【バースの戦乱】芸術家の苦悩BR?―民衆―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:15人

サポート参加人数:10人

冒険期間:02月21日〜03月06日

リプレイ公開日:2005年03月05日

●オープニング

「当初は確かに賛同していた」
 バースの町の片隅にある一つの家で、数名の男女が囁きあっていた。大盗賊BlackRozenと呼ばれ、貴族に召し抱えられて棘となり、今、領主代行の猛威を退けるべく動いている者達‥‥俗に多数派と呼ばれる者達だった。
「今まで贄姫は三人だと思われてきた」
「だが、ネイの報告では」
「そうだ。四人目が居る。ダニエル伯爵家の養女ミゼリ。あれの親はエレネシア家の長女と同じ。すなわち四人目の『贄姫』にあたる。かの君はこれを知らない。言ったところで殺せと指示を出すだけだ。今から計画には組み込めない。バース東方領土有力貴族ダニエル家の爵位を受け継ぐ予定であるなら尚のこと手が出せなくなる」
 一度言葉を切った。バースの地には『同胞』と裏で呼称される貴族達がいる。なかでも『贄姫』と呼ばれる存在を生む貴族の家は特殊であり、限定された『青き血筋』の末にしかいない。現存する『贄姫の青き血筋』は亡きラスカリタ伯爵家の第一夫人の子とエレネシア家の子らだけであった。
「我々は『親愛なる方』の生存を望む。『親愛なる方』を死なせるわけにはいかない。生存を望む以上、遠かれ遅かれ身代わりが必要になる。その為には『親愛なる方』に生存優先順位をつけるための地位が必要だ」
 バースの地は『同胞』ととある『しきたり』に縛られていた。もっとも、これらは『同胞』の当主達にしか知らされない。彼らが知っているのは、少し前までウィタエンジェというラスカリタ伯爵家次女の手下として動いていたからである。
 仲間の一人が声を上げた。
「身代わりにプシュケかミゼリを差し出さねば」
 未来の『贄姫』は基本的に一人で良い。たとえ二人要求されても、手駒が二つあれば充分『親愛なる方』を保護できる。
 代償には代償を重ねる。犠牲の上に物事は成り立つ。
 彼らは民衆達を犠牲にしきたりを終わらせるよりも、『親愛なる方の生存』を選んだ。これは『同胞』と『しきたり』を維持することになってしまうが、結果的に多くの民衆の命を守る事にも繋がる。少数派の目的は制度としきたりの破壊、及び同胞への復讐。其れは確実に『見て見ぬ振りをしてきた民衆』への復讐でもあった。しかし犠牲が多すぎる。
 根本の破壊より『贄姫』を維持する事。それが彼らの決定だった。
 だが目的はそれだけではない。宝石の件は一時的に休むとしても、立場を偽装してまで特定の貴族を亡き者にしてきたのには壮大な目的あってのことだ。もし『親愛なる方』の闇の過去が流出するようであるならば、対象の口を封じていけばいい。多数派の者達はそう考えていた。
「プシュケは今少数派の庇護下。あとは自害しないように見張る必要があるかな。名も無き君に対しては情がある。哀れな『白い花』は戦の中で花と散らせることにしよう」
 表向きの計画と裏向きの計画は着々と進んでいた。
 この戦で、全てが決まる。

   † † †

「民衆が反旗を翻しただと!?」
 城の片隅でラスカリタ伯爵家の領主代行、サンカッセラが驚愕に満ちた声を上げた。
 キャメロットの西185km先にバースという地域がある。エイヴォン川の河畔にある街『バース』の北、俗にバース北方領土と呼ばれる地域は現在領主代行が掲げる霞のような理想論によって統治され、ジワジワと破滅の道を歩んでいた。
 虐げられた民衆は叫んでいる。
 新たな領主を迎えよう、民草の事を理解せぬ非道な領主代行をうち倒せ。
 民衆達には希望の光があった。死んだと思われていた第一夫人の娘が現れたのだ。
 よって民は新たな『王』を求める。
「自ら妖しい薬に手を出して自滅した莫迦者共めが。今この北方領土がいかに危険な均衡の上にいるのか欠片も理解していないと見える。大体民衆達が新たな領主にと掲げる者は」
 ‥‥一部の貴族だけが知っていた。
 民衆の掲げる新領主の候補者が六年前にバースを恐怖に陥れた大盗賊の頭領であることを。そして正当な後継者であることも。
 民も、領主も、助けの手を求めた。
 暴動を起こした愚かな民衆を鎮圧せよ、慈悲すらたれぬ領主をうち倒す手伝いをと。領土に住まう多くの若者が、騎士が、魔法使いが始まろうとしている内乱のために招集された。強力なモンスターの徘徊していた北の森からは警備が消え、モンスターや盗賊達が村や町へあふれ出す。
 かくして戦は始まる。
 自堕落や失態を棚に上げて都合の良いときに助けを求める虐げられた民衆と。
 物事に厳正過ぎるあまり人として慈悲に欠けた誠実な領主の間で。

●今回の参加者

 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0836 キラ・ヴァルキュリア(23歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0904 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1519 キリク・アキリ(24歳・♂・神聖騎士・パラ・ロシア王国)
 ea2030 ジャドウ・ロスト(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6089 ミルフィー・アクエリ(28歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

風月 皇鬼(ea0023)/ 神薙 理雄(ea0263)/ インシグニア・ゾーンブルグ(ea0280)/ 倉城 響(ea1466)/ 夜桜 翠漣(ea1749)/ レイリー・ロンド(ea3982)/ 夜枝月 奏(ea4319)/ ライラ・メイト(ea6072)/ バルタザール・アルビレオ(ea7218)/ ソムグル・レイツェーン(eb1035

●リプレイ本文

「両方の冒険者が旅立ったようよ。どうなるのかしら」
 ギルドである。領主と民衆、それぞれの依頼の受付を行った係が囁きあっていた。
「ギルドは国家の安泰の為にある存在。双方を受けた事で言い分の実体調査と今の冒険者達の力量を計る事に繋がる。何が真実か見定め、早期解決に尽くしてもらわねば」
 領主が早かった事もあるが、ギルドは故意に片方遅らせて依頼書を張り出した。それは両方に乗り込んでもらう為の配慮。相手を潰さんとする為に急いだ者も居たようだが。
「敵対した状況を上手く使って早期解決に協力しあうって事? でもただ潰し合ったら」
「それぞれの立場でしか出来ない事もある。言われるまで待つのは子供で充分。表向きの立場通り殺し合うだけなら、解決力はまだその程度。今の内に見抜く目を養わねば‥‥ね」
 戦の起こり。大小様々なれど根元にあるのは一握りの者の意地や利己主義。
 周囲の意思と無関係に多くの命が消え、血が流れる。恨み、妬み、時が経てども癒されない心の傷。‥‥死んだ者は帰らない。集団で犯した罪は決して物のように小さく分けられる事はない。秘密を知り共に戦うなら。命を屠るなら背負えなくては意味がない。
 物には代償。相手にも守る者があり、立場があり、人生がある。それを理解した上で、己にとって果たして何が一番大事か。数か、価値か、己のエゴか。正義とは何か。

 ‥‥指の先から感覚が途切れ、表情が冷たく凍りついてゆく。
 民衆側についた冒険者達は張り出しが遅れた為一日で遅れているわけであるが、黒畑緑朗(ea6426)と御蔵忠司(ea0904)はフライングブルームで先行。空を最速で飛んでいる。身を切るような冷気が容赦なく二人を襲った。防寒服一式を持ち合わせていなかったら、今頃凍えるどころではなかっただろう。二人は無論、西を目指していた。キャメロットから西へ185km先の地方バース、その北方領土では戦がジワジワと始まっていた。幸い天候は良く、最近までバース地方の空を徘徊していたというヴァルチャーの姿もない。
「‥‥っ、‥‥君、緑朗君!」
 忠司が全力で空を飛びながら、緑朗に向かって声を張り上げる。口の中へ冷えた突風が容赦なく流れてくる。何度も声を張り上げ、ようやく緑朗が忠司の声に気がついた。
「そのまま聞いてください! 俺は武装蜂起した住民に城を包囲するよう伝えたその後、ラスカ村へ向い、捜査をします! 皆が到着するまでの間、民衆を君に任せたい!」
「承知いたした! しかし貴殿は何故ラスカ村へ!?」
「俺はラスカ村の彼らと縁があります! 以前、妖しげな薬が出回って村人が大量死したのもあの村でした! 死んだとされた第一令嬢、噂の根拠を住民に聞き込んできます!」
 眠らなくても働ける薬。そんな効能を持った薬が、以前ラスカ村で大量に出回った。
 だが世の中にはそんな都合のいい薬があるはずもなく、多くの者が中毒で死んでいった。忠司は依頼でラスカ村に赴き、自分の目で、その凄まじい光景を目の当たりにしている。子供が、娘が、青年が。年老いた者や夫婦も見境いなく死んでゆく。無報酬だったが見捨てておけなかったのだろう。忠司は自分の財産を金にかえ、高価な解毒剤を仕入れて村人を救うことに力を尽くした。彼と一緒に、ラスカ村で救助を行った者もまた。
「忠司殿? 忠司殿!? どうしたでござるか? 忠司殿!!」
 緑朗の呼びかけは耳に届いていなかった。耳の奥に蘇るのは、遠き日の少年の声。
『どうか、どうかラスカ村を助けてください、僕だけじゃ駄目なんです』
「‥‥パステル君。君の村は、一体何を」
 肌を切る冷たい風。答えはまだ、返らない。

 今回の依頼に置いて、スピードを重視するあまり根本的な問題を忘れていた者が多く、冒険者達は様々な問題と壁に悩まされることになる。食料云々ではない。騎乗能力のない者が馬に乗って手綱を操り馬を走らせる、などという高度なワザができるはずもない。双海涼(ea0850)のように、馬にのれず徒歩で向かった者もいる。
 だが深刻な問題はそこではなかった。現在、バース北方領土は北の森からモンスターが無尽蔵の如く溢れだし、盗賊達が多発。シフール便を始めとした連絡機関が麻痺状態に陥り、バース北方領土は一定の場所から先が暗闇のように何も分からない状態にある。
 そんな場所へ、戦場慣れも調教もしていない農耕馬で乗り込んだらどうなるか。
 結論は混乱と逃走。
 農耕馬は本来、戦場などと言う場所へ連れてゆくべきものではない。農耕馬は農耕馬。その事をすっかり忘れていた冒険者達の農耕馬はモンスターや盗賊に遭遇するなり錯乱し、ある者は馬から振り落とされ、ある者は馬がモンスターや盗賊にやられて瀕死状態に陥った。財産でもある馬を取り返す、あるいは重傷の自分と馬の傷を癒すため、農耕馬で北方領土へ乗り込んだ冒険者達はさらに一日、貴重な時間を潰すことになり、現地で待つ民衆の不安を煽るに至る。
 緑朗と忠司がフライングブルームで先行し皆が到着するまでの間の暇を調査でもてあましていたのに対し、皆が到着したのはさらに後となった。出遅れた初日も数えて、四日目の午後に希龍出雲(ea3109)が駿馬で拠点に到着。農耕馬で来訪した為、無駄に一日を費やした者達は六日目の朝に。この時に到着したのが九門冬華(ea0254)と天城月夜(ea0321)、キラ・ヴァルキュリア(ea0836)とクレア・クリストファ(ea0941)、キリク・アキリ(ea1519)とジーン・グレイ(ea4844)、ミルフィー・アクエリ(ea6089)の計七名。馬にのれず渋々歩きだったことが幸いし、早足だった徒歩の涼が無傷で到着したのが同日の午後である為、実際上馬に振り回された者は無駄な時間と薬を浪費していた。翌日、七日目の朝に涼と同じように馬があっても馬に乗れない者や歩きだった者達が無傷で到着した。ジャドウ・ロスト(ea2030)とカレン・ロスト(ea4358)、セレス・ブリッジ(ea4471)とフィラ・ボロゴース(ea9535)の四名である。
 ここで見方を変える。
 民衆は戦の案や戦力は冒険者達に頼っていた。露骨な態度はみせなかったが、冒険者達の指示を聞くに当たって「何故二人しかいないのだ?」と問うてきた。馬で此方に向かっていると緑朗達が話すと、三日か四日程度で到着するなら其れを待つ、作戦を聞き息女に会わせるのはそれからだと答えた。
 自分達は魔法も武術もない人間。冒険者の助けなく動けば逆に潰されかねないと言いだしたのだ。武力蜂起した決意と裏腹の激しい不安。
 待ち始めて三日目に出雲が到着した。民衆はもうじき冒険者達が来るのだと胸を躍らせる。出遅れた日から数えて五日目、忠司、緑朗、出雲以外の冒険者達は誰一人現れず、この事が民衆の期待をジワジワと絶望に変えた。民衆は見捨てられた、あるいは現在各地で暴れているモンスターや盗賊にやられたのではと言い出した。明けた六日目、八名が拠点に到着したが全身傷だらけで中には馬共々重傷の者もいた。七日目に残り四名。
 民衆の不安は到着で拭えたが、この時間ロスは致命的だった。馬や我が身の多大な怪我、余計な回復薬や弓等の攻撃手段、体力消耗。そして対立する領主側の冒険者達を全員城に入場させてしまったのだ。些細なミスにより、失策に失策が重なったと言えよう。

「来る途中に何体もモンスターや盗賊と遭遇した。いやはや馬が暴れて苦労したよ」
 ジーンが傷だらけの愛馬を眺めて苦々しく話した。大抵の者が手当を受けている。
「俺達は歩いていたからな。さほど被害はなかった。ふん、欲深き人間の哀れな事よ」
「お、お兄さまったら!」
「貴様の兄などしらん」
 ジャドウとカレンが時折そんな話を言っている。愛想のないジャドウがふと、周りを気遣うカレンの左肩に一瞬だけ気遣わしげな目を落とし、手を伸ば――そうとしてやめた。ふいっと興味を失ったかのように顔を背け、むっつりと黙り込む。カレンは首を傾げた。
 それはさておきフィラの顔に渋面が広がる。
「もう少し状況考えるべきだったな。キャメロットの何人かに情報収集や調査を頼んでおいたんだが‥‥あぁ、こう言う事まで気づけるか普通。って言い訳にもならないな」
 フィラは『領主やウィタエンジェが逃げないように見張っていてほしい、自分達がつくまで警戒されたし』という趣旨のシフール便を送っていたが、見ての通り北方領土は混沌そのもの。情報伝達に重要なシフール便の機能は止まっている。
「この分だと仲間の情報は期待できないわねぇ。厄介だこと。悪いわねミルフィー」
「いいえー、クレアさんとフィラさんの背中は私が死守するです。だから安心してくださいですよ」
 ミルフィーの好意からヒーリングポーションを受け取り飲み干す。激戦はこれからだというのになんたる失態か、と準備の詰めの甘さに静かな怒りが湧いたに違いない。気づけばこんなミスはしなかったと思う者もいたろうが、過ぎた事をいっていても仕方がない。
「皆さん、お体の具合はいかがですか?」
「まだお怪我なさっている方はいますか?」
「ひゃっほ〜セレス、涼。見ての通り、ボロボロだけど平気よ。道中フィーが迷惑かけなかったかしら?」
「‥‥クレア、ひどぃ」
 本番はこれからだ。軽く冗談を含めた挨拶をしたクレアにセレスはくすりと笑みを零す。
「ふふ、それだけ元気があるのでしたら平気そうですね。リーダーの方が私達を第一息女様と会わせるそうですよ。動けるのでしたら皆様此方へ」
 第一息女、マレアージュ・ラスカリタ。絵師マレア・ラスカがそうだと一般的には広まっている。数日前に顔を合わせた者も居たらしい。ようやくか、と出雲が軽く呟いて冗談の一つでも言ってやろう立ち上がる。冬華と月夜、一部の者がひそりと声を交わした。
「マレア。大丈夫かしら。変なことになってなけりゃいいけど。セレスクはあれ以上教えてくれないし」
「僕の監‥‥ぁ、付き人のアリアドネには何も聞いてないから何か聞けるとは思うけど」
「無事でいると良いんですが‥‥。ワトソンは要注意、マディールも行方しれずですし。例の話も聞き捨てなりません」
「聞こえの良い言葉ではないでござるからな。今は様子見。マレア殿には以前も力を貸すと申したでござるからな。相談にも乗るつもりでござるよ」
「失礼でござるが」
 緑朗であった。背後からぬっと身を乗り出す。
「何か知っているように見受けられる。重要な事であれば話しては頂けまいか」
 その時。皆の馬の手当をしていた『表向き』冬華、月夜、キラ、キリクの付き人となっている者達四人の目がきろり、と動いた。敵意も殺気もない。ただ‥‥見ている。
「さて、なんの事でござろう? 拙者らは彼女の天使画のモデルになった身で顔見知りなだけでござるよ。友の身を案じるのは人として当然でござろう?」
 月夜がこれでもかというほど微笑みを返した。そうそうと頷きながらキラとキリクがそそくさと皆と同じようにセレス達へついてゆく。緑朗は納得がいかないような顔をしていた。だが、月夜はあくまでも何事もなかったかのように笑みを返し、キラ達の後を追う。
「興味だけならおやめなさい。身を滅ぼします」
 すれ違いざまに済ました顔の冬華が囁いた。
「小領土の内乱でも、コレは一口に説明できるほど軽い話ではない。私達は‥‥命を懸けた。生と死の瀬戸際を歩いているも同然。覚悟のない者に話す事はありません」
 先に行きますよ、と冬華は立ち去っていった。じっとその様を見ていた『付き人の四人』は、粘り着くような視線を外して再び黙々と作業へ戻る。この時の月夜達四人の判断は賢明だった。付き人四人は『連絡係』であると同時に『監視』であり『審査員』。情報の流出が見られたならば『試験失格』であり『口封じ』が行われるに違いなかったからだ。

「よいか。かの御方が亡き第一夫人の残した宝。我らが光である。失礼のないように」
 集結した冒険者達は、一際大きなテントへと案内された。
 中には絨毯が敷かれ、奥に玉座を模した椅子があり、煌びやかな装束を纏った女が居た。表情はベールに隠れて分からない。威厳をそのまま現したかの相手の前で、冒険者達は傅くよう言われた。
「ギルドより来られた救いの手よ。危険な中ご苦労であった。これより悪しき領主をうち倒し、私が次の領主となろう。民を安息の地へ導くため、力を貸して頂きたい」
 澄んだ女の声が響いた刹那。
 顔色を変え、あるいは頭を上げた者達がいた。冬華や月夜、キラや涼、クレアやキリク、出雲やカレン、フィラとミルフィーの十人。「ちょっとあ」と声を上げようとしたクレアやフィラの口を側にいたキラや月夜が手で塞ぐ。他の冒険者、周りの者はいぶかしげに眺めるばかりだ。カレンがにこりと微笑みかけた。
「光栄なお言葉感謝します。私達に出来る限りの事を致しましょう。それはそうと私はギルドとは別に親しい貴族の方から、力になるよう言われて参りました。カレンと申します。貴女がマレア様ですね? 伝言もございますので、お傍にいさせていただけますか?」
 機転を効かせたカレンは『初めて会った風』を装い、声をかけた。すると。
「勿論です。なんと心強い。伝言を賜りましょう、こちらへ。他の者、武運を祈ります」
 第一息女の声に従い、武装した村人が出ていく。冒険者達も外へと歩みだしたが、冬華と月夜、キラとキリクは視線を何度か会わせて無言のまま出ていく。クレアとフィラはあからさまに納得がいかないような顔をし、出雲は冗談を飛ばすつもりが無言で女を睨んで外へ出て、ミルフィーは首を傾げ、涼は残ることになったカレンの傍へ走り寄って囁いた。
「‥‥カレンさん。万が一の時に馬を置いておきます。それと」
「わかっています。お任せくださいな」
 顔を変えた者達は気づいていた。記憶にある『マレア・ラスカの声』と違うことに。

 一人調査に出ていた忠司は首を傾げていた。今民衆達に崇められているマレア・ラスカの出生の秘密。貴族令嬢の血筋だった事は、本当らしい。だが第一夫人の娘であっても、第一息女マレアージュではないらしかった。村の記録によれば、マレアは赤子の頃からこの村に預けられ育ったという。噂では『第一息女はある程度貴族の屋敷で過ごしている』はずなのだ。ラスカ村の人はこれを知っているはずだ。少なくとも村長ぐらいは。なのに何故、彼女を祭り上げているのか忠司には理解不能だった。妖しげな薬の事件後、村は静かだったらしい。そして例の薬を配ったという妖しい薬師の消息を探していると、一人の名前が浮上した。ギルドに助けを求めてきたパステルという名の少年である。
「彼が最初に妖しげな薬師から購入した‥‥。どうして彼が」

 次女の住まう『薔薇の館』陥落のために動いたのは、涼、クレア、ミルフィー、緑朗、フィラの五人と民衆約百から二百。フィラ達は攻めるのに有効な道具を作ろうとしたが到着が遅れたのが災いして大した道具は作れなかった。広大な庭を内包する館の塀は伯爵城に対して高い物ではなかったが、館の入り口や塀の上にぽつりぽつり人影が見える。
 クレア達の唇が弧を描く。出遅れたけれど警備は手薄。あれで守る気かと言わんばかりに、彼らは勝利に近い愉悦を覚えていた。次女は殺さず幽閉か何かすればいい。そんなことを考えている者もいただろう。クレアが興奮状態にある民衆に一喝した。
「あなたたち! 人として恥ずべき行為だけはするんじゃないわよ!」
 民衆相手に罵声を飛ばしている。実際、民衆が館で何か『間違ったこと』を行ったとして叩き直すのは骨が折れるだろう。性根が腐っているのもいるだろうから。
「こっちは何とかなりそうではあるが、城の方が心配だなぁ」
「みゅぅぅ、人は見た目で判断してはいけないのですよッ! お城の方はきっと大丈夫です。ほら、別れるときリーダーさんが敵の一人を捕虜にしたって話してたじゃないですか。何処の門が入りやすいとか、警備が薄いとか、聞き出してるといってましたし」
 ミルフィーがにこりと笑う。そうなのだ、彼らに言わせれば『莫迦』が一人、手柄を立てようと言うのか単身で民衆の所へ乗り込んできたらしい。あっけなくお縄になり、拷問の末に城の警備の数や手薄な場所を吐かせたという。元々城のゲート四つの内一つを民衆に突破させて好きをえる作戦だ。城は大丈夫、勝てるだろうと踏んでいた。
「まぁそれはともかく」
 涼だった。今回、彼女はやけに静かだった。何かを分析しているような、じっと観察している節さえある。館の制圧は彼らの合図一つで始まる。準備に不足がないか点検をしながら涼はぽつりぽつり言葉を零す。
「私は敵兵無力化の初撃担当、でよかったですか。春花の術はあまり期待しないでください。成功したとしても精々10m立方。罠の危険性も考慮した方がいいでしょうし、隙を見て窓から忍び込む予定です。騎士も確実にいるようですし、油断は禁物ですね」
「みゅう? 涼さん凄い真面目ですね」
「彼女に死なれては困るので‥‥ね。いつになく真面目なのかも」
「知り合いか?」
 フィラが問いかけた。涼は首を左右にふる。
「いいえ。会ったことはありません。私はただマレアさんを助けに来ただけですよ」
 そんな話をしながらも攻撃は始まった。民衆が波のように、館の方へ押し寄せる。塀の上から矢が降り注いだ。
「みゅぅー、クレアさんとフィラさんの邪魔はさせないのですよーっ!」
 ミルフィーが果敢にも手にした短槍を振り回し、向かい来る騎士に向かって突き出す。堅い防具の表面をなぎ、防具のつなぎ目とつなぎ目に深々と突き刺さった。だが、威力は弱く、ミルフィーの腕力では振り払われてしまう。スピアに突き刺されて動きが鈍った兵士にとどめを刺すべく、フィラの日本刀が空をないだ。
「クレアの邪魔はさせねぇぞ!」
 白銀が煌めいた。鮮血が吹き上がる。交戦中のクレアが相手の剣を弾き、一声吠えた。
「命だけはとるんじゃないわよ!」
「わかってるって!」
 出来るだけ命は取らないと決めていたのか、そんな会話が耳に届く。フィラとミルフィーが離れたのを確認し、「遅い! 処刑法剣八ノ法、双牙閃月輪斬!」と武器を両手に身を大きく捻らせた。近くにいた者の腕が飛び、ひ弱な防具が刻まれる。
「荒っぽいですね。私は先を急がせてもらいます」
 緑朗の脇をすり抜け、涼は行く手を阻む騎士や武器を持った使用人達に春花の術を放った。とはいえ扱いに充分気を配らねばならない。範囲に入れば自分も術にかかってしまう怖さがある。的確な射撃で涼は敵の急所にダーツを投げた。殺傷能力は低いが、気を散らすには十分だ。
「押し通るっ!」
 緑朗の一声とともに日本刀と小太刀が踊る。強くなりたい、強い者と戦いたい、戦ならば現れるだろうと緑朗の顔は期待と興奮に包まれていた。斬って、斬ってさらなる高なみへ。肌に伝わる緊張感に、魅入られた部類の戦で死ねれば本望という類の人間だろう。
「拙者の刃の錆となれ!」
 それでも伯爵家が抱えていた騎士だ、そうやすやす倒せるような者達ではない。だが攻め込まれるだけの薔薇の館はじわじわとおちてゆく。
 五人は誰一人、次女の顔を知らない。さればこそ、それらしい人物を捜しては拘束したがメイド達ばかりだ。敵をなぎ倒しながらも、ひたすら探した。廊下、部屋の隅から隅まで。隠し通路があるのではないかという話もあったが、朧気に其れを覚えているのはキラのみであった為、彼らには発見できなかった。クレアが試しにディテクトライフフォースを用いて生命探査を試みたが、それらしい存在はみつからない。一度、緑朗からフライングブルームを借りていたキラが秘密通路を知らせにフライングブルームで飛んで来たが、薔薇の館の秘密通路は外部に繋がっているものはなく、全て地下への入り口だった。キラが先行して地下へ立ち入るも冷ややかでかび臭い空気以外何もない。一つ、開け放たれた扉があったがその先には誰もおらず何もなかった。金髪が数本落ちていたことぐらいだろうか。
 無駄骨か、とキラはすぐさま地上へ戻り、再び城を目指す。
 一方、民衆は館に押し入るなりめぼしい金品を強奪しながら館を回っていった。忠告など聞く耳持たず。そうして館が制圧された後、何処に隠したんだと捕獲した者に聞いても、捕らえられた彼らは皆ざまぁみろとばかりに低く笑う。鉄のような強固な忠誠。何故そこまで次女に尽くすのか彼らには理解できなかった。捕らえられた一人がお遊戯は楽しかったか、と問う。莫迦にするなと緑朗が胸ぐらを掴んで揺さぶった。
 そこまできて初めて、涼がぽつりと声を零す。
「‥‥やられた」
 ――――『薔薇の館』陥落。標的、次女ウィタエンジェの生死不明。


 場面は伯爵城へと変わる。城の陥落を掲げて立ち上がった民衆を指揮するのは、冬華と月夜、現在薔薇の館から此方へ向かっているであろうキラ、西門のキリク、正門のジャドウと出雲、セレス、裏門のジーンの八人だ。
「謁見した『マレアージュ』。声が違う事からして別人でござるな。マレア殿は何処にいるのか。ワトソンの姿もない。マディール殿の消息もつかめぬ。この戦の中、キャメロットの方のシフール便は期待できぬか。キラ殿、まだかのぅ。ムーンも協力してくれぬし」
 溜息と不安が広がる。末席の候補者四人の監視者達。戦力として頼りたい者もいたようだが、彼らは原則、連絡と監視以外には協力をしない。命の危機に陥ろうと、死にかけた時は其れまでの能力者として判断され、末席の資格を消されるだけのこと。何が使えるかと月夜が聞き、リトルフライ・ライトニングソード・サイレンス・ストリュームフィールドだと答えが返ったが、戦自体には荷担しないそうだ。BR達はあくまで影の存在。
「いくら小領土とはいえ‥‥灰の教団を、貴族を、盗賊や冒険者まで巻き込んで此処まで話を大きくした。その秘密を、死後の国にまで持って行かれるわけにはいきません。ですが館の方は仲間に任せます。もっと大事なこともある」
 眼前に立ちはだかる堅固な城。民衆の多くが正門へ回った。おそらく城の多くが正門の民衆に気を取られるだろう。その隙に、両サイド含め他所の者達は迅速に扉を破り、進んで領主を捕らえる必要があった。
 冬華と月夜が話し合っていた頃、西門でキラを待っていたキリクは上空を眺めていた。堅固な城の上に弓兵がずらりと並んでいるのが遠目にも分かる。今日一日で、果たして何人が生き残れるのか。そんな事をぼんやり考えて。
「アリアドネ。君はリトルフライ・ライトニングソード・ウインドスラッシュ・ウインドレスが使えるって言ったっけ?」
 傍らのウィザードに問いかけると「さようで」と短い言葉が返る。少しぐらい手伝ってくれてもいいのになぁと呟いていると、城の上空をフライングブルームに乗った人影が大きく旋回する。薔薇の館に行っていたキラだった。キラがキリクの方へ降り立つとほぼ同時に、別の場所から声が聞こえる。戦が始まったのだ。
「お帰りなさい。どうだった?」
「館は制圧したけど。ウィタエンジェが行方不明。城を落とさないと拙いかもしれない」
 腕利きの弓兵が配置されたらしい西の門。開を破るには時間がかかるかもしれない。日が傾く頃、二人は見知った顔を見つけた。
「やっぱり向こうに着いたのね」
「‥‥ぁ!」
 敵とキリク二人の視線が交錯した。矢が刺さるのが見えた。義姉の姿がかき消える。数分後に現れたのは、瞳を赤くして高笑をあげるかつての仲間だった。
「あの弓娘。ちょっとやばくない?」
 予感が的中した。『狂化』したハーフエルフが、民衆を確実に殺さんばかりに急所を狙いだしたのだ。相手の射撃の腕が優れている事を、二人は以前のつきあいで知っている。持久戦は拙いと判断した二人は、別の門の様子を見に走る。
 一方、南の門は大パニックに陥っていた。配備された兵士や弓兵もさほどではない。このまま突っ切ってくれると、少し前まで好感触だった。先陣とともにデスを繰り出すジーン。当初城壁の弓兵を狙おうとしたが、射程距離は三メートル。到底届く距離ではない。
「皆の者! 恐れるな! 神の導く栄光は間近に迫って――‥ぬっ!?」
 その時だった。地面からマグマの炎が吹き上げる。突然の炎を浴びて民衆は叫び声をあげて地面でのたうち回った。蜘蛛の子を散らしすように逃げまどう。ジーンも火傷を負うが、それでも剣を振るう。城内にさらにトラップが仕掛けられていると知らぬまま。
 正門は破れそうで破れない扉を前に苦戦していた。ジャドウがファイヤーバードで雄々しき炎の化身が如く、近くの兵をなぎ倒してゆく。
「城内がまだ不明。魔法使いを潰すのはそれからか」
 ジャドウの真横をグラビティーキャノンが通り過ぎてゆく。セレスの魔法だ。
「落ち着いていないでください。これは戦なんですよ」
「言われるまでもない。問題はいつ扉を破れるかだな」
「犠牲が増えないよう注意しないと」
 話し声は絶えず続く。ソニックブームを繰り出していた出雲がぽそりと小声を零す。
「ああ、城内はいると嫌な気が」
 東の門を破る。目の前に立ちはだかる騎士達、そして見知った顔を見つけた冬華が「貴方の相手は私がします。月夜さん、奥を!」そう言って民衆を先に行かせた。月夜の視界の隅に相手と話す冬華が映る。やがて正門もひらかれた。人々がなだれ込む。トラップが張り巡らされた城内で、皆は苦戦しながら奥へと進んだ。どうやら上空から見て窪みの場所がトラップを仕掛け忘れた場所らしい。月夜が第二棟から乗り込もうとして追いかけてきたファイターと戦う羽目になったように、冒険者達は次から次へと個別に動いた。中には出雲やジャドウのように救護班の部屋の近くまで行った者もいたようだが、顔見知りに遭遇したり、金髪の魔法使いに煮えたぎった油をかけられ火を放たれるなどという事態も起き、激戦を余儀なくされた。内部の激戦の最中、残された民衆が戦意を失い、投降するよう呼びかけられているともしらず。

 一方、カレンはマレア・ラスカを演じる女の所にいた。
 もっともらしく言葉を紡いでいるが、マレア本人と何度も面識を持つカレンにそんな小細工は通用しない。自称執事のワトソン君の姿もない。素知らぬ振りで傍にいて、カレンは気づいた。おそらくマレアは監禁されているか、何処かに匿われているに違いない。ちょっと失礼しますと空になったテントの幾つかを覗いて回り、そして見つけた。丸められた絨毯から見えた足。偽物の女と同じ装束を纏って縛られているマレア・ラスカ本人を。
「マレア様!? どうしてこんな、いま‥‥今ほどいて差し上げます」
「待つんだ」
 不意に、聞き慣れた男の声がした。カレンは自分の耳を一度疑いながらも、声の方向を振り返る。そこに見慣れた顔があった。姿を消したとして知り合い達の内で囁かれた相手、ミッチェル・マディールである。全身に深手を負っている。
「話は後だ。それより今どちらが優勢だ」
 言葉の指すところは一つしかなかった。カレンはまだわからないという風に首を振る。するとミッチェルはカレンの腕を引っ張ってテントの中から引きずり出す。
「何をするんです! 放してください!」
「今は拙い。ただ逃がすだけでは意味がないんだ。もしも今新領主に立つのなら、もう其れは仕方がない。別の方法を探す。もし劣性ならば‥‥まだ間に合う。万が一に備えてディルスが手を打ってくれた、今はまだ動いてはいけない。窮地に落ちた時が機会だ」
 しばらくカレンとミッチェルは言い争っていた。やがて静かになり、二人は別れてミッチェルはいずこかへ姿を消す。取り残されたマレアは、彼ら二人を物陰からこっそり見ていた男に担ぎ上げられた。それでもマレアの意識は戻らない。彼は民衆が捕らえた『間抜けで無謀な男』であり、今回情報操作と標的捕獲の役割を担っている。拷問されたりと散々だったようだが、すでに薬であとかたもない。
「大漁大漁。目標が誰がわからんが、良い身なりしてるし人質くらいにはなるだろ」
 男は軽い口調でそう呟き、伯爵城の方へと向かってゆく。

 相手の攻撃は一撃で中傷以上になりうる恐怖があったが、回避の動きは身軽な冬華が勝る。相手は動きは鈍いが守備は頑丈。能力的には互角に近い。今ひとつ決め手を見いだせぬまま、懐のさぐり合いが続いた頃。鐘が響いた。相手が笑う。
「此方の作戦勝ちです。ひ弱な民衆は、囲まれた中で何処まで強気でいられますか?」
 だが冬華は、相手の話など聞いていなかった。
「――拙い、早く本物のマレアさんを連れ出さないと」
 領主に捕まれば監禁か死刑、BR達の事もある。冬華はあっさり戦いを放棄し、身を翻した。奥へ進んだ月夜が気になったが、無事であることを祈ってまだ外部にいた仲間と合流し、自分達の拠点を目指す。時すでに遅し、マレア本人はすでに攫われ、傍にいたはずのカレンは蒼白で彼らを出迎えた。何があったのか聞き出すのに一日を要する。
 城にいた冒険者達は数日後、手厚い看護の末に何事もなかったかのように釈放された。

 ――――『ラスカリタ伯爵城』陥落せず。民衆降伏。ラスカリタ伯爵領土の全体規模における被害報告無数。現状詳細不明。
 後日、反乱の首謀者マレアージュの火あぶりが決定する。