【異国の忍】夢現
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■シリーズシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:5〜9lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 29 C
参加人数:8人
サポート参加人数:10人
冒険期間:12月14日〜12月19日
リプレイ公開日:2005年12月24日
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●オープニング
月の明るい夜、影から影へ、闇から闇へ渡るように‥‥その古城に数人の人物が侵入した。警戒心は解いていないのだろうが、その慣れた所作はまるで古城の住人であるかのように、違和感を感じさせない。しかし人目を忍ぶ姿は古城の住人ではありえないことを示している。
彼らは隠し通路を抜け、一室へと辿り着いた。用心深く聞き耳を立て、周囲に気配がないことを確認した上で扉を叩く。
「どうぞ、お入りなさい」
女性特有の高い声に命じられるままに扉を開けると、暖炉の暖かな空気と燭台の蝋燭に灯された明かりが侵入者を包み込んだ。一人は女性、他は全て男性──忠誠を表すように彼らは揃って毛足の長い絨毯に片膝を付く。見え隠れするその特有の耳は、彼らが総じてハーフエルフであることを物語っていた。
「ヴィルヘルム様‥‥いいえ、ビフロンスの居場所が判明しました。また、ビフロンスの配下と目されるデビル・リリスがジャパン人の少女を連れ領内に侵入しております」
中央に陣取るリーダー格の男が低く通る声で告げる。明るい月の光を遮るよう閉じられた厚い布地のカーテンを通り抜け、身を凍えさせる外気が滑り込んできたような感覚に捕らわれる。
「ナスカを運ぶ行商人も領内に侵入したようです。恐らく、行方を眩ませていたインキュバスが同行しているものと‥‥」
「破滅の魔法陣は」
「紋様を浮かび上がらせております。恐らく、国内に於いて既に発動した破滅の魔法陣の影響かと‥‥」
部屋の主は一瞬長い睫毛を悲しげに震わせたが、想いと決別するように瞳に強い意志の炎を宿らせた。
「領内にもデビルが頻繁に現れています。オウガ、貴方たちは領内のデビルたちの相手をしていただけますか」
「御意に」
オウガと呼ばれた中央の男は頭を下げ言葉と共に命を受諾した旨を示す。それを確認し、部屋の主は唯一の女性へと視線を転じた。俯いた表情は濡れた様な長い黒髪に殆ど隠されているが、垣間見える面立ちも秀麗な眉目を思わせる。女王の名を冠された女性だと、見るものが見れば一目で解るだろう。
「ヴェロニカはパリに戻り私の名で冒険者ギルドへ依頼を。橋渡しは一任します‥‥間違っても破滅の魔法陣が発動しないように、領民にもそれ以外の方にも極力被害の無いようにお願いします」
「フィリーネ様のお心に沿うよう、力を尽くしますわ」
顔を上げたレジーナ・ヴェロニカは領主代理として采配を振るうフィリーネ・シュティールへ微笑んだ。
水蠍へ私兵となることと引き換えに金銭的な支援をしていたのは誰あろうヴィルヘルム・シュティールその人だった。領主の突然の心変わりにより支援を打ち切られた後接触してきたのは夫の行動に不信感を抱いたフィリーネ・シュティール。この非常時、契約の通り水蠍はフィリーネの私兵として領内で忙しなく時には諜報活動を、時にはデビルの討伐を行っていた。
「よろしくお願いします。夫も、こんな事は望んでいないでしょうから‥‥」
深々と頭を下げたフィリーネが顔を上げたとき、そこにいたはずの水蠍の頭目も幹部たちも姿を消していた。
パチパチと暖炉で火の爆ぜる音だけが、そっと静寂を彩っていた。
──満月まで、あと1週間。
数日後。シュティール領領主夫人フィリーネ・シュティールの名で冒険者ギルドへ掲示された依頼が3件あった。そのうちの1件の依頼書、羊皮紙に走る自分の筆跡を眺め、エルフのギルド員リュナーティア・アイヴァンは憂いの溜息を漏らした。
「雛ちゃん‥‥」
冒険者ギルドの隅でちまひなちゃんを弄っていた雛菊。
ジャパン人と見れば体当たりをかまして抱きついていた雛菊。
駆け寄ろうとし、盛大にすっ転んだ雛菊。
涙を滲ませ、友人たちに慰められていた雛菊。
──目に浮かぶ雛菊の姿は、今はどこにもない。デビルに身柄を拘束されてしまったから。
「私には何もできない‥‥」
その顔に浮かんでいる微笑みは、強張った筋肉が作り出しているもの。
笑い方なんて、思い出せなかった。
「リュナーティアさん」
雛菊の友人たちに声を掛けられ、滲んだ涙を拭いもせずに深く頭を下げた。
「私には何も出来ませんが‥‥顔なじみの冒険者に声を掛けておきました。私の分まで、雛ちゃんを、よろしくお願いします‥‥」
皆さんと雛ちゃんの笑顔を、ここで待っていますから。
そう言って無理矢理微笑んだリュナーティアの手を歌姫が包む。
「必ず、無事に連れて戻る」
雛菊の友人たちは力強く頷いた。
あふれる愛情と怒りを胸に抱いて‥‥
●リプレイ本文
●粉雪を誘う、風
「あたしを前に森で悪事を働こうなんていい度胸ね」
ふふんと鼻を鳴らすローサ・アルヴィート(ea5766)を先頭に迷うことなく森を進む。ヴェロニカから口頭の説明を受けただけだが自分の庭のように進む姿は森の案内人という職業ならではの姿なのだろうと、友人のフィニィ・フォルテン(ea9114)は妙に感心してしまった。
そのフィニィは大役を任されている。廃屋を襲撃し雛菊を助ける自分たちの班とテントを襲撃しビフロンスの憑依媒体を処分する班はどちらが先行し騒ぎを広げても不利となる。故に、フィニィはテレパシーを用いて連絡をしなければならないのだ。彼女の力で中継のヴェロニカへと連絡を取り、ヴェロニカから別働隊へと連絡を送る手筈となっている。
「おかえり、玉藻さん。どうだった?」
偵察から戻った九重玉藻(ea3117)へローサが詰め寄るように尋ねる。エックスレイビジョンのスクロールで内部を調べようとしたのだが期待したほどの効果はなく、ローサは僅かに焦りを滲ませていたようだ。
そんなローサを落ち着いて、と手で制し‥‥玉藻はにやりと笑みを浮かべた。
「雛菊もマリスも、もちろん子供たちもいるわよ。お仕置きしながら雛菊を取り返す絶好のシチュエーションだったわ」
皆の雛菊を掠め取ったマリスへの怒りは、雛菊の友人たち共通の怒り。
雛菊を泣かさない、雛菊を泣かせる者は許さない、それも共通の認識。
──故に。マリスに対し同情する余地は、もう残っていない。
「私、今回は真剣に行きますよー」
微笑み軽い口調で言うフェイテル・ファウスト(ea2730)だが、その眼差しは氷の様に冷ややかな光を湛えていた。婚約者と約束し、そして自分に誓ったのだ、雛菊を無事に連れて帰ると。
「雛菊、待っていろ‥‥」
拒絶され、それでも友とし共にあるため、王娘(ea8989)は拳を握る。薬指には未だ大きい誓いの指輪を揺るがぬようしっかりと中指に嵌めて、廃屋を、その向こうにいるであろうマリスを睨めつけた。
「あの笑顔は必ず取り戻さなくてはなりません‥‥この剣に懸けて」
デビルスレイヤーと称される剣を携え、ウェルナー・シドラドム(eb0342)は精神を集中させるようゆっくりと瞳を閉じた。
それぞれが、雛菊のために自分に出来ることを為す。今できることを全力で。
──それが必ず突破口を開いてくれるのだと信じて。
「‥‥偉大なる父よ、ご照覧あれ。試練にたちむかう勇者に祝福を」
ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が父タロンへと祈る。雛菊のためにも、彼女のために力を貸してくれた妻子のためにも、誰一人欠けることなく帰還するための祝福を願って。
キュッと純白の鉢巻を締め、宮崎桜花(eb1052)が微笑んだ。
「行きましょう、雛ちゃんを助けに」
真白い粉雪が全ての音を消そうとするかのように、ちらりちらりと風に舞い始めた。
●襲い掛かる、鳥
「玉藻さん、憑依媒体担当班の方も用意が整ったそうです。お願いします」
フィニィに力強く頷かれ、廃屋から死角になる場所を選び大ガマを召還する玉藻。
「私の呼び声に応えなさいな──エリザベスッ」
──ぼぅん
召還の詠唱から一瞬遅れて大ガマが姿を現した。
「お行きなさい、エリザベス!」
警戒し陽動を兼ねて大ガマを廃屋の扉へ突っ込ませる!
──ドォォン!!
ファイヤートラップを踏み焔を吹き上げさせながら、エリザベスが扉へと突っ込んだ!
「エリザベスの足跡を辿れば大丈夫よ、さあ!」
「ごめんね、アースソウル」
小さく呟くローサの声を聞く間もなく、武器を手にウェルナーと桜花が飛び込んだ! 同時に、ファイヤートラップを覚悟した娘が建物の背面から侵入を試みる!
「雛菊!」
そしてほんの僅かタイミングをずらし、ヴィクトルとフェイテルも護衛のレイ・ミュラー(ez1024)と共に廃屋へ飛び込む!
それはおそらく木こりが暮らしていたのだろう小さな廃屋で、部屋数は少ない。飛び込んだダイニングに扉が二つあり、それぞれの扉の先に部屋が1つずつ。飛び込めばそこに子供や雛菊が、そして諸悪の根源マリスがいるのだろう。しかし、そこへ辿り着く為にはこの部屋にいるインプやズゥンビを排除しなくてはならない!
「ケケケ、イカせナイ!」
「お前たち如きに時間は割かない、立ちはだかるなら容赦はしない!!」
「雛ちゃん、雛ちゃん! 返事をして!!」
ウェルナーが、桜花が、わが身を省みず武器を振るう!
「貴方がた、すみませんがお邪魔ですー」
──ドゥゥン!!
言うが早いか、密集した敵の足元で影が大きく爆発した!!
「偉大なる父よ、牙向く者たちに試練を──ビカムワース!」
レイの攻撃を受けるズゥンビへヴィクトルのビカムワースが炸裂し崩れ落ちるように塵となり消える。
入れ替わりに群がろうとするズゥンビへフェイテルが清らかな聖水を振り撒き、仰け反った所へウェルナーとヴィクトルの聖水が降り掛かる! ぐずぐずと崩れ落ちるズゥンビを、否振り撒かれた聖水を避けようとたたらを踏むアンデッドたちを無視し、桜花は一方の扉を開けた!
そこに居たのは子供たちと──マリス。
「雛ちゃん! ‥‥マリス、子供たちを放しなさい」
「キャハハ、かっこイー★ でも〜、欲しけりゃ自分で取り返せばぁ?」
「では、そうさせてもらいますー」
「もしタロン様が神罰をお与えにならないのならば、私が厳罰を下してやる!」
子供たちの中心で愉しそうに笑うマリスへフェイテルのムーンアローが、ヴィクトルのブラックホーリーが襲い掛かる!!
「きゃん!」
「さあ、皆さん。悪いデビルも怖いアンデッドも僕たちが退治します。仲間が皆さんを守るための準備をしていますから、早く外に」
「大丈夫だ、これを持って早く逃げなさい。──大いなる父と聖なる母の加護を」
言い切ったウェルナーのその自信溢れる笑顔に、そしてヴィクトルから手渡された魔よけのお札に‥‥子供たちは安心と信頼の表情を浮かべた。年長の少女が小さな子供たちを抱えるように立ち上がらせ、一目散に駆け出した!!
一方、別の扉から侵入した娘の前には一匹のインプと、そして雛菊の姿があった。
「‥‥雛菊を返せ」
すぅっと細めた瞳でインプを見据えた娘は──次の刹那には、床を蹴りインプに踊りかかっていた!! 飛び蹴りから鳥爪撃への連携がインプを強襲し、オーラパワーに包まれた幼い肢体が鉛色のデビルを壁まで吹っ飛ばす!!
「輝鳥双撃‥‥」
体勢を立て直す暇を与えぬため床へと飛び込んだ娘は身体を支えるように床に付いた左手を軸に強引に身体を回転させ、インプに更に痛烈な連携を浴びせる!
「雛菊、大丈夫ね? 逃げるわよ」
容赦ない攻撃を与え続ける娘の背後で、微塵隠れを使用し瞬時に移動をした玉藻が雛菊の怪我の有無だけを手早く確認し、再会を喜ぶ間もなく抱き上げる。
「悪いわね、娘。もう少し粘ってちょうだい」
背を向けたまま頷く娘。玉藻は抱き上げた雛菊をしっかりと抱え、再び微塵隠れを使用した!! 去る雛菊の安全が確保されたことを祈りつつ、振るわれたインプの爪を避けずエスキスエルウィンの牙で受け止める。攻撃の勢いを殺さず、掌と甲を分断するように刃が滑る!
「華を手折る罪は重いぞ」
エボリューションを使用する暇さえ与えなければ、インプの一匹如き、今の娘の敵ではないのだ。
●咲き誇る、花
玉藻たちの移動先は、屋外──ヘキサグラム・タリスマンが発生する結界の中心、フィニィの隣だ。
「雛菊さん! 無事だったのですね‥‥」
「再会を喜ぶのは後よ、思ったより敵が多いみたい。」
特徴的な耳を晒すように長い髪を後頭部で1つに結い上げたフィニィは子供たちと雛菊が結界内に入ったことを確認し、ムーンフィールドの呪文詠唱に入る。
「満ちたる月よ、その清き輝きで私たちをお守りください──‥‥」
フィニィの言葉と共に降り注ぐ銀光が球状の結界を構築しようとし‥‥消え去った。どうやら魔法の発動に失敗したようだ。急いても結果は出ないものだと気を落ち着かせ、改めてゆっくりと呪文を詠唱するが‥‥やはり結界は構築されない。3度、4度と詠唱は失敗を続けた。
「大丈夫? 落ち着きなさいね?」
落ち着かせるようにぽんぽんと肩を叩く玉藻。真似をしてぽんぽんとフィニィを叩く雛菊。その笑顔に笑顔を返したフィニィの耳に飛び込んできたのは、絹を裂くような悲鳴──‥‥桜花の悲鳴だった!!
子供たちを逃がしたウェルナーたちは廃屋に残るアンデッドやデビル、そしてマリスの駆逐に掛かっていた。
「あなた、ゆっくりお眠りなさいなー」
力に見合わぬ荷物が行動を阻害しなかなか呪文が唱えられぬが、それでもフェイテルは数回スリープの詠唱を試み、頭数を減らしてムーンアローの詠唱に切り替える。ソルフの実は次々と消費され、マリスとの間に身を躍らせてくるインプやズゥンビたちを相手にする前衛の三人はこまめにポーションを使用することも忘れない。
そして辿り着いたマリスへ‥‥インプたちの影で丸まり身を震わせるマリスへ、聖剣サンクト・スラッグを力いっぱい振るった!!
「神よ、仲間と雛菊さんに加護を! そして聖剣に魔を滅ぼす力を!」
ウェルナーの剣がマリスの胸元に突き刺さり、そして勢い良く赤い血が噴き出した!! 更に剣を振るおうとする腕を止めたのはウェルナーの理性とヴィクトルだった。
「‥‥まさか‥‥まさか!」
飛び立たないマリスを、どくどくと血を吹き上げるマリスを、しっかりと抱き起こす桜花。力なく桜花を見上げる瞳は、最愛の友人の──‥‥
「雛ちゃん!! いやぁぁぁっっ!!」
「雛菊、薬を飲みなさい! リーナに会うんでしょう!」
ポーションを小さな唇へと流し込むフェイテル‥‥その瞳は怒りに燃えていた。どこまでも命を弄ぶマリスに、そして彼女を使役するビフロンスに。
「雛ちゃん!! いやぁぁぁっっ!!」
その叫びを聞いたローサは反射的に弓に2本の銀の矢を番えていた。そして本能的に狙い済ました一撃を放った!!
月にも似た銀の輝きが雛菊の左右の肩口に、鎖骨の間を縫うように、突き立った!!
「いったぁぁい!! もぉバレちゃったの〜?」
くるんと回転した雛菊は尻尾の生えたシフール‥‥マリスの姿に戻り、マグナブローの詠唱を開始する!!
「吹っ飛んじゃえ〜! って、あれ??」
しかしヘキサグラム・タリスマンの結界はそれを許さない。チッと舌打ちし飛び退り距離を確保するマリス。
「雛ちゃんに何をしたのッ!?」
「マリスは何もしてないモーン★ ただ、ビフロンス様がちょ〜っと悪戯してくれたダ・ケ・だ・よォ? トランスフォームでマリスの格好させてェ、フォースコマンドでマリスの真似をさせてるだけで〜♪ あたしたちのこと、散々調べたんじゃないの〜? まさか、何もしないなんて思ってたー? キャハハ、何も考えないで来たなんてバカまるだしだよネェ★」
ぺろんと舌を出すマリス。
「喋りすぎましたね、マリスさん」
マリスの失態は喋りすぎたこと。そして、雛菊の友人たちを敵に回したことだろう。
飛来したブラックホーリーが、
輝くライトニングサンダーボルトが、
そして煌く銀の鏃が、
マリスを貫いた。たまらず落下したリリスの喉元へ、エスキスエルウィンの牙が突き付けられる。
「滅する前に聞いてやる‥‥雛菊から奪った生命力は何処だ」
「あ、あたしを殺したら一生判らないんだからっ」
「それなら雛ちゃんと一緒に、一生かけても探すまでです」
「エルフの一生は長いのよ? あんたたちに負けないくらいにね」
「雛菊さんを助けるためにマリスさんが邪魔なら、私も‥‥遠慮はしませんので」
「友人という言葉の重さ、輝き、温かさ‥‥お前には縁のないものなのだろうな」
「マリス、貴様の罪は厳罰を超える‥‥命で償うべきだ」
堪えていた想いがマリスを貫く──
「いやぁぁ!! ビ、フロンス‥‥様‥‥ぁ‥」
小さな体が風化する。
たった一つ、白い玉を残して。
●出迎える、月
残るデビルやズゥンビを殲滅し、フィニィの手配した高速馬車へと戻ると‥‥桜花の腕の中で、雛菊が目を覚ました。
『桜花、お姉ちゃ‥‥』
『雛ちゃん! 良かった‥‥』
薄らと開けた瞳で頬を摺り寄せる桜花を見つめた雛菊は、その後ろに控える二人のハーフエルフに怯え、桜花へしがみ付いた。しかし、その手をそっと外す桜花。
『フィニィさんも娘さんもハーフエルフだけど、雛ちゃんが嫌がる事はしないでしょう? だから‥‥雛ちゃんの目で見て、考えて欲しいの』
「一緒にちまを作り、お菓子を食べ、眠った。他の誰が何と言っても、それは本当のこと。‥‥事実は雛菊を裏切らない。同じように雛菊の本当の友は雛菊を裏切らない」
父親のように大きな掌で、そっと背中を押すヴィクトル。
押し出された雛菊の小さな手をいつかのように握り締め、娘が雛菊へ語りかける。
「雛菊‥‥私はハーフエルフである以前に娘なんだ。私の事が嫌いか‥‥? 私の事が怖いか? 私は雛菊の事が好きだ‥‥!」
「雛‥‥雛は‥‥」
揺らぐ瞳を覗き込むように見つめる娘とフィニィは、雛菊を包み込むように語る‥‥。
「雛菊、自分の心に聞いて考えてくれ‥‥怖い人かどうかを決めるのは種族ではない、自分の目と心なんだ」
「嫌われるのが怖くてずっと隠していてごめんなさい。雛菊さんと過ごした時間はとても楽しかったですし、また一緒に遊びたいです。もし、許して下さるなら改めてお友達になって下さい」
葛藤が雛菊を襲う。兄の言葉に偽りはない。兄が雛菊を騙すことはありえない。けれど、娘は、フィニィは、雛菊にとって‥‥とても大切な‥‥
「雛のこと‥‥苛めたり、しないなの?」
「そうだな‥‥この指輪に、生涯変わらぬ友愛を誓おう」
デビルに相対するため、お守り代わりに持っていた誓いの指輪。友愛とて、愛には違いない。
「苛めたら、メッてするなのよ?」
「大丈夫です、そんなこと‥‥絶対に、絶対に、しませんから」
フィニィが雛菊を抱きしめた。恐々とその耳に触れる雛菊。
「‥‥暖かいなのね〜‥」
そして再び、小さく雛菊との思い出を歌うフィニィの声を子守唄にゆっくりと眠りに落ちてゆく雛菊。
「頑張ったね、雛ちゃん。大丈夫、雛ちゃんはずっと友達‥‥すっごく大切なあたしらのお友達」
そっとその髪を撫でるローサの言葉に、小さな笑みを零して。
数日後、元気を取り戻しパリに戻った雛菊を、ちまセフィナやちまゴールド、つんつんちまを作った天龍に誘われ、サポート活動を行っていた面々や死地に赴いた面々、果てはリュナーティアまでが頑張って作った数十にも及ぶ沢山のちまが出迎えた。その出迎えはアルビレオ夫妻が事前に準備したお菓子とともにフィニィやフェイテルの歌声でちまパーティーと化すのだが‥‥それはまだ、雛菊の夢の中のお話である──