●リプレイ本文
○見えない『敵』
冒険者達は走っていた。
ある者は馬で、ある者は駿馬を駆り
「ちょっと急ぎすぎじゃないか? 無理するんじゃないよ。フリード!」
一番先を走る少年にフレイア・ヴォルフ(ea6557)は諌めるように声をかけた。だが、少年は走る足を止めようとはしない。
「僕は大丈夫です。一刻も早く助け出さないとエリュが‥‥」
手を握り締めながらも前だけを見つめる少年フリード。その背中から伸びた手が
ひょいっ。
フリードを軽く抱き止め持ち上げた。
「わあっ!」
「軽いな。フリード。ちゃんと食べてるのか?」
何事かと、冒険者達も足を止める。
見ればフリードがまるで高い高いされるような形で宙に浮かんでいた。
バタバタと、フリードの足が宙を泳ぐ。
「ギリアムさん! 離して下さい。ちょっと‥‥一体」
言われてもギリアム・バルセイド(ea3245)はまだフリードを離してはくれない。
「無理は禁物だ。まだそのリルに借りた草履にだって慣れてないだろう? いくら魔法の靴だってまるで疲れない訳じゃないんだぞ。ホントは俺のをやるつもりだったんだが、うっかり一個しか持ってこなかったからな。まあ、それはどうでもいい」
言われフリードは少し首を下げた。動きも止まる。
「お前の気持ちは解る。でも、無理はするな。皆も心配するし、かえって迷惑がかかることもある」
「‥‥あっ」
さらに俯いた。自分のしでかした事がどれほど他人に迷惑をかけたか、彼は誰に言われるよりもはっきりと自覚しているようだ。
「おい、皆。少し休憩しよう。どう急いでも到着は明日の朝だ。少し休憩するのも悪くないと思うが‥‥」
「あたしも賛成。ちょっと打ち合わせたいこともあるんだよ」
「そうだな」
ギリアムとフレイアの言葉にリ・ル(ea3888)は頷いた。仲間達を振り向く。
冒険者の多くは魔法の靴でさしたる疲れも感じてはいないが、ペット達や馬はそうもいくまい。
本当は一瞬でも早く着きたいが‥‥出来る限りの事をする為にも‥‥。
「じゃあ、今夜はここで野営しよう。急く気持ちは解るが先行してくれた奴らがきっとできることはしてくれている筈だからな」
頷いて冒険者達は野営の準備を始める。
「ほら! フリード。狩りをするよ。なんか獲ってみんなに振舞うんだからね」
ここでやっと下ろされたフリードの額を、フレイアはピンと弾いて微笑んだ。
「美味しいの獲ってきてね〜。料理はしてあげるから〜」
「いってらっしゃい。‥‥簡単なものでもいいですから、料理を教えて頂けないでしょうか? ダメなら見てるだけでも‥‥」
手を振るティズ・ティン(ea7694)とシルヴィア・クロスロード(eb3671)の微笑を受け‥‥
「はい!」
フリードは先を行くフレイアの後を、弓と矢を強く握り締めて追いかけた。
食事を終え火を囲んだ冒険者達が全員揃うのを待っていたように
「なあ、フリード。エリュって子にどんな印象を受けた?」
ギリアムはフリードに問うた。フリードは少し考えて
「うん。最初に村に来た時は‥‥辛そうでした。お父さんと一緒だった筈だけど、凄く痩せてて苦しそうで‥‥村のおばさんが服をあげようとしたらそれを、エリュのお父さんがビリビリに破いたことがあったって‥‥」
元々、遠い親戚にお金を借りに来ただけだったという親子はその事件の直後村からまた姿を消してしまった。
「僕らも心配だったけど、子供で村から出るなんて考える事もなくて‥‥、だから、再会した時は嬉しかったんです。本当に!」
「嬉しかった、ですか?」
今まで考えるように沈黙していたセレナ・ザーン(ea9951)がフリードに問う。フリードは頷いた。
「はい。僕が出会った時のエリュ。変わらず男の子の姿でしたけど、少なくとも笑っていたし、あの頃に比べると元気そうで、健康そうに見えました。ちゃんと食べさせてもらってるんだ、って、そう‥‥」
(「つまりは、最初に出会った時はそう思えないほど痩せていたってこと‥‥」)
冒険者達は心の中、異口同音でそう思った。どうやら父親との旅は彼女にとって幸せなものではなかったようだ。
そして少なくともその時より元気そうだった、ということは‥‥。
「父親じゃない誰か、大人が面倒を見てるってことだな」
「そうなるのだわ。しかも悪い大人なのだわ!」
「えっ? お父さんが心を入れ替えたってことは考えられないんですか?」
人を信じる真っ直ぐな瞳。それを受け止めつつヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)は諭すように言った。
「エリュちゃんはお父さんはいないと言っていたし、ちゃんとした大人が一緒ならエリュちゃんを放っておいたり悪いことをさせたりするわけないのだわ」
「それに、デビルはお前達、と言った。コカトリスとエリュ、とも聞けるがおそらくは‥‥」
誰か彼女を利用する人物がいるのかもしれない。
(「それに‥‥もう一つ‥‥」)
デビルの言葉に気になる事はある。だが、それはまだ言葉にならない予感だ。
それも、先行組やキャメロットに残った桜庭紫苑やジャンヌ・シェールが調べてくれているだろうが‥‥。
「いいかい? フリード。説得は勿論あたし達もする。けどね、遺跡に一緒に入って説得するつもりならいつ戦闘になってもいいように意識を持っておくんだ」
「私もリッリが倒されたらつらいけど、だからって悪い事はダメだね」
「えっ? フレイアさん! ティズさん、それはまさか!」
「落ち着いて下さい。フリードさん。彼女と戦うということではありませんよ。むしろ彼女を守るということです」
フリードの肩に手を置き静かにシルヴィアは告げた。
「そうだ。お前には大事な仕事がある。彼女を救うという役目がな」
ギリアムもフリードに向けて指を立てた。冒険者達もそれぞれに笑みを浮かべ頷いた。
「皆さん‥‥」
「俺達は彼女を助けたいと思ってる。その為に全力を尽くすんだ」
「はい!」
「でも、全力を尽くす事と無謀は違う。前にですぎるんじゃないよ。いいかい‥‥、レンジャーの戦い方ってのはね‥‥」
フリードに注意を与えるフレイア。
その姿を微笑ましく見守りながら冒険者はまだ見ぬ『敵』の事、そして先に向かった敵の事を考えていた。
○動き出した策謀
ある場所から出てきた二人は同時に小さくない溜息をついた。
「予定が少し狂いましたね。シェリルさん」
「どうしようかしたらいいかしら? リースフィアちゃん」
リースフィア・エルスリード(eb2745)とシェリル・オレアリス(eb4803)二人の背後にはうっすらと雪を被った墓地があった。
「確かに、墓を暴き埋葬されている遺体を掘り出すというのは覚悟がいるわね。同じ神に仕えるものとしてそれは解っていたつもりだけれども‥‥」
地上組である仲間達から先行する事一日。
村に着いた冒険者達はあることを試みようとしていた。
だがその最初の一手は失敗に終わる。バラバラになった最初の犠牲者たち。彼らの石像への調査はもう埋葬が済んでいる事を理由に拒絶された。
「前にもお話したとおり、やはりオルウェンさんが怪しいと思うのです。彼女は誰かに操られていると思います。元は気が弱く優しい子であると聞きますから‥‥」
リースフィアはシェリルに事件のあらまし、そして旧知の仲であり少女の知人でもある人物から聞いた事を話した。
「元は優しかったお父さんは、妻と息子、つまり彼女のお母さんとお兄さんを失った事で自暴自棄になってしまったようですね。家や財産を失い酒に溺れて少女を連れて村を出て‥‥」
そこからはもうお決まりの転落コースだ。
転がる石のように転落していった父親を少女は懸命に止めようとしたようだが‥‥。
『いくつも顔に痣を作っていて、可愛そうな程だったの。私達も止めようとしたけどお父さんは聞き入れなかったし、彼女もお父さんに着いて行く事を望んで‥‥』
そうして村を出て行った少女がエリシュナ、あのエリュだとすれば、
父親を失い‥‥孤独に打ちひしがれていた彼女を救った誰かがいたとすれば‥‥、
「確かに人は絶望の縁で差し伸べられた手を掴んでしまうものです。例えそれが悪魔の手であろうとも‥‥」
そんな事例は何度も見てきた。リースフィアは手を握り締める。
「もう‥‥そんな事は繰り返したくは無いのです」
唇を噛み締めるリースフィアにシェリルは優しく微笑んで、頷いた。
「私も同意見よ。とにかく、できるかぎりの事はしてみましょう。後は‥‥そうまだ壊されていない石像があったわよね」
「ええ。あの石像は領主館に運び込んだ筈ですから」
首筋に軽く手を当てリースフィアは強い瞳を前に向ける。
遠い誰かを睨むように。
二人の女達が思いも寄らぬ空振りに溜息をついていたころ、こちらでも冒険者二人、それも男達が溜息をついていた。
「厄介な事になったな‥‥」
「確かに。困ったものである。事情を知らなかったとはいえ‥‥」
領主館の前で到着するであろう仲間を待っていた二人。それを一番最初に見つけたのは目のいいヴァンアーブルだった。
「どうしたんだわ? 一体?」
仲間達が閃我絶狼(ea3991)とマックス・アームストロング(ea6970)。二人に気付く頃にはヴァンアーブルは彼らが浮かべている表情にも気付いていた。困ったような顔?
「何か、あったのだわ?」
肩に乗るヴァンアーブルに絶狼は顔をしかめて話し出す。
「いや、実はな‥‥困った事になっているんだよ。ジュディスがな‥‥」
「オルウェンに今回の事件の仲介役を頼んでしまっているようなのである。簡単に言ってしまえば領主補佐というか、村長代理というかの役職を与えて」
マックスの話に冒険者達は思わず声を上げた。
「なんだってえ?!」
事は少し前に遡る。
先行していたマックス達は、リースフィア達と共に仲間到着まで情報収集に動いていた。
「オルウェン坊やの事かい?」
「坊や? オルウェン‥‥殿の事をご夫人はご存知なのであるか?」
村の古老の一人に、マックスは言葉を選びながら問いかけた。
オルウェンが怪しいとは、とても言えない。
今、人々は新しい村人達も、元からの者達も皆、オルウェンを信じているから。
「お互いに憎み合うのは止めましょう。村を騒がせていた事件は、冒険者の皆さんが解決してくれるでしょう。領主様も我々を迎えてくれると約束してくれました。苦しい日々は春の訪れと共に終わる筈。あと少しの辛抱です」
新しい村人にはそう言って忍耐を説き、古き村人達には
「我々の仲間が皆さんにご迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます。ですが、我々は決して皆さんの生活を脅かすような事は致しません。共に力を合わせ、村を発展させようではありませんか!」
と希望を語る。
冒険者の事さえ利用した単純な手口ではあるが、効果は十分で人々は頼りない領主ジュディスよりもオルウェンを信用さえし初めていたのだ。
「元々あの子は賢くて優しい子だったからねえ。妹思いで‥‥。妹を喪って縁者を頼って村を出たとは聞いていたけど、あんなに立派になって戻って来てくれたのは嬉しいねえ〜」
目を細めた老婆にマックスは真剣な顔で問う。発端となった彼らが村を出たの時期はもう十年近く前の事。
彼女はその頃を良く知り、そして語ってくれた大切な生き証人なのだ。
「妹を? では‥‥ご夫人、エリシュナという名にご記憶は?」
「コカトリスを使った殺人事件の犯人だってねえ〜。そう言うことをする子じゃなかったけど‥‥あの子が村を怨みに思うのは‥‥仕方ないかもしれないねえ? 何せあの子の母親と兄が死んだのはある意味この村の者達のせいだから‥‥」
「それはどういう‥‥?」
村の恥ずべき過去、と言い置いて老婆は語った。
昔、流行病が村に発生した時の事。
大人も、子供も熱で苦しみ多くの者が死んだ中、僅かな薬は村の金持ちから順に回されて行く。
僅かな土地しか持たないエリシュナ家族、母子家庭だったオルウェン達は最後も、最後だった。
『頼む! どうか薬を回してくれ! 畑も家も全てやるから!』
『ネリを助けて下さい。お金なら全て差し上げます!』
だがエリシュナの父、そしてオルウェン母子の声が届いた時にはもう‥‥遅かった。
息子と看病疲れで病が移ってしまった妻、そして最愛の妹を彼らはもう意味の無くなった薬を握り締めて見送る事になってしまったのだ。
「薬が間に合い助かったエリシュナはまだ良かっただろうさ。けどオルウェンのところは薬と引き換えに旦那が遺してくれた僅かな財産も失っていた。ネリを埋葬して後、親戚を頼ると二人出て行った。エリシュナ達も、冬を越してすぐにね。ジュディスとも仲が良くてサヨナラも言えなかったと泣いてたっけねえ」
「お伺いしたい」
マックスはそう老婆に言った。
「今回の石化殺人事件の被害者達。彼らはひょっとして薬を抱え込み高く売りつけようとしたり、村を出た者達の家などをいなくなったと判断して奪い取った、ということはないであろうか?」
「あの頃は、村が一番酷かった時期。そうするしか‥‥生きていけなかったのさ」
それは、主語の無い肯定だった。
「あの頃村を出た者達はその苦しみを知っている。だからオルウェンに期待をかけるのだろうさ。今いる村人は逆だね。子供達を除いてはみんな罪悪感を持っている。だからオルウェンに怯え彼が、復讐にその力を振るわないのを願っているのさ」
なるほど。マックスは納得したように頷いた。
エリシュナとオルウェン。そのような境遇同士であれば面識や接点があってもおかしくはない。
そして復讐を願うようになっても‥‥。
「でもまあ、そんな思いに捕らわれてるのはきっとエリシュナだけだろうさ。あの子さえ捕まれば後の心配は無いと思うよ。領主様から村長代理のような役目を与えられたっていうけど相変わらず両方の村人の為に一生懸命だしね」
「ちょ、ちょっと待つのである! 村長代理? 誰が?」
慌てた顔でマックスは老婆の胸元に詰め寄る。
「誰ってオルウェンさ。あんたらに依頼を出しに行ったんだろ? 聞かなかったのかい? 懐かしい友人が戻ってきてくれたってジュディス喜んでたし」
しまった! マックスは唇を噛んで走り出した。
言っておくべきだったかもしれない。オルウェンに注意をした方がいいとジュディスに。
同じ頃、絶狼もその話を領主の夫カルマから聞いていた。
「母さんがいなくなってジュディスも気弱になっていますから‥‥。村もまた空気が不穏になりかけているので古い知り合いで知識と経験豊富な助けてがいてくれるのは悪いことではないと思うのですけれど、何か?」
「確かに悪いことではない。そいつが信用できる奴なら‥‥」
「えっ?」
眉を上げるカルマに、絶狼は呟きを手で払うようになんでもない、と言った。
頼んだ石化解除薬の調合も進まず焦るカルマに、はっきりしてもいない事を今は言えない。
「無理はしなくて良い、それより今回はジュディスに付いててやってくれ、彼女にも一仕事して貰うからな。あんな奴に頼らなくてもいいように、まずはジュディスが村を掌握する事が大事だと思うんだ。ジュディスは?」
「今頃は執務中かと」
「解った。ちょっと一緒に来てくれないか?」
「絶狼殿!」
駆け込んできたマックスと共に絶狼は、ジュディスの元へと向かった。
「そう言うわけで、一手奴に先手を取られてしまった。奴は領主の紋章入りの指輪を預けられている。それがあれば村人達は言う事を聞く。心はすでに掌握されているようだしな。ジュディスがそれ以上の力で押さえつけられても怒りは消えないし、その反動を奴が狙っているとするなら‥‥」
悔しげに絶狼は言う。あくまで村人同士の諍いの仲介役としてだが、彼に『力』が与えられてしまったのだ。
「ジュディスが上位なのは変わらないから表だってあいつが勝手をすることはまだ無いだろうがな‥‥」
「だが事態がこのまま奴の思い通りに進めば!」
マックスも拳を握り締めた。奴の動きに勢いがついてしまえば‥‥
「とにかく二手に別れよう。村の事案解決と、エリュの確保説得だ」
もうのんびりなどしてはいられない。
冒険者達は休む事無く動き出したのだ。
○転がる石のように
領主館の一室で幾度も放たれた黒い光。
「大丈夫ですか? シェリル様」
息を荒くするシェリルにセレナは声をかけた。
「手ごたえは感じるのです。ただ力が及ばない。魔法が弾かれるようなそんな気がします」
彼女達が試みているのは壊さずに発見された二体の石像の石化解除だった。
先に壊され発見された物とは様子の違うこれらに冒険者はある期待をかけていた。
「もし、この石像がコカトリスによってではなく他の効果で作られたものだとしたら‥‥」
魔法で解除できるかもしれない。
冒険者達から請われ神聖魔法に長けたシェリルは何よりそれを確かめる為にこの依頼に入ったのだ。
事件の真相に迫れるかもしれないニュートラルマジック。
2度と繰り返されてまだ魔法は、効果を発揮してはいなかった。
「これで‥‥ダメならよっぽどの‥‥」
シェリルは三度目の魔法を紡ぐ。
黒い光はシェリルの身体から石像へと移り‥‥やがて白い石に命を吹き込んだ。
「やりました! 成功ですわ。シェリル様!」
セレナの笑顔と言葉が花のように咲いて、シェリルの身体と心に光を灯す。
「‥‥どうなる事かと、思いましたがかなり高度な術。普通の村の司祭様くらいでは試してもダメだったかもしれませんね」
神聖魔法に熟達を超えたシェリルでさえ解除は簡単ではなかった。
それだけの技で術は練られていたのだ。
「‥‥あ、僕はどうして‥‥」
呆然と自分の手を見つめる青年にセレナはゆっくりと声をかけた。
「お気づきになられましたか? 貴方は森で石化の術を受けて石にされていたのです。覚えておいでですか?」
「あ‥‥。なんとなく。森に食べ物がある、と聞いて‥‥探しに行ったのですが、突然何も解らぬまま足が動かなくなって‥‥、そして‥‥」
「森は危険だから、立ち入らないように! と言った筈です。冒険者が見つけてくれなければ貴方方も石化殺人犯に身体を砕かれていたかもしれないのですよ!」
後ろでずっと、様子を見ていたジュディスが苛立ったような声を上げる。
夫とセレナに止められるが、その瞳には涙さえ浮かんでいた。
「申し訳ありません。どうしても腹をすかせている子供達の為にとオルウェンさんに鳥を分けてもらったので、そのお返しをしたくて森を歩いている時に、いきなり足元が石となりそのまま何も解らぬまま‥‥」
女領主の涙に下を向く青年に、セレナは確かめるように聞いた。
「では、コカ‥‥いえ、モンスターに襲われた訳ではないと言うのですね」
二人は顔を見合わせ彼は
「はい」
と頷いた。
「何か?」
青年の言葉には答えずセレナは考えた。
彼の証言は冒険者の信じる少女エリシュナの無実、それを裏付ける一つの証拠となる。
今はそれはあくまでコカトリス以外に石化の手段を持つ敵の存在が明らかになっただけだ。それでも、彼女らには解っていた。この事件の黒幕が誰であるかが‥‥。それができるものは、姿を現さぬ悪魔を除いては一人しかいないからだ。
「彼が‥‥私を騙していたなんて‥‥」
オルウェン。あの魔法使いしか考えられない。
「そんな‥‥なんて事を‥‥村人達の為と思って‥‥彼に」
「ジュディス」
ふらつく妻を夫であるカルマは支えた。だが、彼女の頬にはまだ怯えが残る。
「怖い‥‥。昔はとっても優しい男の子だったのに。どうして‥‥彼がこんな事をするように‥‥」
震えるジュディスの手にセレナは自分の手を重ねた。
「わたくしも怖いです‥‥。でも最悪の事態は避けねばなりませんわ。エリシュナさん達は彼らが、きっと助けてくれます。だから、私達は私達がするべき事をしましょう。オルウェンさんも解ってくれますわ」
「セレナさん」
ジュディスが頷くと同時、領主館の扉が開いた。廊下を走る音。
「大変です! 村人達の間でまた争いが!」
「行きましょう!」
「はい」
走り出した冒険者達を、残された青年は意味も解らず見送ったのだった。
「止めるんだ!」
「ケンカしちゃだめだよ! 落ち着いて!」
一触即発の状況。向かい合った新旧の村人達を止めていたのはティズと絶狼だった。
「落ち着いてなんかいられるか! またこっちの村に行方不明が出たんだ!」
「そうだ! あのコカトリスを連れた娘がやったに違いないんだ! そっちの村の連中の差し金に決まってる!」
荒れる村人達。
「そんな事知らない!」「濡れ衣だ! 俺達は関係ない!」
彼らの怒りに古い村人達も徐々に苛立ちを顕にする。
「元はと言えばお前達が家を返せば住むのに‥‥」
「家を渡したら、今度は土地や財産を乗っ取るつもりだろう!」
「何を!」「こいつ!」
「止めるんだ!」
絶狼は大きく手を開いて、声を上げた。
村人達もピタリとその動きを静止させる。
「俺達の仲間が必ず真相を暴きだす、だから憶測だけで互いに憎しみをぶつけ合うような悲しい真似は止めて貰えないか?」
「子供でもおかしいってわかる事を何で大人が分からないの。手を差し伸べあえばいいのに、ただそれだけなのに‥‥」
絶狼の意思の篭った言葉、そしてティズの思いの篭った言葉は熱に浮かされた村人達の心を水をかけたかのように冷やした。
そこに、若き領主が全力で走ってきた。息を切らしながら真っ直ぐに彼女は村人達に手を差し伸べる。
「村人同士で争ってはダメです。もう、春は目の前。あと少し待って下さい。皆で幸せになる方法を考えましょう!」
(「折角歩み寄り始めた村人達の関係をここで悪化させてはいけない、多分それも犯人の狙いだと俺は思う‥‥噂は噂、真相は当事者の俺達にだって判ってないんだ、憶測で互いに憎しみ合う事を止めるよう皆を説得して欲しい」)
冒険者の言葉と自分なりの言葉を抱きしめたジュディスの威厳は今まで以上の説得力を持って人々の上に降りた。
「まあ‥‥それなら‥‥」
一時かもしれないがそれぞれが拳を収め、退く。
冒険者達はホッと胸を撫で下ろした。後ろから
「思い通りにならなくて残念だったな」
という声が聞こえるまで。
「えっ?」
彼らはその時気付いた。いつの間にか後方に立っていたオルウェンと、彼に張り付いていたであろうギリアムの存在に。
「オルウェンの旦那。一体何の為にあの村人に変な事を吹き込んだんだ? あんたが一番知っているだろう? エリシュナって子が今の行方不明事件に関係ないって事を」
ギリアムは怒りを浮かべてオルウェンに言う。ずっと彼を付けていたギリアムは彼の行動全てを見ていたのだ。
「村人が行方不明になったのは事実でも、それを人々に吹き込まなければ今の争いは起きなかった。何故、そんなことを?」
わざとか、大げさにオルウェンは言って肩を竦めて見せた。
「いえ、別に。私はただ事実を述べたまでです。村人の不安を少しでも除くのが領主様とお約束した我が勤めですから」
「貴方は私を騙していたの? 貴方が戻ってきてくれて、力になると言ってくれて嬉しかったのに‥‥」
ジュディスはオルウェンに告げる。彼は一瞬ジュディスを眩しそうに見つめると目に笑顔を浮かべる。
「何の事やら。私はただ皆さんのお役に立ちたいだけですよ。ジュディスさん」
「ねぇ、なら、何で遺跡に行かないの? 今頃、みんながエリシュナを説得しているよ。村の人達にも自分たちを認めてもらって、信用してもらうチャンスだと思うんだけど。それに、ここで自分の力を使わなければ宝の持ち腐れだと思うけどな」
意味ありげに微笑むオルウェンに軽くかまをかける気分でティズは言った。
だが、その返事は意外にも‥‥
「そうですね。私も冒険者のお手伝いに参りましょう。依頼完遂の確認も必要でしょうし」
頷きと素早い行動。
「えっ?」
「おい! 待てオルウェン!」
走り出したオルウェンを、ギリアム達は追いかける。村人たちはそれをひそひそと何かを話しながら見送る。
後にティズは後悔したかもしれない。何故あんな事を言ってしまったのか、と。
彼に口実を与えてしまったのだろう。と。
○凍えた少女
「?」
その気配を最初に察知したのはシルヴィアだった。
「どうしたんだい? シルヴィア?」
「今、何かを感じませんでしたか?」
「何か? 確かにそんな気もしたけど」
直後、必死の形相の冒険者達がやってきた。
「大変だ! あいつが消えた!」
「あいつって‥‥まさか!」
そして彼女らは気付く。さっきの予感の意味を。
振り返った先は深い洞窟。
冒険者達が洞窟に踏み入った時、思ったような抵抗は何一つ存在しなかった。
「デビルの気配も無いようですね」
だが、慎重に彼らは周囲を伺いながら細い道を静かに進んでいった。
やがて、冒険者の目の前に
「エリュ!」
地下とは思えぬ空間が広がった。そしてその奥に
「来ないで!」
一つの石像を左右から囲むように少女とコカトリスが立っている。
こちらを睨んで。リルが入口から呼びかけていた声は聞こえていたようだ。
「エリュ! 僕らの話を聞いて!」
「ダメ!」
声と共に石が飛ぶ。緩やかな軌跡を描くそれと片手で受け止めてリル、リースフィア、マックス、そしてフリードが近づいていく。
「来ないで! 私はここを守らなきゃならないの。そうじゃないと、また一人になる。もういや! 一人はいや!」
近づこうとする冒険者から主を守るようにコカトリスが威嚇の奇声を上げる。
それでも、冒険者達は止まらなかった。
「大丈夫。一人になんかしないよ。みんな、君の大事な友達を殺してしまったことを後悔している‥‥」
フリードは優しく告げる。
「貴女が全ての犯人だとは思っていません。ですが、今のあなたは石化殺人事件の最重要容疑者、いえ、犯人です。例えこの場、我々を退けたとしても貴女は大事な友達と一緒に滅ぼされます。容赦のない人に地の果てまで追われることでしょう。でも、今なら助けられるんです」
何の小細工もせず真っ直ぐにリースフィアは告げる。一歩近づくごとに彼女の震えは広がって行く。
「貴女は誰かを信じているのかもしれない。でも、彼は貴方を助けてくれましたか?」
「助けてくれたもの! お兄様はこの子達を怖がらず、一人ぼっちだった私を‥‥」
リースフィアはかまをかけた。彼女はそれに知らず誘導された。
『お兄様』
やはり悪魔の他に彼女を操る人物がいたのだ。
「なあ、エリュ‥‥」
リルは静かに話しかける。手に持った蝋燭が彼の微笑を照らす。
「お前さんとってそいつらが大事なのは解るからな。俺にもちょっと変わった猫の友人がいるが、もし彼に何かあったら俺自身どうなるか分からんだろう。でもなぜそうなったか真実を知りたいと思う。きっと」
彼の言葉は最初に出会った時から優しいまま。変わらない。
「オルウェンが君達の捕縛依頼を持ってきた。君とその子が全ての事件の犯人にされているんだ。
大事な友達が疑われて悲しくはないか。俺もフリードもみんなも悲しい、だからここへ来た。君を助けに!」
「嘘! 私やこの子達を好きになってくれる人なんていないってお兄様は言った。お兄様の手を離したら私は‥‥」
エスタの石像を抱きしめて泣くエリシュナ。だが
「そんなことはない!」「そんなの嘘なのだわ」「そんな事はありえません」
刹那の間も無く冒険者達はそれを否定した。
「フレイアさん、僕の大切な師匠が言っていました。モンスターであっても時として心は通じる。だからその手を離してはいけないのだと」
「一緒に冒険者街にいこう。あそこならコカトリスの一匹くらい珍しくもなんともない。大切なものを守る力を君にあげられる」
「彼女を、待っている人がいるんだ。石像から手を放して、こっちへおいで‥‥」
蝋燭とランタン以外の炎は無い。けれども
「あったかい。こんなのはじめて‥‥」
エリュは、冒険者から確かに暖かいぬくもりを感じていたようだった。
石像から手を放し、コカトリスと共に一歩前へと歩み出る。
「エスタさん!? 大丈夫だわ?」
人質が解放されたのを確認し、ヴァンアーブルは小瓶を抱え壁を蹴った。
瓶の中身が石像に注がれる。少しずつ生気を取り戻して行く石像。
その石像を背に立つ少女に冒険者達は手を差し伸べた。
「大丈夫だ。俺達全員で君達を支える」
「本当‥‥に?」
「勿論です」
「エリュ! 僕らを信じて!」
少女はコカトリスと共に一歩、また一歩と冒険者に近づいて行く。
差し出されたリルの手に触れる。二人の手と手が重なろうとするその瞬間だった。
「きゃっ!」
少女の足が縫いとめられたように止まったのは。
「エリュ!」
パリパリという音が聞こえるかのように、少女の足は、身体が冒険者の目の前で命を失っていく。
「石化? でもコカトリスじゃない!?」
「一体何があったんだ?」
冒険者達が驚愕する間さえ、石化が止まる事は無い。少女が、そして彼女を心配して羽ばたこうとしたコカトリスまでもが石化していく。
警戒はしていた。戦闘の心構えさえできていた。
なのにその魔法はあまりにも強く、早く、庇う暇さえなく少女を包み込む。
「エリュ! しっかりするんだ! エリュ!」
フリードの必死の呼びかけにも少女は、もう答えることができなかった。
凍える瞳は、最後にその瞳に映ったものに呼びかける。
「おに‥‥い‥‥ちゃ‥‥ん」
冒険者は振り返る。
「みんな! オルウェンの奴が‥‥!」
見張りをしていた冒険者達、追いかけてきた仲間達もそこに見た。
「お仕事ご苦労様です。少女とコカトリスの捕縛、確かに確認しましたよ」
石像を見て満足そうに、ゆっくりと優雅な笑みで立つ魔法使い。
オルウェンの姿を。