切ない季節の農場記5『β』
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月12日〜01月17日
リプレイ公開日:2005年01月20日
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●オープニング
ミゼリの親はギールの農場に転がり込んできて以来、家族のように共同生活を営んできたという。
ギールは元々ダニエルという伯爵家の当主であったが、お家騒動が起こってから嫌気がさし、屋敷や領地を捨て、一介の農場主としてここ数十年暮らしてきたらしい。領地がどうなっているのかは分家にまかせっきりで知らず、爵位だけ明け渡さぬままいつかまともな後継者が現れることを期待して暮らしてきたようだ。いわゆる世捨て人に近いのかもしれない。
ある者がエックスレイビジョンで『開かずの部屋』の透視を行ったところ、部屋の中にはこんもりとした二つの山がみえた。そして周囲を取り巻くようにごたごたとした日用品や一家族が生活するに必要な道具が押し込まれ、宝箱らしきものが二箱置かれ、なにやら倉庫の状態になっていたという。
侵入者達は何かを探しているのではないかとギールに聞いた者がいたが、ギールは心当たりがありすぎて、何を狙っているのか分からないと告げた。
ところが。
農場をうろついていた影が聖夜祭以来、ぱたりとやんだ。
理由は分からないがそんなある日。
「引き取る?」
「そうだ」
目を点にした冒険者達に、ギールはこくりと頷いた。体調もしだいに回復してきたギール爺さんによると、知り合いの農家の息子が妻を娶って結婚。若夫婦となったはいいが、農業を継ぐ気はなく、モメにモメてキャメロットに引っ越すことにしたらしい。となるとそれまで飼っていた家畜も連れて行くわけには行かず、知り合いの農家に引き取ってもらうことにしたらしい。内、ギールが引き取ることになったのは鶏十羽、驢馬二頭、牛四頭。幸いギール農場で引き取るにあたって小屋などの増設の必要はなかったが、小屋の中を改造したり使ってない区画を掃除したりして使えるようにしたりする必要もあるし、農場から動物を運んで、古くからいる動物達となじむようにする必要がある。今回はいわゆる引越しの手伝いをしてほしいのだとか。
「つれてきた後管理できるのかあんた」
「いや、春からそこの農場にいた人間がうちで働くことになったから、それまで管理できれば平気じゃろう。それまでぬしらが働いてくれるからな」
けらけらとギールが笑う。初めに比べ表情豊かになってきたギールだが、農場管理に関してはのんきな爺さんだ。
「なんだか農場というより牧場化してないか」
部屋を出て一人がつぶやく。農地は前回までに必死こいて手入れを施したため、あとは春まで冬眠状態だ。当分はそのままでも平気だろう。
「世話が大変そう。今の時点で何匹いたっけ。気が強い子もいるんだよねぇ」
深いため息を吐きながら立ち去る。
さて、この引越し騒ぎ。無事に済むかは冒険者達しだいである。
●リプレイ本文
「さぁおいで牛たち。蛍夜さん達が新しい牛達を連れてくる前に」
牛のアイドルことフェシス・ラズィエリ(ea0702)は女神の微笑を牛に振り撒きながらいいように操っていた。いや違う。語弊があるかもしれないので詳しく話すと、今回は引越しが主である。頭数が増える牛。鶏ほか驢馬もいるが、多忙を極める農場の中で牛に専念できるのは彼一人。お前達言葉わかるんか、といわんばかりに牛の一部はフェシスに従順である。野で遊ばせていた牛達を改装を施した小屋に戻してゆく。ただ問題は。
「ブモーっ!」
鼻息荒い牛が数匹。愉快な牧場、いや農場で手を焼いてる気性の荒い牛どもは強いものの下にしか集わない。牛のアイドルたる牛プリンスのフェシスをなめきっていたのだが。
「ふぅん。そう‥‥俺としては、出来る限り穏便に済ませたいんだけどな」
笑顔だったが黒かった。フェシスの体から黒い何かが滲んでいる。ついでに『お前らいうこと聞かないと捌くよ?』って背中が語った。新しいやつらが来るというわけで牛達の地位は揺らいだ。牛達は負けた。名声(?)とともにフェシスは牛キングに輝いた。
(「さぁて。気性の合った仲間のそばにおいてやるのが、一番だろうしなぁ」)
ところ変わって此方は鶏小屋。鶏小屋は移送を終えていた。ユエリー・ラウ(ea1916)が荷車を借り、今回は鶏を手伝った。皆の配慮が良かったのだろう、作業はスムーズにすんだのだ。規則正しい餌やり、朝・昼・夕方の3回の水交換、適度な運動と日光浴、毛づくろい、小屋の掃除と干草の交換とアリシア・シャーウッド(ea2194)がこまめに働く。使っていなかった区画も清掃を終えたジャスパー・レニアートン(ea3053)は鶏同士の関係も大切だが鶏と人間の関係も大切だと考え、鶏達に母のような愛を注ぐ。
「俺はアンズを連れて一旦家に戻りますね、昼に新しい方が数名様子見に来られるので」
「うんおっけー、後任せて。ジャスパー君、そっちのブラシとってくれない?」
「アリシアさんこっちの大人しそうなのなじませてみる?」
そんな平和を乱す者がいた。デブィびびり鶏『ロースト』である。ローストは思った、今こそ俺の天下が来たのだと。新しく来たやつらを配下に従え、この鶏小屋の頂点にかえり咲いてやるのだと意気込んでいた。ジャスパー達が気を配って隔離している鶏達を見つけるたびに嘴で突いて回った。鶏社会って上下関係が一発でわかるというものだが。
「こら、いじめちゃだめだろロースト。怯えるだろう」
ジャスパーに泣きつく鶏を眺め、ローストは自信がふつふつと湧き上がるのを感じた。
けれど長くは続かなかった。
「ロォーストぉ」
ぐぁしょっ。ローストの首根っこを絞めるアリシアは穏やかに笑う。
「オイタ過ぎると困っちゃうぞ。君のお部屋はこっちだよ〜」
アリシアは愛を持って接していた。とくにローストには並々ならぬ愛が注がれていた。彼女の腕に捕らえられたローストは最早抵抗をしなかった。鶏語なんて知る由もないがジャスパーはそんなローストの心を刹那的に察した。ああ、彼の野望は潰えたのだと。
ジャスパーは忙しそうに鶏を世話した頃を思い出して哀愁に浸った。
「ああ、寒い寒い。あったかくして部屋でぬくぬくしてたいですが、そうもいきませんね。馬小屋に着いたらお見合いでもさせてみましょうか。私の驢馬のカームに仲立ちしてもらったりとか」
寒い寒いと言いながらもバルタザール・アルビレオ(ea7218)は気力に鞭をいれてファイト一発。蛍夜とともに牛と驢馬を連ならせて、やらなきゃいけない事とやってみたいことを聡い頭で考えては手順をどうするかと独り言に近いことを呟いたりしていた。
動物の世話にも愛はいる。広い農場。季節的に仕方がないとは言えど、もはや半分牧場の農場は馬鹿広い。牛小屋と馬小屋に向けて歩いていると鶏小屋の前を通った。
「あれ? 足なんか止めてどうしたんです蛍夜さん。そんな物珍しそうな顔をして」
「今日は鶏小屋が静かだなぁ」
新しい牛の群れを連れた蛍夜が、毎日にぎやかだった鶏小屋を眺めてぽつりと一言。
ユエリーが犬のアンズを連れて家に戻ると、エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)がミゼリに外行き用の格好をさせていた。二人を並べるとまるで姉妹。台所のほうからいい匂いがする。微笑ましさに眺めていると、エヴァーグリーンがユエリーに気づいた。
「ギールさんのお薬取りに行くから一緒にいってきます。ミゼリちゃん、おいで」
ててて、と後をついて行く。外で待っててというとミゼリはこくりと頷く。少女の姿が扉の向こうに消えたのを確認してから、エヴァーグリーンはユエリーを手招きした。
「お台所にお昼ご飯があります。今日はらんぷ亭のコックさんと沖鷹又三郎(ea5928)さん作ですから絶品ですよ。ワンちゃんのご飯も。‥‥ギールさんのご病気調べてきます」
「ええ気をつけて。農場をうろついていた影も止んだ。けれど、安心するのは早い気がします‥‥俺の杞憂なら良いのですが」
エヴァーグリーンとミゼリを見送ったユエリーは台所に顔を出して沖鷹とリカルドに声をかけた。洗濯の手伝いをしていたタチアナ・ユーギン(ea6030)の姿がない。ユエリーが沖鷹にアンズを任せてギールの部屋に赴くと、タチアナの姿があった。本来はミゼリの寝静まる夜にでも訪ねるつもりだったらしいが、エヴァーグリーンが連れ出しているというなら今は好機だ。家族として率直に聞きたいとタチアナは真剣な顔をしていた。
「爵位を継がせるというお話。恐らく、エレネシア家の出来事からミゼリを守るためにも、ギールさんはこの決断をしたのよね? でも、そのことが結果的にエレネシア家と関わるのと同じ様な事態を招いたりはしないかしら? 心配しているのは私だけではないわ」
ギールの目は虚ろだった。沈黙は肯定と取れなくもない。やがて静かに言った。これはマシな選択なのだ、どちらにせよ安全は保障されないのだ、と語りだす。これは私のエゴである。我侭である。ダニエル家は忌わしき短命の一族でありバースの地の同胞である。
「‥‥はらから?」
「然様。バースの地にはダニエル家も含め『同胞』と呼ばれる者達がいる。エレネシアもそのひとつよ。ある特定の家に生まれた者は同胞の鎖からは逃れられない。かの家は今蛇の穴に落ちた。ワシの跡を継がせて穴から逃げられても、同胞の鎖は何処までもあの子を追うじゃろう。これは古より続く先祖の咎なのだよ。ワシらはそれを継がねばならぬ」
「それを答えてはくれなそうですね。‥‥ミゼリが幸せに笑える日が来るまで、ダニエル家はあの子を護れますか? そして、私達に出来ることはありませんか?」
ダニエル家の守りはバースの陰謀からのみで、同胞の定めからは守れないとギールはきっぱりと告げた。やがてダニエルの血は途絶え、自分は遠からぬ未来に死に、ミゼリを一人置き去りにする。自分は酷い事を孫娘同然の娘に強いるのだ、と。
「守ってやって欲しい。ワシが死んだら多くがアレに近づくだろうが、そこに愛も何もない。ワシが信頼できるのは同胞の親戚ではなくミゼリに無償の愛情を注いだお前達だけだ」
「ご指導賜った故今回は自信があるでござるよ。あとは慣れて‥‥あ!」
「みっぜりーん。あじみだよー」
食事の料理中でピクルスの摘みに走ったアリシアが、幾つかかっさらってミゼリの口に放り込む。ミゼリは相変わらず言葉をしゃべらなかったが、無表情っぷりは最初の頃に比べて減ったといえる。返事には首を振って答え、僅かだが時に笑うこともある。
「こら、アリシアはしたない」
「いーじゃん、兄さんのけちーっ!」
「兄妹仲が良いでござるなぁ。摘み食いはほどほどにして料理を運ぶでござるよ」
沖鷹が暇そうにしている者を呼び集めて料理を持っていかせる。今夜の食事は非常に豪華だ。おいしい食事は日々の心の糧ともいえる。テキパキ作業をこなす沖鷹をじっと見上げるものがいた。
「沖鷹さん兄弟いるの?」
「エヴァグリーン殿にはそう見えるでござるか?」
「お兄ちゃんコンビって感じ。エリはお兄ちゃんって感じの人が多いと思いますの」
「なるほど。では秘密でござる」
「ええ、けちーっ!」
「あ、はいはい! 私はお兄ちゃんです! 妹がいますよ、リュリュっていう」
「みっえなーい! なんてねっ」
アリシアとバルタザールが混ざる。たまに暴言交え、あははと盛大に笑いながら料理を運んでいった。テーブルには仕事を終えた者達が微笑ましげに台所を眺めていた。引越しもこのまま無事終わりそうである。ユエリーが開かずの間を開ける事を、ギールはもはや止めなかった。ミゼリには見せるなと約束した扉の向こうにあった様々な品。詰め込まれた古い生活用品、宝箱、そして部屋の中心にある、こんもりした二つの土の山。
『親は帰ってこなかった。引き裂かれた遺体だけ戻ってきた。最早『親』とはいえない物体を、あの子は部屋に持ち込んで土を盛った。これは墓ではないんだよ。季節が巡れば何度も芽吹く植物と同じ様に『いつか土の中から帰ってくる』と信じた子供の悪戯だ。そしてミゼリはそれすら忘れ、言葉を失った。この部屋を閉じた意味が、わかるか若いの』
「食事が終わったらバター作りかな。皆どうする」
野菜をつつきながらフェシスが問うた。市に向けて古い牛乳の分を計算してバターを多く作ってはどうだろうとジャスパーが提案する。今回は料理人という心強い人もいるし、人でも足りないからやれることはしてしまわないと、と話し合った。
家族団欒。ひとつの食卓を囲み、賑やかに過ごす。
血がつながっていなくとも家族は家族だ。家族と呼び合えるだけの時間を彼らは過ごしてきた。
「拙者はもう少々台所の棚を弄ろうと思っているでござるよ。ミゼリ殿の手の届かぬ場所もあることだし」
「お父さんみたいですねー、あ、お母さんかも。ね、ミゼリちゃん」
「‥‥拙者は男でしかもそんな年ではござらんが。はい、ミゼリ殿。口あけて」
「‥‥絶対お母さんだって」
農場の時は流れてゆく。
やがてくる別れに知らないふりをしながら、次の日も歌声は響いていた。
『緑の草原 暖かな日差し 優しい西風が春を運ぶよ 花たちの香り 風の調 心静かに聞いてごらん』