【銀の乙女】何のために、誰のために‥
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 3 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月01日〜12月06日
リプレイ公開日:2004年12月07日
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●オープニング
他愛も無い兄との会話に、彼は少々退屈していた。
だが、今、一族の長である兄の言葉や、招きには従わなければならない。
(「力も、頭脳も私の方が‥上だというのにな」)
いつか、自分がその地位を手に入れる‥。彼はそう誓っていた。
(「その日は‥もう遠くは無い。あの娘がいれば‥、後は‥鈴を‥」)
ベランダで笑みを浮かべる彼の目に早駆けの馬が見える。あれは‥?
こっそりベランダを降り、出迎えた彼の前には館に残してきたはずの部下がいる。
「どうした? 一体?」
「大変です。賊が屋敷に‥」
「何!」
大声の半歩手前で彼は声をなんとか収めた。詰問するように部下に彼は問う。
「誰だ、一体? 取り押さえられたのか?」
「それが‥不意をつかれ、あまりにも強くて‥」
「娘は‥娘はどうした?」
「私がいた時点ではまだ。ですが‥今はどうかは‥」
「クソッ!」
彼は聡かった。事態の意味を理解していた。自分が今夜、何故、招かれたのかも‥。
(「兄上が‥、こうなったら‥」)
頭を切り替えた彼は部下に何事かを指示すると、焦らず、優雅に貴族らしく振舞った。
(「まだ、現状を兄は知らない。絶対にこの場を切り抜けて見せる」)
ある館の一室の前に立つと、ノックを二回。そして扉を開けた。
「義姉上、お話がございます」
「どうぞ、お入りなさい」
婦人は何の躊躇も無く招き入れた。最悪の客人を最高の笑顔で。
少女と、少年は瓜二つだった。
破れたドレスの胸元が無かったら、少年が少年だと、誰も解らないかもしれない。
「貴方は‥館にいた‥ベルさん?」
女魔法使いは、同行した騎士に目配せをして膝をつく。自らのマントを肩にかけてあげるとそっと少年と目線を合わせた。
こくり、小さく頷いた少年は冒険者達を見つめた。
「父さんが‥お母様を連れて行ったんだ。父さんは‥お母様に何をするか解らない。お願いだ。お母様を助けてよ!」
「ちょっと待て、事情を説明しろよ‥」
「私が‥説明しよう」
少年の背後の扉が開き、男性がギルドへと入ってきた。しっかりとした正装でやってきた彼を知っているものは思わず声を上げた。
「伯爵!」
「お父様‥」
「伯爵?」
「お父様?」
貴族の館に行った二人と、少年の呼びかけに頷いた彼は、目を瞬かせる冒険者達のテーブルの前に一通の手紙を差し出した。
「弟を引き止めておく作戦をどうやら、気付かれてしまったようだった。私が少し目を離した隙にあいつは妻を連れて、館を出てしまったのだ。ベルは途中まで一緒だったらしい。だが‥」
伯爵の視線に、少年の『ベル』は顔を俯かせた。
「だって‥父さんは‥」
『父さん! お母様をどうすつもりなんだ!』
『今まで、隠れてやろうとしたからいけないのだ。全てを手に入れてしまえば後はもみ消すのも容易いはず。あの娘を、と思っていたが賊に奪われたのなら、この女を利用して兄上から爵位と財産を頂こう』
『そんな事が‥』
『できるさ。爵位を譲るという念書にサインを貰い、後は心を病んだ妻を悲観して二人で命を絶ってもらえば‥』
『ダメだ! そんな事はさせない。止めようよ。父さん‥』
『煩い! お前の本当の親の言うことが聞けないのか?』
『‥聞けない、聞けないよ‥そんな事!』
『馬鹿! 馬車の扉を開けるな‥!』
「馬車から飛び降りた? なんて無茶を‥」
傷の手当てをする女性の言葉にだって‥また囁くように言葉を紡ぐ。
「僕にとって、お母様も、お父様も、大事なんだ。だから‥だから‥」
「この子が知らせてくれたおかげで、弟の企みも解った。だが‥私が騎士団に通報する前に、これが、届いたのだ」
封蝋で止められた手紙の封を開け、彼は手紙を読み始めた。
『親愛なる兄上
義姉上は、我が屋敷が大層気に入られこの館にずっと住みたいとおっしゃっておられます。
お譲りいたしましょう。代金は、爵位と領地と財産全てでかまいません。
5日後。我が家においでください。騎士団にお知らせになると家名に泥を塗ることとなるでしょう。最愛の奥方と二度と会うことはかなわぬかもしれません。兄上と、我が子と二人だけで。お待ちしております』
「なんて奴だ‥!」
「伯爵は‥どうするおつもりなのですか?」
事態を知り冒険者達の間にも緊張が走る。伺うようにかけられた視線に伯爵は凛とした声で答えた。
「財産や、爵位はともかく領地をあんな奴に渡すことはできぬ。多くの者の命がかかっておる」
「じゃあ、奥方を‥見殺しに?」
「だから‥そなたらに頼みに来た。妻の救出に力を貸してもらえぬか?」
伯爵は頭を下げた。プライドなど今は無い。
「あの館には今、10名ほどのゴロツキが先だってそなた等にやられた者どもの代わりとして雇われておる。そしておそらくは、館の中央の応接室で私を脅すつもりなのだろう。頼む。もう一度あの館に侵入して妻を救出して欲しい」
二度目の侵入となれば敵も警戒しているだろう。前回のように不意は撃てない。だが‥。
だが、建物の内部はなんとなく理解できているし、一般の使用人は‥考えてくれているかもしれない。戦士は小さく思った。
「全てに力を貸そう。必要なものは何でも用意する。だから‥妻を頼む」
「解りました。でも、あの広い家のどこにいるのです?」
「僕が、案内します!」
冒険者の問いにそう告げたのは少年の『ベル』。彼も握りこぶしを手に握り締めた。
「あそこは僕の家でもある。父さんがどこに何を隠すかくらいは‥お母様を助けたいんだ!」
「でも、それじゃあ、手紙の条件を守れませんわ‥。伯爵と、子供が条件なのでしょう?」
心配そうに武道家の娘は少年の顔を見た。条件を守らなければ、何をするかは解ったものではない。かといって人の家を家捜しするには時間が無い。彼の協力は、必要だった。
「どうすれば‥」
「‥私が、行きます!」
「「「「「「「「「「ベル!!」」」」」」」」」」
「私が彼になりすませば‥」
「でも、危険だ‥」
言いかけて吟遊詩人の声は止まった。
始めて出会った時と同じ、太陽のような‥眼差し。
揺ぎ無く、強く‥。
「感じるんです。行かなくては、そしてその奥方に会わなくては‥って、だから‥」
「「お願いです!」」
アルトと、ソプラノの声が二つ重なった。伯爵からの正式な依頼。
そして何よりも二人のベルの真剣な眼差し。
これを拒絶など、できよう筈が無い‥。
「よし、解った。皆で行こう。力を合わせれば、きっとなんとかなる筈だ」
男は笑う。
「私は‥爵位を手に入れる。15年間、ずっとそのことだけを願い続けていたのだから」
その横で女はうつろな目を空に向ける。
「ベル、どこなの? ベル?」
何のために? 誰のために?
それぞれの思いを胸に最後の舞台の、戦いの幕が今、上がろうとしている。
●リプレイ本文
冴えた星空と月の下。
しっかりと青年は少女の手を握る。
冷静さを装いたかったが‥熱い思いは‥止まらない。
「‥貴女がっ、貴女‥‥好きなんだっ! この戦いが終わったら僕とっ‥僕らと、ピクニックに行こう」
それは、月の下での告白。その髪には思いと共に捧げられた透明な光。
銀の月だけが二人を見つめていた。
館の前に馬車が着く。
開かれた扉からゆっくりと人影がタラップを降りる。
正装を整えた伯爵は、後ろに向けて手を差し伸べた。白く、細い手がエスコートされて段を下る。
純白のドレス、水晶のティアラ。銀の髪の美しき乙女がそこに立っていた。
「伯爵様、ベル様。ようこそ。お待ちしておりました」
迎えた男は見かけだけは礼節を持って二人を出迎えた。顔はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「見かけない顔だな?」
「新しく雇われたもので。さあさ、こちらへ」
扉は二人を吸い込み、重苦しい音を立てて閉じる。
それを見届けたように、いくつもの思いを抱いて現れた影が、動き出す。
月が見守る夜の中、戦いの幕が今、開こうとしていた。
「皆さん、こっちへ‥こちらに使用人の使う勝手口があるんです」
銀の髪の少年の手招きに躊躇うことなく、彼らは従った。
「怪我は、大丈夫?」
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
気遣うような目を向ける緲殺(ea6033)に明るく彼は微笑を返した。
「勝手口から入って‥台所を抜けて‥右側に行った奥の塔に多分お母様はいる筈です。よろしくお願いします」
お母様、そう呼ぶ彼の寂しげな声にレジーナ・フォースター(ea2708)は沈黙した。
「ここから、中に入るんだな‥、皆、ちょっと待っていてくれ。俺が‥話をつける」
そう言ってギリアム・バルセイド(ea3245)が開いた扉の先に‥彼らはいた。
「! お前達は‥!」
「お待ちしておりました。おいでになると思っておりました」
屋敷の使用人達が数名、並んで立っていたのだ。一人、長らしい男が一歩前に出て頭を下げる。
「待っていた、か‥。なら解っているんだな? 伯爵婦人は招かれたように見えたか? 新しく雇った連中は真っ当な輩か?」
先日の戦いの中と変わらぬ強き激に、彼らは立ち尽くす。
「状況は一刻を争います。最悪の事態にならないためにもご協力を頂けませんか? 貴方達に害が及ばないようにいたしますから」
怯えたのではないかと、宥めるように丁寧にアルノール・フォルモードレ(ea2939)は丁寧に声をかける。
「‥実は私たちのうち、何人かは気付いておりました。主の罪。そして、そこにおいでのベル様のことも‥」
ギリアムの背に隠れるようにして立っていた少年に彼らは優しく笑いかけた。
「主は、幾度かこの方をお連れになっていらっしゃいました。時に少女の姿で、時に少年として‥」
「そんなことは、どうでもいい。主を諌めるのもお前達の役目だろう? それが出来ないなら俺達でやるだけだ。邪魔はするなよ」
「はい、ご存分に‥この館の者は一切のお邪魔と抵抗はしないとお約束します」
「ならば、急ぎましょう。皆さん!」
アルノールの言葉に冒険者達はなだれ込むように部屋に入ってきた。
「俺と、殺、アルとレインフォルスはベルと伯爵の下に急ぐ。」
「雑魚が何人いようが敵ではない。守るべき剣の強さ、みせてやろう」
「私も行きますわ。彼女に何かあったらあの人に申しわけありませんもの」
頷いたレインフォルス・フォルナード(ea7641)の背後からアリシア・ハウゼン(ea0668)も名乗り出た。
「僕が案内します。他の皆様はお母様を‥」
「ククク‥おねーたまにまかせなさい‥今回はあなたの為に出血大サービスゥ!」
「あ、あの?」
涎を流しかねない水野伊堵(ea0370)の舌なめずりの表情に後ずさった少年の細い肩をレイン・シルフィス(ea2182)は軽く抱きとめた。
「水野さん、その話は取りあえず後に。急ぎましょう。野心を断ち切るために!」
「行動は目立たず、神速に‥」
「これ以上、彼をのさばらせてはいけませんわ。行きましょう」
(「ベルさん、どうか無事で‥。帰ってきたら答えを聞かせてください」)
ある思いを抱えながら、レインは仲間達を促した。李彩鳳(ea4965)とアクテ・シュラウヴェル(ea4137)の後をレジーナもついていく。
「解りました。こちらへ‥」
少年がドアを開けようとしたとき‥
「待て‥ヴェル!」
「‥ヴェル? それは‥僕のことですか? ギリアム‥さん?」
呼びかけられた少年は、声をかけた戦士を見た。彼は優しく、膝を折り、視線を合わせる。
「そうだ‥。お前はずっとベルと呼ばれていた。自分の名が無いと言っていた。だから、俺達が贈る。ヴェレファング。ヴェルだ。イヤか?」
ぶんぶん、横に勢いよく振られた首は、止まった時、少年の瞳をキラキラと光らせた。
「僕だけの名前‥始めてです。凄く、嬉しい‥」
「”妾腹ながらも若くして領主となり、善政を敷いて後に名君と呼ばれた男の名”だそうだ。名前に負けるなよ、ヴェル。まずは母親を救え!」
「はい!」
駆け出していく少年の背に希望が見える。
彼に、そして彼女に未来を与えるために。
「行くぞ! 皆!」
冒険者達は走り出した。
ザクッ!
袈裟懸けに切り捨てられた三人目の男が、地面に倒れる。
「プロの仕事を、ご覧あれ‥」
「なるべくなら目立ちたくは無いのですが‥失礼!」
素早く懐に入り込んでスープレックス。伊堵と彩鳳と素早い攻撃にゴロツキの多くは剣を抜く間もなく地面に倒れることになる。
無論そこにはインフラビジョンで的確な指示を与えるアクテとレインのスリープの援護も大きな意味を持っていた。
長い塔の階段を上りきった先にやっと見えてきたものがある。小さな扉と‥一際大きな男の影。
「誰だ! てめらは?」
「‥フフフ、正義の味方なんて洒落じゃないことを言えるわね。今なら‥」
「そこを、退いていただきましょう」
「フン! 馬鹿にするな!」
女子供、と侮ったのかもしれない。彼は剣を抜いた。だが、ほんの数合で顔色が変わる。
(「‥出来る!」)
両手持ちの日本刀をまるで手のように操る女。それに気を取られている隙が、彼の命取りだった。
「グハッ!」
背後に忍び寄った彩鳳のスープレックスで彼は完全に落ちている。
「アクテさん、ありがとうございます」
手の埃を払いながら彩鳳は自分に強化魔法をかけてくれたウィザードに礼を言った。
「いえいえ。あ、それが鍵ですわね」
レインは倒れた男の腰から鍵束を取ると、扉に当てた。
ギシリ、音を立てて開いた扉の向こうには、美しい部屋に囲まれた美しい貴婦人が椅子に座って一点を見つめていた。
「兄上、そろそろご決断頂けませんか? 簡単なことでしょう。この館と奥方の心の平和が得られるのです。爵位と領地。たったそれだけで」
「そうは言ってもな。妻が本当にこの館にいるのかどうかも解らぬ」
(「時間稼ぎをお願いしますわ」)
その言葉に従い、伯爵は巧みに会話をかわしていた。
「物言わぬ姿になっていてもよろしければ、今すぐにでも。ああ、今も人形と大差ありませんでしたな?」
ハハハ、見下すように笑う弟に強く握られた拳が怒りを表していることがベルにも解った。
(「人の心がこれほどまでに醜くなるなんて‥」)
理不尽な思いへの怒りが、ベルの心の堰を切った。なるべく喋らないように止めた冒険者の言葉もはじけ飛ぶ。
「いい加減にしなさい! 貴方は貴族に相応しくない。貴方の心は盗賊にも劣るわ!」
『少女』の声に彼は驚きの表情を見せた。
「お前は、ベルでは無いのか‥。そうか‥あの娘。ならば、兄上、貴方にはもう用は無い。兄上亡き後、伯爵家の後継者であるこの娘を私が娶れば爵位も全て私のものだ」
「誰が!」
「ベル!」
ベルは男の手を弾こうとしたが、それはあっさりと阻まれる。捕まえられる。
ぞわり。
全身が粟立つ悪寒にベルは悲鳴を上げた。
「止めて! 離して!」
「本来なら、15年前にお前は私の物となる筈だったのだ。そなたを得て妻として育て、正当に爵位を得る。手違いでお前を見失いさえしなければ‥」
「あの事件もお前が‥!」
「その通り。奥方が居なくなれば貴方の後継は無くなる。自動的に私が、という予定だったのですがね。まあいい。15年前の計画に戻すだけです。さあ、兄上お逝き下さい。すぐに奥方にも後を追わせて差し上げますから」
ピー!
部下を呼ぶ笛の音が高らかに響いた。だが‥
ドオン!
「ウォーターボム!」
鈍い音が扉を割ったとほぼ同時、飛び込んできたのは部下では無く冒険者達だった。
「何!」
「ベル! 無事か!」
「皆さん!」
二つの影が伯爵と、弟の間に割って入る。弟はかろうじてベルを掴んだまま窓辺へとにじり下がった。
「お前達は‥」
「自分が貴族などと自惚れた卑しき者‥水でも被って自身の行いを反省なさい!!」
「貴方に爵位は相応しくないよ‥相応しいと思うなら堂々と言えば良かったのにこんな手段を取る人にその資格はないよ」
一つ一つの言葉が彼を追い詰める。
「近づくな! 婦人がどうなってもいいのか? ここから合図一つで‥な‥何故だ!」
彼はもう正気すら失っていたかもしれない。彼の優位を示すはずの塔の光は、今、完全に落ちていた。
「彼女はもう助け出した。我々の仲間が。切り札は無くなったぞ。ベルを離すんだ!」
レインフォルスの言葉に男は逆にベルを握る手を強めた。
「いや、まだ切り札はこちらにある。娘の命が惜しくば‥兄上、こちらへ‥そして私に爵位を‥」
冒険者達が凍りつく中、伯爵は一人動き、そして彼の元へと近づいていった。
「伯爵、あんたはこの事態にけりをつけるんだろ? だったらその前にくたばるんじゃねぇぞ!」
「私の命、領地、どれをとっても娘の命以上の価値は無い。従おう‥」
「いい答えだ。最初からそうしていれば‥」
「ダメェェ!」
渾身の力で男の手を振り解いたベルは伯爵を突き飛ばす。
「クソッ! 大人しくしていれば良かったものを‥許さん!」
完全に冷静さを失った男は剣を居あい抜き、ベルと伯爵に襲い掛かった!
「止めろ!」
ギリアムが踏み込んで剣で切り込む、ベルを守ろうと殺が庇う。
それには一瞬の時間が必要だった。一瞬の時間が足りない!
男の剣が二人を襲おうとしたその時!
シャアン!
澄んだ音が響き‥何かが飛び散った。
「‥グハッ」
男が倒れこんだ。
ギリアムの剣が男の背に深く斜線を書いて‥。
ベルと殺の足元に男と、水晶の欠片が散らばる。
「大丈夫? ベルさん」
「こいつは‥水晶のティアラか?」
転んだ拍子に外れたティアラをベルは投げつけていた。
それが二人を救う、一瞬を作り出したのだ。
『これで終わりにしよう‥そして、始まりを紡ごう‥僕たちで!』
「レインさん‥」
水晶の欠片を拾い、ベルは胸に抱きしめた。
ゴロツキと伯爵の弟は捕らえられた。
重傷を負わされていた弟にベルはレインから預かったリカバーポーションを使っていた。
彼女らしいと、誰も止めなかった。
お互いを、庇いながら階段を降りた、踊り場で彼らは見ることになる。
先行してた救出班と、そこに佇む銀の貴婦人を‥。
「甘えるな!」
一点を見つめていた婦人に、レジーナが一番に告げた言葉はそれだった。
救出のテレパシーを送った直後のことだ。
膝をつき、目線を合わせ、顔を頬を動かすことさえ許さない。
真っ直ぐな碧の目がうつろな蒼い瞳を射抜くように見つめる。
「私は‥貴女の弱さを認めない。現実から目を逸らし、少年を少女のように縛りつける。貴女に責任が無くても、その弱さは罪だ!」
「レジーナさん」
手を伸ばしかけたヴェルを伊堵が止めた。冒険者は誰もレジーナを止めなかった。
急がなくてはならない。それも解る。だが‥。
「逃げないで、真実を選びなさい。それが‥貴女の貴族としての役目でしょう」
「目を覚まして頂けませんか? 貴女の可愛い子供『達』が二人共危機にさらされています。目をしっかり開き現実を見つめ子供『達』が幸せになれるよう力を尽くしませんか?」
アクテの紡いだ言葉に続くように
リン!
彩鳳の胸の中で預かったブランの鈴の音が暗い部屋に響く。
魔力いや、それよりも深い何かが‥彼女の心に音となって響き渡る。
訴えかけられた言葉と共に‥。
スッ‥。
婦人は立ち上がる。真っ直ぐにヴェルを見つめて。
「ベル‥、一緒にベルを迎えに行きましょう‥」
「‥お母様」
自分の足で階段を下る婦人を、ヴェルは、レインは、アクテも彩鳳も後を追った。
レジーナはその姿を見送り‥安堵か、それとも他の何かか解らない息と共に部屋のカンテラの火を落とした。
ベルにとっては彼女は見知らぬ存在だった。始めて見る存在だった。
彼女の記憶など頭の欠片にも無い。だが‥心が何かを告げていた。
「貴女は‥お母さん?」
ベルの問いに優しい手が差し伸べられる。
「ベル‥」
「お母さん? お母さん!」
少女は飛び込んだ。14年前自分の物だったぬくもりの中に‥。
「会いたかったわ‥。私の小さなベル」
「お母さん‥」
二人の様子を見つめる冒険者の後ろから、その人物は消え去ろうとした。だが、それを止める声が響く。
「行かないで‥私のベル」
「? お母様?」
右手に少女を抱きしめ、だがその視線は銀の少年を見つめていた。
「覚えているの。この温もりは私が暖めたもの。でも、私を暖めてくれていた温もりは違う。ベル‥もう一人の私の‥子」
「お母様!」
少年は走りこんだ。14年間、ずっと感じていたぬくもりの中に‥。
少女と、少年。
二人のベルは、今、求めていたものを手に入れた。
そして、冒険者達も‥。
幸せな子供達の笑顔。
大切な者の喜び。
冒険者達は思う。
自分達は、この一瞬の為に、戦ってきたのだと‥。
こうして、長い夜が明けた。
最後の戦いの幕は、光の中にゆっくりと降ろされたのだった。