●リプレイ本文
「両方の冒険者が旅立ったようよ。どうなるのかしら」
ギルドである。領主と民衆、それぞれの依頼の受付を行った係が囁きあっていた。
「ギルドは国家の安泰の為にある存在。双方を受けた事で言い分の実体調査と今の冒険者達の力量を計る事に繋がる。何が真実か見定め、早期解決に尽くしてもらわねば」
領主が早かった事もあるが、ギルドは故意に片方遅らせて依頼書を張り出した。それは両方に乗り込んでもらう為の配慮。相手を潰さんとする為に急いだ者も居たようだが。
「敵対した状況を上手く使って早期解決に協力しあうって事? でもただ潰し合ったら」
「それぞれの立場でしか出来ない事もある。言われるまで待つのは子供で充分。表向きの立場通り殺し合うだけなら、解決力はまだその程度。今の内に見抜く目を養わねば‥‥ね」
戦の起こり。大小様々なれど根元にあるのは一握りの者の意地や利己主義。
周囲の意思と無関係に多くの命が消え、血が流れる。恨み、妬み、時が経てども癒されない心の傷。‥‥死んだ者は帰らない。集団で犯した罪は決して物のように小さく分けられる事はない。秘密を知り共に戦うなら。命を屠るなら背負えなくては意味がない。
物には代償。相手にも守る者があり、立場があり、人生がある。それを理解した上で、己にとって果たして何が一番大事か。数か、価値か、己のエゴか。正義とは何か。
指が凍る。腕の感覚は無いに等しい。
正面からの冷たい突風が頬を切り裂いていくような錯覚さえ覚える此処は『空』。
現在エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)はフライングブルームに跨り、最高速で西を目指していた。キャメロットから西へ185km先の地方バース、その北方領土のコッツウェルズ方面では戦がジワジワと始まっていた。急がなければ、一刻も早く急がなければと、エルシュナーヴの胸中は焦りに満ちていた。ただ一直線に『薔薇の館』へと。
「‥‥間に合って」
空を切り裂くように飛び、振り落とされそうな風の中でただ‥‥祈った。
今回の依頼は民衆と領主、基本的にどちらに荷担するか冒険者達の判断力で異なっているわけだが、それぞれの計画以上に、バース北方領土ラスカリタ伯爵領へたどり着く前に様々な弊害が起こっていたが、彼らは其れが幸いした。食料云々ではない。
現在、バース北方領土は北の森からモンスターが無尽蔵の如く溢れだし、盗賊達が多発。シフール便を始めとした連絡機関が麻痺状態に陥り、バース北方領土は一定の場所から先が暗闇のように何も分からない状態にある。
そんな場所へ、戦場慣れも調教もしていない農耕馬で乗り込んだらどうなるか。
結論は混乱と逃走。領主側に荷担した者も多くが馬を持っていたが、その多くが騎乗技能を持ち合わせていなかった事がかえって幸いした。
駿馬ならともかく農耕馬は本来、戦場などと言う場所へ連れてゆくべきものではない。しかもモンスターが必要以上に徘徊し、盗賊が絶えず人々を襲っているような場所なら尚のこと。騎乗能力はあっても、農耕馬は農耕馬。もしも乗っていたならモンスターや盗賊に遭遇するなり錯乱し、命令も聞かずに暴れて迷走しただろう。ある者は馬から振り落とされ、ある者は馬がモンスターや盗賊にやられて瀕死状態に陥ったかもしれない。
その被害は徒歩の彼らには大きな影響を及ぼさなかった。乗って自由を奪われてさえいなければ、撃退する力も手段も充分ある。
フライングブルームで先行したエルシュナーヴに続き、四日目の朝にシアン・アズベルト(ea3438)が伯爵城に到着。六日目の午後には早足だった風歌星奈(ea3449)とエルザ・デュリス(ea1514)、ヒックス・シアラー(ea5430)の三人が到着。六日目の朝にフローラ・エリクセン(ea0110)とルクス・ウィンディード(ea0393)、シュナ・アキリ(ea1501)とザキ・キルキリング(ea3130)、リーベ・フェァリーレン(ea3524)とイフェリア・エルトランス(ea5592)、カノ・ジヨ(ea6914)とユラ・ティアナ(ea8769)計八人。同日の昼にカルヴァン・マーベリック(ea8600)が無事到着し、門は再び閉められた。
シーン・オーサカ(ea3777)に関しては『薔薇の館』へ向かった。エルシュナーヴとシーンのたった二人だけ。驚くべき事に冒険者達は『薔薇の館』の防御を完全に捨てた。
この奇策と人選の判断力が効果を示す。
時は再び舞い戻る。
満点の夜空を見上げる。シーンには駿馬を走らせるだけの技量がなかった為、馬を連れて急いでいた。彼女とエルシュナーヴだけが『薔薇の館』に向かっている。領主側の冒険者達は『薔薇の館』の防衛を捨てた。そうする事で城に戦力を集中させ、最低限の勝利条件を得ようとしたのだ。かといって次女を見捨てる気にはならない。こと『次女が影で何をしていたか』知っている数名にとって、『薔薇の館』を見捨てるのは痛手に他ならなかった。それでは一体どうするのか。彼らはメンバーの中から次女ウィタエンジェと面識の強い者を選び出し、館を捨てて本人だけを保護する策にでた。成功するかは分からない。
「エルは、もうついてるはずやな‥‥説得大丈夫やろか」
バチバチと炎が弾ける。紅蓮に燃え上がる薪を眺め、深い深い溜息が口をついて出る。説得に自信がなかった、と言えばいいのだろうか。自ら先行せず、エルシュナーヴに任せたシーン。膝を抱えて悶々と考えにふける。
『もし忘れたい事に遭ってもうたらウチを憎んでや。必ずまた会おうで』
『どうかご無事で‥‥お願い、しますっ‥‥』
別れ際の唇の感触が消えない。
「フローラ、うちは、どうしたらええんやろな」
もう寝よう。そう考えて火を消そうとした。だが遠くの方向から風を裂くような音が聞こえた。敵か、魔物か、そんな緊張感が身を覆う。だが、音が近くなるにつれて正体もはっきりしてきた。闇に紛れて空を飛ぶフライングブルーム。エルシュナーヴである。
「シーンお姉ちゃん!? う、ふ、ふぇぇシーンおねーちゃーんっ!」
「こっちや!」
何故か泣いている少女の後ろにはローブを被った人影がある。見覚えのある、顔だった。
「‥‥エルが言ってた事は本当だったのか。‥‥久しぶり、可愛い人」
昼間のことだ。到着したエルシュナーヴは次女を探したが館内の何処にも居なかった。シルベリアスの手記にあった秘密経路を思い出し、庭の一角から地下への入り口をこじ開けて地下へ降りると、空いた扉を見つける。その先に壁もたれた子供の屍があった。旧時代の貴族服、骨にまとわりつく細い金糸。
エルシュナーヴが屍に近寄る。服の襟首に文字の刺繍があった。読むやいなや凍りつく。
――――『ウィタエンジェ』。
「ようこそ僕の墓場へ。パーティ以来だね」
歓迎の声。振り返った先に探し人がいた。相変わらずの男装で入り口に佇み「先日、三女の護衛を受けてくれたのも君と君の仲間だったとか。感謝してるよ。僕の手足達も随分世話をかけたそうだけど」とエルシュナーヴの方へ歩いてくる。エルシュナーヴは彼女がBlackRozen少数派の指導者だとシャールダニカから聞いて知っている。豪奢な金髪と青い瞳、BR達の今の主君。幾度となく冒険者達を弄んだ、伯爵家の滅びを望む影。
「ウィタお姉ちゃん。墓場‥‥て、これ、まさか」
「本当の『ウィタエンジェ』さ。捨てられた男女、残された娘の片割れ。後妻に殺されかけた娘を、乳母が後妻の娘と入れ替えた。よくありそうな話だろう」
『亡き第一夫人の娘が生きている、今の民の心の支えよ』
以前エルシュナーヴが聞かされた言葉は嘘ではなかった。全て真実でもないけれど。
「後妻は性格が歪んでてねぇ。綺麗な僕を娘としたから、あの三女は散々叩かれて嬲られて、自分の娘がこんな醜悪な顔をしているはずがないって、無知って怖いね」
限りない笑顔が張りついていた。感情はない。
「ウィタお姉ちゃん、逃げよう。もうすぐ沢山の人がおねーちゃんを殺しに来るの」
「知ってる」
「血筋がどうとか罪がどうとかなんてエルには分かんない、だけど――‥‥」
その夜。多くの者を取り残し、エルシュナーヴは泣きながらキャメロットへ向かうことになる。
一方。舞台はラスカリタ伯爵城の方へと変わる。
出発四日目の朝に伯爵城へ到着したシアンが目にしたのは、領主代行サンカッセラに取り入っていたプシュケ・エレネシアであった。彼を初めとした者がカルト教団から救った命でありBlackRozen少数派の一員であり、何を企んでいるのか得体の知れない女である。どうやら愛人か何かになっているらしい。シアンと顔を合わせても、全くの他人を装った。
翌日、星奈とヒックス、エルザが到着。六日目には残るフローラ、ルクス、シュナ、ザキ、リーベ、イフェリア、カノ、カルヴァン、ユラの九人が到着した。民衆は少しずつだが動き出している。シアンの話によると、何度かフライングブルームに乗った偵察が来たという。城の警備や押し寄せてきた場合に備え、着々と準備が進められてゆく。
「それでねー、領民装って街道さけてきたんだけど、所々テントがあったし」
「私、来る途中に冒険者らしき姿を何名か見たわ。嫌なことに知り合いが何人かいたような気がして」
「あら貴方も? 私もよ、どーも思ってる以上に厄介ごとに首突っ込んだかも」
星奈とリーベを主に、来る途中の報告が飛び交う。
「さて、それじゃあ俺は金の分は働いてこようかな」
大方の話が終わってルクスが立ち上がった。彼はこれから重要な役目を果たしに『敵に単独で挑む無謀な男』を演じてくるらしい。軽い口調で皮肉りながらも、その目はさてどうしようかと賢い頭を働かせて手順を考えていた。
「わざとつかまって、計画に沿って有効な情報を教えて油断させ、目標を生け捕りにってところかな。標的にあったこたないが、何とか分かるだろ」
対象の顔を知っている人間、ひいては友人関係に近しい関係の者は『薔薇の館』の次女救出に出してしまっている。確かにまだ接触を持った人間はいるが、色々な経緯や立場、今回の計画上外すことが出来なかったのだろう。会議室を出ていくルクスにシアンが一声投げる。
「期待してますよ」
「期待されてもなぁ。俺はまぁ自分のことぐらいは分かってるつもりだから、いってくるわ。戦争は嫌なもんだが武運を祈るぜ」
ルクスは身を翻して会議室を後にした。当初サンカッセラは本館の書斎にいる予定だったが、散々話し合いでもめた末に第三棟の二階の一室で待機する事にした。ヒックスが守りやすいように一階へと案も出したが、仲間達の意見で結局の所は前者となる。本館の大広間にはカノを初めとした救護班が配置されることになり、救護班を守る者、領主代行を守る者、堅固な石の城壁部分の守り手に加え、トラップの誘導などなど。大凡現時点で抜かりはなかった。壁で話を聞いていたシュナがぐっと腕を上げて背を伸ばす。
「おーし。そうと決まったら動こうか。イフェリア、一緒にきてもらえるか。確かあんたは戦場のトラップ類は得意だったよな」
「ええ、任せて置いて。久々だから腕が鳴るわね。道具に関しては城の物を使わせてもらうつもりよ。殺傷能力の高い物でも仕掛けようかと思ってはいるけれど」
含み笑い声を漏らしながらイフェリアは誇らしげな表情で答えた。専門的な射撃の技術と戦場工作は、こう言うときにこそ真価を発揮できる。シュナがにかっと笑みを返す。
「基本的に封鎖するぞ。あとシアン。例の経路、把握してるか」
「一応。ご案内しますが、先に行ってて頂けますか。すぐにいきます」
伯爵城には数代前の女領主の記した『シルベリアスの手記』を見るに、様々な秘密経路が点在している。覗き穴とかの道楽類のレベルではない。部屋から部屋へ。恐ろしい拷問道具が置かれた地下へ。あるいは迷宮の如き複雑な地下水路から外部へ。中には、何処へ繋がっているのか分からないものもある。其れを知っているのは、『シルベリアスの手記』を見た事がある本当に一部の人間だけだった。知る者が同行しなければ迷うだろう。
「秘密経路の閉鎖に私とシュナさん、シアンさんの三人がかかりっきりになると他の担当箇所はそれぞれにお願いすることになるのかしら。ユラさん、後で教えてもらえる?」
「ええ。一応あらかたの指示は出しておくわね。じゃ、私も行くわ」
ユラとイフェリア、シュナの三人は館の左、西のゲートを担当することになっている。今回の作戦は誘導が重要だった。作戦中忙しく動くことになるが、大方の位置としては東のゲートを守るのがシアンとカルヴァン、民衆に突破させる正門にエルザとヒックス。裏門にはザキが。ルクスは戻り次第裏門の守備を行うようだが、今は情報をまく重要な役目に出ている。本館の大広間に救護班のカノが待機し、部屋の前に兵を率いた星奈が守る。リーベは正門の内側と本館に立ち入られた時を想定しての準備を指示するよう動き始めた。フローラはライトニングトラップを各所に設置する忙しい役目を預かる。
「シュナ、また後でね」
「おう。先行ってるぜエルザ」
「わ、私救護の部屋の様子みてきますぅ」
「ああ、そうそう。今色々準備中よ。私自身も救護の方の護衛やるつもりだから」
星奈がいいわよね、と周りを見た。特に反対者はいないらしい。カノがおずおずと領主代行のそばへと近づく。
「ぇぇと、サンカッセラさん。城の侍女さん達に手伝って貰っていいでしょうかぁ、シーツや毛布などをかき集め、怪我人を寝かせられるように準備したいんですぅ。あと、その」
「全く。勝敗決したときに愚か者共まで救おうという君の考えが理解できんよ」
領主代行サンカッセラの刺すような視線にカノはぐっと言葉に詰まった。「でも」と小さな声しか聞こえない。彼女の脳裏を駆けめぐる、苦しみ悶える人々の姿。それは幻影でも想像でもない。
カノは以前、麓にひっそりとあるラスカ村に訪れた事がある。眠らずとも動き続けられるという薬で次々中毒死していく人々の姿は壮絶だった。あの時、領主代行は自ら薬に溺れた彼らに救いの手を差し伸べはしなかった。自業自得かもしれない、それでも。
「その‥‥戦乱の早期終結のために武力を取りましたが。それでも犠牲は最小にするべきだと思うんです」
「まぁ数名に連日しつこく頼まれてうんざりしているところだ。莫迦な者達に君の労力を差く必要はないと考えるが、数も数。降伏した場合のみ、君の望みを許可しよう」
カノを初めとした、民衆の命に慈悲を垂れてくれと頼み込んでいた者達の顔に花が咲いた。冷酷な領主というイメージを取り去ることが出来るかもしれないと軽い期待がよぎる。
「あ、ありがとうございます! 星奈さん、来てください。早く早く」
「えぇ!? ちょっと! ひっぱらないでってば」
「やれやれ。私もいってくるわー、みんなも早く動いてよね。さーて油油」
カノと星奈に引き続き、リーベもまた作戦部屋から出てゆく。
「裏門は入り口が小さい事もありますしルクス殿が戻るまでは私一人で充分です。食料や道具を運び込んでいた者達にも被害は出ていないと聞いていますし」
ザキがヒックスをちらりと見やる。ヒックスは特に交代制で城内を見回り、敵が忍びこんで来ないかを警戒し続けていた。主に警戒するのは領主代行、飲料水、食料庫、ゲート。
「具体的にはどのような」
「弓兵も借りはしますが、基本的にマグナブローでも。相手は能力のない民衆ばかり。目の前にマグマが吹き出して突っ込んでいこうと考える者はいますまい。自立する気も無い愚民に、同情の余地などありませんね。容赦はしませんよ」
ザキがきっぱりと言い放った。其れを聞いたカルヴァンが「成る程」と相づちを打つ。
「しかし貴殿の素晴らしい施政を欠片も理解するどころか、自分達が優先されなかったからと言って素性が確かかすら妖しい者を指導者に望むなど」
「そうだろう? 連中にはしかるべき処罰をくれてやる。さておき、君とは気が合いそうだ。どうだカルヴァンとやら、私は退屈でな。これからチェスでも」
こんな戦の最中にチェスでもしないかという領主代行の神経を疑った者もいただろうが、ここはこらえ所だ。だだじっとやりとりを眺めている。カルヴァンは頭を垂れた。
「もったいないお言葉ですが、私も任務があります故に。ザキさん、エルザさん、我々もいきましょう」
カルヴァンは到着してからずっと領主代行の施政を誉めたり、機嫌を取ったりしている。周りから見ればあまり良く見えない。彼の思惑はさらに領地を荒廃させてアーサー王から何らかの処罰が下るようにし向けたいらしかったが、此処はイギリス国家から見て極小領土。一般的に考えても、どれほど人の手で荒廃しようが周囲の貴族や民衆が迷惑して結託するかギルドに助けを求める程度が限界だ。
「お言葉ですが、弱者に情けをかけるのも強者の責務。なにとぞ彼らには寛大な措置を」
「そう厳しい目をするなヒックス君。何も民衆を皆殺しにしたりはせん。ただ『けじめ』が必要だろう。犠牲は少ないに限る、そう君達も言っていただろう?」
サンカッセラが低く笑った。彼がこの時何を考えているのか明確に察することができた者はいなかったが、漠然とした強い不安が胸の底に広がってゆく。
「あ、あのサンカッセラさん。お部屋移動しませんか? わ、私が案内します」
フローラがサンカッセラを連れてゆく。そして。
「――さて。貴方がここにいるとは思いませんでした。今回の裏で色々動いているようですが何が目的です?」
領主代行の愛人、プシュケ。
「何故、嘘を? 貴方の話は全てではなかった。答えてください」
ヒックスとシアンの声が響く。水面に波紋が広がるような感覚を覚えながら、二人は答えを待った。責めもしない。「宝石は?」とプシュケが声を投げる。シアンがBR達には渡していないとだけ、答えた。
「‥‥そう。託して正解だったわ。大事なのは今を継続し救い手を探す事。私は悲壮の円環を消したいだけ。『しきたり』が続けば、今回のように当事者でない多くが死ぬ。私は弱い。出来る事に限りがある。自分の立場を使って他に頼るしかない」
この戦は『負け犬の』BR達が次女と結託して引き起こした。彼らは『負けた』から、何を守るかで犠牲を重ねるか、全て消すか手段しか選べなくなったのだと語った。弱い者は従うほかない。当初、この戦は『贄』を選出しようとした者達への報復だったという。プシュケを含む『生け贄』に該当する者達が消えると、『同胞』達は皆殺されるらしい。
「‥‥倒すべき存在が、別にいるという事ですか?」
「闇の霧の向こうにありし古き時代の異物。彼らはあまりに強力で影に近しい。先祖の契約に従い幾度も生け贄たる『贄姫』が捧げられた。その度に血は流れ、人が死に、争いは絶えず起こる。‥‥貴方達は『強い』? どれだけ強くなれる? 残り時間は短いの」
よく分からぬ言葉だった。すがるような眼差しが二人にむけられた。
七日目の昼。戦が始まった。
フライングブルームに乗った長髪の神聖騎士が城を大きく迂回し、西の民衆群へと降り立った直後一気に押し寄せてきた。城内は現在フローラがライトニングトラップを張りに走り回っている。立ち入られてはならない。
城壁の上から民衆にむけて容赦なく降り注ぐ矢の雨。裏口を守るザキが扉を破ろうとしている民衆を眺めて溜息を吐く。自分の頬をかすった矢を眺め、そろそろかと動く。
「さて、何人かは死ぬでしょうが。恨むなら自分を恨むことです」
手をかざし炎を呼び覚ます。突如、扉を破らんとしていた者達の真下からマグマの炎が垂直に吹き上げた。高さ三メートルほどの吹き上げた炎は容赦なく民衆を焼き、あるいは火の粉となって降り注ぐ。何度も続き、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってゆく。
日が傾き始めた頃、西のゲートは腕利きの弓の使い手が列をなし、的確に民衆を潰していた。肩、利き腕、股関節、足。狙うところは様々だが、此方は顔色を変えた者もいた。
「ふふ、丸見えね。高所を確保し狙撃体勢に入った弓兵の実力を見せてあげるわ」
「イフェリアは勝ち気だな。それじゃ‥‥あ、キリ――てぇ!」
群衆の一人に気を取られたシュナの腕に深々と矢が突き刺さる。皆の腕は優れているが、回避にも優れている者は少ない。まぐれでも向こうからの攻撃も少なからず被害を与えている。相手は農民、平民と侮るなかれ。兵ではなく民衆にこそ優れた狩人がいるものだ。
「シュナさん、大丈夫!? イフェリアさん、ちょっとお願い」
「任せて! でも早めにお願いね」
イフェリアに任せて、ユラがシュナに駆け寄ろうとした。だがシュナが一喝する。
「馬鹿野郎来るな!」
「な、どうして」
「自分自身の事ぐらい覚えとけよ。ここ数日、あ‥‥」
拒絶されて狼狽えたユラの瞳が赤く染まってゆくのをシュナとイフェリアは見た。全身の毛が総毛立つとはこう言うことを言うのだろう。ハーフエルフがどういう事に反応するのか、反応した場合、一体何が起こるのか。それを『思い出して』気づいた者が後ずさった。外見が人やエルフに近しいため忘れがちになっても避けられない問題――『狂化』。
「あは、莫迦みたい。その程度? 私が手本見せてあげる」
ユラの口調が変化した。表情が蔑むようなものへ変化する。狂化の条件は此処様々だと言われている。血を見たり水を浴びたり月光を直視したり。そして主に、感情の高鳴り。
「みてなさいよ。ほら、ほら、みて、上手いでしょ、私は強いんだからぁ!」
子供が何かを自慢するような幼い口調。それまで急所を避けていたにもかかわらず、目や首、心臓と、ユラは的確に矢を放ち始めた。容赦なく眼下の命をむしり取ってゆく。
「矛先が仲間に向かなかっただけ幸いか。いてて」
「そうね。申し訳ないけど危険が及ぶ場合は縛りましょう。それとどうしたの、さっき」
「‥‥義弟を、見つけたんだ」
リカバーポーションを飲み干しながらシュナはイフェリアに言った。ユラは笑い続ける。
「人って脆いね。ふふ、あははははははははっっ!」
西のゲートで仲間の狂化という問題が発生していた頃、東の方は扉が破られつつあった。正門を開ける前に、破られそうな気配が強い。其れまでアイスチャクラで攻撃を行いながら様子を見ていたカルヴァンが城壁内のシアンを中心に正門の方へも大きく手を振る。この頃、フローラもライトニングトラップを仕掛け続け過ぎて魔法が使えなくなっていた。
「順次開門ね、そろそろ持ちこたえるのも辛いわ。リーベさんが下で火矢の舞台を用意しているけれど、ルクスさんの情報伝達が上手くいったのか此処まで民衆が集中するなんて‥‥なだれ込まれたら押し潰されるわね。ヒックス君、誘導お願い。仕掛けたファイヤートラップに気をつけて」
エルザがヒックスに言づてを頼んだ数十分後。東の扉を破って民衆が流れ込んできた。シアンとヒックスの目前に、数日前まで仲間だった者が立ちはだかった。相手は民衆を先に行かせて立ちはだかる。ヒックスは民衆を誘導すべく駆けた。そして。
「貴方の相手は私がします」
「やはり、こうなる運命でしたか。手の上で踊らされる人形が如き」
「今更ですよ。戦の理。守るべき者のために戦う。それが人」
「彼らは其れを操るのを得意とした。そして貴方は彼らの配下に下った、ですか」
「踊らされて見える事もある。正直、私は民衆の命も領主の命もどうでもいい。守るべき主を見つけてこそ武士の喜び。‥‥此処で『彼女』を失うわけには行きません」
「私も譲れない思いを貫くために退くことはできません。本当の敵をうち破るためにも」
剣の矛先が相手に向けられる。シアンも黒髪の娘も動かない。
「それぞれ収穫はあったようですね?」
「そのようだ。今後の話は『戦の後』としますか。お互い生き残ったらの話ですが」
会話は途切れた。眼前に迫った娘の姿がかき消える。いつぞやの夜の襲撃と同じ光景。シアンの目は、確実に腕を上げた娘を捕らえきれなかった。娘の刃がシアンの頭部を狙う。もしもこの時ヘビーヘルムをしていなかったら、彼の命は消えていたことだろう。
各所で激戦が起きた。迎え撃つ騎士達、弓兵達、魔法使いの刃の矛先。指揮官クラスの者ひいては雇われた冒険者達が個別に動き出したため、民衆は攻撃から逃れながら計画通りの場所に追い込まれていった。さらに正門が開放され、まず火矢の雨が降り注ぐ。ライトニングトラップやファイヤートラップが敷かれた地帯に踏み入った民衆は重傷に近い傷を負った。其れもそうだろう。さらに頭上から集中攻撃と来るからよろしくない。民衆達は半ば逃げまどうようにして、彼らの意図のままに進んでゆく。
「さてっと」
民衆に捕まった敵の雇われ冒険者、ルクス・ウィンディードは気合いを入れた。そろそろ頃合いだろうと、縄を抜け出し見張りを倒す。彼の役目は上手くいったと言っていいだろう。無意識のうちなのか、安い金で命を張るのは嫌、とか戦争は嫌いだと言いつつも、どことなくルクスには死に場所を探すような節があった。癖なのかもしれない。戦場ならば華々しく散ることも出来るのかもしれないが、今は別の役目がある。と、その時。
「マレア様!? どうしてこんな、今、今ほどいて差し上げます」
若い娘の声が聞こえた。誘われるままに声の方向へルクスが向かうと、何やらエルフの娘と一人の男が小声で言い争っている。その向こうに、豪奢な服を纏い縛られた女一人。
「あたり、かな。ちと様子見るか」
包囲され戦意を失った民衆は武器を捨てるように皆に言われた。命は保証する、傷の手当てもしようと。民衆が信じられるかと声を放つ。そこへ星奈達に守られ奥から現れたカノが懇願する。証明にまず十人、重傷の者から選んでカノは皆の前で斬られた腕を治すなど『目に見える手段で』癒してみせた。
ざわめきが広がる。
「まあまあ。さて民衆よ。お前達をそそのかした愚か者を言いたまえ。その者に事の重大さを教えねばならん。この度の被害は甚大だ。庇うなどと言う愚かな事はせず、素直に答えよ。さすればこの度の反乱を水に流そう。手厚い保護を此処に約束しようではないか」
一瞬、沈黙が広がる。そうした後に少しずつざわめきが広がっていった。
そうだ、そうだ、私達は脅された。私達は悪くない。かの者に裁きを与えよ。
嘘でも良かった。ただ、自分達が助かれば。
人々は狂ったように叫び続ける。領主の唇が歪んだ。頭さえ潰せば静まるだろうと領主代行は思っていたのだ。降伏した民衆に、カノ達救護班が駆けて大きく貢献した。
民衆達が雇った冒険者の内半数が、何かあったのかいつの間にか姿を消していた。残る冒険者達への対処だが、領主代行はギルドとの兼ね合いや世間への吹聴を恐れ、「あわれな民衆に慈悲を垂れた心優しき冒険者」あるいは「旅の者が愚民の話を鵜呑みにした」などと適当な理由、またバース北方領土各地で同時に起こっていた盗賊やモンスター討伐に力を貸したとした。表向きに『そういう話』にしたのだ。
――――ラスカリタ伯爵城、暴動鎮圧。民衆降伏。ラスカリタ伯爵領土の全体規模における被害報告無数。現状詳細不明。
後日、反乱の首謀者マレア・ラスカことマレアージュ・ラスカリタの火あぶりが決定する。
冒険者街の一角。キャメロットに残った仲間が手配した隠れ家。エルシュナーヴとシーンに連れられて、ウィタエンジェは生き延びた。薔薇の館のメイドや騎士達は、今頃最悪死んでいるだろう。エルシュナーヴがみんなも逃げてと言った。館の者は「誰もいなくなれば他の者が怪しむかもしれないから」と残った。
主がいない館で犬死にすると知りつつ、逃がす為に、戦力を引きつける為に残ると。
「全部止める‥‥解決方法はないんか? うち、仲間が傷つくのは嫌や。マレアはんもウィタはんも死んで欲しくない。でも大勢の人にも死んで欲しくないねん。何故殺し合わなあかんの? 他に手段はないんか? このまま黙って人が死んでいくなんて嫌やで!?」
何故伯爵家を崩壊させたかったのか。話を聞いた後、シーンは叫んだ。
「‥‥ある事にはあるけど、できる者がいない」
「どういうことや?」
腕に館から持ち出した骨をかき抱いたウィタエンジェは答えた。遙か昔よりバースの北方と西方領土に巣くう、BR達でも勝てなかった『契約の一族』を駆逐できれば『贄姫』は必要なくなる。だが血塗られたしきたりを強いる存在は強すぎるのだと。
「――それ、もしかして、バートリエ‥‥じゃ」
エルシュナーヴが声を上げた。強かったろう? と声が返る。
「少なくとも今のままじゃ話にならない。今回僕が生き延びた。あとはマレア‥‥姉さんが生き残るか、プシュケが生き残るかで時間と争いの数が変動するかな? 姉さんが生き残るならBR達は全力で現状を維持し、時が来れば誰かを身代わりにしようと動くだろう」
「もし、もしやで。マレアはんが死んだりしたらBR達はどないするん?」
別に、散るだけだと答える。今度は全貴族達が躍起になる。多くが死ぬ。宝石は時間を稼ぐ為のもの。予言しよう、もって半年。其れまでにBR達以上の能力者が現れて『契約の一族』を殲滅しない限り、人知れずもっと多くの命が消えてゆくと。
例え、その起因となったのが僕らの先祖であってもね、と彼女は呟いた。