【英雄2】光と闇と少女達
|
■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:16 G 29 C
参加人数:12人
サポート参加人数:9人
冒険期間:10月21日〜10月31日
リプレイ公開日:2007年10月29日
|
●オープニング
それは闇にまぎれた者達の会話。
「まったく! 役立たずどもが! 鈴の奪還に失敗したばかりかパーシもヘンルーダも仕留められなかったとはな。こっちに連れてきたのは腕利きの者達ばかりの筈だったのに見込み違いだったか?」
「申し訳ありません」
「まあいい。ヘンルーダにはまだ使い道もあるし策はある。二つの鈴が揃えば何をするにも十分な元手になるしもう直ぐ祭りで慌しくなるキャメロットで隙を狙えば十分な儲けが見込める筈だ。そうしたら拠点に戻って予定通り‥‥」
「解りました」
「まずは鈴を持つ娘から確実にな。いざとなったらヘンルーダは消してもかまわん」
闇に消える者達。それを見送って男は
「先に進む為には、この傷が邪魔だ。待っているがいい。次は必ず‥‥」
顔を覆う布に手を置き、呟いたのだった。
怪我そのものは実は大したことは無かったようである。
毒は冒険者の用意した解毒剤が、怪我はポーションと治癒魔法が利いてパーシ・ヴァルはうやむやになった決闘の翌日、いやその日の夜からもう平気で仕事があると動き回っていた。
捕らえた盗賊達の逮捕と、収監。取調べ。街の警備と騎士の配置。
彼の仕事は常に山積みで、解毒剤が無ければ命が危なかったのだ、とか少しは休んで欲しい、とか、大人しく寝ていろ、などいう某誰かの忠告や希望はあっさりとスルーされたようである。
だが銀の鎧を纏い、円卓の騎士パーシ・ヴァルに戻る直前。
冒険者に彼は
「あの子達を頼む」
そう頼んで行ったのだ。
「俺はあいつがヘンルーダの養い親だとは知らなかった。顔を見たのさえ初めてだ。知っていれば逃がしはしなかった。あの顔は奴だ‥‥」
握り締める拳は、ウルグこそは長い年月、忘れた事は無い親友の仇だと告げていた。
本来なら直ぐにでも奴を探しに行きたいと望んでいるだろう。
だが、彼は円卓の騎士。本気であればある時こそ勝手な行動は許されてはいなかった。
特に今は、ハロウィン直前。
街の警護にいつも以上の警戒が求められている。
せめて月が替わるまでパーシはキャメロットを離れられない。
「奴の本拠は、別の冒険者に頼んだ依頼が戻れば、明らかになるだろう。もうキャメロットを出て戻っているかもしれないがその時は俺が、奴を倒しに出向く」
但し、もし奴がキャメロットにまだ残っていたら。
騎士達を使い、盗賊団の調査、捜索はしているが闇にまぎれられたら、このキャメロットで見つけるのは困難だ。
そしてかつてのようにヘンルーダを人質に取ったとしたら‥‥。
「嘘でしょ? どうしてお義父さまが‥‥」
今、ヘンルーダの様子は以前とはまったく違っている。
ろくに食事もしないで俯くばかり。時に自分の手を見つめて悲鳴を上げる事さえある。
‥‥どうやら戦士であると意気込んでいたが、実戦経験殆どなし。
人に刃を立てた事さえ初めてのようだ。
それ自体は別に困った事でも悪い事でもない。
ここから戦士として生きるにしても、普通の生活に戻るにしてもまだやり直しはいくらでも利く。
だが一番問題なのは、彼女が生気を完全に失っていること。
信じていたものに裏切られたと落ち込んでいることだ。
何故、父があんな事をしたのか。理由を直接聞きたいのに彼は一度も宿屋に戻ってきてはいない。
一緒に来た筈のキャラバンの者達もまるごと姿を消していた。
さらに‥‥
「‥‥なんで貴方が‥‥」
捕らえられた盗賊の中に、一緒に旅をしてきたキャラバンの仲間がいたことに彼女はショックを受けていた。
ヘンルーダも愚かな娘ではない。
事実の断片をつなぎ合わせて考える事はできる。
だが、それは今まで信じていたもの、全てを失うことだ。
だから、彼女は宿屋の部屋に閉じこもっていた。
フローと一緒に。殆ど食事もせずに今も。
「俺から、俺の真実を話すことはできる。だが、それだけでは意味が無い。あいつがあいつ自身で真実を受け入れる覚悟をしないうちに誰が何を言っても、意味が無いんだ」
だから、とパーシは冒険者に依頼する。
「ヘンルーダを頼む。あいつは前に進む為に俺と戦うと言ったと聞く。あいつが前に進めるように力を貸してやって欲しい」
そう言って彼は、家ではなく城に戻っていった。
「おかしいです! 武器は事前に改めた筈です!」
「ああ、パーシ卿を刺したこの武器。俺が渡したものと同じだが、違う‥‥」
「じゃあ、いつの間にすりかえられたんだ? まさか、あの混乱の最中?」
「俺が、この俺が奴の存在に気付かなかった。そんな事があるなんて‥‥。あるとすれば魔法を使ったか、それとも俺よりもはるかに上手の御行の技を持つもの‥‥」
冒険者達は依頼の後、残された事実の断片をすり合わせる。
「フローさんの鈴は、ウルグ様‥‥いえ、もう様を付けるべきではないのでしょうがが回収していかれたそうです」
「ベルさんの方はまだ、狙われているようですね。決闘の前も、今も鼠が張り付いている気配を時々感じますから‥‥」
「まだ鈴の事を諦めていないのか。それとも‥‥」
そんな相談を続ける冒険者の元に、二人がやってきたのはまだ日のあるうちのことだった。
「お父さんの手伝いをしたいの!」
真剣な顔のヴィアンカと同じくらい。いや、それ以上にベルの顔は真剣だった。
胸元に揺れる白い鈴。何故、そんなに表に出しているのだと聞くより早く
「私達にも手伝わせてもらえませんか? 盗賊退治。私が囮になります」
彼女はそう言ったのだ。
「何を言っているんですか? 身辺に気をつけるように。狙われたら危険だと言ったでしょう? ヴィアンカさん。貴方もです。貴方がパーシ卿と親子と知れたら‥‥」
冒険者の言葉にベルは決意の眼差しで首を横に振る。
「この鈴を狙う人がいるのは知っています。初めてでもありませんし。でも、私はあの時のヘンルーダさんと伯父様を見て、許せないと思ったんです。人の、何よりも大切な者を踏みにじるその盗賊の事が絶対に!」
ヴィアンカの方はさらに涙目だった。
「私は、ヘンルーダはキライ! お父さんを刺したんだもの。本当はお父さんがあんな目に合うのはもうイヤ‥‥。危ない目にあうのもイヤ。‥‥でも、お父さんは‥‥円卓の騎士だから‥‥。円卓の騎士が‥‥お父さんだから‥‥」
円卓の騎士は、イギリス最高の騎士。
ただ、その地位と引き換えに彼らの多くは少なくないものを常に犠牲にしている。
愛してくれていると解っていても‥‥。
「ヴィアンカさん‥‥」
「だから、せめて私もお父さんを守るの! だから早く悪い奴を捕まえて! 一生懸命手伝うから! お願い!」
パーシ・ヴァルからの依頼は『あの子達を頼む』
その依頼にある意味反するような彼女達の願いを、冒険者達は直ぐに断る事はできなかった。
●リプレイ本文
○光に紛れた闇
ハロウィン直前。明るい灯火と笑顔に溢れるキャメロットの街。
その中を真剣な眼差しで走る者がいる。
弓を握り締める手は強く、周囲に張り巡らせた警戒は楽しげな笑顔達にも揺るぐことは無い。
いくつかの路地を抜け、古ぼけたある一軒の小屋の前に立った冒険者達。
その中の一人が少し肩を落としながら扉を開けた。
音を立てて開く扉。
だが、室内には誰もそれに反応する者はいなかった。
「くそっ! 逃げられたか」
「一歩遅かったようね」
壁に拳を叩き付けるクオン・レイウイング(ea0714)にカノン・レイウイングは静かに告げた。
彼らは依頼に先駆け『鼠退治』をしていた。
ある少女達を狙う二本足の『鼠』を。
「ふむ、どうやら敵は隠れてはおらぬ。逃亡したと見るべきだろう」
オウ・ホーが目を開ける。
『鼠』を捕らえ尋問し、牢屋の捕虜にまで確認して足取りを追いかけてきたというのに。
あと一歩、及ばなかったとは。
初めて出会った時や、あの決闘の時も感じていた事だがこうして、奴の足取りを追ってきて余計に感じ解った事がある。
「ウルグ‥‥あの男は俺達の上をいっている‥‥恐ろしい奴だ」
技術的なこととか、能力的なものではない。
他者の行動の予測、事象の見通しなどが先んじているのだ。
思わず久しく感じた事の無い感覚が、彼を襲っていた。
「俺達は挑戦者ってわけか‥‥。いつの間にか自分の能力に自信過剰になっていた気もするしな」
だが、負けるつもりもなければ、負けるわけにもいかない。
「必ず、あの時の借りは返す。もうやつの半身は奪われている。あとは、少しずつ手足と目をもいで追い詰めていってやる。必ず!」
誓うようにクオンは無言の部屋に告げると踵を返していった。
「首領の名はウルグ。ソールズベリーで捕まえた盗賊団は確かにそう白状したわ。パーシ卿」
クァイ・エーフォメンス(eb7692)は仲間達に告げたことをもう一度、目の前の人物に直接報告した。
もう連絡は届き、報告書なども言っているはずだが改めて。
「‥‥そうか。ご苦労だったな」
円卓の騎士、パーシ・ヴァルから依頼を受けていた冒険者達がウィルトシャー地方を騒がせていた盗賊団の拠点を壊滅させたのはつい先ごろの事だ。
「拠点で退治、捕縛された盗賊は二十名前後、首領はいないとのことです」
「ほぼ半数の者を連れてキャメロットに来ているということまでは確認しました。これから改めて捕虜となった人達にお話を伺うつもりです」
「ああ、レイ・ファラン(ea5225)からの要請があったので許可しておいた。見張りに言えば面会できるだろう」
どこまで話を聞けるかは解りませんが‥‥。呟くシルヴィア・クロスロード(eb3671)の言葉にそうだな、と頷いてパーシ・ヴァルは執務を机の上に置いて立ち上がる。
「既に街の警備の者には手配をして発見次第、報告捕縛をと命じてはあるが、‥‥時期が悪い。変装をしている者をいちいち誰何できない」
冒険者マックス・アームストロング(ea6970)の提案に従って似顔絵を警備の者に持たせたりもしているが、芳しい成果は上がっていない。
「キャメロットを出てはいないようだがな」
いくつかの報告書を手に窓の外を見るパーシに
「あの‥‥僭越とは思うのですがちゃんとお休みになっていらっしゃいますか?」
気遣うようにシルヴィアは問いかけた。彼の返事が
「気にする必要は無い。怪我ももう治ったからな」
決して弱音を吐くもので無いと解っていても。だから
「‥‥ウルグや盗賊たちは毒を使うようです。どうかこれを。そしてお身体には気をつけて下さい」
せめてもの思いを込めて解毒剤とそして焼き菓子を差し出した。机の上を見て微かな微笑を浮かべた彼は解毒剤を押し返す。
「気持ちは確かに受け取った。だが薬はいい。この間は決闘だったから持ち歩かなかったが戦士たるもの薬の用意くらいは常にしてある」
「パーシ様‥‥」
「そっちは頼んだぞ。奴らは光の顔で闇に潜む。万が一にも一般人に被害は出せない」
焼き菓子の包みだけは受け取ってくれた事を、少しの心の支えにしてシルヴィアは一礼して部屋を出る。
部屋を出たとたん溜息が口から零れる。
「あの方は心配さえもさせてくれないのでしょうか‥‥ん?」
振り返りシルヴィアは目を瞬かせた。一緒に部屋にいた筈のクァイがいないことに気付いたのだ。
「クァイさん?」
数分待っても出てこない。
もう一度ノックをしなおして、と思った自分が閉めた扉が開いて‥‥やっと中から探し人が出てきた。
「クァイさん! どうしたんですか? 心配して‥‥」
「ゴメン。ちょっとパーシ卿と話をしてたの」
「判りました。もう直ぐファラン殿との待ち合わせの時間です。急ぎましょう」
促し、促され走っていく二人。急ぎ足で駆け出していく彼女らは気付かなかったし知らなかった。
それから数刻後。
「おい! これ預かった。それからちょっと、話がある」
フレイア・ヴォルフから預かった羊皮紙を肩にパーシの執務室にキット・ファゼータ(ea2307)が来ていたことを‥‥。
○伝える思い
教会には明るく楽しげな笑い声が響いている。
教会預かりの少女ベルとヴィアンカ。そしてやってきたお客達の声だ。
「うわ〜、ふわふわ♪」
「この子はシルファンと申しますの。イギリスでは少し珍しい犬種でしょうか」
「朧丸や、フローさんとも仲良くしてくれるといいんですけどね」
「うん! 絶っ太君とも! ね?」
犬を囲み笑いあう少女達。
通常、年頃の女の子が三人どころか五人揃っていれば静かにしていろというのは無理である。
大騒ぎして他人に迷惑をかける、というものでもないので司祭達は特に注意もしないで見守ってくれている。
それを少女達も冒険者達もちゃんと知っていた。
(「‥‥とりあえず、今は大丈夫のようですね」)
心の中で安堵の息を吐き出してリースフィア・エルスリード(eb2745)は仲間達に目配せをする。
「ベルさん、ヴィアンカさん」
「お二人とも。風がつめたくなってきたから中に入りましょうか?」
頷きあった藤宮深雪(ea2065)とセレナ・ザーン(ea9951)も少女達を促して部屋の中へと入っていく。
教会の中のさらに奥の部屋で、二人の少女と三人の冒険者達は向かい合っていた。
「とりあえず、周囲にいた鼠は消えたようですわ。クオンさん達の作戦が成功したようです」
「じゃあ、予定通りパーティできるね♪」
嬉しそうにヴィアンカはセレナの手に絡みつく。ベルも少しホッとした顔だ。
「これで、少しでも伯父様の役にたてるのですね」
だが、二人とは別にリースフィアの表情はまだ硬いまま。
「そんなに簡単な話ではありませんよ。敵は盗みのプロ、しかも人の命などどうにも思わない輩ですから」
リースフィアの言葉に冒険者もそして少女達も表情から甘い笑みが消える。
そして少女達をさらに追い詰めるようにリースフィアは言葉を繋いだのだった。
「お二人とも。依頼とあれば私達は可能な限りそれに沿うように動きます。けれど、それを依頼する貴方方に覚悟はありますか?」
「かくご‥‥?」
唾を飲みヴィアンカは呟く。ベルは無言のままだ。
「そう、覚悟です。囮をすることで危険が降りかかることに耐えられるか。次、その危険を乗り切る力が自身にあるのか‥‥」
「危険なんて平気だけど‥‥一人で乗り切れるかって言われたら‥‥」
ヴィアンカは口ごもる。彼女自身決して平坦な道を歩いてきたわけではないが、完全な孤独に身を置いた事は無い。いつも誰かが側にいた。
「囮自身に必ずしも必要ではないとはいえ、力が足りない者はそれだけ人に負担がかかります。そのせいで人が傷つくことに貴方方は耐えられますか?」
今度はヴィアンカからさえ返事は戻らない。自分自身のせいで大切な者が傷つく恐怖は身に染みている。
「ヴィアンカ様‥‥」
セレナは顔を伏せたヴィアンカの名前を噛み締めるように呼んだ。脳裏に浮かぶのはかつて彼女の事件に関わった父の話。
(「明るく振舞っていてもヴィアンカ様はまだ、自分を許せていないのかもしれない。騙され、人や愛する者を傷付けてきた自分自身を‥‥」)
「‥‥私は」
長い沈黙を破ったのはベルだった。
「私は、今まで守られるばかりでした。大切なものを守りたいと思ってもいつも、流されるばかりで、自分で守る事ができなかった‥‥」
だから、家を出てシスターの勉強を始めた。それでも、今、自分にはまだはっきりと『危険を乗り切るだけの力』が足りない事は解っている。
「でも、力が欲しいのは『今』なんです。十年後力を得ても今の伯父様を助けることはできない! 私達がやろうとしていることは、無意味なのでしょうか‥‥」
泣き出しそうな、でも涙を止めた瞳でリースフィアを見つめるベルに
「無意味ではありませんよ」
そう、リースフィアは答えた。
「えっ?」
「別にお二人の行動に反対しているわけでも、諌めているわけでもありません。私達は貴方達の思いに賛同し力になりたいと思ってきた者ですから。ただ、確かめたかっただけです」
彼女が浮かべる表情はさっきまでとは正反対の優しいものだ。
「しばらく待ったところで、とはいえ必要なときに力が足りないことはどうしてもある。自分の思い描く理想の自分になれるものなどそう多くはありませんから。ですからそのときには今回のように遠慮なく誰かを頼ればいいんです、その分は自分に出来ることを全力で行い、いつか力をつけてから誰かに返せば。人の世はそうして回っているのだと思いますよ」
リースフィアの言葉は少女達ではなく、冒険者にも、そして自分自身にも染みていく。
「日々是精進。遠い国の言葉です。人に偉そうに言える立場ではないことですが、頑張りましょう。今回の件も、そして、これからも‥‥」
そして彼女は笑う。二人の依頼人と同じ少女の笑みで。
「ありがとうございます!」
「では、細かい作戦を詰めていきましょう。計画は慎重が必要ですから」
「はい!」
明るく、前向きな作戦相談は、ドレス選びも加わって夜遅くまで続いていた。
少女達には前向きな笑顔が良く似合う。
「まったく、行動力抜群の娘っ子達め。放っておくと勝手にいろいろやらかすだろうからなあ」
小さな苦情。だが閃我絶狼(ea3991)の呟きには悩み以上の慈しみがある。
教会の護衛は特に心配が無いだろうと思って彼はパーシの館にやってきていた。
会場の準備は屋敷の使用人達がほぼ整えてくれている。
周囲の安全確認もレイ達が自らやっているので進んでいるだろう。
だが、一つだけ前に進んでいないことがある。屋敷の一室で今も閉じこもる少女の心。
彼女にも笑顔が似合う筈だが、ここ暫く絶狼はその顔を見ていない。
「まあ、今回は俺の役目じゃないわな」
肩を竦め見上げた窓から目を離す。自分は彼女の説得には向いていない。ならば自分のできることをして待つだけだ。
彼女の側には今、おそらくそれにもっとも相応しい人物が行っているのだから。
部屋の前に置かれた食事は冷え切って手が付けられた痕跡は無い。
「ヘンルーダ殿。まだ何も食べないのか?」
ノックをして片手でドアを開ける七神蒼汰(ea7244)は締め切られた部屋の片隅で膝を抱えるヘンルーダに声をかける。
返事は無い。
「フローさんも‥‥食べていらっしゃらないようですね」
室内に置かれたままの犬の餌皿を見てワケギ・ハルハラ(ea9957)も溜息をつく。
犬はヘンルーダの側で冒険者を見つめ、小さな声を上げた。
「クゥイ〜ン」
けれどもヘンルーダの側から動こうとしない。まったく日の入らないくらい部屋に目が慣れてきた頃
「なになに? 蒼汰の彼女ー?」
いきなり妙に明るい声が響いた。蒼汰の肩にしがみついていたアルディス・エルレイルだ。
彼としてはいつもの冗談のつもりだったのだろうが、ツッコミを入れる余裕は場の誰にも無かった。
「!」
無言で彼の襟元を掴んで蒼汰は窓辺に近づいていく。
木戸を開き窓を開けた。差し込む光が部屋を明るい太陽の光に染める。
そして‥‥ぽいっ!
「わわわっ ごめんっ」
外に捨てたシフールを振り返ることも無く蒼汰はヘンルーダに近寄るとその側に膝を追った。
「少しは食べないと、立ち上がれなくなるぞ」
「‥‥食べたくない。ほっといて‥‥」
何度声をかけても同じ調子。だが、いつまでもこのまま放っておくことなどなどできない。
無言で横に座ると蒼汰はヘンルーダの顔を手である方向へと向けさせた。
そこにいるのは犬のフロー。弱りきった身体をワケギに支えられているが、それでも目線はヘンルーダの方を見つめている。
「お前さんが食べないとフローも食べないと思うぞ」
「‥‥あっ‥‥」
自分の事しか考えられず周囲にまったく思考が及ばなかった少女はこの時初めて、自分の頬に触れた手に外界を、目に映った犬に他者の存在を思い出した。
「それに空腹じゃあ碌な事考えないものだし。一人ならなおさらな」
「フローさんは、貴方が食べるなら自分も食べると言っています。‥‥おなかすいているそうですよ。一緒に食事にしませんか?」
フローの身体を撫でながらワケギが微笑む。少し考えて
「‥‥うん‥‥」
ヘンルーダは身体を少し起こした。蒼汰が差し出したスープの皿を受け取りそっと口に運ぶ。
「美味しい‥‥」
気を使ったのだろうか。柔らかく煮た野菜スープ。その優しい味が身体にゆっくりと染み込んでいく。
彼女がものを食べる。それを見届けたように犬の方もワケギの手から肉を舐め始めた。
静かな食事。それを二人は無言でそっと見つめていた。
食事が終わりかけた頃だろうか。
「!」
部屋の外から聞こえてきた竪琴の音に冒険者達は皆、ほぼ同時に気がついた。
「この曲は‥‥」
ヘンルーダは肩を震わせる。別段、技巧が必要な曲ではない。イギリスのごくありふれた子守唄だ。
「僕も子供の頃歌ってもらった事がありますね。確か、こんな曲でしたか‥‥」
ワケギはフローを膝に乗せたまま深呼吸して歌い始める。もう一つ声が唱和して男性二部合唱が部屋に響いていく。
「これは‥‥兄様の‥‥」
口元を押えるヘンルーダ。その顔は、手は何かを思い出すように震えている。
「そうか。ヘンルーダ殿の兄上は、妹の為に子守唄を歌う優しい人だったんだな」
揺れる肩にそっと手を添え蒼汰は告げる。
「俺にも大事な妹が居る、双子のだけど。タイプは全く違うのに時々妹が重なる‥‥それくらい大事に思えるお前さんの悲しい顔は、見たくないな‥‥俺のこんな気持ちは、迷惑かも知れんが‥‥、きっと彼も同じ気持ちだと思う。妹を思う気持ちはきっと‥‥」
返事は返らない。
代わりに落ちる涙の一滴。
「コレまでの殆どを失ったんだとしても、得たモノもあるだろ? 何より失ったと思ってた大切なモノ、一部だけとは言え取り戻せたんじゃないのか?」
それをそっと手で拭って蒼汰は続けた。
「一人で色々心の内に抱えてるだけじゃ辛いだろ。愚痴でも文句でも、何でも全部受け止めてやるから話してみな? でも多少のアドバイスは出来るかも知れんが、最終的に決めるのはお前さん自身だ。そしてお前さんが決めた事なら、俺はそれを全力でサポートするよ‥‥」
「世間には嘘も真実も満ち溢れていています。その中で何が大切か? 何を信じるか? が重要です。でも貴方は一人じゃありません。フローさんも、パーシさんも、そして僕達も一緒なんです」
ワケギが歌に込めたメロディーの魔法が効いたのかどうかは解らない。
だが‥‥。
「おい! 大丈夫か」
震える足でヘンルーダは立ち上がった。ずっと篭りきりで筋肉の落ちた足は急な運動で揺れるが、それを蒼汰とフローは両脇から支えた。
「大丈夫。もう、平気よ‥‥」
「ヘンルーダ‥‥」「ヘンルーダさん」
「私、お義父様を探して、真実を確かめる。パールとも会って話を聞くわ。そしてもし、間違っていたと言うのならちゃんと謝って‥‥前に進むの。自分の足で‥‥」
言葉通り立ち上がった彼女は震える足で一歩を前に踏み出す。
それに蒼汰もワケギも誰も、手を貸さなかった。
ただ、眩しそうに彼女を、その笑顔を見つめていた。
○おびき出された者
円卓の騎士の館の庭。その庭で一日早いハロウィンパーティが開かれていた。
「えーと‥‥とりくくおーあとりんとん、だったか?」
本当にうろ覚えの絶狼に少女達もくすくすと笑う。
足元でマントに帽子を被った狼さえも。
魔法少女に、お化けに蝙蝠、プリンセス。騎士に吟遊詩人。
知らないものが見れば、本当に和やかな仮装パーティだ。
「とりっく、おあ‥‥結婚、オメデ‥‥とんである」
まるで葬式前のような顔で、着ぐるみ変装達人葉霧幻蔵の傑作が台無しのオーガはさておき。
「いいですか?決して単独行動しない事、異変が起きたら冒険者の側から離れない事。相手を捕まえるのも大事だけど、お二人に何かあったら敵の目的が達せられてしまうのです」
今日の主役であるところの少女達に言い聞かせるように深雪は何度目かの注意を告げた。
「うん! 解った」「解っています」
ヴィアンカとベル。二人の少女達は真っ直ぐに頷いた。
そう、ここは敵をおびき出す為の囮パーティ。周囲にはパーシがマックスのアドバイスを受け手配した兵もいるし、参加者は使用人を除き、ほぼ冒険者。
「何かあったら俺を呼べ。ほら、これ貸してやるから」
まだ小さなヴィアンカの頭に紐を通して首から呼子笛をキットはかけさせた。
「親父の替わりに俺がお前を守ってやる。全力でだ」
「うん!!」
一欠けらの不安も無いという眼差しで少女は少年を見つめている。
(「ま、正直な話、本当に奴らが来るかどうかは半々だと思うけどな‥‥」)
キットは口に出さない思いを持っていた。奴らも愚かでは無いだろう。冒険者が警備をしていることくらい気付いている筈だ。このパーティも怪しいと思い近づいてこない可能性もある。
(「邸での冒険者の姿に敵が警戒されていると襲撃を見送るなら良し、油断してくるならそれ相応の歓迎をしてやるだけだ!」)
「‥‥お兄ちゃん?」
「ん? どうした?」
キットは急に感じた感覚に下を向いた。マントが引っ張られている。引っ張っているのはヴィアンカ。そしてその視線の先には‥‥
「ああ‥‥」
魔女の服装をしたヘンルーダと使い魔の犬。そしてレイスのように布を被った蒼汰がいた。
クァイやワケギも側に控えているが、ヴィアンカが見ているのはヘンルーダだけだ。
ヘンルーダ自身もまだ気持ちの整理がついていないのだろう。ヴィアンカの姿を見て背中を向ける。その背に向けて
「待ちなさいよ!」
ヴィアンカは厳しい言葉をぶつけた。
「お父さんを刺しておいて、なんの言葉も無しなの」
「‥‥今は、まだ何も言うことは無いわ。全てを確かめたその時に‥‥」
「何よ! その言い草!」
今にも飛び掛らんばかりのヴィアンカを、セレナとキットは後方から羽交い絞めに似た形で止める。
じたばたと足が空で踊る。
「離してよ! あいつのこと私許せない」
「ヴィアンカ様、まだ彼女は気持ちの整理がついていないのです。彼女の心は後悔でいっぱいの筈ですわ。‥‥お判りでしょう?」
「判るけど‥‥でも‥‥」
口ごもるヴィアンカを下ろしキットはそっと頭を撫でる。
「前に言ったな。悪いことをしたら謝るんだって。お前はちゃんと謝って、許された。だから今があるだろう? でも、謝るのは勇気がいる事だ。時間もいる。だから、もう少し待ってやれ。そして‥‥謝ってきたら許してやるんだ」
「‥‥うん」
小さく、本当に小さく頷いた少女の頭をわしわしと撫でてキットはセレナに目配せして足をヘンルーダの方に向ける。そこには既に先客がいた。
「ありがとうございます。ヘンルーダさん」
「な、なによ‥‥。お礼を言われるようなこと、してないわよ」
いきなり頭を下げたシルヴィアにヘンルーダは瞬きする。静かに笑ってシルヴィアは首を振る。
「いいえ、貴方はパーシ様を許してくれました。手は刺したかもしれませんが、心は刺さずに許しました。許す事は復讐よりもずっと難しくて、でも一番大切なことです」
「私は、まだ‥‥」
「許していないと、いうのですか? そうではないと私は思います。貴方が人を傷付ける怖さを知る人でよかった。大切なのは次を起こさない事ですよ」
それ以上は言わず、聞かずシルヴィアは去っていく。
「‥‥私は‥‥」
返事の言葉を言えず探すヘンルーダに、キットはもう言う事は無いと思った。
ただ、一言だけ
「お前は何もしなくていい。ただ逃げずに見届けろ。最後まで」
そう残してヴィアンカの方へと戻っていく。
「ヘンルーダ殿‥‥」
パーシを大切に思う者達の一言、一言を、ヘンルーダは噛み締めるように胸の中に含み考えていた。
「キャアア!!」
パーティ会場に悲鳴が上がるまで。
「くそっ! しくじった」
悔しげにクオンは唇を噛んだ。身体に走る痛みが自分のミスを告げる。
動き出した襲撃者が眼下に見える。だがそれを迎え撃つのに一手手が遅れた。
理由は柄にもなく頼った魔法である。
ムーンアローで襲撃者の居場所を探ろうと思った結果、魔法の矢は違わず自分を射抜いた。
それも二度。近くに目標者がいない場合、またはそれが複数の場合、自分に効果が跳ね返る事を知らなかったのだ。
庭はすでに混乱している。襲撃者は十人に満たないほど。的確に対処すればまだ十分に撃退できる。
白い煙のようなものも見えるが、敵を見誤る事は無い。
「あの時とは違う! 違うんだ!」
引き絞る矢は仲間の窮地を救う為彼の思いを乗せて飛んだ。
シュン! 微かな音を立てて天上から下った矢は狙い違わず男の眉間に吸い込まれる。
目の前の敵が倒れたのを確かめてレイは微かに目線を上に上げて微笑んだ。
手の武器には双海一刃が施してくれた飾りがまだ残っている。
「よし! 一気に決めるぞ」
襲撃してきた敵の数はもう目に見えて減っている。混乱の為に放たれた火はワケギの魔法でもう殆ど消えているし目標である少女達は、冒険者の完全なガードで固められている。
そして襲撃者の実力もそう大したことはない。切り結んでレイはそれを感じていた。
敵の狙いは銀の乙女ベルの持つ鈴。彼らの全員はそれに向けてやってきていた。
だから、ベルに向かって固められた警護に殆ど弾かれて既にその半数以上が地に付している。
一度だけ届きかけた手もリュートベイルとホーリーフィールドに阻まれているうちにはりぼて金棒、ではなくその下の木剣に叩き潰されていた。
「よし! これで全てであるな!」
最後の一人を文字通り叩き潰したマックスは周囲を見回し、ホッと息をつく。
パーティ会場は荒れてしまったが、まあ、それは後で家令とパーシに謝ればよい。
「ウルグは来なかったのであるな。警備を警戒したのであろうか‥‥」
マックスの呟きに
「でも、警備を警戒したんならなんでわざわざ襲撃してきたんだ?」
絶狼の脳裏に疑問が過ぎる。
「待て! ‥‥一人、二人‥‥くそっ! そうか!!」
倒した敵の数を数えて気付いたようにレイは声を上げた。
「どうしたんだ?」
「まさか!」
同時に気付いたのだろう。男達の顔が青ざめる。
「この間残党に問い詰めた時、聞いた残りの人数は十名弱。そして‥‥ここにいるのは六人」
「まさか‥‥こいつらは囮?」
「しまった! どっちだ!」
「追うぞ! 深雪、リースフィア、ワケギ、シルヴィア! こっちは頼む!」
「相手はデビルに魂を売っているかも知れません。気をつけて!!」
駆け出していく男達を見送らず、動き出す仲間とは別にリースフィアは空を見つめていた。
「貴方の好みの展開、というところですか‥‥。でも思う通りにはさせません。絶対に」
幻かもしれない。
けれど屋敷の屋根の上、一番高いところからこちらを見下ろしているように見えたあの影をいつまでも‥‥。
少しでも早く安全な所へ。
人目を避け、路地を走る冒険者達。
だが彼らは気付かなかった。思わなかった。
警備も付き仲間達もいる。ある意味一番安全な所から逃げ出す必要があったのかと。それを
シュン!
微かな矢音が知らせるまで。
○崩れ落ちた思い
「何?」
盾を地面に落とし走る。
「危ない!」
「ワン!」
周囲への感知に優れた蒼汰と一匹が先に反応し撃たれたのだ。襲撃者に。
「‥‥くそっ! 油断したつもりは‥‥無かっ‥‥」
「大丈夫ですか?」
「蒼汰! フロー! ‥‥えっ!」
駆け寄ったクァイは、大急ぎでバックパックからポーションと解毒剤を取り出す。
足を射抜かれただけのフローと違いヘンルーダを庇って肩を撃たれた蒼汰の顔は見る見る青ざめていく。
この場では危険とは解っていても動かす事はできない。
蒼汰の肩から矢を抜こうとし‥‥
「くっ!」
クァイは自分も苦痛に声を上げた。
狙い済まされた第三矢がクァイの足を射抜いたのだ。
手持ちのポーションは二つ。幸い自分の矢には毒は塗られていないようだ。
そう判断して彼女は二つのポーションを自分ではなく、フローと蒼汰へと渡し飲ませた。
「うっ‥‥」
微かな目眩と共に意識を覚醒させる蒼汰。
彼がその目で最初に見たものは、自分の前に立ちふさがるようなヘンルーダの背。
そして最初に聞いたのは
「‥‥お義父様‥‥」
少女の声と
「どちらにするか迷ったが、こちらで正解だったな。容易く手に入りそうだ。‥‥戻れ、ヘンルーダ。私の元へ」
そう告げる冷酷な死神の声だった。
「イヤ! どうしてお義父様はこんなことをするの? 私に矢を射掛けて。ううん! この間のパーシとの決闘でのこともそう! おかしいわ! 今までのお義父様じゃない! どうして!」
まだ信じられないと言うように少女は目の前の存在に詰問する。
「今までが本当の姿ではなかっただけだ。お前のみが知らなかったこれが、我々の本当の姿だ‥‥」
我々、と彼は言った。その言葉通り周囲にいくつかの気配を感じる。
数は少ないが、正直、パーティ会場を襲撃してきた者とは桁の違う力のある殺気だ。
「‥‥お前たちは我らをおびき出そうとしたようだが、おびき出されたのはそちらだということだ。待ち構えているところに飛び込んでいくほど我々は愚かではない」
冒険者をあざ笑うように彼はウルグは告げる。
「じゃあ、本当に‥‥」
「そうだ。我々は盗賊。『死の十字』と呼ぶ者もいるようだな」
「そんな‥‥」
ヘンルーダの体から力の全てが抜けるように消えていく。崩れ落ちる。それを
「ヘンルーダ!」
必死の力で身体を動かして蒼汰は支えた。
そして
「貴様!」
もう隠す必要も無くなった脇差を抜き払い、地面を蹴り一気に切りかかった。
だが
「な‥‥に?」
かわされた渾身の攻撃。崩れた体勢を横から現れた剣士が大剣で袈裟懸けにする。
「あっ」
急所を避けるのが精一杯。そのまま蒼汰は地面に崩れ落ちた。
「きゃああ!! 蒼汰!」
力を失っていたヘンルーダは蒼汰が倒れ崩れる音に正気を取り戻し、必死の顔で側に寄る。
「来い。ヘンルーダ、そいつを死なせたくなければ」
マントで蒼汰の血止めをするヘンルーダにウルグの冷酷な声が降る。
「イヤ! 盗賊の所になんか戻らない。私は正義の騎士だったアルバ兄様の妹なんだから! お義父様ももう止めて!」
「正義など無力なものだ。アルバを殺したのは私なのだから」
「えっ?」
「‥‥ヘンル‥‥ダ」
蒼汰は必死で手を伸ばす。だがヘンルーダの心はすでに崩壊寸前だった。
今まで信じていたものが全て音を立てて崩れていく。
「十二年前、お前を我々は誘拐しアルバを倒す計画を立てた。それはあの小僧のせいで邪魔をされた。アルバの命は何とか奪ったものの盗賊団としての全ては失われてしまったのだ」
「私を‥‥じゃあ、お兄様は‥‥お義父様は」
「私がお前を手に入れたのは復讐の為だ。私から全てを奪ったアルバの全てを奪う。その為だけに私は生きてきたのだ‥‥」
「そんな‥‥そんな‥‥私を、愛していると‥‥言ったのは‥‥」
懸命に否定したくて首を振る。逃げるなと言われたが無理だ。
「ヘンルーダ。お前の役目はまだ終わっていない。小僧に復讐を。その為のお前は大事な駒だ」
「うそ‥‥、う‥‥!」
やがて無抵抗なままヘンルーダはウルグの側の戦士に当て身を入れられ完全に意識を消失させる。
「冒険者。小僧に伝えろ。今から二週間後。かつての場所で待っている。鈴を持って一人で、あの時のアルバと同じように来いと、さもなくばヘンルーダの命は無いと‥‥」
その為に留めはささないでおいてやると、彼の瞳は言っている。
「拠点壊滅の報は受けている。十二年前と同じ。だが、同じ轍は踏まぬ。パーシ・ヴァルを倒して胸に湧く復讐の炎を消して、我々は真に蘇るのだ!」
クァイは唇を噛んだ。
ポーションは使い切ってしまった。自分の足は動かしたいのに先に進まない。
どうしたらいいのか‥‥と。
もしこの体が動けば、あいつを逃がしなどしないのに。
あと一つでもポーションを持っていれば、あと一人でも仲間と共にいれば‥‥。
いや。仲間を信じて脱出せずにあの屋敷に留まっていれば‥‥。
「一人で来いと伝えるのだ。‥‥命が惜しかったら‥‥な」
遠ざかっていく敵。それと入れ違うように足音が聞こえる。
「おい! 大丈夫か?」「しっかりしろ!」
蒼汰もクァイも最後まで消えていくウルグの背から視線を離す事はしなかったし、できなかった。
‥‥流れる血にその意識が奪われるまで。
ハロウィンの喧騒に紛れたのだろうか。
ウルグと盗賊団の残党は祭りの夜明け、完全にキャメロットから姿を消していた。
ヘンルーダと共に‥‥。