●リプレイ本文
●無音の脅迫状
冒険者達が一つ、見落としていた事がある。
見落としていた、というより忘れていた事、だろうか?
教会前の広場。人々が楽しげに行き来している。
春の日差しの中、どこか穏やかな風景の影で
「この広場の見取り図とかはないものでしょうか? こうして見ているだけは解らないことが解るかもしれません」
広場を見つめるシルヴィア・クロスロード(eb3671)に閃我絶狼(ea3991)はああ、と頷いた。
「ひょっとしたら、図書館とかにあるかもしれないな。俺も後で描きとめてみるつもりだったから、調べてきておいてやるよ」
シルヴィアはありがとうございます。と頭を下げる。
依頼主ヴィアンカ・ヴァルの元に届けられた指定場所の無い脅迫状。
「この木板の表すものはイースターに出したリトル・レディの招待状であると推察します。とすれば、木板が指し示す場所はイースターの式典会場、ではないでしょうか?」
そう言ったシルヴィアの推理は冒険者達を不思議と納得させた。
「とはいえ確証が無い以上賭けになるんだが‥‥昼の内に蝶が揺れたりしてないよな?」
「ここ、だとすると、場所は広場‥‥か? あの式典、メインを教会の大聖堂で。その後一般客にいろいろ配ったりを広場でやってたからな。その後、シスター達は卵とか人形をいろいろ配りに言ってたがヴィアンカはそれには参加していない」
あの日の光景を思い出しつつキット・ファゼータ(ea2307)も獲物を探す目で広場を見つめる。
「周辺の木とか草陰とかにもあいつなら隠れられそうだしな」
「なに。奴らに隠れやすいということは拙者らにも隠れやすいと言うこと。人質をとっての脅迫など卑怯の極み。なんとしでも阻止してやらねばな」
頼もしげに笑う尾花満(ea5322)の言葉にシルヴィア達も微笑する。
誘拐されたフーと言う男の子は、下町の一人の孤児に過ぎない。
一方護衛対象となる人物は円卓の騎士の娘、ヴィアンカ。
本来であるなら天秤にも乗らない、身分の差のある子供達だ。
それでも、ヴィアンカは大事な友達であると言う。
そして冒険者に助けて欲しいと願ってきたのだ。
「冒険者に依頼したら、フー君の命は無い、ですかぁ〜。ヴィアンカちゃんもいろいろ辛かったでしょうねえぇ〜」
心配するようにエリンティア・フューゲル(ea3868)は告げる。
口調に変わりはないが、彼の心が被害者もそしてヴィアンカ自身も十分に心配していることを仲間達は知っている。
「まあな。冒険者と一緒に向かうと脅迫文にある条件に反する。だから何も言わずにこいつを届けた。後から勝手に来たのならそれは助けを求めたことにはならないだろうとな。まったく、変なところばっかり親父に似やがって‥‥」
「ただ助けを求めるでもなく、一人で飛び出すでもなく‥‥中々小器用な真似が出来る様になったな、ヴィアンカは。いろいろ大人になったってことか?」
「まったく。あいつはまだ子供でいいんだ」
苦笑しながら手の中で弄んでいた木板をポーンとキットは投げた。
「わっ!」
あわててキャッチしたのはセレナ・ザーン(ea9951)。これも貴重な証拠品であり、手がかりだ。
セレナは木板をしまいながら呟く。
「この心の不安はなんでしょう‥‥。何かを忘れているような、何かを見落としているような‥‥」)
言葉にならない不安を共に胸に抱きながら。
教会から出てきたリースフィア・エルスリード(eb2745)はふう、と小さく息を吐き出した。
「今日の夜、ですからね。流石に表には出てきませんか‥‥」
荘厳なまでに豪華な建物は広く、一般の人間が、例え名声ある冒険者であるとはいえ何も手を打たず入れる場所はそれほど多くはない。
ヴィアンカと偶然出会える可能性も、だ。
勿論リースフィアもそんなことは承知の上で、ここにいる。
「あの木板を信じるなら動き出すのは夜、でしょう。まあ悪事を働く人間の約束など信じるものではありませんが‥‥」
万が一の時、ヴィアンカが助けを求めたら直ぐに動けるように‥‥、助けに行けるように‥‥。
いつだったか、パーシ・ヴァル。彼女の父が言った言葉がある。
『覚悟を決めておけ。命の取捨選択など簡単に出来るものではないのは解っている。だが、お前達の力はもう選ばれる側ではなく、選ぶ側の域に達しているのだから』
全てを救うことはできず、いつか切り捨てなければならないものが出てくる。
自分達はそれをもう選ぶ立場なのだと。
「ヴィアンカさんも、それは解っている筈。本当は許されないことなのでしょうが、それでも切り捨てないその想いを大切にしてあげたい‥‥。今は、まだ‥‥」
さて、と肩に力を入れなおしリースフィアは気持ちを切り替える。
「向こうでの待ち伏せは皆さんに任せましょう。シルヴィアさんと違い追跡とかの魔法はあまり得意ではないのですが‥‥その分はフォローして下さいね」
ワン! ワンワン!
リースフィアの側で控える忍犬二匹と、頭上を舞う鷹はまるで彼女の言葉に答えるように、ぐるりと地上と空に大きな輪を描いたのだった。
「ふう〜。おかしいねえ?」
リースフィアとは違う意味で、違う場所で、だが同じようにフレイア・ヴォルフ(ea6557)は大きくため息をついた。
「どうしたのでござるか?」
「わっ! おどかさないでおくれよ。ゲンちゃん。ああ、ちょっとあんまりにも手がかり無しでね」
心配したように声をかけてきたのは葉霧幻蔵(ea5683)。
ちなみに今日のところは比較的普通の格好である。
彼曰く
「いろいろと真面目な頼みごとをしにいくのに流石に着ぐるみは怪しいのでござる」
それでもラビットバンドをつけているのは彼の彼たるゆえんであろう。
まあ、そんな事はさておき、心配そうに自分を見る幻蔵にフレイアは今日一日、自分の行動が空振りであったことをもう一度のため息とともに話した。
フレイアは指定された時間である今日の夕方まで、仲間達とは別行動をとってある事を調べていたのだ。
「フーとリリンがどこに隠れてるのかなって、思ってね。下町の子供達が頼れる人や場所なんて限られてるだろ? 事が起きる前になんとか話はできないかな、って思ってね」
今回の依頼を聞いた時、セレナは言っていた。
『木板を使った式典会場への招待状‥‥リリンさん達が書いたとは思えません。フーさん達が姿を消した時の魔法から考えても、ディーというあのシフールが計画を乗っ取ったのかもしれませんわ』
リリン達がヴィアンカを欲し、誘拐を企てていたのは間違いない。
脅迫状はフーの名前を人質のように出したが、ある意味彼の保護者であるリリンが協力者であるなら人質と言うより共犯者であろう。
「だから、あの子達を説得できれば例のシフール。ディー、だっけ? の計画を狂わせられるんじゃないかって思ったんだよ」
行動の理由をそう語るフレイア。
「だけど、びっくりするくらい手がかりはなし。仕事の元締めが無断で休んでるって怒って探してても見つからないってくらいだ。エリンティアの方もそうらしいし一体、どこにいったんだろうね? あの子達‥‥」
「ふむ‥‥」
「えっ?」
フレイアは驚いたように瞬きをする。
横で幻蔵が考え事をしているのだ。驚くほど、真面目な顔で。
「どうしたんだい? ゲンちゃん。なんだか真面目な顔で。あたしおかしな事言ったかい?」
けっこうレアな光景を見つめていたフレイアに、呼びかけられたことに気がつき慌てて首を横に振る。
「あ、別にそうではないでござるよ。ただ、ちょっと気になることがあったのでござる」
「気になる‥‥こと?」
頷いた幻蔵はある疑問を口にし、フレイアに耳打ちをした。それを聞いたフレイアは‥‥
「それは‥‥」
知らず手を握り締めていた。
最悪の想像。それが現実のものにならないように、と願いながら。
●気づけなかったメッセージ
ピイーーッ!
もうじき日が暮れる。
夜目の利かなくなった鷹はそれでも真っ直ぐに主の下へと降りてきた。
薄紫に染まった広場の一角。
「ご苦労だったな」
とねぎらうキットは顔は笑顔でも、声は緊張している。これから始まるであろう戦いに緊張しているのだろうか?
「どうです? レアさん?」
そのさらに隅で水晶に手を当てていたレア・クラウス(eb8226)に同じように緊張した面持ちのシルヴィアが声をかける。
「‥‥ダメ、ね。暗くてよく見えないわ。真っ暗闇の中、小さな明かりが一つ。その明かりが何かに追い詰められるように揺れて、そして消える‥‥。走ってくる何かが一つ見えるけど、‥‥見えるのはそこまでなの。場所とかはさっぱり見えない」
レアはフレイアに頼まれて来てくれた新しい仲間である。
自らの水晶球とフォーノリッヂを使って何か手がかりはないかと占いをしてくれている。
「私はそんなにヴィアンカって子を知ってるわけじゃないから確証はないけど、ね。小さな明かりを持ってるのが多分ヴィアンカって子じゃないかって思うのよ。真っ暗闇の中、彼女は追い詰められて明かりが消えてしまう。‥‥ん〜、あんまりいい感じじゃないわ」
ごめんね。と謝るレアにいいえ、と手を振りながらシルヴィアは考える。
「何も見えないほどの暗闇‥‥ですか」
何かが心の中で警鐘を鳴らす。
教会前の広場。
道や広場を照らす明かりなどは当然無いが、何せ教会のどまん前である。
教会に灯が入れられて、今も仲間の顔の判別くらいはできた。
「いまさら、なのですが指定の場所は本当にここで良かったのでしょうか?」
手書きの地図を見ながら不安を吐露するシルヴィア。
「おいおい。指定の時間はもうすぐなんだだ。今から違うなんてことになったら‥‥とんでもないぜ」
絶狼の言葉に頷きながらもこの不安は消えない。
何かが足りない。何かを忘れている‥‥。そんな予感が。
「リースさんがヴィアンカさんの尾行についています。私達の予想が間違っていたとしても完全に一人になることは無い筈ですが」
「私達も尾行に行こうか? フレイア?」
レアの言葉に考えるフレイアが不安げなシルヴィアを見る。
もし、ここが本当に指定の場所ならそろそろ別れて潜むべきだ。
シルヴィアとてヴィアンカの護衛に着く予定であった。
だが足は動かない。石の中の蝶もぴくりとも動かない。
「どうする?」
「もう少し待ちましょう。そして、考えましょう‥‥。ぎりぎりまで考えて‥‥そして‥‥」
本当なら、それを一番最初にするべきだった。
自分の考えを確信し、決め打ってしまったこと。
それが今回一番の失敗であったことを冒険者達は、特にシルヴィアは後悔する事になる。
「えっ?」
夜、月も上がって約束の時間。
リースフィアは裏口から周囲を伺うように出てきたヴィアンカ。彼女が向かう方向を見て瞬きをした。
仲間が待っている式典開場はとは明らかに違う方向に彼女は進んでいるのだ。
ヴィアンカが向かう先には橋がある。
冒険者街に通じる橋が。
「まさか‥‥別の場所が指定されていた? それとも新しい指示が? いいえ! 今はそんな事を考えている暇はありませんね」
だが、リースフィアには今、決断が迫られていた。
仲間の下に知らせに走るか、それともヴィアンカを追うか。
「‥‥! ヴィアンカさんを見失うわけには行きません。追いましょう。‥‥お願いできますか?」
彼女が呼びかけたのは幻蔵が預けた忍犬。絶狼が貸してくれた狼。
ワワン! ガルル!
頷くように吼え走っていく。それを見届けたリースフィアは決意を表すように手を握り締めると
「行きますよ。朧丸」
静かに、揺れる光を追いかけていった。
約束の刻限。
だが、ヴィアンカが来る様子は無い。
周囲に人影もあり、その中にシフールどころかリリンやフーがいる気配もない。
「はずれ、だな」
「くそっ! じゃあ、どこにいるっていうんだよ!」
噛み締めるように告げる絶狼にキットは思わず声を荒げた。
「でも、この手がかりから読み取れるのは確かにここしか考えられませ‥‥えっ?」
大事にしまっていた脅迫状の木板と、それを包んでいた布を見つめていたセレナは、ハッとした表情でその布を見つめる。
今まで気にも留めなかったが布には無造作に散らされた模様のようなものが描かれている。
ただ、見ただけ、広げただけでは意味の無い模様にしか見えないが
「ちょ、ちょっと待ってください?」
セレナはもう一度、託された木板を布の上に乗せ、思い出すようにそれを包んだ。
「あ、こっちじゃない。先に折るのはこちらですわね‥‥。こうして‥‥あっ!」
正しく折りなおし裏返す。
端と端が合わさった包みの裏には不思議なことに、あるものが現れていたのだ。
「これは‥‥橋?」
箱を逆さにしたような模様は確かに橋に見えた。
「多分偶然ではありませんわ。この包みそのものがメッセージだったのですわ」
セレナは後悔する。木板を調べるとき、もっと徹底的に包みや模様までに木を配るべきだった。
もしかしたらと考えていたのに場所のあたりが早くについたのですっかり忘れていたのだ。
「そんな‥‥」
シルヴィアは震え、後悔に目を閉じた。
これは複雑な仕掛けではない。誰かが一人でもその可能性に思い当たって動けば、直ぐにわかったことの筈‥‥。
「だが、橋はキャメロットにいくつもある。どの橋だっていうんだ?」
「そここそがシルヴィアさんの推察でしょう。式典会場の一番近く。もし、フー君達が来るのであれば渡って来たであろう橋‥‥それは」
「あそこか!」
冒険者達が声をあげたと同時、闇の中から閃光が二陣。冒険者の間に飛び込んできた。
「おお! 茶助!」「絶っ太」
「そいつらはリースフィアに預けてあった筈だよな。そいつが戻ってきたってことはあっちに何かあったって事だ。場所は‥‥解るか?」
ワワン!
頼もしげに声をあげた二匹は冒険者に背を向け来た方向へと走っていく。
「馬鹿! ぼんやり何してやがるんだ!」
パシン!
呆然とするシルヴィアの頬をキットは叩いた。
「あっ‥‥」
我に返るシルヴィア。気がつけばもう仲間達は駆け出している。
「まだ間に合う。絶対に間に合うんだ。行くぞ!」
「はい!」
手放しかけていた気力を引き戻し、シルヴィアは自分の頬を一度強く叩くと最後尾から仲間達の後を追いかけていった。
●届いた言葉と届かない呼びかけ
柔らかい土が足を引きとめ、伸びかけた雑草が手足を切る。
「うっ‥‥」
だがカンテラを持つ手は進み続け、やがて止まった。
「ディー。私よ! ヴィアンカよ。約束どおり一人で来たわ!」
大きく、暗い橋の下。そこで
「やあ。久しぶりだね。ヴィアンカ。元気そうでなによりだ」
懐かしい声が聞こえた。カンテラを持ち上げ周りを見るが、聞こえるのは声だけ。
姿はどこにも見えない。
「よく僕の居場所が解ったね。おりこうさん。まだ僕らが教えた事はちゃんと身についてるみたいでなによりだよ」
『いいかい? いつ、どこの誰が君達の邪魔をするかもわからない。だから、いつも物事を注意深く見るんだ。表向きだけに騙されてはいけないよ』
遠い記憶を振り払うように、首を振るとヴィアンカは声を上げた。
「‥‥忘れたわ! もう、あなたの事なんか、忘れた。私は円卓の騎士の娘、ヴィアンカ・ヴァルなんですもの!」
くすくす。小さく、楽しげに笑う声がする。
「いいね。君は幸せを掴んだんだ。血に塗れたその手で。テイニス達を踏み台にして‥‥」
「止めて!」
声を上げたヴィアンカはキッと闇を睨みつけて言う。
「私はここに来たんだからもういいでしょう? お願い。フー君を返して!」
「勿論、返すよ。ほら、フー。お迎えが来たよ」
「ヴィアンカ‥‥」
気がつけば確かに目の前にフーが立っていた。
「良かった。フー君。無事で‥‥」
膝を折り抱きしめようとするヴィアンカ。けれどその瞬間
「朧丸!」
細く、だが強い手が彼女を引きよせ、横を走り抜けた犬が目の前のフーを弾き飛ばした。
「フー君!」
「ダメです。待って下さい。ヴィアンカさん。よく見て!」
駆け寄ろうとしたヴィアンカを手を引いたリースフィアが制し、指差す。
カンテラをもう一度掲げるヴィアンカ。
倒れ、立ち上がったフーの手には銀色の光。
ナイフが握られていたのだ。
「ねえ。ヴィアンカ‥‥ぼくのところにきてよ。ぼく、ヴィアンカが大好きだよ。いっしょにいたいんだ。さいしょのときみたいにずっとねてれば、いっしょにいられるっておにいちゃんがいってたんだ!」
「フーくん!!」
操られている目ではない、真剣で本気の目だ。
「どうして‥‥?」
「彼ばかりではありません。彼の後ろを御覧なさい」
戸惑うヴィアンカの背後をリースフィアは指差す。彼の背後にもナイフの煌きとそれを持った人間の影がある。
「円卓の騎士の娘。貴方を手に入れれば、私達は幸せになれるの。お金も、あの人の愛も、幸せな未来も全て手に入れられる‥‥。だから、私達のものになりなさい!」
何かを吹っ切ったような目で笑う姿は女性。リースフィアは知るがヴィアンカは知らない人物だった。
「あの‥‥人は?」
「彼女はリリン。フー君の姉で、今回の誘拐事件の実行者です。でも‥‥本当の計画者はあなたでしょう? リトルディー!」
ヴィアンカを背後に庇いながらリースフィアは見えない敵に向かって声を上げた。
「さあて、どうかな?」
だが、聞こえてくるのはくすくすという笑い声ばかり。
「それにしても、ヴィアンカ。君は約束を破ったのか。一人でおいでって言ったのに、冒険者を連れてくるなんてね。うん、契約違反だ。フーを殺されても仕方ないよね」
「ヴィアンカさんは誰にも、何も言っていません。私は通りすがりにヴィアンカさんを見つけて来ただけです」「そんな事を信じると思うの?」
一触即発の空気の中、リースフィアは会話を続けていた。
待っていたのは仲間の救援。
彼らがここに来るまでヴィアンカを、そしてフーとリリンを守りきれるか‥‥。
「ヴィアンカさん。これを持っていて下さい」
後ろ手に杖を握らせ、リースフィアは一度目を閉じる、魔法の光を紡いで掲げ‥‥。
そして
「リリンさん!」
リリンに向けて声を上げた。
「人の幸せを奪っても自分の幸せにはなりません。自分も周りも不幸になるだけです。家族がいるのは幸せではないのですか? お金? あなたが欲しいのはそんなものなのですか? 幸せは、あなたの傍にはありませんか!!?」
真っ直ぐに向けられたリースフィアの思い。それにリリンは顔を背ける。眩しくて彼女を直視できないのは魔法の光のせいだけではあるまい。
「そんなのは持っている人物のたわごとよ! 黙りなさい! さもないと!」
ナイフを構えて真っ直ぐにリースフィアとヴィアンカに迫るリリン。
だが、その時三つに分かれた冒険者達が、それぞれの場に飛びこんでいった。
「きゃあ!」
悲鳴と共にリリンの足が地面に縫い付けられる。
比喩ではなく矢が真っ直ぐに彼女の右足を地面に縫い留めたのだ。
「大丈夫か?」
レアと満が、二人とリリンの間に守るように割り込んで盾となった。
苦痛に顔をゆがめるリリンの前にさらにもう一本、矢が放たれる。
フーの方には絶狼が近づき、一瞬のうちにナイフを奪い、そして抱きしめた。
「フー! お前が真に望む物は何だ? 他人から聞かされた言葉じゃない、おまえ自身の心の声を聞かせろ! 思い出せ! ヴィアンカを傷つけて側にいさせてお前は幸せか? 側にいても話しかけてもくれないし、笑いかけてもくれない。それでいいのか? それが本当にお前の幸せなのか!!」
「ヴィアンカが‥‥わらってくれない?」
「そうだ! ヴィアンカはいつもどおりならお前が望めばいつでも笑いかけてくれる。そのいつもを奪わせるな。 奪おうとする姉ちゃんも好きなら尚の事姉ちゃんの悪行を止めてみせろ、言いなりになる事が相手の為になる事なんて絶対にない! 間違いを正し合えるのが真の絆なんだ!」
強く羽交い絞めるような抱擁。叫びにも似た思い。だがそれはフーには伝わったようだ。
手からナイフが落ち‥‥絶狼の背に小さな手が回る。
「ごめんなさい。おにいちゃん」
「良かった‥‥。解ってくれたのか?」
肩に触れたぬくもりを絶狼は感じ、大きく安堵のため息をついたのだった。
一方リリンの方は、まだ痛みと憎しみの混じったような顔で目の前の冒険者達を見つめている。
足を縫いつけた矢に触れることさえできず立ち尽くすリリンの前に、矢を放ったフレイアは静かにゆっくりと弓を置いて現れたのだ。
「話したいことがあるのなら聞くよ、そして考えるよあんたのことも、フーのこともだから‥‥堕ちるなっ。理解して貰おうという努力を捨てるな! あんた達は思うほど一人じゃないんだ」
「必要であるなら裏町から抜け出す手段は作ってあげられるでござる。だが、裏町でさえおぬし達を心配するものはいるのでござる!」
レンやストリートの子供達。リリンとフーの面倒を見たかつてのきょうだい達。隣人達も。
彼らは文字を書くどころか読めないものが殆どだったが仲間を心配する優しい気持ちは確かに持っていた。
「戻ってくるでござる。リリン殿!」
「まだ、間に合うんだから!」
「本当に‥‥間に合うの?」
躊躇いがちに顔を上げたリリン。彼女に冒険者達は、
「勿論!」
異口同音。そう告げると手を真っ直ぐに差し伸べたのだった。
「ん〜。冒険者が関わるとつまんなくなるなあ? なんで皆、直ぐに改心しちゃうんだろ?」
「それが、人間だからに決まってる!」
「えっ?」
闇の中、ふわふわと浮かんで様子を見ていたシフールは、突然頭上。
橋の上からデュランダルを構え飛び込んでくるキットに気づき、瞬間全力でその身をかわした。
「ちっ! チャンスだったのに」
着地し、舌打つキット。ここからだと剣は届かない。
だが間髪入れず、月の着流しのから魔法を引き出しにかかる。
「デビルとなったバードのシフールを撃て!」
だが光の矢は放たれること無く逆に、キットの腹を射抜く。
「な‥‥?」
「失礼な。僕は悪魔に魂を売った覚えはないよ。前にも言ったろう? 僕は僕だってね」
ハハハ。笑って苦痛に顔をゆがめるキットを見るシフールディー。
だが
「でも、シフールであることは変わりないですぅ〜」
「そういうこと」
「そうなのでござる」
その油断の隙を冒険者は見逃しはしなかった。
「「「ムーンアロー! シフール。トゥー・リトル・ディーを撃て!」」」
「うわああっ!」
三方向から放たれた光の矢。それは確かに彼の不意をついた。
肩口と足から流れ出る血が体と共に地面に落ちる。
「逃がすか!」「逃しません!」
キットとシルヴィアがそれぞれの武器を構えて踏み込んだ。
二人のどちらも覚悟を決めてディーの首を落とすつもりの攻撃であった。
だがそれは
キイイーーン!
澄んだ白い音に弾かれる。
「なんだ? これは??」「‥‥ムーン、違うホーリーフィールド?」
白い光のドームの中、見れば傷ついたシフールの隣にカソックを身に纏った娘が‥‥いる。
「ディーさん。大丈夫ですか?」
「ありがとう。ミシア。ちょっと油断したね」
「ミシア‥‥さん?」
瞬きをするシルヴィア。キットがもう一度と剣を構えたのとほぼ同時。
「ここは一度逃れましょう」
「そうだね。最後の仕上げは主のとこの彼に任せるとしようか? 君もおいで。あの人に紹介するよ」
「待って下さい。ミシアさん!」
「この! 逃がすかあ!」
音を立てて、守りのフィールドが割れた瞬間。
シフールディーはミシアの手をとり影にもぐりこんでいずこかに消えていった。
「くそっ! また逃がしたか‥‥」
悔しげに地面を叩くキット。
ミシアを連れて『主』とやらのところに消えたシフールを探しだす術を持たない今の冒険者には、彼を追いかけることはできなかったのである。
●光の彼方、闇の奥
結果から考えるなら失敗ではないだろう。
ヴィアンカを守りきり、フーとリリンはデビルの手から取り戻したのだから。
「でも、俺にとっては失敗だ。また、あいつを逃がした」
「ミシア様も闇に完全に堕ちてしまわれましたわ」
キットは地面を叩き、セレナは唇を噛む。だが一番沈んだ表情を見せているのは
「私が‥‥場所を間違えなければ‥‥」
と落ち込むシルヴィアであった。
確かに場所をここと決め打ってしまったのは失敗であった。
遅れて飛び込んだ故に、ディーを探したりリースフィアやリリン達を助けるのが精一杯。
ミシアまで探す余裕はあの時、あの場には流石に無かった。
「主、というのはアリオーシュですね。彼の元にまた、闇に堕ちた魂がまた集った、ということでしょうか?」
「確か、あのやっかいな猫も神聖魔法黒を使ってたような気がするし、白のクレリックと合わさったらますます面倒になるか‥‥」
これからの事を考えれば、確かに気は重くなる。
だが、救いはあった。
「あのね。お父さんがね、フー君とリリンお姉ちゃんを家に置いていいって言ってくれたの〜」
嬉しそうに冒険者にヴィアンカはそう報告しに来た。
幻蔵の報告で事情を知ったパーシが、リリンを住み込みの使用人の一人として雇うことを許可したのだと言う。
デビルに再び手を出さないように保護するという意味でも、悪いことを考えたりさせない為の保護観察の意味でも確かにそれはいいアイデアのに思えた。
「リリンさんがぁ〜、またヴィアンカちゃんを〜羨まなければいいんですけどねぇ〜」
微笑と苦笑、両方の笑顔でエリンティアは笑う。
でも、彼には多分大丈夫であろうと言う予感があった。
『僕は人を羨む事自体は悪い事だとは思いませんよぉ』
別れ際を思い出す。あの時、エリンティアはリリンに心からの思いを告げたのだ。
『その思い自体は自分がそうなりたいと言う憧れに繋がるものですからぁ、自分を成長させる為の目標となりえる感情ですからねぇ。でもぉ、人を妬んでは駄目ですぅ、それは自分を含めて周囲の人達を不幸にしますからねぇ』
本当はミシアにも伝えたい思いであったが、リリンはちゃんと話を聞き、それを受け止めてくれた。
「私、あの人にも話してみる。あの人の為にお金を手に入れて幸せに暮らしたかったけど、人を傷つけてまでの幸せを望んじゃいけないのよね‥‥」
立ち直るきっかけさえあれば、リリンはきっと前を向いて光の道をあるいていけるだろう。
「でも、もう少し注意が必要ですわ。シフールディーのあの捨て台詞から察するに、ディーの他に誰かが、今回の事件に関与しているようですもの。それを突き止めないと‥‥」
せっかく立ち直りつつあるリリンがまた闇に堕ちてしまう。それに‥‥
「良く頑張ったな。でも一人で頑張りすぎだぞ」
そう褒めた時のヴィアンカや、
「よし! 気合入れて説得しろ!」
絶狼に促されて姉を一生懸命説得し、ヴィアンカ誘拐を諦めさせたフーの笑顔を守らなくてはならないのだ。
「いつも‥‥あいつにはいいようにされてる。次に会ったら今度こそ本当のリベンジだ!」
まだ終わりではない。
最後の一幕に向けて冒険者達は思いと気持ちを新たにしていた。
そして闇の中。
「ミシアと申します。どうぞ‥‥お見知りおきを」
丁寧に礼をとるミシアを楽しそうな笑みで迎えた『彼ら』の主は彼女の世話役を側仕えの青年に任せたと言う。
「あら、貴方は‥‥」
青年と出会ったミシアはそう問い、納得する。今回の事件の真相を。
だが、それでも彼女は帰ろうとはしなかった。
自らで決め、自らを沈めたのだ。
深い深い、闇の奥へと‥‥。