【戦乱の末】祈りに似ている外伝?―迷宮―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:5〜9lv
難易度:やや難
成功報酬:6 G 60 C
参加人数:7人
サポート参加人数:4人
冒険期間:03月16日〜03月31日
リプレイ公開日:2005年03月30日
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●オープニング
その日、ギルドに一枚の依頼書が張り出されていた。
依頼主はヴァルナルド・エレネシア。巷ではカマ疑惑の『ヴァーナさん』という愛称で知れ渡っている愉快なご老体である。最近屋敷では侵入者が現れて大事な客を殺されたりと大変そうなのだが、そのご老体、唐突に人を雇った。地下迷宮を調査して欲しいと。
小領土の内乱とはいえ、戦乱が起こったバース北方領土には幾つかの遺跡のような物があり、城などの地下にある水路は旧時代から使われ続けたものが非常に多く、現在何処が何処に繋がっているのか一部を除きさっぱり不明なのだという。
昔、自分の城の近辺だけでもと調査を行った者もいたらしいが、城の地下を除きさっぱり不明。この度魔物が北の森から溢れだし、何処かに隠れたという。これではおちおち眠れない。
「要するに地図を作れと? 魔物がいれば退治という方向で?」
「迷宮の調査自体は何度か分けて依頼を出す予定故、その時に宜しく頼みたい。本格的な調査は後日人を」
「今回は下調べですか」
「ああ。まず地下に入りやすい場所に何カ所か入り口はあるが、先日騒ぎが起こったラスカリタ伯爵城、あそこが一番各所に続く入り口と聞いている。事実不明な入り口がいくつあるか、だな。手紙はもう出してある故、向こうの領主代行も了解済みだ。魔物の調査と、戦乱の被害の調査も一緒に行って欲しいと伝えておいてくれ」
† † †
「人は変わるものだな。愛する者のためには死をも厭わず、好意を寄せる者すら最大限に利用する。怖い女に成り上がったものだ」
ネイだった。人の気配は二人の他にはない。
「知っているか? 遠い異国では、お前のような女を『女狐』というんだよ。プシュケ」
‥‥‥‥。
話は領主側の冒険者達が出発した翌日に遡る。
実質的に一日で次女を救出しキャメロットに着いた冒険者の娘二人。翌日の昼、この日は民衆側の冒険者が出発した日に当たるわけだが、この時冒険者街に匿われていたウィタエンジェはぽつぽつと話し出した。
遠い昔、バースの北方と東方の一部の貴族達は仲間と結託して罪を犯した。
実際に何をしたのかは記録に残っておらず彼女は分からぬそうだが、確実な事。先祖はある一族と何か約束を交わした。その上で裏切り利用し、陥れたらしい。激怒した一族の者は以来、ある家の血筋の娘を償いに差し出すように指示してきた。背けば小さな村々が見せしめに滅ぼされ、仲間の一家が一つずつ消えていった。連中の手口は巧妙で足がつかめず、討伐が行われる事はなかった。
以来数十年に一度、『贄姫』がその一族に差し出され続けてきたという。
罪を犯した者達の家は裏で『同胞』と呼ばれ、当主のみが『しきたり』を知らされる。ウィタエンジェは兄妹をこんな境遇にした『同胞』に復讐するつもりだったようだ。
「その連中を倒せばいいってのは難問だけど分かったとして、しきたりを守るって事はあっちのBRはただの弊害? 厄介な話ってことに」
「多数派を完全に切り離すわけにも行かない」
「何故?」
「接触手段を知っているのは多数派だけ。多数派はマレアの代わりに別の贄姫を捧げると決めてしまった。奴らの正体は何なのか、どうすれば会えるのか。その条件を開く扉の『鍵』にハーフエルフが必要だというのは少数派も知っているが、それ以上の事は分からない。多数派の情報は必須、だが、多数派の動きを止めなければ堂々巡り。其れをどうするか」
「ストップ」
娘の一人が記憶の糸を辿る。
――君にチャンスを、
「何? どうせ多数派はとめられな」
「違う。そうじゃなくて」
――見逃すチャンスをあげますよ、
「確かいたと思う。ずっと前に確か一人だけ『約束』を交わした人が」
――望んだ時に一度だけ。それで我々を破れるとは思えませんし。会わない可能性もありますしね。
かつて灰の教団というカルト教団があった。教団を影で動かしていたBlackRozenの幹部の一人。その幹部と望まぬながら取引を行った者がいたらしい。幹部の者と交わした『約束』は多数派BR全体に適応されるたった一度の『唯一にして最大の切り札』。
幹部は死んだが『約束』は死後も維持されている。問題は『いつ其れを行使する』かだろう。当人が忘れていれば意味もなくなるだろうが。
次女は答えた。マレア至上主義のBRに対して取引を行うには、其れ相応の『物』が必要になる。彼らにとって利益となる、喉から手が出るほど欲しいであろう『品』。
現状を考えれば多数派と取引を行う場合『贄姫と呼ばれる娘』、『鍵と呼ばれるハーフエルフ』、『ブラッティローズ(紅蓮の星)』、『約束の権利者』が当てはまる。
仲間の事を話す冒険者。ウィタエンジェは娘二人を眺めて思案した。
「有力な手を持ってる者が何人かいるようだけど、僕にはどうにもできないね。僕は『贄姫』の血筋の権利しか行使できない。それにこの権利はもう用途を決めている」
どうする気か、と冒険者達が目を見張った。もう其処にいるんだろうと声を出す。驚いた事に、今まで誰も居なかった場所に少女がいた。十歳ぐらいの背丈の真綿のような髪をした愛らしい少女だ。二人が首を傾げたところ、ウィタエンジェが笑う。
「紹介しようか? BlackRozen少数派の参謀、ポワニカだ。少数派の指揮をしている」
こんな小さな娘が、化け物じみた暗殺者達の司令塔であるという。
「マレアは民衆の指導者に祭り上げられ、君達少数派は無理にでも伯爵家を維持するか、陥落と共に彼女も殺すか。色々動いていたのは知っている。プシュケを兄の愛人として側に置いたのが良い証拠だね。身代わりに出来る人間が手駒にいれば」
ポワニカの眉間に皺が刻まれる。
「さて可愛い人達のおかげで気が変わった。滅びるなら願ってもないが。もし伯爵城を維持する自体になり、その上でマレアも生き延びていたら一つ賭をしてみたい。過去誰もが諦めた『契約の一族』の討伐を行える者が現れるかどうか」
「つまり‥‥我々と再び契約を?」
「この場合、期限がくれば『贄姫』が必要。その『贄姫』僕がなろう。かわりに僕の手足になりたまえ。伯爵家の衰退をおさえ、各所の陰謀を押さえる。悪くない条件だろう? 連中が消えれば問題解消、失敗しても犠牲は僕かプシュケ」
「‥‥は、遊び感覚でしゅね。いいでしゅ、ただし戦乱の結果次第でしゅよ」
その数日後。戦乱の結果が届く。
「さて。あとはディルスの裏依頼次第で少数派が手駒になるか決まるかな。マレアが死ねばBRは両方使い物にならない。失敗しても僕自身生き残った以上は自由が欲しいからね。孫娘、殺したくないだろう? ヴァルナルド。妹の件もある。当分よろしく頼むよ」
「ギルドにどう依頼を出せと?」
「まずは、隠された祭壇探しから始めないとね?」
平民に扮したウィタエンジェは冒険者街を出てエレネシア家に赴いていた。にこりと麗しい凍てついた微笑に対し、現当主ヴァルナルドは複雑な表情で押し黙っていた。
●リプレイ本文
問いたい事、というのはあるのだろう。城の地下迷宮探索を請け負った冒険者達のうち、とっとと馬に乗って出発したシアン・アズベルト(ea3438)とその後ろに乗ったフローラ・エリクセン(ea0110)、徒歩で移動した風歌星奈(ea3449)とエルザ・デュリス(ea1514)の他、エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)とシーン・オーサカ(ea3777)及びユラ・ティアナ(ea8769)の三人は思い思いに訊ねていた。
「マレアおねーちゃんの幼なじみのミッチェルさんが先代の息子でマレアおねーちゃんのお兄さんってこと?」
「そうでしゅね。先ほどの血筋に関してでしゅが、我々少数派の知る贄姫は現状三名。親愛なる方、プシュケ、名も無き君のみでしゅ。今はもう没落したある伯爵家の血筋の娘が同胞の贄姫資格者。プシュケの母と親愛なる方の母はかの家の姉妹故」
エルシュナーヴが小難しそうな表情で唸る。血筋関係を把握するのは相当面倒と言えた。
「先祖が不義の子やったら影響あるんやないかと思ったけど、マレアはんとプッちーのお母はんが問題、か。他はいないんやな? 紅蓮の星て回収だけなん?」
シーンが先ほど出発したエルザの顔を思い浮かべ、そして壁際にいるシュナを一瞥して溜息を吐く。エルザ経由でシュナが聞かせた、ラスカリタ伯爵家の血筋の闇。贄姫云々だけでも相当面倒なのに、シルベリアスの代で既に余計な問題まであるらしい。
ブラッディローズ(紅蓮の星)は回収する他に手だてがないという。連中の手に渡れば確実に贄姫を差し出す次期が早まるだけで、回収は時間稼ぎに過ぎないようだ。
「そうや、ウィタはん。ウィタはんの真の名前聞いてええ?」
「ないよ」
シーンの双眸が点になる。「は?」と間抜けな問い返しに、相手は皮肉げに笑った。
「僕に真の名なんてない。『ウィタエンジェ』はこの子の為、『マレアージュ』は元々姉さんの為に、兄だって名前があったのに僕にはない。『名も無き君』と呼ばれる所以さ」
誰も僕に名前をくれなかった、酷いよね。と言われシーンは口ごもってしまう。
「ねぇ、答えて。何故鍵の一つがハーフエルフなの?」
ユラの純粋な疑問だった。何故ハーフエルフが必要なのか、何故鍵に自分がなったのか、鍵の選定基準とは何なのか、何故――‥
短い沈黙が降りた。ユラの視線は揺るぎない。一言一句聞き逃さぬとでも言うように、じっと相手を眺めている。やがてポワニカという少数派の参謀らしい少女がユラを見た。
「時に忌み子よ」
幼い少女の子供らしからぬ声音。少女はにっこりと透明で毒のない微笑をユラに向けた。
「種族は‥‥問わないでしゅ。『人』と『人』、『生き物』と『物事』との関わりは些細なことも大切だと思った事はないでしゅか?」
話の末にシーンとユラはフライングブルームでバースの地へ飛ばし。エルシュナーヴも出発。チハルが情報収集にでかけ、ヒックスはネイを訪ねて『二丁目』へ向かい、ウィタエンジェはその後エレネシア家の方で厄介になると冒険者街を出ていった。フィリア達が子供の骨を預かると申し出たが、彼女は相当依存しているらしく手放さなかった。
さっさと伯爵城に到着したシーンがうっかりウィタエンジェの保護を伝えてしまい、捜索に出ていた騎士団が城に集結した。それから数日が過ぎる。この時マレアの処刑も平行して行われることになっており、冒険者達の一部は複雑な思いを胸中に抱いていた。正しいことをしたはずだった、けれど、それで死ぬ者もいるということ。
けれど。
「全く大した男だわ、初対面で堂々とあそこまで言えるの貴方位よシアン」
「エルザさん‥‥、此処は誉め言葉として受け取っておきます。仕方がないですよ。風向きは変わりつつある。より影響力を持つ手札はあるに越したことはない」
地下の探索をする長い生活は、時間感覚が昼も夜も分からないほどになっていた。数日前まで憂鬱だったフローラを初めとした者達の表情は明るい。処刑は行われた、ただし本物のマレアは生き延びた。彼らは到着早々一刻も早く地下の探索に取りかかりたいと熱心なふりで通したが、その実は、以前の戦乱で塞いでしまった地下通路の復活と罠の解除に専念したのだ。マレア救出で赴く者達に協力するために。
会ってもどうして良いのか分からないと発言していたフローラに対し、シアンとエルザとユラの三人だけは処刑前、牢獄の中のマレアに会いに行った。彼らは初めて会う相手。
『シアン・アズベルトと申します。貴方がBlackRozenの元首領ですね?』
『キリクを知ってるわよね。義弟がお世話になったわ。私はエルザというの』
『私はユラ・ティアナ。フローラちゃんやシーンちゃんと仕事してるんだ。分かるよね』
相手の瞳に正気と感心が向いたことを確認して、シアンはずばりこういった。
『他の贄姫二名は覚悟を決めましたよ。BlackRozen少数派とその協力者達は『契約の一族』殲滅に動き始めました。貴方は目を逸らさず力ある者の債務を果たすべきです』
獄中の相手は最後まで何も話さなかった。どう転ぶのか、今の彼らには分からない。
「辛気くさい話をするのはソロソロやめにしましょう。私達もやらなきゃいけないことがあるんだから。問題の人物は生き延びた、命が救われた、今はそれでいいじゃない」
風の流れを確認しながら星奈が言った。
彼女やエルザ、フローラの手にした羊皮紙には、ここ数日の間に書き込まれた大まかな経路や分岐、モンスターの出現場所などが事細かに書き込まれている。戦乱で溢れた北の森の魔物達。外に近い通路ほど、魔物の数が多かったのは致し方ないだろう。クレイジェル等さほど強い相手でなかったのが幸運か。それにしても。
「あ‥の‥‥城周辺の地下が螺旋のようになってるのも驚きましたけど、‥‥複雑すぎませんか? ‥‥新たに分かった外部への通路を含めても、大小の脇道が多すぎると‥‥」
二人の書き込んだ地図を覗き込みながらフローラがおずおずと手を挙げた。この度フローラのブレスセンサーで発見しにくいモンスター以外は大方つかめたり、地下に潜ってゆくたびクリエイトエアーで呼吸を助けたりと大活躍であるが、彼女の疑問に星奈やエルザは地図とにらめっこを始め、皆が顔を合わせた。何か必要に応じて作られたとは言い難い。
「うぅーん、私ねぇ旧時代の迷宮っていうからお宝があるもんだと思って胸ときめかせてたんだけど、どうにも気味が悪いわね。今は城から近い大きな通路を選んできてるじゃない? それでこの数なのよ? 本格的に調査を始めるには人手と時間がいるわね」
星奈の指摘は間違いではない。何のためにつなげられたのか分からない道すらある。城のすぐ下は最低限加工された石や壁があったのに対し、少し遠方へ進むと岩や土肌がむき出しの一帯が現れてゆく。
「なんで宝箱の一つもないのよ! 普通は忘れられた遺産とかあるはずでしょー!?」
「星奈おねーちゃん不満そう。ねぇユラおねーちゃん、今どれくらい下かなぁ?」
「わっかんない。見なよ天井、まるででっかい口みたい」
時折幾多もの道が分かれた場所へ出る事がある。すると天井が酷く高く闇がわだかまっているような、何か巨大な生き物が口を開けて餌を待っているかの如き錯覚すら受けた。皆が高々とランタンを掲げていると、シーンが何かに気づく。
「此処、なんか書いてあるで」
シーンの脇をすり抜け、しゃがんだフローラがじっと文字に目を凝らす。
「えっと‥‥『闇より深い闇の底に続く道。我、もはや陽の下に戻るすべ無し。何人たりとも通さぬと願った道は、すなわち我をも通さず』?」
背筋に、漠然と寒いものが伝った気がした。
今回の調査は深く調査する必要はない。
あっというまに期限が訪れた。中には迷宮調査を仲間に任せ北方領土を調査した者もいたらしい。戦乱の被害はやはり大きいようだったが、以前の冒険者達の要望が聞き入れられたこともあり少しずつ復旧に力が注がれてはいるようだった。
ただ領主の考えは変わっていないし、改善されたわけでもない。人々の心は離れており、マレアの処刑で、「私はそそのかされた」、「女が悪いんだ」、「私は何も知らない」と言葉を放ちながら「希望を殺してしまった」と少なからず罪悪感で病んでいるようだった。
「明日無き闇は果てしなく、背負いし思いはただ絶望。されど闇は無限にあらず、無限なるは明日への希望。遙かな先に明日を信じ、今は無心に歩むのみ」
エルシュナーヴの歌声が聞こえる。帰り道に、皆はそれぞれ会った人間の話や迷宮の事を思い出していた。領地を見て心を痛め、決心を堅くする者もいる。エルザが聞いた。
「そういえば古代魔法語の写しはどうしたの?」
「いつかきっと、光が差すから‥‥あぁ、もってかれちゃった。良くやったとか凄く機嫌がよさそうだったよ。教えてくれるとは言ってたけど、うーん」
「何にせよ、有利でも色々と面倒になる。根気強くいきましょう。ユラさん?」
「え! あ、ごめん話聞いてなかった。来る前の時の思い出してて‥‥」
お宝が、と喚く星奈の声が明るさと微笑みを運ぶ。
青空のしたの街道を歩きながら、彼らはキャメロットへ戻っていった。そして。
『どういう事かな?』
『例えば例の騎士と炎のウィザードは灰の教団時より立ち会い、神話のモデルとなった娘二人は親愛なる方のお気に入り、浪人と武道家の娘はディルスと縁が深い。結果を出すには経過が大事、我らは物事に必要な人材を判別しているのでしゅ。適材適所。例えば、その娘達の説得無くば名も無き君が死を選んでいたように関わりで変化する事も多い』
『答えになってないよ。第一私は髪飾りの時が初めてだといっても‥‥』
『忌み子なら誰でも良いと同時に、風向きを変えようと画策するなら基盤の角石になりうる者、命を張れる者でなくば『我らが求める鍵』の基準に到達しない。今最も鍵の座に近いのはそなたでしゅ。逃げるならば今。深く聞けば、そなたは悩み苦しむ。贄姫の件で数多の冒険者が関わりを得てきた今、将来仲間が危険に曝され苦しむとしたら?』
『私を脅すの? それとも何か起きるの? 私はまだ何処へ行くのかすら』
『決めるのはそなたでしゅ。多数派の情報無き今の段階で教える事は僅か。連中は忌み子ら――ハーフエルフを無条件で受け入れ、気に入った『人』の子にはこう伝えるそうでしゅ』
――――強くおなり、人の子よ。其れでかの過去を砕けるならば。