【鬼種の森】挑むべき危険〜饗宴〜

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 36 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月05日〜06月14日

リプレイ公開日:2005年06月13日

●オープニング

 鬼種の棲む森、オーガの巣と呼ばれる場所がある。
 そんな場所でも、宙に浮いているわけではない以上、どこかの領地に組み込まれているわけで──当然、領主というものも存在する。
 街道が走っている周辺、交易の基盤を中心として住み着いてしまったオーガ種によって領地の交易収入は圧迫され、蹂躙するオーガ種によって近隣の村の生活は脅かされ、しかも繁殖してしまって駆逐もできず、と、領主にとっては頭痛の種でしかありえなかった。

 しかし、冒険者の協力で東側の半分だけとはいえ、オーガ種の駆逐に成功!
 不気味に静まり返る森の西半分と街道には未だ危険が溢れていたが、村人たちには平穏な生活が戻って来たのだった。
 そんなある日。
 久しぶりに落ち着いてワインを味わっていた領主がふと思いついて執事を呼びつけた。
「何でございましょう」
「オーガ種の駆逐に尽力した我が騎士たちと、村人たちの精神的な支えになり、迅速な連絡に勤めた村長たちを招いてささやかな慰労パーティーを開こうと思う」
「承知いたしました、準備いたします。‥‥冒険者たちはどうしましょう」
「ふむ‥‥何度も手伝わせたしな、労ってやるか」
 ワインで喉を湿し、愉快そうに頬を歪める領主。笑みを浮かべたままバルコニーへ出ると吹く風に髪を靡かせながら、屋敷からは見えない遥か遠方に存在する『鬼種の森』を見つめた。
「‥‥冒険者は歌や踊りなどに秀でた者も多いと聞く。村長たちや騎士たちの労をねぎらうためにも、何か披露するよう伝えてくれ」
 はい、と主の背に一礼し、執事は部屋を出た。

●今回の参加者

 ea0130 オリバー・マクラーン(44歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea3110 ターニャ・ブローディア(17歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea8284 水無月 冷華(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8989 王 娘(18歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0031 ルシファー・パニッシュメント(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0102 アリア・プラート(25歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0342 ウェルナー・シドラドム(28歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb1502 サーシャ・ムーンライト(19歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

アルカード・ガイスト(ea1135)/ アルフレッド・アルビオン(ea8583

●リプレイ本文

 ガードナー商会の船を降りると依頼人の手配した馬車が待機をしていた。
「ふむ、あれに乗るようだね」
 軍馬と駿馬を船から下ろし、オリバー・マクラーン(ea0130)が馬車へと向かう。
「ふわ〜、すごいね〜」
 普段使用する乗合馬車とは明らかに違う紋章入りの豪奢な馬車にターニャ・ブローディア(ea3110)のテンションは上がりっぱなしのようである。屋根に上り、グリフォンの彫刻を撫で、紋章をまじまじと覗き込み、くるくると馬車の周りを飛び回る。
「金のある奴ァ違うねぇ。羨ましい限りで」
 お貴族様なんざ顔を見る機会があるとも思っちゃいなかったぜ、とアリア・プラート(eb0102)はそう鼻で笑う。
 彼女を心の朋と呼ぶクライフ・デニーロ(ea2606)はドキドキハラハラの連続だ。
「くれぐれも、ご領主様に失礼のないようにしてくださいよ。そんな皮肉を言ったら困るのは僕たち全員なんですから」
「わぁーってるって」
 手をひらひらさせながら馬車に乗り込んだアリアに続いて馬車に乗り込もうとし、盛大に額を打ち付ける。
「うう‥‥」
「壊すなら手伝うが?」
「背が高いというのも難儀だな」
 額を押さえ蹲(うずくま)って呻くクライフへルシファー・パニッシュメント(eb0031)がにやりと笑みを向け、その横をすり抜けた王 娘(ea8989)はちらりと一瞥して馬車に乗り込んだ。
「クライフさん、大丈夫ですか? サーシャさんを呼びましょうか?」
 心配そうにクライフの隣に屈み込んだウェルナー・シドラドム(eb0342)は、酷い様ならばリカバーをかけてもらいましょう、と声をかける。自分の名が呼ばれた気がして振り返るサーシャ・ムーンライト(eb1502)に、大丈夫ですと頷いてクライフは立ち上がった。
「ご心配おかけしました」
 172センチのウェルナーも見上げねばならないほどの長身、195センチという身長を誇るクライフである。油断をするとあちこちに頭をぶつけるというのも道理だろう、赤い額が痛々しい。
「乗り心地もさぞかし良いのだろうね」
 騎士としての常で女性に先を譲ろうとしたマーヤー・プラトー(ea5254)は、次に控えた女性が水無月 冷華(ea8284)であることに気付いて自らが先に馬車へと乗り込んだ。水無月が女性として扱われることを嫌っていることを知ってしまったからだ。
「皆さん、準備はいいですか? 少し遠いですけれど、できるだけ急ぎますね」
 確認し、依頼人から使いに出された青年は馬に鞭を入れた。

 ゴトリ、と車輪が動き始める。
 まだ見ぬ領主の館へ向かい、馬車は軽快に動き始めた。


 馬車がその動きを止めたのは、大きな館の前だった。アーチ状に形作られた骨組みへ蔓バラが巻きつき、今が盛りとばかりに咲き誇った小さな花から芳香が立ち上って冒険者を歓迎する。
 丁寧な手入れの行き届いた庭園の中央には大理石が高く積まれ、からくりが仕掛けられているのだろう、上部からさらさらと流れる水が涼しげに跳ねている。
「あ、虹だよっ」
「何だか嬉しくなってしまいますね」
 跳ねた細やかな水が時おり映し出す小さな七色のアーチにターニャとサーシャは目を細めた。
 大理石の塔の周囲にはテーブルが置かれ、使用人たちが色とりどりの料理を並べている。騎士の内には正装をしている者もいるが、普段着としか思えない者もいる。村長たちへ無用な緊張感を与えないように配慮したのだろう。
「良かった、あまり堅苦しいパーティーではなさそうだ」
「そう言って油断させないでくれ。気を抜いては母国の恥を晒すやもしれん」
 騎士としての心得は最低限度しか理解しておらず、もう少し学んでおくべきだったかと後悔していたマーヤーの安堵の言葉だったのだが、それを聞いた水無月は緊張を深くした。彼女は志士としての正装・陣羽織を身に纏っている。自分を通して依頼人が主である神皇を判断するのは自明の理である。
 しかし、実際に今回のパーティーはパーティーといっても堅苦しいものではない。
 オーガ種に襲われた村の村長や戦いに疲れた騎士を労うための慰労会に過ぎず、まだ勝ち得ていない勝利を祝うためのものでもない。
 つかの間の平穏を喜び、明日からの戦いに備える小さな小さなものなのだ。
「いよいよご登場、か」
 使用人たちが会場の隅に引くと騎士たちの会話が消え、居住まいを正した。真似るように村長たちも緊張を走らせたが、ルシファーはつまらなそうに吐き捨てた。

 水の溢れる大理石の向こうから現れたのは銀の髪に青い瞳を持つ、髭を蓄えた男性だ。口元の髭に惑わされ年齢はよくわからないが、30歳前後であるように感じられる。
「面倒な挨拶は省こう。皆も知ってのとおりだろうが‥‥此度、『鬼種の森』に棲みついていたオーガ種ども、森の東側半分にすぎぬが、駆逐することに成功した。いずれ西の森へも挑み、オーガどもを駆逐し、森を取り戻さねばならんのだが‥‥その前に少しでも疲れを癒してもらえればと思う」
 決して低くはないが芯のある太い声が庭園に響く。
「村の状況を的確に知らせ、村を束ね抵抗してくれたそれぞれの村の村長。私の手足となって働いてくれた我が騎士団。そして、偵察・迎撃・攻撃と常に敵陣の只中へ飛び込んでくれた冒険者。それぞれの協力があってこその結果だろう。皆と神に感謝を!!」
 ワインを掲げる領主。居並ぶ者たちが同じようにワインを掲げると、庭園にざわめきが戻った。

「やはり領主に挨拶をしなければならないか‥‥」
 領主が自分たちの方へ歩を進めたのを見、憂鬱なため息を吐いた娘がフードを被りなおした。礼服を纏(まと)い、同じく礼服に身を包んだオリバーのエスコートを受けるサーシャも無意識に髪を整える。
 躊躇うことなく一歩進み出たのはクライフだ。
「お会いするのは初めましてクライフ・デニーロと申します。本日はお招きに与りありがとうございます」
「そういえば、名乗ったことは無かったな。ウィリアム・ガーランドだ」
 差し出された手を緊張しながら握るクライフ。緊張しながらも、領主を持ち上げることは忘れない。
「今回の成果は的確な差配があってこそと思っています。今後もご協力できれば幸いです」
 隣で型式に則った礼を示したのはオリバーだ。
「ログレスの騎士、オリバー・マクラーンと申します。本日はお招きに与り光栄に存じます」
「サーシャ・ムーンライトと申します」
 ドレスをつまみ、微笑を浮かべるサーシャ。
「まだ西の森が残っているからな、まだ顔を見ることもあるかもしれんが‥‥オーガの巣を地図上から排除しないことには我が領地の発展はありえないのだ。頼りにしているぞ」
 産業の誘致を進言するべきか迷いを抱いていたオリバーだが、ウィリアムの言葉に提案を飲み込んだ。この領地の産業経済が横這い、もしくは悪化している要因は『オーガの巣』にある。主要な交易路を封鎖された地方領、障害の排除に光明が見出せるのであれば排除することが先決であろう。

 冒険者たちは領主への挨拶が済むと、騎士団や村長たちの元へと散って行く。その後の状況など、詳しい情報を入手するためには現地の者の声を聞くのが最良だと判断したためだ。

 そんな中、一番手を買って出たのは用意した赤や白の布を身に纏ったターニャだった。響き渡る楽隊の曲に合わせ、時には地に伏せ、時には宙を舞い、中空までをも舞台として動きの大きな舞いを披露する。
 長い布が絵を描くようにたなびき、はぜる水が煌めきを与え、情熱的な舞いに華麗な彩りを添える。
「さすがですね」
 ウェルナーが感嘆の息を吐いた。目を逸らすこともできず、会場の視線を一身に浴びたターニャがその動きを止めたとき、割れんばかりの拍手が庭園を満たした。
「ご招待いただき、ありがとうございました」
 領主にぺこりと頭を下げるターニャ。惜しみない拍手を送る領主は満足気に頷いた。
「素晴らしかった! 冒険者には歌や踊りに秀でたものが多いと聞いていたが、どうやら嘘偽りではなかったようだな」
「申し訳ないが、私にはそのような嗜みはないものでな‥‥無骨ながら、模擬戦闘で代えさせてもらいたい」
 娘が中心に立つと、ウェルナー、マーヤーが続いて現れた。ウェルナーは鞘の上から布を巻き、相手を切ることの無いように対応したようだ。マーヤーは杖を取り出し、剣と見立てて構えた。
 三竦みの状態でまず動いたのはマーヤーだ!
「行くぞ!」
 鋭く振るわれた杖を大きく跳んで避ける娘。宙を切った杖が地を抉る!
 オーバーアクションなのは演武としての効果を期待してのことだ。案の定感嘆の声が漏れ聞こえたが、娘は顔色を変えることもなく‥‥そのまま蹴りを見舞う!
「うっ!!」
「鳥爪撃!」
 身を捩ったが回避は間に合わず、娘の足がマーヤーの脇腹を蹴りつけた!! 立て続けに奥義鳥爪撃がマーヤーを捕らえる!!
「はあっ!!」
 マーヤーへ向いた娘へ、隙をついたウェルナーが切りかかる!!
「くっ!」
 模擬戦といえども実力を試すためには重要な機会。降参する気などさらさらなかった娘、勢いあるその一撃を紙一重で避け、鋭い視線をウェルナーへ投げる!
 一瞬の後、蹴り上げられた足がウェルナーの鳩尾の直前で止まった。同様に、攻撃に合わせてもう一度振るわれた剣の鞘が、娘の首筋の直前で止まっていた。
「そこまでだ!」
 領主がパン!! と手を打ち鳴らした。
「さすが、日々実戦に身を置き『オーガの巣』へ挑むだけのことはある‥‥我が騎士たちにも見習わせたいものだな」
 自分の紋章を持つ者へ冷静な眼差しを送り、一瞬の攻防に目を奪われていた騎士たちはばつの悪そうに視線を泳がせた。

「お主は何を見せてくれるのだ?」
「見世物になれだと? ふん、下らぬお遊びに付き合ってやる気はない」
「それが今回の招待に含まれる『依頼』だったはずだが」
「どうしてもというのなら‥‥そうだな、騎士の連中に相手になってもらうか」
 いつものとおりに握ったサイズで領主の騎士を示す。禍々しさを感じさせる形状に会場が静まり返る。
「ルシファー殿」
 オリバーがサイズに触れて小さく首を振った。ルシファーは舌打ちをして武器を下ろした。
「つまらんな‥‥俺は向こうで楽しませてもらおう」
 給仕をしていた女性に目をつけ歩み去るルシファーの背を見て、領主は渋面を作った。
「所詮冒険者は無法者の集まり、ということか。興ざめだな」
「そんなことはありません、領主殿。少々結論を急ぎすぎてはいられませんか? まだ数名、芸を披露していない者が残っております」
 そう告げ、オリバーはサーシャの手を恭しく取ると楽隊へ微笑みかけた。
 三拍子の典雅な曲が流れ始める。社交界で好まれるダンス用の曲だ。ドレスの裾が舞い、銀の髪がなびく。しゃっきりと伸びたオリバーの背筋が見る者の目に心地良い。
「ほう‥‥では、私にもお相手願えるかね?」
 手を差し出されたのは水無月だ。
「失礼ながら、異国人故に心得が全くありませんのでご辞退させていただきたく‥‥」
「私のリードに合わせてもらえばよい」
 気にするな、と水無月の手を取りオリバーに負けないダンスを披露する領主。ゆったりした曲と的確で力強いリード、安心させるように浮かべられた微笑みが水無月の緊張を解きほぐす。
 稀に領主の足を踏むこともあったが、領主はそれもまた楽しんでいたようだ。
「ご機嫌も直ったようですね」
「貴族っちゅーのも面倒だよなぁ」
 195センチのクライフの隣でぼそぼそと囁き合っているのは177センチのアリア。二人の身長は釣り合っているが、見上げる娘は首が痛そうだ。
 曲が終わり、会場は三度拍手に包まれた。
「無理強いをしたようですまなかったな」
「いえ、粗相ばかりで申し訳ありません‥‥ですが、良い体験をさせていただきました」
 丁寧に頭を下げる水無月に気にするなと笑みを浮かべ、領主はオリバーとサーシャを振り返った。
「パートナーか? 良く息が合っているようだな。ダンスもなかなかのものだった」
「お褒めに預かり光栄です」
「残念ながら、一曲お相手いただいただけなのですよ」
 丁寧な礼を返すサーシャは苦笑いを浮かべたオリバーの言葉に僅かに頬を染めた。
「忘れるところでした。領主殿へお贈りしたい物があるのですが」
 何だ、と促されてオリバーが取り出したのは『鳴弦の弓』だ。弦を弾くと清涼な音が静かに響き渡る。
「これは?」
「ジャパンよりの舶来品、魔法の品です。この音をオーガ種やアンデッド、デビルなどが嫌うのです。弓としてももちろん使えますが‥‥楽器として扱っていただいた方が、長くもつかと思われます」
「オーガどもが嫌うのか!! ‥‥そうか。貴重な品をすまぬな、礼節を守護せし騎士殿」
 謝意を示し頭を下げる領主に、お役に立てていただければ光栄です、と返し、場を残る二人に譲った。

「アリアさん、僕たちの出番みたいですよ」
「じゃ、一曲いくかね」
 最後を締めくくるのは三味線バード・アリアとクライフのペアだ。
 アリアの三味線が荘厳な音を奏で、村長たちの頑張りを誇張して歌う。
「♪ 村人たちを守るため 我が身を捨てて苦難へ挑む
 赤きオーガに武器を取り 青きオーガを打ち破らん」
 長い曲に乗せられ英雄譚のごとく歌われる曲に村長たちは気恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
 そして一転し軽快な音に転ずると、何故か腹を出したクライフがアリアの前へ進み出た。三味線に合わせて狸を揶揄した滑稽な曲を歌い、腹鼓を打つ。
「く、クライフさん‥‥」
「それは、さすがにちょっと‥‥やりすぎ‥‥」
 領主のこめかみに青い筋が浮いたのを見たウェルナーとターニャがとめに入る間もなく、短い曲は終了した。
「「面白かったぞ、兄ちゃん!!」」
 クライフがアリアに嘘を吹き込まれたことなど仲間も領主も知る由が無い。村長たちが喜ばなければどんな惨事が待っていたかと思うと、ルシファーは残念でならなかった。
 ジャパンの正式な流儀だなどと吹き込まれていると知れば、水無月も烈火のごとく、いや氷雪のごとく怒りを示したに違いない。
 領主の機嫌を損ねはしたものの、村長たちと騎士団が喜んだため『依頼』の方も何とか成功と言えるだろう。

 乞われるままに舞踊を披露するターニャ、歓談する仲間たちを眺めながら、娘が呟いた。
「西の森のオーガたちは状況を伺うかのように息を潜めているそうだ」
「冒険者そして傭兵という道を選んだ時から、平穏など望むべくも無いがね‥‥‥この平穏が夢幻ではなく現実として、これからも続くように‥‥最後まで気は抜けないね」
 自らが平穏に身を浸すことはないかもしれない。
 けれど、せめてこの平穏を守るためにと、マーヤーは笑顔と音楽の溢れる庭園に誓うのだった。