芸術家の苦悩BR―奪われる名画―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 89 C

参加人数:14人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月05日〜07月17日

リプレイ公開日:2005年07月15日

●オープニング

「楽しかったですかバートリエ」
「いいじゃない、あんたが例の所に入り浸っているのも知っていてよ」
「お互い様というやつですね。まあいい、あなたがサンジェルマン達の所で遊んでいる間に、今まで我らの横で宝石をかすめ取ってきたネズミの排除も随分進みましたよ」
「お疲れさまね、トランシバ。どうせ『それ自体』も含むのでしょうけど」
「ご覧あれ。あなたが教団で手に入れた一つ、私がダニエルから取り戻した一つ、戦乱の夜に死にかけていたネズミから拾った二つ、エレネシアの贄姫周辺を彷徨いていたネズミから見つけた一つ‥‥すでに五つ。どうせ残りはネズミたちの所にあるのだろうし、ブラッディローズはまもなく揃う」
「契約の一族の復活を喜び、誉め歌えよ古の祖よ、ね。鍵のハーフエルフと贄姫もいる今。そろそろ待つ必要もないのではないの? 長き時、充分待ったわ。きっと彼らも待っている。‥‥祭壇へいくべきよ」
「急かさないでください。楽しそうなのは得られる物も大きいからでしょうが、もう一人。私はキュラスが権利を明け渡した者も回収させて貰いますよ、――××ですから?」
 笑い声はとどまるところを知らない。

 キャメロットから西へ185km先、ブリストルの南東12キロのところにあり交通網の要路にあたる場所に鉱泉の町バースはある。
 バースを拠点にその地の住民に北方と呼ばれる小領土をおさめている貴族がいる。それが北方領土を縦に割った右、東北方面を支配するラスカリタ伯爵家と、西北を支配するエレネシア子爵家とセンブルグ男爵家の二つだ。この地方は古くから忌むべき『しきたり』が続いており、それらに関わる家を『同胞』と呼んだ。現在それらの貴族は東方領土や西方領土にも住んでいる。長年『贄』を要求する不気味な影。脅かされ続けた生活。そして幾度も諍いが起き、何百人もが歴史の中に人知れず消えていた‥‥

 名画が集められている。
 数ヶ月前にバースの地で死んだ画家、マレア・ラスカ。彼女の絵を好んだ者達やかつてのパトロンの多くが絵画を手放していた。関連性を持つのを恐れたのだ。しかしそんな中で絵画を集め続ける者が現れる。死者の芸術品が死後に評価される事は稀にあり、其れと同じ道をマレア・ラスカの絵は辿る。最近になって、亡きマレア・ラスカの絵は莫大の値で取り引きされ始めていた。
「調子はどうかな、リミンズ・ダリル。また傑作はできそうかい?」
「キャヴァディッシュ伯爵。新しい曲がまた生まれそうです。あなた様には感謝しても足りません。美しき絵画の数々、富に満ちた生活。私の我が儘をあなたはかなえてくださる」
 キャヴァディッシュ伯爵と呼ばれた年若い男は、口元に笑みを浮かべて自分が囲っている音楽家を抱き寄せた。そういう性癖を持つ人間も、道徳に反していようと人に知られなければ問題にはならぬもの。この男は芸術の都、ブリストルにおいて有力貴族としても名が知られていた。
「伯爵、人が参ります」
「いま此処へ来る? 野暮な者は地の底に送りつけてくれるさ」
「怖い方だ」
「そんな私が好きだろう? 獰猛な目をした音楽家よ。お前の曲のためなら、お前が望むことなら、私は何でも手に入れてくれよう。‥‥ところで、お前の曲と正反対の天使画の数々。集めて意味はあるのか? まるで愛おしい者を見る目ではないか、妬けてしまうぞ」
「嫉妬も美しい貴方に、次は天使が落ちゆく曲を献上しましょう。冥界へ堕天の曲を、ね」
 音楽家は意味ありげな言葉とともに、若き伯爵に新しい願い事をした。
 これがおよそ、半月前の話である。

 ネイがいない。
 キャメロットへ戻ってきたマレア達。やはり戻ってきたポワニカとウィタエンジェ達は情報の調達や連絡係として動いていたネィを探したが、行きつけの酒場二丁目にも殆ど顔を出していないと言う。迎えてくれるはずの仲間の姿もない。皆がバラバラで探した。
「ディルスは平穏だと言っていたけど、全く裏事情はさっぱりね」
「数ヶ月の内に一体何が起きたのでショウ?」
 マレアやワトソンも後ろの方でボソボソと呟く。一般の冒険者と同じ、というかマレアは男装していた。男物の服を着ていると一層ウィタエンジェと似ている。そこへ青い顔をしたポワニカ達が戻ってきていた。ネイを見つけたそうだが‥‥良くない話のようだ。
「親愛なる方、名も無き君に申し上げましゅ」
 隠れ家に戻ってきたポワニカは重い口を開く。
「シャールダニカが殺されましたでしゅ。ネイはシャールに持たせていた石を受け取って身を隠していたと。‥‥多くのBRが死んでいましゅ。あまり逃げ回る時間はもう」
 そう、とマレアは言葉は少ないがショックだったようだ。ぼんやり上の空で、あの子は料理が上手で、この子はこんな癖があったと語る。ただ一人、ウィタエンジェは。
「持ったほうなのか、持たなかった方なのか。きついことを言うけど元々彼らが殺されるのは僕もポワニカも皆承知だったことだ。時間を長く持たせるには、欺く為の囮が必要。BR達が石を持って逃げ回るのが一番有効だから。十中八九、奴らは全て在処の見当がついてしまったんだろう。宝石を奪いに少数派も多数派関係なく殺しに来るだろうね。贄姫や鍵にも狙いを付けたのだろうし」
 マディールが一度ちらりとポワニカを見た。彼はかつて宝石を河に捨てた覚えがある。
 血塗られたスタールビー、ブラッディローズ。少数派の所にあるのは、ネイがもらい受けた一つ、マレアが持っている一つ、焼き捨てられ、今はもう無いもう一つ。そして贄姫が『二人』。
「レヴィが持ち出した三石。我々は探し出せなかったでしゅけど、もしやもう多数派か誰かの手にあるやもでしゅ」
「覚悟決めないといけない時期だよ、おねーさん?」
 わざとらしく、ウィタエンジェはマレアの顔を覗き込む。沈黙が降りた。

‥‥‥。

「町の絵画を守って欲しい?」
 さようで、とバースからはるばる訪れた者がギルドへ訪れた。
 バースには『未完の名画』と噂される作品がある。それがバースの教会にある、亡き絵師マレア・ラスカの最後の作品『最後の晩餐』。名画は完成することなく壁画として残されている。つい最近まで絵に幽霊が宿っているのではないかなどを始めとした様々な事件が起きたのだが、極めつけに先日。ブリストルで有力と言われるキャヴァディッシュ伯爵が壁画を欲しいと言ってきた。
 伯爵は金に物をいわせ、ダメだと言っても、あの絵には呪いが有るに違いないなど噂を撒き散らしながら人を雇って信者に怪我をさせたり、しぶしぶ引き渡さねばならない状態にまで持ち込まれたという。まだ納得はしていないのに、仕事を任されたらしいごろつきは承諾書を偽造し、後日、絵画だけをはぎ取っていこうとしていると。
「しかし、何故絵画を守りたいんですか? あの絵の絵師は重罪人として知られているではありませんか。いっそ無くなった方がいいのでは?」
「‥‥色々複雑な理由がありましてね。人は弱いのですよ。民衆達は悔いている、許しを請いたいが為にひそかに教会の絵画の前で祈り、泣き、帰っていくのです。それを手放せましょうか?」

●今回の参加者

 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0383 プリムローズ・ダーエ(20歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea0836 キラ・ヴァルキュリア(23歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1519 キリク・アキリ(24歳・♂・神聖騎士・パラ・ロシア王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3227 コーカサス・ミニムス(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5352 デュノン・ヴォルフガリオ(28歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5410 橘 蛍(27歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5892 エルドリエル・エヴァンス(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

モニカ・ベイリー(ea6917)/ バルタザール・アルビレオ(ea7218)/ シェリル・シンクレア(ea7263

●リプレイ本文

「で、殆ど全員がごろつきの調査ってどうなんでしょうね」
 ぽつんと響く物寂しい双海涼(ea0850)の声を耳にしたのは、苦笑を隠せないキリク・アキリ(ea1519)と天城月夜(ea0321)、べそをかいているコーカサス・ミニムス(ea3227)、そして献身的なプリムローズ・ダーエ(ea0383)。そして人影か消えた頃になって現れる、依頼開始前に手伝わないと豪語したはずの男装の麗人含む、たった六人だった。

 壁画を守って欲しいという依頼を受けて立ち上がった者しめて十五名。内一人は女性の神聖騎士であり、つい先日まで捜索願が出されていた貴族ウィタエンジェ・ラスカリタ。
「弟に会いに行くついでに興味で同行させて貰うが僕は高貴な身。あ、男は近寄るな?」
「大層なご挨拶ねぇ。私は前貴方とパーティーでご一緒した事もあるのだけれど男と分かった瞬間にその態度は失礼じゃないかしら? たく腹立つ、顔は似てても正反対じゃない」
 ギルドに響くキラ・ヴァルキュリア(ea0836)の怒号。このウィタエンジェ、亡きマレアと異母姉妹であり瓜二つだが、性格や趣味が明らかに異なる。公然の事実を前に、内乱に関わった者達は複雑な顔で彼女を眺めた者もいただろう。‥‥死なせた相手と同じ顔。
「啀み合ってないでとっとと出発するわよ、やることは沢山あるんだから」
 ふいっとエルドリエル・エヴァンス(ea5892)が身を翻す。触らぬ神にたたりなしとでも言うように、次々出発する中、高慢な彼女はちらりと九門冬華(ea0254)やジーン・グレイ(ea4844)に視線を向けた。視線を向けられた者達は視線で答え、彼らも出ていった。

 希龍出雲(ea3109)や黒畑緑朗(ea6426)、橘蛍(ea5410)を含む多くの者達が、壁画を奪おうとしている者達の調査へと出向き、カレン・ロスト(ea4358)達が教会を任されている神父や信者への説得や協力を求めていなくなった今、締めきられた教会の中では少人数で黙々と作業が続いていた。表向きには改装工事。何しろ白の教会、毎日のように信者が訪れる教会を、そう簡単に閉めるわけにはいかない。教会のミサを場所を変えて行う為、さらに侍者代理としてプリムローズとカレンが手伝いにかり出されている。
「壁画も大事だけど、神父さんにとっては許しを請う人や信者の為に残したいわけだから、ミサや礼拝、信者さん達をないがしろには出来ないよね」
 神聖騎士であるキリクが作業をしながらそんなことを呟いた。今作業をしているのはキリクと涼、月夜とコーサカスの四人だけ。黙々と作業していたコーサカスが涙を浮かべた。
「貴族様の事情なんて‥‥知りません。でもマレアさんが‥‥ざ、罪人だ何て‥‥信じられません、あ、あんなに‥‥優しかったのに。一緒に食事して‥‥遊んで‥‥今でも」
 ごろごろと床に転がる猫のように、じゃれて遊んだ日々を思ってだろうか。他の三人は何の言葉もかけてはやれない。事実を話してはならないと仲間達で決めたのだ。そこへ。
「君達。長い間這いつくばって疲れないのかい? 全く冒険者という類は。そうだ女性達だけ僕と一時のティータイムでもどうかな。ん? そこの君、可愛い顔が台無しに」
「は、放してくださいですっ! そ‥‥その顔で寄らないで‥‥!」
 近寄ってきた男装の麗人の手を叩き落としたコーサカスは、わっと泣いて出ていった。非常に気まずい沈黙が落ちる。元凶の本人は予想外の行動だったらしく固まっていた。
「‥‥あちゃー、私やっちゃったかしら?」
「辛くても今のは拙いでござろう『ウィタエンジェ』殿。本来の『貴女』はマレア殿を火あぶりにした貴族の息女。顔色を伺う神父殿や他の者が、壁画を守る理由をおおっぴらに語らぬのも。此処にいる貴女を、下々を嬲る愉快犯にしか見ておらぬで証拠でござろう」
 月夜の指摘に軽く頭を抱える。常人から見れば、今の彼女は依頼の同行者ではなく、これ以上ないイヤミな人物だ。そこにいるだけで神父や信者をなじる存在。涼が駆け寄る。
「――お姉様、大丈夫ですか」
「歯がゆいわねー皆や神父が不在の時しか手伝えないし。‥‥死人は無力ね」
 壁画に寄りかかり『手がけた絵』を見上げて苦笑した男装の女に、月夜達は沈黙する。

「そっか、もうそんなにいなくなってたんだね」
 訊ねたキリクは傍らで呟く。平穏でも、裏では鼬ごっこを繰り返す土地。影の者と接触して裏の情報を仕入れるのは彼だけではない。キラと月夜も同じで先日呼び出していた。少女曰く、かつての大盗賊は組織力を無くしつつあった。消えていった見知らぬ命達。
「統率力を失い下々も散る‥‥ね、そんな暗い顔しないで、ね。‥‥どうしたの?」
 名付け親としてだけでなく、友のように接した事が絆になるとは思わなかっただろう。
「他の三人は今日で任を解いたのに。お前だけは少年の元に残るのだね、アリアドネ」
 参謀様とキリクの傍らの少女が呟いた。いつのまにか一人の騎士が彼らを見ていた。

「ごろつき、ていうからその辺にいるどうでもいい男達まで気になっちゃうのよね」
 エルドリエルは唸っていた。ブリストルほどではないがバースの町は広い。治安が悪化して回復の兆しをみせているとはいえ、質の悪い連中というのは溢れていた。エルドリエルが離れた場所にいたジーン達を呼ぶが、ジーンはぼうっと考え事をしていて上の空。
「ああ、すまんすまん。物思いに耽ってしまってな。それはそうと、アレはよいのか?」
 ジーンの指さす先で何故かデュノン・ヴォルフガリオ(ea5352)が生業に励んでいた。
「何やってるんですか。私達は仕事で来てるんですよ」
「いででで! 横暴女だな、よく見ろ。俺はパン屋に扮し地元のおじちゃんおばちゃん達の警戒を解きながらフレンドリーに話しかけて情報収集に勤しんでるんだ」
 エルドリエルが注意する前に、冬華がデュノンのフードを剥いで耳をつねり上げた。身長差など気にもとめず、眉間に青筋立てて黒づくめのパン屋さんを連れ戻す。
「どう考えてもフレンドリーというより不気味な黒づくめの物売りにしか見えんのだが」
 ジーンのつっこみはもっともだ。其れはそうと出雲や緑朗、蛍の姿を見ていない。教会を狙うごろつきの情報らしい情報を手に入れていない彼ら。その日の夕暮れになって。
「遊んでた出雲さんが吉報拾ってきたそうです」
「何故拙者や蛍殿のように真面目に取り組んでいる者に吉報がこないのか」
「恨み言いうんじゃねぇよ。別にただ遊んでたわけじゃねぇ」
 蛍と緑朗のトゲトゲした言葉に、実際半ば飲んでは遊んでいた出雲が絵画を狙う連中について情報を仕入れていた。来るのは明日の夜。ごろつきとはいえ専門の人間らしい。
「拙者達が軽く調べたようでは全く教会の壁画を狙う者の話など遭遇しなかったでござる。これは相手方も相当、用意周到という部類でござろうか蛍殿」
「少なくとも転がっているならず者とはわけが違うんじゃないかと僕は感じますけど」
 市場には欠片も出回らなかった教会の壁画の話。ともかく相手が来るときが分かっただけでも大きな収穫だ。壁画の移動は高度な技術を持つ職人が束になっても舌を巻くもの。通常は技術的に無理だ。おそらく壁ごと壊して持っていく気なのだろう。壁をから絵を盗んだように見せかけるのだと冒険者達は意気込んでいたが、壁画は大きく壁自体が広い。
「きなすったな、‥‥まだ中は‥‥。俺達で足止めするんだ」
「神父様、こちらへ! コーサカスちゃん、あとお願い。貴女も邪魔しないでください」
 カレンが声を張り上げる。カレンとプリムローズが聖職者達とウィタエンジェをコーサカスの所へ避難させていた。中では怪盗組が準備しており、壁画を覆い尽くす布に塗り固めた漆喰を壁に固定していく作業に必死になっている月夜達がいる。間に合わせなければ、今までの苦労が水の泡だ。暗闇の中、煌々と照らさなければごまかしようはある。
「おおっと首がいっちまったか? 悪いがそこで眠ってな!」
「キミ達が酷い事してるみたいだからギルドへの通達があったのよ? 観念してね!」
「貴族の私利私欲の為の肥やしになどさせぬ!」
 デュノン、エルドリエル、緑朗の三人が吠えた。出雲やジーンもそれに続く。しかし動かない者達がいた冬華とキリクだ。ごろつきの頭が見た顔だった。闇商人のメイガース。キリクは何処かで予感していたようだが、たじろいでもいられない。遺体の借りを忘れ、敵として向かう。守らなければならない。それが仕事だ。
 その後は、あっという間の事だったろう。足止めは設置に間に合った。様子を見に来た神父が、絵画がないと叫んだのが始まりだったか。男達が呆然とする中一人だけが動揺を示さぬ顔で壁をみていた。睨むと言っても良いが、その隙に冬華がぴっと契約書を奪う。
「どうせこれも偽物なんでしょう闇商人。悪いですが手を引いてください」
「ヒデエ人だぜ。‥‥何故、此処に最後の晩餐が描かれたのか。考えたことあるかい?」
 皆が眉をひそめる中、年老いた神父はすぅっと顔色を変えた。「お前さん達の中に聖書を嗜んでる奴、いるかな?」と、メイガースはにやーっと薄気味の悪い笑顔を向けた。
「俺も仕事なんだが、この際イィ事教えてやるぜ。――最後の過越の夜。種なしパンと葡萄酒が並ぶ食卓で、十二人の弟子に主は答えた。『この中に、私を裏切る者がいる』‥‥ってのは意味深だ。あとそうだな、『マタイによる福音』第二十七章3節〜7節」
「首を吊ったユダが投げた銀貨三十枚は血の代価とされ、神殿の収入にはならず陶器職人の畑を買って外人墓地になった、所のくだりですね」
「おっと正解だ。頭いいねぇお嬢さん。聖書ってのは、真怖い話だぜ」
 プリムローズの言葉に笑い、こんこんと、壁を叩いた。指摘するようなそんな仕草で。
「土地の秘密ってのは、地方の人間しか知らない。俺が悪者であんたが正義なら、『ユダをはめた祭司長と長老達』は正義か悪か、さてどっちだろう? んじゃお邪魔さま。今月は財布が軽いぜ」
 いっひっひ、と笑いメイガースはひらひらと手を振って去っていった。

「はい、ありがとうございました。もういいです」
 コーサカスが絵画に手を当てる。絵画は移動させなかった。一応は守った事になるのかも知れなかったが、盗ませたと思わせる対策は不十分。そして何より、後ろめたいことを知る闇の世界の人間との、予想外の再会も含めて。
「作業してて気のせいかと思ったんですが‥‥あの教会、外観と内部、違ったような‥‥」
 去り際にポツリと涼が呟いた。