●リプレイ本文
●舞い降りた守護者
そおっと、そおっと‥‥
そおっと、そおっと‥‥。
「よし! だいせいこう!」
教会の建物と敷地から出た少女はよしっ、と言うように手を握り締めポーズをとった。
脱走は得意な部類に入るが、今回は特に外出を禁止されていただけに緊張していたから喜びはひとしおだ。
胸に抱いている卵を壊さないようにそっと抱きしめて、袋の中から木板を取り出す。
「えっと、‥‥でもいきなり橋を渡ったら見つかっちゃうね。反対側の方から回った方が少し遠回りだけどいいか‥‥あれ?」
走り出しかけた少女は、ふと空を見上げ息を飲み込んだ。
頭上を舞う鷹がいた。
「あれは‥‥、まさか?」
逃亡中であるのも忘れて立ち尽くした少女の前に真っ直ぐに、鷹は降りてきた。
この鷹はヴィアンカに慣れている訳ではない。
ヴィアンカとて鷹の顔の見分けがつく訳ではない。
だが目の前の鷹にははっきりとした目印があったのだ。
膝を付き、足に結ばれたリボンを手に取る。
「やっぱり! キットの‥‥。あっ! まさか!?」
そんな声を出したのとほぼ同時、背後から
「ヴィアンカ! 見つけた!」
ヴィアンカを呼ぶ声がした。振り返ったそこには彼女が想像したとおりの人物がいた。
「キット! どうしてここに?」
「それは‥‥はあ、こっちの‥‥台詞だ‥‥。どうして‥‥こんなところに‥‥いる」
どこがスタート地点だったかは解からないが、全力疾走でやってきたであろうキット・ファゼータ(ea2307)はヴィアンカの手をしっかりと握り締めた。
微かに少女が顔を赤らめたことを知る由は無い。余裕も今は無かった。
ヴィアンカの確保。それが最優先。
「まったく‥‥いきなり飛び出していくなんて。‥‥後先とか付いてくる人の事も考えて下さいませんか? ねえ? ヴィアンカさん」
キットから遅れること数分。
彼ほどでは無いが速い呼吸を整えて微笑むリースフィア・エルスリード(eb2745)にヴィアンカは頷きながら大きく息を吐き出していた。
「どうしたんです?」
ため息にも似た彼女の様子に首を傾けたリースフィア。彼女には勿論、理由は解かっている。
「だって‥‥、私のこと連れ戻しに来たんでしょ。教会からぬけ出して来たから。私‥‥」
しょんぼりとするヴィアンカ。
下を向いたその頭を
「えっ?」
くしゃくしゃっとキットは優しく撫でた。顔を上げたヴィアンカの前には優しい笑顔がある。
「前にも言った様な気がするけど俺達はいつでもヴィアンカの味方だ。どんな時でも必ず助けてやる。‥‥それに今回の俺達はヴィアンカの護衛なんだ。どこにだろうと行きたかったら連れて行ってやるよ」
「ご‥‥えい? 誰が? お父さん?」
「その話は道々。どこに行くおつもりですか? 早く用事を済ませてしまいましょう」
首をかしげるヴィアンカの背中をリースフィアは押した。
「あ。友達のおうち。レンとリンちゃんと‥‥後はねえ。あれ? 犬さん?」
犬と、袋の中の犬に気を取られて、しかも歩き出したヴィアンカは気づいていないだろう。
だがキットとリースフィアは感じていた。
時折感じるいくつもの視線。
ヴィアンカは目立つがそれとは明らかに違うこれは敵意にも似た眼差しだ。
だから、二人はヴィアンカと歩きながら一度だけ振り返り、仲間達に向けて目配せをした。
「どう思う? 幻蔵殿?」
目配せを受けたうちの一人。七神蒼汰(ea7244)はもう一人の葉霧幻蔵(ea5683)に腕組みをしながら声をかけた。
ちなみに今の幻蔵は美しい女性の姿。外見には似合わぬ呼びかけであるが仕方が無い。
代わりに声は小さく。
彼らの前には怪しい人影がある。その視線の先にはヴィアンカ達。
数名の男達。どうみても全うな空気を持っていない彼らがヴィアンカ達に、何か表にできない感情を持っているのは脇から見ているとよく解かる。
「冒険者が護衛に付いたので様子を見ている。というところでござろうか。そうお馬鹿でも無い様でござるな‥‥。ん?」
建物の横から様子を伺っていた二人は男達がなにやら打ち合わせをし、一人が離れようとしているのを見て取った。
「誰かに連絡に行くのかな?」
「どうするでござる?」
変身し、老婆になった幻蔵の意図を察して蒼汰は頷く。
あのくらいの人数であれば何か起きたとしても自分と前の二人でなんとかできるだろう。
何よりも今欲しいのは相手側の情報。誰が今回の首謀者であるかだけでも知りたいところである。
「幻蔵殿。追跡頼めるかな?」
「無論。お任せあれ」
人が見れば『脅威、疾走する老婆!』とか噂になりかねないスピードで追跡を開始する幻蔵老婆を見送りながら
「俺も合流した方がいいかな?」
追跡には目立ちすぎて不向き故においてきたペガサスを連れにいくのも頭に入れつつ、楽しげなヴィアンカとその背後の男達を蒼汰はじっと見つめていた。
‥‥彼らを見つめるもう一つの影には、存在にはあまり遠くて気づく事無く‥‥。
●行き先のない思い
どんな街にも裏の顔は存在する。
騎士団の働きにより治安のいい方に属するキャメロットでさえ彼らの介入できない裏や影の部分は存在するのだ。
それを実感しながらフレイア・ヴォルフ(ea6557)は物陰から小さな一軒の館を見上げた。
「娼館‥‥ね」
時折中に入っていく客、戻ってくる客がいるが流石に女性である彼女は入るわけには行かない場所だ。
かといって
「どうする? フレイア」
夫である尾花満(ea5322)を入れる訳にもいかない。
フレイアは大きくため息をついた。
依頼人の少年フーから話を聞いた満とフレイアは今回のヴィアンカ・ヴァル誘拐事件の実行犯の一人であり、首謀者かもしくはそれに近い位置にいる筈の彼の姉リリンの調査にあたっていたのだ。
リリンは裏町の住人。
それが解かってからの調査は決して簡単なものではなかったが、やがて冒険者達は彼女の居場所、そして仕事場に辿り着いていた。
裏町に生まれた多くの娘の行き着く先‥‥
「‥‥解かっていたつもりだけどね」
フレイアは知らず手を握り締め、歯を噛み締めていた。もし、ほんの運命の悪戯があれば‥‥。
震える肩に
「?」
ふわりと優しい腕が巻かれた。
「それ以上一人で思い悩むな。お前の居場所はここ、だからな」
「満‥‥。ありがとう」
大きく、暖かく、たくましい腕に一瞬目を閉じ身を任せたフレイアは
「よし! 今日はここで張り込もう。ここは最下層のって訳でもなさそうだから、閉じ込められてるってこともないだろうから、いつかは女達も出てくると思う」
気持ちを切り替えて彼らは待ちに入った。
長丁場を覚悟した彼らであるが、その時間は思ったほどは長くなかった。
その夜、娼館の中に入っていく男とそれを追う仲間を見るまでであったから‥‥。
「ん〜、なんか嫌な感じだな」
小さな家の中、てきぱきと動く依頼人フーを見つめながら壁に背を当てていた閃我絶狼(ea3991)は腕を組み、独り言のように呟いた。
独り言のようだが、独り言では無い。
フーが部屋の向こうに消えた今、彼の呟きは愛狼の絶っ太と‥‥。
「何が、ですか?」
シルヴィア・クロスロード(eb3671)がちゃんと聞いていたからだ。
「いや、あの子フーがな?」
「そうですか? お利口で、聞き分けが良くて働き者ですよ」
「そう‥‥利口過ぎるんだ。そして純粋すぎる」
「? それが何か悪い事ですか?」
シルヴィアの素朴な疑問に、絶狼は今ははっきりとは答えを返さなかった。
真っ直ぐに、良い環境に育ち、人の光の部分を見て育ってきた者には説明も理解もし辛い‥‥感覚に近いものであったからというのもある。
だが‥‥
「いかにも好きそうだからな‥‥」
「? だから何が‥‥」
「おにいちゃん、おねえちゃん。ごはんたべる〜?」
「自分で食事を作れるのですか? 偉いですね‥‥。でも私達は自分で持って来ているから大丈夫ですよ。フー君もこちらのお菓子とか食べませんか?」
「よそからたべものもらうとおねえちゃんたち、おこるからいい。‥‥でも、いっしょにたべよ」
「そうですね。一人で食べるより皆で食べた方が美味しいですからね。‥‥絶狼さんも、一緒にどうぞ」
「ああ、そうしよう」
壁から背を離した絶狼はさりげなく、手の指輪を確認しそして、今度はさらに小さく呟いた。
「絶っ太。絶対にフーから目を離すなよ」
足元の愛犬にだけ向かって。
絶狼の手の指では石の中の蝶が微かに、本当に微かにだが揺れ動いていた。
リリンという少女は黒髪、黒い瞳。
裏町では並みから少し上の容姿を持つ娘だと冒険者は聞いていた。
実の弟と二人暮らし、かと思っていたのだが、よく話を聞けば弟フーは血のつながりの無い者同士であるという。
「良くある子供同士の助け合い集団みたいなものらしいね」
フレイアは待つ間、満や幻蔵に集めた情報をそう説明した。
4月とはいえ、まだ肌寒い夜。寒さを紛らわせながらの見張りと情報の共有である。
「なるほど‥‥」
幻蔵は納得したように頷いた。そのような子供達に彼も出会った事がある。
頼る者の無い子供同士が助け合って生きようとすることは理解できるというものだ。
「以前は何人か仲間がいたみたいだけど、今はリリンが一人でフーを養ってる。身を売って暮らしてても生活は大変で‥‥でも最近、彼女を支える人物がいるらしいとか‥‥」
「恋人か? だが、恋人がいるのにあんな仕事を?」
満の呟きはスルーしてフレイアは話を続ける。
「そして少し前、下町で小さなイベントがあった。覚えているかい? ヴィアンカが主催したペットとのふれあい会さ」
勿論二人とも覚えている。
今回の依頼に参加した者の多くがその時も参加していた。
「あの時、ヴィアンカはたくさんの子供達を呼んだ。けど、呼ばれなかった子もいた。フーやリリンもそう。参加できた子は喜んだ。けれど‥‥そうでない子の気持ちはどうだったんだろうね」
「けど、それは仕方が無いことでござる! ヴィアンカ殿とて全ての下町の子を知っている訳でも無ければ、全ての子を救える訳でも‥‥」
幻蔵の言葉にフレイアは頷く。
「勿論。でも、人の心はそう簡単じゃないからね。ままならない憎しみを他人にぶつけたくなる。その気持ちがわからない訳じゃないさ。自分は好きな人がいても幸せになれない。目の前には皆に囲まれた幸せそうな娘がいる。自分が幸せになれないなら‥‥とかね」
「フレイア‥‥」
心配げな夫に妻は柔らかく微笑み、片目を閉じる。
「大丈夫。それを肯定する訳じゃない。恨み妬み嫉み‥‥それを踏み台にして成長するくらいじゃないと本当の幸せは掴めないんだ。それを、教えてあげるよ。必ずね」
鮮やかに笑うフレイア。その笑顔はだが、一瞬で真剣な顔に戻った。
「‥‥しっ。静かに」
幻蔵達も息を飲み込み、彼女の視線の先。館を見る。
館から出てくる人影。それを見送る少女。
「じゃあな。リリン。決行は明日でいいな? 手紙、出しとく。その時には出てこれるか?」
「大丈夫。そっちこそしっかりしてよ。式典は明後日なんだから、その時までに連れてこないと姉さんが困るのよ」
「大丈夫だ。人手は集める。冒険者の一人や二人、数で攻めればなんてことはないさ」
「お金の方もね。相手は貴族で円卓の騎士の娘よ。どうしたって儲けは出る筈なんだから、分け前はしっかり頼むわよ」
「姉‥‥さん?」
冒険者はそんな会話をする二人の声を確かに聞くことができたのだった。
フーは小さな木板を撫でている。
「わーい。ヴィアンカとまたあえるんだ!」
心からの幸せそうな笑顔で。
それは、さっきヴィアンカから届けられた明後日行われるイースターの式典への招待状である。
キットとリースフィアの護衛付きであった為、彼女の帰路は心配していないが‥‥
「フーさん。その日までにリリンさんは戻ってくると思いますか?」
シルヴィアはフーにそう問うた。
可能であるなら式典までにリリンと会い、話がしたかったのだ。
「わかんない。でも、きたらいっしょにいきたいな。ヴィアンカといっしょにあそびたいな。あそべるよね?」
「そうですか‥‥」
万が一、リリンが戻らぬまま当日になったらどうしよう。
そんな事を考えていたシルヴィアはだから、ヴィアンカとはおそらく遊べないとフーに伝えられなかった。
だから、聞き落としそうになった。
「きょうかいには大きいねえちゃんもいるし。イースターに出るかもっていってたし‥‥」
「えっ?」
「シルヴィア!」
フーのさりげない言葉の意味を‥‥。
●偽の手紙と襲撃者
身分の差というものはどんな場所にも確かに存在する。
リースフィアもそれは当然解かっていたつもりだった。
「しかし、こうして目の前に突きつけられてみると、あまり良い感じはしないものですね」
「ええ、私も未だに落ち着かなかったりするんです」
横でシスターの一人が頷く。
「ベルさんもですか‥‥」
彼女はベル。ヴィアンカの従姉妹でやはり貴族の娘である。
教会の奥、女性達の居住区域でリースフィアは周囲を伺いながらため息をついた。
基本、教会で神に仕える者は皆平等である。
しかしそれでも身分は存在し、貴族は優遇され、市民はそれに仕える形がそこにはあった。
ヴィアンカは教会に預けられている身分であるが、やはり貴族として世話役のシスターや使用人がいたりする。
衣服や食事にもそれが現れて‥‥、気にするものは気にするだろうとリースフィアは思っていた。
ヴィアンカの部屋はパーシが用意したものであることを差し引いても立派なものだった。
普通のシスターとはやはり違うのだろう。
教会に戻ってきて流石のキットやミシアの調査をしているエリンティア・フューゲル(ea3868)も女性の生活空間にまでは入れないからここではリースフィアがヴィアンカの直衛となる。
ヴィアンカの新しい世話役として紹介されたリースフィア。彼女の部屋も貴族待遇であった。
「これだと、実力で成果を残しても貴族だから贔屓されたと思う人もいるかもしれませんね」
「実際いると思いますよ。悔しいですよね。好きで貴族に生まれた訳ではないのに‥‥」
ベルの言葉も聞く者が聞けば傲慢と聞こえるかもしれない。
「そうですね」
リースフィアもまた恵まれた貴族の生まれである。
だから、聞こうとしない者には彼女の言葉もまた届かないだろう。けれど‥‥
信念は変わらない。思いも変わらない。
人に疎まれようともけして‥‥。
「リースフィア様、ベル様。ミシアさんを見ませんでしたか?」
ふと、背後から呼びかけられ二人は振り返った。
そこには一人のシスターが立っている。
「ミシアさんなら、セレナさんといっしょにいると思うのですが、呼んでまいりましょうか?」
控えめに微笑み、一緒にヴィアンカの世話役として入った仲間の名を呼んだリースフィアに、少し迷ってからシスターは小さな包みを差し出した。
「ミシアさんにお手紙のようなんです。これ、渡して頂いてもよろしいでしょうか?」
「解かりました。必ず」
受け取ったリースフィアはシスターの姿が見えなくってから包みを確かめる。
差出人を表すものは何も無い。だが‥‥
「ベルさん。お願いがあるんですが‥‥」
手紙を握り締めたリースフィアはベルに感情の無い、冷静な声で呼びかけた。
「何ですか?」
「外にいるキットさんやエリンティアさんに伝言を」
「解かりました」
小走りに外へと向かうベルを見送ってからリースフィアは静かに逆の方向に歩いていった。
シスター達の居住空間。
今頃、セレナ・ザーン(ea9951)が話をしているはずのミシアの部屋へと。
「以上が、ヴィアンカ様の過去ですわ」
古いベッドに腰をかけ、黙って話を聞いていたミシアは目を開けると
「それが何か?」
柔らかく微笑んだ。予想外のリアクション。話を終えたセレナは一瞬言葉を失った。
「何か‥‥と言われても、困るのですが‥‥」
セレナはヴィアンカの許可を得てヴィアンカ・ヴァルの過去をミシアに話して聞かせたのだ。
今は幸せに暮らしていてもヴィアンカの過去は決して平坦なものではなかった。
幼い頃母親を殺され、誘拐され、父と対立し殺そうとさえし‥‥保護された後も、多忙な父にあまり会えていない‥‥。
「本当にヴィアンカ様はご苦労をされておいでなのです。恵まれた幸せな子供に見えるでしょうが、そればかりでは無いのですわ」
セレナの言葉に嘘は無く、思いも真実である。
「シスターにはヴィアンカ様を誤解して欲しくないのです。ヴィアンカ様はシスターを信頼されておいでですもの。どうか、彼女を支え、ヴィアンカ様が笑顔でいられるように助けて差し上げては頂けませんか?」
心からヴィアンカを心配し、思いを込めて紡いだ言葉、願い。
だがそれは
「ヴィアンカ様は、本当に幸せな方なのですね」
ミシアには届いてはいないようだった。
「なぜ、そのような事をおっしゃるのですか? ヴィアンカ様は!」
「過去はどうあれ、今はお金に困る事無く暮らしていらっしゃる。空腹を感じた事は無い。教会でも尊重され、優遇されている。そして心配してくれるご友人もたくさんいる。これが幸せではないとおっしゃいますの?」
顔は笑みを浮かべている。だが、ミシアの心は笑っていない。
セレナはそれをはっきりと感じていた。
「それは‥‥確かにそうでしょうが‥‥」
「お話がそれで終わりでしたら、私失礼しますわ。まだ仕事がございますから」
立ち上がり去ろうとするミシアをセレナは呼び止めようとする。だが
「待って下さい。お仕事があるならお手伝いを‥‥」
「セレナ様」
微笑して振り返ったミシア。その視線と言葉の重さにセレナは思わず足を止めた。
「は、占いとか予言とかをお信じになさいます?」
「えっ?」
質問の意味が解からず瞬きするセレナ。
「ある占い師が教えてくれた話なのですが、この世の中の幸せは数が決まっているそうなのですわ。誰かが幸せになれば誰かが不幸になる。そして幸せは幸せがある人のところに集まるのだと」
「幸せの集まる人‥‥ですか?」
「私にとってシスターになれた事は、生きてきてのたった一つの幸せでした。もう一つ、光の中で表舞台に上がる夢が叶えばと願っていたのですが、その夢や幸せは私には遠いものであったようです。ヴィアンカ様の周りにはいつもたくさんの幸せがあるから、これからも幸せは集まっていくのでしょうね。彼の言うとおり幸せを持たない人の幸せも、きっと呼び寄せて‥‥」
「ミシア様!」
「ご心配なく。私もヴィアンカ様をお慕いしておりますわ。私があの方を傷つけることはありません。決して‥‥」
今度はセレナの呼びかけを無視してミシアは扉を開いた。
そこで待っていたリースフィアから差し出された手紙を受け取り、去っていったミシアの背中を見てリースフィアはセレナに呼びかけた。
「やはり、彼女が主犯のようですね」
「そのようです。でも、証拠は無い。そして私の気持ちは彼女には届いていない。そう‥‥感じました」
セレナの言葉にリースフィアは頷いた。
おそらくこの人目のある中、彼女は尻尾を出すまい。
あの手紙も黙殺されるであろう。
白い神に仕えるシスターでありながら彼女の心の闇は深い。
それが晴れる日が来るのか、晴らすことができるのか。
二人の少女騎士達に今は、その答えを出すことはできそうにはなかった。
そしてそれからしばらくの後‥‥。
「さあ、言え! 誰に頼まれた!」
地面に叩きつけられたごろつきは蒼汰に首元をひねり上げられ、うなり声を上げた。
リースフィアから来た連絡。
『ヴィアンカさんを狙った襲撃者が現れる可能性があります。それらしい人物がいたら捕らえて下さい』
それに応じたキット、エリンティア。フレイア、満、蒼汰に幻蔵はやがてパーシの館への道行き、物陰に隠れていた男達を見つけ彼らはコテンパンに叩きのめした。
数こそ多いが一人ひとりはそう強くは無い。冒険者達の敵ではなかった。
「それ‥‥は‥‥リリンだ。奴に頼まれた。リリンは‥‥姉の‥‥ミシアに‥‥」
予想通りの人物の名前に、蒼汰は手を離した。
さらに言えば‥‥裏の思惑はあるのかもしれないが、実際の犯人はやはりリリンとミシアだったのだ。
「ミシアさんは〜、裏町生まれで孤児でぇ〜すごく頭が良くて勉強もして、最初は使用人から、苦労してやっとの思いでシスターになった人物だったようですね〜」
「だから、何の苦労も無くシスターになったヴィアンカが許せないってか? ふざけるな!」
怒りを顕にするキット。
「今幸せそうにしてたって、ずっとそうしてきたとは限らないんだ。小さい頃に母親と死別し、人殺しの教育を施されてきた。父親に剣を向けさえした。必死に奪われた時間を取り戻そうとしてる人間の邪魔をするな! 」
許せない。そんな思いが全身からこみ上げられている。
放っておけば今にもミシアの元に殴りこみに行きかねない程に。
「今は、まだ証拠がない。それにヴィアンカの安全が第一であろう? それにリリンはフレイアが追っている」 彼を止めた満の言葉、特にヴィアンカの名にキットは握り締めた拳を降ろし、足元を蹴る。
「彼らの対応は騎士団に任せて教会に戻ろう。式典は明日だ。良いな?」
男達を縛り上げ、冒険者達はその場を離れた。
「いいか? もしまたヴィアンカにちょっかいを出すような事があったらただじゃおかないからな。‥‥覚悟しろよ」
男達に釘を刺すのは忘れずに‥‥。
息を切らせて逃げるように、リリンは扉を開け部屋に転がり込んだ。
下を向き呼吸を整えるリリンに
「お帰りなさい」
思いもかけない迎えの声がかかる。
フーではない女性の声にリリンは驚いて顔を上げた。そこにはフーと見知らぬ剣士、そして‥‥女騎士が立っていた。逃げ出そうと後退する。だが既に背後の扉は彼女を追跡してきたフレイアに閉ざされていた。
「誰だい! あんた達!? 人の家で一体何を!」
怯えたような目で睨むリリン。だがシルヴィアが
「不法侵入をお詫びします。私達はフーくんから依頼された冒険者です。リリンさん。貴方に話があってやってきました」
そう言ったとたん
「冒険者? フー! またお前!」
豹変し彼女はフーの頭上に平手を掲げた。
「ごめんなさい、おねえちゃん!」
その手が振り下ろされようとした時
「やめて下さい」
「お前さん、自分の立場解ってないな? 俺達はお前さんをヴィアンカ誘拐犯だって騎士団に突き出すこともできるんだぜ!」
二人の冒険者はリリンを前後から止めた。
「知らないわよ。ヴィアンカなんて‥‥」
しらをきり顔を背けたリリンであるが態度は不審で冒険者達に、確信を抱かせるに十分であった。
「嘘をついても無駄だぜ。フーから話は全部聞いてるし、あんたが怪しい奴らと話をして、ヴィアンカの誘拐を命じてるのも俺達の仲間が目撃してるんだ。それに、あんたがここにいるってことは、実行犯の奴らが俺達の仲間にのされたってことの筈だ」
「うっ‥‥」
「確かめて来た訳じゃないけど、あいつらくらいなら仲間の敵じゃあないね」
後ずさるリリンは唇を噛み厳しい顔をしている。
「おねえちゃん‥‥」
心配そうなフーの声も耳に入ってはいまい。
「あんたが話さなくても、そいつらが話すぞ。さあ理由とか背後関係を吐いて貰おうか。あ、お涙頂戴の身の上話はイランから」
「絶狼さん」
厳しい口調の絶狼を諌める形でシルヴィアはリリンに声をかける。
微笑んで、優しい眼差しで
「貴方が自分から話して下されば、今はまだ何も起きていないのですから今回の件は不問にすることもできます。貴方は優しい方なんです。リトルレディをすぐには引き渡さなかった‥‥」
「あんたが使用とした事がどういう物か理解しな。人を羨むならそれ相応の努力をしな。それも無しに羨むだけなら誰でも出来るだろう?」
「あんたに何が解るって言うの? 私達の苦労も、ここでの本当の生活も何も知らないくせに! あたしらが努力してないっていうなら、子供がたった一人で食べていくのがどれほど大変か? やってみればいいんだよ!」
感情を叩きつけるリリン。だが、シルヴィアには彼女が誰にも頼れず、泣き出しそうな子供に見えた。
だから、変わらない笑みで手を差し伸べる。
「貴方の言うとおり、私には貴方の苦労も苦しみも分からないかもしれません。だから、どうか教えて下さい。どうせ分からないと諦めてしまう前に、私にチャンスを下さいませんか」
リリンの前に差し出された手は彼女にどう映ったのか。躊躇いがちに、だが確かに動きかけた手は
ポロン♪
小さな音色と共に差し出された手を強く弾いた。
「嫌よ! どうせあんたらには私達の気持ちなんか解らない。解ってくれるのは‥‥、解ってくれるのは‥‥」
窓の外を見るリリン。
逃亡の気配を感じ、フレイアと絶狼は
「動くな! 逃がしはしないよ!」
「絶っ太! フーを逃がすな!」
同時に動いた。思うとおりリリンは駆け出すと窓を蹴り開け
「フー! おいで!」
手を伸ばした。
シルヴィアや絶狼の手を振り払い、フーは真っ直ぐにリリンの元に走っていく。
フレイアのダガリタが投げられ、忍者刀を持った絶狼がリリンを捕らえようと走る。
だがナイフが、刃が、狼の牙が二人に届こうとした刹那。
「な、なんだ!?」
部屋の中に暗闇が広がった。
思いもよらぬその魔法に、冒険者に生まれたその一瞬の隙。
二人は部屋を逃れ街に消えた。
「お待ち!」
冒険者も即座に後を追った。
だが、下町を知り尽くした子供達の姿を見つけることはできなかった。
●光と闇の子供達
神聖な儀式の中、白い服でヴィアンカは司祭の側に仕えていた。
いつもとは違う空気を身に纏ったヴィアンカはどこか大人びて見える。
「なかなか、いい眺めでござるな。真面目なヴィアンカ殿というのも」
「あいつはいつでも真面目だ。あいつの娘だからな。もう少し不真面目でもいいのに‥‥」
儀式の最中であるので式典を見つめる人々の最後方で、キットと幻蔵は小声で話しながら、彼らが守ったヴィアンカの晴れ舞台を見つめていた。
他にも式典会場には冒険者達がいる。
彼らのヴィアンカを見つめる目は優しい。
けれど、ほんの少しずれればその目は険しく変わる。
脇に控える一般のシスター達。その中に何食わぬ顔で並ぶミシアがいたからだ。
「教会のシスターの中でも実力ある人物。外見と貴族と言うことでヴィアンカが選ばれなければ次の候補はミシア様だったようですわ」
セレナの言葉に騎士の姿に戻ったリースフィアは頷く。
状況証拠や犯人の証言はヴィアンカ誘拐事件の首謀者はミシアだと告げる。
けれど、物的証拠はない。彼女が否定すればそれで終わりだし、何より誘拐事件そのものが無い事になった。
また発生しなかったのだから彼女を罪に問うことは今は、まだできないのだ。
「ミシアさんがぁ〜、リリンさんの関係者であったことは事実なんですからぁ〜、その辺から問い詰められませんかねぇ〜」
エリンティアの言葉に蒼汰は難しいだろうと首を振る。リリンを確保できていればまた話は別だが、逃げられた今は説得力に欠けるだろう。
「それに、ひょっとしたらあの二人でさえ手駒である可能性さえもあります」
シルヴィア達の話を聞いた時、リースフィアは無意識に首元を押さえた。
彼女達の側にある人物の存在。リリン達の逃亡を助けた更なる黒幕。
「パーシ卿からの調査の返事からしてもフーに対する危惧は無用だったようだ」
「今までは、な。だが、これからは解らない。あいつは、自分の意思で姉について行ったんだから、利用される可能性は十分にある」
手の中の木板を見つめながら絶狼は悔しさを吐き出した。
受取人を無くした招待状。
思った以上に自分はフーに情が移っていたのだろうか。自分の差し出した水を聖水と知らず疑わず飲んだあの子に。と。
冒険者は誘拐事件を阻止した。実行犯を捕らえ、犯人の実態を捉えた。
ヴィアンカを守り、イースターの式典も成功させた。
文句なしの成功ではあるが、これで終わりであるとは誰も考えてはいなかった。
「リリンは闇に消えた。あの子達の心の闇は思ったより深そうだね」
「もし少し知恵のあるデビルであればその心の闇に乗じるのは簡単なことでしょう。彼女達の心の闇を払うまでは本当の成功であるとは言えないのかもしれません」
「でも‥‥どうしたら‥‥」
セレナはフレイア達の言葉と、ミシアの言葉を胸の中で反芻する。
『この世の中、幸せの数は決まっている』
占いなどというのは口実にしてもそう言わせるほどの闇を持ったミシアの心にどうやったら光を灯せるのか‥‥?
「みんな〜!」
気が付けば式典は終わり人々が戻っていく。
そして衣装のままのヴィアンカは、真っ直ぐに冒険者の下へと。
「ごくろうさん。頑張ったな」
「うん! 無事終わったよ。守ってくれてありがとう。それで‥‥どうだった?」
くるりと冒険者達の前で回ってみせる少女に、冒険者達は微笑み同じ視線で、キットの方を向く。
そしてキットは頭をかきながら言った。
「うん‥‥綺麗だったぞ」
「わーい! ほめられた〜!」
純粋で無垢な笑顔。
いるだけで人を幸せにでき、だからこそ幸せになる可能性を持った少女。
「なんとしても、守らなければいけませんね」
シルヴィアの呟きを、ヴィアンカは聞かなかったろう。
だが、冒険者は全員が聞き、頷いたのだった。
そして闇の中。影は影に命じる。
『怨め。憎むがいい。そして‥‥望むものを手に入れるのだ』
「私が望むもの‥‥」
「僕が‥‥欲しいもの」
二つの影が応えた返事に影は満足し、微笑んだ。
深い‥‥闇の中で。