【呪われた花嫁】失われた花嫁衣裳

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月14日〜07月19日

リプレイ公開日:2008年07月22日

●オープニング

 結婚式は延期されていた。
 商人の娘グレイスと貴族の青年リスト。
 六月の末に結婚式を挙げる予定だった二人の式は八月へと延期されていた。
 表向きの理由はリストと彼の母親の体調不良であったが、真実の理由は結婚式を厭う者達の妨害が激しくなってきた事にある。
「まさか‥‥ドレスに細工されるなんて‥‥」
「ずっと、商店とも取引のあった腕の良い職人だったのに、何故?」
 特注の花嫁衣裳がグレイスが着たと同時に壊れた事、そして服の中から脅迫状が出てきた事から、仕立屋が何らかの理由を知っていると思われ、商店の者達は即座に工房に向かったという。
 だが、その頃には既に工房は閉められていて、弟子が死んでからたった一人で服を作ってきた老職人の居場所はようとして知れなかった。
 彼の世話をしていた娘と共に。

「嫌がらせの類の数は減っております。どうやら冒険者が護衛に付いて下さっている事を知った者が諦めたり、復讐を思い止まったりしてくれたようなのです」
 冒険者ギルドにやってきたトリシアは、そう告げた。
 家の中に篭って出てこないグレイスの代理として。だ。
「お嬢様も直接叩き付けられた憎悪にショックであらせられたようです」
「じゃあ、家の中に閉じこもってるのか?」
「いいえ」
『どうして? どうして私がそんなに恨まれなきゃならないのよ? 私がお前が着る花嫁衣裳はこの世には無いって何? 許せないわ! 何が何でも結婚式を挙げる! 皆が羨む様な凄い式にしてやるわ!』
 そう言ってリストへの見舞いの傍ら花嫁衣裳の再発注、アクセサリーや式の準備を自ら精力的に行っているという。
「おい! そんなに派手に動いたら‥‥」
 係員の心配に、トリシアははい、と頷く。
「先に申しましたとおり、嫌がらせの数そのものは減ってきております。ですがその行動そのものは悪質化しているのです。魔法や武器で明らかな狙撃をされた事もありました」
 光の矢が突然店を出たグレイスの肩に刺さった時には驚いた。
 魔法使いが魔法を使ってまで嫌がらせをしようとしたのかと。
 それでも、グレイスは結婚を取りやめるつもりは無いという。
『私は、絶対に幸せになるの!』
 と。
「ですから、再び冒険者の皆様にお願い申し上げます。お嬢様の身を護衛し、犯人を捕まえてください」

 魔法使いが魔法を使ってまで傷つける。
「魔法使いなんてそこいらに簡単にいるもんじゃないんだけどな。恨みを持った人間が誰かを雇ったか。それとも‥‥」
 冒険者の脳裏にふと、ある人物の存在が浮かぶ。
 正確にはシフールであるのだが、その人物が占い師としてグレイスに恨みを持つ多くの人物を唆していた。
「あのシフールは、傷を持つ人間を煽り、苦しむのが何より好きだと言っていた。戻ってきていたのか‥‥」
 かの人物に因縁を持つ少年は唇を噛み締める。
「とにかく今回の最優先事項は犯人の確保だ。それは実行犯を勿論含むが、なんとか唆したという占い師、シフールも探し出さないとな。それから、行方不明になったという仕立て屋。ドレスがバラバラになったというのであれば、その仕立て屋が細工をしたに違いないだろうから」
 他にも調べなければならないこと、やらなくてはならないことは沢山有る。
 延期された式そのものは八月の始めには新たな準備も整い、できるようになるだろう。
「それまでに、なんとかして問題を解決させてくれ」
 冒険者達も、その決意を新たにしていた。

 遠い昔、彼女はきっと覚えていないだろうけれど、一つの出会いがあった。
『どうして、泣いているの? 寂しいの?』
 彼女は一人で泣いていた僕に声をかけてくれた。
『一人で泣いてたって誰も助けてはくれないのよ。欲しいものがあるなら、自分で探して掴み取らなくっちゃ!』
 そう言って差し出された手と笑顔は今も、忘れられない。
 彼女は自分にとって大事な女性。
 なのに‥‥
『彼女に花嫁衣裳は着させない‥‥』
「僕は‥‥どうしたらいいんだ‥‥」
 日に日に心に広がっていく暗い思いはもう自分のものなのか、彼のものなのか解らない。
 本当は彼を、彼女を救ってあげたかっただけなのに。
 恵まれすぎた自分へのこれは、罰なのだろうか。
「誰か‥‥助けて‥‥」
 青年の部屋の扉の前で、立っていた娘は踵を返した。

 そして冒険者ギルドにこんな手紙が届いた。
『冒険者! リストが病気なの! 護衛より先に彼を治す為の薬を手に入れて。大至急お願い! グレイス』
 呪われた花嫁は、一人、まだ何も知らない。
 

  

●今回の参加者

 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb9547 篁 光夜(29歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

鳳 令明(eb3759)/ リディア・レノン(ec3660

●リプレイ本文

○根源の男
 この間『彼』の家に行った時、誰にも聞こえないように囁いた言葉がある。
「パーシ。あのシフールを見つけた。お前が動くと奴は消える。俺達でやっておく」
 まあ、言ってみたがいざとなればあの男はじっとはしていまい。
 こう見えて短くない付き合いだ。キット・ファゼータ(ea2307)にはそれは十分解っていた。
 いざとなるまでは、冒険者に任せてくれるであろう事も。
「あいつに出張られる前に、片を付ける。‥‥頼むぞ」
 決意に握り締められた手。そこに止まる鷹は応えるように高い嘶きをあげていた。

 思えばトリシアという女性をじっくりと観察したことは無かった気がする。
 フレイア・ヴォルフ(ea6557)は買い物に出た店の前で中に入った依頼人グレイスを待ちながら、
「なあ? トリシア。あんたいくつ?」
 横に立つ侍女にそう聞いてみた。普通に見れば20代後半、というところだろうか?
 だが彼女は
「今年33になりますわ。グレイスお嬢様が生まれてすぐにこちらにお仕えさせて頂く様になりましたので」
 微笑んで応える。へえ、とフレイアは芝居気抜きで驚く。
 グレイスにトリシアとの出会いを聞いた時、物心付いた時からと言われてびっくりしたがまさかここまで若いとは。
 と、同時に納得もした。
 子供の頃から一緒だったからこそ、あの我侭娘が彼女を信頼し、大人しく従っていたのだろう。
「グレイス様を生まれて直ぐに奥方様は亡くなりました。奥方様を愛されておいでだった旦那様は悲しまれてお嬢様のお世話を私に一任されたのです」
 柔らかい笑みと落ち着きは言われれば確かに30代とも思える。もっと早くトリシアと話をし、彼女の情報を得ておけば良かったとフレイアは思った。
 今も、後からも‥‥。
「ふう〜ん。貴女はそんなに昔からグレイスに仕えていたんだ。じゃあ、彼女の性格や交友関係とか全部知ってる筈よね」
「トゥルエノ?」
 突然の声にフレイアは振り返った。背後にはクロック・ランベリー(eb3776)、そしてトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)が立っている。グレイスはまだ店の中だろうか?
「ずっと、思っていたのよ。ねえ、あなた――犯人に心当たりとかあるんじゃないの?」
 問い詰めるトゥルエノに
「何故、そう思われるのですか? 何か、証拠でも?」
 トリシアは微笑を返す。さらに戻ってきたのは邪と牽制を孕んだ笑みである。
「い〜え。別に単なるカンよ。でも‥‥」
「ほら! 用事が終わったわ。行くわよ。トリシア! 冒険者!」
 話を切るようにグレイスが出てくる。
 トリシアもフレイアも冒険者達も慌てて馬車へと向かうグレイスの後を追う。
「まったく、トゥルエノはけっこうきっついこと言うよね。でも、気にしない方がいいよ。あたしはあんたの味方だからね」
「ありがとうございます。大丈夫ですわ」
 フォローのつもりだったのだが、あまりにもあっさりと返されてフレイアは少し拍子抜けの気分だった。
 当たり障りの無い態度は逆に人を踏み込ませない為の壁に思える。
(「やっぱり彼女は何かを隠している?」)
 横を走りながらフレイアは思う。
 トリシアは何かを思うように強く、唇を噛み締めていた。

○消えた女
「ああ〜、疲れた。まったく、皆役立たずなんだから! 予定なら本当はもう終わってていいのに」
 そう言うとグレイスは自分の身体を投げ出すように、手近なソファに落とす。
 今日も彼女は積極的に結婚式の準備に動いていた。
 ドレスやアクセサリーを発注し、会場となる教会や、式の後の披露宴の為のいろいろな手配をもする。食事を用意させたり、楽師を招いたりちょっとしたパーティをする予定だというがその準備の手際はなかなかのもの。流石は商人の娘と思えた。
 この分なら将来、貴族の家の仕切りなどもけっこう上手くやれるかもしれない。
「でも、その準備や手配もひと段落ち着いたのでしょ? お疲れ様」
 それらにずっと付き従っていたトゥルエノは微笑んだ。トリシアが持ってきた飲み物を受け取るとグレイスに差し出す。
「まあね。後は明日再確認をすればほぼ準備は終わり。壊れたドレスの代わりも明日には届く筈だから、後はリストが元気になってくれるのを待つだけ。明後日にはもう一度お見舞いに行こうかしら」
「それもいいけど‥‥ねえ、グレイス? ちょっといい?」
 相槌を打ちながらも真剣な眼差しをトゥルエノはグレイスに向けた。
「なに?」
 最初の頃に比べるとずっと自分に付いて護衛をしてくれた冒険者にグレイスは以前に比べると心を許しているようである。冒険者がいる間は襲撃者も近寄ってこない。そんな信頼感もあるのだろう。
 だから、トゥルエノの質問にも素直に顔を上げる。
「貴女はリストさんが好き?」
 かあっ! 飲み込んだ水が一瞬で蒸発するかのようにグレイスの顔が赤くなった。
「な! 何を言ってるのよ。当たり前でしょ。好きでなかったら婚約なんてしないわよ!」
「彼となら幸せになれると思う?」
 再び問い。グレイスは自信を持って頷く。
「きっとなれるわ。彼は私を心から愛してくれているんですもの」
「そう‥‥ね」
 正直な娘である。同意の表情で頷きつつトゥルエノは
「でもね」
 と続けた。
「ちょっと知りたいのよ。何故沢山の人たちの中でリストさんだけは特別なのか‥‥。できれば出会いとかなりそめを少し聞かせてくれないかしら」
「それが、護衛の仕事に関係あるの?」
「多分」 
「じゃあいいわ。話してあげる」
 そう言うと水を飲み干し、グレイスは話し始めた。
「最初に出会ったのは子供の頃よ」
 リストとの出会いの物語を。

 大人はよくパーティをする。
 花見であったり、仕事の関係であったり、誰かのお祝いであったり。
 だが大人主体のパーティは大抵の場合子供にとっては退屈なものだ。
 その日、グレイスが父親と一緒に来たのは父の知り合いの貴族の家。彼の奥方の誕生日だったのだという。
 けれども周囲は本当に大人ばかり、父親には丁寧に挨拶をするが誰もグレイスの事など見てはくれなかった。
 そんなつまらないパーティに嫌気がさして会場を抜け出して屋敷の探検をしていたその時にグレイスは彼と出会ったのだ。
 屋敷の片隅で膝を抱える少年。
「どうして、泣いているの? 寂しいの?」
 グレイスは彼にそう問うた。少年の目に涙が滲んでいたからだ。
「な‥‥なんでもないよ。ただ、ちょっと悲しい事があって‥‥」
 少年は目を擦りながら顔を背けた。その態度はグレイスには妙に甘えて見え
「悲しい事って何よ。貴方、ここの家の子でしょ。お父様もお母様もいて何が悲しいのよ!」
 大声で怒鳴ってしまっていた。少年はビクンと身体を動かし、顔を背ける。
「だって僕は‥‥」
「一人で泣いてたって誰も助けてはくれないのよ。欲しいものがあるなら、自分で探して掴み取らなくっちゃ!」
「自分で‥‥?」 
「ほら! 早く行きましょう」
 そうして手を半ば無理やり引っ張って一緒に遊んだ。

「それがリストとの出会いよ。その後、お父様が彼を婚約者だって言ったけど、彼は私を絶対幸せにするって言ってくれたし、私も彼はけっこう好きだからいいいかな〜って」
 グレイスの話を聞きながらトゥルエノは一つあることに気が付いた。
 そして問う。セレナ・ザーン(ea9951)がグレイスに聞きたがっていたあの質問の答え。
「ねえ、貴方の言う幸せ、って何? 一人ぼっちで無くなること?」
「? そうよ。私を愛してくれる人と、ずーっと一緒にいられる事。勿論お金に不自由なく、だけど」
 予想外の答えをあまりにもあっさりと応えるグレイス。
「私はいつも一人ぼっちだった。だから、早く私を心から愛してくれる人と結婚して家族一緒に暮らすの。そうすればきっと私は幸せになれる」
 その願いはアバズレ、悪女と言われる女とは思えない程、普通、であった。
「なら、何で他の男にちょっかい出したり、他の女の男に手を出したりするんだい?」
 フレイアは自分が声を荒げていることに気付く。
(「満‥‥」)
 夫である尾花満(ea5322)の顔が心に浮かぶ。
 家族の大事さを誰よりも解っているから、彼女の言う『幸せ』の正しさを、価値を誰より知っているからグレイスの態度がどうにも許せなくなってしまったのだ
「だって、他に私をもっと愛してくれる人がいるかもしれないでしょ? だから確かめたかったのよ。私が好きだと言ってくれた人や、私がいいな、と思った人が私を幸せにしてくれるかどうか‥‥」
 勝手な言い分だと思う。
 愚かで、身勝手。お金持ちでそこそこ美人で‥‥隣人としてこれ以上嫌な女はいないだろう。
「でも、彼女は一途で純粋なんだわ」
 トゥルエノの言葉にフレイアも、クロックも頷く。
 寂しくて、誰かと一緒にいたくて、だからこそ一途に幸せを求めた。
 それで人が傷ついていることも、自分自身で幸せを歪めている事にも気が付かないで‥‥。
「我侭なお嬢さんよね。でも、幸せにしてあげたいわ。余計なお世話かもしれないけど」
 そう決意と共にトゥルエノは呟いた。
 そして、次の瞬間、瞬きする。
「ねえ? トリシアは?」
「えっ?」
 冒険者が気付いた時、部屋の中からは、さっきまでいた筈のトリシアの姿は忽然と消えていたのである。

 翌朝、下町を歩いていたレイ・ファラン(ea5225)は
「?」
 すれ違った人物を見て首を傾げた。花束を抱えて歩く彼女は‥‥
「今のは‥‥トリシア?」
「レイ!」
 駆け寄って来たのは篁光夜(eb9547)。いつも落ち着いた彼とは思えぬ慌てぶりにまた驚いてレイは瞬きする
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「今、こっちの方にトリシアが来なかったか?」
「トリシア? さっきのは、じゃあ、やっぱり彼女だったのか? 今、町外れの方へ‥‥」
「解った!」
 走り出す光夜にレイも慌てて後を追いかける。走りながら光夜は手短に今までの状況を説明する。
 トリシアが昨夜、屋敷から姿を消した事。
 一晩かけてやっと彼女を探し出した事。なのに、また見失いかけている事
「彼女は下町のことを良く知っているようだな。貴族の娘の侍女だったのに、らしくないと言うか‥‥。あ、いた!」
 町外れの墓地から出てきた後、暫く歩いた彼女は宿屋の前で立ち尽くしていた。入るでもなくただ、立っている。
「宿屋? 昨日は宿屋に泊まった形跡も無かったのになんで朝に戻ってくるんだ?」
「そう言えば彼女の素性は調べていなかったな」
 光夜は疑問を口にし、レイは見落としていた事に気付き、考えるその時
「何してるんだ? お前ら?」
「定時連絡の時間ですよ。大変な事が解って」
 二人は声をかけてきた二人キットとセレナを見てハッとした。
「声が大きい!」
「静かに! 今、トリシアを追跡中なんだ」
 声を潜める二人の視線の先を見て、キットは首を傾げる。
「トリシアなんていないぞ?」
「なんだって? でも、確かにそこに‥‥」
 慌てる光夜。だが、やはり彼らの視線の先にはやはりトリシアがいる。
「そこにいるじゃないか」
「しまった! カムシン! まだ側にいないか見てくるんだ!」
「キット?」
 ある事に気が付いて慌て走り出すキット。
 その時、レイと光夜も気が付いた。
 自分達がいつの間にか魔法にかけられていた事に。
 彼女を見失っていた事に。

 その後、冒険者達はトリシアを完全に見失った。
 最後に彼女のものらしい痕跡を発見したのは、町外れの墓地。
 二つの墓石の前でだった。
「墓参りに来ていたのか? 彼女は」
 墓石に置かれた花に手を触れながらレイは呟く。
「この墓石は‥‥カラン氏のものですわね。もう一つはカラン氏のお父上のものでしょうか?」
「カラン? 誰なんだ? それは?」
「グレイスさんに振られて自殺なさった仕立て屋の青年の事ですわ」
 聞かない名前に驚く光夜にセレナは説明する。
 キットとレイ、そしてセレナは先に壊れた花嫁衣裳を納品した仕立て屋について調べていたのだ。
「身を隠しているって聞いたから、少し焦ったが意外なほどあっさりと居場所は割れたぜ。大事な情報は皆、聞けたけど、それ以上の意味はもうあんまり無かったな‥‥」
「? どういうことだ?」

 キットとセレナがいくつもの情報を辿り、その仕立て屋に辿り付いた時、残っていたのは老いて伏せる老人一人だけだった。
「あんたが、グレイスに壊れた花嫁衣裳を仕立てたのか?」
 腕のよさを湛えられ、商人や貴族に重用されたかつての名人はフッと悲しげな笑みを浮かべて頷く。
「確かに‥‥糸を抜けやすいように細工をした。それくらいさせて貰っても良いだろう? 彼女のお父上にはいろいろと世話になった私の技を引き継ぐものはもう誰もいないのだからな」
「弟子と呼ばれていた方がグレイス様のおかげで亡くなったから、ですか?」
 セレナの問いを老人は無言で肯定する。
「あれは私の孫であった。今となっては息子が私に残した唯一の忘れ形見であったのだが‥‥。二人続けて愛に現を抜かして、愚かな事だ」
「孫‥‥? 息子?」
 青年カランは早くに親をなくし、仕立て屋の弟子に入ったという事は聞いていた。
 時折、店に来て身の回りの世話をしていた娘ロゼッタと恋仲で幸せに暮らしていた、とも。
 店に注文に来たグレイスと出会い‥‥弄ばれるまでは。
『彼女は僕の女神だ。彼女の為にドレスを作りたい』
 そう言って仕事に励み作ったドレスを次々貢いだ。
 でも、彼女にとってはただの便利な仕立て屋に過ぎなかったのだろう。
 恋人を捨ててまで尽くし貢いだ結果は‥‥絶望だった。
「あいつはトレントの花枝を持って来い、そう彼女に頼まれた、と言っていたな。危ないからと止めたのにあいつは一人で森に向かった。ボロボロになるまで頑張ってやっと花を手に入れて戻ってきた時、丁度彼女は婚約を発表していた。翌日、あいつは絶望し首を括っていたよ‥‥」
「‥‥そんな‥‥」
 あまりの事にセレナも言葉が続かない。
「全てはあいつの愚かさが原因だ。私はあの娘を責める気はない。だが、その後、あいつは浮かばれずゴーストになってしまった。グレイスに執着するあいつを哀れんで、ロゼッタもカランと共に姿を消してしまった。復讐する、と言って。私の全ては奪われてしまった。仕事も、何ももう‥‥全てどうでもいい事だ」
 目を閉じる老人。その枕元にキットは駆け寄った。
「一つ、聞かせてくれ。ロゼッタと言ったな? カランと一緒に姿を消した娘は。じゃあ、じゃあ、トリシアという名を知らないか? それから彼らを復讐へと導いた扇動者を知らないか? 大事な事なんだ。頼む」
「キット様!」
 老人に手荒な真似は、という意味だろう。セレナは制する。
 気付いて一歩下がったキットの頭上に
「私は、孫達も娘達も売るつもりは無い、帰ってくれ」
 静かな拒絶が通り過ぎた。冒険者に背を向けた老人からはこれ以上は聞けないだろう。
 二人は静かにその場を離れたのだった。

 キットとセレナの話を聞いていた光夜は
「待ってくれ? 娘達?」
 二人が聞き流しかけたある一言に気付き、墓に向かい合った。
 花が供えられた二つの墓石。そして、トリシアを追う前フレイアから聞いたトリシアの素性と年齢。
 ある一つの想像が脳内を走る。
「そのロゼッタという子を娘、と呼んだのは比喩だろう。だが達というのは複数形。つまり、もう一人娘がいるという事じゃないか?」
「あっ!」
 つまり‥‥
「拙い! なら、彼女の狙いは、行く先は!」
 冒険者達は走り出す。あそこには既に仲間達が行っている。そう簡単に目的は達せられはしまいが‥‥。
「くそっ! 思い通りになんかさせないぞ」
 走るキット。だがその脳裏からはあのシフールの勝ち誇ったような笑みが、離れてくれなかった。 
  
○揃った俳優達 
 もうこの屋敷に留まって2日、何度も訪れた事から顔見知りになった者達もけっこう多い。
「ああ、ロゼッタ殿」
 廊下を歩いていた尾花満(ea5322)は通りすがりの侍女を呼び止めた。
「なんでございましょうか? 満様」
「様はいらないが‥‥後でリスト殿の部屋に水でも持ってきてはくれまいか? 薬を飲ませたいが故」
「解りました」
 丁寧に頭を下げて彼女はキッチンの方へと歩いていく。
「やれやれ」
 肩を下げて満は溜息をついた。
 この家に来てから体調を崩しているというリストの側に満はずっと付き添っているが彼の調子が戻る様子はいっこうにない。
『体内を蝕む病があった場合、それを断じるのは難しいのですが、今回の場合、リスト様の身体に見る限り悪い所は見られない。何故体調が戻らないのかなんとも解らないのです』
 屋敷に訪れリストを診察した医者はそう言って頭を抱えていた。
 どんな薬も一時しのぎにすらなっていない。
「彼を治す為の薬、とは、何の揶揄でござるかな?」
「わっ!」
 突然目の前に立ちふさがる男に、満は慌てて一歩を後ろに下がる。
 腰の剣を抜くまでいかなかったのは目の前の人物が殺気を持っていなかったからである。
「幻蔵殿‥‥。あまり脅かさないで頂きたい」
「これは失敬。でも、この姿の時はゲンジと」
 人遁の術で美形青年に化けている葉霧幻蔵(ea5683)は指を一本立てて口元に押さえる。
 珍しく真面目な様子である。
「ああ。こちらこそ失礼。だが‥‥やはり彼の体調不良の原因は」
 医者の言葉、二日間の観察の様子を交換し、
「そうでござろうな。それ以外考えられないでござる」
 二人は顔を見合わせ達した結論に頷きあう。
 幻蔵と満。
 二人はグレイスの紹介で婚約者リストの治療の手伝いをする為という名目でこの家に入り込んでいるのだ。
 リストの顔色は以前に比べ目に見えて悪くなっている。
 医者が言ったとおり身体に強い痛みを感じるとかそういう類の病ではなさそうであった。
 ただ食欲も無いと殆ど食べず、時折頭を抱えて唸る。憔悴しきった顔は彼の病の深刻さを伝えている。
「薬も断られてしまったのでござる。まあ、我々が思うとおりであれば薬などは確かに無意味でござろうが」
 そう、彼の病はきっと‥‥。
「満様、お水をお持ちしましたがお部屋の方に持っていった方がよろしいでしょうか?」
 後ろにやってきた娘に声をかけられ二人は会話をそこで止める。
「いや、結構。拙者が持っていこう。ありがとう」
「では、失礼します」
 盆を渡して少女は去っていく。
「そういえば、彼女も最近この屋敷に勤めるようになってきたのでござるよな」
「ああ。結婚が決まって人手が足りなくなったから、と‥‥一応後で皆に調べて貰うか?」
 水をこぼさないように注意深く歩きながら二人はそんな会話をして部屋に戻っていった。

 かちゃり。
 開いた扉の向こうは広い部屋。もう外に月が出ている中、ほんの僅かな蝋燭やランプしかない部屋は昼間以上に寂しく思えた。
 元々貴族の息子の部屋とは思えないほど本と少しの家具以外は目立ったものの無い部屋。
 最初に入った時には満も驚いた程だった。
 ふと、屋敷の使用人や周囲からの聞き込みで耳に入ったある噂が脳裏を過ぎる。
「リスト殿、具合の方は如何かな?」
「あ、申し訳ありません。だいぶ良くはなったのですが‥‥」
 身体を起こすリストは、微かに咳き込む。
「無理はしない方が良い。水と薬でも飲んでゆっくり休んでおられるが良かろう」
 満はリストにカップを差し出しながら告げる。はいと、頷いてリストもそれに従った。
「早く治して結婚式をあげないと。グレイスも心配しているでしょうね」
「リスト殿‥‥」
 彼は優しい。相手を思いやる心に嘘偽りは無いだろう。けれど‥‥
「リスト殿は何故、グレイス殿との結婚式に拘るのでござるか? グレイス殿と結婚しなくてはならない理由でも?」
 馴れ初めや彼女への思いは既に聞いた。けれども、もう一度確かめてみたくて幻蔵はリストに聞いたのだ。
 そして
「そうですね。僕は彼女と結婚しないとおそらく、この家にとって役に立たない存在になるんですよ」
 思わぬ返事を手にした。
「えっ?」
「それは、どういう‥‥」
「暫くこの家においでだったのなら耳にしませんでしたか? 僕がこの家の本当の子では無いという話を‥‥」
 はっきりと告げるリスト。その眼差しは言葉で表せない思いを湛えている。
「確かに‥‥。だがそれは噂で‥‥」
 言い淀む満にリストは首を振る。
「僕はこの家に後継者として買われてきた子供です。母上は病で子を産めない身体。だからグレイスと年が合い後継者となりうる子供として僕が引き取られて来たんですよ」
 リストの父は没落しかけていた貴族。
 グレイスが生まれた時から姻戚関係を結ぶ事であの家の財産を得たいと願っていた父親。けれど妻からは子供は生まれない。だから内密にリストを何処からか見つけ養子にしたのだ。
「それを知ってから僕はできるだけ、彼らの理想の息子であろうとしました。母上は勿論我が子として愛してくれたし父上も決して僕に冷たくはありませんでした。けれど‥‥それでも僕は孤独だったんです」
 それをグレイスが救ってくれた。
『一人で泣いてたって誰も助けてはくれないのよ。欲しいものがあるなら、自分で探して掴み取らなくっちゃ!』
 親が決めた婚約者で、彼女と結婚しなくては自分に居場所が無くなる。それでも彼女を愛しいと思うその気持ちに偽りは無い。
「だから彼女と結婚したい。二人でいられればきっと孤独ではなくなる。きっと‥‥幸せになれる」
 なのに‥‥
(『彼女にお前の為の花嫁衣裳は着させない‥‥』)
 頭の中に聞こえてくる意思は一体‥‥。
「リスト殿?」
 突然頭を押さえて押し黙るリストに満は心配そうに手を触れようとして
「‥‥しかし、彼女はゲンジのものです」
「幻‥‥ジ?」
 突然、リストの耳元で囁いた幻蔵の言葉に目を丸くする。
「リスト殿への薬を依頼されたのです。貴方は拒絶なさったがグレイスお嬢様にその事を報告したとですが以前と変わって応対が、そっけなかったとです。もう、思いは醒めているとです。おそらく、ゲンジへと‥‥」
「黙れ!」
 パシン!
 突然の平手が幻蔵、いやゲンジを襲う。
 肩で息をし、苦しそうに眉根を寄せる。けれど、その目は相手を射殺さんばかりの鋭さである。
「グレイスは誰にも渡さない。グレイスは‥‥僕の物だ!」
「満殿! リスト殿を!」
 幻蔵に飛びかかろうとするリストを満は急ぎ羽交い絞めにする。
 その隙に幻蔵は聖水の瓶を開けてリストに向けてぶちまけた。
「うわああっ!」
 悲鳴を上げるリスト。
「やっぱりそうでござるか。早くリスト殿の身体から出てくるのでござる! さもなくば、もう一つ!」
 同時にもう一つ不思議な花びらを取り出した幻蔵は満の手を振りほどいたリストの攻撃から身をかわすとその額に花びらを貼り付ける。
『ぎゃああ!』
 二度目の悲鳴は断末魔に似て、高く屋敷中に響き渡った。
「どうした? 何が!?」
 走り寄るキットやレイ。訪れた冒険者達、彼女を案内してきた侍女も目の前に現れたものに驚きタタラを踏む。
 リストの身体から噴出すように出てくるあれは‥‥
「ゴースト?」
「やっぱり憑りつかれていたのでござるか!」
 満と幻蔵はリストを背後に庇い、現れた存在を睨みつける。
『グレイスは、僕のものだ‥‥。誰にも渡さない。花嫁衣裳なんか‥‥着させない‥‥』
「カラン!」
「えっ?」
 そう呼びかけた聞きなれない声に冒険者は後ろを向く。
「あっ」
 侍女ロゼッタは慌てて手で口を押さえる。
「君は一体?」
 光夜がロゼッタに近寄ろうとしたその時
 シュン!
 窓の外からナイフが飛んだ。
 投擲の技術としては大した事は無い。冒険者にも誰にも刺さらず壁にぶつかる。
「ロゼッタ! カラン! 来なさい。早く!」
 冒険者の視線は今度はまったく逆方向。窓の外に向かった。
 そこにはナイフを構えて立つトリシアの姿が。
「トリシア? 何故?」
 フレイアが呼びかけるがその思いは
「まだ、解らないのかい?」
 背後に微笑むシフールに遮られるように届かない。
「貴様!」
 いくら捜しても欠片の痕跡さえ残していなかった仇敵が今、目の前にいる。
 奴の行動、性格、今の状況。そして
 トリシアの何かを決したような厳しい眼差し。それでキットは一瞬で事情を理解した。
「二人とも! 早く!」
「逃がすか!」
 夜であったのが不運だった。いや、それも奴の計算であったのだろう。
「カムシン!」
 外を飛んでいた筈の相棒の返事は無い。
 一緒にいた筈のフレイアのそれも、だ。
「くそっ!」
 頼りの鷹達の援護が得られないまま、キットはシフールに向けてソニックブームを放った。
 だが攻撃は
「えっ?」
 盾になるように立ちふさがったトリシアへと吸い込まれる。
 呆然となる冒険者。その隙を狙って、ロゼッタと呼ばれた少女は窓の方へと駆け寄るが、
「失礼!」
 セレナは足を鞭で封じ、止めた。
「仕方が無いか。帰るよ。トリシア。カラン。君達の復讐はまだ終わっていないだろう?」
 ゴーストも呼び声に応えるように外へと。
「させるか!」「逃がさない!」
 レイのダーツ、フレイアの弓がシフールに狙いを定める。
 その瞬間。
 冒険者達の眼前で暗闇が爆発するように広がった。
「なに?」
 シャドウフィールド。精神に作用する魔法であれば冒険者達も抵抗ができる。
 けれど、純粋に何も見えなければ、何もすることができない。
 闇を超え、冒険者達が窓際に寄った時、そこには倒れた二匹の鷹と僅かな血痕以外の何も残ってはいなかった。
「トリシアおばさま、カラン‥‥」
 一人残され、泣きじゃくる少女。
 意識を失ったままのリスト。
 冒険者達は絶対の敗北を感じていた。

○復讐の最終章
「嘘よ! そんな筈ないわ! トリシアが!?」
 冒険者達に告げられた真実に、流石のグレイスも動揺を隠せなかった。
 動揺などという言葉では表現は生易しい。
「そんな、ありえない!」
 それは慟哭とさえ言えた。
「でも、真実ですわ」
 今回のグレイスを取り巻く事件。その計画実行者がトリシアである事は何人か想像していた者がいたものの、展開と結果は冒険者達を驚かせた。
「カラン‥‥あの女に振られて死んだ彼の母親だったんです。トリシアおばさまは」
 一人残され、冒険者に捕らえられた少女ロゼッタはそう告げた。
 昔、彼女は仕立て屋の息子と恋をして子をもうけた。だが、子供が生まれる前に夫は人物は他界。他に身よりも無く頼る者もいなかったトリシアは子供達を夫の親に預け、奉公に出たのだという。
「それを知ったのはカランの死んだ後です。マイスターとの仲はあまり良くなかったですけど、私もカランも可愛がって貰っていました。でもあの女を紹介したのもトリシアおばさまで‥‥」
『おばさまがあんな女を連れてこなければ、カランは!』
 葬儀の時泣いて責めたロゼッタにトリシアは詫びて真実を告げたのだという。
 しかも、その後カランはゴーストと化して夜毎彷徨うようになった。
 そんなある日、彼はロゼッタとカランの前に現れた。
「手伝うよ」
 シフールの占い師はそう言ってカランに手を差し伸べた。
「僕も、君の気持ちは良く解る。僕と君とはきっと同じだ」
 もうロゼッタの言葉にも応えなかったカランは、彼のテレパシーに正気を取り戻し‥‥やがて復讐を望むようになった。
『このドロドロとした想いが消えないうちは前に進めない。グレイス‥‥彼女が幸せになるなんて許せない‥‥』
「だから私は手伝ったんです。トリシアおばさまに頼んで婚約者の家で働かせてもらって、カランをグレイスの婚約者に憑りつかせて‥‥」
 リストは純粋にゴーストに苦しむふりをしていたロゼッタを助けるつもりだったのだろう。
 騎士としてゴーストに負けない自信もあったのかもしれない。
 だが結果として彼は憑依してきたゴーストを追い出す事ができなかった。
 振り払う事もできず、いつしか考え方も同化してきて‥‥。
「けれど、グレイス様へ復讐したいという思いには負けなかったのですね」
 まだ意識の戻らないリストに敬意を表すようにセレナは静かに告げた。
「だが、これからどうする?」
 レイの言葉に冒険者達は皆、押し黙る。
 幸い今回の戦いでこちらに大きな被害は出なかった。
 鷹達の傷も大きいものでは無かったし、グレイス、リストを守り憑りついていたゴーストも追い払った。
 だが、トリシアと彼女を操っていたシフールは姿を消した。
 どこに消えたかはようとして知れない。だが、復讐を諦めてはいないだろう。
「私が‥‥悪かったの? 私が? 私が‥‥!」
「本当に、どうしたものかしら‥‥って、ちょっとグレイス!」
 さっきまで頭を抱え落ち込んでいたグレイスは、いきなり立ちあがり部屋を出た。
 そしてなにやら大きな荷物を運んで戻ってきたのだ。
「なんだい? それは」
 フレイアの問いに答えず、グレイスは包みを開く。
 中からは届いたばかりの新しい花嫁衣裳が‥‥。
「結婚式をするわ」 
 ドレスを抱き上げグレイスはきっぱりとそう告げる。
「えっ?」「なに?」「どうして!」
「式の手配は出来ているし、ドレスもできた。リストも憑依していたゴーストがいなくなったのなら体調を取り戻す筈。もう結婚式を止める必要はないもの」
「正気か? 今、結婚式なんかしたら間違いなくあいつらは襲ってくるぞ」
 キットは言うがその目は彼女の意図を察している。
「それでもいいわ。トリシアのいない結婚式なんて元々意味が無いもの。もう決めたの」
 ドレスを握り締める手、上げられた決意の顔。
 それは、愚かで何も知らなかった娘の、呪われた花嫁の決断であった。

 奇しくも冒険者達はグレイスの結婚式を行えるようにするという依頼を果たしたことになる。
 けれど、冒険者の誰もが感じ、そして知っていた。
『結婚式を守る』
 本当の仕事はここからである、と。