【Silent Voice】修道院の声

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:11月20日〜11月25日

リプレイ公開日:2006年11月28日

●オープニング

「ゴホ、ゴホ‥‥ッ!」
 咳き込む少女。清潔だけが取り柄の簡素なベッドに横になり、熱に潤んだ眼差しで空を見上げる。
 キエフの街の近郊──というには少々距離があるだろうか、女性の足で歩いて一日程掛かる場所に、ジーザス教黒の教えを説く女子修道院がある。この女子修道院は、修道院としての役割のほかにもう1つの役割が与えられていた。それは、女子教育の場としての役割である。
 神の僕として生きていくことを決めた者たちは当然だが、他にも貴族や金持ち、商人から訳有りの者まで、様々な少女を預かっている。人間、エルフ、ハーフエルフ──下は6歳の人間から、上は42歳のエルフまでというと幅広いように思えるが、人間の外見年齢で言えば5歳から15歳の少女たちである。それらの少女が総勢26名──いや、少し前に1人増えて27名、それから12名の修道女──こちらは先の3種族に加えてドワーフもいるという──の総勢39名が寝食を共にしている。ここで一定期間、長ければ数年を過ごし‥‥礼儀作法や歌舞音曲、学問芸術、家事全般に至るまで仔細漏らさず教育されてどこへ出しても通用する立派なレディとして巣立っていく。
「‥‥‥」
 深く長い息を吐いて呼吸を整える。ベッドに横たわる少女はハーフエルフのようだ。季節の変わり目に生活の激変が加わり体調を崩したのだ。それでなくとも、どうやら今年の風邪は性質が悪いようで、修道院の内外でも同様に床に伏せっている者が多い。修道院の中では少女たちが熱に浮かされ、外では警護の者たちが唸る。警護の人数は半減し、その影響で女子修道院は扉を開け狼を待つ羊小屋も同然と化していた。
「ラリサ様、起きてはいけませんわ」
 ポリッジを運んできた同室の少女が身を起こそうとするハーフエルフ、ラリサに声を掛ける。熱を帯びた肩は、少女がそっと押しただけでベッドに崩れ落ちた。
「‥‥‥人手が、足りないのに‥‥‥休むなんて‥‥」
 呟かれた言葉に、同室のハーフエルフは優しげな笑みを作る。確かに、病人の看護に奔走するのは少女たちの仕事となっていたし、人手も足りない。けれど、ラリサの額に触れたハーフエルフは緩やかに首を振る。
「具合が悪いときは休むのが仕事ですのよ? 今のラリサ様に必要なのは休息と栄養ですわ」
 湯気の立つポリッジをひとまずチェストに置こうと目を転じて──次の瞬間、ポリッジは床にぶちまけられた。
「きゃああああああ!!!」
 先ほどまで何も無かった場所から、目を見開いた猫が、2人を見ていた。頭部だけの猫。体は、燭台──‥‥悲鳴に触発されたのか、何かに抉られるように、眼球が落ちた。
「───‥‥‥ッッ!!」
 声にならない悲鳴をあげて、2人のハーフエルフは力の限り抱き合った。悲鳴を聞きつけた修道女が駆けつけるまで、ベッドの隅で身を寄せ合い、ガタガタと震えていた。

「2人は犯人の姿を見ておりませんが、他にも木彫りのセーラ神の像が砕かれ薪と一緒に燃やされていたり、礼拝所が糞尿で汚されていたりといった悪質ないたずらが後を絶たないことからも‥‥警備の隙を突いて悪しき輩が入り込んでいるものと思われます。何とか、犯人を捕らえてはいただけないでしょうか」
 修道女は頭を下げるが、修道院の名を聞いたギルド員は困惑するばかり。
「たしか、そちらの修道院は男子禁制ではありませんでしたか」
「ええ、男性の方へは礼拝所と前庭以外の場所への立ち入りをご遠慮させていただいております」
 当然ながら男子禁制だ。ただし、前庭と礼拝堂までは入ることができる──護衛の任を仰せつかる者もいることを考えれば当然の対応なのだが、それでなくとも立ち入る者を選ぶ修道院である、今はそれが大きな徒となっていた。修道院に世話になる女性たちに加え、すぐ近くにある詰め所で寝込む者たちの看護、そして日々の生活。修道院と少女たちの手は、犯人探しと警護に割けるほど多くはない。
「では、男性の冒険者が依頼を受けた場合はどうなるのでしょう」
「詰め所の方に寝泊りしていただくことになりますね。1人2人であればこちらの者が同行させて頂くことと寝所の方に立ち入らないで頂くという条件で、今回のみ特例として受け入れさせていただいても構いません」
 もちろん、少女たちに悪影響を与えかねないお方と判断した場合はお断りさせていただきますが、とキビキビと語る修道女は付け加えた。と同時に、それは女子修道院として譲歩できる最大限のラインを示していた。
 修道女の乗り込んだ馬車の御者はドワーフの男性で、街中に向かっていったところを見ると栄養と薬効のある食材を買い付けてから戻るつもりなのだろう。
 女子修道院というのも大変だな、と多少の同情を抱きつつ作成した依頼書。ギルド員がそれを掲示しようとした刹那、横合いから伸びた手が依頼書を預かった。
「あまり目に付いては困るのだろう?」
 そうして、ちょうどその修道院への伝手を求めていた冒険者たちが、人目につく前にその依頼を請負うこととなった。

●今回の参加者

 ea9344 ウォルター・バイエルライン(32歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea9383 マリア・ブラッド(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5604 皇 茗花(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5631 エカテリーナ・イヴァリス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5669 アナスタシア・オリヴァーレス(39歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb5900 ローザ・ウラージェロ(25歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ヴィグ・カノス(ea0294)/ 佐上 瑞紀(ea2001)/ 風月 明日菜(ea8212)/ ウェルリック・アレクセイ(ea9343)/ シルフィリア・カノス(eb2823)/ サシャ・ラ・ファイエット(eb5300)/ 龍堂 浩三(eb6335

●リプレイ本文

●聖ベールイ女子修道院・警備詰め所
 純白を意味するベールイの名を冠された女子修道院。質素な外観であるが、名前の通り白い石をふんだんに使われており、よく手入れの行き届いた修道院は趣のある佇まい。修道院が近付くにつれて徐々にテンションが高くなってきているのはルンルン・フレール(eb5885)だ。
「うふふ、今回はお友達に貰った修道服も着てきたんですよ♪」
「‥‥フルーレ殿。それは何か違うのでは」
 額を押さえ、ウォルター・バイエルライン(ea9344)は唸った。どこからどう見ても、修道服ではない。神に仕える者が着るという意味では似ているかもしれないが──それを着るのは月道の向こうにある異国、ジャパンの巫女である。デザインが違うと突っ込むべきか、色が違うと突っ込むべきか、先ほどから不自然に静かな藺崔那(eb5183)は本気で悩んでいるのだろう。
「あらゆる意味で目立つことは確実だな」
 他人事のように呟いた華国の聖職者、皇茗花(eb5604)の言葉にフルーレはよよよと泣き崩れた。
「‥‥‥しくしく、着替えます」
 そんな賑々しくも華やか(?)な会話が行われているのはベールイ女子修道院ではなく、ほど近くに建つ警護の詰め所。辛うじて病人に占拠されていない部屋を借り、女性陣は修道服へ袖を通す。着ることはないと思っていた服に袖を通す彼女らはどこか楽しげだ。適度に息抜きをし、要所で切り替える。それは冒険者に必要なスキルである。
「あらあら、皆さんお似合いですのね」
 自称猫耳ウィザードことアナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)がころころと笑った。その頭にいつものカチューシャはない。
 エカテリーナ・イヴァリス(eb5631)など、不器用なほど真っ直ぐな性格からか普段の服装からか、全く違和感なく着こなしている。
「カーチャさんも、よくお似合いなのね〜。笑顔を絶やさなければ完璧な修道女よ」
「笑顔‥‥私は普通の騎士なので」
 睨みつけるほどに真っ直ぐ見つめるカーチャにうんうんと頷くアンナの脳裏には、笑顔を絶やさぬカーチャなんて仲間としては違和感ありまくりだと、ちょっと失礼な感想が浮かんでいた。
「前向きに屈まれるとダガーの柄が気になるかもしれません」
 マリア・ブラッド(ea9383)の言葉にカーチャはやはり、と唸った。木を削っただけの素朴な祭具イクパスイは隠しやすいが、魔力で強化されているクルスダガー「トロイツカヤ」やコルダンのナイフは確かに体勢によって柄が布地を押し上げる。しかし、気をつけておけば誤魔化しきれる範囲内だ。
「‥‥‥‥ウォルターさんは修道服を着ないのですか?」
 ずっと物言いたげにしていたローザ・ウラージェロ(eb5900)が、とうとう訊ねた。
「‥‥‥‥いや、私は着ませんよ?」
「大丈夫。女装を恥かしいと思うのは最初だけです。着続けていればじきにそれが快感になるでしょう。病みつきになれば完璧です」
 何がどう完璧なんですか。
 ウォルターは尋ねたかったが、至極真面目なローザと星のように目を輝かせるフルーレに気力を殺がれ、がくりと肩を落とした。本人の意思に任せるとばかり、誰も止めてくれないし。
「‥‥後生ですから勘弁してください」
 そんなこんなで、6人の修道女と2人の冒険者ができあがったのである。


●聖ベールイ女子修道院・礼拝所
「数日間ですが、手を貸してくださる修道女の方々です。それから、彼女たちの護衛の冒険者の方々です」
 礼拝の時間に、預かられている娘さん方へそう紹介してくれたのは依頼人である。礼拝所なら男性が立ち入ることもできるから、と。
(かなり蔓延しているようですね)
 ウォルターの囁きに、アンナが頷いた。聞いていたよりも大分、礼拝所に姿を見せた少女の数は少ない。そして、どの顔も深い疲労を滲ませている。
(それに、憔悴も激しいのね‥‥可哀想に)
(これでは悪循環にもなりますわね‥‥)
 マリアも痛ましい状況に胸を押さえる。ナイフの柄が触れ、刹那、瞳が揺れた。
 簡単に挨拶を済ませると、ウォルターは修道院を出た。長居する理由は貰ったが、外部の者の犯行という可能性を潰すためにも、詰め所との連携は密にしなければならない。そして、それが今回ウォルターが選んだ役回りでもあった。
「バイエルラン様。詰め所に戻られるのでしたら、護衛をお願いできませんか。御一緒させていただくだけでも結構なのですけれど」
 ふたりのハーフエルフの少女が長身の男を見上げた。修道女の護衛という肩書きは絶大な効果を発揮したようで、信頼しきった瞳で見上げられれば否と言えるはずもない。
「ええ、喜んで。急がなくて大丈夫です、用意が整ったらお声をお掛けください」
 珍しく饒舌なウォルター。姿勢を正し丁寧に頭を垂れた姿に絵物語の騎士を重ねたのだろうか、安堵と恥ずかしさを滲ませはにかんで、二人の少女は礼を返した。


●聖ベールイ女子修道院・寝所
 調度品は上品で質の良い物が揃えられている。それはどの部屋も同じことで──ラリサの寝る部屋もまた、同じように上質の調度品が並べられていた。運び出されたのだろう、問題のチェストは見当たらなかったが。
「ラリサちゃん、お久しぶり。元気‥‥ではないみたいね。でも顔が見られて安心したわ」
「‥‥‥どうして」
 寝込んでいるラリサは、現れた3人の女性の姿に僅かに目を見開いた。
「色々と大変みたいだけれど、それを解決する為に来たの」
 修道女が来たという話は耳にしていたのだろう、合点がいったラリサはそっと瞳を閉じた。
 元々寡黙だった少女は話す気力がないのか、そのまま長い息を吐く。
「‥‥こちらで猫の首が見つかったと聞きました。ラリサさん、その時怪しい人影などはありませんでしたか」
「何も」
 首を振ると、頭を冷やしていた布が落ちた。持参した桶で濯ぎ、再び額に乗せる。冷たい感触に、ラリサは再び目を開けた。
「‥‥ずっと一人だった‥‥来たのは彼女一人。真っ直ぐに来た‥‥寝かされて、気付いたら猫の頭が」
「大丈夫、大丈夫だから安心して。‥‥ホットミルクをいれるわね」
 頬に手を当て、首筋の腫れを確認すると安心させるように手を握って、マリアは席を立った。
「話は、もう少し落ち着いてからにしましょう。明日には大分良くなると思います」
 仲間たちに退室を促す。話を聞かねばならないのも、看病しなければならないのも、ラリサだけではない。
「また来るわね」
 にこりと微笑んだアンナから目を逸らすように、ラリサは再び瞳を閉じた。

 ラリサの看護はマリアに任せ、寝込んだ少女や修道女たちから話を聞く。事情を知っている修道女からの情報収集はズバリと尋ねることができるから楽だが、少女たちはそうもいかない。
 数日が経過するころ頃には、慣れぬ作業での疲労が全身に圧し掛かっていた。病人は快方に向かっているが、有益な情報がないのだからそれはなおさら重くなる。
「目撃情報は、やはりないみたいですね」
「第一発見者にも目立った共通点はないようです」
 フルーレの言葉にカーチャが続く。強いて言えば女性だということが共通点なのだが、この場合は共通点に含めるべきではないだろう。なにせ、ここには女性しかいないのだから。
「うーん‥‥犯人の目撃情報が無いって事は、犯人は透明になってるのかな‥‥?」
「それなら確かに道理が通りますが、目撃情報も無い以上、断定するのは早計でしょう。悪魔の仲間が修道院の中にいるか、あるいは警備体制を熟知している者の犯行とも考えられます」
「他には‥‥そうだな、ここに不満をもつ狂化したハーフエルフの仕業とか」
 ローザと茗花に理論で封じられ、崔那は口を尖らせた。
「けれど、ラリサちゃんの話を聞くと、やはり透明化していると考えるべきかと思います」
 糞尿はともかく、猫の生首や砕かれたセーラ像に関しては、犯行現場に人がいた。生首はラリサたちが、薪に加えられたときは炊事担当の修道女と係に当たっていた少女たちが。
「ラリサさんと同室の子が犯人でないかと思っていたのですけれど‥‥やはり私の推理は外れていたようですね」
 セーラ像の事件の時、ローザが犯人だと睨んでいた少女は詰め所で看護に当たっていたのだとウォルターが証言を取ってくれたのだ。早々に可能性が潰えたのは、むしろ幸運だったかもしれない。そしてウォルターが調べ上げたことはそればかりではない。
「それから、ローザさん。少なくともセーラ像の件があった日は、警備は万全だったようですよ。前日から忍び込んでいれば解るでしょうし、夜間はきっちり扉が閉ざされて出入りすることはできません」
 内部に協力者でもいない限りは。つまり、狂化したハーフエルフにしては理性的すぎるのだ。そして、ここに滞在している少女たちも修道女も、敬虔なジーザス教徒。看護や仕事でぐったりと疲れて眠る日々に、悪戯の余裕などないように見える。
「セーラ像は中庭で砕かれたみたいね。破片が残っていたわ」
「教会にこんな悪戯しちゃいけないって、小さな子供でも知ってるのに」
 アンナの言葉にぷんぷんと怒り心頭な様子のフルーレ。
「見つかりそうなのはドキドキして楽しいですけど、やって良いことと悪いことがありますっ」
「‥‥やったのか」
「‥‥‥‥‥昔ですよ、昔っ」
 茗花はやれやれと溜息ひとつ。しかし、どうやら経験者は一人ではなかった模様。
「あのスリルは病みつきに‥‥そういえば、だんだんと人の近くで犯行が起きるようになっていませんか」
 経験から来る推察か、それとも人並み外れた直感が働いたか、ローザはそう指摘する。
「次は、もっと人目につくところで行われる気がします」
「中に潜んでいて、姿が見えない」
「そして人並みの食事はしない者」
 茗花とカーチャは
「デビルかな、やっぱり。隙があれば神の家に悪質な悪戯をしても不思議じゃないし」
 出発前にシルフィリア・カノスが教えてくれたデビルの中に、そんなものがいた。姿を消すことができて、悪戯好きのデビル──グレムリン。
「エールが好きなんだってさ」
「‥‥手持ちがあって良かったです」
 修道院にエールはそうそうないだろうから。


●聖ベールイ女子修道院・中庭
 礼拝所から賛美歌の聞こえる朝だった。
 ──カタ‥‥
 隠すように置かれた発泡酒が風も無いのに倒れた。
「来ると思いましたよ」
 ウォルターの言葉と共に、一斉に投じられたインク壷が毛むくじゃらの悪魔の姿を浮き彫りにさせる。
 そう、それはマリアとローザの仕掛けた罠!
「穢れなき方々を怯えさせた罪、命で償っていただきます」
 足に括りつけた鞘から、トロツカイヤを抜き放つ! 一閃、返す刀でもう一閃。
 オーラを纏うため、詠唱と淡い光があちこちから零れる中、グレムリンも暗い光を放つ。
『グゲゲ、モウ効カナイ、痛イノモウ効カナイ!』
「そうですか」
 振るった小太刀を捨て、スヴァローグの篭手にオーラを纏うとそのまま殴りつけた!!
「残念ですが、こちらも対処方法は考えてきておりますのでね」
 グレムリンはかなり下級のデビル、生命力も強くは無い。霊刀とシルバーダガーを持った左右の手を振りぬくマリアの攻撃が致命傷となるまで、僅かな時間しか要さなかった。
 さらさらと崩れ、消えていくデビル。
「これで落着ですね」
「いいえ、まだです」
 ──ヒュッ!!
「こんな悪戯しちゃいけないんですよ、神様に変わってお仕置きです!」
 カーチャの言葉を否定し、夢見がちな普段のフルーレからは信じられぬような鋭く投じられたダガーが、宙に浮いていた桶の下で何かに刺さった!!
『グゲゲェェ!?』
 支えを失い傾ぐ桶から液体が毀れ、支えていたグレムリンを真っ赤に染めた!!
「失礼する」
 とっさに聖十字の上衣をマリアに被せる茗花。その傍らを身軽な崔那が駆け抜ける!!
「礼拝堂の入り口にグレムリンが血を撒いた。振り向くな、背は守る」
「こーんな事をしてるのを逃がす訳にはいかないよ! くらえ、双龍爪!!」
 オーラを帯びた右のナックルとオーラを纏った左の拳がグレムリンを吹っ飛ばす!!
「切り裂いて、姿も残さずに──ウィンドスラッシュ!!」
「タロン様の聖槌と思うのね──ライトニングサンダーボルト!!」
 次々と魔法が飛び交う!!
「やれやれ、まさか2匹も紛れているとは思いませんでしたよ。でも‥‥これで終わりです」
「ラリサちゃんのためにも、見逃しはしません」
 ウォルターとマリアが、3本の刃を振るう──それが2匹目のグレムリンの最期だった。
「礼拝が終わる前に片付けないとまずいよね、これ‥‥」
「狂化しなくても、卒倒はしてしまいそうですからね」
 溜息を吐く崔那に、フルーレは肩を竦めた。
「事情を説明し、礼拝の時間を延ばしてもらいましょう」
 埃を払いローザは礼拝堂に向かった。普段と変わらぬ様子に、まだやらねばならぬことが残っていることを思い出した。


●聖ベールイ女子修道院・礼拝堂
 ラリサと、数名の冒険者。血の惨劇を免れた礼拝堂に腰を下ろしていたのはそんな顔ぶれだった。
「ラリサ殿‥‥何と言われてここへ来たのだ」
「‥‥やっぱり、そのこと‥‥」
 ラリサがいることに驚いていなかったのだから、聡明な彼女にはもう1つの目的も明白なものだったようだ。
「村の子供たち、皆、心配していたわよ。ラリサちゃんが急にいなくなったって。隠すってことは何か理由があるんでしょうから訊かないけど‥‥」
 小さく息を吐くラリサ。

 花嫁修業の場とも思える女子修道院。
 貴族と同等の教育を受けるラリサ。
 両親の持っていた、法外とも思える大金。

 まるで婚約相手として選ばれたようだ、と感想を抱いたのはカーチャだけではないだろう。
「せめて、手紙を書いてあげてくれないかしら‥‥お願い」
「辛いなら、何か伝言がだけでも。必ず届ける」
「‥‥いい。会いたくなっても、困るから」
 小さく首を振る少女。
 諦めている空気を悟り、茗花は少女の前に膝をつく。
「‥‥現状を何とかしたいのであれば相談して欲しい。私達は君の味方だ」
 大好きなマリアを見上げ、そして信頼できる皆の顔を見回して‥‥一粒だけ、たった一粒だけ、涙を零した。
「帰りたい‥‥。でも、父さ‥‥お父様もお母様も困ってしまいますから」
 大金が動いたことは、ラリサも知っていた。だから、帰れないということも。
「ラリサちゃん‥‥」
 何が出来るだろう。
 抱きしめたアンナは、温もりを与えることしか出来ない自分がもどかしくて仕方なかった。

「そういえば‥‥ラリサさんと同室のレイラさんとはどんな関係なのでしょうか?」
「同室なだけだと思いますが」
「でもね、ローザさん‥‥」
 フルーレの耳にした噂。それは、レイラとラリサの後見人が同じ人物であるという話だった。
「他にも何人か、同じ方が後見人になっているみたいなんですよ」
 キエフに戻る冒険者の後ろ髪を、何かが必死に引いていた。