祈りに似ている外伝?―毒婦の涙―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 89 C
参加人数:12人
サポート参加人数:5人
冒険期間:07月05日〜07月17日
リプレイ公開日:2005年07月12日
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●オープニング
「一体どうしたと言うんだ。お前の望むとおりにしてきたのに!」
恐怖に満ちた男の声音。男は同衾の末に待ち受けていた事に狼狽せざるを得なかった。
腹の上に女がいる。濡れた瞳と白い四肢。赤い唇が印象的な愛人は、その手に獰猛な刃を手にしていた。銀の刀身が、男の首筋を狙う。後退すれど背後は壁。逃げ場はない。
「落ち着け! 落ち着いてくれ! 一体何が不満だったと言うんだ!」
『ひと思いに刃を薙げば良いだけなのに』
女の脳裏に、耳元に、幻聴が駆け抜ける。剣を握りしめた手は小刻みに震えていた。気を抜けば終わりだと気づいていたからだ。しかし徐々に思考は飲み込まれてゆく。
『無駄な抵抗はやめなさい。所詮、あなたには何も出来ない』
花が咲く。どんな花よりも深い真紅の花が。
遅かった。耐えきれなかった。女の泣き声が部屋と言わず、廊下と言わず、建物に響き渡る。けれど誰も駆けつける気配はまるでない。薄々こうなることは感じていた。だからこそ失うモノは何もない自分が忌まわしい役目を引き受けたはずだったと頭の隅で思う。
まさかこんなに早く障害を潰した奴らが戻るとは思わなかったのだ。贄の時が近づいている。気が狂いそうな孤独の中で何者かが自分の体を抱きしめるのを感じた。
『逃げられませんよ、我らが贄姫。古より我らを踏み台に続く罪人の子孫よ』
―――怖い――怖い――誰か、助けて。
キャメロットから西へ185km先、ブリストルの南東12キロのところにあり交通網の要路にあたる場所に鉱泉の町バースはある。
バースを拠点にその地の住民に北方と呼ばれる小領土をおさめている貴族がいる。それが北方領土を縦に割った右、東北方面を支配するラスカリタ伯爵家と、西北を支配するエレネシア子爵家とセンブルグ男爵家の二つだ。この地方は古くから忌むべき『しきたり』が続いており、それらに関わる家を『同胞』と呼んだ。現在それらの貴族は東方領土や西方領土にも住んでいる。長年『贄』を要求する不気味な影。脅かされ続けた生活。そして幾度も諍いが起き、何百人もが歴史の中に人知れず消えていた‥‥
「ねぇ、レモンドさん。今度はどこにいくの?」
寝ぼけた少女の声。海の向こうから帰還した魔法使い見習いのミュエラ・ルィとユエナ・アリエスト。二人のお守り役を仰せつかったというレモンド・センブルグは微笑む。
「鉱泉の町だよ。今はゆっくりお休み」
突然馬車が揺れる。驚いた三人だが、レモンドは少女達にそこにいなさいと言い放って外へ出た。其処には彼の知る顔がいた。
「よぉ、センブルグの第三子」
「マリス、彼女は無事ですね? ‥‥? 相棒のアディナと参謀はどうしたんですか」
「後ろ盾のないブランシュを守り安全を約束する代わりに、お前がレヴィが持ち出した三石を持ち帰る。そう言う契約だろ? 参謀の場所はお前には言えない。アディナは‥‥ブランシュの保護で死んだよ。ブラックローゼンは契約の一族に削られ続けてるもんでな」
「‥‥目を付けられて災難ですね、さて。二つは此処に、残り一つは秘密です。彼女の無事を確かめてからでないと渡せない」
「へいへい。‥‥石の城で、しなねぇといいなぁ」
奇妙な言葉だった。
‥‥‥。
ギルドへ現れたのはラスカリタ伯爵家の次男、アニマンディだった。この数ヶ月の間、表向きバース北方領土は平穏だった。しかし裏では様々な事が起こっていた、といえばいいのか。アニマンディは兄のすすめで結婚し、北方領土を追いやられていた。しかしそれは兄の愛人の差し金だとアニマンディは言う。
「兄の様子が少しずつおかしくなっているのを俺は見た。本当だ。地底調査が一旦うち切られて一ヶ月、何の音沙汰もない。今はどうなっているのか検討もつかん。調査をして欲しい」
「確か騎士団をお持ちでしたのでは?」
「‥‥二度送ったが、帰ってこなかった」
だからギルドに来たのだと、彼は重々しい口を開く。これは騎士団の帰りを待つ家々の者達と同じ願いであると。
† † †
○『ラスカリタ伯爵城』
小高い丘の城。周囲を塀で四角く囲み、四方にゲートがある。城本体は三つの棟から成り立っている。F字型。縦の館が本館四階立て、横二本が奥から第二棟(三階立て)、手前が第三棟(二階建て)。全部屋の総数は八十を超えます。領主代理の書斎は本館四階。
特殊:秘密通路(城内・地下・地下水路)有り。
●リプレイ本文
切なく、悲しい、笛の音が‥‥聞こえる。
夏も近い頃、イギリスでは雨の日々が増えていた。その例外に漏れることなく、バースの北方領土の方面にも天の涙は降り注ぐ。農家の大麦は近々刈り入れ時ともなろうが、雨が続いては大変だろう。かつて踏み荒らされた大地は緑を取り戻していた。
先行者達と異なりキャメロットで一日を費やした者達がいる。ネイの捜索に赴いたエルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)とシアン・アズベルト(ea3438)、シーン・オーサカ(ea3777)とフローラ・エリクセン(ea0110)の四人が憂鬱な気持ちで押し黙っていた。ポワニカを通じネイを探しだした末、聞かされた事実と伝説はあまりにも凄惨で。
「エル難しい事よくわかんないけど‥‥贄姫が慰撫の存在だって、言ってたね」
「どうでしょうね。ネイが会談の席を設ける時に、関係者に契約の一族誕生の経緯、話し合わねば。多数派との会談で不明確な所も明らかになればいいのですが‥‥宝石も鍵も諸刃の剣。鍵になると決めたユラさんの意志一つでも大幅に道が変わってしまう」
風歌星奈(ea3449)と同じく先行して旅立ったハーフエルフの娘、ユラ・ティアナ(ea8769)。彼女がどちらに慈悲を垂れるかで『鍵』の意味が変化する事を聞かされた。
贄姫の一族か、契約の一族か。話している事が真実ならば連中にとって『ハーフエルフは仲間』なのだ。ユラの気持ちの持ちようでは『鍵』にもなれず敵対できない相手と化す。
「まだ色々隠してそうやしなぁ。多数派の事もあるし。うちな、ちょっと考えついただけやったんや。呪詛道具ならぬ封印道具やなんて‥‥『それ』破壊したら大変な事になるで」
シーンが鋭い眼差しでシアンを眺めた。一歩間違えれば――最悪の事態が起こる。
「私達‥‥数ヶ月後に生きていられるんでしょうか。ううん、でも」
何怖い顔をしてるんですか、とフローラ達に声をかけてきたのはエレネシア家に赴いていたヒックス・シアラー(ea5430)とジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)の二人だ。
「ヴァーナ爺さんがさ『わしは何が起ころうと領民をとらねばならん立場だ』って言い張るんだよ、悲しそうな顔でさ。まいっちまうよな‥‥普通にしてりゃ陽気な爺なのにな」
泥棒根性が騒いじまう、前もこんな事あったなぁと呟きながら大理石のパイプを吹かす。
「僕は誓いを立ててきたんです。おかげですっきりしました」
誰かが呟く。行きましょうか、呪われた土地へ、と。
「あ、シアンおにーちゃんエルも乗せて〜〜〜」
「空、晴れた方がいいですね」
フローラの魔法で空が晴れる。イフェリアと真琴の見送りと共に、六人は旅立った。
先行した者達は歩く者、道具や馬に頼る者、様々だ。エルザ・デュリス(ea1514)とリーベ・フェァリーレン(ea3524)はフライングブルームに乗って空を飛ぶ。カノ・ジヨ(ea6914)はシフールではあるがそんなに早く飛べるわけもなく、荷物を二人に頼み、借りた大凧でバースへ向かうミラ・ダイモス(eb2064)。フライングブルームの巡航速度と大凧の最高速度で丁度進みが同じである。エルザは後ろに跨るリーベからドレスタットの話を伺っていた。悲惨な事件に関わった事も含めて。
「ミュエラ。ケンブリッジの時にいた見習いの‥‥不吉な予感ばかりで嫌になってきたわ」
「私としてはレモンドさんも信用ならない相手だったりするけどねー、うー狭い」
とエルザとリーベが愚痴と世間話をしているとカノが「うわぁ〜ん止まってくださいぃ〜」と嘆く声が聞こえた。飛ばされそうになっているのかと顔を背ければ、ミラの飛行速度が急激に落ちている。
ミラの魔力が許容量を超えかけていたからだった。エルザとリーベが交代でフライングブルームを運転しているのに対し、大凧はミラ一人。ミラの一人の力では大凧は四時間半飛ばすのが限界だ。それ以上飛ばすと降りる前に墜落してしまう。慌てて戻ってきたエルザとリーベ、カノの三人。
「すいません、そろそろ休んでも宜しいでしょうか」
「その方がいいわね。これ以上ミラさんが飛ぶのは危険だわ。ソルフの実もあるけれど、一つしかないから無理だし。ごめんなさい、あそこの土地は危険だから容易に使えないの」
エルザがすまなそうに謝るが、ミラは気にしないでくださいと顔を振る。リーベがカノを肩に乗せて、まだ遠いバースの土地を眺める。到着は早くても明日の午後。
「預かってる荷物もあるし私達だけ先にってわけには行かないわね。城に行くにもみんなが揃ってからだしゆっくり行きますか。今夜は何処にとまる?」
「もう少し西に歩いたところに小さな村が見えました」
「ミラさん凄いです〜きょうはぁ、そこの村でとめてもらったらどうでしょーかぁ‥‥あとぉ、バースの話も、可能な範囲で良いので‥‥お伺いしたいんですけどぉ」
おずおずとカノが話す。彼らはそのまま村へと向かった。
この頃、キャメロットに残っていた者達が出発し、先行とはいえど徒歩の星奈と戦闘馬に跨ったユラが確実に歩みを進めていた。早くに到着する者、通常の旅と同じ日にちで到着する者。ただ二日目に到着したエルザ達は、バースでの聞き込みの末、昨日の夜に娘二人を連れた不自然なクレリックが町を訪れたことを知る。
嫌な予感に背を押されるようにして探り当てた宿屋に、半ば押し入るようにしてリーベ達は現れた。本来宿泊者しか入れない食堂へ踏み入った所で、探し人を見つける。‥‥ミュエラ・ルィとユエナ・アリエスト。ドレスタットにいたはずの二人。保護者の姿はない。
一悶着の末、食堂でプティングを食べていた二人と落ち着いて話をとりつけたエルザ達に二人は懐かしそうな顔で受け入れた。カノとミラは知らない顔だが、仲間だと紹介した所でうち解けたらしい。リーベがレモンドはどうしたのかと聞くと、一方を指さした。城の方向である。二人は現在、レモンドの代わりに別の男の保護を受けているという。
「遅れてごめんなさいってほどでもないか」
到着した星奈がぽりぽりと頭をかく。遠目に月明かりに輝くラスカリタ伯爵城が見えた。しんと静まりかえった小高い丘の伯爵城は、見た限り大した異変は無いように見えた。
「平穏だけど‥‥静かすぎるよね」
そうユラの言うとおり静かなのだ。カノが以前訪れたラスカ村などを見回っていたが、ラスカ村もマディール村も人の気配がまるでしない。此処一帯が異常な静かさを保っている。隠し通路を使い、地下から侵入を試みるB班と、地上から向かうA班。
A班にはエルザ、ジョーイ、リーベ、ヒックス、カノ、ミラの六名が。B班にはフローラ、エルシュナーヴ、シアン、星奈、シーン、ユラの六名がそれぞれチームを作る。今回の目的はあくまでも城の調査であり、送り込まれた騎士団の安否だ。
ミラが唖然と声を上げた。塀の内側には混沌とした様が見て取れる。アニマンディが送り込んだ騎士団達だろう。魔法使いの姿もある。約八割が凍りついていた。仲間同志殺し合うかのような光景。異様に重ねられたアイスコフィン。
リーベがパッドルワードで溶け始めている水に話を聞くと、氷が溶けるたびにウィザードが巡回してきて氷を作っているという。自分(水溜)はその際良く踏まれていると。
まずエルザ達は領主代行サンカッセラの書斎を目指した。しかし。
「全く城内では得物が邪魔で‥‥、凄い‥‥こんなに精巧な石像を見たのは初めてです」
殺気はなかった。人の気配もない。代わりにあったのは点々と置かれた『踊る石像』。
芸術を貴族の心得として嗜むミラが髪の毛一本に至るまで精巧に作られた踊るメイドの石像に心奪われる。戦乱時はこんな物なかったわよね、と関係者が言葉を零していると石像を覗き込んでいたカノの顔色が変わった。
「‥‥この人、知ってます。前、傷ついた人の手当で‥‥手伝ってくれた、メイドのお姉さんじゃ‥‥ないでしょうかぁ? あの、よく見ると‥‥他の倒れてるのも」
カノの声が涙に濡れた。ジョーイやヒックス、ミラは頭を傾げたが、城へ宿泊した経験のあるエルザとリーベが石像の確認を始める。苦痛や恐怖に顔を歪めながら踊る石像達は皆『この城で働いていた者達』の姿ではないか。これは当人達でしかありえない。
「おぃおぃ、冗談じゃねぇぜ。いくぞ、急ぐんだ」
六人が領主代行サンカッセラの書斎へ辿り着く。そこで異常な数の鳥籠を彼らは目にした。所狭しと並べられた無数の小さな鳥籠。全てに名前が彫ってあり、不可解な白い球体が浮いている。隣の部屋にはサンカッセラとおぼしき遺体が猛烈な死臭を放っていた。
「ちょっとまって。この球体と同じ物、私前に見たことが‥‥」
「‥‥誰かいるの?」
エルザの声を遮る。全員が一斉に入り口の方向を向くと、壁により掛かって現れた声の主が憔悴した顔で彼らを見ている。ぼうっとした彼女に駆け寄ったのは何人いたか。
「しっかりして下さいプシュケさん! 何があったんですか」
「‥‥あなた誰?」
「ヒックスですよ、ヒックス・シアラー! 僕たちが分からないんですか!? よくみてください、みんな調査にきたんです。もう大丈夫ですから」
プシュケは何度も彼らの顔と名前を確かめた。夢見心地で確認をしてはじめて、安心したように倒れ込む。急いで逃げよう、と全員が立ち上がったのも束の間。
「待って、話があるの。聞いて欲しいの。お願い。一人ずつ、部屋に来て」
そんなことを、言い出した。
フローラ達は地下の牢獄で病の床にある先代領主の亡骸を見つけた。話に寄れば、此処へ幽閉したのは領主代行本人であると聞かされている。悲しい亡骸に手を合われる者もあれど、今は埋葬するだけの時間はない。シーンは自分達が歩いてきた道を見た。
「うちらが通ってきた地下迷宮、ただヒトを迷わせる為だけに道を増やしたんかな」
「そんな感じは‥‥します、何故でしょう。地下調査資料の部屋って資料庫でしょうか」
「たぶんそうだと思います。資料の回収は必要でしょう、それと重要人物の安否確認」
城内に入ってから、シアン達はA班と同じモノを見ていた。廊下に点々と置かれた石像と混乱の中で庭に凍らされた騎士団達。何故石像と化した者達が踊っているのかは想像できない。皆が皆恐怖に顔を引きつらせて踊りながら石化しているのは何故なのか。
「誰か、来ます!」
フローラがブレスセンサーで人の気配を捕らえた。近づいているとわかり、皆が身構える。角から姿を現した相手にエルシュナーヴがスリープを発動させると、相手がばたりと倒れた。恐る恐る近づくと、まごうことなき人間だ。随分痩せているが着衣からしてアニマンディが送り込んだウィザードの一人だろう。星奈が驚かせないでと蹴り飛ばした。
「あー驚いた。念のため自分にレジストメンタルかけとこっと。おねーちゃん、だれ?」
「重要な生き証人ですよ。君、しっかりしなさい」
目覚めたウィザードは恐慌状態に陥っていると言っても過言ではない。自分の杖を探してオロオロとしはじめるが、シーン達が調査の人間だと証すと、逃げようと縋りついた。
「落ち着いてってば。どうしたの、何故君だけ無事なのかな? 他には?」
「あ、あ、め命令、命令された。い、生かしてやるから、手伝えって。わ、私と九人」
ユラの問いかけに答えたウィザード曰く、計十人が生存の保証を約束されたそうだ。
異国の衣装を纏った男と女で、最初に訪れた者の首を男の方が刎ねた。
彼らを目で追う事が出来ず、ストーンとアイスコフィンを使える者だけが生かされた。そして数時して突如踊り出した城中の者を石と化すよう命令され、続いて現れた騎士団が急に仲間同士で狂ったように戦う様を、永遠に凍らせろと言う指示を受けたと。
「相手が何者か、分かりますか?」
「あ、み、耳、はーふ、ハーフエルフー‥‥っ!」
『シャドウバインディング』
闇の向こうから声がした。姿が見えない。体を硬直させてウィザードは動かなくなる。
「お喋りはそこまでです。最近の若者は泥棒同然に入るので困ったものだ」
「何処があんたの家よ、何処が」
星奈の悪態に苦笑一つ。しばらくの沈黙の末、闇の中から端正な顔をした男が現れた。弧を描く剽軽な瞳が印象的な異国の衣装。頭部に撒いた布から耳が出ている。さらに相手が両手に引きずっているのはレモンドと見知らぬ大男の無惨な姿。
「これですか? 大事な姫を盗もうとした駄犬でね。丁度ウィザードを捜していたんです」
酷いと、フローラが顔を覆う。星奈が飛びかかろうとしたのをシーンが止めた。一歩ずつ彼らは下がって行く。ウィザードの顔が絶望に変わった。すまないと思いながら、どうみても不用意に飛びかかっていい相手ではなかった。そこへ。
「いた〜〜っ! 速く逃げるですぅ〜〜襲われましたぁ〜! プシュケさんがいなくて、偽者にヒックスさんが気を許しちゃったです〜〜命抜かれましたぁ〜〜!」
カノの叫び声が聞こえた。カノの後ろにはぐったりしたヒックスを背負うジョーイ、小さな鳥籠を二つ抱えたエルザとリーベ、ミラが走ってくる。来たらあかん、とシーンが叫んだ。足を止めた彼らは、男の姿を確認する。
「姫なら今朝、バートリエが責任もってが護送したので。残念。旅は快適でしたか?」
奇妙な言葉だ。見透かしたような嫌な含み笑い。
「ふざけないでトランシバ。あんたハーフエルフだったの!?」
「農場で見た顔だ。幼い少女はお元気ですか」
仲間の目がリーベに注がれる。わざわざ問うまでもない。リーベが答える。
「そいつ某伯爵家の家宝の宝石、盗んでいった化け物よ! 悪魔飼ってるなんて初耳よ、プシュケさんに化けて誘惑させたのはあんたの入れ知恵!?」
「当たらずとも遠からず。しいて言うなら『悪魔の力を使うのも代償が必要』でね。これでも色々知ってますよ。調べる他、必要なら『記憶を貰えばいい』だけですしね」
トランシバと口論を重ねる間にも、皆は退路を探していた。エルシュナーヴが歌い、皆を奮い立たせた。帰らなければ、逃げなければ。今対峙するのは危険すぎる。
隙をみて彼らは逃げた。哀れなウィザードと重傷のレモンド、もう一人を残して。
相手は追ってこなかった。ただ冷徹に微笑みながら、ある人物に向けて声を投げた。
「我らの嘆きは贄姫にあり。貴方は我らの仲間なのに、我らの嘆きが分かりませんか?」
戻ってきた後、ヒックスはエルザが持ち出した奪われた命を飲み込んで、初めて回復した。そしてエルザが持ち出したもう一つの籠にはレモンドの名前が刻まれていたという。