【道を継ぐ者】麓に咲く花
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■シリーズシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月10日〜06月17日
リプレイ公開日:2008年06月18日
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●オープニング
●不機嫌の理由
世界に影が差して以来、アルトゥール・ラティシェフは機嫌が悪い。いや、彼だけではなくセベナージ領主マルコ・ラティシェフも、領主夫人クリスチーヌ・ラティシェフも、機嫌が悪い。遠くノブゴロドの大公妃エカテリーナの機嫌もまた、悪いだろう。
世界中、至るところに突如現れた壁。それはセベナージ領にもやはり突如姿を現して──その地を治める者達の頭を悩ませた。
「壊さないまま放置しても良いのですか?」
ペトルーハの言葉は叔母夫妻や従兄弟の選択を非難するもの。日照の阻害というだけでも、人々にとっては大きな問題だろう。事実、エチゴヤやギルドの支援を受け、至るところで壁の破壊が推奨されているという。
しかし、セベナージ領では壁の破壊は非推奨。封印から解かれたアバドンの蛮行は記憶に新しく、爪痕は深い。悪を挫く戦いには手を貸すというヴァルキューレにも動きはなく、結論を出しあぐねている。壁を壊すことが今後にどう繋がるのか静観している、というのが正しい。
「ピョートル。壁は確かに領民に被害を齎しているけれどね、調査をしないで壊すのは愚行だと思わないかい? アバドンに匹敵する存在でも出てこようものなら、今度こそ領内は壊滅だよ。しかも、今回は規模が違う」
「規模が違うならセベナージ領やノブゴロド公国ではなく、ロシア王国として対応すれば良いではないですか!」
「正義感は買うけれど、残念ながらその権限は僕にはないよ。国王様がそうするというなら協力はするけれど」
そう、それがロシア。足元を固めてからでなければ行動せず、リスクは極力他人へ押し付ける。
とはいえ、壁の破壊が厳格に禁止されているわけではない。破壊すると宝石などが見つかることもあるという謎の壁は、セベナージでは領主所有の鉱脈と同じ扱いを受けている。勝手に破壊すれば盗掘の謗りを受けるところだが、一部を上納金として納めることで許可されることになる。
アバドンの脅威が脳裏に鮮明に焼き付いている領民は、謎の壁に積極的に触れる気にはならぬようだったが‥‥
そしてストレスの溜まったアルトゥール──一番の被害者は、彼の周囲で動かねばならない冒険者たちかもしれない。
●薬草採取
やや荒い溜息を零したペトルーハことピョートル2世は、叔母の淹れた紅茶を口に含むと無理矢理に気を落ち着かせた。
「次の依頼はどうするんですか? 壁の破壊ではないんでしょう?」
「薬草採取に勤しんでもらうつもりだよ」
価値は解るがあまり好まないのだろう、ミルクを落とした紅茶に詰まらなそうに視線を落としていたアルトゥールは従兄弟の言葉に顔を上げた。
何の変哲もない薬草であれば街の薬草師や商店で買うことができる。金に余裕のあるアルトゥールならばなおのこと。
「何か、珍しい薬草でも‥‥?」
「薬草師や医者が喉から手が出るほど欲しい薬草といえば──マンドラゴラが定番だよ、ペトルーハ。名前は聞いたことがあるだろう?」
「確か、抜く時の悲鳴を聞いた者は死ぬ‥‥んですよね?」
「そう。その効力は万病に効くとも言われるけれど、採取に際しては生物の命を犠牲にする。これは僕しかしらないことだけれど、領主所有のある森の中にマンドラゴラの群生地があるのさ」
乱獲を恐れ口外されていない群生地は、領主すらその存在を知らされていない。マンドラゴラの採取はアルトゥールが足を運び、自ら行っていた。後をつけられたりして場所が知れても困るため、細心の注意を払って。
「場所だけは伝えるけれど、ルートの選定も何も、全て任せるつもりだよ」
群生地へ至るルートは二つ。
片方はとても険しく、騎乗に秀でた者でなければ馬を連れることすら覚束ない道。崖を上って下って激流を泳ぎ沼地を抜けるような、下手をすれば自分の命を失いかねぬ危険な道だ。尾行の可能性は限りなくゼロに近い。
そして片方は、歩くことも馬や動物を連れることも容易な平坦な道。ただひたすら遠回りで、時間ばかりが掛かる。道自体は安全なため尾行がつく可能性も高い。遠回りは迷いやすくするためのものだが、相手が森に秀でていればアドバンテージは無いも同然。
「昨今の冒険者はとんでもないモンスターを愛玩動物にしていますから、空を飛ばれる可能性もありますよ?」
「それは居場所を公言して歩くようなものだ、避けてもらわないと困る」
ふふん、と鼻で笑ったアルトゥールはミルクティーを傾けた。栗色の髪がさらりと流れる。
「僕の採取方法は教えない。冒険者は自分たちで方法を考えて抜くんだ。2本‥‥3本もあればいいかな」
採取だけであれば、駆け出し冒険者が請け負うこともある依頼である。
ベテランである彼等にとって、それ自体は難しい話ではあるまい。
「アルトゥール様」
「ああ。それも伝えるさ」
騎士ヴァレリーの懸念は、森へ出入りしているという数名の人影。領主所有の森へ許可なく出入りすることは当然禁じられている──彼等が何かすれば、それはもちろん密猟ということになろう。その狙いは動物か、モンスターか、それともマンドラゴラか。
しかし、考え得る中で最悪の可能性は彼等が蛮族であるというものだろう。蛮族に森の所有者という概念が伝わるとは考え難い。フロストウルフを奉じる蛮族が近隣に訪れたという情報は入っていないため、それが蛮族であれば未知の部族──理性的な交渉が不可能な可能性が高い。
「安全なのは、見つからず、見つけられず、見つけず──かな」
笑うように言ったアルトゥール。だが、言うは易いが行うは難い。
そびえ立つ壁の影が、冒険者の行く末を暗示するかのように濃く広がっていた。
●リプレイ本文
●医学を志す者
魔法の靴を履き、街道を急ぐ冒険者。
短い春の穏やかな陽気に歌う鳥たちも、踊るリスやウサギも、気付けば後方に去っている。
「この春を楽しめないなんて、冒険者家業も因果な商売ですね‥‥」
ふう、とフィニィ・フォルテン(ea9114)の憂い顔から溜息が零れた。ギルドを通してこそいるものの厳密に言えば依頼とは若干趣が異なる。しかし、冒険者でなければこの話を知ることもなく──そういう意味では、やはり冒険者は因果な商売、ということになるだろうか。
「見えてきました、あれですね?」
「ええ。‥‥それにしても意外ですね、カーチャさんがアルさんのお住まいに赴いたことがないなんて」
ミィナ・コヅツミ(ea9128)の記憶が確かならば、エカテリーナ・イヴァリス(eb5631)がセベナージ領へ赴く機会は多かったはず。しかし、返された答えは更にミィナを驚かせた。
「姿をお見かけしたことはあるのですが‥‥実は、正式にお会いするのも初めてです」
「‥‥そういうこともあるんですねぇ‥‥」
感慨深げなミィナを見、サラサ・フローライト(ea3026)は零れそうになった言葉を飲み込んだ。少し考えて口にした言葉は、謎の言葉。
「ミィナ。夜は眠れ」
「え? あはは、大丈夫です、寝てますよー」
少しこけた頬を上げて笑みを浮かべたミィナは、数年越しの恋が散ったばかり。無理をしている姿だけでなく、トナカイを着て号泣する彼女も偶然見てしまった双海一刃(ea3947)は、少なくとも依頼に際し気持ちの切り替えはできているようだと安堵した。できぬようなら、容赦なく叱咤するつもりだったのだが。
「アルトゥール様の命により馳せ参じました。お取次ぎ願います」
門を守る騎士の前へ進み出たキリル・ファミーリヤ(eb5612)の隣には、その一挙手一投足を見逃すまいとシュテルケ・フェストゥング(eb4341)が常に従う。セベナージに騎士として士官するためにも、一日も早く認めてもらえるよう騎士としての所作を学ぼうと彼なりに必死なのだろう。
それが解るから、キリルも使えるものの違いこそあれど騎士として規範になれるよう襟を正している。
「アルトゥール様がお会いになります。こちらへどうぞ」
数分は待たされたが、館の中から現れた2名の騎士がアルトゥールの元へと冒険者を導いた。
◆
領主館から少し離れた場所に建つのはアルトゥールの私室とも言うべき作業所だ。
「やあ、呼び立てて悪かったね」
地位を示すマントも羽織らず、彼にしては簡素な服装に謎の粉末を飛び散らせたまま、アルは一同を迎えた。どことなく楽しそうな気がするのは、恐らく気のせいではあるまい。
「さっそくだけれど、マンドラゴラの採取をお願いするよ。決して他人には見つからないように。ルートはどちらを選ぶか決めてきたかい?」
「マンドラゴラか‥‥個人的に一度実物を見てみたいと思っていた。私のように体力に自信のない者もいるので、安全で遠回りなルートを使用させてもらうつもりだ」
癖になっているサラサのぶっきらぼうな物言いに上機嫌だったアルの眉間にシワが刻まれる。気を散らすように一度鼻を鳴らし、依頼人は軽く頷いた。
そして羊皮紙にさらさらと羽ペンを滑らせる。領主の館と、山。山を含めて道中に広がる森。道は当然ながら森の入り口で大きく反れている。その森の中をありえないほど遠回りに一本の線がくねくねと踊る。
「こんな感じで行くのが足元的には一番安全だ」
それ以上短縮させることも可能だが、それでは発見される危険ばかりが増大する。追っ手を撒くことも考えれば、アルの提示するルートが確かに便利そうではあった。
「もちろん群生地へ続く『道』なんて存在しないから、まぁ、迷わないようせいぜい気をつけるんだね」
目印になるものを叩き込もうと食い入るように地図を見つめるシュテルケの姿を満足げに目を細めて眺めながら、アルはそう言葉を掛けた。
「マア、なるようにナルゼ」
ニセ・アンリィ(eb5758)は団子っ鼻を指で弾いて笑うと、ぐるりと室内を見回した。
「懐かしいナァ。昔グリーンモールドも採取したな。ツーカ、アルサンハ‥‥」
(「‥‥即死系好きだよな」)
流石に口にするわけにもいかず心の中で続けた言葉。もっとも、致死毒や即死させるような危険を伴うモノでなければ大金を積んで冒険者に頼ろうとするはずもなく、危険と隣り合わせだからこそ大金が動くのであって、必ずしもアルの好みというわけでもないだろうが。
「強い毒は薬にもなるからな」
小さく呟いたサラサの言葉、そのタイミングの良さに驚いたのはニセだけが知る事実となった。
●隠れて歩む者たち
周囲に視線を送りながら進む冒険者らの姿は、森の警邏を模している──らしい。
「大事なのはまず見つからないこと、肝心な部分を見られないこと」
「たとえ密猟者でも抜く際は絶対他人を近づけたくないですしね」
主張した一刃は殿と斥候を交互に勤める。狼の部族がいたのだから鳥が使役されている部族がいてもおかしくはない、と警戒を強めるのだが──
「セベナージにいた雪狼はペットじゃないぞ? 雪狼が一番の頭で、蛮族がそれに従ってたんだ」
この場にいる誰よりも深く雪狼を奉じる蛮族と関わってきただけにどうにも気になって、シュテルケはそう口を挟んだ。
鳥云々を否定する気はないが、真実を見誤るとどこかで墓穴を掘りかねないのだ。今日に限らず、今後でも。
「どちらにせよ、見つからなければ、それに越したことはない」
耳を澄まし、目を凝らすサラサ。
安全な道とはいえ、それは崖を下ったり上ったりしなくて澄む道という意味で。
森の中では魔法の靴も使えず、周囲を警戒すればするだけ移動速度は遅くなる。
その上、あまりピリピリしているように見えないように、という本職の一刃の注文は、隠密行動の経験が浅い者たちには難しい注文だった。色々考えすぎた挙句、挙動不審になる者まで出る始末──それが誰とは言わないけれど。
「そ、そろそろ野営の準備をしませんか」
ミィナが提案した頃には、積極的に警戒に当たっていた者たちはすっかり神経をすり減らし、疲労の色も随分と濃くなっていた。
──一直目。
じーっと炎を見つめていたシュテルケが、ふと呟いた。
「サラサさん、シャドゥフィールドで野営地周りを囲ってもらうってできないかな?」
「すまない、あれの効果は短いのだ。火が消えるまでは、とても持たない」
「ちぇっ、残念」
「それに、フィニィに暗闇は‥‥な」
それじゃあ、と今度は周囲を毛布で少しでも火を隠そうと頭を捻る。
「‥‥手を貸しましょう」
一人では無理ですよ、と立ち上がったキリルも火を隠す手伝いを始めた。
──二直目。
「大丈夫ですか?」
遠慮がちなカーチャの声。次いで伸ばされた手が、シュテルケの肩を叩く。
「はっ!? ごめん、俺今寝てたっ!?」
「船を漕いでいた程度だ」
「あちゃ〜‥‥こんなんじゃ認めてもらえないよなぁ」
さらりと告げた一刃の瞳はいつもと変わらず表情を映さない。それが怒っているように見えたのだろうか、パンパンと自分の頬を張り、気を引き締める。
そんな少年に、カーチャの言葉は厳しい。
「自分の限界も知らず無理をするような人に騎士は務まりません」
キリルが起きていれば通訳してくれたに違いない。
頑張りすぎるのは良くない、常に少し余裕を持ちなさいと言っているのだ‥‥と。
──三直目。
「ニセさんは、すっきりと目覚められるのですね」
徐々に襲い来る睡魔と闘うカーチャには、すっきりと目覚めるニセが羨ましく見えて。
「ン? ああ、あまり寝ナクテモ平気なヨウに鍛えてるカラナ」
「‥‥少し見回りに行ってくる」
すっと一刃が立ち上がった。気分転換ではなくて、小枝の折れる乾いた音がした、気がしたのだ。
「気をツケロよ」
ニセの声に頷いた一刃だったが、折れた枝の特定はできず、それらしい姿も見つけられなかった。
「‥‥気のせいか」
──四直目。
「デビルが出てくるんじゃないかと、ちょっと警戒していたんです」
「私もです‥‥出てこなければ、それでいいんですけれどね」
ミィナが袖を少し上げると、隠れていた指輪が二つ、月光を反射させた。石の中の蝶は動かない。
同じく石の中の蝶を確認するフィニィの指には、指の数と同じだけの指輪が輝く。
目を転ずれば、ニセの指にも10個のリング。
(「あたしとカーチャさんだけ隠してても、これは意味がなかったかもしれませんね‥‥」)
ミィナは内心で苦い笑みを浮かべた。
そして何事も無く、無事に朝を迎えた。徐々に高くなっていく太陽の下、朝食を済ませた一同はテントを片付け移動の準備を始めた。
「俺、探すの得意じゃないからさ。隠すので頑張ろうと思って」
にかっと笑うシュテルケは、その言葉通り本職の一刃も顔負けの働きをしてみせている。
足跡の残り易い箇所は衝撃波を放って足跡を消し、茂みを見つければ人が歩いたかのように草を倒す。斥候を勤める一刃が極力足跡を残さないように行動するのと反対に、痕跡を消すという作業。地道だが、必要な作業だ。テントの跡や焚き火の跡も衝撃波でざっくりと吹き飛ばす。──もっとも、焚き火で焼けた土の跡は残ってしまったため、焚き火だけは一刃が念入りに痕跡を消すことになったが。
「それでは、僕は探す方で少しでも頑張らなければいけませんね」
「手なんて抜いちゃ駄目だぜ、アルさ‥‥じゃなくて、アルトゥール様に怒られちゃうからな?」
気の幹に傷がないか、不自然に踏まれている草がないか。
ポイントを絞ったキリルの注意も、自分に出来ることを考えた結果に違いなかった。
●叫び声を上げる草
追っ手を撒いたのか、見つかっていないのか、見つかったことに気付いていないのか、それともそもそもマンドラゴラの密猟者や蛮族などいなかったのか、正解は知る由もないのだが──ひたすら歩いた森の先に、その群生地はあった。
「圧巻だな‥‥」
書物でしかみたことのないマンドラゴラが、そこかしこに生えている。
「抜くと叫んで、聞くと死ぬ、変わった草もあるんだな。そんな物騒な草、そこら辺に生えてなくてよかったぜ」
「その辺に生えていれば、例え領主になろうともアルトゥールさんがご自分で採取に行かれると思いますよ」
くすっと笑ったフィニィの言葉が真実を言い当てているかどうかはともかく、その姿は容易に想像ができて、キリルとミィナもぷっと吹き出した。
何がおかしいのかと生真面目な表情を変えないカーチャは、小川も泉もない可能性を想定していたただ一人の人物だったようだ。
「水、使ってください」
たっぷりの水を皮袋に詰め、一人重たい思いをしてきたことなどおくびにも出さずにカーチャは水袋を差し出した。
「月の如く穏やかで強き輝きを、彼の者の心へ──」
「セーラ様‥‥貴女の僕を徒為す者からお守りください‥‥」
サラサが一人一人へレジストメンタルを詠唱する間に、ミィナがホーリーフィールドを展開しセーラの加護を得る。
そしてフィニィとサラサがそれぞれテレパシーを詠唱するのを待ち、湿らせた綿と布で耳に栓をした。
「セーラ様‥‥暫しの拘束をお与えください‥‥」
ミィナがコアギュレイトを詠唱したのが、事前の対策の1つ。
「月の揺り篭で見果てぬ夢を──」
フィニィがスリープを唱えるのが、事前の工程の最後の1つだった。
『効果はアリソウか?』
『植物だからな‥‥』
ニセとサラサのテレパシーの会話は、出発前にも交わされた言葉だった。実際、精神を持たぬ植物に精神へ作用する魔法は効果が無いが──効果があればラッキーだと割り切って掛ける分には、誰も文句は言うまい。
余談だが、サラサは実はシャドウバインディングも試したかったのであるが‥‥あいにく地中の相手に影は存在せず、葉の影も後に毛布の影に覆われてしまうため諦めざるを得なかったようである。
さて、そこまでの対策を全て終えてから、サラサがマンドラゴラへロープを結ぶ。シュテルケが調理用の鍋へ毛布を詰めてマンドラゴラの上に被せ、キリルの毛布を更に上に被せる。
スコップで周りの土ごと掘り出し、水を張った水に沈めて土を洗い流す──というカーチャの案もあったのだが、こちらはニセの反対に合い見直しを余儀なくされた。マンドラゴラの悲鳴は、厳密に言えば『ひげ根が切れた時』に発されるものだと、どこかの報告書で読んだというのだ。ひげ根の長さが定かでない以上、ニセにはあまり良い方法ではないように思えた。
哨戒に当たっていた一刃とキリル、カーチャが何も異常がないことを告げる。
鍋を支えるシュテルケ以外の皆が結界に入ったことを確認し、ニセがロープを引っ張った!
────‥‥
悲鳴が聞こえなかったのか、それともそもそも悲鳴が発されなかったのかは定かではない。が、誰一人としてそれで命を失う者はいなかった。
『確認スル間が惜シイカラ、コノママ抜くゼ』
フィニィが頷くのを待ち、同じ要領であと2本、マンドラゴラを引き抜いた。
◆
ぐるりと遠回りし、訪れたのとは別の道を歩みアルトゥールの元へと戻ると、誰一人欠けることなく3本のマンドラゴラを採取したという結果に満足げに頷いた。群生地が誰かに見つかったかどうかは、今後の管理で明らかになってくることだろう。
機嫌の良いアルへ、そういえば、とニセが尋ねた。
「アルサンはドウヤッテ採取シテるんダ?」
「大した方法じゃないよ、アイスコフィンを掛けるのさ。マンドラゴラだけを確実に凍らせる便利な魔法だからね。簡単だろう?」
「アルさんは水の魔法を使うのですか‥‥てっきり地属性かと思ってました」
「アイスコフィンは便利なんだよ、氷付けにして冷暗所に置いておけば薬草だって新鮮なままだ」
ミィナの言葉ににも機嫌良く応える。
「アイスコフィンのためだけにウィザードになったんですか?」
「‥‥当然だろう。修行に時間を割くだけの価値があるよ、あの魔法にはね」
ふふん、とどこか自慢げなアルトゥール。先日の誘いが良い気分転換になったようだ、とキリルは胸を撫で下ろした。
逆に、時折り思いつめた表情を覗かせていたシュテルケが意を決し、背筋を正してアルへと申し出た。
「あの、さ。俺がアルトゥール様の目に適ったら、騎士としてセベナージに仕官させてもらえないかな‥‥もらえませんか」
「もちろん、キミに騎士に足る心の強さと信念があれば、僕はキミに剣を預けるよ、シュテルケ」
テオと会う機会も設けよう、と頷くアルとの約束。
心を決めかねている仲間たちの胸へ、それは小さな一石を投じた。
──広がる波紋がどのような決断を引き出すのか、それはまだ解らない。