●リプレイ本文
震える大気が肌に触れる。
突き抜けるような青は見上げた向こうに続いている。
かざした手のひら。
開いた指先から降り注ぐ光の眩しさに目を瞑る。何かに頷いて、もう一度瞼を開くと瞳には流れていく雲が映しだされる。
丘の上から望む風景は平凡で何も変わらない。
遠く繋がる道、やって来る人影を見つけると、少女は走りはじめた。
迷うことのない毎日なんてあるわけがない。
でも、普通に悩める今は──幸せだ。
「念のためにこちらに記名をお願いします」
真面目な顔した神父は、彼らにそう言った。
何度も顔を合わせているはずなのに、内心そう思いつつも参加者名簿に記名を始めるのだった。
セツィナ・アラソォンジュ(ea0066)
フォックス・ブリッド(eb5375)
クロエ・アズナヴール(eb9405)
ロザリー・ベルモンド(ec1019)
ヤグラ・マーガッヅ(ec1023)
ニーシュ・ド・アポリネール(ec1053)
アスタルテ・ヘリウッド(ec1103)
マリオン・ブラッドレイ(ec1500)
ソリュート・クルルディアス(ec1544)
旅を続け、彼は何を探しているのだろう?
心の糧。
その言葉を胸に刻むためここに来て、目の前に彼女はいる。おどけた様子で周囲に気を散らしつつも彼は彼女の前にいて、彼女は彼の前にいる。
「なんで、かーさまがいるのよ」
後ろをちらちらと気にする彼女。その様子を見てニーシュは微笑ましさを感じた。
「お母様ですか? またルーテさんとは違う魅力ですね」
「それ、どういう意味よ。だいたい、保護者って何? 恥ずかしいな。それよりも聞いて、ナタリーったら、ほら」
ルーテの手には、ナタリーに渡したはずの雛人形がある。彼女が手渡しそれを見ていたナタリーは自分の部屋に戻ると、同じ形をしているが彼女の手作りのリボンをつけた物を手渡した。
「交換ってやつなのかな、見た目あんまり変わらないけど。大事にしないとね」
「バウ」
その時、彼女の愛犬であるセイバーが雛人形を奪うと走り出した。
「ちょ、ちょっとセイバー。育てた恩を忘れたの、返しなさい!」
そういうなり、ルーテはセイバーを追って走り出す。
「やれやれ、ルーテさんは、やっぱりルーテさんですね。ま、それもまた良い・・・・・・待ってください!」
ニーシュもまた、駆け出した。
丘の上の喧騒を一人見つめる男は、宴の会場をすぐ後にする。
託した手紙を彼女が封を開くと時、彼はそこにきっといない。
「貴女が悲しみを乗り越えて、いつか蝶のように飛び立てる日が来ることをお祈りします。勇気は貴女と共にいつも心の中にある勇気を信じて」
手紙に、添えられた花を受け取り少女は何を思うのだろうか。
その想いが浮かぶ。けれど、自分はここにいるほうが似合っている。
フォックスは一人丘を眺め、番を始めた。
誓いは二つ。
だが、指輪は片方に同時に繋がっている。
「ヤグラさん、どうしましょう。指輪を抜けなくなってしまいました」
「こんな大事な時にどうして? 自分は何もしていませんよ」
永遠の誓いに成るし、それも良いとやぐらは一瞬思ったが、一人だけ永遠でも仕方のないことだ。
二人はそれから頑張ったのだが、なかなか指輪は抜けない。
混乱している二人。そこにやってきた女は人差し指をロザリーに向けると無意味に偉そうに言った。
「自称お嬢様、トラップに引っかかったわね! さっき隙をみてベタベタした液を仕込んたのよ。そう簡単に幸せになろうなんて、甘いわ、甘い。交換なんてさせない」
勝ち誇ったように胸を張るマリオン。ちょうどそこに保護係である彼が現れた。
「はい、マリオンさん。行きましょう。人の恋路を邪魔するものは、暴れドラゴンに喰われてしまいますので」
「離しなさい、セツィナ! まだ、あの澄ました黒仮面にお仕置きが残っているのよ」
「貴女黙っているほうが、可愛いと思いますが」
セツィナの言葉に一瞬、マリオンはたじろいだが、すぐ元に戻り。
「な、なによ。そんなこと言ってもお仕置きはやめないわよ」
仕置きというより、いいがかりのような気もセツィナはしたがマリオンの手を引いて、その場を立ち去ろうとする間際
「それでは、お二人とも。続きをどうぞ」
セツィナの言葉を聞いたヤグラとロザリーは赤面した。
振り返った先には、人の賑わいがある。
その様子を確認したソリュートは、礼拝堂に視線を移し思う。
先日の襲撃の裏が取れていない。可能性として一番しっくりくるのは、やはり黒幕が資金を供給していたという事だろう。
それよりも気になるのは、ゴーストだ。
昔馴染みというには、それほどの付き合いでもないが、過去の調査のさい出会った付近の住人との会話から、ソリュートは、ふとそれを思い出した。
もし、魂が解放されていないとすると、今はどこかに潜んでいる? しかし、ゴーストは、ほぼ自我がない状態のようなもの。状況的に、この場に無意味に現れるのが必然。
(考えすぎは悪い癖ですね。街中で暴れるくらいならば、すでに何者かによって浄化されているかもしれませんし・・・・・・)
深く考えるのはやめ、彼女もまた賑わいの中へ消えて行った。
携えた手を握りしめ、ロザリーは進む。
お互い何も言わない。ただ、少女はそこにいて、ロザリーは微笑むだけだ。
ヤグラが奥にいる神父との話を終え、彼女達の元に戻ったころ、他の仲間もそこにやってきた。
まず、ニーシュがナタリーに一礼するとその手を取った。ナタリーは何もいわず彼の手を握り返す。
「ささやかですが、これをお受け取りください」
手渡された十字架をナタリー受け取る。セイバーをなんとか捕まえたルーテは、食べすぎて突っ張る腹部をさすりながら、ニーシュの横に立ち笑う。
マリオンは、参加者の着飾った姿を見て。
「冒険者がそんなチャラチャラした格好してるんじゃないわよ!」
悪ぶるがセツィナに取りなされた後、澄ました黒仮面にお仕置きを実行するため探す。だが、ちょうど席をはずしているようだ。
「私も素描程度の心得ですが、必要であれば教えます」
ソリュートはナタリーにそう言った。
手渡された贈り物を手に少女は笑う、贈られた絵筆を用い彼女は、未来という題名で九つの色に彩られた絵を描くのだろうのか?
最後の花束に添えられた手紙を読むのは、まだ後先のことだが、そこにある言葉は彼女は何を想うのだろう。
華やかな宴も終わりの時がやって来た。それぞれの思い出を刻み、立ち去る足音の群れ。
「自分も機会を見て、また来ますね。やはり女性は料理が出来たほうがよいでしょう」
「ヤグラさん、それはわたくしに対しても言っているのでしょうか、当家の料理人として召抱えるという約束で」
いつそんな約束をしたのかは定かではないが、ロザリーの少しむくれた態度にヤグラは慌てた。
「それじゃ、ナタリーまた来るね! おねーさんを忘れちゃだめだぞ」
「ルーテさんは、忘れようにも、簡単に忘れられない御人だと思いますが」
「ニーシュ。後で酒場に付き合いなさい。反省会をするわよ」
「お守りですか、まあ仕方ありません付き合います。それではナタリー。オールヴォワール。またお会いしましょう」
ニーシュはルーテを連れ去って行く。
「絵は練習ですよ。頑張ってください」
ソリュートはそっけない態度にも優しさが隠れていた。
「もう、黒仮面はどこに行ったのよ! さっきまでナタリーにくっついていたのに、肝心な時にいないなんて」
そんなマリオンの手を引きながらセツィナは言った。
「全てが終った後・・・・・・・貴女さえ良ければ御両親が眠る洞窟へと案内いたしますが。どうなさいます?」
その問いに、ナタリーはゆっくりと頷いた。
足音は少しずつ消えていく。
丘を望んでいた男は、見送る少女の姿を見届けた後、無言のままに弓を下ろし街の雑踏へ歩いて行った。
残された女は誰もいなくなった庭を歩む、少女に別れの挨拶を告げるため。
羽が欲しい。
そう、仮面を被った彼女は思った。
見下す大地に影が伸びる。
幼き日々は遠い時の彼方に消え去った。だが、忘れえぬ記憶は胸に残っている。
恐れていたのは、誰でもない彼女なのかもしれない。一人飛び立つことができないからこそ、いつか羽ばたく姿に望みを託し、自分はここにいる。
守りたいと願った。絶望という名の暗闇、その底に這わせるくらいなら、自らの傷跡など曝け出しても良かった。
想いを秘めた彼女の眼差しは、目の前に立つ少女に向かう。
「ナタリー、私は君を信じたいのです」
差し出された天使の羽は、陽の光の中で彼女の黒髪と共に光る。
少女は何も言わず受け取ると笑った。
導かれた道の行方が真実であるのかは、まだ分からない。だから、応えがなくても、それで十分。彼女はそう感じ、短い時間を過ごした後、身を返し歩きはじめる。
丘を下る坂道を進んでいた彼女、何かに気づき、ふと立ち止まった。
風に乗って聞こえてくる音? 歌だ。軽やかな韻律で刻まれている歌。
その歌声を聞き振り返る。
雲の間を縫う陽に照らされて、映し出されるささやかな情景を見た瞬間。
クロエの被る過去という仮面は、剥がれ落ちた。
今、アンゲルは地に舞い降りる。
回る運命の輪。
盤の行先はまだ分からずとも、天使がその光翼を羽ばたかせ、空に飛び立つのは、きっと。
遠い日の事ではない。
【光の行先】 了