切ない季節の農場記3
|
■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:15人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月09日〜12月14日
リプレイ公開日:2004年12月18日
|
●オープニング
寒い季節がやってこようとしていた。いや、もうすでに準備を始めている場所は多い。
冒険者達の働きで建物等の修繕は細々した物を残すまでとなっていた。牛に関しては、まぁ従順になりつつあるのかもしれない。何しろ驚異的な調教師のおかげで暴れる回数は減り、まあ牛乳もそこそこ。カブ畑の回収を終えた為、次の市までにある程度泥を落とすなり、すぐに売れ出せるように小分けにしておかねばならない。その数約1200個。巨大な四つの畑の二つを占めていたのだから、なかなかの数であろう。鶏も蛇の驚異から免れ、世話の甲斐あってか卵の数も心なしか多くなってきている。ただ中にやけに脅えている丸々太った鶏がいるらしいが理由は知る由もない。嫌がらせもぱたりと止み、時折手伝いに来てくれる農家の方々の手伝いで、ミゼリでも少しは作業が楽になっていた。ところが。
「牛が逃げただぁ?」
ギールの爺さんの手紙によると、ミゼリが寒い中散歩に出かけたところ、誤って牛の綱を古い柵の近くに結んだらしい。ミゼリの小さい子供が縄を繋ぐのだから、固く結ばれているわけがなかった。当然、暴れん坊の乳牛は嬉々として脱走してしまった。
乳牛一匹が迷子になって早一日。
寒くなってきて獣が彷徨く数も減ったことは減ったが、危険と言えば危険である。ミゼリが走っていったところ、ふらふらしてるのは見つけたらしいが自分では到底捕まえられないらしい。寒くなってきているから自分で戻ってきそうなものだが、森の中の廃屋を見つけて塒にしているのだとか。ちゃっかりしている。
「毎回の業務に加えて牛捕獲、だな。ただ其処の廃屋は地元住民でもあんまり近づかないらしいから気をつけた方がいいらしいぞ。なんでかは知らんが。あとは例の薬草狩りな」
もうじき再び市が来る。それまでに作物の小分け作業を行い、鶏が卵を順調に産める様にし、ミルクをしぼったり、冬の稼ぎの最大収入となる薬草の採取を行わねばならない。
どうやら、むやみやたらと採取することはできないそうだ。
「一人が一日あくせく働いて精々、採取できるのは五束が限界だとさ。一束が薬一瓶分に化けると思えばいい。彼処の地方では薬に出来る薬草がギールさん所を含めて一部しかなくてな。最低でも10C〜30C、薬草の品質が良くて他の場所の採取の量がすくなけりゃ50C近くで買い取るそうだ」
一番の収入源、となるわけだ。赤字をカバーするのが薬草採取ということになる。だがしかし、ギール農場付近で薬草が採れるのは暴れるトレントの周辺付近。毎年、何事もなく近寄れるのはミゼリぐらい‥‥のはずだった。
今回は少々異常らしい。ミゼリがかすり傷を負って帰ってきたのだ。
「嬢ちゃんに方法聞いてもしゃべれないだろ? 調べるのがんばれよ」
迷子の牛に、暴れトレント。
ゆっくり休ませてはもらえそうにない。
●リプレイ本文
「手強いわね」
リーベ・フェァリーレン(ea3524)が目の前の凶暴牛を眺めて不敵に笑った。
現在リーベ達は逃げた牛が立てこもっている廃屋で熱い攻防を繰り広げていた。アリシア・シャーウッド(ea2194)が近隣住民に聞いて回った所、廃屋には幽霊のような人影を見た者が多数おり、恐れて近づかないのだという。リーベとアリシア、エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)と五百蔵蛍夜(ea3799)の四人が牛の捕獲に乗り出した。
「手頃なモノをアイスコフィンで凍らせていびって、ウォーターボム撃ち込んでも挑んでくるんだから驚きだよね」
「獣の罠作りながら感心しないで」
リーべの傍らのアリシアは罠づくりに励んでいた。飢えて彷徨いている獣が居たら捕まえて食べようという魂胆である。蛍夜が赫と狛を眺めつつも、大丈夫かなと独り言。
「さて、実力行使決定だな。エヴァーグリーン君、よろしく」
蛍夜にうながされエヴァーグリーンがスリープを発動させた。あっさりと眠りに落ちる牛、ただし騒ぐとすぐに起きるので静かにしなければならない。
「なんとか眠りましたけど、どうするんですか?」
エヴァーグリーンの問いにリーベがにたりと不敵に笑う。アリシアからロープを借りると首にまず縄をかけ、さらに一発アイスコフィンで凍り漬けにしてしまう。
「えーっとつまり蛍夜さんのお馬さん達と農場の牛達を使って引きずり戻すですね?」
かなり強硬手段だが気にしてはいけない。現在牛小屋にはフェシス・ラズィエリ(ea0702)とジェラルディン・ムーア(ea3451)が待機している。二人にも協力してもらい、数頭の牛を使って牽くことにしたらしい。アリシアがジェラルディン達を呼びに走った。と、小屋の中に人影を見つけたリーベとエヴァーグリーン、蛍夜の三人は地元住民が立ち寄らない小屋に踏み入った。数分後、三人の罵声が響いてくることになる。
「やっぱり強制連行か。フェシスー!」
アリシアが二人と牛を呼びに来た。ジェラルディンが声を張り上げると奥の方で家からお湯と冷たい水を散々運んでくたくたになりながら牛をブラッシングしていたフェシスの声が返ってくる。よれよれと歩きながら「どうかしたか」と二人の所へやってくる。
「リーベが暴れ牛を凍らせたらしいから他の牛に牽かせるってさ」
「‥‥逞しいなリーベさん、他に言葉が見つからない」
フェシスの目に涙が光る。ジェラルディンは数頭引き連れてゆくけれど、あんたはどうする? と訊ねた。フェシスは一瞬考えたようだが、ふるふると首を振る。
「いや、いいや。まだ洗い終えてないし俺は小屋に残るよ。ただでさえ人手が足りないんだし、小屋にも番がいたほうがいいだろう」
なぁ、と近くの牛の頭を撫でる。牛の頂点に輝く女帝伝説を作り続ける二人とは対照的に、フェシスはあくまで普通に世話をしていた。その所為か気の大人しい牛はフェシスに懐いていた。懐くというか何というか、其処にはある種の『愛』が見えるというか。
「牛のアイドルもなんだかな。じゃああたしはストレス溜まってそうな奴でも連れて行こうか。アリシア、道案内頼んで良いかな」
ぶしーっと鼻息が荒い牛を眺めながら、問いかける。その意気込み闘牛がごとし。
「まっかせてー、早く捕まえて私もローストの世話をしにいかなきゃ。ああ、まっててロースト、絶対もっと太らせるんだから! 餌は倍にした方がいいかなぁ」
「‥‥アリシア」
「‥‥アリシアさん」
色んな意味でアリシアの愛が注がれているデブィ鶏、その名もロースト。ローストは最近食が細っているとか何とか。現在近くにある鶏小屋はジャスパー・レニアートン(ea3053)が一人で世話をしている。ジェラルディン達が捕獲に牛を連れ出した頃、ジャスパーは羽だらけになっていた。二人でも大変な鶏、それを一人でこなす働き者。
「あああ、馬鹿。暴れるなって、卵を踏みつぶしちゃうだろ」
回収に時間がかかっていた。夜はバターを作る予定がある為、さっさと終わらせたいところだが卵のサイズや質による分別や水の入れ替え、小屋の掃除は後日に回すにしろ、食料だけはかかせない。
「早く戻ってこないかな」
小屋の片隅でいつになく幸せそうに休んでいるデブィ鶏のローストを複雑な心境で眺めながらも、ジャスパーはぽつりと呟いた。ローストの休日は多分今日だけなのだろう。
「カブの山ですね」
「たそがれてないで根性入れるぞ」
アリッサ・クーパー(ea5810)が果てしない山を見上げて呟く。フィル・クラウゼン(ea5456)が肩を叩く。そう、今回の農場作業の中で最も地道な作業且つ辛い仕事を専門的に引き受けたのがこの二人だ。ただし明日には蛍夜も加わる。家畜の世話や薬草も大事と言えば大事だが、折角収穫した物が商品にならないのでは意味がない。今回カブで収入の約三分の一が決まる。気の遠くなる作業にアリッサとフィルは取り組み始めた。
「水も凍る身も凍る、じゃない。いや、まさしく平穏だな。戦闘の日々が遠い」
冷たい水でカブを洗いながら我が身をふと振り返る。モンスターハンターを生業とし、一部では英雄とも呼称された経験のあるフィルだが此処では一介の農民さん状態だ。これは皆に共通して言える事ではあるが、単調にカブを洗う作業は雑念が脳裏を走りぬける。
「私も神学者ですが、放ってはおけませんし。ああ、時折は休んだ方がよろしいですよ」
「疲れたらそうさせてもらおう。‥‥ん?」
フィルが倉庫の前に人影を見つけた。手を止めて倉庫の入り口へ足を勧める。人影は育ちの良さそうな若者だった。到底、田舎農家に縁があるとは思えない身なりに首を傾げる。
「失礼だが、そこの方。農場に何かご用かな?」
「あ、いえ。ここの方ですか? 実は農場主に用事が」
いや雇われの、とフィルが言いかけたが、来訪者は倉庫の奥に釘付けになっている。仕分けをしていたアリッサが顔を出すが、来訪者を見る為り目を丸くした。
「確か‥‥ライズさん?」
「わ、アリッサさんじゃないか。久しぶりです、以前はどうも」
来訪者はアリッサが以前依頼で知り合った、引き籠もりの青年だった。
所変わってこちらはトレント対策もとい薬草班。タチアナ・ユーギン(ea6030)がメロディー等を試みたが効果が見られない。とバルタザール・アルビレオ(ea7218)が特殊な事情があるんじゃないかと皆に話し、萌月鈴音(ea4435)と共にタチアナがトレントと曲による交渉を試みている間周辺を調べてみると、鈴音がとんでも無いモノを見つけてきた。
「何よこの斧」
タチアナは持ち上げようとしたが重くて手を放した。バルタザールが唸る。
「近くに寄れないので推測ですが、傷からして斬ろうとした奴かと」
トレントの根元や周辺の木々の根元には大きな切り込みが入っていた。鈴音が見つけたのは茂みに隠れて横たわっていた大きな斧である。それだけではない。
「‥‥こっち、大きな足跡が‥‥あります」
鈴音が二人を引っ張ってゆく。大事な薬草が群生している場所が無惨に荒らされていた。来年やその後のことなど考えもしていないと分かるほど無闇に採取した痕跡。踏み荒らされた大地には男の物と分かる足跡があった。
「山荒らし、かしら。というより、どうも忘れられない顔が思い浮かぶのだけれど」
「とんだ泥棒ですね。斧の脇にあるこれ、バレバレですよ」
バルタザールが問題の『ソレ』をつまみ上げる。斧を隠していた衣服だ。ミゼリの怪我はおそらくトレントがつけた物だけではないだろう。鈴音は、タチアナの足下に脅えながら縋りついているミゼリに脅かさない程度に質問を投げる。返答は‥‥『肯定』。
「‥‥許せない‥‥です」
ミゼリの頭を慰めるように撫でながら、鈴音はバルタザールとタチアナを見上げた。
「とりあえずシバキにいきますか? トレントの機嫌もなおさないといけません」
「一旦戻ってみんなに話に行きましょう。呆れた連中ですこと」
尚、彼らが殺気立っている元凶は只今リーベ達にしばかれている真っ最中だという事を彼らは知らない。
「またあの嫌がらせ連中であったでござるか」
夕食時、家の中を受け持っていた沖鷹又三郎(ea5928)が一日の騒動を聞いてあきれ果てていた。トレントに害をなしていたのは、例の嫌がらせ連中だったのだ。しかも牛の根城にしていた小屋を隠れ家に、人ん家の敷地に関わらず薬草を散々漁っていたらしい。牛捕獲に出た蛍夜達に発見され、前回以上にしばき倒された。ひとまずトレントの機嫌も治したようで明日からは採取が可能らしい。アリッサとフィルが出会った客人はギールに会いに来たようで、十分ほど話して帰っていった。何をしに来たのかは分からない。
「何故、ミゼリ君に執拗な嫌がらせをしてくるんでしょう。理解できません」
奇妙と言えば奇妙な事の連続に農場に対して疑問を抱き始めている者はユエリー・ラウ(ea1916)だけではない。今回、開かずの間と病の事を含め、ギールに問いただすと決めている者は数名いた。
「さて、これからバターとピクルスと。プティングも作る故、手の空いている方は手伝って欲しいでござる」
聖夜祭が近い。少しでも季節的な行事をという沖鷹の粋なはからいだ。皆進んで仕事にいそしむ。と、そこで蛍夜がクレアス・ブラフォード(ea0369)からミゼリを預かった。
「さてミゼリ、俺とチェスでもしようか。深夜は報告会かな」
「すまない。ミゼリ、ちゃんと時間になったら寝るんだぞ」
クレアスに言われてこくりと頷く。
「そうですね。さて、行きましょう。クレアスさん、タチアナさん、フィルさん」
アンズもおいで、とユエリーは犬を呼んだ。
夕方、エヴァーグリーンは紋章をミゼリに見せて知っているのかと問うたところ。ミゼリは首を縦に振った。何故田舎じみた農場と貴族の家が繋がるのか、クレアスが調べた所紋章はエレネシア家の物だった。部屋に出向いたフィルが真摯に病について教えたが、ギールは家系的な物だから仕方がないと告げた。どうやらただの病ではないらしい。
「ミゼリさんや農場に関してこれからどうなさるおつもりかしら」
いずれ死ぬ。そんな病持ちのギールにタチアナは静かに問う。
「このままじゃミゼリ君は一人になってしまうんですよ。執拗な嫌がらせ、エレネシア家の紋章といい、何か隠してませんか? 今後の為に教えては頂けませんか」
守りきれませんよとユエリーが畳みかけると、ギールはため息を零す。
「‥‥ミゼリはワシの孫ではない。死んだ片親はエレネシア家の当主の子だ」
現在エレネシア家の当主はヴァルナルドという老人が維持している。ユエリーやクレアスなど、エレネシア家に多少関わり合いのある者は耳にしたことがあるかもしれない。エレネシア家の当主が代わらない理由、かの家の当主となるはずの夫婦はプシュケという名の娘とデルタという名の息子を老人に預けて駆け落ちし、姿を消したという話を。
「ミゼリはあの子爵家の直系じゃよ。この周辺の者は皆知っておる」
「あの腰抜けデルタ坊の妹ということか。だが貴族の血縁ともなれば」
クレアスがミゼリの将来的な事を考えた。教育や生活を考えても裕福な貴族に預けた方がいいに決まっている。だかしかし、ギールはきっぱりと答えた。
「ワシはミゼリを手放す気はない。例え老い先が短くともだ。彼処の子爵家は今、蛇の穴に落ちたも同然。ミゼリの将来を考えれば尚の事、血縁の場所には帰さん。ミゼリは親が死んで以来今まで誰にも懐かなかった。もしミゼリが心底慕う者が現れた時は、その者に任せたいとさえ思っている。なんにせよミゼリには‥‥ワシの爵位を継いでもらう。ライズにも渡さん。ダニエル家の忌まわしい血はワシの代で終わらせる。これはもう、決めた事だ」
唐突に、不穏な言葉がこぼれ落ちた。
それから何事もなかったかのように農場の作業は続けられていった。世話の甲斐あって牛や鶏の様子も落ち着いてきている。千二百個もあるカブの泥落としは手の空いた者も手伝いなんとか済んだ模様だが、それは全て細かい作業に三日間延々と取り組んだ蛍夜とフィル、アリッサの血と汗と涙の賜物なのであった。三人に心からお疲れ様を言いたい、そんな農場記の日々は今回も無事に終わったようである。不穏な影を残して。