【人の願い 人の夢】探す男

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 86 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月20日〜06月30日

リプレイ公開日:2007年06月28日

●オープニング

「領主様、本気でいらっしゃるのですか?」
「どういうことだ?」
 普段は自分に逆らうことなど無い、長年仕えてきた家令の言葉であるから、彼はまだ普通の口調で応じる。
「いえ、お嬢様をソールズベリにお出しになる、という話です。ジュディスお嬢様はもはや、キャスニング家の最後の後継者。お嬢様が居なくなればこの村の後継者は‥‥」
 今、この村にジュディス以外に領主の一族は存在しない。
 直系の子孫は全て病や事故で亡くなっている。
「ソールズベリのライル様は確かに名君とお聞き及びしますが、なにぶんソールズベリはウィルトシャーの盟主であり中心。エイムズベリーに婿養子というわけにも行かないのでは、と」
「仕方あるまい。エーヴベリーの領主は先に妻を迎えたという。シャフツベリーの後継者は養子であると聞くしジュディスとほとんど変わらぬ年じゃ。あの子を守り幸せにできる最適者はソールズベリのライル候なのだからな」
 孫娘を気遣う祖父の顔をしてエイムズベリーの領主エネベーザ・キャスニングはそう答えた。
「では、お嬢様のお子をエイムズ‥‥いえ、キャスニングヒルの後継者に?」
 いや。
 老人は以外にも首をまっすぐ横に振った。
「? どういうことですか? まさか、この村をお手放しに? 最近、あの怪しい男のところにも行かれているようですが‥‥」
 いや。
 再び首は横に動く。
「この村の後継者の心配はいらぬ、ということだ。フフフフ‥‥」
 不敵な笑みを浮かべる老人の手には一通の手紙が何故か、強く握られていた。


 懲りないじい様だと、係員はため息をついた。
 エイムズベリーから届いた依頼書は見合いの為に孫娘ジュディスをソールズベリに連れて行って欲しい、というものだった。
 表向きは護衛、ということだが、先日の様子からして説得から始めないとジュディスは動きはしないだろう。
 それに連れて行ったところでその見合いが成立するとも思えない。
 この結婚話、ソールズベリ側に見入りのある話とも思えないし、そもそもソールズベリ領主ライルには婚約者がいるという話があるのだから。
 でも、依頼は依頼だ。
 来た以上出さなければならない。
 仕方ない、と思った矢先のこと係員はその訪問者を迎えた。
「道案内をして欲しいんです」
 言った人物は40歳前後。壮年の男性である。
「行方を晦ませた息子と妻を探しています。妻とその家族の故郷がウィルトシャーの方面だと聞いて探しているのですが詳しい地名が判らないので‥‥とりあえず近くまででいいですから」
 エイムズベリーに行く冒険者がいるから丁度いい、と係員は男に指を指し、この依頼への同行を進めた。
「感謝します。もう十年以上探し続けているのです。妻の父が亡くなってからもう十五年以上。息子はどれほど大きくなったでしょうか‥‥。カイン‥‥エスタ‥‥」
「?」
 さりげなく口にされた名のどこかに聞き覚えがあるような気がして係員は眉根を寄せた。
 だが、思い出せない。
 重要な事だったような気がするのに。

 出発日には来ると去っていった男を見送りながら係員は長い事、そのモヤモヤとした思いの理由を思い出すことはできずにいた。

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb1293 山本 修一郎(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

麗 蒼月(ea1137)/ アルミューレ・リュミエール(eb8344

●リプレイ本文

○二つの名を持つ子
 冒険者にその男は自分の名前をクラウスと名乗った。
 生まれはノルマン。個人でいろいろな品を仕入れては商う商人だとか。
「保存食はどんな冒険でも用意されたほうが良いですよ」
 そう言って保存食の用意を少し忘れた冒険者に格安で提供してくれた彼に
「つい、うっかりしてましたよ」
 頭をかきながら山本修一郎(eb1293)は礼を言った。
 流石だとセレナ・ザーン(ea9951)も思う。一見のんびりした人物なのに見かけによらない。
 こういう儲け口の目端は本職である。
 とはいえ普段はキャラバンに混ぜてもらって旅をするとかで、腕が立つというわけでもなく、正直に言ってしまえばハンサムと言うわけでもない。
 特に目立ったところの無い、悪い言い方をすれば冴えない中年男性である。
 それでも
「まあ、十年以上も行方不明になったお子さんと奥さんを探しておられるのですか?」
 話を聞くと思いの他まじめで一途な人物だと解るので、冒険者はクラウスと共に旅するうち好意に近いものを感じるようになっていた。
「はい。出会ってから25〜6年。息子が生まれて暫くは一緒に暮らしたのですが、姿を消してからもう十数年になります」
「そんなに! ‥‥心から奥方と息子さんを愛しておられたのですね?」
「ええ、まあ‥‥捨てられたのだろうと解ってはいるのですが、どうも諦めきれず‥‥お恥ずかしい限りです」
 驚いた表情で声を上げた藤宮深雪(ea2065)であったが彼女は黙って首を振る。それは、けっして恥ずべきことではない、と。
「なあ、その奥方ってのはどんな人だったんだい? あ、単なる好奇心なんだが‥‥」
「わたくし達も結構あっちこっち歩いたり、いろんな人に出会ったりしているんだわ。ひょっとしたら知っていることがあるかもしれないんだわ!」
 エイムズベリーに行くまでには何度か野営をする。
 閃我絶狼(ea3991)やヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)に問われ、夜長の退屈しのぎにと彼は自分と妻の馴れ初めを語ってくれた。

「妻は以前、大いなる父に仕える神聖騎士だったんです。私は旅の商人で、お恥ずかしながら盗賊に襲われていたのを彼女に助けてもらったのが出会いでした」
 その旅の途中、クラウスと彼女は親しくなり、やがて結婚することになる。教会を辞し祖父母のいる村へと戻った彼女であったが子を生んでからも商人と共に旅を続けていたという。
「彼女は自分の父親を探している、と言いました。幼い頃に生き別れ、出会ったことも無い父。詳しい事情は解りませんが彼を探し出すために力が欲しいと‥‥。何か強い思いを抱いていたようだったのですが」
 ‥‥何年もの旅の果てに二人はある町の片隅で、精も根も尽き果てたような一人の男性を見つけた。

『お父様? 貴方はヴァンフリートお父様でしょう?』
『‥‥誰だ? 僕の名前を‥‥呼ぶのは‥‥けれど‥‥僕に子供など‥‥いない。僕には‥‥何も‥‥無い‥‥』
 その人物は路上で死を待つだけと言うほどに弱り果てていた。
『お父様。しっかりして! やっと、やっと出会えたのに‥‥』
 彼女は彼を連れて家族の下へ戻ろうとするが父と呼んだ男性は、彼女の必死の思いや手当も空しく旅の途中、息を引き取る。
「‥‥エリ‥‥ス。すまない。僕が、君を諦めなければ‥‥」
 父母の顔も、孫になるであろう息子の顔も見ることなく‥‥。
「彼が残したものは古い数冊の書物のみ。妻はそれを郷里に戻るまで幾度と無く眺めていました。唇を噛み締めるような辛い顔で‥‥」
 そして変わり果てた息子との再会に泣きくれる祖父母を遠くに、我が子の顔を近くに見つめ‥‥呟いた。
「‥‥これは運命なのですね。お母様‥‥。この子の宿命‥‥ヴァンフリート‥‥」
「どうしたんだ? お前。この子はカルマだぞ?」
「かあさま? どうしたの?」
 夫と、息子の言葉も耳に入らないように立ち尽くしていた彼女は葬儀の翌日、姿を消す。
 誰にも何も言わず、息子を連れて父の遺品の書物のみを持って‥‥。
 
「息子は別れた当時まだ十歳に満たない子でした。あれからもう十数年。生きていればきっと立派な青年になっていると思います。頭のいい子でしたから、きっとひとかどの人物になっているでしょう」
 懐かしむように、憧れるようにクラウスは語る。
 十数年。決して短くは無い時を何も言わず消えた家族を追いかけた彼。本当に家族を愛していた。いや、いるのだろう。
 ただ、冒険者の間には今、真剣な空気が流れていた。
 夜長の暇つぶしの話ではない。
「ヴァン‥‥フリートと言われたか? その奥方のお父上の名は‥‥」
 まさか。そんな顔つきで問うマックス・アームストロング(ea6970)の質問にええ、とクラウスは答える。
「はい。義父と義母もそう言っていました。頭のいい自慢の息子だったと。あんなことさえ無ければ、彼さえいなければ、とよく口にしておられましたが詳しい事情を私には、語っては下さいませんでした。どちらも、今はお亡くなりになっています。私には他に家族もいないので妻と息子が唯一の身内なのですよ」
 どこか寂しそうな笑みを浮かべる彼にワケギ・ハルハラ(ea9957)も思わず喉に溜まった唾を飲み込む。
「‥‥失礼します。では、お子さんと奥様のお名前も聞いて良いですか?」
「あれ? 言っていませんでしたか? 妻の名はエスタ。息子は‥‥カイ‥‥いえ、勘違いするところでした。カルマです」
 もう十数年も前の話。記憶があやふやで‥‥と笑うクラウスだが見つめる冒険者の目は笑えなかった。
 何か嫌な予感。そうとしか感じられなかったギルドの係員とは違う。
 冒険者達の記憶には一致する名前があったのだ。
「エスタ。それにヴァンフリート、ですか? まさか、でも‥‥」
「あいつの名前がエスタ、だったよな。だけどあいつは‥‥」
「エスタという人物をご存知なのですか? あまりそうある名前では無いと思うのですが‥‥」
「いえ〜。知っていると言うわけではないんです。でも〜、ちょっと心当たりのようなものがあるような、無いような‥‥」
「? どういうことです?」
 冒険者達は言葉を濁し苦笑する
 知っている人物はいるが多分男性です、などとはとても言えない。
「まあ、どうせ目的地にいるんだ。無駄を承知で会ってみるのもいいんじゃないか?」
 少し離れた木に背中を付けていたクオン・レイウイング(ea0714)の声にそうですね。と深雪は微笑んだ。
 明日にはエイムズベリーに着くだろう。
 そこからが冒険者にとって本当の依頼の始まり。クラウスともお別れになる。
 その前に少しおせっかいでもしてみようかと思いながら冒険者たちは眠りに着いた。
 後に起こる悲劇に、気付く由もなく‥‥。

○愛すべき故郷
 空は快晴。晩春と初夏の入り混じった旅には最高の季節だ。
「あ〜あ、これでお見合いなんかでなければ楽しいのになあ。ソールズベリーも、ライル様も嫌いじゃないのに」
 不満げに顔を膨らませる少女に、冒険者達は困るより先、どこか可愛らしいという印象を受け、感じていた。
「ジュディスはソールズベリーに何度も行ってたんだっけな。その口ぶりからするとライルとも面識があるのか?」
 絶狼の問いにジュディスはうん、と頷く。
「ライル様はお父さんと知り合いだったんだって。お父さんが死ぬまでちょっと友達みたいだったっても言ってたから、遊びに行くと結構歓迎してくれた」
「なるほど‥‥な」
 だからか、とクオンは思う。
『お見合いなんて絶対にイヤ〜〜〜!』
 冒険者が到着するまでそう言って膨れ暴れていたジュディスがあっさりと旅を受け入れたのは
「どうせ見合いは確実に失敗に終わるから観光旅行にでも行ったつもりで気楽にソールズベリー見物でもしておけ」
 というクオンや
「ライル殿にキッパリ断られれば、エネベーザ殿も無理強いのしようもないである。なので、共に来て頂きたい」
 マックスの言葉を聞いたからであるが同時にあの街、あの土地に住む人々が好きだからなのだろうと修一郎は思った。
 ソールズベリーは良い街だ。歴史があり、活気があり力に満ちている。
「でもね。エイムズベリーだっていいところよ」
 庇うようにジュディスは冒険者達を見て、告げた。
「食べ物は美味しいし、皆優しいし、綺麗だし。私、あの村が大好きなの」
 大切なものを抱きしめるような笑顔。それを見ながらセレナは小さく微笑んだ。
「それが‥‥政略結婚を厭われる一番の理由ですのね?」
「‥‥うん」
 出発直前、村の入り口で隠れるように。セレナはジュディスと目を合わせ、心を合わせ彼女の思いを問うた。
「怒らないで聞いてくださいませ。ジュディス様は『政略結婚』がそんなにお嫌ですの? わたくしなどは、いずれしなくては、と考えておりますのよ」
 確かに結婚相手は親同士、家同士が決めるのは当たり前のこの時代、貴族や領主の子にとっては自由恋愛は贅沢な夢であるとさえ言えた。
「‥‥私だって、絶対に好きな相手と結婚したい、なんて思ってないわ。私が誰かと結婚することでエイムズベリーがより発展するならそれでいいんだもの‥‥でも‥‥」
 あの時ジュディスはセレナにそう答え自分の生まれた、小さな村をその澄んだ瞳で見つめていた。
「嫁ぐのがイヤ。村を出て行くのがイヤ。そうなのですわね」
「私、エイムズベリーが好き。生まれた家も、村のみんなも、大好きなの。それに、あの村にはお父さんもお母さんも、おばあ様もそれに、皆も眠っている。たった一人残った私まで村を離れちゃったら、皆、寂しがるよ」
 下を向いた少女の目に浮かんだのは涙。
「それに‥‥おじい様も。だって、この世に、もう‥‥二人きりの家族だもの」
 心から愛するものを大切に思う清らかな心が流す水晶のような涙だ。
「エベネーザさんも、貴女を愛しておられますよ。戻ったら、一緒に話をしてみましょう。きっと解って下さいますよ」
「そうなのだわ。でも、乙女には恋する心も大事なのだわ。好きな人がいたらまず、お友達から始めてみるのだわ。いろんな恋歌聞かせてあげるのだわ」
 冒険者達の思いに包まれてジュディスは目元に溜まった涙を強く手で擦り、笑顔を作った。
「ありがとう」
「さてさて、早くソールズベリーに行ってとっとと振られるのである!」
「そうね。振られに行こう行こう!」
 楽しげに進んでいくジュディスと仲間達。それを見送りながら絶狼はクオンの横に立ち
「なあ?」
「ん?」
 独り言のように呟いた。
「今の話からしてジ様はジュディスを嫁に出したいんだよな? でもジュディスはあのジ様の唯一の跡取りなんだろ? 嫁に出した後後継者とかどうする気なんだろ?」
「さあ‥‥な」
 クオンは顎に手を当てながらそう答える。そう答えるしかなかった。今の冒険者にそれを知る術は無かったから。

 夏至が過ぎたばかりのソールズベリーはもう鮮やかな初夏の彩を街のあちこちに見せていた。
 遷都から数年。
 最初はかみ合わなかったさまざまな事柄も、人々の心も今は一つになってきている。
 住人達全てが愛し、誇りを持つ故郷ソールズベリー。
「うんうん、なかなかいい感じですぅ〜」
 街角の屋台で買い食いをしながらエリンティア・フューゲル(ea3868)はのんびりと街を歩いていた。
 建設中の大聖堂は以前に比べるとだいぶ教会らしい外観を完成させてきている。
 円形窓に組まれた蒼いステンドグラスもなかなかの輝きを放ち、新しい名物になりつつある。
 路地には大道芸人達が研を競い、浮浪児などの姿もほとんど見られない。
 何より人々の笑顔が輝いているのは、領主が良い政をしているからだろう。
 先のエイムズベリーと比較すると雲泥の差だ。
「まあ、ライル様が頑張っているのなら当然ですけどねぇ〜。あ、ここでしたぁ〜」
 うっかり通り過ぎかけた足を止め、街中の館の前にエリンティアは立つ。思えばここへも何度も通ったっけ。
「こんにちはぁ、ライル様はいますかぁ?」  
 出迎えた使用人は幸いエリンティアの顔を知っていた。
 直ぐに取り次がれ待つこと五分。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「あら、エリンティア様。お久しゅうございます」
「そなたも変わりはないようじゃの」
 懐かしい顔が三つ。揃いでエリンティアに笑いかけた。
「ライル様、ルイズさん、タウ老人。お久しぶりですぅ、色々と依頼が忙しくて中々来れなくて申し訳ないですがぁ、皆さんお元気そうでなによりですぅ〜」
 伝説の名を受け継いだとおりの晴れやかな笑顔でエリンティアも答える。
 ソールズベリーの領主ライル・クレイドと婚約者ルイズ。そして後見人のタウ老人。
 彼らはエリンティアにとっては忘れられない友であり、彼らにとってもエリンティアや冒険者は恩人を超えた恩人であった。
 だから懐かしい顔が元気に自分の前に現れたのはどちらにとっても心から嬉しいことだったのであろう。
 懐かしい昔や近況報告に話が弾んだが、ふと、気付き思い出したようにライルは顔を真顔の為政者の顔に戻した。
「で、今回は何用だ? 夏至祭り直後のソールズベリーに来るということは観光ではあるまい?」
 言われてやっと思い出した、と言うようにエリンティアはポン、手を叩き頭をかいた。
「あ、すっかり忘れてましたぁ〜。そうなんですぅ〜、実はぁ〜」
 そしてエリンティアは彼らに今回の依頼のあらましを語る。何一つ隠すことなく。
「ジュディスなら知ってる。彼女の父君には以前、いろいろと世話になったのでな。政略結婚の話も聞いてはいるが丁重に断るつもりだ」
「私も幾度かお会いしておりますわ。可愛らしい妹のような気分でおりますの」
 なら、大丈夫だろう。とエリンティアはホッと胸を撫で下ろす。
「教会の者との面会の手はずも取っておこう。シャフツベリーの騒動はこちらにも伝わっているからな」
 ライルの完璧な対応にエリンティアは心からの感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「ありがとうございますぅ〜。‥‥ところで、ルイズさんとぉ〜、ライル様はぁ〜まだ正式にご結婚はされていないのですかぁ〜」
 勿論、素直にそれだけでは済まさなかったが。
「「な・なにをいきなり!!」」
 思わず唱和し同時に赤くなる恋人同士二人。カカと笑うのはタウ老人。
「いえ〜、以前〜早くタウ老にお孫さんを抱かせてあげて下さいと言いましたよねぇ、そうすれば今回みたいな事は起きなかったと思うんですけどねぇ」
 もっと言え、もっと言えと楽しげなタウと反対に、それはまだ、と‥‥俯くあまりにも奥手な恋人同士にやれやれと、エリンティアは肩を竦め笑ったのだった。

○呪われた一族
「お久し振りである。そして紳士的にかつ漢らしくキッパリお断りをするである!」
「は?」

 エイムズベリーからの使節団が到着し領主家の娘ジュディスとソールズベリー領主ライルとの面会が和やか(?)に進んでいた頃。
 一人エイムズベリーに残った深雪はずっと顎に手を当てたまま唸り続けるクラウスの顔を心配そうに覗き込んでいた。
「やはり、まだ気になっておいでですか?」
 目の前30センチから覗く黒い瞳に、少し驚きながらも、
「ええ‥‥まあ、実はそうです」
 クラウスは素直に頷いた。
「本当に十五年近い年月が流れて一方的な思いだけで二人を探してきましたがいざ、思い出そうとするともう顔さえ朧であることに気がついて‥‥」
 お恥ずかしい限りです。と彼は苦笑する。
「‥‥ですが、何かをお感じになられたのでしょう? でなければそんなにお悩みになることはありませんもの」
 深雪の問いにクラウスは戸惑いながらもやはり頷いた。
「二方には否定されましたが、彼らが他人の空似とはとても思えないのです。どちらも‥‥似過ぎている」
 二方と言うのはエイムズベリーの錬金術師ヴァンフリートとその護衛エスタの事。
『ずっと昔に生き別れた奥様と息子さんを探している方だそうです。何かご存知ありませんか?』
 冒険者立会いの下二人にクラウスが面会をしたのは三日前の事になる。

『エスタっていう名前の奥さんを探しているんだそうなんだわ。確かこっちの護衛さんの名前がエスタと聞いたような気がしてそれでお連れしたんだわ』
 ヴァンアーブルが仲介し問うたのだが
『‥‥そうですか。ですが、私達は彼を知りません。単なる偶然の一致ではないでしょうか』
『奥様ということは女性でしょう? 私が女性に見えますか?』
 二人は完全に話を否定した。
 元よりクラウスの捜索の手がかりは本人が持つ記憶のみ。
 似ていると思うと彼は言っても物証さえない状況で相手に否定されてしまえば、それを押してまで主張する根拠は実は無いのだ。
 さらにエスタは服をはだけて胸板を見せてくれたが、鍛え上げられたそれは紛れも無く男性のもの。
 となれば、引くしかなかった。
『本当に申し訳ありませんでした‥‥。でも、別れた息子が成長していたら貴方くらいの年になっていたかと思うとこうしてお会いできた事をとても嬉しく思います。ありがとうございました』
『十五年も経てば人の外見も、心も変わっているでしょうね。ですが、もし良ければまた遊びにいらして下さい。歓迎しますよ』

 手を握ってヴァンフリートは笑ってくれた。あの手のぬくもりは今も、クラウスの手の中に残っている。
「幼い頃‥‥旅から帰った私を迎えてくれたカルマの手は小さく、そして暖かかった。あの手はそれを思い出させてくれます。それに‥‥」
「奥様は神聖魔法黒の心得がおありだったそうですね。ご存知ですか? 黒には変身の魔法がありますことを‥‥」
「‥‥ええ。外見を変える魔法、ミミクリー‥‥妻は確かにそれが使えました」
 だからこそ振り払えないのだ。彼らが、捜し求める存在であるかもしれない可能性を‥‥。
 深雪には彼の気持ちが痛いほど解った。だから、一人この街に残る決心をしたのだ。
「クラウス様。私、御領主様と約束がありますの。ですから少し失礼しますが戻りましたらお手伝いしますわ。一緒に確かめましょう。真実を」
「深雪さん‥‥。ありがとうございます」
 力になりたい。深雪は心からそう思っていた。
 彼の為にも、ジュディスの為にも、そしてヴァンフリートや領主の為にも‥‥この複雑に絡まった愛憎の糸をなんとかしたい。と。だが、深雪はそれが相当に難しいことをやがて思い知ることになる。

「呪い‥‥ですか?」
 思いもかけない言葉に深雪は無意識に手を胸の前で組み合わせていた。
 ジュディスを見送り、一人になった老人エベネーザを先ほどまで彼女は説得に来ていたのだ。
「どうして、彼女を追い払おうとするのですか? もっと一緒に居て、話をしてあげて下さい。ジュディスさんはおじい様が大好きなんですよ」
 やってきた冒険者の突然の言葉にエベネーザはいすに座ったまま目を見開いた。
「何を、急に‥‥」
「急に、ではありません。これは、ずっと思っていたとジュディスさんが告白してくださった事なんですよ」
 深雪は告げる。彼女の村への思い。家族への思い。そして祖父への思いを‥‥。
「御領主様がジュディスさんの幸せを願ってるのは判ります。でも彼女が欲しいのは、そんな事じゃないんです。二人っきりの家族じゃないですか。いい所に嫁ぐ事なんかじゃない、ごく普通の優しいお爺さんと一緒に居る事がジュディスさんの望む幸せなんです」
 もはや二人きりの家族。老人と孫娘。一緒に居られる時間はもうそれほどは無いはず。だからこそ、一緒にいたいと彼女は望んでいるのに‥‥。
 だが、老人の態度はその瞬間、豹変した。
 バチン!
 強く握られていた老人の杖が突然深雪の手を打つ。
「えっ?」
「煩い! 知ったような口を聞くでない! 余所者が口を出すな!」
 それだけ言うと深雪を突き飛ばし彼はスタスタと部屋を去っていってしまった。
 残されたのは手の痛みさえ忘れ呆然とする深雪と、側に控えていた家令のみ。
「‥‥申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
 頭を下げる家令に深雪は慌ていいえ、と手を振った。
「ですが、どうか御領主様のお気持ちもお察し下さいますか? ジュディス様をこの村から出そうと言うのにも実は理由があるのです」 
「理由? 良ければお聞かせ頂けませんか?」
 問うた深雪に返した家令の答えこそが深雪が聞き返した先ほどの言葉。
「はい。この家には呪いがかけられていると言われているのです」
 そう、呪い。なのだ。
「誰が、一体どんな呪いを?」
「呪いをかけたのは‥‥実はエベネーザ様の最初の奥様。エスタ様です。呪いの内容は‥‥」
『エベネーザの血を継ぐものよ、お前達がこの村にある限り聖なる夜を超えることは無い。我が恨み消えるまで‥‥』
「聖なる‥‥夜?」
「正確な意味は解りません。ですが、以降キャスニング家において生まれた子は皆、驚くほど短命なのです。ごく僅かの例外を除き二十代で亡くなっています」
 だから、エベネーザはジュディスにその呪いが降りかかることが無いようによその街に嫁がせようとしたのだろう、と家令は告げた。
「エスタ様は望まれてこの家に嫁がれましたが、お子を産んで後、ご主人様と不仲になられました。正妻でありながら妾達に押されて、この館でもお子と一緒にいろいろと苦しい思いを‥‥」
 それでも、エベネーザは彼女を離縁することはせず家に縛り付けた。やがて彼女は身体と心を病み没する。自分を苦しめた者達に呪いを残して‥‥。
「その呪いは未だにこの家に染み付いているようです。生まれてくる妾や子供。その伴侶さえが事故や病気で次々と死亡。それを恐れて残された者も多くが家を去ってしまいました。ジュディス様のお父上も四十半ばで亡くなってしまい、エスタ様の呪いは我が子にさえも容赦ないのだとご主人様は恐れておられるのです」
 だから、ジュディスを嫁に出し、命を守ろうとしたのだろう、と家令は言う。そういう事情があるなら彼の行為もまだいくらか納得ができた。だが‥‥
「でも、それではこの村の跡継ぎはいなくなってしまいませんか?」
「それは私も言ったのですがご主人様は心配はいらぬと‥‥。呪いの対象は我が一族だけなのだから、と」
 深雪は思わず頭を抱える。
 話が思いもかけず複雑になった。
 愛憎の糸に呪いまで絡まっては何を優先すべきなのか‥‥解らない。
 相談すべき相手もいない今、彼女にできる事は最初の予定通りの情報収集と
「とりあえず、皆さんのお帰りを待って相談しましょう。クラウスさんも待っているはずですし、ヴァンフリートさんのところに行ってみるのもいいかもしれません」
 心に訴えかける説得だけである。
 深雪は館を後にする。

 だが、まさにその瞬間、事態はとんでもない驚く方向に進んでいた。
 そう、冒険者にミスがあったとすればそれはたった一つ。
 深雪を、クラウスを一人にしてしまったこと。

 深雪を見送り一人になったクラウスは過去の記憶を思い出しながらふと、ある事を思い出していた。
 閨での夫婦の思い出だ。
『エスタ。君の右肩には変わった黒子があるんだね。まるで十字架のようだ』
『ええ、お父様と同じなんですって。お母様が教えてくれたわ。これが私がお父様とお母様の子である証なの‥‥』
 カルマにも左肩に同じような黒子があった。家族の絆のようで羨ましく思ったっけ。
「そうだ! あの黒子を確かめれば二人が本当にカルマとエスタかどうか解るはずだ!」
 深雪が戻ってからと約束したが、思いついたらもう気持ちが止まらなかった。
「よし! 行こう。行って確かめてみよう!」
【すみません。もう一度彼らに会ってきます。ご心配なさらず。クラウス】
 書置きを残しクラウスは宿を出る。
 ‥‥出発間際、もう一枚詳しい理由を添えた羊皮紙を残したのは何か予感があったからだろうか?
 だが急いでいた為か開かれたままの窓から吹き込んだ悪戯な風は二枚目をそっと寝台の影に落としたのだった。

「クラウスさん!」
 深雪は必死の形相で追いかける。
 唱えた呪文に反応した黒い影を追いかけて‥‥。

○消えた過去    
 行きとは違う晴れ渡った顔でジュディスは先を歩く。
「無事に断って頂いて良かったですわね」
「うん!」
 本当に良かったと言っていいのだろうか。
 少し悩むところではあるがここは良かったということにしておこう。
 セレナは思うことにした。
 ライルは絶狼のアドバイスを受け、見合いそのものを婚約者がいる、という理由から誠実に礼を尽くして断ってくれた。
 決してマックスの無言の圧力のせいではあるまいが、とりあえず
「我輩がいる限り‥‥決して」
 拳を強く握り締めていた‥‥マックスも納得はしたようである。
 少女ジュディスとしてソールズベリーで遊び、領主の娘として丁寧な接待を受け、今後も変わらぬ交流を約束できた。ライルは直筆の手紙まで出してくれたのだから今回の来訪は成果としては十分だろうと冒険者は思っている。
 獣や盗賊の襲撃のようなものも0ではなかったがそこはそれ、経験豊かな冒険者達がジュディスには指一本触れさせないでくれた。
 このままなら確実に依頼を完遂成功できるだろう。と冒険者達の笑顔と心も明るい。
「でも、ジュディス様。今回はともかく、今後結婚の話はまた必ずありますわ。恋愛結婚をお求めなら『婿探し』もお手伝いはしますわよ」
「その時はお願い。でも、帰ってまずヴァンフリートに相談してからね」
 くす、セレナは微笑みながらだが、目だけは真剣に光らせて思う
(「ジュディス様はやはりヴァンフリート様がお好きなのではないでしょうか?」)
 ヴァンフリートもジュディスを憎からず思っているようだから、本当なら仲立ちをしてあげたいのだが‥‥
「ねえねえ、ジュディスちゃん。エスタおばあちゃんってどんな人だか知っていたら教えて欲しいんだわ。あとお父さんやお母さんのことも」
 そう問うた時の彼女の答えを聞かなければできたかもしれないと、冒険者は後に思う。
「エリスおばあちゃんの顔は私知らないの。どんな人かも知らない。おばあちゃん、お父さんを生んで割と直ぐに死んじゃったみたいだから。お父さんが死んだのはつい最近。お母さんはもっと前に死んだの」
 ジュディスが知る範囲でと話してくれたのはジュディスの父はエリスがエベネーザのところに嫁いで直ぐに生まれたという事。
 それから数年で母親は他界、その後、いろいろ苦労していたらしいという事。
「少し前までね、あの家には叔父さんや叔母さん、従姉妹も沢山いたのよ。実はね、私やお父さんに‥‥意地悪する人もいたの。でも‥‥皆、死んじゃった」
 寂しそうにジュディスは言うが、いろいろ聞いて一つの仮定が冒険者の間に浮上した。
 ヴァンアーブルは彼女に聞こえないようにそっと仲間に言ったことである。
「『約束』の話を聞いて何か引っかかったのだわ。確証はないのだけれど、ヴァンフリートさんがジュディスちゃんのお爺さんなのかもしれないのだわ」
 もしヴァンフリートが本当に自身で若さを保っているならありえる話だ。
 だが、それは恐ろしい話でもある。
 祖父と孫との恋など絶対に許される話ではない。
「何にしてももう少し調べて確かめないとな‥‥。あのヴァンフリート。どう考えても只者じゃないし、エスタも腕はかなりなものだし‥‥」
 自分の穏身の術を見破られた事からクオンは彼を警戒していた。
 これから先、少しの油断もできないと思っている程に。
 だが、それでも油断していたことを冒険者達は思い知る。
「‥‥なら、深雪さんをお一人エイムズベリーに残してしまったのは、拙かったでしょうか? ‥‥何か、嫌な予感がします」
 最後尾を歩いていたワケギは
「嫌な予感? ワケギさん?」
 慌てて足を止めスクロールを取り出すといきなり広げた。
 修一郎は投げ出された馬の手綱を手にとり様子を見つめる。
 手には金貨。サンワードの呪文を唱えているのだと気付いた次の瞬間
「! 嘘でしょう?」
 ワケギはそのどちらも地面にと落として膝を付いた。
「どうしたんです?」
 駆け寄る修一郎。そして仲間達。
「太陽が‥‥今教えて‥‥。信じたくないのですが‥‥クラウスさんが‥‥」
「クラウスさんがどうしたんです?」
「黒い影に‥‥くっ!」
 震えるワケギはそれ以上の返事もできず、フライングブルームを引っつかみ跨った。
「ワケギさん〜? 何があったんですぅ〜」
「あの様子、ただ事じゃないぞ。‥‥急ごう!」
 全速力で飛び出すワケギを、エイムズベリーに必死で向かう彼を仲間達は追う。

 たどり着いた冒険者達がエイムズベリーで見たものは、村には珍しい人だかりと
「どうして! どうしてこんなことに! クラウスさん!」
 亡骸に泣き縋る深雪。
「間違いだと、思いたかったのに‥‥」
 握り締めた金貨を取り落としたワケギ。

 そして‥‥心臓を刺され絶命したクラウスの変わり果てた姿だった。