【戦乱の末】芸術家の苦悩BR?

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 89 C

参加人数:9人

サポート参加人数:11人

冒険期間:03月14日〜03月26日

リプレイ公開日:2005年03月25日

●オープニング

「自由にするには機会がいる。公に、死んだと思わせなければ命を狙われ続け利用されるだけだ。後日ディルスが長期で人を雇う。協力してくれるならその時に‥‥」
 ミッチェルはそう言った。

「さて。君達が戦乱に出向いた選りすぐりの冒険者、でよかったか?」
 次期当主のディルスは名簿のリストで確認を取る。表向き領土の治安向上のために大勢の冒険者を雇った。その内、戦乱において民衆についた者だけを探し出して集めたのだ。殆どの冒険者はプリスタン家の領地へ派遣される。だが彼らは。
「単刀直入に言う。明日から七日目の夜に『反乱の首謀者マレア・ラスカ』が処刑される。‥‥救出して欲しい。現地である程度友人達が手引きしてくれるが、基本的に君達の腕次第になるだろう」
 城の構造は把握していたかな? とディルスが声を投げた。四方を高い壁で覆われた丘の上の伯爵城。F字型の城には現在、戦の時と同じく弓兵の警備が敷かれ、次男率いる騎士団も滞在しているそうだ。戦乱で破られた扉は壊れたままらしい。
「どのように侵入しろと?」
「当家が食料や道具の援助を行う故、荷馬車を運び入れる。その時に変装して侵入する事はできるだろう。問題は救出とその後だな。酷い話だが、マレアが逃げたら毎日十人ずつ処刑するという話だ」
 助け出そうと考える者がでないように、という配慮だろう。あの民衆達の考え方から言って我が身の安全第一であろうから。
「公に殺したと思わせる必要がある。入れ替えは向こうが何とかするそうだから、君達には純粋に身柄を確保したら人知れず当家の別荘まで運んで欲しい」
 警戒態勢の中での接触と領土から救い出すのが一番難しいと言っていい。
「話によると刑前日領土を引きずり回し、当日の昼間は城壁の上でさらし者。その後身なりを正して火の刑、と聞いている。よほどの限り変更はない、静かにしていれば着替え以外にも狙えるチャンスは」
「失礼ですが、その情報はどなたが?」
 内部の情報に詳しすぎる。ディルスは苦笑を返した。
「古い友人からね。ミッチェルと、プシュケという」

 ――戦乱の報告が届き始めている。
 まず領土各地で勃発していた盗賊の排除は、訪れた冒険者達の手によって完全に鎮圧された。皆成敗され、盗賊達による被害は最小限だったと捕らえられて良いだろう。
 次に北の森から溢れだした魔物達は一部を除き成功であったらしい。問題の一部というのは倒すことが出来ず、また森の方向へ追い返すことが出来なかったモンスター達で別領土に踏み込んでいるらしいと報告があった。
 次男アニマンディの『命の水の館』は民衆鎮圧に成功した。元々武力に優れた兵を抱えていたせいだろう。次男が招いていたアリエスト家の令嬢エルザは、婚約者が送り込んだ冒険者達の手により救い出されたらしい。
 逆に次女ウィタエンジェの『薔薇の館』は完全に陥落し、今は廃墟と化している。館にいた者達も口を割らず次女の生死は不明だ。
 そして最後の『ラスカリタ伯爵城』。民衆側についた指導者達の到着遅れ――1日から2日という大幅なタイムロスや技術不足の計画倒れも合ったせいか、伯爵城を陥落させるにはいたらず、偶然か計画か、民衆のシンボルに祭り上げられていたマレア・ラスカも民衆の降伏・寝返りにより完全に捕らえられてしまった。
 勝利は領主側の手に。ただし其れは将来的に暗雲がちらつく状況でしかなかった。
 一部は気づいたかもしれない。この戦は『どちらが完全勝利しても』未来は闇。『各立場でしかできない事』をなさぬかぎり『未来に光が無い』という事に。

「姉上の生存報告もまだ。全く兄上もよく民衆をお許しになる。大体、荷担した冒険者達を無傷で釈放するなど甘いのではありませんか」
 伯爵城の一室。城へ帰還したアニマンディと領主代行サンカッセラは今回の戦乱の処理に追われていた。
「よく考えるがいい。民衆が協力を頼んだ先は、かのギルドだぞ。ギルドを敵に回して無事ですむものか。例の女の死刑執行の日取りも決まったし、静かにやり過ごす」
「日取りの件はよしとして‥‥民衆もギルドに? 兄上、もしや」
「さて? だがへたに動くと我が身が危険だな。BR達を囲っていた事まで暴露されかねん。本音を言えばディルス・プリスタンの時のように冒険者共にも報復を与えてやりたいが。例えば、例の石がふってきた話は教えたかな?」
「ああ。昼夜構わず箒に跨り単身で城を迂回していた者ですか。我が城の弓兵の攻撃を受けて逃げたとか」
「アレを射落とし捕虜として脅す事もできたが威嚇しただけ。後ろ盾を考えれば分が悪すぎる。何事にも機会と理由がいるのだよ。冷静になれ、弟よ」
 と他愛もない話をしていると執事が一人、現れた。復活した連絡機関――シフール便の手紙。アニマンディが文面を読むなり硬直した。
「兄上。リレンスィエが、何者かに襲われて死んだと――‥」

 目を覚ます。捕らえられて数日。冷たい石の感触。日の光も差さない薄暗い牢屋に閉じこめられて何日が経つのかマレアには分からない。「久しぶりね」と懐かしい声が響く。相手の顔を見て正気に戻った。友人のプシュケ‥‥血縁上は従姉妹。
「今、何故其処にいるか分かる?」
 首を振った。今までの経緯を聞かされる。会話の末に、マレアは蒼白になって震えた。逃げ出す事は、出来るかもしれない。昔より技術は劣れど彼女は元々盗賊の頭領だったのだ。しかし、今逃げ出せば犠牲になる無数の人間、そして『贄姫』の風習の影響。
「わ、私どうすれば」
「BRの一部は、貴方以外はどうなろうと構わないと言う考えだった。貴方の存在が露呈した以上、後には引けない。でも今BR達に全て放棄させるのも痛手。まだ諦めないわ」
 どうする気なのか、マレアには見当もつかない。
「火あぶり執行の役目は炎のウィザードの私でね。多くの者達が協力してくれる。『契約の一族』から『長女は死んだ。残る贄姫はプシュケだけ』と思わせ目をそらす必要がある。で」
 物陰からマレアと同じ顔の人間が現れた。ウィタエンジェではない。次女はすでに冒険者達の手で匿われているはずなのだ。黒い光に包まれた刹那、姿が歪んだ。色白の細い四肢が若干逞しさを帯び、身長もやや伸びる。
 マレアに変化していたのは、クレリックのレモンド・センブルグであった。寂しげに微笑む。
「お久しぶりです。もう一年近く会ってませんね。どうです? 盗賊相手に女だと信じ込ませた事もあるので、声音に自信はあるんですが」
 軽やかな女の声だった。
「魔法の方は一時間しか持たないけれど、作戦には充分。この度の戦場でも彼に頑張ってもらった。作戦の詳細は直前になってから話すから、それまで声をださないで。‥‥レモンド君」
 手招きした。屈むように指示する。何か囁くのかと思いきや、レモンドの唇を奪う。
「散々利用してゴメンね。最後のお願いよ、私の為に『命をかけて』頂戴」
 暗に『マレアの身代わりになって死ね』と言った。苦笑が零れる。
「今のは報酬ですか‥‥惚れた弱み。この身を捧げましょう。ただ頼みが」
 レモンドは頼み事をした。
 羊皮紙に名前を連ねてマレアに渡す。
 其れはもう会えない家族と親しかった冒険者達の名前だった。

『作戦が成功して、いつか彼らに会えたら伝えてください。僕はこの人に尽くすことが喜びだった。そして君達に会い共に過ごした時間が、一番楽しかったと』

●今回の参加者

 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0836 キラ・ヴァルキュリア(23歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1519 キリク・アキリ(24歳・♂・神聖騎士・パラ・ロシア王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea9535 フィラ・ボロゴース(36歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ヒースクリフ・ムーア(ea0286)/ ルクス・ウィンディード(ea0393)/ シュナ・アキリ(ea1501)/ サラ・ミスト(ea2504)/ フィール・ヴァンスレット(ea4162)/ カレン・ロスト(ea4358)/ ヒックス・シアラー(ea5430)/ バルタザール・アルビレオ(ea7218)/ シェリル・シンクレア(ea7263)/ 小野 織部(ea8689)/ 央 露蝶(ea9451

●リプレイ本文

「ディルス様、前にお願いされたのに私は‥‥本当に」
「いや、皆よくやってくれたと思う。あとは先ほど発った者達に任せるしかないさ」
 冒険者達の出発を見送った者達がいる。ディルスは傍らのカレンの肩を軽く叩いた。代用を用意するという話が出ている事から、誰かが身代わりに死ぬという事をディルスの話から察した冒険者達は、あえて危険と承知で『両方を助け出す』という案を捻り出した。
 天城月夜(ea0321)は戦乱で盗賊討伐に向かったシェリルから『ある事』を聞き出し、クレア・クリストファ(ea0941)はマレアを捕らえた本人を呼んで牢の位置等を聞き出し、小野やフィールは噂や聞き込みをまとめ、バルタザールは荷馬車に細工をと忙しかった。
「現地で聞き込みできりゃあよかったんだろうけど。片道五日じゃあなぁ」
 フィールが残念そうな声を出す。何人かがうんうんと頷いた。
「愛深いが故に愛を失う‥‥それもまた真実、か」
 今回は協力の立場とはいえ戦乱のことを思い出してか義弟に拳骨一発お見舞いしたシュナは「意味深だな」と傍らのヒースクリフを見上げた。もう出発した者達の影は見えない。
「気にしないでくれ。私も年老いたかな? 彼らに行く末に幸があるよう祈ろうか」
「何かっこつけてるんです。やることはまだあるんですよ?」
 露蝶だった。以前多くの仲間達が調べ、シフール便で送ろうとしていた内容。いずこかに消えたその情報を集めて纏め、サラがフライングブルームで運ぶ手はずになっていた。

 死刑執行まで約七日。
 失敗すれば、わが身すら死刑に処されるかもしれない危険な賭け。
 フライングブルームで先行した九門冬華(ea0254)、月夜、キラ・ヴァルキュリア(ea0836)の三人は身代わりに出来る遺体を探す。『最初の荷馬車班』での双海涼(ea0850)、クレア、ジーン・グレイ(ea4844)、フィラ・ボロゴース(ea9535)が城を目指し『二台目の荷馬車班』にキリク・アキリ(ea1519)と希龍出雲(ea3109)がのって遅れて到着するてはず。
 可能な限り時間を割き、綿密に立てられた計画。あとは成功を神にでも祈るしかなかった。荷馬車に揺られていた涼がぽそりと言葉を零す。
「ジーンさん、覚えていますか? クレアさんの生首が奪い去られた時のこと」
「双海殿‥‥、そんなことも、あったかな」
「は!? 私の首がなんですって!?」
 驚愕したクレアに二人が苦笑した。「ああ、失礼した。クレア・クリストファ殿のことではござらぬ。今回の依頼主の亡き妹君もクレア殿というんだ」とジーンが軽く説明する。
 まだ正義感の塊に近かった‥‥駆け出し同然の冒険者時代。
 欲望のために生者の被害に遭う『死者』に出会った事がある者達は多い。涼が語る苦い想い出。今回の依頼主ディルス・プリスタン。彼の亡き妹の首が、灰の教団というカルト教団に入れ込んで狂った実の母親に『墓から持ち去られる』という事件が起き、妹クレアの首の奪還を受けた経験があった。あの時、涼とジーンと出雲と。
「私はあの時、許せないと思った。最後の安らかな眠りすら妨げられ、無差別に墓を掘り起こし遺体を辱め、そうまでして自分の利益に変えて何になるのかと。‥‥でも、今私達は名目が違うだけで同じ事をしている。眠る死者の墓を暴き、自分達の利益に変えようと。今更ですが墓を暴かれた死者は、その家族は私達をどう思うでしょうか」
 自分は何処か狂ったのかもしれない。そんな漠然とした考えが涼の頭の隅をよぎる。
 ジーンが言葉に困り瞼を伏せた。やれやれとクレアが首を振る。
「世の中全部が綺麗事で出来ていたら神も悪魔も何もいらないわ。ねぇフィー」
「クレアの言うとおりだな。自分を信じなければ、何も始まらない。墓荒らし同然の事をしてまで決めた事だ、あんた‥‥引き帰したいのか?」
 救いたいと思えばこそ動いた。其れが彼らと、送り出した冒険者達だった。
 胸中から湧く後悔と涙、それが他人と好いた者との違い。博愛を掲げるのは聖人か心に余裕のある者だけで充分だ。もう綺麗事ではすまないだろう。それでも――
「‥‥いいえ」
 もう振り返る者はいなかった。引き返す場所はとうの昔に過ぎていたから。
 この二日後、先行したキラ達はディルスの手紙で呼び出されたプシュケと会っていた。
「陽動が偽のマレアさんを連れて逃げますので、貴方の指揮で追ってきてください。私達が止めに入ります。貴方の魔法で偽のマレアさんが乗った荷馬車を燃やしてください」
「私が身代わりを頼んだレモンド君も、彼も救おうというの?」
「無理は‥‥無謀など承知。私達は犠牲を出したくない。貴方の時そうだったように」
 冬華が計画の一から十まで説明を施す。プシュケが彼らの後ろにある大きな包みをほどいて眺めた。戦乱の被害で死んだ見知らぬ金髪の娘のものだ。痛みや傷はほとんどない。
「よくこんなの見つけてきたわね」
「最初、拙者等の手では痛みや傷の激しい者が限界だったが。‥‥キラ殿」
「私達が遺体を探していたら片腕のムーンとセレスクが偶然会った闇商人と知り合いでね、メイガースとか言ったかしら。マレアの特徴を言ったら似た死体を提供してきたの」
 キラがセレスクに何が使えるか、リトルフライ・ライトニングソード・ウインドレス・ヴィントラリキュイが使えるなどと話していた時だった。野党のごとき身なりの男が現れ、ムーンとセレスクに親しげに声をかけてきた。それが闇商人だった。
「メイガース? ‥‥そう、教団の犬が生きていたの」
 月夜とキラの言葉を聞いてプシュケが立ち上がる。可能な限り協力はするが、どう転ぶかは分からないとだけ告げて暗闇の城に戻った。翌日最初の荷馬車が到着する。
「もう一台荷馬車がいるのですけれど、モンスターに襲われて遅れておりますの」
 そう言ったのは紛れもないクレアだった。気合い入れて欺いてやると豪語した分、淑女を装った演技はなかなかだ。フィラがディルスに人数分頼んだ直筆の証明書は正解だったと見て間違いない。何故か警備が以前に増して厳重になっていた。城に最初の荷馬車で立ち入ったのはクレア、フィラ、涼に加え、ジーンと入れ替わったキラも含まれる。月夜と冬華、ジーンは手に入れた遺体と共に、キリクと出雲の荷馬車と合流予定だ。冬華はマレアの居場所をプシュケからマレアの居場所や身代わり人などを聞き出しており、仲間に伝達。
 マレアが引き回しにあっている当日。日没が近い。彼らは外で待機していた。
「さて、確認はおしまいね。ミスるんじゃないわよ、キラ、涼」
「精一杯あばれてやるさ。あたいらの底力、みせてやるとしようぜ」
 クレアとフィラの言葉を聞いた涼が頷く。女性に扮したキラとフィラの弟に偽装した涼。何も秘密経路は地下だけではなかった。キラの先導で地下から部屋へ、壁の中の隠し通路へと足を進め、マレアが着替えて来るであろう場所へ。時刻になってマレアがプシュケとともに部屋へ訪れ、ネズミに化けていたレモンドがマレアに姿を変え、儀式衣装を纏う。
「全く、えらい格好してるわねマレア。前会った時とはまるで別人よ」
「良かった、会えなかったらどうしようかと」
 飛びついてきた涼と苦笑しているキラを信じられないとばかりに眺めているマレア。プシュケが彼らを隅の机の方へ連れてゆき、床を叩くと床がふわりと浮き上がった。
「時間ですね。早く此方へ」
 声の主は、戦乱で彼らが敵対した冒険者達だった。そして今やバース北方領土の秘密を握る者達でもある。彼らは地下の探索を頼まれていたのだ。彼らは単に領主側に味方したわけではなかった。「最も遠い出口に続く道へご案内します」と騎士が涼達を誘い込む。シルベリアスの手記にすら記されていない脱出経路を用い、彼らは城の外へと抜けてゆく。
 一方その頃。もうじき処刑が始まるという時刻に遅れて正門にキリク達の荷馬車が到着した。と同時にマレアに化けたレモンドが現れる。兵士の皆は身代わりだとは気づかない。冬華達と共にジーンが先陣を切って攻撃を開始した。冬華も月夜も、刃を抜き放つ。
「悪いけど、マレアさんは返して貰うよ。みんな!」
「向かい来る奴は刃の錆にしてやるぜ。待ってろよ、俺のマレア!!」
 キリクに続きそんな台詞を放つ出雲。口上を上げたことで騎士団達の狙いは完全に彼らに向いた。レモンドに付き添っていたプシュケが、逆賊を捕らえよ、と大声を上げる。
「ははは、なんでこんなに人が増えてるんだか。出雲さん気をつけて! アリアドネ!」
「‥‥全く。今回だけですよ我が主」
 正門に人が集まりつつある。キリクの指示を受けてアリアドネが魔法で弓兵の首をはねた。頭上から降り注ぐはずの矢が叫び声に変わる。混沌としつつある中で、クレアが胸元に隠していたダガーを手にマレア(レモンド)を奪い、半ば荷馬車の中へ強引に押し込む。クレアがレモンドを急かし、遺体の包みをほどいてから荷馬車の外へ赴くと。
「あははは! 使者でなくて残念だったな、本当の使者共は今頃あの世だろうよ。奪っただけの証明書で信じるとはまだまだじゃないのか? ええ、愚鈍な伯爵様!?」
 ディルスに疑いがかかっても拙いのだ。フィラが愉悦に満ちた表情で大声を放つ。荷馬車の隙間からミミクリーでネズミに変じたレモンドが脱出した。見計らったように「お前達はおどき」とプシュケがその手に業火を纏わせる。魔法の炎は偽マレアが乗った荷馬車へ。
「クッ、いかん。マレア殿おぉぉぉ!」
 迫真の演技であるといえよう。ジーン達の叫び声もむなしく、荷馬車は黒煙を吹き上げながら焼け落ちてゆく。伯爵城の兵士達の表情が唖然となった。「マレアさんが」と荷馬車に駆け寄ろうとした冬華を月夜が羽交い締めにして止め、涙すら浮かべたクレアを撤退だとフィラが説き伏せ、出雲もキリクも仲間のフライングブルームに乗って城から遠ざかる。

「何事だプシュケ」
「サンカッセラ様。逃げられそうでしたのでマレア・ラスカごと荷馬車を燃やしました。申し訳有りません」
「折角の見せ物が‥‥仕方ない。まあこの炎では助からんな。あとで死体を回収しろ」

 その頃。
「あー、危なかった。みんな大丈夫?」
「キリク殿もお疲れさまでござったよ。皆無事といったところか。いやー、皆があまりに真剣に泣き叫ぶからまだレモンド殿が残っているのかと錯覚してしまったでござるよ」
「ふふん、嘘泣きぐらいどうってことないわよ」
「クレア凄すぎ」
「これでおそらくは平気なはず。キラさん達は今頃ついてるでしょうか?」
「森が見えてきたな。さて。痩せてるんだろうな‥‥少しからかってやるか。なぁみんな」
 静まり返った深い暗闇。
 森の中に見える涼とキラとマレア。
 街道の果て、遥か遠くに見える古城を眺めながら小さな歓声をあげた。