【人の願い 人の夢】呪われた村

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 57 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:07月05日〜07月15日

リプレイ公開日:2007年07月13日

●オープニング

 それは黒き密談。
「ご希望に、添うことは‥‥不可能ではありません。ですが‥‥それを作るためには必要なものがあるのです」
「何じゃ? 何でも用意してみせる。言ってみるがいい」
「それは貴方の‥‥者の‥‥です」
「! それは‥‥」
「貴方がそれを用意すると言うのであれば、私は貴方の願いに添うとお約束いたしましょう」
「本当だな?」
「聖なる母に賭けて‥‥」
「解った‥‥」

 それは闇色の会話。
『油断したようだな』
「申し訳ありません‥‥」
『まあ良い。一途な良い魂が取れたからな。‥‥だが、そうそう手助けはしない。解っておろうな』
「はい。解っております。それに何よりこの恨みは必ずや我らの手で‥‥」
『良かろう。楽しみにしているぞ』

 

 結局のところ、冒険者がどう思い、感じたかは解らないが天涯孤独の旅の商人の死を取り立てて気にするものは多くなかった。
 エイムズベリーの村で殺されたクラウスは村の教会が簡単な葬儀と埋葬を行ってくれ、エイムズベリーの墓地に一人眠ることとなったという。
 葬儀に立ち会ったのは冒険者と、ジュディス。そして‥‥何故か訪れたたった一人のみ。
「ヴァンフリート‥‥?」
「どうして?」
「亡くなられたと聞いたので、お祈りを。‥‥あの方とは、もっといろいろお話したかった気がします」
 そう言って彼は墓石に白い薔薇の花を手向け祈りを捧げていた。
 彼の心からの祈りに嘘はないと思いながらも、やりきれない思いを抱いてキャメロットへの帰路についた冒険者達は、到着してすぐ、自分達を追いかけるようにやってきた依頼を目にすることになる。

【エイムズベリーに潜む影を調査せよ】
 エイムズベリー領主エネベーザ・キャスニングからの依頼書。
 それには最近、エイムズベリーで女性や若い娘、子供を狙う通り魔のような存在が目撃されている。とあった。
 彼らの多くはナイフで腕や、顔、胸などを狙われており、実際に傷つけられた者も数名いた。
 そして、それが原因で村が今、揺れているのだとも。

「私、犯人の顔を見たのよ。確かにヴァンフリートさんだったわ!」
 腕を傷つけられた少女はそう言って彼を指差した。
「そんなことある筈ねえよ。その頃、ヴァンフリートの旦那はうちの婆さんの見舞いに来てくれてたんだからな」
 宿屋の主人が庇うように言う。そこから先はもう口論に似た言い争いだ。
「だって、見たんだもの!」
「そう言えば、私が見たのもヴァンフリートさんに似てたような気がする。とにかく若い男だったんだ!」
「黒猫が一緒にいたわ。私が犯人を追いかけようとしたら邪魔をして‥‥」
「ヴァンフリートは猫なんか飼っていないわよ!」
「じゃあ、誰がやったって言うんだ! 皆知り合いのこの村で、怪しい奴なんかあいつしかいないだろう!」

 この騒動。ヴァンフリートを庇うジュディスも巻き込んで今や村を真っ二つに割りつつあった。
「で、冒険者に依頼が来た訳だな。この通り魔の正体を突き止めるように。と。犯人がヴァンフリートであるならその証拠を、違うなら真犯人を突きとめよということだ」
 村人のほぼ全てが身内のようなこの小さな村で、事が起こればまず真っ先に疑われるのは余所者だ。
 だが、敵と同じかそれ以上に、彼らは味方も多く持っているようだ。
「通り魔の犯人が解れば、この間の殺人事件の犯人も解るんじゃないか? そうでなくても何か手がかりが掴めるかもしれない」
 
 かくして冒険者達は再びエイムズベリーへと向かうことになる。
 暗雲広がる呪われた村へと。 

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb1293 山本 修一郎(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb4646 ヴァンアーブル・ムージョ(63歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

ガイン・ハイリロード(ea7487)/ レイル・セレイン(ea9938)/ タケシ・ダイワ(eb0607)/ 鳳 令明(eb3759)/ アルミューレ・リュミエール(eb8344

●リプレイ本文

○残された思い
 昼下がりの村外れの墓地に人気は無い。
 そのさらに外れ。忘れられたような質素な墓石の前に、今一つの影があった。
「依頼で人が死ぬのは何度見ても慣れないな‥‥」
 呟く閃我絶狼(ea3991)の見つめる墓石には『旅の商人 クラウス 眠る』とだけ刻まれている。
 思えば彼の事をちゃんと知る時間も無かったなと絶狼は薄く笑う。
 絶狼の手に花は無い。彼の墓に備えられるものを今、絶狼は持ってはいなかった。
「でも、見ててくれよ。必ずあんたの事件の犯人を捕まえ真実を暴いてみせる。その時こそちゃんと墓前に報告してみせるよ」
 それは誓い。聞く者は誰もいない。
 自らの心に誓う絶狼の、いや、冒険者達の誓いだった。

 小さな村、とはいえちゃんとした地図を作ろうとすれば簡単ではない。
 村人達が見当で作った地図を
「やれやれ、ここも違うな。また訂正しなおさないと」
 クオン・レイウイング(ea0714)は溜息をつきながら修正した。
 とはいえ、地図を描くなどという作業は一朝一夕ではできはしない。
 このままではまともな地図はいつできるものやら‥‥。
「お疲れ様です。こっちもやはり難しいですか?」
 後ろからかけられた声にクオンは振り向いた。路地の調査に出ていたワケギ・ハルハラ(ea9957)がペコリ、お辞儀をしている。
「不確実な地図ではペンデュラムも効果を発揮しにくいようですね。タケシさんもこの辺、という範囲しかわからないと言っていました」
 通り魔の犯人。それを探してクオンやタケシ・ダイワが何度と無く地図の上でペンデュラムを振ったが犯人の手がかりと確信できるものはまだ得られていなかった。
「こっちも、ということはそっちの魔法もあまりよい結果じゃなかったようだな」
「はい」
 ワケギは頷く。
「サンワードの魔法は空振りばかりで。もうすぐ交換の時間なのでジュディスさんの護衛に出ようかと」
 その帰り道クオンを見つけたと言うワケギの言葉に
「ここは、決断の為所かな‥‥よし!」
 描きかけの地図を丸め、クオンはバックパックへ押し込んだ。
「当てにならない絞込みは止めだ。殺害現場の調査をやり直す! 宿屋の連中にそう伝えておいてくれるか? 暗くなる前に合流するから」
「解りました。惨劇をこれ以上起こさない為にも、頑張るしかありませんね」
「ああ」
 頷くクオンにもう一度頭を下げてワケギは走っていく。
 そして、クオンは言葉通りバックパックを背負いなおすと森の外れに向けて歩き出した。

 さて、伝言を頼まれた宿屋組、ワケギの到着を待つ少し前。
「慎ましい生活をなさっていらっしゃったんですね。クラウスさんは‥‥」
 部屋の床に並べた荷物を見つめ、寂しげに藤宮深雪(ea2065)は呟いた。
 教会からクオンの交渉によって預かった今は亡きクラウスの遺品には、余分な持ち物は殆ど無かったのだ。
 行商用の品物を別にすれば、保存食と筆記用具、僅かな衣服や身の回りの品と聖書くらい。
「あれぇ〜?」
 ふとエリンティア・フューゲル(ea3868)が声を上げた。
「これはぁ〜、なんでしょうかぁ〜?」
 ぱらぱらと捲っていた聖書の間から出てきた古い、古い端の擦り切れた羊皮紙。
 それは‥‥家族の肖像だった。
 もう線も薄れているが男性と女性、そして息子が肩を寄せ合う姿。
「これは、クラウスさんですね。ということはこちらが奥さんのエスタさんと、息子さんのカルマさん、ではないでしょうか?」
 深雪はそっと後ろから肖像を見つめる。絵の中の家族は決して笑顔では無いが、お互いが信頼しあっている。
 そんな様子が見えるようだった。
「深雪さん〜。僕の気のせいかもしれないんですけどぉ〜、この奥さん、誰かに似てませんかぁ〜」
「えっ? 誰か? それはエスタさんにではなく、ですか?」 
 首を傾げる深雪。彼女が言うエスタとはクラウスの奥方ではなく‥‥いや、そうなのかもしれないが‥‥ヴァンフリートの護衛の方である。
「はい〜。勿論そのエスタさんにも似てますけどぉ〜、なんとなく全体の雰囲気が、ですよぉ〜」
 言われ、もう一度深雪は絵を見つめる。長い年月に絵は薄れ、かすれ、消えかけている。
 だからこそ
「あ‥‥っ」
 彼女は感じたのだ。外見のもっと奥の深い何かを‥‥。
「ジュディス‥‥さん?」
「あ! ここにいたのだわ? 探したのだわ。ふたりとも」
 二人はハッと顔を上げた。階段をひらりと飛んでやってきたヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)の後ろからパタパタと足音がする。
「どうしたんです? そんなに慌てて‥‥。こちらも、ヴァンアーブルさんに見せたいものがあったのですが‥‥」
「凄いものをさっき、見せてもらったのだわ。‥‥お願いだからさっきのを彼女達にも見せて欲しいのだわ」
 足音の主は女性。この宿の使用人さんだ、と紹介したヴァンアーブルの後ろで彼女は
「それは、構わないのですが‥‥あの、どちらが『ミユキ』さんでいらっしゃいますか?」
 逆にそう冒険者に問いかけた。
「私ですが‥‥なにか?」
 深雪の答えにパッと彼女の表情が咲いた。 
「よかった。これは‥‥この間亡くなられた方から、貴方へのお手紙だったようなんです。掃除したときに隅に落ちているのを見つけて‥‥」
 安堵の表情で差し出された手紙は、冒険者の顔を安堵させては‥‥くれなかった。

 今回は前回と比べ個別行動を行うものが多いようだ。
「貴方はこんなところにいていいんですか?」
 一人、のんびりと腕を組んで椅子に身を預けるマックス・アームストロング(ea6970)に青年ヴァンフリートは問いかけた。
「今回、ちょっとばかり気分がのらなくてであるな。それに通り魔の疑惑をかけられている貴公の護衛もかねて‥‥ご迷惑であるか?」
 閉じていた目を開けマックスは問う。ヴァンフリートは首を横に振った。
「そんなことはありませんよ。護衛や見張り、というのであればお願いします。エスタはよくやってくれますが身の回りのことも頼んでいるので忙しいみたいですからね」
「ほう?」
 興味深そうに彼は身体を持ち上げた。そう言えばエスタ氏の姿を見ない。
「ああ、今エスタなら夕飯の買い物に」
「そうであるか? では我輩も少し用を‥‥。そういえば、貴公にはクラウス氏殺害のときアリバイがあるのだそうであるな?」
「ええ、村で病人とかを見てましたから、エスタと一緒に」
「解ったのである」
 頷き立ち上がり、外に出るマックス。そして、目を閉じた。
「彼か、彼女か‥‥フレドリックの気配は無い様であるが、油断は禁物であるな‥‥」
 小さく唱えた呪文には微かに答え村の中で動く『エスタ』の気配だけを確かに捉えていた。

 屋敷の使用人達、村人達。
 誰に聞いても『彼』の評判に悪い物は無かった。
 誠実で優しく、人々に対しても心遣いを忘れない。
 彼が横で実務を取り計らっているからこそ、人々はまだこの村に希望を持っているのだと。
 よい噂ばかりを聞くにつけセレナ・ザーン(ea9951)は思う。
 何故、彼は嫌われ者のエネベーザに仕えているのだろうか。と。
「何か、理由があるの‥‥ですわよね」
 妻も持たずに、主一筋に仕えてきたと言うあの領主家の家令。名を確かマキスと言った。
 彼が気になったのは直感以外の何者でもない。
 セレナはその直感に何故か確信を持っていた。
「さて、あとはもう少し聞き込みを‥‥ってあら?」
 瞬きをして、そして慌てて木陰に身を隠す。
 今、向こうを通って行ったのは‥‥。
 これから、村の長老のところに行く筈だったが、予定変更。
 セレナは息を潜めながら先を行くあの家令の後を追いかけていた。
  
○通り魔の真実?
 足取り早く、軽やかに楽しげに少女いく。それを絶狼はやれやれと肩を揺らしながら追いかけていた。
 寄り添う狼を時々撫でながら歩いていた彼女は、
「いいの? 私になんかついてきて? おじい様の依頼なんでしょ」
 足を止め、くるりと振り向いた。
「ああ、通り魔を探し捉える、というのがな。嬢ちゃんは村では何かと目立つ人物だからな、狙われる可能性が高そうだって事だから、まあ多少の不自由は勘弁してくれ。爺様にも護衛はつけてあるし心配はしなくてもいい」
 ふ〜ん、と頷いてジュディスは先を歩いていった。
 山本修一郎(eb1293)が領主エネベーザの護衛についているのも事実だし何一つとして、嘘は言っていない。
 けれど、彼は本当の事を言ってはいなかった。
「呪いかあ、悪魔が関わってるなら何か代償を払ってると思うんだけど、エリスは死んだらしいから普通に魂を取られたか、あるいは他に何か払ったのかね? 」
 胸の中で苛立ちに似たものが過ぎる。悪魔、とその名を呼ぶ時決して忘れることのできないあの顔が胸を過ぎるからだ。
「‥‥あいつが本当にこの件に関わっているのなら‥‥ん?」
 ふと、考え事をしていた目線の先に絶狼は仲間の姿を見つけた。ここにいる筈の無い人物。
「どうしたんだ? セレナ。お前さん家令の方に行ってたんじゃ?」
「あ! 絶狼さん! 良い所に! ジュディスさんはどちらに行かれたのですか?」
 名前を呼ばれて気付き、セレナは慌てて絶狼の方へと駆け寄った。
「ジュディス? さっきまで前を歩いてたんだが‥‥そう言えば、って何かあったのか?」
「見失ったんです! あの人を! 決定的な証拠を見たと言うのに!」
 悔しげにセレナは手を握る。
「決定的な‥‥証拠?」
 その時、木々の向こうで悲鳴が上がった。
 続いて響く雄たけびは‥‥絶狼を呼んでいる。
「しまった! あっちだ! 行くぞ!」
 絶狼は全速力で悲鳴の方へと駆け抜ける。細い道を駆け抜けた先、そこには
「‥‥嘘、嘘でしょ?」
 狼に庇われながら腕を抑えるジュディスと彼女に向けて、ナイフを構える青年の姿があった。
「ヴァンフリート? どうして?」
「離れて下さい! ジュディスさん! 彼はヴァンフリートさんじゃありませんから!」
 セレナは一際大きな声で、そう叫んだ。
「えっ?」
 戸惑うような顔で、呼び声の方を向いたジュディスの前に絶狼は渾身の勢いで飛び込んだ。
「絶っ太! ジュディスと一緒に下がれ! おいおい、本当にこんな所でジュディスを襲うかよ。ヴァンよ」
 目の前のヴァンフリートは答えない。
 二人の間に立ちはだかるように剣を構えた絶狼の後ろでまるで、彼の代わりに答えるように
「いいえ。あれは、ヴァンフリートさんじゃありません」
 ジュディスの手当てをするセレナが答えた。
「? どういう事だ?」
「捕らえて下さい。それで、直ぐにわかります」
「了解!」
 セレナ達から視線を外し、絶狼は顔を前に向く。
 正直、負ける気はまったくしなかった。
 目の前の相手は歴戦の冒険者にとっては、ごく普通の一般人か、それに少し毛が生えた程度にしか見えない。
 こんな相手なら、確かに女子供相手でも止めを刺すことなどできはしまい。
「行くぞ!」
 剣を合わせる。絶狼の鋭い剣捌きに相手は防戦一方だ。
 さらにそれを
 シュン!
「うっ‥‥!」
 鋭い眼光と共に放たれた矢が援護する。
 第一矢はナイフを跳ね飛ばし、第ニ矢が足を縫いとめた。
 そして
「ここまでだ!」
 第三矢が放たれるより早く絶狼は自らの剣の柄を男の腹へとめり込ませた。
「大丈夫か?」
 草を踏みながら現れたクオンに頷き、絶狼は剣を鞘に収めた。
「調査で近くにいたんだが‥‥こいつは」
 二人が見下ろす足元には気を失った男が倒れている。
 やがて‥‥その男の身体が揺れるように『変化』していった。
「どういうことなんだ?」
 冒険者の男達は目を見開き、セレナはやっぱり、と言うように手を握り締める。
「あ‥‥。どうして彼が?」
 ジュディスが呟くのも道理。目の前に今倒れているのは冒険者も、ジュディスも良く知る人物。
 エイムズベリー領主にてキャスニング家の家令マキスだったのだ。

「さて、どういうことだが聞かせてもらおうか?」
 宿屋の一室、厳重に鍵を閉め仲間以外は締め出した部屋の中で、クオンはポキリと指の骨を鳴らした。
 椅子に縛られているのは先ほど捉えたばかりの男。キャスニング家の家令であると聞いたがそれは今は意味の無いことだった。
「答えろ。何故お前が、領主家の部下が村人を襲ったんだ?」
 彼は答えない。ただ、首を背けるのみだ。
「自害なんかさせない。毒をもっていないのは寝ている間に確認済みだし、あったとしても解毒薬もある。情報を吐け‥‥俺は吐かせる為のテクニックも持っているつもりだからな」 
 首筋に手を当てて顔を上げさせる。その青い瞳に見つめられても彼は、まだ何も話そうとはしなかった。
「セレナが言うには、黒い猫のようなデビルから変身の魔法を受けていた、と言うことだな」
 デビルと契約し、何かを望んだのか? 通り魔としての何かデビルに捧げる為のものを集めていたのか‥‥。
「どちらにしても、許せることじゃない。真相、絶対に吐いてもらうぞ」
「あんまり、手荒な真似は‥‥」
 控えめに深雪は言うがその言葉は
「とってもいい人なんです。優しい人で、だから‥‥こんなのは何かの間違いです。きっと!」
 そう訴えて行ったジュディスの懇願と共に、クオンの耳にはもう入ってはいなかった。
「悪いな。俺に命令出来るのは国王と姉貴だけだ。文句は言わせない。何時でも相手になるぜ」
 強いクオンの意志に口を挟めるものは今は誰もいないのだ。
 トントントン。
 扉を叩く音がしたが彼は気にしない。
 集中しているクオンの代わりにワケギが外に迎え出る。
「正直に話したほうが身の為だ。さあ、もう一度聞く。何故お前がジュディスを襲った? 他の通り魔事件の犯人もお前か!」
 もう一度クオンは家令に問う。彼は答えない。
(「こいつ‥‥、このしぶとさは、本当に拷問でもしてやるしかないか‥‥?」)
 苦笑しながら思ったその時だ。
 クオンの背後がざわついた。
「何だ? ‥‥お前達は」
 仲間の冒険者達が道を空ける様に『彼ら』を招き入れる。
「僕がお話します。皆さん、聞いて頂けませんか?」
 やってきた人物は深くお辞儀をする。
「ヴァンフリート‥‥」
 ‥‥そこにはそうヴァンフリートが、エスタとマックスを伴って立っていたのだった。

○真相(?)
 冒険者からの面会を受け入れたエネベーザは、彼らが告げた言葉に驚いたように声を上げた。
「ワシが、通り魔事件の黒幕だと言うのか?」
「そうだ。あんたはある目的の為に女達を襲わせていた。だが、それはあくまでカモフラージュ。目的は実は別なところにあったんだ」
 無表情なままクオンは頷いた。彼の足元に転がっているのはエベネーザの家令。
 こいつが全部白状したと、言って彼は続けた。
「あんたが欲しかったのはジュディスの血。自分に連なる女の血が欲しかったんだろう? 若返りの薬を手に入れる為に」
「!」
 顔、表情、全てを蒼白にしたまま、エネベーザは立ち尽くす。
 肩が震えているのは怒りからか、それとも‥‥。
「同じ家に住んでいるんだから、彼女の血を奪おうとすれば家の中で採れば事足りるのにわざわざ通り魔を装ったのはジュディス本人に怪しまれたくなかったからかは解らんが‥‥とにかくあんたはジュディスの血を奪うというのを紛れさせる為に家令に命じたんだ。自分の村の民を傷つける事を!」
 クオンの追求の声は厳しい。厳しいが故にエネベーザは必死でそれを否定する。
「知らぬ! そのような事は知らぬ!」
 クオンはフッと哀れむような顔で、老人を見た。
「でもな‥‥。知っているか? それも全部無駄なんだ。あんたが求めた若返りの夢。それは幻だって事を」
「何だと!」
「僕らは試したんですよ。貴方がジュディスを自分の私利私欲の為に傷つけようとするなら、その時こそは復讐を為そう‥‥と」
 振り返って瞬きをするクオン。それを合図にワケギはドアの外からある人物達を連れて来たのだ。
「!!!」
『彼ら』の登場に老人の顔は半ば狂気の色を浮かべていた。
 入ってきたのは二人。一人はヴァンフリートと呼ばれる青年。そして、もう一人は‥‥ドレスを纏った女性。
「! エリス‥‥」
「いいえ。私はエスタと申します。はじめまして。お父様」
 優雅にお辞儀をする女性。
 彼女の正体を実は、冒険者も先ほど始めて知ったのだ。
 ‥‥エスタはできるなら最後まで言うつもりは無かったのだ、と言っていた。

「ヴァンフリートさん、エスタさん! ごめんなさい!!」
「ちょっと! 何を!!」
 話がしたい、そう言って入ってきたエスタを半ば強引に押し倒すと、深雪は服の肩をはだけさせた。
 エリンティアの魔法が彼女は魔法で姿を変えている。そう結論出した時、彼女は決意を固めたのだ。
 エスタの胸元は男性の形体をしている。だが、その右肩には紛れも無い黒子があったのだ。
 十字型の特徴的な黒子。あの手紙にあったのと同じ‥‥。
「何をするんです? 一体?」
 戸惑うように深雪を強く押しのけたエスタの仕草を見て、冒険者達も気付いた。
「エスタさん、貴方は女性なんですね‥‥、そしてヴァンフリートさんはクラウスさんとの子、カルマさん」
「! どうして‥‥」
 図星を指されたからか、思った以上に表情を変えたエスタに深雪はクラウスからの手紙を差し出した。
 それは、クラウスの絶筆。
 妻と我が子を探す為にもしできたら力を貸して欲しいと、冒険者に願う手紙だった。
 家族しか知らない黒子の事も書いてある。
「‥‥クラウス‥‥」
「母さん」
 手紙を握り締め膝を付くエスタをヴァンフリート、いや息子カルマはそっと抱きしめた。
「彼のふりをしてこの村に来たのは、エリスさんの復讐ですか? もしそうなら思い留まって欲しいです。喩えどんな理由があっても、このまま続けても新たな不幸が産まれるだけ‥‥誰の心も救われないです!」
「でも、私が復讐を諦めたら、お母様があまりにも悲しすぎます‥‥」 
 今までの作った顔つきとは違う、心からの思いが篭った顔に深雪はふと思った言葉を口にする。
「ひょっとしたら、エスタさんはエリスさんとヴァンフリートさんの子供‥‥だったりするのですか?」
「もしかしてぇ〜ジュディスさんの父親もエネベーザさんの子供ではなくぅ〜、実はヴァンフリートさんの子供だったり〜?」
 母に代わり小さくカルマは頷いた。
「そうだ、と聞いています。エリスおばあさまは結婚式直後、妊娠が解り、恋人ヴァンフリートか、それとも領主エネベーザの子か解らぬまま男と女の双子を生んだのだそうです。そして、女の子は巧みに家から救い出され祖父母の元に預けられた。と」
『お前は、エベネーザの子なんかじゃない。ヴァンフリートの子だ。あの子は本当に賢くていい子だったんだから‥‥』
 祖父母に毎日のように恨み言の篭った言葉を告げられ続けたエスタは、見たことも無い両親への思いとエネベーザへの恨みを抱いて育った。
 成人して、女ながら神に仕える騎士の力を手に入れてからもいつか、自分も家族と共に幸せに暮らすのだと夢見て旅を続けた。
 ‥‥夫を得て子を持って、家族と共に幸せを作るのだと思った矢先、彼女は見つけてしまったのだ。
 長い間探していた実の父を。
「それは‥‥本当に想像を超えた、以前の父を知らない私ですら変わり果てた、哀れとしか思えない姿でした」
 何を思い、何を失えば自分というものにここまで絶望できるのか。
 路地の裏で日限りの仕事で糧を得て、得た金は殆ど人に貸し与え、僅かな酒に逃げたその身体は既にボロボロで、エスタが彼を見つけたときにはもう、人の顔さえ判別できないほど意識は朦朧としていたのだ。
 脳に病でもあったのかもしれないと後で思うが定かではない。
 父との会話らしい会話は殆ど無かった。ただ、自分だけの世界で彼は繰り返していた。
『‥‥ああ、エリス。君に会いたい。君は‥‥幸せに暮らしているのだろうか‥‥』
 ‥‥その死を看取って後、彼女は決意した。
「せめて父の最期の望みを叶えてやりたいと‥‥私は家を出ました。父の幼い頃に生き写しだと言う息子を連れて、巻き込みたくなかったからあの人を置いて‥‥」
 だが長い旅の末、見た光景はあまりにも残酷なもの。
 父があれだけ愛した母は既に無く、魂を分けた兄弟も既に家を支配する幾人もの女達に苦しめられていた。
「父の思いを伝えたかった。だから、ある方にアドバイスを受けて若返りの薬の話を考えたのです」
「ならば、復讐など止めて頂けますか? 私達がその思いを伝えるお手伝いをしますから!」
 深雪は崩れたエスタに手を差し出した。
 エスタはその手を握り締める。
「深雪‥‥さん?」
「まあ、いいだろう。あの爺様に思い知らせてやるのはいい機会かもしれない」
「なんとしてもエネベーザさんの目を覚まさせてやるのだわさ!」
 そして、冒険者はセッティングしたのだ。この舞台を。
「‥‥‥‥あれ?」
 何人か、ほんの少しの不安を胸に抱きながら。

「では、嘘だったというのか? 若返りの薬の話も全て!」
 手も、身体も、全身の全てから震えが止まらず、目の前の老人はただ、ただ怒りに顔を赤くしていた。
「不老不死なんてあるわけないんだわさ! このまま恨まれ、復讐されてもいいのかだわ!?」
「何故昔彼女を遠ざけたのです? 彼女を奪い取りたいくらい愛していたのでしょう?」
 ヴァンアーブルの言葉も、深雪の問いかけも老人は全て杖の振りと共に拒絶する。
「黙れ黙れ黙れ! その女こそが何よりの証拠だろう! ワシをお父様などと呼んでもお前はヴァンフリートの娘。跡継ぎとなる筈だった子が自分の血を引いていないかもしれないと思った時のワシの気持ちを誰が解る!」
 愛した女の裏切り。
 我が子でないかもしれないものを我が子と呼ばなくてはならない。
 自らの血を残せないかもしれない。
 そんな思いが彼を妻への冷淡な態度にさせたのだとしたら、それは男として僅かに同情に値するか。
 絶狼は少しだけ肩を竦め、上げた。
「でもな、全ての現況はやっぱりあんたなんだよ。あんたがもし愛し合う恋人同士を引き裂かなければこんなことにはならなかった」
 冷静で情け容赦の無い‥‥真実。
「ワシは‥‥エリスを愛していたのだ‥‥」
 膝を折り泣き崩れる老人に、深雪はさっきエスタにしたと同じように手を差し伸べ、その細くなった手を握り締めた。
「でも、きっとまだ間に合います! 呪いから逃げるのではなく呪いを解いてみましょう。大丈夫、呪いは必ず解けます!エリスさんが掛けたなら、彼女に謝罪すれば‥‥、きっと」
「それは無理ですね」
「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」
「エリスの呪いは深い。それは旦那様。貴方が、貴方の血族がこの世から全て失せるまで消えることは無いのです!」
 冒険者達は振り返った。そこにはさっきまで縛られていた筈の家令がまっすぐに立っている。
 その背後にはエスタ。彼女が紐を切ったのだろうか?
「どういう‥‥事ですか」
 震える声でワケギは聞く。信じたくないと思いながら。
 ここに来る前彼は太陽に問うた。
『クラウスさんを殺した犯人は?』
『クラウスさんの奥さんのエスタさんはどこに?』
『クラウスさんの息子のカルマさんは?』
 その殆どが『解らない』という返答だったが、唯一返った答えがあった。
『‥‥男が殺した』
 男とは誰か。エスタではなく、ヴァンフリートでもないとすれば残る『男』は‥‥。
「それは、彼こそがクラウスさんを殺した犯人だから、ですわね! エリスさんの兄上、マキスさん!」
「何!!!」
 ドアを勢いよく開けたセレナの言葉に冒険者達は、一様に驚きの表情をその顔に浮かべた。
「調べるのに苦労しましたわ。‥‥何せ50年近く前の話ですもの。でも、やっと聞いたのです。村の長老に昔、何故エリスさんが結婚を断れなかったか。それは彼女の一族が代々領主家に使える家令の家柄だったから。主の命令を、領主の恩恵を受け続けていた一族は断ることができなかった。そうですね?」
 無言は肯定。彼はこの場の何も見ず遠い何かを慈しむように見つめていた。
「‥‥あの時から、ずっと後悔していましたよ。私があの時、妹に無理をしいなければこんな事にはならなかっただろう、とね」
「そうだ! お前が結婚を進めたのだろう? 私とエリスを引き合わせたのもお前だ」
「知らなかったんですよ。エリスと恋人の関係がそれほど深かったとは‥‥。それに貴方がここまで愚かで残酷だとは!」
 自嘲を含んだ笑みは、やがて狂気を孕んだそれに変わる!
「だから私は決意したんです! エリスと共にこの一族を滅ぼそうと。我が一家の未来を、全てを奪った男を孤独と絶望の中で殺そうと!」
「マキス‥‥お前が本当に‥‥」
「もう、この世にキャスニングの血を告ぐものはいない。お前の絶望と死と共に我らの復讐は終わるのだ!」
 今までの穏やかな家令とは別人。恨みを告げるマキスは背後の姪へと目配せをした。
「エスタ! お前は行け。この場から逃げるのだ!」
「でも‥‥伯父様」
「『お前』は解っている筈だ。我らはもう後戻りできぬ。‥‥と」
「解りました!」
 ドレスを引き破りエスタは外へと駆け出した。
「待て!」
「‥‥エリス!」
 後を追おうとする冒険者達はその足を止めた。
「わあっ!」
 悲鳴を上げて地面に落ちるヴァンアーブル。
 彼女に何が起きたのか冒険者が直ぐに知ることはできなかった。
 エスタの退路を断つ為に、マキスが、その道を塞ぐように立っていたからだ。
「マキス! この裏切り者! 今までよくしてやったワシに‥‥」
「近づいてはいけません! 老!」
 怒りに我を忘れたエネベーザ。そして彼を止めようとした修一郎さえ動きを止める。
 彼は、笑っていた。手に持ったナイフを‥‥自分の首に当てて。
「おぬし! 何をする気なのであるか!」
 マックスの問いに彼は一度だけ目を伏せて答える。
「我々の望みはもはや、半ば叶っている。エネベーザと、その一族の破滅。呪われよ。エネベーザ。人の心を知らぬ、悪魔よりも無慈悲な悪魔よ‥‥最後の望みはあの子達が叶えてくれるだろう‥‥我らが主よ。どうかお受け取りを‥‥」
「待って下さい!」
 そして、躊躇い無くナイフを吸い込ませる。その喉へと。
「止めて!」
 静止の声は届かず、噴き出した血があたりを、エネべーザを真っ赤に染める。
 その瞬間、彼の身体が不思議な光を帯びた。
 そして彼の身体から何かが抜け出していくのを、駆け寄った深雪は感じていた。
「死なせたりしません! 絶対に!」
 駆け寄った深雪は治癒の魔法を連続で唱える。
 その背後で絶狼は唇を噛み締めて見つめていた。
「‥‥あいつ!」
「アリオーシュ‥‥」
 窓の外、遠い木の上から楽しげに笑うあの悪魔の存在を。
 クオンが放った矢から軽く身をかわし冒険者の視線から消えた彼の手には、紛れも無い白い玉が握られていた。

○真相(真)
 深雪の必死の治癒魔法によって家令マキスは一命を取り留めた。
 だが‥‥
「意識を取り戻すのは難しいかもしれません。おそらく、デスハートンの魔法によって彼は魂を奪われています」
 治療に協力してくれた教会の司祭はそう告げた。そして、言葉通りマキスは今も、眠り続けている。
「この! 裏切り者が! 長年の恩を裏切りおって!」
 やりばのない怒りをマキスにぶつけようと杖を振り上げたエネベーザを
「止めるんだわ!」
 ヴァンアーブルは身体を盾にして止めた。
「全ては、あんたが悪いんだわ! エリスさんやマキスさんが恨むのも仕方ないのだわ!」
 涙さえ浮かべるヴァンアーブル。
 彼女の胸の中には『あの時』囁いていった『エリス』の気持ちが、悲しみが、恨みが今も残っていたのだ。

『幸せにする? そんな約束はどこに?』『あの子さえ幸せなら、それでも私は耐えられたのに‥‥』
『私の裏切り? それをどうして、お父様やお母様に罪を負わせなければならないの? 私とお兄様が館にいる間にお母様たちは‥‥』

 ヴァンアーブルはジュディスにエリスの亡霊が憑いているのでは、と思って注意を払っていた。
 だからあの時、足止めにエリスは憑いていったのだろう。
 実際に『彼女』は時に時にエスタに憑き‥‥時にマキスの側にあって呪いの悪霊として復讐を囁いていたようだった。
「‥‥母さんは最初は、そこまで真剣に復讐を考えていた訳ではないと、思います。旅をしながらこの村を探していた時はとても優しい人でしたから‥‥」
 残されたヴァンフリート、いやカルマは語る。彼はもう錬金術師ではなく母の為に薬草を学んだ平凡な青年薬師でしかない。
「この村に来ておばあ様の悲劇を知って、許せなくなったと言っていました。そしてある方に力と知恵を借りて、‥‥僕をおじい様に仕立て上げたんです」
「ヴァンフリート」
 ジュディスは一人残された青年に寄り添い手を握り合う。
 今までの話を総合するなら二人はエベネーザの血を引かない、また従兄妹同士ということになる。
「母さんと伯父さんが望んでいたのは、エネべーザの血を滅ぼし、復讐すること。そして、その最後の目的は‥‥きっと」
 
「覚悟するんだわさ! エスタさんとエリスさんの目的はきっと、あんたの命なんだわ。しかも、きっとただでなんかは殺さない。恐怖と怒りに苦しめて、苦しめて消す。そう思ってるだわさ!」
 それは、脅しではない。
 紛れも無い真実。
 エネベーザは顔面を蒼白に変えて周りを見る。
 顔を背ける冒険者達。使用人も‥‥、村人も、教会の司祭でさえ目を合わせようとはしない。
 嫌われ者のエネベーザ。
 一人、また一人と部屋を出て行く。
 残されたのは無言で彼を責めるマキスのみ。

 彼の味方は、もはや、どこにも誰もいなかった。

「助けてくれ! 助けてくれ〜〜〜!!」
 
 その叫びに答える者も誰も、いなかった。