黎明 〜The Last Spectrum of Stars〜
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■シリーズシナリオ
担当:Urodora
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 85 C
参加人数:9人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月24日〜02月01日
リプレイ公開日:2008年02月05日
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●オープニング
──三なるもの。
光は闇無くて輝かない、闇は光無くて生まれない。
背中合わせで振り向くことのできない二人。彼らは互いを好んで求めたわけでも無くとも表裏一体。そして──この二つの欠片を身に宿さないものなど、きっと世界のどこにもいないだろう。
冬の冷えた大気は、どこか澄んでいる。
その冷涼さに触れていると、見えないものも見えるような気になる。
窓を開いた先にある星空に少女は、感嘆という雫を適量含んだ溜息をつく、これからどうなるのかは、分からない。けれど、確信に似たものが彼女の内にはある。
(・・・・・・必ず助けに来てくれる)
胸にさげたロザリオをそっと握ると、少女は夜空に眼を戻すのだった。
沈黙は、語られることのなかった言葉の残骸なのかもしれない。
語ることもなく、静けさが支配する場に一組の男女がいた。
「イレーネ」
傍らに控えた女は冷えた大気に染み入るように消える声に静かに答えた。
「主従」
「万が一。不測の事態が起こった時は」
女は続く言葉の間に、主のためらいを感じた。迷いを映し出す輝きは深い。
男の視線の先にある刀身、魅入られたように男は覗き込んだ。この閉じた場に二人はいて、お互いを感じている。
沈黙を先に破ったのは男のほうだった。
「お前の手で始末を頼む」
逡巡した後、発せられた声には強い意志と決意が漲っている。
「承知、致しました」
「無様な姿だけは、それだけは見せるわけにはいかぬ」
男は自由という理想に身を捧げたつもりだった。だが、所詮自らの私的な復讐を遂げるだけなのかもしれない。
「勝てると・・・・・・思うか」
「貴方なら」
再度──沈黙が場を覆った。
傾けた杯を見つめ、領主は思った。
強さは弱さの裏返しだ。
寂しい、その感情を捨てた時、よりひどく心は痛む。幻と過去は、望まない時に現れ、夢は輝きが強ければ強いほど届かない。
言葉で正しいことを言うたび、その正しさという酔いが覚めるたび、自らの嘆きに気づいた。
表面を飾る者ほど澄んだ響きで歌うが、声は虚空に渡る。
だが、そのような戯言を呟いたところで何も変わりはしない。だから足掻く事を忘れて、今に適合する。
適合したからこそ日常は灰色に見える。埋まらない何か求める。
色がない、色をつけることが必要だ。白と黒に塗り分けられたこの場所は冷たい。
赤が綺麗だ、そうだ、赤にしよう、そうしよう。
どうせならば、広いこの世界を自らの手で塗りあげよう。
誰も私を責められない。誰も私をせめられない。 だれも私をせめられない。
だれもわたしをせめられない、だれもわたしをせめられない、だれもわたしをせめられないだれもわたしをせめられない、だれもわたしをせめられないだれもわたしをせめられないだれもわたしをせめられない。
みんなおなじ、きれいにぬりたい。
手の平から流れ落ちる葡萄酒は、灰の画板に彩りを添える。渇きが満たされることが無いとしても・・・・・・。
一月もそろそろ終りを告げる日の事。
ヴォルニ領主より領地に布告が発せられる。吉事の皮を被った凶事は、数日後、キエフ郊外に立つ教会にも届いた。
もとより覚悟していた事とはいえ、開いた先にあった文面に書かれていた婚礼の事実は、神父の心に諦めと不快がほどよく混ざった驚きをもたらす。
「最後の勤めになる・・・・・・かな」
握り締めた羊皮紙は歪んでゆく。
あの時、少女を預かったのも何かの縁──結末はどうであれ見届ける義務がある。
彼は初めて彼女が教会にやって来た時のことを、ふと思い出した。
怯えた瞳は、無言のままで彼をじっと見つめている。歳に不釣合いな憂いおびた危うさを美しいと彼自身もそう感じたが、あの美しさは誰も幸せにはしない負の美でもあった。
──例え、失った時を取り戻す事ができなくても、過去の亡霊にもう一度捕らえさせるわけにはいかない。
「外套を」
決意を込め、神父はゆっくりと歩み出した。
三
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●要点
愚者の手引きによって、ヴォルニフは婚礼の時期とほぼ同時期に襲撃されます。
その後、引き続き彼の直属部隊は、領主の館を急襲する予定です。
その混乱に乗じてナタリーを救出してください。
ここで問題となるのは、武器を携えていっても式に参加するためには、預けなければいけないということです。
守備部隊などについては、神曲の結果が関係していますが、結婚式であるため式を護衛する近衛はそれほどに多くはありません。あの領主は無粋を好まないので。
さらに今回ある情報、事柄に関して推測して、それがいったい何なのかあたりをつけて
関連を察知しておかないと、ナタリーの奪取に成功しても致命的な事態になります。
ヒントは
アスガルズ。
一度盗まれた物。
鍵。
番いの物。
です。
光の女神が微笑むことを祈ります。
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●リプレイ本文
三拍子刻み光を仰ぎて踊る影の群れ、陽炎というに揺らめきは無く、幻というに儚い。 無限の如き舞踏の果てにあるは、記憶に封された年月と名を付す印、刻まれた本人は知らねど、組まれた円舞を舞うのもまた定め。
なればこそ、あえて月に想いを馳せ、夜のしじまに言葉を泣くし、急ぎゆくも人奇の縁駆ける風追う早馬に乗るが見技。
始まりは終わりに戻り、心無くした者全て虚空へ叫び、狂を用いて偽りならざるを答えとする。
此処にある書は、闇に眠りし漆黒の天鵞絨を纏う者の末路なり、聴衆の侮蔑をもって綴り、旭日をもって──黎明と処す。
【光】
現在は、過去の連鎖のようなものだ。
過去は触れることも見ることもできず、認識の上に存在する今という事実によって成り立っている。
言い換えるならば、未来というものさえ、曖昧な現実という経験を積み重ねの上に、組み立っているのかもしれない。
ここにナターシャと言う名を持つ、過去の鎖に捕われた少女がいる。
彼女は、幸せの二文字にほど遠い。しかし絶望の底で、もがき続けられるほど続けていられるほど弱くもなかったため、自らの心を閉ざすことでのみ、身のうちに眠る凶事を忘れえた。
だが、忘却は心地よい逃避としてふさわしい反面、起きた事実に対して友好的な解決というにほど遠いものだ。
決別し、置き去りにしていたはず記憶の扉をこじ開けられ、封印されていたはずの傷を思い出した顛末については、今までに語られた。
ナターシャ自身、自らの出生に関わる境遇を知っていたわけでもなく、なぜ自分が執拗に狙われるのかを理解していなかった。
だが、繋がる者にとって帰結するものは妄執である。
本来、彼女とは無関係の話だとしても、狩人は射る側の気持ちなど考慮せず矢を放つものだ。
いずれにせよ、用意された舞台に役者は揃った。
この世界のどこにも、終わらないものなど存在しない。もし、あるとするのならば、それは誰も理解不能な空間に住む妖精の羽音のようなもので、耳にも聞こえず、目に見えない物だろう。
★★★
予期していたとしても凶事は突然やってくる。
幸せと不幸、その天秤がどちらに傾いていたかは別として、機会が訪れるのを待っていた彼らに、事態を憂えている時間は残されていなかった。
出発した道中、ヴォルニフまでの旅は陰鬱ではなかったが、普段よりも軽快さにかけた。叩く軽口よりも沈黙が多く、どこか張り詰めた緊張がそれぞれに感じられた。
到着したヴォルニフの町並みは、普段より賑いを見せている。元々、それほど活気のある街といえなかったが、すでに婚礼は告示され、吉事として領民に迎えられたようだ。
領主といっても領地に在住する方が少なかった事もあり、彼自身の人となりを知るものは多いようで、少ない。
これは、領主の代理として統治していたものの手腕が優れていて、民心の動揺を防いでいた結果とも言えるのだが、今ここで語る話ではない。
。
招待を受けたのうち、
リン・シュトラウス(eb7760)
ロザリー・ベルモンド(ec1019)
ヤグラ・マーガッヅ(ec1023)
ソリュート・クルルディアス(ec1544)
らは、式に直接参加するようだ。
セツィナ・アラソォンジュ(ea0066)
フォックス・ブリッド(eb5375)
ニーシュ・ド・アポリネール(ec1053)
アスタルテ・ヘリウッド(ec1103)
クロエ・アズナヴール(eb9405)
は、外より待機して、危急に備える。
ヴォルニフについた彼らは宿へと、まず向かった。
その宿屋は、ヴォルニフにある宿の一つである、領主によって式が開催されるまで、指定されていた宿だ。
想定していなかったパーティーの幾人からは、提供された宿に危険について語られた。ここで何か仕掛けてくる必要もないと神父は言う。
「いまさら、騙まし討ちなどするつもりはないでしょう。もはや彼の目的は、自らの行う儀式に私達を、最後まで付き合わせることではないですかな?」
その意見はもっともであったため、それぞれ用意された部屋へと向かうことに決めた。
一段と寒さがきつくなる、夜を前にした頃。
宿に到着した男がいる。
歩いてくる途中積もった雪を振り払ったフォックス・ブリッドは、身震いを一つすると息を吐いた。
夕闇が来る黄昏時、落ちる日に照らし出された透き通った肌は周りの雪よりも白く、碧い両の目の先には扉がある。
フォックスはここに来る途中、情報収集と工作を行っていた。
彼は、唯一領主と面識のない男であったため、行動の制約がなく自由は効くともいえるため、容易に動きやすかったためだ。
ちょうど、フォックスが情報を集めるため動き出した頃、ヴォルニフに不穏な噂が流れはじめ。街に向かって侵攻してくる何者かの部隊があるという報である。
「愚者が動き出しました」
フォックスは報告した後は、別行動で宿に戻った。彼はあくまで自分の存在を領主側に悟らせるのを嫌ったためだ。
当初より予定されていた襲撃は、愚者の手によってパーティーにも伝えられていたためフォックスがその報をもたらしたさい、動揺はそれほど大きくはなかった。
それよりも、これから起きる戦いの準備が整ったことに関して、引き締まるような想いの起こったほうが強い。
夕食の後、彼らはそれぞれ休息の時間を取った。
旅を何度も重ね、顔を見知った仲である。
緊張よりも軽口が似合うメンバーにとって、今回の旅も普段とそれほど変わりはない。唯一違う点があるとすれば、普段は留守役であった神父が随伴している事だろう。
「そういえば、ブーツ大丈夫なの?」
暖を取り、小柄な体を暖めていたルーテは何の気なく、ニーシュに向かってそう問う。 ちょうど蒸れた足を乾かしていたニーシュは、ルーテの言っていることが何を意味しているのか計りかねていたが、思い出したように指を二度ほど鳴らした後、開いているのか分からない目をルーテに向けて、上機嫌で返す。
「メルシー、心配ご無用です。冬は寒いし乾燥するので大丈夫・・・・・・きっと」
『きっと』の部分だけ、声を潜めたため、ルーテや周りには届かなかった。
本当に大丈夫なのかはどうかさておき、ルーテはその返事を聞いて満足げ頷いた。腐れ縁というほどでもなく、かといって恋という文字が相応しいほどの関係でもないのかもしれない。
そのやりとりを、無表情のままみつめていた女がいる。
女は、ニーシュの元に近づくと
「あれはうつります。気をつけたほうが良いのではないでしょうか」
それは、耳ざとく聞きつけたソリュートで、ニーシュに小声でささやいた。気をつけたからといって、どうなるわけでもない、それよりもこの場にいる者の心配をしたほうが現実的でもある。足だけではなく、どこにでも、それこそ「うつるもの」なのだから。
それにしても、このパーティーメンバーはどこか曖昧な関係が多かった。その最たるものは以下にいるロザリーとヤグラという二人組みである。
彼らは相変わらず、決定的な一撃がない。
ニーシュとルーテは、おどけたコンビで、セツィナと暴れん坊は保護関係のようなもののため傍から見ていても、それなりに機能しているが、ロザリーとヤグラは間合いが近いようで遠く、歯がゆくみえる。
リンやクロエはそのあたりを面白がっているところもあり、直接的及び間接的にからかう時がある。二人が動揺するのを見て楽しむためだ。
やや幼い容姿でどこか愛嬌を伴ったリンにその行動は似合うが、クロエは外から見る限り冷静な大人の女性に見える。
といっても、見えるだけであって実は感情の起伏が激しい側面もある。起伏というものは動と静があって成り立つものだから。
「今生の別れになるかも知れません。二人とも悔いのないように」
もっともらしい事を言ってけしかけるクロエ。
「そ・う・で・す・よ、結婚式だしついでに二人もね♪」
リンは、なぜだろう、ものすごく楽しそうだ。
「わ、わたくしは」
「自分はも・・・・・・いえなんでも」
言われた当人のロザリーとヤグラは困惑した。最初からそんなことは分かっている。しかし、分かっていると実行するの間にどれだけの差があるのか・・・・・・本人たちの固まった表情を見る限り・・・・・・。
「決戦前だと言うのに、のんびりしていますね」
様子を眺めていたセツィナは、やや呆れ気味に言った。
「ノン、いつものこと、いつものこと。たまには、一杯いかがです? 」
ニーシュに差し出された杯をセツィナは受け取る
「頂きます。・・・・・・無事終わると良いのですが」
含んだ酒の味は、ほろ苦い。繰り広げられている光景を見つめながら、セツィナは呟いた。
★★★
非難されるべきは、非難の対象となるものより、起きた原因なのかもしれない。
結果は要因があるからこそ起こり、周囲を巻き込み増幅する。
この舞台を構成している因子たちさえ、欠片にしか過ぎない。だが、誰も自らが欠片であるなど疑うことはないだろう。
色が組み合わり描かれる絵画も、全ては点の線による合成物なのだ。
この偶然という名の台本を元、必然という劇を演じるようなものだ。
いや、筋書きは読み続けよう。
それが・・・・・・勤めだから。
彼女は、今何ができるかを考えた。
選択として自らの生を終わらせる結末を迎えるのも一つの答えだと思った。
避けられないのなら、逃げるほうがより良い解決手段なのではないか? ふと、その想いが蘇った。
このまま逃げ続けて最後まで逃げきれるのなら、それできっと良い。
待つのも疲れたし、待つということでしか自分を変えられないのも嫌だ。憎いとさえ思う。
行き場のない気持ちを解消するためだろうか、彼女は右手の親指を内にいれると潰すように強く握った。伴う痛みは自らを確認できる行為、歪んでいるが今の彼女にとって必要な儀式だった。
自分のために巻き添えを作るくらいなら、いっそのこと全て終わりにしたほうが・・・・・・。
「ナタリー。死ぬのは自己満足にしか過ぎません」
──その声で意識は開けた。
広間は、ざわめきが満ちている。
領主の婚礼というからには、やはりそれなりの格式を持ったものだ。
招待されている客も、華美な服装のものも多い。
「やや、場違いのような気もします」
ソリュートが言った。
ソリュートは簡素な格好をしている。
領主によってそれなりの服も用意してあったが、あえて断った。
普段着慣れない服を着ることに抵抗、気恥ずかしいのを感じた部分もあるが、これから起こる一連の出来事に対して、軽快に動ける服装でなければ対処が難しいと考えたからだ。
「もう少し、そのあたりに気をつかってもよかったですわね。ただ・・・・・・あそこまで徹底的に調べるとは予想外でしたわ」
今回は性別ごとに別室に通され、ほぼ全裸まで調べられたため、隠していた武器も全て没収された。
「ひどいです。恥ずかしかったです」
リンがその時の様子を思い出したのが、顔を赤らめた。
「・・・・・・」
会話を聞いていたヤグラは黙った。なぜなのかは知らない。
式典ということもあり、警備の兵士は会場にはそれほどいないように見える。ソリュートの見えざる目、線のような目をさらに細める様子を伺う。
「そろそろ時間ですな」
神父が言った。
そして──主役となる二人が現れた。
その頃。
契機を待つものたちが張っている。
「あの無垢なる魂を、これ以上不浄の場に止めておく訳にはいきません」
セツィナが独白した。その独白を聞いた数名は頷く。
クロエは、なぜか異形のもの古びたしゃれこうべを取り出して見つめている。
「なかなか良い悪趣味をしていますね、クロエさん・・・・・・」
ニーシュが、驚きを込めて言った。
「あのバカにプレゼントするわけね!」
ちらちら視線をやりつつルーテも言った。
「まあ、そのようなものですよ。念のためです。念のため」
ナタリーが正常な生物ではない可能性がある。と、クロエは口に出さなかった。
疑念で終わればそれで良い事で、今無駄な騒動を起こす必要もない。もしも事実だった時に考えれば良いだけのこと。
「さて、幕が──開くころですね」
遠くの方で、迫ってくる何かの足音をクロエは聞いた気がした。
嘲笑うかのような祝福が巻き起こっている。
すでに儀式は始まり、半ばを過ぎた。起きた出来事は計画の必然通り、嬌声が場を支配している。
蒼い雷光は、己の剣をもって館を襲撃する。
愚者は式の会場には直接介入せず周囲の兵の目を自分達に向けさせた。決着は、自らの手でつけろということらしい。
彼の本心がどうであったかは別として、ヴォルニ領を自らの手に取り戻すのが目的であって、領主の打倒は二の次なのだ。
もとより承知としていた者、この機に伴って雪崩れこんだ者の怒号と叫喚が場を支配している。
「さあ、姫君! 青熱と黄陽の道化師どもが、笑顔を持って参りましたよ」
駆け込んできたものの一声、馬のいななきが猛り狂う、騒然とした式場で数名の男女はお互いの顔を見合わせると、武器を携えた。
侵入組と事前連絡をつけていたリンは、察知しそれとなく突撃を告げ、呼応し隙を見てソリュートは守備の兵の剣を奪い、ロザリーに渡す。
混乱は極まる。
招待されていた客が出口に奔流のように流れ込む、逆らい進むのも容易なことではない。この機に乗じて、領主とナタリーの元へ向かうが・・・・・・。
「礼もって饗宴となしたが、恩を仇で返されるとはこの事だな。良かろう、欲しいのならば返してやろう。興ざめにも程がある」
領主は笑う。
式場の裏かけられた天幕が上がり。
無数の矢が式場へ向き。
「射よ・・・・・・誰一人生きて帰すな、沈黙こそがもっとも美しい」
放たれる矢の群れ、投げ出されたナタリー。気づいて動いた中でもっとも近い場所にいたのは、黒衣の女。
女は飛び交う矢は身を挺して壁となった。
片膝をつき、崩れるように倒れこむクロエ。
突き刺さった無数の鏃を見た時、なぜか笑いがこみ上げる。
このまま死ぬのならそれも良いのかもしれない、そんな想いも沸き起こる。
肩口に刺さった一本を力任せに抜くと激痛で意識が遠のいた。抜いた矢を無造作に投げ捨てるとクロエは言った。
「道化の役目もこれまで・・・・・・か」
流れる血の赤に動揺を覚えるのはいつ以来の事だろうか、クロエは鮮血に染まった手を見ていた。
駆け寄るナタリー。
「ナタリー。自ら死を選ぶのはきっと自己満足にしか過ぎません、成すべき事を成しなさい。いえ、おかしいですね。今の私がそんな事言える立場でもないようです」
「クロエさん!」
「治療を」
ソリュートが叫ぶと同時に、ヤグラが血まみれになったのはクロエへ走りよる。
壇上にいる領主は笑い、手を振り上げた。
これってかなり損な役割よね。転げ落ちた後、体勢を立て直した彼女はそう思った。
けどね・・・・・・アスタルテ・ヘリウッド、ココまで来たらやることやるだけ。
子供一人笑わせられないで何の騎士か・・・・・・いくわよ。
「ったく、いい加減しつっこいんだよアンタは! ガキの一人遊びは一生地獄でやってなさいよ」
つがえた矢が放たれる前に、ルーテも弓を構え立ちふさがった。
「射よ」
矢の雨が降る。
逆らうようにルーテも矢を放つが、射手の数が違いすぎる。ロザリー、ニーシュ、ソリュートも迂闊に近づけない。
その時だった。
数本の飛ぶ矢がルーテに届く前に遮られるように落ちた。いったい何なのかを確認する前に
「早く、そんなに持たないから」
それはナタリーが張ったもののようだった。。
「お、いい顔できるじゃないの。ほら、ニーシュ! さっさと倒してきなさいよ」
「やれやれ、淑女のご命令とあれば、このニーシュ」
張られた結界が壊れる前に、たどり着いたセツィナ、ロザリーは内側から魔法と衝撃波で攻撃する。間合いを詰めたソリュートとニーシュは接近し、射手は切り倒した。
敵の数はそれなりではあったが、接近戦に秀でていたわけではない。
「治療は終わりました。動けると思います。ただ、無理はしないほうが」
「それでは──それこそ一矢報いて・・・・・・きましょう」
クロエも戦いに加わった。
外では愚者の陽動が続いているらしい。いったい何が起きているのかは、はっきりとは分からない。
近づいてくる敵対者を見据えながら領主は後方へと下がり、何かを取り出す。
杖のようにも見える物体を掲げた彼は、自らに語るように言葉を紡ぎだした。
「お前達が正しいというのならば、私一人越えられぬ程度で正義を語るつもりか? 救えぬものを救おうとするのは罪だ。罪を正しいと語る俗物どもめ、満たされないなら求めて何が悪い。欲しいものは欲しい、手に入らないのならば壊す。それだけではないか。どうせ同じなのだ。それならば・・・・・・幻影の中にだけ安らぎがある。ならば幻に変えて終わらせよう」
独白にも似た彼の発言、羅列が吐き出され終わった後、領主の前に立ったリンは諭すかのように話し出した。
「狭間を埋める赤より、透き通る蒼をあなたに、蒼い空のような愛、そういうのも良いと思わなくて? あなたの心の空白は誰の色を持っても埋められない。歌うことのできない詩人は、羽ばたけぬ鳥のようなもの。あなたのしていることはそれと同じ、自らの殻に籠って外を見ようとさえしない。自分を哀れむだけで、何一つ信じようともしない。そんな人を誰が愛するというの?」
「黙れ、女」
リンの後に続いたのは、狐目の女だった。
ソリュートは、ほつれた髪を払うと、いつになく真面目な表情で言い放つ。
「ねえ、そろそろあの領主様はやめにしたらどうでしょうか。いなくても平気でしょう。いい機会だと思いますよ、ほんとうに」
すでに劣勢というよりも絶望的な状況になりつつあった、近衛は戦う意思を半ば捨てた。あえて逃げる彼らを追うものは、いない。ナタリーも無事救出し、この時点で半ば・・・・・・目的は果したようなものだったから。
だが。
「奥の手は、最後まで取っておくものだ。一つ面白い話をしてやろう。不肖の弟は、我が家に伝わる家宝が、鍵を用いて真の力、その封印が解かれると思っていたようだが・・・・・・鍵は封印を解く物ではない。本来、力を制御させ、安定させるために使うものだ。それが何を意味しているか分からぬお前たちでもないだろう。この手に伝わる武具の片割れがあり・・・・・・私は追い詰められている。どうせ終焉を迎えるのならば、道連れが多いほうが華麗で良い」
向けられた杖。
勝ち誇った顔。
それを打ち破ったのは、
「鍵というのは、ナタリーさんの持つ、ペンダント、ロザリオ、いえ、もしかしてナタリーさん自身のどれかですわね?」
ロザリーだった。
「答えが分かったからといって、いまさらどうなるわけでもない。私は力を制御する気などないのだから」
以前、領主の
「確かにそうですわね、それならば、もっと簡単な答えがありますわ」
意味深げにロザリーは口ごもる。一瞬周りの動きもとまり、ロザリーが続ける答えを待った。彼女の出した答えはとても単純明快な答えだった。
「あなたのような人とこれ以上関わりになるのは、わたくし達の本意ではありません。
だから・・・・・・」
「だからなんなのだ」
「逃げます。後の始末は・・・・・・きっと彼らがなんとかしてくれるでしょうから」
ロザリーの振り向く視線の先にいるのは、剣を持った男と従者、
「さあ、皆さん。無駄な戦いはやめて逃げる、ではなく戦略的撤退ですわ、どっちにしろそう簡単に逃がしてくれるわけでは、ないようですけれど」
入れ替わり、走ってくる兵士の軍靴の音が鳴り響いていた。
追手はそれほど多くは無かった。大半は領主と愚者の戦いに巻き込まれているらしい。ただし、すでに内部の戦闘で疲弊したメンバーにとっては辛い戦いだった。
そのため、唯一後方へ控えていた男が殿をつとめた。
「ここは私に任せてもらいましょう」
ナタリーに向かって言った。
「フォックスさん、危険です」
「たまには──格好をつけさせてください、ナタリー」
「でも」
ナタリーの反論を封じたのは、優しい抱擁だった。
「君はもう自由だから、過去に囚われないで・・・・・・さあ行くんだ」
ささやくように語りかけたフォックスは、ナタリーの手を握るとと扉の奥へと進む。
領主の哄笑と剣戟の音が響く中で、彼は・・・・・・矢を射た。
フォックスが足止めをしている間。
ほぼ全員退却した。一時的に傷を負っていたものはその後回復することとなる。
(涙につながれた過去より相応しいものもあるはず、鎖に繋がれていては、未来に歩みだすことはできません)
退路、ぼんやりした影を見つけたヤグラは、一人決意を胸に歩き出す。
その事実は、ヤグラしか知らない事で、彼の胸にそっとしまわれた。
★★★
生き残った者たちは、雪と埃に塗れた。
遠い館では、まだ戦い続いているようではあったが、今の彼らに再度加わる気力はなかった。
「これで、ぜーんぶ終わりですか」
何度か咳き込んだ後、リンが言った。
彼女は、今ここにはいない女性に一つの質問をぶつける気でいた。愛というものの形は人それぞれだから、それについてどうこうするつもりはない。しかし質問をぶつけるべき当人はすでに、ここにいなかった。
「助演としては優秀な退場の仕方だとは思います」
ヤグラが微笑んで言った。
「ええ、どうせなら決着を・・・・・・ただあのまま戦っていれば」
ロザリーが答えた。
あのまま戦っていれば? どうなったのだろうか。ロザリーは疑問を振り払った。こうして無事なだけで十分なのだから。
「え! じゃあ私が普通の生物じゃないって思ったんですか?」
「はい、天使かと思いましたが」
ソリュートが言った。
「不死者だと・・・・・・」
「魔法生物なのかなと」
クロエとリンの言葉にナタリーは唖然とする。
「クロエさん、リンさん・・・・・・いくらなんでもそれひどいよ」
「思うに、矢だらけの黒クロエのほうが、よっぽどアンデッドに近いと思われます。しかし、よくあの状況で生きていらして」
ニーシュが、針ねずみクロエの姿を思い出して、からかった。
「・・・・・・ニーシュ君。後でギルド裏まで来るように、揉んであげます」
「失敬、失敬。じゃじゃ馬マドマアゼルのお相手は一人だけで、ご遠慮願い」
「だーれが、じゃじゃ馬なのかな?」
話を聞いていたルーテが、ここぞとばかりにやって来た。
「ルーテさん、いやこれはその、そう! 若気の至りというやつで」
「ニーシュ? あんたもう若くないでしょう」
それとなく痛いところを突かれたニーシュは、逃げの一手を打つ。
「は、思い出した・・・・・・ちょっと、フォックス氏との会合が」
「まてー! あとでおごりなさいよ」
ニーシュを追ってルーテは駆けていった。
「まあ、平和で何よりですね」
ソリュートがのほほんと言った。
「仲良しですね、あの二人」
「そういえば、仲良しといえば、ロザリー君とヤグラ君。そろそろ決着をつけましたかね」
クロエの推測は──。
「始まる前に話すつもりでしたが、遅くなりました。その、自分と一緒になりませんか? 自分が貴女を養います、毎朝自分の作った朝御飯を食べてください」
深呼吸を一つした後ヤグラは言い切った。返事を待つ短い間、胸を打つ鼓動に耐える。しばらくして、解き放たれた彼の前にある彼女は彼女なりの答えを返すだろう。
「ヤグラ・マーガッツとロザリー・ベルモンドに無限の愛を・・・・・・ちょっと返事としては気障ですわね」
ヤグラはロザリーの手をとった。
これからこの二人がどのような道を歩むのかは分からない。ロザリーの言う無限の愛と愛を培うのかも知れないし、一時の安らぎに身を休めるのかもしれない。
どちらにせよ、彼らの旅はまだ始まったばかりだ。
セツィナはナタリーに向かって問いかける
「ナタリー。かねてからの約束どおり、貴方の両親が眠る地へと参りましょう。それほど遠い場所ではありませんよ」
強く、そしてはっきりと彼女は答えた。
「行きます。きっと──待っていると思うから」
帰ろう、自分の戻るべき場所に。
ヴォルニフにおける戦闘の帰趨は、領主の館が崩壊することによって終わった。
アレクサンドル・ヴォルニの生死については不明である。
だが、確実に彼の命の灯火は消えた事だろう。
それこそが、きっとあの男の望んだ美学なのだから。
同時に、愚者の騎士と呼ばれる男の消息も不明である。
これについては、事後一通の手紙がリュミエールという学者の元に届けられる。
しかし、現時点では手紙は届いておらず、彼らがいったいどうなったのかは誰も知らない。
領主を失ったヴォルニは、一時的にキエフ公国の一部として接収されたが、後に自治権を与えられる。その後、ヴォルニが新たな領主を頂くのは、幾つかの内乱、政争を経た後なるのだが、それは──また違う話である。
ナターシャ・アスガルズのその後は・・・・・・。
「ナタリーさん、ここにいる一人一人が、貴方の事を誰よりも想っています。 父として母として、友として、ずっと一緒に平穏に暮らしていきましょう。 貴方に無限の愛を。 貴方という光の下に集った仲間達に無限の愛を 」
真剣なロザリーにナタリーは少し戸惑った。
「あ、あのロザリーさん、恥ずかしくない。ですか」
「せっかく決め台詞なのに、ひどいですわ」
「ご、ごめんなさい」
「ロザリーはそういう人ですから」
ヤグラが言った。
「彼女に光を、我らに祝福を。 願わくば、って願い叶っちゃいましたかね」
ニーシュが軽口を叩く。
「ニーシュ・・・・・・あんたは」
ルーテが返す。
「そういえば、ごにょごにょごにょ」
「リンさん、なんで秘密の会話なんですか!」
「いや、そのほうがいいかなと今度、魔女さん達と会いましょうね」
「それにしても、相変わらず皆変わらないようで」
「クロエさん!」
「招待ありがとうナタリー。それで今日は?」
「セツィナさんが・・・あ、来たセツィナさん!」
「遅れました、それでは行きますか」
離れた場所で、教会の様子を見ている二つの影がある。
「どうしますか?」
細い目の女は言った
「私は自分の役割を終えました。そういうソリュートさんは」
「今から行きます。それにしても今日は暖かいですね。あ、そうそう、格好ばかりつけてないで、後ろからでも良いからついてきなさい。最後まで付き合うのも仕事の内です」
フォックスを置いて、ソリュートは教会への坂道を登っていく。
灰色の雲を割って──太陽が顔を出した。
降り注ぐ太陽の温もりは目の前の風景を照らす。
この先に待つのは、過去を共有した者。
そして、少しだけ先の未来も共有することになる者たち。
彼女の姿を見つけ、手を振る彼らにソリュートは言った。
「そんなに慌てなくても、死者は逃げません」
積もった雪に反射する光の束が揺いで、白の世界をゆっくりと映し出していた。
三拍子刻み影を薄める人の群れ、極光というに輝きは弱いが、残影というに儚い。
希望纏う舞踏の彼方にあるは、記憶紡ぐ年月と名を付す歩み、進みし本人は知らねど組まれた円舞を舞うは己の意思。
なればこそ、あえて陽光に想いを馳せ、空の狭間に言葉を歌い、進みゆくも光塵の走る戦風追う人の如き見技。
終わりは始まりに進み、心満たした者全て天空へ叫び、衆人これ用いて真なるを答えとする。
此処にある書は、たゆたう閃光の天鵞絨を纏う者の航路なり、聴衆の賞賛をもって綴り、中天をもって──黎明と処す。
光は・・・・・・想いの中に。
了