♯少年冒険隊シンフォニー♭ 『残影』♪

■シリーズシナリオ


担当:Urodora

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月21日〜10月27日

リプレイ公開日:2007年10月29日

●オープニング

●願いの後

 あの日、涙で別れたね。
 願い叶う日が来るまで会わないそう決めた。
 僕は、君の温もりを感じる日々を追うのはやめる。
 守るための強さが無力だとしても・・・・・・それでも僕はさがしつづける。
 
 少年は、木製の短剣をぎゅっと握り空を見上げた。
 流れる運命のままに生きるのが弱さだとするのならば、彼が見つけたものは道を照らす淡い輝きだろう。
 小さな身体に背負った痛みと悲しみは誰のものでもなく、自分の中で癒すしかない。
 それは、彼の視線の先にいる少女もまた同じ。だが、彼女は何も知らない。
 事実を教えることが大切なのか、それとも隠し通すことが正しいのか。・・・・・・まだ、彼は分からない。

「お兄ちゃん」

 彼の前にいる少女は、美しい冠を手のひらに載せていた。

「あの時のだね」

「うん、みんなよろこんでくれたかな」

 依頼のお礼といってもたいしたものではない、彼女が渡したものはただの四葉のクローバーなのだから。

「きっと大切にしてくれるさ」

 たどりつくことを願い走り出した。
 走り出した先にあるものに転び、そのたび起き上がってきた。
 いつか・・・・・・この手に未来を掴むために。

 キエフに一人の少年が住んでいる。
 癖のある赤毛が特徴でどこか弱々しくて頼りない感じのする小柄な人間の少年だ。
 彼の名前は、アレクセイ。みんなからはアレクと呼ばれている。
 伝えたいことがたくさんあっても、下を向いているだけでは語れない。
 きっとまた会える。
 アレクは、強くなろうと決めた。弱いことが悪いのではない。それでも何かを守る力。
 落ちる涙を止める程度の力を欲しいと思ったから。

●願いの果て
 
 薄汚れた手を見つめ、腐臭漂う中に男はいる。

「魂の形だ、受け取るがいい」

 捧げられた玉は灯火を集めた物。
 力と引き換えに消え行くものが命でも、もはや彼が迷うことはない。
 乱暴に玉を投げ渡し、彼は思う。
 ・・・・・・主さえを超え、必ず上に昇ってみせる。それまで、せいぜい愉悦に浸るが良い、愚かな生物め。
 彼は、次の獲物を探し歩き出す。
 求めるものは、唯一つ──この世界の破壊。
 
●ギルド

 リュミエールは悩んでいた。
 託された文の解読の結果を伝えるべきか? 否か。自ら処理しても良い事案でもある。
 彼女の仲間は目の前にいる彼らより強力なのだから。
 だが、伝えないわけにもいかないだろう。

 迷ったあと、リュミエールの解読した結果を話し出した。
  
「長いけど飽きないようにね。悪魔の門に安置されていた魔剣。君たちが知っているかどうかは分からないけど、今現在、愚者の騎士と名乗る男が所持している物だ。愚者の目的は分からないが、剣は本当の力を封印で発揮していないらしい」

 リュミエールは一度言葉を切った。

「俺は、その封印を解く箱を神の塔と呼ばれる場所で手に入れ、盗まれた。ここまではただの経過でここからが本題。あの魔剣は二つの利用方法がある。一つは己の体に負荷をかけて、強力な剣としての力を手に入れる。この場合たぶん寿命が縮まるだけだと思う。問題はもう一つのほう、この形態は剣としてではなく、何かしらの魔力の発現? させるようだ。その効果のほどはよく分からないが、最低でも使用した場合、超越級魔法の破壊力を持つと見てよいだろう。下手をすれば街の一つくらいは消えるかもな」

 大げさに彼女は言ったが、目は笑っていない。

「といっても、今はただの良く切れる剣だけど。で、新しく分かったのは箱は二つある。一つはすでに発見されているやつ。もう一つは、どうやら幻影の洞窟と呼ばれる場所にあるようだ。
 二つの箱のどっちが、どっちの効果をもたらすのか? そこまでは分からないけど、同時に使用はできないらしい。幻影の洞窟についても調べた。何かしらの魔力がある洞窟で、場合によってはかなり危険なところのようだ・・・・・・君たちに行けとは言わないよ。俺がなんとかしないと駄目なことだからね」

 リュミエールは黙った。


●ギルド2

 中年ギルド員は、担当した過去の報告書をまとめていた。

「裏金事件の報告書は、もみ消さないとな、保身、保身っと」
 
 彼は当時の記憶を思い起こし、ふと考える。

「結局、あの時の貴族はどこの誰だったのだろうな。何の実験だったのか気になるといえば気になるが、確か洞窟の奥に何かあると言っていたような気もするが」

 一人呟いた中年は、そのうちに洞窟の事など忘れてしまった。
 

●幻影の洞窟

 十字架の先、二つの墓のさらに奥。
 道化師を象った石像が立っている。

 ここは、全ての始まりの地。
 そして・・・・・・終わりの始まる地。



 冒険へGO
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●目的

 今回は、やや自由行動です。

●場所

 幻影の洞窟を目指す場合は一日半です。
 AFの行方を追う場合は、調べる方法と場所によります。

●用意したほうが良いもの

 目的によって変わります。
 幻影の洞窟の内部は不明なので、行く場合は準備をきちんとしましょう。
 迷宮の場所は、リュミエールから教えてもらっています。

●関連事項

 行動によって神曲の展開が変わります。

●その他

 洞窟にいったい何が待っているのかは、推測してみましょう。
 

 ※登場人物

 ■アレクセイ・マシモノフ 人・12歳・♂

  ファイター。
  迷いを少し断ち切ったようです。かなり強くなりました。

 ■ジル・ベルティーニ  ハーフエルフ・17歳・♂

  結構な実力をもつレンジャー。
  アレクの代わり迷っているようで、ちょっと不安定。

 ■ニーナ・ニーム エルフ・10歳・♀

  風魔法使いの女の子。ウインドスラッシュ・レジストコールド、ライトニングサンダーボルトが使えます。
  脳内は、少しまともなお花畑のような・・・・やはりわがままです。
 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 eb0516 ケイト・フォーミル(35歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5076 シャリオラ・ハイアット(27歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb5604 皇 茗花(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5663 キール・マーガッヅ(33歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5874 リディア・ヴィクトーリヤ(29歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb8120 マイア・アルバトフ(32歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 eb8703 ディディエ・ベルナール(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb9400 ベアトリス・イアサント(19歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

所所楽 柳(eb2918)/ 尾上 彬(eb8664

●リプレイ本文

●残影

 全てものには、始まりがあれば終わりがある。
 例えるなら、人生は一つ旅のようなもので、歩き始めた時すでに帰り着く場所も決まっているようなものだ。
 冒険者達は今ここに来て、これからどこに戻って行くのか? それは自身の心に問うしかない。

 洞窟は、キエフより一日半ほど進んだ村の近く、鬱蒼とした森に囲まれた場所に口を開けて待っている。
 過去、その場を訪れた冒険者は、多くも少なくも無い。ある者は、課せられた任務を遂行するために来て遂行すると去った。またある者は、ひっそりと立てられた二つの墓を探し訪れたとも言う。
 幻影を見せるという洞窟の内部は薄暗く静寂が支配する。近隣にある村の住人は、この場を忌み嫌い近寄ることさえしない。
 村人が近寄らない理由の裏には、罪悪感にも似た感情が存在する。現実、村人が行ったことは許されることではないのかもしれない。だが、それは違う話。
 今ここで詳しく語るものではないだろう。

 眼帯の学者リュミエールから、新たに判明した迷宮の場所について、書き記された地図を受け取った冒険者達がキエフを出発し、村に到着したのは夕刻に差し掛かるころだった。
 落ちる陽の影は長い、深紅に染まった空は闇に覆われ始めている。季節は晩秋、夜に向かう風は冷える。
 蝶番がぶつかり立てる鎧の音、ひんやりとした空気は感覚を研ぎ澄ます。纏った金属は暖める体温よりも早く、外気に触れて冷列さへ傾いてゆく。
 誰かが身震いをした。
 その様子を見た赤毛の少年は、そっと息を吐いた。彼の目の前に一瞬靄が広がり散る。
 その光景を見て、霧散する温もりをかざした手のひらで集めようとしたが、白は消える。少年はしばらく宙を眺めた後、両の手を擦った。
 冒険者達が寒さを堪え、人通りのない道を進むと、宿の看板が見えた。
 幸い村には、質素ではあるが簡易の宿屋のようなものが存在するようだ。
 長旅とは言えるほど旅をして来たわけでもないが、旅の疲れを取るため一晩宿を取ることにした冒険者達は、その扉を叩いた。
 その後、彼らは各自部屋で休息したあと、夕食を取るため集まった。

 こぢんまりとした空間には、質素ではあるが手入れの行き届いた調度品が並んでいる。
 頑丈そうなテーブルを数度叩くと、ケイト・フォーミル(eb0516)は大柄な体をゆすった。
 彼女の前には、差し向かいでちょこんと少女が座っている。三角帽をかぶったその少女は、落ち着かない周囲の様子を伺うと言った。
「ケイト、ご飯はまだデスか?」
「うむ、まだのようだな」
 少女の問いかけに、ケイトは答え微笑んだ。
 テーブルに同席していた皇茗花(eb5604)は、自らが贈った熊のぬいぐるみについて少女ニーナに問おうと思った。そんな茗花の思いを感じたのか、ニーナは。
「茗花、ありがとうデス」
 言うと、ニーナは大きな丸い瞳で茗花を見つめる。茗花は大きく頷くと無言のままだ、照れているのかもしれない。
 部屋にあるテーブルは四つ、各自数名が座っている。
 一際静かな奥のテーブルには、キール・マーガッヅ(eb5663)、リディア・ヴィクトーリヤ(eb5874、)シャリオラ・ハイアット(eb5076)が居た。
 旧知の仲とも言える三人だが、キールは騒がしいのが好みではないため、何もしゃべらない。
 そして、リディアとシャリオラは何か考え事をしているようだ。
 シャリオラが考えている姿は珍しいような気もする。疑問を感じたハーフエルフの青少年は、テーブルに近寄ってくると声をかけた。
「暗い、暗い。シャリオラさんが考え事しているのは似合わないよ」
 シャリオラは、いつもの調子に戻り、憎まれ口で返す。
「ジル君に言われるなんて、私も落ちたものです」
「シャリオラさん。俺、結構まともだよ」
「まともな青少年が怪しい路地裏で、不可解な活動はしませんよ」
 不敵な笑みを整った顔にシャリオラは浮かべた。その言葉を聞いたジルは、シャリオラが何かを知っていることを確信した。
「あら、怪しい活動とはなんでしょうね、ジル君。また何かやったのですか?」
 リディアがジルを見つめた。ジルはうろたえつつも、リディアの胸元に視線を思わずやってしまった。
「男の宿命だな・・・・・・」
「キ、キールさん!? 病気にでもなったの?」
 キールの呟きを聞き、ジルは驚いた。どうやら、キールにその手の感情があったことについて驚愕したようだ。
「あいかわらず、面白いよね、ジルたち」
 赤毛の少年アレクは、突発喜劇が繰り広げているテーブルを観察しながらそう言った。なお、このテーブルには、セシリア・ティレット(eb4721)、リン・シュトラウス(eb7760)、ディディエ・ベルナール(eb8703)がいる。
 セシリーとディディエは、花について語り合っているらしく。リンがアレクの問いかけに答えた。
「平和な日常が一番ですよ」
「でも、平和を通りこしていると思うよ、ほら」
 アレクの指差した先には、マイア・アルバトフ(eb8120)、ベアトリス・イアサント(eb9400)が酒瓶を片手に酔っ払っている姿があった。
「あ、あれは。そう、大人には色々事情があるのです」
 確かに事情はあるだろう。しかし、彼女たちは世界に愛を広める白の教義に服する聖職者である。
 そんな二人が、
「はー、あたしの結婚はいつかしら」
 マイアが呟いた。
「無理、無理、行き遅れはさ、行き遅れだから行き遅れなのだぜ」
 トリスは、しきりに酒杯を呷っている。
「何、その理屈? そう言うトリス君も、浮いた話ないじゃないの」
「私は神と結婚したのだからいいのだ」
「負け惜しみよ、負け惜しみ。空じゃない、酒よ酒もってきて」
 そのような姿を曝しているのだ。
 すでに、慣れっこである仲間たちは、見て見ぬふりをしている、だが。
「リンさん、あれでいいの?」
 アレクの疑念の混ざった視線を受けたリンは、セシリーに助けを求めた。
「そうだ、これで良いのか、セシリーおねえさんに聞いてみましょう」
 急に、厄介な質問を押し付けられたセシリーは、
「え、そうですね、ディ、ディディエさんに聞いてみましょう」
 さらにディディエに振った。
「私ですか〜えーとですね、難しいなあ」
 悩む彼らの背後では、マイアとトリスが相変わらず、呑んでいる。
「やっぱり、女は度胸と愛嬌よね」
「そういう態度がだめなのだぜ、やっば包容力がないとな」
「そんなの関係ないわよ、あたしは普通の生活がしたいだけなのに」
 マイアは意外に、平凡な毎日に憧れているようだ。
「だったら、依頼を受けちゃだめだぜ」
 トリスの言うことにも一理ある気もする。修羅場や黒い奴の存在しない、日常的な世界に行かなければ、幸せはやって来ないような気がする。
 彼女たち酔っ払いの姿を見ていたジルは言った。
「リディア先生は、あそこに行かなくていいの」
 思わず、口を滑らしたジル。リディアの眼光が鋭くなる。普段は知性的なリディアだが怖い時は怖い。
「ジル君、補習って言葉を知っていますか?」
「補習って、ここ学校じゃないでしょ」
 シャリオラは直感する。この場を離れたほうが良いと。
「私、野暮用でちょっと外に」
「シャ、シャリオラさん」
 シャリオラに続き、キールも席を立った。
「ジル、俺も散歩に行ってくる」
 彼らは冒険者、危険を予感する能力がある・・・・・・らしい。
 その後、ジルが何の補習をさせられたのかを知るものは少ない。

「ケイト、ご飯はまだデスか?」
「うむ、まだのようだな」
「ケイト、ご飯はまだデスか?」
「うむ、まだのようだな」
「ケイト」
「まだ」
 ・・・・・・先ほどから、この会話が何度繰り返されたことだろうか。
「ケイトー!」
「ご飯はまだだぞ、ニーナ」
(先ほどから、楽しそうに同じ事を繰り返しているが、どこかの喜劇団員なのだろうか)
 茗花は思う。
 しかし、そんな彼女もその一員であることに間違いは無い。今日は着ぐるみを着ていないだけ、まともともいえるが。
 ともかくケイトは、ニーナを宥めすかす。
 ちなみに最初の問答から、時間はそれほど経ってはいない。そのうちに諦めたニーナは、しかめっ面のまま頬をふくらませて黙るのだった。
 運ばれた夕食はそれほど豪華ではなかったが、まあまあの味のようだ。
 黙々と食べて始めるアレクはときおりこぼす。そのたびにセシリーが甲斐甲斐しく世話をするのを見たリンは、
「セシリーさんは、きっといいお嫁さんになりますね」
 からかうように言った
「お嫁さん! なりたいわねー」
 その言葉を聞きつけたマイアがうわ言を呟いたようだ。ひとまず、気にしないことにしておこう。
 なぜかセシリーは動揺している。二人のやり取りを見たディディエは、鉢植えを取り出すと、
「いつか花も実をつけるものです〜」
 何かを暗示させるようなことを言った。とにかくほのぼのとした空気が漂うそこで、アレクはひたすら食べ続けている。

「なんか和やか空間が、俺も・・・・・・補習より夕飯を」
「駄目です。補習が、終わってからですよ」
 ジルの懇願にたいして、リディアは冷ややかに返す。先生を怒らせると大変だ。
「助けてキールさん」
 ジルの願いは。

 ──散歩中のキール──

「夜風が冷たい」
 届かない。キールは一人お散歩中、木陰で一休みらしい。
 
 そして、夜は更けて行った・・・・・・。



 光は安らぎを運ぶ。
 夜は眠り、どうやら陽が目を覚ましたようだ。
 朝の騒がしさよりも、大気の清冽さが辺りに満ちていた。
 宿を出発し、準備を終え、目的地に出発する冒険者達の顔はみな一様に厳しい。
 進む足取りは昨日までとは変わり慎重さが垣間見える。どれほど歩いたろうか、しばらく歩むと暗い森の入口が見えてきた。
 枯れ葉を踏む音が響く森、色づいた世界は滅びの匂いをなぜか感じさせる。日光を通さない場所は、薄暗く先は見えない。
 不安に強張らせた体、背伸びをした少女は、傍らにいた女に背に乗せるよう頼む。二つ返事で承諾した女はしゃがみ、大きな体の背に少女を乗せた。
 じとりと絡みつくような湿気の中、歩き続けた冒険者の前に、幻影の名をもつ洞窟が現れたのはそのすぐ後だった。
 ぽっかりと開いた口をみつめ、互いに顔を見合わせた彼らは洞窟に入っていった。
「灯りをつけますね」
 着いた灯火がリンの顔を映し出しだす。
 壁を伝う水滴は滑り落ち、音の無い暗闇に響いてゆく。
 歩みだしたキールに従いジルは、先導し罠が仕掛けられていないことを調べてはじめた。隊列の半ば、昨晩の酒がまだ抜けていないのか、ややぼんやりとした表情をしているマイアにリディアが話しかけているのを見たトリスは、勝ち誇ったような顔をしている。
 後方では、アレクのそばにはセシリーがいる。リンはその二人を見て微笑んだ。
 奥まで進むと、粗雑な作りの墓があった。
 それを見た茗花は祈りを捧げた。誰の墓なのかをあえて、気にはしない。墓碑に彫られた文字は風化と侵食でよく分からない。

 リュミエールの地図を開いたシャリオラは、キールとジルに探索の指定をしている。ディディエは、相変わらずおっとりした雰囲気のままその様子を眺めていた。
「これだな」
 キールが見つけ出したのは、隠し扉のようだ。罠はない。
 誰が何のために作ったのか、そんな疑問も浮かぶ。それは深く考えなくてよい問題だろう。
 重い扉を引くと、淀んだ空気が溢れだし、かび臭さが鼻についた。
「どうやら、長い間誰も訪れていないようですね」
 リディアの言葉に、皆頷く。
「そんなことより、この臭い吐き気が・・・・・・」
 突っ伏し、腹のあたりを押さえているマイア。
「自分で治療なさい。マイアさんはクレリックですよね」
「そうそう、あれくらいで潰れるなんて修行が足りないぜ」
 リディアとトリスに、マイアは突き放される。言い返そうと思った彼女だったが、とりあえず回復魔法を自分に掛けてみたようだ。
 効果があったかは謎である。

「そういえば、アレク君はどういう女の子が好きなのですか?」
 リンは大きな期待を込めて、アレクにそう聞いた。
「え、僕はその・・・・・・やさしい人」
 ありたきりな返答をするアレクに、リンは内心がっくりしつつも、追撃した。
「セシリーさんとかはどうですか?」
「リンさん!」
 いきなり振られた話題に、セシリーは声をあげ硬直している。アレクはしばらく考えていようだったが、
「セシリーお姉ちゃんはやさしいから、すきだよ」
 と、はにかんだ。
 だが、アレクは極度な鈍感男の子なので、それほど好きという単語に他意はない。いずれ罪作りな男になるだろう。 
 セシリーは、聞いて赤面しているが、アレクは首をかしげる。リンはその姿を見て、思わずにやけた。

「何か後ろは、楽しそうっすね、まったくキールさんも何かないすか、こう、ハートがキュンキュン熱くなる話」
 口調がやさぐれている上に色々変だが、話しているのはジルのようだ。
「興味がない」
「またまたまた、昨日聞きましたよ」
「何のことだ?」
 とぼけているキール。実際、覚えていないのかもしれない。
「あーあー、大人はこれだから嫌だなあ」
 キールは無言のままだ。大人というものは、たいがいそう言うものだ。
「ニーナ暴れると危ないぞ」
「つまんないデス、はしれケイトデス」
 ケイトはニーナの面倒を見ている。ニーナは彼女の背でお馬さんごっこをしているようだ。
「毎回のことではあるが、緊張感という言葉が似合わないパーティーだ」
 茗花はしみじみと言った。
「まあ、それがイイ〜。じゃないですかね〜」
 ディディエの口調じたいに緊張感には欠片も感じられない。
「・・・・・ともかく行こう」
 冒険者達は奥へと進み始めた。

 道を守るように立つ二体の道化師を象った像は苔生し、歪んだ笑みが張り付き刻まれていた。
 洞窟の内部にある迷宮は、長い歴史を経て古びた空気が充満している。わずかな灯りを吸い込むかのように照らした出された岩肌は、不気味な姿を晒していた。
 ときおり、ぼんやりと映る文字は、意味を成さない象形文字のようだ。その文字を写し取りながら進むと、大きな玄室に出た。
 圧し掛かる闇に押しつぶされそうな中で、玄室の中央に立った冒険者達は、孤独感にも似た感情を抱いた。
 足元の影が揺らめくたび、不安と共に独特の浮遊感もつれて来る。互いに仲間の姿を伺おうとするが、表情を見えず分からない。灯火は慰めにもならず、闇の海に漂う小さな船の明かりのようだ。
 その時、犬が鳴いた。 
 シャリオラのつれて来たイゴールだ。
 鳴いていた鳴き声は、すぐに威嚇に変わった。
 周囲の気配を探る冒険者達。しかし、何もいない。吠える声は大きくなり、ついに犬は主の命令を聞かずに駆け出す。
 シャリオラがイゴールを追おうとした時。
 煌く輝き、閃光が走った。玄室は瞬き明かりが急に燈される。
 磨かれ鏡面のような壁が周囲を全て覆う、上下左右無限に続く回廊の中央に立つ冒険者は永劫の牢獄にいるような錯覚に陥る。続く世界向こうには、道化師の像があるような気がする、きっと見えない姿は哄笑しているだろう。
 暴れだしたイゴールは、突き当たりにぶつかり吠える。
 歩むたび、意識は拡張と膨張を続けて行く、どこでもない、現実ではあるが虚像だ。
 見果てぬ空間はひたすらに広がり続ける、いつか誰も正気を伴えなくなる。
 誰しも心に闇を抱く。影絵にはまり、落ちる。
 翳りのないものなど、この世に存在しない。そう、生き続けるかぎり。
 道化師は歌うだろう、鏡は二つの鏡面。私は君で君は私。
 ここは終わり、闇の柩。落ちたものは、いつか朽ちて贄になる。幻はまやかし、けれど真実・・・・・・。
 時は無言のまま進む。
 叫んだのは誰だろう、堕ちた円舞を踊る哀れな子羊がいた。
 声の主は、番えた矢を無意味に撃つ少年は
「いやだ、いやだ、助けてよ、もうここにはいたくない、いたくない、もういやだよ」
 泣いていた。  
 
 もっともはっきりとした意識を持っていた女。リディアは、倒れこみそうな体、杖を支えに保つ。
 周りでは、微動だにもせず自分の内側に籠る人の群れがいて、泣き声と恐怖の渦が巻いている。
 状況を打破するに何が一番大事なのか? リディアは考えたあと、光を指した。
 杖に凝縮された魔力の矛先は燈された灯へ向けた。
 詠唱は狂乱を去らせるかのように朗々たる響き、飛ぶ火炎は轟音の後、弾けると。
 ──闇が戻った。

 ただ、温もりがあった。
 差し出した手を握った。
 一人であっても、一人ではない。
「愛することが大事なのよ、なんであってもね、神はきっと見ているわ」
 マイアの声が聞こえたような気がした。
 灯りをつけるのは、まだ早いだろう。部屋には自らの痛みに触れた者がいる。
 傍らで泣きじゃくるジルをどうするか? キールは迷っていた。彼は手を伸ばすどうか思案していた時、風を感じた。
 その風は前からやってくる。咄嗟に風が何を意味するか理解したキールは、仲間を呼んだ。近くにいたのはリンのようだ、小声で彼女にジルを託し、キールは風をたどる。
 リンは塞ぐジルをどう扱うか迷ったあと、頭を撫でながらる歌いはじめる。ジルはいつしか安らぎに満ち軽い眠りについた。

 朝に生まれた幼子は
 夕べを待たず歩き出す
 柔らかな午後の光の中逃げ水を追いかけ何処までも
 路傍に斃れ、朽ち行くのが定めと知らないまま
 歩け夢見るままに、歩け
 そんな貴方を愛しているから
 
 流れる歌。
 シャリオラは、なぜか兄の姿をみたような気がして。手を伸ばしたが消えた。
 キールがたどりついたのは、行き止まりのようだ。
 どうやら風の流れはここから出ている。この向こうに何かある、直感したキールは調査を始めるが、壁に阻まれた。
「ケイト君」
 キールがケイトを呼んだ。聞いたケイトは、手探りでキールのほうに向かって動く。やって来たケイトにキールは手短に用件をささやいた。
「それでは、壊せばいいのだな。うむ、やってみよう」
「君が適任だろう、他では非力だ」
 キールは、目の前にある壁を壊すようにケイトに指示した。
 ケイトは腰の獲物に手をやった、しかしそれは鋭利な刃物。しばらく考えていたケイトは左手を振り上げた。
 彼女は大きく息を吸い、吐く同時に拳を勢いよく叩きつけた。何度も。
 前のほうで音がするのに気づいた、アレクは自分が闇の中にいるのを知った。
 気がつくと誰かが手を握っている。
「お姉ちゃん?」
 その感触はセシリーのものだと気づいたアレクは、尋ねる。
「大丈夫です」
 握られた手から震えが伝わって来る。アレクは強く握り返した。

「それにしても、子育てって、本当大変ね」
 暗闇の中でマイアがあやしているのは、ニーナのようだ。
「まあ、予行練習だと思うとさ、いいんじゃないの。しっかし悪趣味な罠だったな」
 トリスが、からかう。
「トリス君は何を見たの」
「ひ・み・つ」
「秘密ね、まあ後で聞かせてもらうわよ。この罠、よほど性格の悪い人が作ったのでしょうね。ほら、いい子だから暴れないの」
 マイアはニーナを優しく抱いた。
 何度か繰り返された音がやむと、壁が崩れたようだ。
「ディディエ君」
 疲労したリディアに代わり、ディディエが呼ばれた。彼が入ったのは、薄暗いがどこからかぼんやりと光が差している小さな部屋だ。
「きっと、あれが箱だろう」
 キールが中央に安置されている箱を
「何か禍々しい石像がありますね〜。たいていあの手はガーディアンでしょうね」
「そうだと思う、リディア君では、この状況化では直接戦えまい」
「狭いですものね〜動かして、こちらにおびき寄せますか?」
「いや、また罠が発動した場合危険だ。この場で決着をつけたい、ケイト君、君、シャリオラ君でなんとかしよう」
「分かりました、やれるだけのことはやってみます」
「俺が、まず矢を射る」
 キールが箱に向かって弓を構え矢を射ると石像は動いた。
 断ち切るような音、勢いよく刀を振り下ろす。緩慢な動作で避けようとした石像に太刀筋が重なる。
 ケイトの強烈な一撃によりよろめいたガーディアンに、黒い輝きと重力波の洗礼が続く。それが何度か繰り返された後、像は砕け散った。
「ふう、このハリセンが役にたたなくて、本当に良かったですね」
 シャリオラはハリセンを取り出す言った。
「いっそのこと、それで石像を叩くと面白かったのではないだろうか」
 ケイトが茶化した。
「それは、私に死ねということですか」
「うむ、夢の中で愛しのお兄ちゃんに会えて幸せになれると思うぞ」
「な、なんですか? お兄ちゃんなんていませんよ」
「自分には、さっきそう口走っていたような聞こえたのだが」
シャリオラは、なぜか赤面している。ナイフを取り出す暇はなかったようだ。
「箱は手に入れた、戻るぞ・・・・・・? どうしたシャリオラ君」
 キールの問いに何も言わずシャリオラは戻った。

「キャ〜キャ〜Gよ、Gよ!」
 シリアスな場面で一人テンポアップしているお嬢さんがいる。
 名を茗花と呼ぶ。
「・・・・・・ええかげんにしなさい!」
 戻ってきたシャリオラは、闇の中でやたらめったら、ハリセンで突っ込む。何かに対して恥ずかしさを隠すかのように。
 首尾よく命中したハリセンは小気味よい音を立てた。
「は、ちょっとの時間狂化していたようだ」
 茗花は我に返り、Gの悪夢から解放されたのであった。

 ──帰り道。

 
「え、俺、何か変でした?」
 元に戻ったジルは、リンに聞いた。
「別に、普通でしたよ、ちょと可愛かったけど」
 後ろのほうは声になっていないので、ジルには届いていない。
「でしょー、変なのは、最近のキールさんだけで十分ですよ」
「それはどういう意味だ」
「うげ、なんでこう謀ったように登場するわけ」
 現れたキールに、ジルは言った。
「ジル、もっと修行が必要だな」
「へいへい、ふう、アレクはいちゃついてるのにねー、俺もどうせならリディア先生クラスの胸にうずも」
「れてみますか?」
 リディアが、やって来た。
「だから、どうしてこうちょうどよく通りすがるわけなのかなあ」
「きっと、邪念が生じるたび、強請させようとする神がいるからです」
「先生言ってること、わけわかんないよ。はあ、俺って不幸だな。うん」
 君が不幸なのは、きっと仕方ない、そういうものなのだ。
 

「ねーねー、お姉ちゃんは何を見たの?」
 アレクは鏡の幻影について興味があるらしく、セシリーに聞くのだが、なぜか答えない
「秘密です」
「なんで?」
「秘密だからです」
「どうして?」
「しつこいと嫌われますよ」
「・・・・・・けち」
「けちでいいです」
「いいよー、ニーナと遊んでくる」
 アレクは行ってしまった。
「あらあら、喧嘩かしら?」
 入れ替わりにマイアがやって来て聞いた。
「喧嘩です」
「正直ね、いったい何を見たのかしら」
「いえません」
「私は一人ぼっちになる夢だったわよ」
 マイアが空を仰いだ。
「多分同じような感じです」
「そう、セシリー君の場合、それに赤毛君が関わっているんでしょ?」
 図星を指されたのかセシリーを黙った。
「愛よね、愛。まあ、愛の形なんて様々よね、あの二人のように」
 マイアの視線の先にはニーナを背負ったケイトの姿があった。
「ケイト、母さんと父さんに会いました」
 ニーナが弱弱しく言った。
「そうか・・・・・・よかったな」
「はい、ケイトはいなくならないですよね」
「うむ、一緒だ」
 ニーナは、ケイトの背にしがみついた。

「平和ですね〜早く帰って鉢植えの手入れをしないと、そろそろ冬篭りの準備です」
 先に歩いていく仲間の様子を眺めていたディディエが呟く。
「冬はGの出現が少なくて、助かる」
 聞いた、茗花が身震いしつつ言った。
「ねー、Gって何?」
 アレクはロシア出身のためその恐怖をあまり知らないらしく、無邪気に尋ねてきた。
「Gはですね〜、人の心に巣食う黒い魔なのです」
「そうなの? 茗花さん」
「あれはデビルだ、世界を滅ぼすデビルだ!」
 よほど嫌いなのだろう、茗花は興奮している。デビルというほど強力ではないような気もするが、一部にとっては同じ破壊力があるのかもしれない。
 アレクはGというものに会ったら気をつけよう、そう思うのだった。

 こうして、箱をめぐる冒険は終わりを告げる。
 キエフに戻ったあと手に入れた箱は中年ギルド員を通して、ある場所に保管された。
 そう簡単には手を出すことは出来ないだろう。
 

 続
 


●番外編

 リュミエールが自宅で待機していると、扉を叩く音がする。気だるげに訪問者を出迎えた彼女の前に現れたの一人の女だ。
 名をベアトリスと言う。
 トリスは、リュミエールに持論をぶつけた。
「だから、多分さ、やべーのは幻影の洞窟のほうだぜ」
「破壊の力が眠っている方ということかい?」
「そうそう、永続的に魔法の効果のある誰が作ったとも知らない洞窟なのに、中には特にこれといったものがないってのもよくよく考えれば怪しい話だろ」
「確かにそうだ」
「きっと魔剣と箱ってのは火打ち石みてーなもんだ。つーことは、だ。火を熾すことは出来ても、灯すには蝋燭とか何か燃え移るもんが要るよな」
「二つのアイテムを繋げる何かがあるってこと?」
「多分ね、そこんとこソッチで何とか調べられねぇ?」
「分かった、調べておこう。とりあえず、箱にはついては頼んだよ」
「おう、それだけの威力だ。何かある筈だぜ。じゃ行ってくるよ」
 リュミエールに手を振り、トリスは冒険へと向かった。

 ザワザワザワ。
「とにかく、二人とも一献」
 中年ギルド員とリュミエールは、尾上という男になぜか酒をご馳走になっている。
「いやあ、今回もいろいろあったね、俺も大活躍」 
 リュミエールは、すでに酔っているようだ。いや、彼女の場合、呑まなくても酔っているようなものか。
「おいおい、まだ、終わってねーし、何もしてないだろ。とにかく酒だ、酒だ」
「それよりもお二人さん、AFについて知ってるかい?」
 尾上は巷で噂の憎い男、黒のAFについて聞いてみたようだ。
「AF? ああ分かった、あの陰険男だろ、最近見ないよな、どうせネチネチしてんだろー性格悪そうだしさ」
「AF、それ誰? 美味しいの」
 ・・・・・・駄目だこりゃ。

 柳は、キールに情報を話した後、なぜかリュミエールと会った。
「お、一人身の柳君ではないですか、で、早速次の仕事、今度はドラゴン退治!」
「なんで僕が一人身って知ってるの。ドラゴン!?」
「いや、冗談、冗談。この上ドラゴンまで出てきたら、怪獣大決戦になるだろ」
「怪獣って何?」
「多分、字の通り怪しい獣だろう、ともかく無事奴らも帰って来るとよいな、それじゃ、愚者さんと遊びに行こうぜ」
「はいはい。しかし、いつになったら僕は、ジャパンに帰れるのだろうね」

 おしまい。


 ※その他※

 リュミエールが次の仕事の準備と称し、文献を買いあさり散財した結果、資金難に陥り依頼報酬は、ほぼなくなりました。