ぽかぽか季節の農場記4

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 3 C

参加人数:13人

サポート参加人数:3人

冒険期間:09月05日〜09月13日

リプレイ公開日:2005年09月11日

●オープニング

 森で遊んでいると自分の影が大きく伸びた。
 ミゼリは突然遮られた太陽の光がどうなったのか確かめるため、くるりと後ろを見やる。すると赤毛の見知らぬ男が立っていた。ひげ面の薄汚い格好で、腰には鞭を携え、歯を魅せて愛想良く笑ってみせる。媚びるような眼差しと、下卑た笑い声。「ミゼリ・ダニエルはお嬢ちゃんか」そう聞いたが、ミゼリは頷けるだけの心の余裕はない。
「なぁお嬢ちゃん。そこのトレントと話してみたくねぇか?」
 ミゼリは一度大樹を見上げた。そして興味をそそられる。
「‥‥お‥‥話?」
「そう、お話だ。植物と話す魔法を教えてやろう。畑の仕事もはかどる。いいか」
 何度か男から習いながらも、男は最後まで名乗ることもなく、名前も知らない男がそれから数ヶ月現れなかった。
 ミゼリは木々や草花と話す事を覚えた。
 そうして暫く前、角の生えたユニコーンを見かけるようになってから、赤毛の男は再び現れた。ユニコーンを見て、初めはとても険しい顔をしていた。しかし再び愛嬌のある顔をみせると、ミゼリにこう囁いたのだ。
「お嬢ちゃん、森で隠れて遊ぶ魔法、教えてやろうか」
 ミゼリは静かなこの場所で遊ぶ方法が知りたかった。そうして魔法を覚えたのだった。
「‥‥に俺が怒られるんでね」
 何事か呟いていたが、ミゼリの耳には届かなかった。

 広大な牧草の畑と、タマネギやカブの畑。二箇所の牧場、ニワトリ小屋が二つに、もうじき十一歳になるミゼリという少女とアンズという名の真綿のような白い犬。鶏九十羽、驢馬二頭、牛十二頭。
 そこはギール農場と呼ばれていた。
 ギール農場もまた定期的に市へ繰り出して生計を立てている。今回も再び市の時期である。やはり冒険者達が代理で出向かなければならない。そして夏は物が腐りやすいので注意が必要だ。
 今回市に出す収穫した卵が690個。以前より収穫数が上がっている。安い時は二個2Cで買い取られるが、上手く交渉すれば1個2Cで買い取ってくれる。
 牛乳125リットル中45リットルがバターになった。バターを100g作るには五リットルの牛乳が必要。尚ギールの農場の地域では、牛乳は1リットル最低3C、高くて4C。バターについては100g(五リットル消費)は30Cから40Cで売ることが出来る。
 ギール農場近の森のトレント周辺は野生の薬草畑。一人一日五束しか取れないが、取ってきた場合薬草は一束10C〜30C、最高で50C近くとなる。以前までの九十束分の薬草がある。
 回収したカブとタマネギだが、カブが800、タマネギ700。未回収の分がそれぞれ450個と300個ほどあるが、これは次回の分だろう。
 今回は各所の人手不足が響いている為に、皆が奔走しており、また大麦の脱穀にやや時間をとっていたため、ピクルスになったカブは僅か150個分だ。
 カブとタマネギの価格は四個1Cから3C。ピクルスの価格は一個分が2Cである。大麦に関しては、総量は百平方メートルの畑中、約5kgの大麦が回収できた。大麦は一キロ60Cで売れる。
 大麦をパンに加工する場合、シンプルなものを作るにしても最低400gの大麦粉、ぬるま湯(牛乳パンなら牛乳)250cc、バター30gが必要だ。この分量で十六個作れる。
 パンの価格は一つ1〜2Cだが、つくって一日以内なければ意味がない。
 どれだけ加工して持ってゆくかは冒険者達次第であった。



●現在経済状況●
ギール農場元財産: 1154G
前回の総出費:15G35C(値引き―G)
前回の交渉成績:D
前回の売上金額:12G(四捨五入)
ギール農場現在財産:1150G(四捨五入)

●今回の参加者

 ea0369 クレアス・ブラフォード(36歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1143 エイス・カルトヘーゲル(29歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea2194 アリシア・シャーウッド(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2698 ラディス・レイオール(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4435 萌月 鈴音(22歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4815 バニス・グレイ(60歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5021 サーシャ・クライン(29歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5810 アリッサ・クーパー(33歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea5928 沖鷹 又三郎(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7218 バルタザール・アルビレオ(18歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ジーン・グレイ(ea4844)/ モニカ・ベイリー(ea6917)/ バデル・ザラーム(ea9933

●リプレイ本文

 市の前となると冒険者達は休む暇もなく忙しい。
 農場に到着して早々、エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)は卵五十個と牛乳五リットルにハーブワインと沖鷹又三郎(ea5928)が以前、蜂の大群と格闘して獲得してきた蜂蜜を持ち出して「明日の早朝から新商品をつくるから、試しに売ってみて欲しいですの」と意気込んでいたし、沖鷹は沖鷹で現在の季節に春から夏ではなく、夏から秋にかけて収穫時期を迎えるギール農場周辺のブルーベリーを摘んできて一晩中台所に立っていた。通常のパンでは儲けが出ない為、少しでも価値を上げるためという。
 クレアス・ブラフォード(ea0369)が冒険者をうとうとしながら待っていたミゼリを寝付かせている間、バニス・グレイ(ea4815)やミュール・マードリック(ea9285)は保存していた牛乳やバターの品質チェック等を行い、同じくしてエイス・カルトヘーゲル(ea1143)も黙々と卵の仕分けを行っていた。ちょっとした衝撃で割れる卵は、割れると当然価値が消えるので時間がかかるが四度目になるので手慣れた様子だ。たまに作業上一人でぽつねんとしているせいか、思考が暗くなるようだが十分すぎるほど貢献している事に気づいていない。バルタザール・アルビレオ(ea7218)と萌月鈴音(ea4435)、アリッサ・クーパー(ea5810)はタマネギ及びカブの仕分けを担当し、ラディス・レイオール(ea2698)は採取した薬草の種類と品質を確かめ、お客様サービスに向けて薬草の効能や利用法を黙々と書き続けた。市は戦い。小さな努力は実を結ぼうものである。
 アリシア・シャーウッド(ea2194)はといえば今回の膨大な量の販売物を、どれを幾らで売るか、顧客への配達は、何より市場での必勝法を模索して、遅くまで売り子をするサーシャ・クライン(ea5021)と力仕事担当兼オバ様キラーの五百蔵蛍夜(ea3799)と作戦を練っていた。アリシアの瞳は「買いたたかれてたまるかぁ!」と執念の炎に燃える。

 翌日になって膨大な量の荷車を引く為、試しに蛍夜の愛馬二頭をつなげてみたが馬がめげた。と言うわけで、さらに農場の馬とバニスの愛馬とクレアスの愛馬が加わり、ようやく荷車が引ける状態になる。凄い量である、というのは今更か。
「これから行って来るけどその前にぃ、エイス君、ラディス君お願いね」
 きゃっとアリシアが両手を組んでお願いしてみる。「任せてください」と意気揚々としているラディスと、「ん‥‥やってみる」と言葉少なに話すエイス。
 まず地面に水が漏れないようになっている木箱を並べた。其処へエイスとラディスが次々にクリエイトウォーターで水を出現させていく。その後に、エイスはウォーターコントロールで水の形と複雑に整え、ラディスがクーリングで氷へと変えていく。
 氷の柱を次々に並べて運び入れるバニスと蛍夜、ミュール達。これでなんと腐りやすい品物を囲み、外れないよう簡単な楔をあらかじめコントロール時に作られた穴に打ち入れれば、倉庫のような氷製保冷庫へと大変身だ。これで鮮度を売りにすることが出来る。
「ちょーっとまってくださいですの〜〜」
 ばたばたと駆け足で台所から走ってくるエヴァーグリーン。その手には五リットルの木製牛乳瓶が抱えられていた。蓋を閉めようとしていた男達が手を止める。
「朝、早起きしてハニーエッグミルクを作ってたですの。まだお酒は入れてないから、このままなら子供でも飲めますし。これハーブワインですの。パンと様子みてください」
 これがナイスアイディアとなるのだが、ふと皆の様子を眺めていたエイスは何事かを思いついたように、ちょいちょいとラディスをつついた。疑問を飛ばしていたラディスだが、しばらくして二人は再び氷を作り始める。ウォーターコントロールで自在に氷を操れるエイスが追加で作った物も荷台に運び込まれるが、蛍夜が何ともいえぬ顔でソレを眺める。
「‥‥‥‥エイス君、それは」
「うん。ロースト」
 何とギール農場のひねたデブィ鶏ローストが氷の彫像さながらに出現! おっしゃぁ、と意気込むアリシアとともに氷ローストも保冷庫に積み込まれ、市場の班は出発した。

 その日、タマネギ畑とカブ畑を担当していたのはアリッサと久しぶりに農場へ来た鈴音の二人であった。それぞれが畑を担当するのも何なので、午前中は畑に水まきをしてから午後は二人でカブとタマネギの畑の内で実りの良いモノを抜きまくる予定だ。
「涼しくなってきましたから、活動しやすくなってきましたね」
「日の照る時は‥‥少し暑いなぁって思います‥‥でも、日差しも弱くなってるし」
 無口が地ながら仲間には話しやすいのかも知れない。此処最近の事を作業しながらアリッサと鈴音は話していた。鈴音は市場は人が多くて怖いので、残るという。まぁ薬草の収穫率をあげようという方針が強まったのか、バルタザールがラディス達と薬草収穫に向かっている為、性格がひねたタマネギ畑は不在。丁度大麦や牧草の刈り入れも終わったので鈴音は「出来ることをしてしまいたいです」と、アリッサとともに畑の担当になった。
「そういえば、最近ユニコーンが定期的に現れているみたいです」
「ユニコーン‥‥私も見てみたいです‥‥‥‥」
 殆ど人前に現れないと言う。一角の白馬。その角は万病に効くと言い、かつてよりユニコーンが現れると人々は角を巡って争いをおこしてきた。ほとんど見られなくなっていたというのに、何故農場に現れるのか、原因はまったくつかめていない。噂対策に、今日は沖鷹が白い愛馬の太郎を農場に放し飼いにして走らせている。鈴音とは別の意味合いでアリッサは出来ればユニコーンに接触したいと考えていた。それ故に、注意も森へ向く。
「得体の知れぬ者がミゼリ様に接触していたといいますし、悪意があるなら」
「おねーちゃーん」
 元気いっぱいの幼い声に気を取られる鈴音とアリッサ。振り向いた先にはミゼリを連れたクレアスがいた。名前を呼ぶと、てけてけ坂を走り降りてきて飛びついてくる。
「おねーちゃん、つかまえたぁ」
「ミゼリ様、今は手が泥だらけなので」
 とアリッサが困ったような顔をすると、さっさと近くの余り水の桶で手を洗った鈴音が戻ってきた。ミゼリが鈴音の方へ飛びつくと「ミゼリちゃん‥‥どうしたんですか?」と頭を撫で撫でする。微笑ましい図に、クレアスも坂を下りてきた。
「ラディスがミゼリに薬草の事を教えるというので、一緒にいこうと思ってな」
「そうでしたか。ミゼリ様を一人にしておくのは心配ですから」
 同じ年頃の鈴音にへら、と無防備な笑顔を見せるミゼリを眺めながら、クレアスとアリッサはそんな話をしていた。「そうそう、これは沖鷹とエヴァーグリーンからの差し入れだ」と昼食のお弁当を渡すと、クレアスとミゼリは手を繋いで森へ歩いてゆく。

 鶏小屋では黙々とエイスが卵の収穫に小屋掃除、洗濯と忙しい。忙しいながら彼の脳裏は一人で黙々と世話する為か、なんだか切なさが溢れてくるらしい。鶏をじゃばじゃば洗いながらボソボソと小言を零す。
「しかしまーあれだな。市で何人か行ったし、一人で小屋掃除ってのも寂しいもんだな」
 人数少ないので仕方がない。鶏を相手にしながら、やはり彼の小言は続く。
「自分は役立たずなんじゃないかと不安になってくるな。気にしても仕方がないのはわかってるんだけどー‥‥がんばるか‥‥」
 その時、ぼてん、とぶつかってくる一羽の鶏がいた。振り返れば言わずもがな、デブィ鶏ローストがエイスを見上げている。こいつは此処まできて反抗的か、と米神の血管が浮かび上がろうものだったが、ローストの双眸は違っていた。その眼差しを意訳する。
『おぅ、どうした舎弟。元気がねぇな、いつもの水芸はどうした』
 にこっ、とエイスの口元が弧を描いた。別にそれは友好的な絆の確立‥‥ではなく。
「‥‥誰が舎弟か、この鶏」
 じゃばじゃばじゃば。水攻め発生。いやはや意志の疎通でもできているのではなかろうか。もしかすると喧嘩売ってお仕置きを受けるという属性がローストには染みついているのかもしれなかったが、ふとエイスが何かに気づく。森の方から全力疾走する人影が。
「なぁグレイ殿。‥‥あれは危なくないか」
 隣の牛小屋にいたバニスがミュールの言葉に顔を上げて視線の先を追ってみた。森の方から何か来る。視力の良いエイスが、其れが何かに気づくと飛び上がって鶏達を次々と小屋に投げ込み、ばたんと扉をしめた。その頃ようやくバニスにも見えてくる。
 何故か、大きな籠を手にした沖鷹が走ってくる。後ろに群をなすのは蜂の大群!
「逃げてほしいでござる〜〜っ!」
 沖鷹は無糖のジャム作りをしていたのだが、エヴァーグリーンがハニーエッグミルクの試作品などで蜂蜜を使用。以前残った分の蜂蜜が底をつき、エヴァーグリーンがさらに取りに行こうとしていたので、危ないからと沖鷹が取りに行った。昼食も洗濯も終わっていた時間、一休みできる時間だったので近隣の蜂蜜を取りに向かったはいいが‥‥そのまま帰宅すると蜂の大群つきである為に帰れない。沖鷹は体力があったが、蜂をどうするか考えていた。
 流石にミュールやバニスも、蜂に襲われては面倒だ。蜂は剣より強い‥‥かもしれない。
「お、おい! ブリュンヒルデ!」
 ミュールの制止も聞かず、こんな時に限って雌牛が暴走。牛はぐるっと大きく走ると、なんと沖鷹と蜂の間に割り込んだ!
 バチバチバチバチッ!
 牛の横腹に、勢いを増してた蜂の大群が正面衝突!
「おぉぉ! ブリュンヒルデ――っ!」
 叫ぶバニス。戦う雌牛は、その身に染みついた戦乙女なる使命に生涯従った‥‥ではなく、身を挺して蜂から人を守ってみたらしい。その後、横に倒れた雌牛から蜂の死骸をひっぺがして手当てし、エイスがまだ襲おうとしている蜂を水攻めで退却させた。
 ちなみにこの時1800gの蜂蜜が取れた。蜂蜜の保存期間はとても長く、ギール農場周辺含めてそちらの地域では採取量が低く、大体200gが15Cで売られているので価値が高いし、料理にも大分利用ができそうだった。

 時間は少し舞い戻る。市場は活気に溢れていた。秋と言えば実りの季節。
 様々な近隣の農場も競って客を仕入れようと奮闘していた。アリシア達もまた、自分達を贔屓してくれるお客さんの列や新たな顧客を相手に値段やサービスの駆け引きを続けている。何しろプロの中のプロが顔を見せる市場、その激しさは尋常にあらず。
 ギール農場の直売の場所では、氷のローストが、でんっと居座っていた。目立つ。
「うっふっふ。お姉さま、大麦はどうします? 今は未精白の物を売ってますけどぉ。必要とあらば精白したものや粉にした物の注文もこっそり承りますよぉ〜?」
「ええ? でも大分時間かかるんじゃなぁい? それこそ三日とか四日とか」
「どれくらいの日数? いやだなぁ、向かいの農場んとこと一緒にされちゃ。うちは夜通し勤しんでる働き者が多いから、三日もお時間取らせるわけ無いじゃな・い・で・す・か! 明日にでも持ってきますよ〜? しかもうちの蛍パパが!」
 ビシィッ! とアリシアが指さした先はオバ様キラーこと蛍夜。市になるとフレイムエリベイションで自分自身を強制的に前向き思考にする蛍夜は、ハハハッと白い歯も光る男くさい笑みを浮かべ、時には販売に勤しんで家々のお財布を握る奥様を狙い落とす!
 六分で押し切れ自分!
 と自己暗示かけてる時点で、恥も何も捨てている。
「あぁん、どうしようかしら。実はちょーっと家でわざわざ精白して潰すの面倒でぇ、粉状のが欲しかったのよねぇ。でも一キロもいらないし、大体500g? でも普通のお店で買うと高いしぃ、あんまりやってくれるとこないし、高いし、遠いし‥‥お値段いくら?」
「大体一キロ未精白は60C、精白後は63C、粉なら70Cってとこですけどぉ‥‥お姉さま今日卵もカブも買ってくれたからぁ、おまけしちゃおっかなぁ、勿論宅配は無料で」
「やっぱり一キロ買うわ! 未精白500gと粉500gで!」
「まいどありぃ〜、しめて30と35の65Cになりまぁっす」
 笑顔全開で売りさばく。サーシャはと言えば、近くに席を設けて牛乳やハニーエッグミルクの販売をしていた。作ったハニーエッグミルクは大体二十五杯分。
 原料は蜂蜜に、牛乳五リットルと小さい卵五十個。そこへ大人にはハーブワインを入れる。元の材料を個別に売っても高額で41Cなわけだが、氷で冷えたハニーエッグミルクは一杯6Cで販売していた。さらにパンと一緒にと言うことで。
「サーシャちゃーん、ハニーエッグミルクセット二つぅ〜」
「はーい。セットはこれがラスト、今日は一日八セット限定だからおにーさん達、超ラッキーよ! しめて16Cだからね」
 要するに原料の三倍の値段を付けたハニーエッグミルクに、試しで作ったバター&ジャムパンと、口直しに販売しない部分のピクルスを昼頃一緒にして販売してみたのだ。これから過ごしやすくなるとは言え、まだ暑さも残る季節に、熱気むんむんの市場では冷えた飲み物が飛ぶように売れた。お昼時は腹を空かせた人も出てくるし、試飲と試食に繋がる。
 ハニーエッグミルクだけでも150Cの売り上げが出ていた。小さな飲食店のようなコーナーを切り盛りしながら、物陰でガッツポーズをとるサーシャ。
「おっし! かき入れ時だね、売って売って売りまくる! ああ、エイス、ラディス、エヴァーグリーン、沖鷹‥‥ここに居ないみんな、ぐっじょぶだよ! それはそうと薬草のほうはっと」
 力仕事をしながらも、蛍夜は魔法の力を借りて饒舌になり、薬草の実演販売を行っていた。元々森の奥深くのトレント周辺で取れる良質の薬草という話は口コミで広がっていたが、使い方や効能などを記した紙を販売時に共に配り、今回はさらに止血の効能がある薬草を持ち出して選び抜き、乾燥させたり粉末状にして試作品をあわせたりしていた。
 怪我などに効く薬と言えばエチゴヤのポーション類が有名だが、あれは瞬く間に傷を治す魔法薬。一般人の一ヶ月の給料が吹っ飛ぶ魔法薬など、民間人が手を出せようはずもない。そこで一般人は普通の薬草を煎じたり貼ったりという方向に走るわけだが、効能の良い薬草や薬品はそうそう巡り会える物ではない。
 最初の時は口上だけだったのだが、魔法の力、侮りがたし。
 蛍夜は突如『ゴッ!』とテーブルの角に手をぶつけ「おおっとこんな所にかすり傷が!」等と言いながら血の滴る傷口に止血の薬を塗り込み、布をあて「しばらく待ってる内に試食をどうぞ」と、魔法がきれる頃になったら裏方に戻ってピクルスを取りに行く傍ら、フレイムエリベイションをかけ直して試食を配ると。
「それみてくれ。あれほど滴っていた血がこの通り、この薬を塗れば、ピタリと治る!」
 別にポーションみたく完全に治ったわけではないが、止血はなっていたりする。まあもっとも、かすり傷なので大して血もでていないのだけれど。
「一日働いても微量しか取れない良質の薬草は後僅か! さー、買い手は誰だ!」
「あたいに売っとくれ!」
「いいや、うちが買うぞ!」
 わあわあ人だかりが出来ていた。市場の三人は忙しいようだ。

「みんな生きている。分かってる、分かってるんです! でも僕たちも生きなければならない! それが大自然の厳しさ、森の皆さんごめんなさい‥‥いただいていきます!」
 なんだか芸達者の如き台詞を口にしながら、バルタザールは遠慮もなく薬草を摘み取っていた。ぼけっとバルタザールの一人芝居を眺めていたラディスも、はっと我に返り薬草摘みに専念する。ラディスの傍らにはクレアスに連れられたミゼリが、植物に関する講義を受けながらも薬草摘みをしていた。
「いいですかミゼリちゃん。復習です。この薬草は何に効く薬草ですか?」
「‥‥えっと、おなかと‥‥あたま?」
「正解です。腹痛と頭痛、両方に効く薬ですね。料理にも使ったりします。こうやって爪を立てるといい匂いしませんか?」
「鼻がすーっとするね」
「爽快感がありますね。それじゃご褒美にしましょう。花の部分を摘み取って、花を割って雄しべと雌しべとを外してください。透明な水玉がありますが、舐めてみてください」
 あまーい、とミゼリはニコニコしている。そんな幸せそうな光景を尻目に、バルタザールはしばし薬草摘みの手を休めた。気づかれないように離れた木々の所へ向かう。
「どうも。すみませんが、私の質問に答えてくれませんか」
 バルタザールはミゼリの出会った『しらないひと』の事を調べていた。覚えたグリーンワードで相手の容姿を事細かく聞き出し、どんな様子だったのかを問いかけた。
「なるほど。見た事のない人みたいですが最後に‥‥信頼できそうな人物だと思う?」
 木々はざわめく。
 帰ってきた答えは『ノー』。

 本当に唐突だったと思う。
 木漏れ日の中でラディスとミゼリ、クレアスの三人で遊びも交えながら薬草摘みをしていた。一陣の強い風が吹いた時に、感じた視線の向こうには白銀に輝く白い肢体と一角の角。「私が見たのはあれです」とラディスが言った。農場に定期的に姿を現すユニコーンである。ミゼリがぎゅっとラディスとクレアスの手を握った――怖がっている。
「はっ、はっ、はっ、クレアス様! ラディス様!」
 別方向からアリッサと鈴音が走ってきた。どうも畑の方向から薬草地帯に向かうのが見えたらしい。ユニコーンは近づいて来たが一定の距離からこちらへは来ない。
「ほんとに、角が生えてます」
 わぁ、と鈴音が呟く。息苦しい胸を押さえてアリッサがユニコーンに近づいてゆく。伝説通りであれば乙女だけがその身に触れることが許されるはず。アリッサは表面的に微笑みを浮かべて敵意がないことを表した。ユニコーンは‥‥逃げない。
「ミゼリ様に何か御用でしょうか? 血は繋がっていなくとも私どもはミゼリ様の事を妹なり娘なりにと思っております。差し支えなければ御用を教えていただければ幸いです」
 本音である。どうして近づくのか、意図が見えないから不安に繋がる。ユニコーンはじっとアリッサを見つめた。神に仕える清い身であるアリッサの値踏みでもしているのか。
 しかし。
『相当幼子を大事にしておられるようですね』
 カッ、とアリッサの双眸が開いた。それはもはや流れるような動きで十字架を握り、囁いた相手に向かってコアギュレイトを放とうとする! ユニコーンは『おおっと危ない』と大地を蹴ってとびすさった。遠く離れたユニコーンはぐにゃりと歪む水のように姿を変える。そこに立っていたのは、神聖なユニコーンではなかった。
「随分と嫌われましたねぇ」
「トランシバ」
「イヤアァァ――――――――――っ!」
 クレアスの声を遮り、ミゼリの絶叫が森に響く。驚いて駆けつけたバルタザール、牛小屋を抜け出して時折ミゼリの護衛をしていたミュールが飛び出してアリッサに並んだ。クレアスはミゼリを抱きかかえ、ラディスは知識から相手が危険な存在と察知している。
 変身時に体の大きさや質量までも変えられる力を持つ者は、人間ではない。
「デ、ビル? どうしてデビルがこんな農場に」
「まぁそうなりますね。此方のハーフエルフ姿の方を知っている方が多かったので変えたんですが‥‥そう殺気立たないで欲しいですねぇ。別に危害は加えてないでしょうに」
『何用だ。崇拝者』
 ミュールがゲルマン語で話しかけると「おっ?」という顔をして直ぐに同じ言語で。
『知り合いですよ。そこの方々とは、とっても仲がいいんです』
「デビルと仲がいいだと。正気か!?」
「莫迦を言うな。そいつは前にミゼリを攫って衰弱させたんだ」
 ギロッと睨むクレアス。アリッサは今まさに飛びかからん勢いでいたが、同じく厳しい顔つきになったバルタザールと鈴音に腕を捕まえられて動けずにいた。
「放してください! あれはミゼリ様に有害です、あいつはライズ様を殺したんですよ!」
「落ち着いてくださいアリッサさん。‥‥今頃何をしにきたんです」
 鈴音が両手にシルバーナイフを握っている。バルタザールの問いに、トランシバは「遊びに来たんですよ。というのはまぁ冗談ですが」などと余裕の顔つきで一同を眺める。
「警戒せずとも、今はその幼子を攫いはしませんよ。攫った所で私に何の利益があると? 朽ち行く宿命のダニエル家が養女にもらった、何処の馬の骨とも知れぬ娘を誘拐するよりよっぽど能力の高いあなた方の命を貰い受けた方が有益だ」
 その言葉は決定的な事を明らかにしていた。こいつは、ミゼリの出生を‥‥知らない。
「何を‥‥しに‥‥来たんです」
「睨まないでくださいよ。冒険者というのは年若くても殺気だけは本物なんですから嫌ですね。なぁに最初はユニコーンの真似をして一騒動起こるのを期待しただけです。幾らか噂が出れば『ユニコーンの角』という金目の品に吸い寄せられた質の悪い人間の魂ぐらい口に出来るかと期待したんですが、あなた方があれこれ手を回して噂が立たないようにしてしまったので虚しくなったから出てきたんです」
 期待はずれだった、と口にする。ユニコーン対策は意外なところで成果が出ていた。もしも何もせず放置し、あるいはギールの為に角を取ろう、などと欲に引きずられていたら、この悪魔の描いた思い通りのシナリオになったと言うことだろう。‥‥嫌な相手だ。
「期待はずれで申し訳ありませんが‥‥去らねば容赦なく攻撃します」
 ラディスは直ぐにでも呪文が放てる状態にあった。トランシバは怖い怖いとおどける。
「危害は加えないと言っているのに、人の子は血の気が多い。そこがまた愛おしくもありますが。私は結構、あなた方が気に入っているんですよ? だから直ぐには刈らないし様子を見るだけに留める。何故理解してくれないんですかねぇ。敵意が心に痛いですよ」
 悪魔を愛せ、という方が無理難題である。細い双眸がニィッと弧を描いた。
「貴方達はまだ実る。養分を吸い取り甘く香しい果実となるでしょう。青いうちに刈りたがるのは莫迦だけです。今日の所はこの辺で失礼しましょうか‥‥今の所は育む最中故に、莫迦に関する有益な話をあげましょう。信じる信じないは自由ですが」
『有益とはどういうことだ』
『そこの幼子に一方的な愛情を示し、攫いたがっている人間がいますよ。注意する事です』
 ミュールのゲルマン語に、同じ言語で答えたデビルはふっと虚空に溶けて消えた。
 あたりはそよそよと何もなかったかのように静まりかえっていた。

 なんたることだ、と深夜になってバニスが頭を抱えている。
 農場に到着して直ぐ、知人から受け取った手紙をギールに渡している。もう古い家の因縁から、ミゼリもギールも解き放たれるという趣旨がそこには記してあった。ただしその元凶である悪魔2体は健在であると。その内の一体が、昼間ミゼリ達の前に現れた。
 市場で売り上げが良かったと思えば、不穏な空気に喜んでもいられない。ミゼリは昔、ギールの家宝と引き替えに、と攫われた事があった。何故ミゼリが怯えていたのかという事を知った、状況が分からなかった者達も「誘拐犯が目の前にいたら、そりゃね」といった風に頷いていた。ミゼリを寝付かせたクレアスが戻ってくる。エイスが首を傾げた。
「その‥‥一方的な愛情を向けて攫いたがっている人間‥‥て、誰‥‥なんだろうな」
 ギールも知らない。大体具合の悪いギールに話は聞かせられない。アリッサは言う。
「心当たりはないこともないですが」
 ギール農場に現れた怪しい人物は二人居る。ミゼリに奇妙な歌を教えた少年と、名前も名乗らず魔法を教えた赤毛の男。何が目的で近づいているのか、さっぱり分からないが。
「‥‥何があろうと守ってやるさ。私達が心配しすぎてミゼリ達を不安にさせるのもな」
 クレアスがエールを呷りながら呟くと、キィっと扉が開いた。‥‥ミゼリだった。
「まぁま、だっこ」
「どうしたミゼリ。今日は甘えただなぁ」
 皆も顔を切り替える。自分達が不安になってどうするというのだ。注意だけ心に留めておいて、いざという時に対処すればいいではないか。蛍夜は眠れぬミゼリに近づき。
「なぁミゼリ。パパとママと、3人で一緒に寝ないか?」
 半分寝ぼけ顔のミゼリが、こくんと頭をさげたが、その時ここぞとばかりにアリシアとバルタザールが顔を見合わせ。
「ききました!? ききました奥様! 蛍パパがついに! 愛は宗教も超える!?」
「はーい。ききましたとも! まぁ年齢はつりあってますよね」
「へー、結婚してたんだぁ」
「ほほう。おまえさん達、まだ懲りてなかったんだなぁ。んん?」
 ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!
「‥‥なんで私まで」
 便乗して相づち打ったサーシャ含め、蛍夜パパの教育的指導をくらった三人が拳骨うけた頭の部分を抑えてうずくまる。「ちょっとした冗談じゃん」と、はやし立てた三人が呻くのを眺め、ラディスやエイス達が「ぶっ」と吹き出した。
 部屋の空気は元に戻っていた。川の字で寝るのもいいじゃないかと蛍夜がクレアスにもちかけていると「ずるいですのぉ〜」と言うエヴァーグリーンと「私も‥‥一緒が良いです」ときゅっとミゼリの手を繋ぐ鈴音がいた。
 しかし希望者全員眠れるベットなどありはしない。
「しからば、この部屋のテーブルを端に除けて蒲団を引いて、皆で雑魚寝はどうでござろう。ジャパンでは床に寝るのが普通ゆえ」
 と其れまでアンズを持ち上げて「雄でござったか」などと訳の分からない行動をしていた沖鷹がグッドな案を提案。ナーイス、とばかりにさっさとテーブルや椅子を隅に移動させて蒲団を敷いていく者の多いこと。
 結局の所、寝着に着替えた後の希望者達は、そのまま広間で横になった。みんなで隙間を埋め尽くすように朝まで転がっていたという。

 農場の日々はこうして過ぎていった。
 冒険者達の愛情から注がれて育つ少女が、何の心配もなく暮らせるようになるのがいつの日になるのか。
 知っている者は、まだ誰もいない。