込んで回った真莉の耳には、そんな噂も飛び込んできた。
「‥‥いったい何があったって言うんだい?」
いくぶん恫喝気味に語気を強めた夕凪に、初老の樵は憚るように首を回して周囲をうかがい、軽く目を閉じて身震いする。
思い出すのもおぞましい。その地獄絵を脳裏から追い出して、樵は小さく声を潜めぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。
「山賊がね、谷底の村を襲ったんだよ。――皆殺しだよ。人だけじゃない、家畜も鶏も‥‥皆殺して‥‥火をかけた」
殺戮の果てに、殺した遺体を積み重ねて焼いたのだという。
火葬の風習はまだ広く知られたモノではない。いつもは沈着な夕凪の声に宿った嫌悪の色に、職業柄、祭事に詳しい雀尾と上杉は無言で顔を見合わせた。
人の多い都市部ではともかく、北信濃のような大地との結びつきの強い田舎では、ほとんど知られていないはずである。土葬をもって土に還り、花を咲かせ、実を結ぶ‥‥その循環を神仏が与えた理として受け止める人々の目から見れば、輪廻を断ち切るにも等しい暴挙であったに違いない。
「煙に気付いて村に駆けつけた者の中には、あまりの酷さに昏倒したまま床についた者もいるって話だ。――家の屋根に落ちた烏の遺骸が本当に地獄のようだったって‥」
「それは、本当に山賊の仕業なのか?」
人ならざる者の仕業であると説明された方が、まだ納得できる。
知らぬ間に溜めていた息を吐き出した西中島の自問に、答えたのはアイーダだった。
「火を使う鬼がいないワケじゃないけど。そんな風に何かを意図して火を使うという話は聞いたことがないわ」
無論、天狗や悪魔と呼ばれる妖怪たちのように、高い知能を有する者もいるけれど。
少なくとも、ただ暴れ回るだけの鬼の所業ではないと思う。そして、アイーダと雀尾の調べた範囲では、そこまで智恵の回る鬼の存在は確認できなかった。
■□
真夜中のお散歩というのも、未来のお姫さまのご趣味としてはいかがなものかという気がするが――
そこに《潜伏》とか《侵入》という単語が組み合わされば、明らかに人としてもあまり誉められた行為ではない。――本人はいわゆる《必要悪》であると信じて疑わないのだけれども。
関本家だけでは満足できず、夕凪が皆への報告をしている間に《ぱらのまんと》と《湖心の術》を駆使して鉱山に忍び込んだ志乃であった。
とはいえ、さすがに藩の要所であるだけに警戒の方は万全で、番所には不寝番が詰めている。坑道にも人の気配がするのは、あるいは、夜を通しての作業とやらがあるのかもしれない。
そういった人の居る場所を避けて歩いているうちに、枝別れした横穴に入り込み‥‥気がつけば迷子になっていた。
帰る方向はなんとなく判るので−ずっと坑道を下ってきたのだから、帰りは登っていけば戻れるだろう−迷子というのは少し違うのかもしれないが。
お気楽にそんなコトを考えながらさらに下へ足を踏み出そうとした時、さっと志乃の前に飛び出した影があった。
「権兵衛っ!?」
いつもは忠実な愛犬が、牙を剥いて志乃の足を阻もうとする。
‥‥グルル‥、と。いかにも恐ろしげな唸り声が、広くもない坑道の岩盤に反射してさらに大きく、不気味に響いた。
「こら、静かにしねェかっ! 人がくるだよっ!!」
焦って叱り付けるが、権兵衛も引かない。
いっそう強く志乃を見上げ、さらには足に噛みつこうとする。
「権兵衛! ええ加減にしねェと――」
いつにない異常な事態に、背後に響いた足音に気付くのが僅かに遅れた。
振り返った志乃の視界に、人影が飛び込んでくる。――泥に汚れ擦り切れてボロボロの衣に身を包んだ痩せた鉱夫がひとり、驚いたように目を見開いて立っていた。
見開かれた目が信じられないという風に志乃を見つめ、そして、彼は思い出したようにうろたえる。
ゆっくりと大きく開かれた唇が、火急を告げるべく震えたが‥‥
志乃の耳が聞いたのは、ひどく聞き取り難く苦しげな掠れた空気の音だけで。ついに、男の口から意味のある音――言葉は発せられなかった。