●リプレイ本文
○過去と未来を繋ぐ道
ウィルトシャーに向かう道のりは長い。
「もどかしいね‥‥。ホントに。‥‥でも、もう乗りかかった船だよね! 後手にだけは回りたくない‥‥もう嫌だよっ。絶対!」
悔しそうに手を握り締めるエル・サーディミスト(ea1743)の顔を少女は馬上から心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫?」
慌ててエルは手を振る。
「ごめんごめん。心配しないで。ヴィアンカちゃん。ちょっと愚痴っちゃっただけだから」
柔らかい手が頭に触れた。うん、と頷くと微笑んでヴィアンカは一緒に馬に乗っている狼に甘えるように頬を寄せた。
「んじゃ、先に行く。また向こうでね!」
箒で空を真っ直ぐ進んでいくエルを見送る少女。彼女に抱かれて狼の表情は困り顔。だが
「言っただろ。ヴィアンカに逆らうな。大人しくしてるんだ」
そう言った主、閃我絶狼(ea3991)の言葉に逆らいはせず、少女のするがままにされている。
暖かいクッション。ボディーガード機能付きというところだろうか?
「欠片は揃ってきた、か。後はどんな絵になることか、だな」
「今回はヴィアンカちゃんをきっちり守ってみせるのですよっ! だから安心して下さいね!」
「そうだな。だから、できるなら言う事を聞いてくれよ」
馬首を会わせるマナウス・ドラッケン(ea0021)とシェリル・シンクレア(ea7263)にヴィアンカはまたうん、と元気に頷く。
「セレナお姉ちゃんとも約束したもの。早くレジストデビルおぼえようっと!」
見送りに来てくれたセレナ・ザーンの言葉を思い出したようだ。
彼女は冒険者に絶対の信頼を持っている。
安心の笑顔を見つめる藤宮深雪(ea2065)やクロック・ランベリー(eb3776)の眼差しも暖かい。
「‥‥だがなあ」
そんな様子を微笑ましいと思いつつ、だからこそ絶狼は思う。
「‥‥大丈夫かねえ。まあ、大丈夫にするしかないんだけどな」
「ああ。花嫁の資格が有りそうなヴィアンカが今街に入るのは危険な気がするが‥‥? どうしたんだ。浮かない顔だな」
振り返ったレイ・ファラン(ea5225)はふと、最後尾を歩くエリンティア・フューゲル(ea3868)に目を留めた。
正確には彼の表情と‥‥手に持つスクロールに、なのだが。
「ああ、それか。パーシ卿が預けてくれたシャフツベリーの秘密って奴は‥‥」
絶狼の言葉にはい、とエリンティアは頷いた。
事は数日前、出発直前のキャメロットに戻る。
「‥‥マジですか。パーシ殿。あそこはあそこで危険ですって! 悪魔にしてみりゃ多少の年齢差なんてどうって事‥‥確かにこちらとしてもヴィアンカに協力して貰いたい事はあるし、ある意味渡りに船ではあるけれど」
城でこの上なく忙しく働く円卓の騎士パーシ・ヴァルに面会した時、絶狼は依頼を聞いた時の思いを率直に口にした。
いかなパーシと言えど報告書だけからシャフツベリーの危険は完全に読みきれなかったのだろう。
少し、考えるような顔をしたが、やはり依頼の取り下げはしなかった。
「君達が付いていれば、大丈夫だろう。冒険者を信頼している。‥‥今、キャメロットの、俺の側は危険なんだ。‥‥俺達のようなものが家族など、本当は持つべきではないのかもしれないがな‥‥」
寂しげに笑ったパーシに絶狼はそれ以上の事は言えなかった。
全力を尽くすと。約束するくらいで。
「僕達を〜、信じて下さると言うのであればぁ〜、教えて頂けませんかぁ〜」
パ〜シ殿〜。聞く声は力が抜けるようだが、問うエリンティアの表情には真剣さがある。
「教会時代の事を人間関係も含めて全て〜。そこに重要な鍵があるような気がしますぅ〜。お願いですぅ〜」
「‥‥俺がシャフツベリーにいたのは二〜三年足らずのこと。領主の妹。しかも教会を守る司祭と、ということでとんでもない目で見られていた。俺と結婚した事でキャロルは司祭の職を表向き退いたが、伝承を伝えると言う意味での役目は引き続き持っていた。伯爵家を継ぐべき少女は、その頃、病弱の母親に付き添って殆ど家から出ることは無かったからキャロルは心配していたが、俺は殆ど会った事がない。あの子が実は少年であったことも知らなかった」
「えっとお〜、そこらへんの事情は込み入っているようなんですけどぉ〜領主家の跡を継ぐ予定だったのはベルさん、いえ、当時は女装して身代わりをしていた伯爵の弟の息子ヴェルさんですよね? じゃあ、キャロルさんの跡を継ぐのは誰になる筈だったんですかぁ〜? ヴィアンカさん、ですかぁ?」
「それは‥‥」
とたん、パーシは口ごもった。下を向き、悩むような顔。
彼を知るものならどんな形にしても行動に迷い無い彼をして珍しいと思う歯切れの悪さだ。
「何か、事情があるのですかぁ〜。本当に、そこの情報が‥‥今回の肝になるような気がするんですけどぉ〜」
エリンティアが問うても、まだ彼の口は固く、重い。
「誠に人々を護る騎士であるならば、どうかお願いします」
説得の手伝いに付いて来たアルミューレ・リュミエールは真剣な顔で頭を下げる。
「この情報が手に入らなかった為に依頼達成が困難になるどころか、ベルやヴィアンカを含めた‥‥それどころかシャフツベリーだけでなく全ての人々に災いが及ぶかも知れないのです。どうか!」
パーシは唇を強く噛み締め、手を強く握っていた。そして‥‥
「暫く待っていてくれ」
そう言って退室すると一本の巻物を持って戻ってきたのだ。
「これは‥‥?」
エリンティアに差し出された羊皮紙はパーシの紋章で封印がしてある。
「その中に俺の知るシャフツベリーの全てを書いておいた。どうしても、その情報が必要だと思う時は開いて見るといい」
「本当ですかぁ〜。ありがとうございますぅ〜」
では、早速と封を開けかけたエリンティアはピタリ、その手を止めた。
「だが‥‥」
と続けたパーシの瞳があまりにも辛そうだったから。
「だがその手紙を開き、秘密を知ると言うことは、ある人物の現在に傷をつけ、ある人物の大きな恥を知ることになる。そして俺は誰にも言わないというキャロルと‥‥亡き妻との約束を破る事になるんだ」
「パーシ様ぁ?」
「できるならそれを開かないで欲しいと思う俺がいる。でも本当に必要だと思うなら、躊躇わず開けて見ればいい。過去よりも未来の方が重要だからな」
笑顔を見せるパーシ。
だからである。
その笑顔が作ったものであると解るが故に、パーシが退室してからも、王城を辞してこうして出発してからも、エリンティアが手紙を開く事はできなかったのは。
パーシ・ヴァルにあれだけ言わせるシャフツベリーの隠された人間関係とはなんだろうか。
手紙を見つめたまま、エリンティアは考え込んでいた。
「で、どうするのであるか? その手紙、見るのであるか?」
荷を背負う愛馬の背を叩きながらマックス・アームストロング(ea6970)はエリンティアに問うた。
「パーシ様がぁ〜、あそこまで言うんですぅ〜。できるだけ自力で調べてみますぅ〜。多分、いざと言う時は開く事になるでしょうけどぉ〜」
「まあ、どんな秘密が隠されていようと、俺達のやるべきことは変わらないからな。ヴィアンカを護り、そしてベルを守る」
ふと、ギリアム・バルセイド(ea3245)はあることを思い出した。かつて祭りの依頼で同行者が歌い、リースフィア・エルスリード(eb2745)が教えてくれたシャフツベリーの古き歌。
‥‥それは、君が残した光〜。命を賭けて残した希望〜♪
(「縁起でもない!」)
首を勢いよく、横に振った。まるで死別した歌に聞こえる。
(「”愛する者が遺したものを守ります”ってか? ベルを、そんな事態にさせるものか」)
命と引き換えに大切なものを守ったとしても、残されたものに真の幸せは訪れない。
本当の幸せを掴む為には、お互いに生き抜かなければならないのだ。
‥‥思わず早足になってしまうのを気付いているが、止める気にはなれなかった。
「おい! ギリアム!」
マナウスが呼ぶがあまり聞こえていない様子。肩を竦め、腕の中の娘と横の少女と、仲間達に笑いかけるとマナウスは皆を促して彼の後を追った。
「何が起ころうとも、必ず希望に変えて見せよう」
同じ、思いを抱いて。
○開かれた扉と閉ざされた扉
シャフツベリー領主の館の扉は、今は固く閉ざされている。
伯爵令嬢ベルの警護は以前にも増して増やされている。最近は半径百mほどに近づいた不審人物は直ぐに発見され追い払われる。
猫の子一匹近づけない。そんな物々しささえある。
だが、例外も勿論ある。
彼らが訪れた場合にはフリーパスで扉が開かれるのだ。
それは、冒険者達。
「お待ちしていました。どうぞこちらへ‥‥。皆さんもお待ちですよ」
「元気そうだな。ヴェル」
「はい。でも、ベルさんは変わらず大変なので‥‥皆さんの力を貸して下さい」
領主の名代としてもうすっかり落ち着いて見える領主の息子に案内され、たった今、たどり着いたばかりの冒険者達は先行していた仲間と共に伯爵家の応接間に集合した。
‥‥頬を膨らませる金の少女ヴィアンカと共に。
「やっぱり、伯父さんに会わなきゃダメ?」
不機嫌そうな様子はシャフツベリーに着いてから変わらない。
彼女と彼女が伯父さんと呼ぶディナス伯の関係を皆、知っているのでなかなか、宥めるのが難しかったのだ。
道々、何度も説得を繰り返した。
「ヴィアンカさん。あまり伯爵を嫌わないであげて下さいな」
優しく言う深雪の言葉にも
「だって! あの伯父さん。お父さんやお母さんのことを悪く言うんだよ!」
即座に反論が出る。
「嫌うよりも、仲良くなる努力をしないとですよ。話せばきっと分かり合えます」
「確かにあのおっさんは酷い事を言ったな、だがおっさんも最愛の妹が居なくなって寂しくて辛くてつい当り散らしちまったんだと思う、許してやれとまでは言わないが、あのおっさんの気持ちも理解してやってくれ」
「伯爵は、突然に大事な家族が居なくなって辛かったのでパーシ殿を、つい悪く言ってしまうのであるよ。だから、伯爵とパーシ殿が仲直りできる様に力添えをして欲しいである」
そう言われて、やっとヴィアンカはここに来たのだ。
だが、その表情はやはり冴えない。
‥‥やがて、扉が開きディナス伯が部屋に入ってきた。
入ってきて、まず彼はヴィアンカに目を向けるが、直ぐに視線を外し冒険者に向かい合う。
依頼を受けた事に礼を言い、街の現状とその後の様子を話すと、全面協力を約束してくれた。
「デビルに娘を、この街を好きにさせるわけにはいかない。頼んだぞ」
冒険者の指示を受け、犯人の一人と思われるガゼルの似顔絵は既に自警団や警備隊に配布してあると言う話を聞いた後、頷いてギリアムは立ち上がりベルのところへ向かう‥‥前にディナス伯の前に立った。
「解った。必要な事はその都度確認させて貰う。本当に、協力してくれよ」
「ああ‥‥」
伯爵の軽い頷きを確認し、とりあえずギリアムは何も言わずに部屋を出た。
ベル護衛の冒険者が外に出て、ヴィアンカとその護衛の担当の者達も後に続こうとした時
「ヴィアンカ‥‥」
「えっ?」
思いもよらぬ柔らかい声に、ヴィアンカは足を止めた。
振り返り見上げる伯爵の吸い込まれそうなほど深い蒼い瞳。
それはヴィアンカと同じ色で、母親と同じ色。
ヴィアンカは呼吸を止めて見つめていた。
「私は、お前の母親を愛していた。キャロルに誰よりも幸せになって欲しいと願っていた。だからそれを奪ったお前の父、パーシ・ヴァルが憎かったし妹を死に追いやったと思うと今も憎い‥‥だがな」
伯爵の穏やかな口調の為だろうか、一瞬顔色を変えながらも話を聞いているヴィアンカに冒険者達は励ましをそっと肩に手を触れるに留めた。
そして、一緒に話を聞く。
「だがな、ヴィアンカ。お前の誕生は心から嬉しかったし、死んだと思っていたのが生きていたと聞いてこれ以上ないほど私は喜んだ。お前は愛されて望まれて生まれてきたのだと言う事を忘れないでくれ」
「伯父さん‥‥」
「いきなり伯爵家に来い、とは言わぬ。だが時々は遊びに来ないか。キャロルの昔話ならしてやれる」
「うん! ‥‥あっ」
自分の言ってしまった返事に口を押さえるヴィアンカ。微笑んで立ち去る伯爵。
数名の冒険者が伯爵を追うがヴィアンカは追わなかった。
だが彼の背中を見送るその表情には困惑や怒りはない。むしろ暖かいものが広がっているように見える。
ぽん。
肩においていたマナウスの手が弾む。
「よかったな」
彼の言葉と、自分を見つめる冒険者達の眼差しが同じと感じたのだろう。
「うん!」
心からの素直で眩しい笑みをヴィアンカは返していた。
それは今回最初の会見の事。
娘のような年頃の少女の脅しにも似た忠告に伯爵は素直に頷く。
「今回で関係を修復できなければ以後機会は訪れませんよ。大事な妹の忘れ形見にずっと嫌われたままでいいのですか? 幼子から母親の過去に触れる機会を奪わないで下さい」
「解っている。私もまたキャロルの顔に責められるのは辛いからな」
「それは良かった」
微笑んでリースフィアの質問は終わる。
だが彼女にはもう一つ、聞いておきたいことがあったのだ。
だから伯爵の機嫌もまだ悪くはなさそうだと判断し
「もう一つ、伺いたい事があるのですが」
と切り出したのだ。
「なんだ?」
答えた時の伯爵の機嫌は誓って悪くなかった。
「可能なら、司祭様に関しての事を教えて貰えないでしょうか?」
その言葉を聞くまでは。
「伯爵や司祭様達の込み入った部分に触れる話かもしれませんけど、この状態を一刻も早く解決するには‥‥どうしても必要だと思うのです」
「悪いが答えられぬ」
瞬間、彼は完全に表情を凍らせ口を噤んだ。
「あの娘はある意味‥‥パーシ以上に私にとって呪いの存在だ」
「えっ? 何故そこまで‥‥」
その問いに答えは返らなかった。
伯爵の心の扉は完全に閉ざされ部屋から去ってしまったから。
(「何故、伯爵はあれほどまでに彼女を憎むのでしょう?」)
「おい? シエラ?」を
「シエラさん?」
呼びかけられてシエラ・クライン(ea0071)はハッと顔を上げた。ここはベルの部屋。
ベルの護衛中なのだと気付いて頭を左右に振って意識を覚醒させる。
「ここは俺が見てるから、周囲を見てきてくれ。もうじきヴィアンカ達も帰ってくるだろうし。リースフィアは自警団に指示を。頼む」
「よろしくお願いします。私は‥‥とりあえず大丈夫ですから」
微笑むベルとギリアムに促され二人は頷いて部屋を出た。
中では深雪がベルに恋人との馴れ初めなどを聞いている。気分を変えさせようとしているのだろう。
「あとで、私も冒険の話でもと思っているのですが‥‥シエラさん?」
「はい?」
「考え事はあれですか?」
廊下でリースフィアはシエラに問うた。ええ、頷いてシエラは下を向く。
「何故、なのでしょうか?」
「解りません。でも‥‥」
とりあえず、全ての情報は教会に向かった仲間に伝えてある。
「今は、皆を信じて災いの芽を、芽のうちに摘むことに専念しましょう」
「そうですね」
無意識にシエラは自分の手が祈りを結んでいる事に気がついた。索敵に入る前に小さく祈る。
天に仲間達の無事を‥‥。
○秘密の小部屋
その部屋は外からは巧妙に隠されているが、どうやらどこからか空気と光が差し込んでいるようだ。
「ぷはっ。良かった。空気がある」
地を泳ぎ、石床から顔を出したエルは部屋の壁に手をかけてよいしょと身体を持ち上げその部屋に入った。
夕暮れの薄暗がりの中で彼女は目を暗闇に慣らして、周囲の様子を見た。
位置的に教会の書庫の方にあたる場所には、どうやら隠し扉の仕掛けがあるようだ。
ちなみに中からは何をどうやっても開かない
「う〜ん、やっぱ鍵がないとダメなのかな? シャロンはあそこにあった穴に何か入れるんじゃないかって言ってたけど‥‥」
ヴィアンカのおぼろげな記憶から読み取れた情報はほんの僅かだった。微かな音と共に開いた扉。
だが裏技に近いとはいえ、こうして強行突入できてしまったのだからそれはもういいだろうとエルは思った。
ウォールホールの魔法は効かない。周囲の壁は魔法を帯びている。でも、流石に床には魔法は効いていなかったようなのだ。
「とにかく隠してあるんだから、この部屋に何かある筈‥‥あった! これかな?」
探すまでもなかった。小部屋の中央に大理石で出来た卓がありそこに‥‥銀の箱が乗っている。
エルは箱の蓋を開く。鍵はかかっておらず簡単に開き‥‥そこには一冊の書物が収められていた。
「何語で書いてあるんだろ‥‥。あ、ラッキー。ラテン語だ。‥‥って、嘘? これホント?」
パラパラと軽い思いで捲った書物の真実の重みにエルはだんだん言葉少なになる。これが暗闇が見せた間違いだと思いたい。
「でも‥‥これが真実なら、大変だ!」
本を抱きしめエルは呪文を唱えた。仲間の下へ戻らなくては。
一刻も早く!
「では、私、ベル様のお見舞いに行ってまいります。書庫はまたご自由にご利用下さい」
「ありがとうございますぅ。アゼラさん。辛い嫌な事を聞いて申し訳ないですぅ‥‥でもぉ、生まれがどうあれアゼラさんがアゼラさんである事に変わりは無いですよぉ〜」
小さく会釈してアゼラは冒険者に背中を向けた。エリンティアは小さくホッと息を吐き出しながら呟く。
「今頃エルさんは、成功しているでしょうかぁ〜」
冒険者が書庫で隠し扉の開放の手段を探していた時、アゼラが覗きに来た時はビックリした。
丁度、エルが魔法を使って地面に潜った所だったからだ。
でも、彼は彼でアゼラに聞いてみたいことがあったので、マイペースの笑顔に驚きを隠して彼女を外に連れ出し話をした。
質問は主に彼女の素性。
彼女は何の意味がありますの? と言いながらも答えてくれた。
父親に認められずに生まれ、苦労して育ててくれた母も幼い頃亡くした。
先代のキャロルに拾われて教会で暫く暮らしたが彼女亡き後は、街でいろいろなことをして生きてきたと。
信仰が認められてキャメロットの教会に入り、司祭としてここに赴任するまでのことは
「色々大変でしたわ」
とアゼラは微笑んで語ったが、その微笑にどれほどのものが隠されていたのだろうか‥‥。
「エリンティア!」
教会からエルが走り出てくる。手には一冊の本を持って。息を切らせて。
「どうしたんですぅ〜。エルさ‥‥」
「のんびりしてる暇なし! 皆のところに急ぐよ!」
エリンティアの手を強引に引いて走るエル。
その只ならぬ様子に流石の彼も反論も抵抗もしなかった。
シャフツベリー郊外のパーシの家。
そこで冒険者達は一冊の本と、真実を囲んで沈黙していた。
発見された本はディナス伯爵家の始祖と呼ばれる人物が書いた手記らしい。
その本の冒頭は
「シャフツベリーには復讐と裏切りの悪魔が眠る。かの者を決して目覚めさせてはならぬ」
という言葉で始まり、悪魔封印の過程が書かれていた。
「これによると大昔、ウィルトシャーに強大な力を持つ悪魔がやってきて人々を苦しめたんだって。‥‥かの悪魔は人の心に裏切りと復讐を囁き、輝きの都は闇に落ちた。人々は隣人を信じられず家族さえ敵と思う日々が続いたって書いてあるよ」
仲間達を前にエルとエリンティアの朗読は続く。
「その時ぃ、この街にやってきた聖人の兄妹が人々の心を照らしぃ〜人々は力を合わせてデビルを倒そうとしたとありますぅ〜。でも、そのデビルはとっても強力でぇ〜土地の魔法使いが秘術を使いぃ〜、なおかつ聖人の妹が命を捧げて封印するのが精一杯だったとか〜」
「エリンティア殿。それはソールズベリの血封印と何か関係が?」
マックスの問いにエリンティアは頷きながらも首を横に振る。
「あるかもしれませんがぁ〜、今は解りません〜。でもその結果悪魔はシャフツベリーに封印されたそうですぅ〜」
「で、その聖人の一族がシャフツベリーに残り、封印を守るようになったってことらしいよ。で、最後の方にはこう書いてある。
‥‥人々の苦しみの記憶は封印と共に忘却の彼方に埋めよ。
封印を開くは一族の聖なる娘の血と魂。
鍵と知識に分けてそれを後の世に伝える。
我が血と力、瞳と心を受け継ぐ者よ。封印を守り決して開いてはならぬ。
一族に蒼と白の祝福があらんことを
って」
冒険者達はもう何も言わなかった。
手に入れた真実。
暗躍するデビルと魔法使い。彼らの目的はもうこれ以外考えられないのだから。
「奴らは‥‥その復讐と裏切りの悪魔を蘇らせようとしているんだな?」
マナウスは振り返り、愛娘の腕の中で瞬きする少女を見た。
「封印を開く鍵は聖なる一族の血と魂。つまりはヴィアンカと‥‥」
「ベルということになるな。奴らが言う花嫁は封印を解く生贄のことなのかもしれん」
「戻ろう! この事、少しでも早く他の仲間にも伝えなくっちゃ」
話しながら腰を上げた冒険者達。その時、シェリルはなんの気なしにある言葉を口にした。
「でも、鍵と知識ってなんでしょうね? 一子相伝と言う割にちゃんと伝わっていないような気が‥‥」
自分の軽口に思い当たり口を押さえる。そしてヴィアンカの前に膝を付いた。
「ヴィアンカちゃん。もう一度記憶を見せて下さい」
「いいよ」
淡い魔法の光が遠い記憶の欠片を呼び起こし、彼女に見せる。
「! ヴィアンカちゃんの扉が開いた記憶の中に、お母様以外のもう一人の影があります! 誰か、一緒だったんですよ」
「‥‥まさか!」
その言葉にエリンティアは、驚くほどのスピードで懐からあの手紙を取り出した。
封を叩き割り手紙を開く。
「そんな!」
「えっ?」「エリンティア! どうしたの!」
手紙を握り締めたまま駆け出す彼を
「行くぞ。ヴィアンカ。離れるな!」「絶っ太! ヴィアンカを守れ」
訳もわからず冒険者達は追ったのだった。
頃は夜。空には月が静かに輝いていた。
軽いノックの音。そして
「ベルさんにお客さんですよ」
聞きなれた少年の声に冒険者の力が抜ける。
こんな時間に誰だ、という顔の冒険者に教会の司祭アゼラだとヴェルは答えた。
見知らぬ人間は入れないようにと言われているがアゼラは見知らぬ者ではない。
迷った末、冒険者は彼女を部屋に入れる事にした。
勿論、完全警戒の上、ベルに守りの魔法をかけ、アイテムも持たせて。
アゼラはヴェルと何事か話すと静かに部屋の中に入ってきた。
「あら。随分物々しいですわね。それではお気も休まりませんでしょう? もっとお気楽になさらないと」
花束を抱えてやってきたアゼラは部屋の様子に肩を竦めた。
見れば窓も厳重に目張りがしてあり夜風も、月の光も入らない。
「こんな事をしてはいけませんわ。お体に毒ですわよ」
目張りを外し力いっぱい窓を押し開ける。
「何をするんです!」
自分のした仕事になされた行為。リースフィアは声を荒げた。
窓から差し込む月光を受けて微笑み立つアゼラ。
「ん?」
‥‥廊下の向こうから何か音が聞こえた。
そして開かれる扉。
冒険者の手が武器にかかる。
入ってきたのは息をきらせた仲間の冒険者達。
「どうしたんだ? 敵か?」
首は横に振られる。
だが彼らが持ってきた言葉は、誰よりも何よりも凶悪な『敵』だった。
○消えた三人目
扉が開かれ、冒険者達は部屋の中に飛び込んできた。
「どうしたんだ!」
ギリアムの声に応えるよりも早く、目に映った女性にエリンティアはこう呼びかけたのだ。
「待って下‥‥さい。アゼリーナ・ディナス伯爵‥‥令嬢」
「えっ?」
必死で走ってきた彼の息は荒い。
だが迷い無く、はっきりとエリンティアが告げた真実にその場にいた人物全てが慄いた。
いや、ただ一人。
「そう呼ばれるのは生まれて初めてですわ。アゼリーナというお父様が下さった私の名を知るのも、キャロル様とパーシ様だけの筈。‥‥パーシ様が教えたのですね。誰にも言わないと約束下さった筈なのに」
寂しげに笑い肯定した女性以外は。
「と、いうことは‥‥まさか貴方はディナス伯爵の‥‥」
「娘、ですわ。一番最初の」
誰も‥‥言葉が出ない。
「お姉さま?」
ただ、ベルの震える声が、見えない相手を呼ぶ。その呼び名にアゼラは自嘲気味に唇を上げた。
「‥‥ああ、勿論伯爵夫人の子ではありませんわ。私の母は伯爵家に仕える召使だったそうですから‥‥」
伯爵の‥‥愛人の子。
冒険者達の最悪を超えた想像が今、その前に立っていた。
微笑むアゼラ。冒険者に取り囲まれているのに怯える様子も無い。
「私、別に操られている訳でも、脅迫された訳でもありません。私はある目的の為にデビルに自らの意思で協力しているだけですから」
「目的? まさか!」
ベルを背中に庇いながらシエラはアゼラを見つめる。彼女は冷ややかな氷の笑みを浮かべて答えたのだ。
「勿論‥‥伯爵家への復讐ですわ」
自然に当たり前の事である、と言うように。
「私の母はディナス伯に愛され私を身ごもった。伯爵は母を妻に迎えると約束していたのに裏切って、捨て名家の娘である夫人と結婚したのですわ。母は、貧困の中私を育て、苦しんで死んだ。その恨みを晴らす為に私は、デビルと手を組んだのです。あの方は‥‥私の願いを叶えてくれると約束してくれましたから‥‥」
「‥‥裏切りの子が何を囀る」
「伯爵!」
振り返った冒険者達はそこにディナス伯。目の前の女性が父と呼ぶ存在を見た。
だが、両者の間に親子再会の暖かな空気はない。
「何かあったようだというので来て見れば。先に私を裏切ったのはお前の母だろう。一族の聖なる蒼の瞳を持たぬお前など伯爵家の娘ではない!」
「何故そのようなことを!」
マックスは怒りさえも孕んだ言葉で伯爵に怒鳴る。
蔑むような視線の伯爵。パーシに対する彼の思いはまだ理解できた。だから忠告に留めたのに。
今の伯爵の言葉は聞くものさえ貫く刃。
その刃の直撃を受け、もう彼女の心は止まらなかった。
「そう! 私のこの瞳がほんの少しくすんでいたから。一族の蒼を持っていなかったから。私は認められず母は売女と蔑まれた。ただ、この瞳が聖者の蒼で無かったが為に!」
彼女の瞳も深い青。だがその目は狂気を湛えている。
「なれば私は聖者の蒼の瞳を憎む。主よ我が祈りを聞き届けたまえ‥‥」
狼狽していた冒険者の手に力が戻る。
「ベルは渡さん!」
「ヴィアンカ! 下がっているんだ」
ギリアムと絶狼はそれぞれに蒼い瞳の乙女を背中に庇い、アゼラに向かい合う。
冒険者全てに取り囲まれた状況下で、彼女の口元には何故か。笑みが消えなかった。
「アゼラさん。この状況下で何故そうしていられるのです? 自らの正体を明かした追い詰められた状況で、何故‥‥」
リースフィアは考える。何故彼女は‥‥。
その時、気付いた。
「蒼い瞳を? まさか!」
「えっ? 何で?」
声を上げたエルの指で石の中の蝶が微かに踊る。空を割る光の矢。窓の向こうから聞こえる何か‥‥。
「悲鳴?」
シェリルの耳に届いた声は助けを求めているように聞こえ‥‥シェリルよりも早くギリアムはそれに思い当たった。
「まさか! ヴェル!?」
「どうやら成功したようですわね。私、教えて差し上げましたの。花嫁候補達の警戒は固い。だから頭をお使いなさいと‥‥」
「貴様! ヴェルに何をした!」
飛びかかりかけたギリアムの足が身体が、白き光に包まれ静止する。
「私は何も。ただ『彼ら』が今頃、司祭の名で呼び出された領主の名代。銀の少年を捕らえているでしょうけれども」
ふふ。
「何!」
笑うアゼラの言葉に冒険者達の中に流れている血が全て凍りついた。
『花嫁』その言葉に気を取られ全員が忘れていたことを思い出したのだ。
忘れ去られていた者。
そう。それはもう一人。この街で聖者の血を引く蒼い瞳の持ち主。
「伝承者の部屋に入られたのならご存知? この街のもっとも美しき場所に、尊き方は眠っておられるそうですの。その開封には聖者の血を引く娘の血と魂が必要。ロマンチストな御方はその開封の生贄の乙女を花嫁、などと呼んでおられるようですけれどね。そしてその開封に一番適した日がもう直ぐやってくると‥‥」
「‥‥冬至」
ソールズベリでのことを思い出しマックスは葉を噛み締める。あの悲劇がまた起きようと言うのか。
「ベル様。ヴィアンカ様。お二人の事はもう、彼らに知らせてあります。‥‥花嫁達。貴方達の従兄弟を返して欲しければ冬至の日、遺跡においでなさい。そして、その血を捧げるのです。‥‥さもなければ彼が封印に捧げられる生贄となるでしょう。彼はきっとさぞかし美しい『花嫁』になりますわね」
「アゼラ!」
冒険者達は歯噛みした。アゼラに攻撃はできない。
ヴェルが彼らに捉えられているのだとしたら、ここで彼女に危害を加えたら確実にヴェルは殺される‥‥。
「‥‥私が苦しんでいた時。あの子は眩しかった。‥‥伯爵家の娘として私の持つ筈だったものを全て持っていたあの子はある意味誰より憎い‥‥。貴方達が来なければ例え生贄の役に立つまいと私は彼を殺します。それを忘れない事です!」
と同時アゼラが窓枠を越え外へ飛び降りた。レイのダーツが翻るが間に合わない。
「待て!」
レイとクロックは窓辺に駆け込む。
‥‥窓の外に見えるのはアゼラと走り去る黒い影。
あれはデビルかそれともガゼルか‥‥どちらにしても今は追う事もできない。
「そんな‥‥」
膝を折り顔を泣き崩れるベル。状況に怯えマナウスにしがみつくヴィアンカ。
聖なる乙女二人は守られた。
だが‥‥銀の少年はその後、朝になっても戻っては来なかった。
教会から消えたアゼラと共に、今もその消息はようとして知れない。