祈りに似ている外伝―少数派の白い花―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 93 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月07日〜02月18日

リプレイ公開日:2005年02月16日

●オープニング

 凍えるような空気。灰色の岩肌がむき出しのひやりとした地下は、壁の窪みに一定の間隔を保って炎を灯しても尚、不気味な様を消すことはない。
 鼠や虫一匹いない階段を下りると、乾いた壁と幾つかの倉庫のようなものが見えた。木戸の取っ手の鉄は錆付いている。だが、何年もかたく閉じられていたというわけではないらしい。中にひとつ、開ききった扉がある。
 部屋の中は一種の拷問部屋にも似た造りになっていた。怪しげな道具にまじって少女の人影と大人の人影があった。男装をしているが娘の体つきだと一目で分かる。二人は壁に向かって何かを眺めていた。
「ここにくると気が休まるとはオカシナ事をおっしゃるでしゅね」
「ふふふ。そうかもね。僕は人から見てオカシイらしいから」
 初夏の季節は『薔薇の館』という呼称を持つラスカリタ伯爵家の次女が所有するこの館。娘の名はウィタエンジェ・ラスカリタ。この館の主である。
「概ね計画通りかな、ね。ポワニカ」
 ウィタエンジェは少女に声を投げた。十歳ほどの外見をした幼い少女の名をポワニカといった。二人は時折『薔薇の館』の地下を訪れ、こうして話を交わしている。
「問題は――多数派だっけ? 民の叛乱を促したのは良しとして、何故突然アレを立てようとしだしたのか理解不能だ。死人は死人のままでよかったのに。余計な事を。これまでどれほど時間をかけたか全く分かってないと見える。部下の教育がなってないんじゃないのかい」
 刺々しい言葉とともにウィタエンジェの手は何かを掴んでいた。
 それは人の大腿骨だった。大きさからして子供のものらしい。楽しげに手の中で弄び、そして床に置く。ボロボロになった旧時代のドレスには抜け落ちた金髪が散らばっていた。壁に寄りかかっているような屍に他に類を見ないほど艶やかな微笑を向けている。何処か寂しげな、皮肉そうな、複雑な表情で。
「返答いたしかねましゅ」
「まあいいさ、君が何を考えてるか知るつもりはないしね。邪魔な影ドモは消さないの? 意のままにならぬ影など僕はいらぬ。計画が上手く進むなら僕はかまわないけど」
「Yes、我が主君と親愛なる方のおん為にも。御心のまま全てが滞りなく行くように最善をつくしましゅ」
「期待してるよ『参謀』殿。そうだ、一つ頼みごとがあるんだけど」
「なんでしゅか?」
「三女をキャメロットへ運ぶように手配を。受け入れ先は根回ししてある。名目は語学の為のお忍び。この子を犠牲にしたんだ、せめてあの子だけは確実に安全な場所にやりたい」
「アニマンディ様はどうするでしゅか?」
 ウィタエンジェの返答はなかった。ポワニカは胸中を察してそれ以上問わなかった。
 そうして一時間ほどが過ぎた。
 やがて二人は部屋を出て行く。ドレスを纏った子供の頭骸骨のぽっかりあいた闇の双眸が二人の影を見送っていた。巻き込んでごめんよ、そんな言葉が虚空にとけて消えた。

 † † †

「護衛を頼みたいって?」
 ギルドに赴いたのはカマ疑惑のヴァーナ爺さん(仮名)ことエレネシア子爵家の当主ヴァルナルド・エレネシアその人だった。何故にカマ疑惑爺がこんなところにという疑問はさておいて、現在孫息子のデルタ君を修行中の爺さんはこの度護衛の依頼をギルドに頼んできた。
 なんでも先日知人の家でパーティーがあったのだが、その際、とある貴族の令嬢から妹を数ヶ月語学の為にヴァーナさん家のキャメロットの邸宅で預かってくれないかと言われたらしい。丁度うちの馬鹿息子の嫁(優秀な令嬢様)がちょくちょく遊びに来ていることだし、丁度いいだろうと受けたという。
「令嬢のお名前のほうは」
「申し訳ないがお忍びというやつでね。話によると十数年ほど館で暮らしていたと聞く。なあに、身元はワシが保証するよ。今はバースの町にいるそうだ。でかい鳥が徘徊していると聞くから道中の安全を保障してくれたまえ。道案内はこの青年がしてくれる」
「クレリックのレモンドです。よろしくお願いします」
 レモンド・センブルグ。カルト教団壊滅事件以来、行方不明になっていたセンブルグ男爵家の第三子だった。

●今回の参加者

 ea1501 シュナ・アキリ(30歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2856 ジョーイ・ジョルディーノ(34歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea5430 ヒックス・シアラー(31歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 高い空を悠々と我が物顔で羽ばたく禿鷹。ヴァルチャーと呼ばれるモンスターは、本来荒野で死肉を食らって生きている。とはいえ餌もなくなれば生き物を狩ったり襲うこともあるだろう。ヴァルチャーの体長はおよそ1メートル半。少年少女かそれ以上の体長である。大きな漆黒の翼を羽ばたかせ、ゆうゆうと上空を旋回していた。
「あそこまでのんきに飛び回られていると腹が立ちますね」
 シアン・アズベルト(ea3438)は空を見上げた。まずは打ち落とさなくてはジャイアントソードで攻撃一つできやしない。ヴァルチャーは冒険者達を観察しているような節が見られた。高い高い上空から、非力で美味そうな獲物を値踏みしているかのようである。
「我々を襲わせてー‥と思っていたのになかなか降りてきませんね」
 ヒックス・シアラー(ea5430)はソニックブームを放つ気満々であるが、どうにもこうにも射程距離が届かない。ソニックブームは届いて十五メートル。現在ヴァルチャーは目測五十メートル以上先にいる。このまま待っていたら日が暮れる。
「うぅ、なんか凄い見られているような気がする」
 メンバーの中で見た目最も幼いエルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)が嫌そうな声を上げた。目がいい者ならば、ヴァルチャーの目がぎょろぎょろと動きながらもエルシュナーヴを集中的に見ていることに気がついたろう。
「あら、いいんじゃないかしら? あっちもどうやら狙いが決まったみたいよ?」
 エルザ・デュリス(ea1514)がのほほんと気長な声を漏らした。シュナ・アキリ(ea1501)がダーツや石を、ユラ・ティアナ(ea8769)が弓をかつがえた。獲物を狩るような獣の目。
「きなすったぜ?」
 ジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)の視線の先にいたヴァルチャーは、其れまで大空に弧を描くように旋回していたのをやめ、ぐんとほぼ直角に高度を上げた。小山のように体をひねり、大きくしなって地面に向かって急降下していく。向かう先は当然の事ながらエルシュナーヴだった。冒険者達は皆、互いに間隔を保つようにして立っている。エルシュナーヴはスリープを唱え始めた、地面に落とせばまだともかく、動きが早いので的中するか疑問だが。だが、今回ばかりはユラとシュナの二人が今か今かと狙っている。
「いくら空を飛んでても、私の弓からは逃しはしない。くるがいいわ」
「射撃のプロ二人も捕まえて、獲物逃がしたらしゃれにならんもんな」
 シュナもプロとして通じる的確な腕前を持っているし、ユラの射撃の腕前は達人の域に到達していた。確実に当てる自信が二人にはある。問題は何発ぐらいでヴァルチャーが弱るかという事だけではあるが。エルザが松明に灯した炎をコントロールし始める。
「シュナー、真面目にやってよ?」
「へーいへい。いっくぜ」
「いつでも!」
 ヴァルチャーはもう目の前に迫っている。ユラとシュナの二人がそれぞれ矢を、ダーツを放った。手で投げるより弓の力でスピードが増した矢は、ヴァルチャーの丁度長い首の付け根と胴を刺し貫く。「ゲッ」と獣のうめき声が聞こえ、ヴァルチャーの動きがひるんだ。その隙にシュナのダーツがここぞとばかりに降り注ぐ。頭部を狙ったダーツは、ヴァルチャーの目玉を刺し貫いた。
 それでも羽ばたきながら鋭いかぎ爪が、エルシュナーヴの柔肌を抉ろうと爪を伸ばす。あと少しと言うところでジョーイが常人離れした素早い身のこなしをいかしてエルシュナーヴを抱きかかえる。ここのところまともに格好良くキメていなかったジョーイは、久々に爽快な気分を味わっていた。かつての彼の持論、泥棒とは颯爽と現れるもの。
「あ、あぶなかったよぉ」
「久々に格好良く女の子救出ってねェ。おいヒックス! シアン!」
「言われなくとも!」
「女性だけに働かせるわけにはいきませんからね。では」
 声が飛ぶ間にもシュナがさらに急所を狙う。ユラはきゅっと双眸を引き締め、言葉も話すひまもないほど集中した状態で、二発目、三発目と的確に矢を放って胴を串刺しにしながら、空へ舞い上がる手段を絶つために翼の根元を狙った。視界を奪われたヴァルチャーが舞い上がろうとするも、頭上にはエルザがコントロールした炎が膜を張るように広がっている。もがいて逃げ場を探すヴァルチャーにシアンのジャイアントソードがひらめく。
「ここまでくれば」
 あとはもらったようなものだ。連携は取れていた。シアンの巨大なジャイアントソードに気を取られ、ヴァルチャーが刃で屠られまいとほぼ飛べなくなりつつある翼を渾身の力で羽ばたこうとした、その時だ。
 抜刀、一閃。
 ぶつり、と嫌な音がした。確実な手応えがヒックスの掌にあった。
 待ちかまえていたヒックスの日本刀がヴァルチャーの胴と首を切り離す。大空を羽ばたいていた死肉を食らう巨大な鳥は、地面に落ちて、エルザの炎で灰となった。
 尚、この後ユラとシュナが矢とダーツを回収していたりするのは笑い話だ。

「深窓のお嬢様かぁ。ふふ、そうなるとアッチの話題には結構疎かったりするのかなぁ。うふふふ、色々おしえちゃおうっと」
 その期待は破られることになる。
 帰り道、皆は令嬢とともに黒塗りの馬車に乗っていたわけではなかった。殆どが馬車の外、荷台か御者台にいるように義務づけられ、仕方なくヒックスやシアン、シュナやエルザのように愛馬などの乗り物を持っている者は極力自分の馬や驢馬に乗るように指示された。何故か同席を許されたのはハーフエルフであるユラだけだった。
「せっかくチャームの話で笑わせようと思ったのに」
 ヒックスが残念そうに呟く。ちなみに自分がボディペインティングで出場したりした部分などは脚色付きで話す気だったようだ。「本気かよ」と、それまでレモンドと恋の話(?)なるものを話していたジョーイが問い返す。
「私達何か失礼な事したかしら?」
 それまでシュナと弟の話をしていたエルザが首を傾げている。そうなのだ。彼らは会って早々、令嬢に冷たくあしらわれた。令嬢は全身を衣服で包み、指先もろくすっぽ見ることが出来ない格好をしていた。顔など黒いヴェールで覆っていて輪郭も何も分からない。箱入りと言うには、少し様子がおかしかった。最初は全くの無言だったのだ。
「私達はまあ雇われですが、なんというか。最初に皆さんがあしらわれていたのが、ユラさんがハーフエルフだと分かった途端ききとして一人だけ同席を許されましたからね」
「そうなんだよなぁ。シアンの言うとおりだ。なぁレモンド、何でか知ってるか?」
 ジョーイが問い返すと、レモンドは苦笑した。
「皆さんが普通の人、あるいは綺麗な方だからですよ。令嬢がユラさんでしたか、彼女を馬車に引き込んだのは『迫害される種族』であるからです。ユラさんには気の毒ですが」
 重苦しい沈黙が馬車の中に広がっている。
 令嬢はずっとハーフエルフのユラを面白がっていた。時には罵声を浴びせ、哀れみ、あるいは蔑む。これが何時間も続くのだから、ユラは護衛対象とはいえ気力的にも疲れていた。仲間を侮辱するなら怒りもするし、自分が侮辱されたならハーフエルフだからとわりきる事も出来たかもしれない。基本的に面倒見が良いユラではあるが、我慢も限界。
「あはは、哀れ哀れ、おろかよ。禁断の子とはよく言ったもの」
「いいかげんにしなよ。いくら令嬢だからってわきまえることぐらいあるでしょう」
「は! 忌み子が私に軽々しく意見する出ないわ!」
 やがて口論になるのも無理は無かろう。人の目を見て話しなさいと、ユラがベールを剥ごうとした。外もようやく中の騒がしさに気づいて、どうしましたと扉を開けた。
 彼らはそこで、異様なモノを見る。
 晴れ上がった瞼や唇、頬、変形した顔かたちに、変色し古い傷だらけの肌。ベールの下は令嬢とはほど遠い醜悪な顔があった。それこそこの令嬢の実の兄妹である後妻の子、長男や次男、そして最も顔が近いであろう次女ウィタエンジェに比べて三女の容姿は天と地ほどかけ離れていた。絶句した者達の前で、三女は金切り声をあげて泣き伏した。

「どういうことです」
 三女をキャメロットに届けた後。シアン達は『二丁目』と呼ばれる酒場に赴き、常連客として顔が通っていたネイを呼び出した。様々な情報が交錯する中、何かが奇妙に映っている。どこかが違うのではないか。そんな疑念はついてまわった。
「懐かしい顔もいるな。話したのか?」
「差し障りのない部分だけですが‥‥」
「何処まで話すかは自分で決めるがいいさ。お前達には監視がいない。ただ、聞いたら最後、後戻りはできんがな。他の選択は見捨てるか否かだ。少数派に直に聞きたいならシャールダニカに聞くか? シャール、協力したいというありがたい連中がいるぞ」
 闇のなかから人影が躍り出た。以前、リリア家の髪飾りの事件でバートリエに狙われた際、冒険者たちを逃がす代償に片腕をおられた人物だ。
「三女に接触しました。私達は未来の戦を思って少数派に協力予定です。幾つか教えていただきたい」
 シャールダニカはある程度簡潔に答えた。確かに多数派のまいた薬で領民は自滅した。『親愛なる方』の素性は第一夫人の子であるし、元頭領でもある。ばれたら最後『親愛なる方』は火あぶりが必死。再び動乱は起こるだろうと。
「少数派も『親愛なる方』を慕っている。かの方の利益とならぬ真似はしない。多数派はかの方を輝かしい地位につけたいのだよ。それが恩返しと信じている。愚かな話よ」
「そうですか。実は三女に領民について説明しようとしたんですが、ききいれずで」
 其れは無理な話だな、と答えた。聞くわけがない。おそらく、何年かけようが伯爵家の考え方は変わらないだろうとシャールダニカは答えた。エルザ達は眉をひそめる。
「どういうこと?」
 シャールダニカが首を傾げる。
「ブランシュ(プシュケ)がお前達にどう説明したのか知らないが、領主代行や後妻の子らの考えは次女のウィタエンジェ様が長い年月をかけて植えつけたものだ。そう易々とかわるものではあるまい。計画も徐々に進みつつある、舞台は整ってきたしな」
 そんな話は聞いていない。ここでエルシュナーヴが身を乗り出した。多数派の行動の意図はある程度明確だ。マレア・ラスカを新たな領主として立てようとしている。
 では、少数派は? プシュケの口から聞いた話ではなく、元来の少数派の目的はなんなのだ?
「ねぇ、少数派の人はマレアおねーちゃんの自由の為に動いてるんだよね? おねーちゃんが過去に罪を犯したから、新しい領主に慣れたとしても戦争がおこるかもしれなくて、もっと人が死ぬからだよね?」
「間違いではないが、詭弁だな。ウィタエンジェ様の最終的な目的は伯爵家を自然に潰すことだ。我々の役目は没落に相応しい戦の誘発。元々少数派も多数派も一つだった。多数派がマレア様を新領主に、とたてるまではな」
 本来、バースの戦乱は民の暴動だけになるはずだった、マレアはただ静かに絵師として自由に一生を過ごすはずだった。ある日突然心変わりした多数派が出生の秘密をもらしたのだと、シャールダニカが語る。おかげで最悪、『親愛なる方』を手に掛けなければならなくなってきていると苦々しげに語った。
 複雑に絡み合う幾多の話。
 冒険者達の間に沈黙が落ちた。