【白夜】 −参・蝮草−
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■シリーズシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:13 G 14 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:02月16日〜02月26日
リプレイ公開日:2008年02月24日
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●オープニング
静謐だけが残されていた。
異変に気がついた時、悲鳴を上げた者はいたのだろうか?
喉を押さえ、叫びの形に口を開いて‥‥彼らは、自らの断末魔を聞くことができたのだろうか?
声が聞こえる。
聞こえぬはずの声、届かぬはずの悲鳴は、だが、途切れることなく。いつまでも、白い闇の向こうから彼を責めた。
彼の罪を、詰り続ける――
■□
美濃屋の内儀かさねに連れられて《ぎるど》を訪れた男は、どこか疲れ切った顔をしていた。
江戸から遠く離れた所からやってきたのだろう。
身に付いている者も実用的だがやぼったく、また、幾重にも厚着であった。――訛りを知る者がいれば、彼の故郷を推し量ることができただろう。
「先日、妾のお願いで高甫の方へ出向いていただいたコトがございましたでしょう?――その折に、差し出がましいとは思いましたのですが、こちらのお仕事についても少しご説明させていただきましたの」
そのツテを頼っての依頼。と、いうことらしい。
高甫藩では、ここ数年ばかり領内を荒らす山賊に悩まされている。――土地柄、山賊や鬼の多い地域ではあったのだが、最近、特に凶行が目立つようになった。
1年程前には山間の谷間に身を寄せる小さな集落を襲い、村人を皆殺しにした上に、その遺体に火をつけ焼き払ったという。
藩の管理する鉱山近くの出来事であったから、藩の威光など歯牙にもかけていないという意思表明に見えなくもない。こうなると住民たちにはもう恐ろしいばかりで、ただ頭を低くして、巻き込まれぬ事を神仏に祈るばかりだ。
藩としても決して放置しているワケではないのだが、取り締まろうにも山に逃げ込まれれば分が悪い。
藩内に内通者がいるのだとか、あるいは、山賊たちは国境を越えて侵入しているのではないかという憶測も飛び、少しばかり収拾のつかぬ状態になっているのだという。
「そこへ先日、こちらの方々がお見えになられて‥‥」
誰何に対し、盗賊や妖怪退治を仕事として請け負っていると答えた者がいたとか、いなかったとか。
それならば、と――
土地の古老たちが頭を寄せて話し合った末、ツテを頼って美濃屋へ遣い走りを寄越したのだという。
「‥‥確かにうちの得意分野と言えばそうですけど、ねぇ‥」
ちらりと向けられた手代の視線にも、発破をかける色があった。
●リプレイ本文
如月の様子がおかしい。
懐に隠した小妖精の変化に気付いて、西中島導仁(ea2741)は油断なく周囲を見回した。
訪れる者もなく廃墟と化した集落は受けた災厄の傷跡をそのまま留め、無残な姿を雪中に晒している。――焼け落ちた家屋や、高温に炙られて立ち枯れた木立などの荒廃は、地の精霊には辛い場所であるのかもしれない。
懐の中でそわそわと落ち着かない小妖精の頭を撫でて、西中島は黙祷を捧げた。
失われた命に。
そして、この事態を招いた悪党たちへの憤りを強く深く心に刻む。
「皆殺したァ非道ぇ話だべ‥」
白い息を吐きながら、田之上志乃(ea3044)も痛ましげに顔をしかめた。
谷の底から目を上げると、先日、忍び込んだ採掘場が目に入る。精錬の白い煙が上がっているのが見えた。――意外に近い。精錬所で大量に使われる薪などの供給先のひとつであったのだろう。
鉱山を管理する藩へ揺さぶりをかける標的としては、確かに悪くない。
だが、
「山賊というからには物盗りが狙いであろう」
呟いた大蔵南洋(ec0244)の概念ばかりが全てではないけれど。少なくとも、冒険者たちが集めた風聞によると高甫藩を荒らす山賊の目的は金か、それに準じるものだった。
藩政に対して、何か画策する勢力があるという話は聞こえていない。――無論、国境を接する大国の存在は無視できないし、水面下では様々な駆け引きや思惑もあるのだろうが。
「だども、なにも家畜まで殺すこたァねぇだよ? ――こっただ山奥だら銭もあるもんでねェし、手間掛けて焼くたァ‥‥」
「ああまでせねばならん理由でもあったというのか?」
ふたりの声に嫌悪が満ちる。
ジャパンに限らずこの世界において、火葬の風習が広く定着しているのはインドゥーラと呼ばれるごく一部の地域だけだ。そういう弔いの形があることを知識として知っていても、彼らの常識から外れる行為は――殊に魂の尊厳に関わるような話になると――生理的に受け入れがたい。
渡部夕凪(ea9450)に手向けられたアキ・ルーンワースの助言のように、そこに隠された別の意図を探したくなる。
「‥‥左馬輔さんの死が、1年前。村が焼かれたのも、1年前。嫌な符号だねえ‥?」
「んだ」
ちらりと向けられた夕凪の視線を受け止めて、志乃もこくりと首肯した。
ふと、思い出して志乃は集落を囲む断崖を見上げる。集落が谷底に身を潜めるのは、強い山颪を避ける為だと聞いたことがあるけれど。――本当に、ここは静かで、風がない。
●俄医者の効能
ぼんやりと霞んだ意識の裡に浮んだ男は、ひどく沈んだ昏い顔をしていた。
何か善からぬ災いが、彼の身に降りかかるのかもしれない。
尤も、笹ノ井征士郎を取り巻く情況は今でも明るいとは言いがたいから、単に術者が晴れやかな笑顔を想像できなかっただけとも言える。――経典に封じられた魔法を完全に使いこなせぬ土御門焔の技術では、雀尾嵐淡(ec0843)といえども確信を抱くコトは難しかった。
そして、土御門が垣間見たその未来図について何かしら吟味検討する時間的、精神的余裕はなかったが、雀尾はいささかも不幸ではなかった。何しろ、人生最大のモテ期を体験していたのだから。
「病人がいらっしゃれば無料で診察します」
腰を落ち着けた逗留先で気前よく頷いた雀尾の申し出は、慢性的な医師不足に悩むこの地の住人たちにとっては天の声にも聞こえただろう。――山間の寒村に暮らす者たちが医者にかかれないのは別に山賊の罪科ではなく、単にこの辺りに医者がいないだけなのだが。
ともかく、医者を名乗る者がいる――しかも、無料で診てくれるという――噂は電光石火の勢いで村々を巡り、翌日には様々な患いを抱える者が列をなしていた。
いわゆる大病と呼ばれる病こそ少なかったが、中には雀尾の得意とする《応急手当》では扱いかねる病もある。というか、腰痛や癪といった持病の類は応急手当では治せないので、必然的に【テスラの宝玉】や【赤き愛の石】といった秘蔵の品に頼ることになり‥‥結果、精神を削って疲弊する破目に陥ったのだが、とりあえずは皆が充実感を得るには十分で。
感謝の念は雀尾だけではなく、同行者である大宗院真莉(ea5979)や上杉藤政(eb3701)にも向けられ、彼らへの待遇も前回に比べれば格段に良くなった。
上杉の所望した地図は残念ながら手にはいらなかったが、地元の猟師や樵といった地理に詳しい者たちの協力を得られたのも心強い。
被害に遭った場所や程度を調べて行けば、頻繁に人が出入する場所の見当もつけられる。
山への出入や、冬山で夜を凌ぐに適した場所など。大蔵が足を使って広い集めた情報とつき合わせ、《サンワード》で確認を取れば完璧だ。――江戸とは異なる山深い地である。人が集まる場所は限られているから、集落の位置と照らして問えば前回のように陽精に当惑されることもない。
地の者が知らぬ場所、
人の住む場所とは思えぬ山の中‥‥人の目は届かなくとも、太陽はちゃんと見ていた。
「それにしても、偏ったもんだな」
上杉が作成した簡単な図を眺め、大蔵は思案気に顎を撫でる。
国内をムラなく跋扈するというのは確かにムリだと想像できるが、この分布にも興味が湧いた。
「件の集落を中心にしたという感じですわね」
おっとりと指摘した真莉の言葉に、異論を唱える者はいない。
地形や藩の直轄地の関係もあって完全な同心円ではないけれど。確かに山賊の活動はあの燃やされた集落を中心に広がっているように思われた。
廃墟となった村を塒にしているワケでは、もちろん、ない。西中島をはじめ、志乃と夕凪が既に訪れて確認している。
「ちょいと確かめてきたんだけどさ。皆殺しにしたり、火を放って焼き払ったり。そこまでの狼藉に遭ったのはあの村だけだって話だよ」
山賊の襲撃自体は、谷底の村が最初ではない。
耕作地が少なく貧しい山間の土地柄か、昔から山賊や鬼の噂が絶えない地域だ。――だが、無法者たちの性格が豹変したのはあの事件以降であったという。
「彼の村の如き目に遭わせると脅しはするが、実際にそんな目に遭った者はない、か‥」
もちろん、その凶行を怖れた被災者たちが、唯々諾々と彼らの要求を呑んだせいもあるのだろうが‥‥。
手製の地図を睨んだまま、大蔵は不機嫌そうに口を噤んだ。
彼らの凶暴性を知っているからこその恐怖と服従。
距離を無形の壁とする世界であるから、離れてしまえば情報は伝わらない。村に近い場所ばかりを狙うのがそのせいならば‥‥どちらが先、だったのだろう。
●天誅
「ここらを騒がす賊を討ちに来た」
そう宣言した重装備の夜十字信人(ea3094)に、西中島は鷹揚に笑う。
病人の治療に精神力を使い切り、さらに《ミミクリー》で梟に化けての敵情収集まで買って出た雀尾が早々と戦線を離脱したので、今はひとりでも戦力になる者が欲しいところだ。夜十字ほどの腕があれば、言うことはない。
「卑劣な事を恥ずかしげもなく行う鬼畜も同然の輩だ。遠慮はいらん、存分に働いてくれ」
「こちとら人を護るのが生業でな。‥‥戦いしか出来ん俺には見合った仕事さ」
人によっては薄ら寒さを感じるような斜に構えたニヒルな台詞も、額面どおり大真面目に受け止めてくれる熱く、義理堅い男。――それが、西中島である。
その西中島の視線を受けて、戦女神の加護があるという深紅のマントに身を包んだ上杉はおもむろに前に進み出た。
「では、僭越ながら」
精霊魔法の使い手が稀少なこの地において、この種の魔法は裏切りを示唆する攪乱には使えない。そう真莉からの助言を受けて、遠距離からの奇襲を買って出たのだ。まずは主導権を掴んで優位に立つこと。
接近戦を得意とする西中島、大蔵、夕凪と、その後方に持ち場を決めた夜十字がそれぞれの立ち位置を決めたことを確認し、上杉は印を結んで心を鎮める。
切り裂くような冷気の中で、ふうわりと暖かな陽精の息吹が頬をかすめた。
刹那、
放たれた光の矢は一直線に大気を貫き、山賊たちの根城となった古い砦に突き刺さる。
ドォ―‥ン
地鳴りにも似た衝撃が周囲を囲む山々にこだまして、季節外れの雷を想わせる爆音が澄んだ蒼穹に轟いた。
晴天の霹靂とはこのことだろうか。
雪と氷の混じった爆風に細めた視界の向こうで、ぱっと燃え上がった炎を眺めて見当違いなことを考える。砦の壁に大きく穿たれた黒い穴から、バラバラと人影が飛び出してくるのが見えた。
「何者だっ!?」
思いがけぬ襲撃を受けた彼らにとっては当然の誰何であり、西中島には待ちかねた瞬間でもある。
「貴様らに名乗る名はない!!」
大音声の気炎と共に、練った闘気を全身に張り巡らせる。薄桃色の淡い光が霊剣ミタマの純白の刀身を包み鮮やかな虹を描いた。
その神聖ささえ感じる光に目を奪われた男の隙をついて間合いを詰め、大蔵は渾身の力で「姫切」を叩き込む。
「‥‥よそ見していては命取りだぞ‥」
不死人が相手ではないが、その切れ味は抜群で。風が描いた白い雪上の風紋に、鮮やかな朱が飛び散った。
赤と白の対比を美しいと思う暇もなく血糊を払い、次の敵へと向き直る。
夢想流の使い手である夕凪も、抜き打ちの技を使って敵の数を減らすことに専念していた。淡く濡れた刀身が血糊を洗うと囁かれる村雨丸は、刀を鞘に戻す必要のある居合の技に適した剣であるようだ。
振り下ろされた白刃をミタマの刀身で受け流し、蹈鞴を踏んだ相手の勢いをそのまま生かして返す刀で引導を渡す。
「自分の罪を悔いて逝け!」
血泡を吹き、断末魔の中で何か言いたげに唇を動かした男を冷ややかに見下ろす西中島の言葉はどこまでも熱く、そして、冷酷だ。
弓弦から放たれた矢がさくりと鎧の継ぎ目に突き刺さり、夜十字は顔をしかめる。こういう珍しい現象に立ち会えるのは、運がいいのか、悪いのか。――多分、悪い部類に入るのだろうけれども。
「‥‥痛‥」
所有者に不幸をもたらすという鬼神ノ小柄の影響か、何かと幸薄い夜十字だったが幸い着込んだ漆黒の鎧「黒鬼縅」の性能か大事には至らずに済んでいる。――衝撃はそのまま蓄積するので多少痛いが、ここは我慢するのが強い男だ。
夜十字の握る炎舞から放たれた無形の刃に切り裂かれ、また独り敵が倒れる。
戦況は優位だったが、落ち着きを取り戻しつつある山賊たちの様子に真莉は上杉と志乃に合図を送った。
《インビジブル》と《パラのまんと》で気配を消して移動したふたりなら、混乱した戦場を抜けることも可能だ。想わぬ場所からの攻撃に加えて、砦の奥にいる首領を標的にすることだってできるかもしれない。
●残された謎
「――待ってくれ、アレをやったのは俺たちじゃない!!」
捉えた山賊たちの告白に、大蔵と夕凪は顔を見合わせた。
では、誰なのかと尋ねると知らないと言う。――彼らが事件のあらましを知ったのは、村人たちと同じ頃だった。すぐに山賊の仕業であるとの風聞が流れ、仕事がやりやすくなったのでその威を借りていたのだ、と。
最初の1件のみは全く別の意図をもって成された所業であるかもしれない。城山瑚月が立てた仮説を思い出し、夕凪は顔をしかめる。
「‥‥嘘はついていないようだが‥」
《リードシンキング》を試みて、雀尾は困惑気に首を傾げた。
少なくとも表層思考では、無罪を訴えている。――これまれでの行状を連ねれば、どちらにしても極刑は免れないような気もするのだが。
「悪いことをすると業が溜まり必ず返ってくるものです」
もっともらしく諭す真莉の言葉に、今更、感化されたとも思えない。
その真莉より山賊を一掃したと知らされて怖れながらと届け出た村人と、上杉から報せを受けて、山賊の身柄を受け取りに来た笹ノ井は冒険者たちの姿にいくらか驚いた風だった。
「てっきり、江戸に戻られたものだと思っていたが――」
「このままじゃあ、寝覚めが悪いだろ?」
冗談めかして肩をすくめた夕凪の言葉は、あるいは、本音だったのかもしれない。
その様子に淡く笑み、笹ノ井は周囲を憚るようにほんの少し声を潜める。
「‥‥落石事故に巻き込まれたという里内寧哉だが。しきりに鉱山の周囲を調べていたらしい」
「それは、どういう‥?」
そこまでは、と。
笹ノ井は、無念そうに首を振る。その姿に、今一度あの鉱山を脳裏に思い描いて。‥‥志乃は唐突に、とある寓話を思い出した。
「そういやおっ師ょさまァ言うとっただ。下手に御山から金物さ掘ると、山神様さ怒って毒さ吐いて、木さ枯れたり、流行病さ起きるだと」
「まさか。――というか、その話が事実なら、高甫藩はとおの昔に呪われているような気がするのだが‥」
曖昧に笑いあい、話題が途切れる。
いずれ藩の方から正式に何らかの礼をさせてもらうことになると告げ、笹ノ井は捉えた山賊を引き立てて戻っていったのだった。