祈りに似ている?―奪還対象は我が手に―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月27日〜02月01日

リプレイ公開日:2005年02月01日

●オープニング

「勧誘の返答どうするんだ?」
 ネイは発見した彼らに問う。
 新たに「奪われた髪飾りを奪還して欲しい」と冒険者達は依頼された。
 だが彼らの手中に『髪飾り』はある。
 彼らは今、微妙な位置に立たされている。どちらかにつくか、ネイのように中立の立場で独自の道を歩むか。あるいは他人事と割り切って知らぬふりを貫くか。
 今は嵐の前の静けさのようなもの。善も悪もない。今、どう判断を下すのか。
「勧誘を受けたらどうなるんだ」
「我々が教育している者が片腕・連絡係としてお前を常時監視する事になるだろう。能力はお前達と同等かな? 具体的に情報を求めれば知りうる限りで答えもする。代償は自由だ。我々の行動域にいる限り、監視は続く。薔薇の号を持つ者達に発言と行動は筒抜けとなり、BRが背負う枷も同じく背負う。咎人の仲間入りだ、当然だろう」
「脱退はできないのか」
「いつでも。脱退時の掟は、ケジメとして片腕の者と命を懸けて戦い勝ち抜くことだ。勝ち抜けば敵対せぬ限り不干渉となる。あとな、誰も受け入れぬ場合は無論宝石を奪う為に神聖騎士のレアリテと対峙は確実。手記を渡さぬ場合もな。戦う場合他は手をださん。ハイリスクハイリターン、冒険にはつき物だろう?」
 ネイは皮肉気に笑う。明日の夜、この前の屋敷に来るといい。そういった。

   † † †

 再び話は『ブランシュ』ことプシュケ・エレネシア発見時に舞い戻る。彼女はエレネシア家の長女であったが、『灰の教団』というカルト教団壊滅時に色々な経緯を経て令嬢としての身分を失った者だった。その娘が何故、今『ブランシュ』としてここにいるのか。
「本当。赤の他人だったら、無視したのにね」
「どうしてあなたが」
 冒険者の中には教団壊滅に関わった者がいた。『ブランシュ』は肩をすくめる。
「事件後に少数派に勧誘されたのよ。それを受けた。勧誘はある一定の基準を満たした者にしか行われない。貴方達も多数派の定める基準を満たしたという事ね。あるいは『鍵』みたく計画に都合のよい存在だったか。こんな形での再会は悲しいものね」
 初めて会う人もいるわね、とプシュケは見知らぬ者に微笑みかけた。貴方達の仲間に世話になった者だと軽く自己紹介して「昔話を聞いて頂戴」と見知った顔を眺めやる。

‥‥昔、ある貴族の家に男女が生まれた。
 古い占い師が「子は将来領土に破滅を呼ぶから男か女を殺さねばならぬ」と言ったが父親は我が子を殺せなかった。領土に小さな村を作り、殺すはずの子を村に託した。父親は後日人知れず占い師を殺して口を封じた。その後妻は変死し、男は新たに妻を迎えた。
 後妻は嫉妬深く強欲で、子等をもうけた後、館に残っていた前妻の娘を殺した。一方捨てられた子は孤児として育てられが、養い親を貴族に殺された。子は成長し村を出て、やがて人を集めて盗賊団を造り、報復とばかりに領土の人々を恐怖の底に叩き落した。悪行の限りを尽くしたが、次第に罪の意識に悩まされるようになり、信頼の置ける者を連れて盗賊団を抜け、以来頭目は身を偽り、許しを求めて神聖なものばかり描き続けている‥‥

「要約するとこうね。全く心当たりのない人に言うわ。BlackRozenは話の盗賊の成れの果てよ。親鳥に長年愛され、突然捨てられた雛鳥と同じ。愛された記憶に縋って親鳥の為に全てをかける。捨てられた後雛鳥達の一部は親の出自を知って恩を返す為に動き始めた。長い時間をかけて、様々な糸を辿り貴族に取り入り、着実に地盤を整えた」
「まってください。少数派はラスカリタ伯爵家に味方して圧制を強いているのでしょう? 領主は監禁されているのでは? 多数派は民を考えて新たな領主を立てようとしている。実験をしたら領主代行もまともな領主ではな‥‥」
「伯爵家に取り入ったのは両方。遅れて乗り込んだ少数派は失敗したの。優秀な領主を地下に打ち込んで、領主代行をこうあるべきと洗脳したのは誰かしら? 実験? 怪しい薬をばら撒いて自滅させ、潔癖な領主代行に無視させる。自業自得とはいえ、身内が次々死んでいけば、放置されれば、民の心も次第に離れてしまうわよね?」
 全ては筋書き通りに進んでしまっている。少数派の『ブランシュ』はそう答えた。
「では完全に今の領主から人々の心が離れていると知って尚、味方するのは何故ですか」
「もう噂が流れているの。亡き第一夫人の娘が生きている。今の民の支えよ。領主交代はよくある事。人々はそれを望んでいる。でも思い出してみなさい。その娘は『六年前に悪行の限りを尽くした盗賊団の元統領』。事実がいずれ露呈したらどうなるか、分からないわけではないでしょう?」
 多数派の思惑通り新たな領主を立てれば、北方領土は確実に安定する。いつ爆発するか分からない業火を抱えたまま不安定な道を歩む。逆にこのまま統治させれば緩やかな衰退の道を辿る。少数派は業火が爆発した場合を想定し、まだ見ぬ犠牲者を思って領主をそのままにすると決めた。
 近い未来の安定を取るか、遠い未来の安定を選ぶか。
「何より『彼女』自身が平穏な生活を望んでいる。少数派は彼女の自由を選んだ。会った事のある人、どんな人か分かるでしょう? 雛鳥が慕う『親愛なる方』、平穏だけを愛した『マレア・ラスカ』に」
 もう戦は避けられない処まで来てしまったのだ、と彼女は行った。教団事件で足の鈍った多数派。少数派は巻き返しを図って戦力を整えた。今、立ち上がろうとしている民衆と衰退の道を辿る貴族の力は天秤の上。冒険者達の助力先しだいで、均衡は崩れる。どちらが勝とうが負けようが、もはや大勢の犠牲は免れない。未来は変わる。
「貴方達はどうするのかしらね。別の話になるけど‥‥これ、持ってると命を狙われるわ。確実に。でも、私は‥‥貴方達に賭けてみたい」
 『ブランシュ』は髪飾りを冒険者に投げた。裏切る気かと声が飛んだが、私は友であって雛鳥ではない、彼らを信じているのだと言い放つ。きっと状況を変えてくれると。北方領土に関してはBlackRozen内の小競り合いから生じたようだが、宝石は別件になるようだ。パーティの事も含めれば、幾つもの思惑が交錯している。冒険者達はその中心に立たされていた。髪飾りを後日賊から取り返したと返してもいい、どうするかは委ねると。
 冒険者達が『ブランシュ』に別れを告げ、会場へ戻ってゆく。

 その背を見送った後、こんな会話があったなど彼らは知らないだろう。
「何故知っている?」
「私は間違った事は話していないわ」
「全てではない。捨て子の性別を知っているなら、三人目の事も知っているな?」
「ネイ。私は此方(BlackRozen)に手を貸す事で広い情報網を手に入れ多くを知った。何故教団事件で祖父が私を殺せと言ったか貴女知ってる? それが『同胞の贄』として生まれた私への慈悲だったからよ」
「貴様は、何処まで知ってるんだ」
「私は私しか知らない事を知っている。他に知っていたのは参謀二人とキュラスだけ。キュラスは死んだ。私はマレアを同胞達にやる気もないし、参謀の切り札になる気もないわ」
「一人で何を企んでる」
「別に何も? 私は雛鳥達の我侭と破壊から彼女を救ってあげたいだけ。余計な詮索は身を滅ぼすわよネイ。不干渉も掟のひとつ、貴女の企みも潰れた様だしね?」
 プシュケは笑った。そこに感情の片鱗は見られなかった。

●今回の参加者

 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0836 キラ・ヴァルキュリア(23歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1519 キリク・アキリ(24歳・♂・神聖騎士・パラ・ロシア王国)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

マナウス・ドラッケン(ea0021)/ シェリル・シンクレア(ea7263

●リプレイ本文

 別れを決める分岐の夕暮れ。夜が近い。
「何処に刃を向けるか決ったか? 何処の鞘に収めるかは決ったか?」
 天城月夜(ea0321)やキラ・ヴァルキュリア(ea0836)に続き九門冬華(ea0254)がマナウスから磨かれた刃を受け取る。「いってこい」と肩を押されてシアン・アズベルト(ea3438)達の元へ向かう。髪飾りと手記。手記は古いイギリス語で書かれていた。
 専門的にイギリス語が解らない冬華、月夜、エルザ・デュリス(ea1514)、キリク・アキリ(ea1519)を除くエルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)、シアン、キラ、ユラ・ティアナ(ea8769)の四人がざっと目を通して頭の隅に記憶する。主に系統図から城・館の隠し通路、領地などの問題に至るまで。情報の量は膨大だったが後々意味を成すだろう。『私は先祖の咎を知った』という文面に続き一部、古代魔法語で記された部分があり、シェリルが翻訳を試みたが全文理解するには知識が足りず、一字一句間違えぬよう書き写すまでに留まる。
 彼らは屋敷に出向いた。部屋にはレアリテとネイ、見知らぬ顔が幾人か。包囲された冒険者達に「返答は?」という声が届く。すると冬華と月夜、キラとキリクが進み出た。
「私の護りたい者が脅かされぬ限りは多くの民の為に貴方達に協力します」
 最も貴方達の言葉が真実ならば、と続ける冬華に相手は「ふぅん」と面白がった。一瞬銀の光に包まれたネイと視線を交錯させ「成る程それで此方を選ぶとは驚きだな」と言う。
「拙者も多数派勧誘に応じ背負おう。片翼とともに。仲間になれば情報を流してくれるのであろ? 隣にいつも居て古代魔法語を解すワトソン殿とマディール殿も気になるし」
 月夜の言葉に部屋にいた者の空気が一瞬変わった。ぴくりと眉が動いたのを見ても見ぬフリをする。一瞬部屋に緊迫が満ちた。殺気ではない、何か別の動揺にも似た空気だった。
「私はあなた達の勧誘を受けるわ。今はこっちに付いた方が良いと判断したからよ。私達は、私達の最善の道を歩むわ」
「思う所はいっぱいあるけど‥‥僕は無関係の人達を助けたい」
 柔和な表情を一度に引き締めたキラは鋭利な刃物を髣髴とさせた。キリクは純粋に人を助けたいという眼差しをしている。「姉ちゃんごめん」と小さく呟くのが聞こえた。そちらはどうする? と背後に立つ四人に問いかける。シアンはきっぱりと答えた。
「個人的に領主代行は領主としては不適格と判断しました。しかしあなた方が立てる人物が領主として致命的な汚点を持ち、将来の騒乱の火種になるなら味方にはなれません。戦で犠牲になるのは力のない領民。二度もの騒乱にバースの地は耐えられないはず」
 確かに的をついた意見だな、と相手は答える。冒険者達が少数派と接触して影響を受けた事はわかっている様だ。シアンに引き続き、エルザとエルシュナーヴ、ユラが続く。
「勧誘の返答だけど、私は遠慮しておくわ。どうせつくなら少数派が良いもの」
「エルは少数派につこうと思うの。だって、ううんよく分からないけど。決めた事だから」
「私は私の道を行く、自分の目で全てを確かめる。そのためには情報が必要だし、それに‥‥目の前がいいならそれでいいとかは、ちょっとね。私は貴方に協力しないわ」
 分かった、と相手が答えた。手記を望み通り相手に手渡し、髪飾りは自分達に持たせてくれとシアンは説得にかかった。宝石に関しては敵味方ないなら一網打尽にされない為にも、と話すと相手は一言「守れるか?」と聞いた。貴族達に宝石を守るだけの力はない。自分達が集めるのはその代わり。守りきれると『約束』できるのなら預けてもいいと。
「――努力します。詳細は知りませんが、私達とて破壊の種を撒く気はありません」
「努力じゃない絶対だ。奪われたら命はないと思え。俺達は保護できないぞ」
 言い終えると「では新たな蕾へ贈り物だ」と指をはじく。壁に立ち並んでいた四人の影が動く。冬華と月夜に傅いだのは金髪赤眼の青年二人、キラとキリクに傅いだのは銀髪碧眼の娘二人。『掟に従い貴方を蕾、主と定めます』と頭を垂れる。彼らが多数派から贈られる四人の連絡役だった。裏切り行為が見られぬ限り、従順であるという。見守るという名の監視に違いない。其々四つの魔法を使いこなす風のウィザード。空席の十三が従えた精鋭だったそうだ。
「何が使えるかは後で個別に聞け。そいつ等には名前がない。好きな名前をつければいい。もっとも完全にお前達の部下というわけではないから従うのは我々の行動域にいる間だけになるが。さて、ネイ」
 ユラ達少数派を選んだ四人はネイに連れられて外に出た。その内終わって出てくるだろう庭の片隅に腰掛ける。エルシュナーヴは普段とは異なるどこか大人びた表情で空を見上げていた。息が白い。シアンも髪飾りを手にして複雑な表情をしていた。次に会う時は刃を交える可能性が高いのだ。エルザは家族と行く道が違う事に対して自嘲気味に笑う。
「キリクとは相変わらず意見が合わないわね。あぁ、なんて言われるかしら」
 いずれ敵対する可能性が非常に高い。そんな中で、敵となりうる側に家族がいるのは心苦しいものだろう。
 彼らは今、命の重さを推し量らねばならない立場にいた。敵と味方に別れても、何を最優先にするかを定め可能な限り戦乱の被害を最小限に抑えること。それができるのは彼らしかいなかった。様々な事件や人を通じ、裏の事情を知りつつある冒険者達にしか最良の判断は見出せない。
 何百何千という命の行方が、彼らの肩に重くのしかかっている。身勝手な人間たちの思惑が交錯する中で、どれが真実か見出せる存在は限られていた。八人の一存ひとつで、数多の命が左右される。ユラはふと顔を上げた。
「知らない事を色々教えてもらいたいな。これから何処に向かおうとしているのかも。情報不足だもの少数派の参謀とか、そうでなくても例えばプシュケは此処にはこないの?」
「――何か勘違いしてないか?」
 ユラの問いにネイが答えた。エルザ達は訝しげに眉をひそめる。話していて少なくともユラが勘違いしている事だけは明らかになった。ユラは少数派から勧誘されたと考えたが、実際上『勧誘はされていない』むしろ少数派参謀側は彼らの存在を知らずにいる。偶然十の薔薇の号を持つブランシュと遭遇して話が一部明らかになっただけのこと。
「つまりキリク達と違って、私達には四六時中の監視がつかないということね?」
「エル達は少数派の人に会えないって事?」
 エルザとエルシュナーヴがたたみ掛けるように問いかけた。
「お前達は経歴が特殊故、会えないかと交渉すれば歓迎されると推測される。十の薔薇と顔馴染みの分、情報はそこから横流しされるだろう。提供される文面は古代魔法語である事に変わりはないが。気楽にすればいい、多数派は代償に代償を重ねる事しか考えてないからな。私は特定の酒場に出入りしているんだが」
 少数派との連絡は私が取ってやろうと言った頃、館から月夜達は現れた。
 
「こうなったらトコトン女装を極めてやるわ! もう開き直ってやるわよ‥‥」
 声は尻すぼみに小さくなってゆくが、元気だけはあり余っていた。送別会である。
 冒険者達は最後の最後に羽目をはずして楽しもうと決めた。これまでどんな依頼をうけたとか、家族は何人いるとか、故郷はどこだとか。キラのように板についてしまった女装をここぞとばかりに披露しながら話の種にして笑っていいのか泣いていいのか。話は賑わっていた。
「この十字架は、小さい頃に姉ちゃんがくれたんだ。姉ちゃんと過ごした楽しい想い出がいっぱい詰まってる。怒ると怖いけどね。あ、ないしょにしてほしいな」
「あーら、そんな事いっていいのかしらキリク。シュナに言っちゃうわよ」
 いつぞや絵師に言った話を皆に聞かせるキリクと、じゃれあうエルザ。その脇では毎度得意の色仕掛けで人をからかったりするエルシュナーヴが同じ事をシアンにしていた。
「やーん、いいじゃない。こういう時ぐらい〜」
「は、離れてくださいエルシュナーヴさんんん〜」
「騎士って女子供に手を上げないって言うけど、大変そうだねシアン君」
「‥‥ユラさん、傍観しないで止めてください」
「やぁよ。私は冬華さん達の舞を見てるんだもの。ジャパンの舞って綺麗なんだね」
「照れますね。褒めても何も出ませんよ」
 ユラの前で冬華が得意の舞を披露していた。その傍らで月夜が横笛で旋律を奏でている。踊りつかれて一旦小休止をとった冬華が水を飲みに再び騒がしくなった席へ戻ってゆく。演奏の手を休めた月夜がぽつりと呟く。
「殺されたはずの第一夫人の娘。それがマレア。では村に預けられた男児の行方は一体」
 捨て子は盗賊を作ったと言った。だが話を注意して思い出すとそれは男子のはず。元頭領の絵師マレアは女性だ。「‥‥気づいたか」と呟いたネイに月夜が声を低くして問う。
「おぬし知っておるのか。何故隠す」
「言わずとも、お前達は――『知っている』さ。よく考えてみるといい」
 月夜は何も言わなかった。考えろという目を見た。話し合いを思い出す。シアン達が退出した後、多数派についた月夜達は『参謀は今、バースにいる。バースを訪れる時に会えるよう手配しておこう』と言われた。バースの地での悪行を黙っていた事は軽く謝罪してきた。
『六年前いや八年前。伯爵家が本気で我々を駆逐しなかったのは何故だと思う?』
 黒薔薇を掲げる理由に繋がる。此れは薔薇の影を示すもの。盗賊を始め二年経った頃、伯爵家に契約を持ち掛けられたという。素行を咎めぬ代償に刃となって邪魔者を消す。当時次女所有の館の庭は、民の収穫時期を知る為に薔薇が植えられたばかりだった。次女の館は彼らの塒となり、召抱えられたBR達は薔薇(ラスカリタ)の影であり棘だった。
『心しろ新たな黒薔薇の蕾、いずれお前達から十三を選ぶ。我々の咎をも背負うんだ』
 魅せられる舞、振る舞われる酒。送別会は時を忘れて過ぎていった。空が白み始めた頃に皆は別れの宴を催した店の前で、互いを見詰め合って苦笑した。寂しさは拭えない。
「本当に此れで別れになるでござろうな」
 命の重さを推し量り、最良の判断を下すこと。
 それが今、彼らの肩にのしかかっている。道は違えど行き着く先は同じなのかもしれない。今は己が信じる側で精一杯行動するに越したことはない。
「そのようですね。今後は監視される生活ですか。名前どうしますかね」
 いつの間にか少し離れた所に多数派の者の片腕として贈られた者達がいた。呼ばれぬ限り、ああして離れた場所から彼らを見守るという口実の元監視しているのかもしれない。
「次がもし戦い事になっても遠慮しない。でも、何もない場所でまた会いたいかもね」
 キラは最後まで笑顔を向けた。その横でキリクが家族におずおずと近寄る。
「ごめん。あと姉ちゃんにもごめんねって。いつも怒られるようなことしか」
「私とは‥‥いつだって対立して、面倒臭がりながら間を取り持つのはシュナだわ。でも私達には帰る家があるって事は覚えておいてよ」
 エルザの言葉にこくりと頷く。沈黙が降りた中でシアンが穏やかな瞳を向けた。
「名残惜しいですがこの辺で。己が信じるものの為に、後悔なき選択となりますよう」
「ちょっと寂しいけど仕方ないよね。私はこれから何処に行くのかな。ちゃんと、それを模索しないと、ね」
「よく分からないんだけど、マレアおねーちゃんにとってはその方がためになる‥‥んだよね? ううん、これは私が選んだこと、その為に、私は罪を背負ったのだもの」
 ユラのようにまだ迷う者もいる。エルシュナーヴは竪琴を握り締めた。
 皆の双眸は、静かだった。

『――元気で』

 彼らは軽い挨拶だけして其々の道を歩き出した。髪飾り奪還の依頼は失敗に終わる。
 忍び寄る戦乱の音、数多の命の行方と領土の将来は彼らの手に委ねられているも同然。
 いずれ生き残るのは多数派か少数派か、救われるのは領主か民か。あるいは別か。
 まだ見ぬ平穏と希望。それは微かな、祈りに似ていた。