【英雄2】それぞれの真実

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月02日〜10月07日

リプレイ公開日:2007年10月11日

●オープニング

 秋の空は青く高い。昔と少しも変わることなく。
 手に取った槍を見つめ、思い出す。
 それは、遠い昔の思い出。
「くそーっ! また負けた! どうして勝てないんだ!」
「パールったら、兄様に勝てるわけ無いのに! ばっかみたい」
「うるさい! 俺は絶対に強くなって騎士になるんだ!」
「お前は、何の為に騎士になりたいと思う? そして何の為に強くなりたいんだ?」
「アルバ‥‥? 何の為‥‥に?」
「そうだ。何を求め戦い、何の為に強くなるか。騎士にとって、いや。戦いを生きる道に選んだものにとって強くなることよりも何よりも、その前に一番大事なのはそれなんだぞ」
「‥‥それは‥‥」
「心配しなくても、お前はきっと直ぐに俺より強くなるさ。でも、それが解らない内は俺は、お前には負けない。絶対にな」
「じゃあ、パールにはぜったいむりだ〜。パールばかだもん♪」
「うるさい! ヘンルーダは黙ってろ!」
 十年以上の時が流れても消える事の無い、それは鮮やか過ぎる思い出‥‥。
 胸を刺す後悔と共に。


 日時は十日後の昼。
 場所はパーシ・ヴァルの屋敷と決闘の日時は決まった。
「‥‥嘘。パールって本当に円卓の騎士だったの?」
 最初にはそんな驚いた顔を見せたヘンルーダであったが、今は
「でも、私は絶対に負けない。必ず兄様の敵を倒して見せるわ!」
 と意気上がっている。
 パール、というのはパーシ・ヴァルを言えなかった子供のヘンルーダが舌足らずな口で呼んだ愛称だ、とは冒険者も調査の間に耳にした。
 もっとも昔過ぎて、本人も彼と再会するまで忘れていたようだが。
「あの少年が円卓の騎士パーシ・ヴァルとなっていた、と?」
 話を聞き彼女の義父ウルグもやはり驚いた顔を見せた。そして、冒険者に
「ヘンルーダの決闘の立会人と介添え人となっては頂けないでしょうか?」
 そう正式に依頼を出したのだ。
「立会人はともかく介添え人なんか要らないわよ。私は一人でもあいつ、パールを倒すんだから!」
 ヘンルーダはそう言い放ったが、
「あの子供がどのような手段を使って成り上がったかは解らないが、仮にもこの国の戦士のトップに立つというのが円卓の騎士だろう? 私にも、冒険者にも叶わないお前程度の実力ではまだ歯も立たないぞ」
 父親の冷静かつ的確な指摘に顔と、頭を彼女は下げた。
「‥‥じゃあ‥‥どうすればいいのよ‥‥本当に介添え人を頼んで1対複数で? そんなの卑怯じゃ‥‥」
「アルバの無念を晴らさなくていいのか?」
「でも‥‥」
「そもそも、本人が冒険者に手伝いを頼んでよいと言ったのだろう? ならば、遠慮する必要は無いと思うが?」
 話を黙って聞いていた係員の胸に、なんとも言えない思いが広がる。
 言葉に出して言うならそれは、不信感。
 本来ヘンルーダが兄の仇を探してという話だった筈なのに、何故ここまで父親が言う必要があるのだろうか。
 あくまで中立、依頼を預かり仲介するだけの係員としては褒められた事では無いのだろうが、彼は目の前の人物に好感と言うものを少しずつ目減りさせていた。
「‥‥そうね! 今は、とにかくあいつを倒す。それだけ考えるわ!」
「その意気だ。円卓の騎士を決闘で倒す事ができれば、奴の名誉も地に落ちるしアルバの槍も取り戻せるだろう」
 だから、言葉を続けてウルグは言う。
「娘をお願いします。騎士とはいえアルバを殺した相手です。追い詰められたら何をするか解りませんので‥‥」
 とりあえず、仕事は仕事。依頼は依頼。
「解りました。確かにお受けします」
 係員は頷き依頼を受理した上で
「ところでウルグ氏‥‥」
「なんでしょう?」
 彼は問うた。
「どうして、貴方はそこまでパーシ様を嫌われるのですか? 何やら随分と我々の知らない姿をご存知のようで‥‥」
「どういう意味ですかな?」
 ビクン。背筋が凍りつく。もしくは喉元にナイフを突きつけられたような気分。
 獅子の尾を踏む行為だと解ってはいたが、彼が見せた反応は想像以上に係員の心臓に冷気を浴びせかけた。
「‥‥私は、仇を取りたいだけですよ‥‥。私があの‥‥愚かだった子供に奪われたものは決して小さくはありませんでしたから‥‥」
 静かに笑い、彼は娘を促す。
 少女は足元に寝そべっていた犬と共にそれに付き従った。
「?」
 係員は瞬きして、彼らを見送る。今、気がついた。
 いつの間にだろう‥‥。
 あの犬の首から白い鈴が消えていたのは。

 人目、人気の無い裏路地でのそれは会話だった。 
「鈴は取り返した。まったく役に立たない者達だ。もし、あの鈴の価値と意味を知るものがいたら厄介な事になるところだったぞ」
「申し訳ありません‥‥」
「まあいい。とにかく、お前達は後はもう一つあるという鈴の持ち主を探し出し奪うのだ。キャメロットにいるというのは確からしいからな」
「はい」
「もし、手出ししにくいところにいるようなら例の手を使え。あの手を使って出てこないものはそういない」
「解りました。親方様もお気をつけて」
「急げよ。ヘンルーダが決闘に勝っても負けても終われば騒ぎになるだろう。それまでに片を付けるのだ‥‥」
 場所と同じほどの暗い会話が終わり人気の無くなった部屋で
「まったく、余計な手間をかけさせてくれる。まあ、そのおかげで思ったよりも早く事は済みそうだがな」
『彼』は小さく笑い‥‥呟く。左手をそっと顔に触れて。
「アルバ‥‥。お前はどこかで見ているのか? もう直ぐ終わる。全てが‥‥その時こそ新たなる始まりだ」
 十七夜の月光が照らしたものは十二年の恨みとそれを見つめる紅い瞳‥‥。

「約束の日までには戻る。準備と家の事をよろしく頼む」
「行ってらっしゃいませ」
 家を預かる家令はそう言って旅立つ主を送り出した。
 彼の行く先は知っている。聞いてはいないが知っている。
 彼が抱えている重荷についても、全てではないが知っている。
 それは、主の彼への信頼の証であると共に、彼の人に見せぬ弱さでもある。
 主がこの家に来たときから、彼に仕えるようになったときからその強さも、弱さも尊敬してきた。
 できるなら、生涯彼に仕えていたいと思っていたが‥‥彼にはもう心に決めていた。
 そう、あの主とよく似た少年がやってきたあの日から。
 主に仕える者がけしてやってはいけないことと解っていても‥‥
「スタインさん。何か御用でしょうか?」
 屋敷に仕える使用人の一人を呼んで家令は手紙を渡した。
 冒険者にと言い添えて。
 その羊皮紙にはこう記されてあった。
 
『主はエイムズベリーに向かわれました。お留守の間にお立ち寄り下さい。知っている事をお話致します』      

●今回の参加者

 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

○目指そうとしているもの
 彼の家は、一応貴族の屋敷として立派であるが塀も無ければ、門番もいない。
 建物中ならともかく庭になら誰にでも簡単に入れるだろう。
 現に春には庭の花に魅かれてやってきた子供達もいたとか。
 誰でも受け入れ、出るのも自由。
 ‥‥家というものは主のひととなりを表すものなのかもしれない。
「あいつらしいと言えば、あいつらしいけどそれを守ろうとする身にもなってみろってんだ」
 思わず呟いたキット・ファゼータ(ea2307)に
「そうでございますね。でも、おそらくあの方にとっては家というものにあまり意味や価値はないのではと。無論ヴィアンカ様や我々は大切に思って下さっているのは解るのですが‥‥」
「うわっ!」
 いつの間にやってきたのか。背後に立っていたこの家の家令は丁寧に頭を下げて微笑んでいる。
「ビックリさせるなよ。スタイン。‥‥って何笑ってやがる! おまえらもだ!」
「失礼を。お客様に存在を感じさせぬが使用人の勤めですので」
 来客にもてなしの準備をしている彼、スタインの頬は確かに笑みを浮かべている。
 同行している仲間のリースフィア・エルスリード(eb2745)やクァイ・エーフォメンス(eb7692)にまで笑われてキットの頬は微かに朱に染まっていた。
「決して貴方様を笑った訳ではないのです。今のような会話を丁度この屋敷に来たばかりのパーシ様としたのを思い出しまして。やはりよく似ていらっしゃる」
「確かに有り得そうな場面ですね。簡単に想像がついてしまうのが楽しいところです」
「老いぼれてもうろくしたか? 俺とあいつのどこが似てるってんだ!」
 仲間の楽しげな様子とは裏腹にキットはふん、と顔を背けると
「‥‥まあいい。もてなしの必要もいらない。俺をここに呼んだ理由を早く聞かせてくれ。俺達を呼んだってことは覚悟を決めて話してくれる気になった、ってことなんだろう?」
 真っ直ぐ、スタインの前に向かい合った。
 飲み物の用意を止めてははい、と頷くスタイン。他の者の背筋も伸びる。
「私の耳にも今回の件。パーシ様を仇と狙う少女の話の噂は耳に入っています。その原因が十二年前にある、ということも。今やパーシ様しか知らないであろう事の真相。その断片を私は知っています」
 彼にとってこの家はあくまで借りの居場所にしか過ぎないのかもしれない。
 けれど、人前では決して見せない円卓の騎士という鎧を脱ぎ捨てる場でもある。
「それは、今から十二年前の話。盗賊に襲われた少年を助けてくれた騎士がいたそうです‥‥」
 主がくつろぎの中、話してくれた遠い昔の思い出話。全ての事のおこり、十二年前。
 大事なものを抱きしめるように話すスタインの話を冒険者達は真剣に無言で聞いていた。

 ほぼ同じ頃。宿屋の庭で
「なによ! ‥‥あんなものを見せて私が間違っているって言いたいの!」
 膨れた顔で依頼人は自分を外に連れ出した冒険者にくってかかっていた。
「‥‥どうして怒ってしまわれたのですか? ヘンルーダさん」
 あまりの剣幕に戸惑うシルヴィア・クロスロード(eb3671)にヘンルーダと呼ばれた少女は胸倉を掴まんばかりの勢いで言った。
「パールの事よ! 聞く人、聞く話、みんなパールの良い話ばっかり! あいつがそんないい奴の筈ないでしょ!」
「あいつ?」
 プチ。
 その場にいた者達は微かな幻聴を耳にした。シルヴィアの何かが切れる音。
 普段は比較的穏やかという言葉が似合うシルヴィアであるが彼女には一つの称号(?)がある。
 曰く「恋する乙女」。その恋する相手を悪く言われれば
「私の知るパーシ・ヴァルは友を裏切るような人ではありません。思い込みばかりではなく人の話も聞いて下さい!」
 こうなるであろうことは目に見えていた。
「私の思い込み? パール自身が兄様を殺したって言っていたのよ! それ以上の真実がどこにあるっていうのよ!」
「真実と事実は違うと言っているのです。信じて欲しいとまで今の貴方には言いません。でも! あの人を慕うものがこの街には沢山いるのだと言う事は知って下さい」
「だから殺すなって? 命乞い? それこそ騎士のすることじゃないわよ! 大体パールがそんな慕われているとか円卓の騎士とか絶対何かの間違い‥‥」
「いや。パーシ卿と言えば円卓の騎士の中でも指折りの実力者。彼を悪く言う話は聞いたことが無いのは本当だが‥‥」
「蒼汰は黙ってて!」
 いつの間にやら蒼汰呼ばわり。彼女の変化に気付いているのかいないのか。
 苦笑しながら肩を竦める七神蒼汰(ea7244)の後ろで閃我絶狼(ea3991)は組んでいた手を解いて二人の間に割って入った。
「いつまでも休憩していていいのか? 信じようと信じまいとパーシ卿の実力がイギリス随一なのは事実だ。俺達数人がかりであろうと簡単に勝てる相手ではないんだぞ」
「うっ‥‥」「あっ‥‥」 
 二人揃って口ごもり言い争いはそこで終わった。
 約束された決闘の日まであとわずか。付け焼刃かもしれないが少しでも技術は向上させる必要がある。
「解ったわ。お願い‥‥します」
 頷き腕をまくる絶狼。今はシルヴィアとは手合わせないほうがいいだろう。頭に血が上っている。
 ヘンルーダの前に一歩立ち剣を抜く。剣を構えた彼女の瞳に見つけたものに気付くと絶狼は、
「お前さんのパーシ卿への恨みは解った。仇討ちへの熱意もな。だが仇をとった後自分が逆の立場になるのがわかった上でやるんだな?」
 確認するように問いかけた。
「な‥‥に?」
 ほんの少し芽生えていたそれに、水を注ぐ言葉。
「あれ? もしかして敵討ちが終わった後自分が真っ当で平穏な暮らしが出来るとでも思ってた? パーシ卿を討ち取ったら今度は彼の娘にとってお前さんは仇になるんだぜ」
「あ‥‥」
 ヘンルーダの言葉は揺れ、心はそれ以上に揺れていた。
「まあ、決めるのはお前さんだ。俺達は手伝うだけ。さあ、いくぞっ!」
 打ち込まれた剣を、ヘンルーダは迷いの篭った短剣で今は受け止めるのが精一杯だった。

 宿屋の二階で本を捲っていたクオン・レイウイング(ea0714)は
「ふむ‥‥呼吸を止めてしまう毒か‥‥。使われている毒は一種類とは限らないからな‥‥ん?」
 ふと、窓の外に目を留めた。
 庭で響いている鉄の音にではなく、戻ってきた仲間に気付いたからだ。
「キットが戻ってきたのか」
 靴音は庭に向かわず二階のこの部屋に向かって、ノックもなしにドアを開けた。 
「どうだ? 調べものは?」
 前置きも遠慮も無い言葉にクオンは苦笑しながら本を閉じた。
「毒薬と毒草は違うからな。実物がある訳でもないし、実際に使って比べてみるわけにもいかないからなかなか思うどおりにはならんさ」
「レイは?」
「一緒に牢を調べた後、教会に行った。ベルの方に行ったんだろ?」
 クオンは本を見やる。調べものに使っていたのはレイ・ファラン(ea5225)が貸してくれた本。牢での調査と本での調べもので出た結論は
「アルバを殺した毒と、追剥たちを殺した毒が同じと言う可能性は十分にある。だが確証は持てない。特にアルバが死んだ時の症状を知っている奴がいないからな」
「結局はあいつが口を開かない限りは真実は解らないってことかよ‥‥。ったくいつもこうだ。あいつが一人で抱え込まなきゃもちっと楽に終わるのに」
「あいつ‥‥か」
 キットの舌打ちにクオンの表情は凍ったように冷える。
「俺もあの人は苦手だ。彼と彼の名には嫌な事しか思い浮かばない」
「クオン‥‥」
 二年前のオックスフォード。あの悪夢はきっと一生彼を放してはくれないだろう。
 あの時射た矢の感触は今でも‥‥。
「悪い。キット。俺はもう少し毒薬関係調べてくる。話は後にしてくれるか? ちゃんと聞くから」
 マントを持って立ち上がるクオンを、ああと頷いてキットは見送った。
 屋敷で聞いた話はどちらにしても教会に行った者達や、訓練をしている者達にも話さなければならないだろうから。
 窓の外を見上げる。
 眩しいくらいの青い空を見て彼はふと思った。
 共に話を聞き駆け抜けて行った仲間達は今頃どうしているだろうか。
 間に合うだろうか。と‥‥。 

○遠い昔の真実
 村の外れ。森の外れ。小さな墓場の小さな墓標の前に、紫に染まった空気の中無言で佇む影があった。
 光は足元のカンテラの小さな明かりのみ。音も無い静寂の中で
「手、いりませんか?」
「!」
 周囲に誰もいないと思っていた『彼』は突然の呼びかけにハッと振り返った。
「誰だ!」
 と誰何はしない。
「お前は‥‥」
 呟きのような問いかけに答えるように呼びかけられた人物は一歩前に出た。
 この距離では彼女にはまだはっきりとは見えない。でも相手は自分の事が解っているようだ。
「ゆっくりと会うのはお久しぶりですね。パーシ卿。お墓参りですか?」
 リースフィアはそう言って彼の佇む墓標に静かに祈りを捧げた。
「何故、お前がここにいる?」
「言いましたでしょう? 手をお貸しするためです。もっとも、その前にはパーシ卿から真実をお伺いしないといけないのですが」
「手を借りるほどのことは‥‥」
「ない、と言えるのですか? ソールズベリーに巣食っているという今の盗賊団の退治も重要ですが‥‥いるのでしょう? 討ち洩らした者が」
 背後に立つ彼の表情は見えない。だが、空気が明らかに変わっているのは感じた。
「どうして‥‥お前がそれを‥‥」
「お伺いしました。スタインさんから」
「!」
 彼の周囲に氷が張りかけているのが解る。人をこれ以上巻きこまぬようにと、人の助けを拒絶する氷が。
 だがそれを、本来自分の役割ではないと思いつつ、リースフィアは割りに入る。
「一人で抱え込むのは止めて下さい。一人ではどうしても限界があります。でも手がたくさんあれば、誰が欠けることもなく守ることができる筈‥‥いえ、できるのです。かつてアルバさんを喪った時ももし、手がたくさんあれば守りきれたかもしれないのでしょう!?」
 手を取り0距離で真っ直ぐ、彼の目を見つめる。真っ暗なのに、明かりも何も無いのに互いの瞳の色だけは恐ろしいほどはっきりと解った。
「十二年前の亡霊を、放って置いてもいいのですか?」
 先に目を閉じたのはパーシだった。噛み締めるような声で何かを呟くと
「真実は一つではない。俺にとっての真実は、ヘンルーダにとっては違うだろう。それでも俺の真実を知りたいと望むのか?」
 彼はその碧の瞳で真っ直ぐリースフィアを見つめた。
「人は信じたいものを真実と思うのです。語って頂けないでしょうか? パーシ卿。貴方の真実を、できれば貴方自身の口から‥‥」
「いいだろう。但し、俺の言っていることを鵜呑みにしなくていい。何が正しいか。判断はお前達がするんだ」
 そう言って彼は森に向かって歩き出す。
「待って下さい。どちらに行かれるんです? 明日にはクァイさんが来るので‥‥せめて村に‥‥」
 せっかく捕まえた風、いや光を逃がさないようリースフィアは慌てて追いかけていった。

 それは、今から十二年前の事。
「いいか? 慎重に行けよ。ヘンルーダを助けるのが第一だ」
「解ってる。アルバこそ熱くなり過ぎるなよ」
「言ったな。よし! 行くぞ!」
 一人の戦士が村はずれの小さな洞窟に踏み込んでいった。
「来たぞ! 妹を放せ!」
 武器を持たない空手。その声にさほど広くない洞窟の中に身を潜めていた男達がわらわらと集まって来た。その数は十人に足りないほど。
「まだこんなにいたのか? 黒害虫のようだな。潰しても潰してもまだ溢れてくる」
「なんだと! 言わせておけば!」
「待て!」
 取り囲んだ男達の間を割るように男の声が響いた。男達は道を開ける。その先には一人の男が立っていた。
 背後には
「にいさま! にいさまあ!」
 泣き続ける女の子を抱く部下を引き連れて。
「貴様‥‥」
 アルバは唇を噛み締め動かない。一味の頂点に立つ男は圧倒的優位を確信し不敵に笑っている。
「お前は自分の立場が解っていないようだな。お前はたった一人で俺達を壊滅寸前に追い込んでしまった。ここにいるのは残党に過ぎない。また元のように立て直すのにどれほどかかるか‥‥。お前は俺達の恨みをかっているのだと解っているのか?」
「ああ、解っているさ。だからお前達は妹を浚うなんて汚い真似をした。そして俺を殺そうと狙っている」
「なら解っているだろう? これからお前がどうなるかもだ」
 首領は目配せした。周囲の男達が嬉しげに剣を抜く。
「妹の命が惜しかったら動くな。そして俺達に素直に殺されるんだ。そうすればこいつの命は助けてやろう」
 戦士は泣いて命乞いをする。そう信じ勝利に酔っていた男達は
「お前の言葉など信じられるものか」
 それでも、態度を変えない戦士に驚くように目を瞬かせた。
「何を? 妹が死んでもいいのか?」
「お前の言葉など信じない。俺が信じるのは己が実力とそして、相棒の力だ!」
 ガシュ!
 背後からの音に首領や盗賊達は慌てて振り向いた。
 そして悲鳴を上げた。顔の半面に焼けるような痛みが走る。
 いつの間に背後に回られていたのか。そこには一人の少年が槍を構えていた。
「おのれ‥‥貴様」
 首領の顔に傷を付けた槍は、返す動きで少女を捕まえていた男の胸を貫く。
 崩れ落ちた男の手から少女を奪い取り背中に回すと少年は槍を投擲した。
「アルバ!」
 槍は真っ直ぐに落ち、主の手に帰るように握られる。
「形勢逆転だ。人質さえいなければ遠慮などしない!」
 不敵に笑った戦士は強く踏み込んで妹と相棒の場所に飛び込んだ。
 そこには顔を傷付けられた恨みで顔を文字通り真っ赤にして襲い掛かろうとする首領がいた。
「間違えるな。お前の相手は俺だ!」
 片手で少女を支え、片手で大剣を扱う少年。彼は背中で庇われる形になっていた。
 そして戦士は囁く。
「ヘンルーダ。もう大丈夫だ‥‥。パーシ。俺が敵をひきつける。その間にヘンルーダを連れて逃げるんだ」
「でも!」「にいさま?」
「ヘンルーダを連れてちゃお前は戦えない。お前らが逃げるまでここは俺が食い止める」
「でもアルバ一人じゃ‥‥」
「俺の強さを信じられないのか? それに、お前は必ず戻ってきてくれるだろう?」
「‥‥解った。絶対待っていろよ。アルバ」
「ああ、待っているぞ」
「パール! ダメ。にいさま〜〜!」
 少年は女の子を連れて走り去り、中には槍を持った戦士一人が残される。
 そして‥‥

「そいつが人質だった妹を教会において洞窟に戻った時に見たものは、アルバに倒されたであろう盗賊達の死体と、既に瀕死状態だったアルバだった、というわけだ」
 キットの話が終わって暫く、誰も言葉を口にする事はできなかった。
「なんて‥‥こと」
「セレナさん」
 セレナ・ザーン(ea9951)は震える肩でそう言うのが精一杯。慰める藤宮深雪(ea2065)の手も揺れている。
「なるほど。それが事の真相ですか。悲しく、辛い話ですね」
 ワケギ・ハルハラ(ea9957)の言葉が冒険者の思い全てを代弁していた。
「アルバとあいつの間にどんな会話があったか知らない。けどその後、奴はアルバの死体を教会に連れてくると姿を消した。それが全ての元凶だったってわけだ」
 教会でベルの警護に入っているマックス・アームストロング(ea6970)とエイムズベリーに行った仲間以外の全てにキットはパーシ・ヴァルの家の家令から聞いた話を伝えた。
 淡々とした口調で事実のみを語るキットだったが、まるで冒険者にはその光景が見えるようだった。
「あの方が、かつて言った自分よりずっと価値があったかもしれない命、というのはその事だったのですね」
 噛み締めるようにシルヴィアは言う。蒼汰も絶狼もレイも、クオンですら沈黙していた。
「その後、あいつはシャフツベリーに流れ、結婚した。子供もできたがそこでもまたいろいろあって家族と死に別れ、ああもひねくれ曲がったってわけだ。まったく大馬鹿野郎だぜ!」
 キットは茶化すように言ったが冒険者には口で言うほど彼がパーシの事を悪く思っていないことは解る。
 そして話を聞いて今までのパーシの『行動』の理由が少し解ったような気がしたのだ。
 彼があそこまで強くなり、強くなろうとし、冒険者にも強くあれと願う訳が‥‥。
「とりあえず、今はあいつに同情する必要はないと思う。あいつもそんなこと望んじゃいないだろうし。俺達が今やるべきことは‥‥」
「ええ、そうですね。今やるべきことはこの依頼に全力を尽くす事。そしてあの人を信じる事。それだけでしょう」
「今の話、ヘンルーダにはどう伝える?」
 心配そうに蒼汰は聞いた。ワケギも考え込むように腕を組む。
「慎重にした方がいいと思います。今下手に話すとまた命乞いと取られる可能性もありますし、彼女が今も全面的に信じるのはフローさんだけでしょうから」
「解りました。私に考えがあります」
 きっぱりとシルヴィアが顔を上げた。
 冒険者の視線が一つに集まる中、それを受け惑うことなく彼女は告げる。
「パーシ様に勝ちましょう。そして勝った時真実を話して欲しいと約束して貰うのです」
「それこそ、命乞いととられないでしょうか?」
 心配するセレナ。だがシルヴィアは首を横に振る。
「あの方の槍に迷いが無ければ、きっとヘンルーダさんも考えが変わる筈です。私は‥‥信じます」
 恋する乙女。その強い意志に冒険者達は頷き方向性は定まった。もう一つの懸案と共に彼らはもう間近に迫った決闘に向けて用意をはじめたのだった。
 
 教会で祈りを捧げる二人の少女。
 その二人を影から無言で見つめていたマックスは
「おかえりなのである」
 扉を開け入ってきた者達にそう声をかけた。
「こちらはとりあえず異常なしであった。だが鼠らしきものは見かけた。ベル殿の様子を伺っていたようである」
「そう‥‥ですか。やはりここも危険ですね。決闘に乗じてなにか仕掛けてくるかもしれない」
「解った。外の鼠は俺が見てこよう。こっちを頼む」
 外へと向かうレイを見送り、着物の下。
 胸元を押さえ深雪は二人の下に近づいていった。
「ベルさん、ヴィアンカさん」
 呼びかけられて金と銀の少女は振り返る。
「深雪さん‥‥セレナさんも‥‥」
「お話があるのです。聞いて頂けますか?」
「なに?」「なんでしょうか?」
 そうして二人は、二人を誘った。
「お二人に見届け人になって頂きたいのです。パーシ様の決闘の‥‥」
 と‥‥。

 鉄の打ち合う音は、休むことなく続いている。
 だが、聞くものが聞けばそれは迷いのある音に聞こえるだろう。
「少し、休憩した方がいい。ヘンルーダ」
 剣を引き絶狼は言った。
「どうして、まだ!」
 食い下がるヘンルーダを蒼汰は庇うように後ろに下げた。
「次は俺だからだ。見ていろよ」
 彼の言葉に従って手近の地面にヘンルーダは腰をかけた。
 目の前で繰り広げられる戦い。だが、彼女が見ていたものは別のものであるようだった。
「どうだったかな?」
 ボーっとしていたヘンルーダは蒼汰に声をかけられて、初めて気付いたと言うように顔を上げた。
「あ、ゴメン。見てなかった」
 少しのがっかりを顔に隠して蒼汰は横に座る。二人で少し静かに並んだ後‥‥
「なあ。ウルグ殿ってどんな人だか聞いてもいいか?」
 そう蒼汰は切り出した。
「どうして?」
「いや、元は赤の他人なのに上手くやってるのな。俺なんざ実の父親とは滅茶苦茶険悪だからさ‥‥殺し合い一歩手前の大喧嘩までやらかしたりとか‥‥」
 我ながらあまりいい言い訳では無いと思うがヘンルーダは気にした様子は無かった。
「あんまり、優しいっていうのとは違うのよ。でも、いつも私の事を見ててくれるの。そして守ってくれる。側にいてくれる‥‥」
 目に浮かぶ光は柔らかい。だが話を聞くうち蒼汰は思った。
(「やっぱりウルグ殿が少しずつヘンルーダ殿の思考を復讐へと誘導したのではないかな」)
 彼女は寂しかったのだろう。家族を失い、側にいてくれるのは犬だけ。
 旅の中、友達もできない。だから、たった一人の父親を信頼してしまう。それがたとえ‥‥だったとしても。
「ヘンルーダ殿。明日は絶対に勝とう!」
「も、勿論よ! 絶対あいつを倒して見せるわ。そして兄様の仇をとるんだから!」
 立ち上がり歩み去るヘンルーダ。
 だが蒼汰は後ろに立つ仲間達と頷きあい
「絶対に本人の口から聞き出してやる!」
 別の決意を固めていた。

○響く刃、語る心
「人は信じたい事を信じるから、幾らでも違う『真実』がまかり通る。そこが怖いところね」
「ええ、でも‥‥本当の真実は結局誰にとっても一つなのかもしれません」
 リースフィアとクァイは立会人として決闘の開始を待っている。
 パーシが訓練にも使うと言う庭の周囲には心配そうに見守る少女達と冒険者。
 そして中央には槍と軽鎧だけのパーシが一人、真っ直ぐに立っていた。
「来たか‥‥」
 閉じていた目をパーシが開く。
 最後にやってきた冒険者とヘンルーダが門をくぐった気配を感じたのだろう。
 戦い開始数分前。緊迫した空気は最高潮を迎えていた。
「パーシ様」
 無言で立つ人に対し口にしたい事は、いいたい事は沢山あるのにシルヴィアの口からはそれ以上出ない。
 目を見た瞬間に
「俺が敗北すれば、お前達の望みは叶えよう。それが俺の命であってもだ」
「ま、やるからには本気で逝きますかね。でも、俺達の望みはって‥‥聞いてます?」
 絶狼の問いに返った答えは微笑。その一瞬で絶狼も感じた。彼の思いを‥‥。
 最後にキットがすっと前に立つ。視線の差はまだ頭一つ分。
 でもパーシの瞳は彼を見下ろしても見下さず優しく、真っ直ぐに見つめていた。
「よしっ!」
 答えを得たようにキットは剣を構える。絶狼も、蒼汰もシルヴィアも。
 そしてヘンルーダは自らの迷いを振り切るように声を荒げた。
「兄、アルバの仇! パーシ・ヴァル覚悟!」
 その声が合図となって、戦いの火蓋は開かれた。

 決闘最初の攻撃。それは驚くほどに美しく決まった。
「えっ!?」
 何が起きたのか解らぬままに、シルヴィアは背中から地面に倒れ込んでいた。
 衝撃が頭と足を痺れさせる。
 トリッピングで足を打たれたのだと気付いても、直ぐには彼女は動けなかった。 
 パーシは一番最初にまず、一人の行動を完全に殺ぐことを選んだのだろう。
 今はリュートベイルを手に前方に立つ絶狼からの攻撃を裁きつつ、横からのキットの攻撃をかわしている。
 ヘンルーダは後方でタイミングを見計らっているようだ。
 倒しやすいと思われた事に少しの悔しさを感じながら痺れの取れるのを待っていたシルヴィアは、だから冷静な眼差しで気がついた。
 仲間達も全体としては気付いているかもしれないが、個人の居場所は把握しているだろうか。
 戦いに直ぐに戻りたいという気持ちを抑え、シルヴィアは今、自分がなすべき事を考えていた。

「何があっても、信じて見守っていて下さい‥‥」
 それが深雪とセレナがベルと何よりヴィアンカにこの決闘に招いた時の何よりの願いだった。
 ベルはともかく、ヴィアンカにとって父の戦う様を眼前で見るのは苦しみ以外の何物でもなかったが
「大丈夫ですわ」
 強く手を握ってセレナは言った。彼女の言葉と迎えに来てくれた時のキットの笑顔が彼女を今ここに立たせていたのだ。
「パーシ卿がヘンルーダ様のお兄様の仇というのは何かの誤解だと思います」
 彼女は全ての事情を話した後そう告げた。
「でも、パーシ卿はあのとおりの方ですから、自分から誤解を解こうとなさいませんの。そしてパーシ卿にもやはり責められるべき処はあると思うのですわ。お兄様‥‥アルバ様が亡くなられてヘンルーダ様が一番苦しい時に、パーシ卿はヘンルーダ様から離れてしまった。
 ヘンルーダ様が見捨てられたと思い、パーシ卿のお心を疑っても誰が責められましょう」
 だから、ヘンルーダの気持ちがヴィアンカには一番よく解るのではないかとセレナは微笑んだのだ。
「いつか、もしできたら友達になってあげて下さいな」
 ヴィアンカは、今はまだそんな事はできないと思った。もし彼女がお父さんを殺したら殺してやると思ったほど。
 でも、目の前の戦いはあまりにも清浄で、ヴィアンカには解ってしまったのだ。
 彼は、きっとそんな事を望みはしない。と‥‥。

 冒険者はなかなか戦いを思うペースに持っていくことができなかった。
 パーシの緩急を駆使した動きに、1対1以上の戦いができなかったのだ。
 絶狼が前方から槍の穂先をかわし間を詰める。だが、なかなかあと一歩が踏み出せない。
 横からはキットがソニックブームでバランスを崩そうと狙う。一筋、二筋。だが足取りを崩せない。
 逆に打ち込まれて足元、胸元、頭を狙われる。
(「いつもッ、そうやってッ、一人でッ、全部ッ、抱え込んでッ、ちょっとはッ、こっちのッ、身にもッ、なってみろッ!」)
 木剣でなんとか打ち返しながらも後ずさりさせられるキット。ちらり後ろを見る。
 シルヴィアはまだ動けず、ヘンルーダはこの戦いのスピードについていけず、一歩を踏み込むことができず佇んでいる。
(「実戦経験無しが響いたか。だが!」)
 負けるわけにはいかない。キットと絶狼がパーシの意識をひきつけている間に!
 蒼汰は剣を背中に回し鞘に入れタイミングを見計らった。
 そしてパーシの槍がキットの剣筋を上へと弾いた時。
「今だ! 夢想七神流奥義・空刃!」
 渾身の最大攻撃を打ち込んだのだ。見えない刃がパーシを真っ直ぐに狙う。
 それでも雷の騎士は致命的なダメージはかわしていた。
 膝を付き体勢を立て直し後方を振り返る。その一瞬の隙を彼は待っていた。
「ヘンルーダ。今だ!」
 ヘンルーダに向けて開けられたパーシへの道。頷き走るヘンルーダ。
 だがその道を
「危ない!」
 一人の身体と、風を切る音が阻んだのだった。

 丁度その直前。
 警備をしていた冒険者達はその場所をパーシの屋敷前へと移していた。
 教会の周りをうろついていた鼠達はまるで誘われるかのようにここに集まっている。
「何故だ‥‥ん? きな臭いのである」
「まさか‥‥火事? 火をどこかに着けたのか?」
「放火犯が近くにいる筈です。僕が追うのでレイさんは中の人たちに連絡を!」
「解った!」
 その騒動で、彼らは気付くタイミングが遅れた。
 ウルグがその場にいなかったこと。
 そして、近くの木の上から庭での戦闘を銀矢を向けて狙う狙撃手の姿を。


○折れた復讐心
 カタン。地面にナイフが落ちた。
「な‥‥何?」
 目の前で起きた事に、ヘンルーダはただ呆然としていた。
 肩に矢が刺さったシルヴィア。
「大丈夫か? シルヴィア!」
 それに駆け寄るパーシやクァイ、リースフィア。
 流れる血が地面を紅く染める。
「冒険者! そいつらを逃がすな!」
「解っている! ただ、外にも襲撃者がいる。ワケギもマックスも向こうで手一杯だ」
「俺達も追うぞ! 蒼汰! キット!」
 逃亡する襲撃者を追う冒険者達。
「動かないで下さい。シルヴィアさん。今、治療を‥‥」
 さっきまでの決闘とは違う、生臭い命のやり取りがそこにあった。
「‥‥大丈夫です。お怪我は‥‥ありませんか? ヘンルーダさん。パーシ様」
 矢を自分で抜き取りポーションを飲み、深雪やベルの治癒魔法を受け、シルヴィアは笑いかけた。
「どうして‥‥そんな事を? 私、あんなに酷い事を言ったのに‥‥」
「私は、信じているからです。だから、思い出して欲しい。貴方の知るパールを‥‥。人に何かを言われる前の彼を‥‥」
 シルヴィアの言葉にヘンルーダは震えている。
 それを見たパーシはシルヴィアの横から立ち上がり、槍の穂先を地面に立て、落ちた短剣を拾い上げた。
「ヘンルーダ。俺がアルバの死の一因を作った事は事実だ。今の俺があるのはアルバのおかげであるが、けれど今の俺の命は俺だけのものじゃない。だから、簡単にくれてやるわけにはいかない」
 そしてヘンルーダの手に握らせた。
「それでも、お前が俺を殺したいほど憎いと願うなら、俺を刺せばいい。でもそうでないなら、もう一度話し合わないか。冒険者とも約束した。俺の真実を話すから‥‥」
 春の新緑のような瞳、なのに真冬の寒さを受けたように震える手。彼女の首が左右に揺れる。
「そんな‥‥、私は、私は‥‥」
 涙に、迷いに顔を歪める少女。そして
 トン
「えっ‥‥」
 それは、一瞬の事だった。
「な‥‥に?」
 次の瞬間、ヘンルーダの手に感じたのは血の匂い。初めて知る人を刺す感触。
 ヘンルーダのナイフはパーシの腹にめり込んでいた。
「ヘンルーダさん! しっかりして下さい」
「貴方は! 何をしたのです?」
 リースフィアとクァイは慌てて彼女をパーシから引き離す。
「尻尾を出したか! どこにいやがった。貴様!」
 クオンも矢を引き絞る。
 彼女に刺す意思は無かった。パーシは彼女を信じていた。
 なのにこうなったのは見えない第三者の意思があったからだ。
「私はずっとおりましたよ。貴方と同じように。ヘンルーダの仇討ちを助ける為に。彼女の文字通り後押しをする為に」
「貴様‥‥まさか‥‥ウ‥‥ル」
 短剣の傷は大きいものではない。
 けれどパーシの顔は青ざめ苦痛に歪んでいる。
 そして、崩れ落ちるように彼は膝を折った。
「パーシ様!」
「毒か! 解毒剤がある! 飲め! パーシ!」
「しっかりして下さい。早く治癒を」
「お父さん!」
 駆け寄る冒険者や人の中を潜り抜け、ヘンルーダは駆け寄って泣き叫んだ。
「死なないで。パール!」
 
 決闘は決着のつかぬまま終わり、いくつもの騒動は捕らえられた幾人かの盗賊と怪我人を出して終着した。
 冒険者が後に茶番と呼んだこの決闘で消えたものが確実に二つある。
 一つはウルグの姿。
 そしてもう一つはヘンルーダの復讐心である。