【少年と少女】追われる少女
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 50 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月11日〜03月16日
リプレイ公開日:2008年03月18日
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●オープニング
その日も、少年はいつもどおりリンゴを齧りながら歩いていた。
「う〜ん、カモはいっぱいいるんだけどなあ〜」
街を見つめ、人を見つめ、口にした言葉はどこか悔しげだ。
知らない者が聞けば意味不明に首を傾げるか、それとも眉を顰めるかのどちらかだろう。
「あれから稼ぎはどう見ても減ったよなあ〜。ったく、冒険者の兄ちゃん、姉ちゃんのせいだ!」
口にしながらも少年の表情は言葉ほど曇ってはいない。
「どうしても、この人は貰っても大丈夫かなあって思っちゃうんだよなあ。そう思うとホントに大丈夫そうな人も少ないし、やれやれだ」
むしろ大事なものを抱きしめるような笑みをしてリンゴの芯をポケットにしまう。
「しょうがない。今日も日雇いの仕事探してみるか。リンゴ運びの仕事もそろそろ終わりなんだよな‥‥ん!」
立ち上がりかけた少年は、ふと道の向こう側を見つめる。
道の向こうで争っている姿が見える。
「あれは!」
こう見えても視力には自信がある。間違う筈は無かった。
「!」
気付いた瞬間走り出す。
「ポルティス、ボクティス‥‥あの子を助ける!」
自分を奮い立たせるように呟きながら、少年はポケットの中のものを強く握り締めた。
「お爺様を捜していただけませんか?」
まだ11歳になったばかりの少女アデーレはそれでも貴族としての気品のある仕草で、冒険者達にそう言って頭を下げた。
後ろに立つ少年は、その様子を黙って見つめている。
「お爺様?」
「はい。キャメロットの郊外に住むハーキュリー男爵です。領地はウィルトシャーのウッドグリーン。農場と牧畜の経営を主にしています」
「捜して欲しいってことは、いなくなったのか?」
「はい。数日前大きな軍馬の取引があるとかで外出したきり。共に家を出たはずの家令バクスターも一緒にです」
冒険者ギルドにやってくるなど初めてであろうに係員の問いにひるむ事のなく必要事項を答えて行く。
彼女の聡明さと、教育の確かさに少し感心し、係員は子ども扱いせずにその話を聞いていた。
「私は、昨日領地から戻ったばかりなのですけど、戻ってきたら屋敷が慌しくて、デイトン伯父様が戻ってきていて‥‥、あ、デイトン伯父様というのはお爺様のお兄様の息子なんです。今、家を出ていらっしゃるのですが‥‥」
その伯父‥‥正確には従伯父というのかもしれないが‥‥が戻ってきたばかりのアデーレに告げたのだという。
『伯父上が失踪なされた。お前も家を出てはいけない!』
と。
「お爺様は大きな商談を纏めたばかりでした。自分から失踪される理由はありません。他に困りごとを抱えていた様子もありません。ですから、何か事件に巻き込まれたとしか考えられないんです」
だが彼は男爵が残した商談の後を引き継いだり、領地をする方に人手を割き、男爵を捜そうとはしないのだという。
「事件に巻き込まれたとしたら事は一刻を争うと言うのに、伯父様はいくら言っても聞いてくれません。余計な事はするな。お前は家で大人しくしていろ。と。ですから、私が冒険者の皆さんにお爺様の捜索をお願いしようと思って来たんです」
なるほど、と係員は納得する。
「で、後ろの少年は?」
「えっ? フィルスさん、ですか? ‥‥以前誕生日パーティに来てくださった方で、伯父様の追っ手から助けてくれたんです。伯父様に見つからないようにそっと家を出たんですけど、キャメロットの街に出るの初めてで、道に迷ってしまって見つかって、追いかけられて‥‥その時‥‥」
「たまたま、見かけたから連れてきただけだよ。追っかけてた奴、人相悪かったからリンゴの芯、ぶつけて、粉ぶちまけてやっただけだけどさ」
照れたように少年はポケットに手を入れて顔を背ける。少女とは顔をずらしたから気付いてはいるまいが、微かに頬が赤らんでいるのを、係員は見て取る。
「慌てて出てきたので、お金はあまり持っていないんです。報酬は後払いでも、いいでしょうか? お金が払えるようになるまで、これ‥‥お預けしますから」
差し出された紫水晶のブローチ。決して安くは無いだろうそれを受け取るべきか悩んでいた係員より早く
「それ、引っ込めろよ。大事なものなんだろ? ほら、後ろに傷が付いてるぞ。報酬なら俺が出してやるからさ」
フィルスはブローチを少女に握らせると、代わりに財布を二つ取り出す。中に入っていた金貨が机の上に積み上げられた。
「こんなに! ダメです。そんなご迷惑はおかけできません」
少女は慌てた顔を見せるが少年はイタズラっぽく笑う。
「気にするなよ。どうせ、お前んちのお金だからさ?」
「????」
「とにかく頼むよ。‥‥ついでにさ、この子も守ってやってくれないか? 伯父さんだっけ? 家の追っ手って言ってたけど、あんな荒っぽいことする奴、俺はどうしても信用できないからさ」
後半は少女の耳に聞こえいようにそっと少年は呟く。
賢いけど世間を知らない少女を、知識は無いけれども世間を知りすぎている少年は見つめる。
「俺、あの子を守ってやりたいんだ‥‥」
その言葉には嘘はないように思えた。
ここはハーキュリー男爵家の主人の書斎。
「アデーレを逃がした、だと! なんてざまだ!」
中年の男が白い粉を身体にまぶした男達に怒鳴り声を上げる。
「申し訳ありません。デイトン様。ストリートの子供に邪魔をされまして‥‥」
「それこそなさけなかろう! しかも財布まで盗られて! まあ、子供に何ができることもあるまいが、いざと言う時伯父に言う事を聞かせる為にはアデーレは逃がすわけにはいかん! まったく、印章や財産録を隠していなければ始末できるのに。家長の証しであるあの指輪も、男爵位も、領地も全て元々は父上のものだったんだから、早く返してもらわねば」
男は頭を振ると部下達に命じる。
「とにかく、早くアデーレを連れ戻せ。そして、印章と指輪を捜すんだ! あいつは何かを聞かされているに違いない!」
もうこの家の主人の顔をして。
●リプレイ本文
○守り手の秘密
そこは、あまり広いとも、綺麗とも言えない家の中。
「む〜〜っ」
唸り声を上げたアネカ・グラムランド(ec3769)は少年を見つめている。
アネカはパラだから身長は少年の方が少し高い。
けれどもアネカは
「てやっ!」
軽くジャンプをすると少年の額をピン! 軽く小突いた。
「いてっ! 何すんだよ。姉ちゃん!」
「理由? 言わなきゃ解んないの? フィルスくん?」
腰に手を当て少年をもう一度睨む。
「う‥‥っ」
フィルスと呼ばれた少年は肩を竦め俯いた。
アネカの表情は笑顔。だが眉間には青筋が浮き立って見えるようでさえある。
「まぁだ君はそんな事してたんだね〜♪ 人に迷惑をかけるようなことはしないって約束したのに?」
「どうしたんですか?」
首を傾げ少女は見ている。目の前の会話の意味を眼で問う少女アデーレに
「アハ。気にしないで。アデーレちゃん。単なる兄‥‥じゃなくて姉弟ケンカみたいなものだから」
苦笑しながらチョコ・フォンス(ea5866)は頭を掻く。横では彼女の兄ショコラ・フォンス(ea4267)も苦笑を浮かべていた。
流石にあの少年も少女の前で知られたくは無いだろう。
自分がスリであること。かつて少女の胸に輝くブローチを奪い取ったものであること。そしてそれを冒険者に諌められたことは。
(「彼女もそれは解っている筈」)
だからチョコはアネカを止めなかったのだ。
無言のまま下を向いている少年フィルスを暫く見つめていたアネカであったが、やがて腕組みの手を解きわざと大きな溜息をつく。
「まあ、今回はアデーレちゃんの為を思った行動だし、大目に見てあげよっか♪ でも、できるなら‥‥ね」
ウインクしてアネカはフィルスに笑いかける。顔を上げたフィルスの目も楽しげに笑っている。
「ハイハイ〜。お話も終わったのならお茶にしましょうか? ハーブティ貰ったんですよ〜」
絶妙のタイミングでリン・シュトラウス(eb7760)は両手にカップを持って部屋に入ってきた。
「カップ、そんなに無いだろ? 俺いらない」
「そう言わずに。気分を落ち着けるにはお茶が一番ですよ〜。それから私の事は私の事はリンさんって呼ぶんですよ? あ、蝶鹿さん。カップ4つあるので他の運ぶの手伝ってくれると嬉しいです〜」
逃げかけるフィルスとアデーレの手にそれぞれカップを持たせてリンは黒宍蝶鹿(eb7784)を誘って部屋を出る。
残されたアネカとチョコ、そしてアデーレとフィルスは顔を見合わせ‥‥
「ハハハ」「フフフ」
楽しげに笑ったのだった。
「事情は聞いたよ。大変だったね。アデーレちゃん」
「大丈夫だった? 襲われたと聞いて心配したよ」
お茶を飲みながら冒険者達はアデーレを囲んだ。
カップの中のお茶を息で冷ましながらアデーレは
「そんな事‥‥」
と大人びた表情を見せる。そしてお茶を一口。
「美味しいです!」
「そう? 良かったです」
リンは嬉しそうに少女を見つめる。こういうところは年齢相応、やはり貴族として大人にならなくてはならなかったのだろう。
出来るなら守ってあげたいと思う。部屋の端で気恥ずかしそうにこちらを見つめている少年と同じように。
「大体の話は解ったよ。で、ちょっと場所を変えようと思うんだけど‥‥いいかな?」
ワケギ・ハルハラ(ea9957)と一緒にアデーレからいろいろ話を聞いていたアネカがよいしょっと椅子を立つ。後半の言葉は部屋の隅のフィルスに向けてだ。
「場所変えって、どこへ?」
「安全な場所に二人を匿って貰おうと。もう話ついてるから大丈夫だよ」
「二人、俺も? いらない! 俺が守ってやるから。どうしても連れてくならそいつと姉ちゃん達が」
チョコの言葉に逃げかけるフィルス。だが、アネカは素早く前に回りこみその逃げ道を封じた。
そして
「君の心意気は素晴らしいけど今は身の保全の方が大事だよ。それに‥‥」
いつの間にか側に来ていたワケギと共にそっと囁く。
「あの子を一人にするんですか? 貴方にはいざと言う時彼女を守って欲しいのですが」
「うっ‥‥」
フィルスの抵抗はそこで止まった。
「よっし、決まり〜」
アネカには全戦全敗のフィルスはいつの間にか手を取られ引っ張られていく。
「どこに‥‥いくんだよ」
「楽しい所だよ〜」
全開の笑顔で答えたアネカとは反対に蝶鹿は少し複雑な笑顔を頬に浮かべていた。
○おびき出された者
その貴族の屋敷は郊外にある為、似つかわしくない風体の少年が出てきた事に気付いた者はそう多くは無い。
さっき屋敷に入って行った事も気付いた者は少ないだろう。
だが‥‥
「ついてきているでござるな?」
見かけは十五、六の子供なのに似合わぬ渋い声が呟く。
「そうだな。撒ききれなかったか」
横を歩く叶朔夜(ea6769)が舌打つ。
「でも、考えようによっては好都合ですよ。情報を聞けるかもしれませんし。ね? 幻蔵さ、じゃなくてフィルス君」
リンはニッコリと微笑む。フィルスと呼ばれた少年‥‥の姿の葉霧幻蔵(ea5683)も頷いた。
「一度屋敷に入ってしまえばそう簡単に手出しはできないでござる。我らを侮って寄ってきてくれるなら捕まえるまででござるよ」
「うむ‥‥」
朔夜も同意する。人遁の術で変わった顔の下に変わらぬ仲間のイタズラっぽい笑顔を見た気がして微かに笑みも出る。
「今は一人のようだ。お前達なら遅れをとることもあるまい。俺は予定通り動こう」
「大丈夫ですよ〜。どうしてもの時は援けを呼びますから〜」
笑顔のリンに促され朔夜は軽くサインを切って去っていく。
「さて、どうなることやらでござるな」
「言っても無理でしょうが、怪我と無茶はしないように」
さりげなく歩いていた蝶鹿は『フィルス』に言うが、彼の返事は返らなかった。
彼らを見つめる影が悔しげな声を吐き出す
「あいつ‥‥あの時の!」
胸元に手を当てる。今もまだ軽い懐の中。
「ようし! とっ捕まえてやるぜ!」
主の言葉を忘れ、彼は尾行を追跡に変えた。
自分が追跡されている事も知らず。
○不思議な標
春のキャメロットは歩くには悪くは無い。
だが、手がかりの無い捜索にワケギの顔に疲労の色は濃かった。
「大丈夫ですか?」
屋敷から、墓地、そして取引先と行方不明になったハーキュリー男爵とその従者が馬車で歩いたコースをワケギとショコラは歩いて調べたのだ。
ダウジングペンデュラムはタケシ・ダイワの用意してくれた地図の上からピタリと動かなかった。
「目標がキャメロットにはいない、ということですね」
サンワードも日の下に彼らはいないと告げて、結局手がかりなしでワケギとショコラは地道な手段で捜索を続ける事となった。
その中で二人がどうしても気がかりな場所があった。だから、一回りの調査の後、疲れた身体で彼らは再びここにやってきた。
「どうして、彼はここに来たのでしょうか?」
二人の前には墓標がある。ハーキュリー男爵の娘ステラマリスの墓標である。
聞き込みの中、知れた事がある。ハーキュリー男爵は大事な商談の前に必ずここに寄るのだと言う。
「娘に報告に来ただけなのか‥‥ん?」
墓標の前でワケギはふと、あるものに眼を留めた。それは墓石の横に埋められた石の板。
「何でしょう? この凹みは‥‥」
花のような不思議な形の凹みを手で擦っていた時。
「二人とも、来れるか?」
背後からの自分達を呼ぶ声に二人は振り向いた。
「叶さん?」
「敵を捕まえた」
「解りました」
十字を切り、二人は朔夜の後を追う。
無言の墓石を背に。
○敵の影
「わっはっは。孫が一気に増えたようで嬉しいのお」
豪快にグラフム男爵は笑う。
「ほんとに、着ぐるみたくさんもってるんだな〜」
「無論! まるごと男爵の名は飾りではないぞ」
うさぎの着ぐるみを纏う老人に、最初は怪しい目を向けていたフィルスも今はすっかり懐いている。というか面白がっていた。
幻蔵に紹介されてやってきた新しい潜伏先はハーキュリー男爵の友人グラフム男爵ことまるごと男爵の屋敷だった。アデーレも楽しそうである。だが、チョコは気付く。
「あれ?」
面白がってはいてもフィルスの目は油断をしていない事に。
冒険者から貰った護身用のアイテムを握り締めて時折強く唇を噛む少年。だから
「フィルス君!」
わざと明るく声をかけて見せた。
「なんとなくだけど、仲の良い兄妹みたいに見えるわね、あんた達、ふふっw」
冗談半分ではあったのだが、フィルスの答えは意外に真剣なものであった。
「俺、昔、妹がいたんだ。フィアって。ステラ母さんと一緒にいなくなったけど、大きくなってたらきっとあんな感じかなって思うから‥‥」
「そう‥‥守ってあげてね」
少年の真っ直ぐな思いにチョコは愛しさを隠しきれずスミレのような笑顔で微笑んだ。
ロープでぐるぐる巻きにされた男は、路地裏でハッと目を覚ました。
気がつけば目の前には冒険者が‥‥六人。
「何故少年をつけていたのでござるか!」
忍者に問われて彼はハッと気付く。
自分がスリの少年を追いかけ、逆に冒険者に取り囲まれてしまった事を。
「なんでもない! ただ財布を盗った子供とあいつが似てたからで」
しどろもどろになる男。彼に無言で手を触れていたリンは、手を引くと仲間達をそっと影へ招いた。
「何か読めたのですか?」
蝶鹿の言葉にリンは静かに頷く。
「一言だけですけど。デイトンって確かアデーレちゃんの従伯父さんですね?」
「ああ。先代に勘当された男爵の兄の息子だ」
答えた朔夜にリンは少し考えてはっきりと告げる。
「その人がアデーレちゃんのおじいさんの誘拐に関わっています。証拠はないけれど‥‥」
男から読み取れた記憶。
『デイトン様の命令。男爵を操る為に娘を捕える』
その言葉の意味は‥‥。
男から言葉で聞きだせない以上証拠にはならないが、冒険者は一人の敵の存在をはっきりと認識した。
そして決意する。
子供達を守る、と。