【泣いた山鬼】 優しすぎたオーガ
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月19日〜10月24日
リプレイ公開日:2004年10月21日
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●オープニング
それは今から一月ほど前の事‥
「い・痛くなんかない‥ぞ。ってやっぱり痛いよ〜。お母さ〜〜ん」
森で遊んでいた子供が、仲間からはぐれ‥さらに足をくじいて泣いていた。
(「動けない、歩けない。どうしよう」)
その時、聞こえた音に彼は、耳をそばだてた。
ガサッ、ガサガサ‥落ち葉を踏む音、近づいてくる大きな足音‥
現れたのは巨大な‥モンスター
始めて出会う恐怖。少年は叫んだ。
「う、うわ〜〜! た、食べないで〜〜」
「ウガッ?」
「えっ? 君は‥‥?」
赤いモンスターは、少年に危害を加えたりしなかった。いや、少年の足に手を触れ、薬草らしき葉を腫れた足に巻く。
触れた手は、固く、でも暖かい‥
「お〜い、どうしたんだ‥わっ! 化け物?」
「大丈夫だよ。怪我の手当てしてくれたんだ」
心配して探しに来てくれたのだろう。友達に少年はそう言って微笑んだ。
襲ってくる様子も無い。静かで、優しい瞳。
子供達も警戒を解いた。
彼らはモンスターの怖さを知らない。無垢な微笑を向けられ、鏡のように笑い返したモンスターに子供達は歓声を上げた。
「笑った!」
「いい化け物なんだよ」
支えられ立ち上がった少年は、その手を真っ直ぐ『彼』に向けた。
『彼』もまたその手をフリックに真っ直ぐ向けた。
「僕は、フリックだよ。助けてくれてありがとう。君の名前は?」
「ウォオーーグァア」
「オーグ? オーグだね。今日から友達だ」
「どーぼうだーーい?」
はっきりしない言葉、だが‥子供達の耳には同じ意味をちゃんと伝えた。
「そうだよ、僕らは友達なんだ! ‥うぁあ!」
突然フリックは大きな腕に身体を持ちあげられた。『彼』オーグは嬉しそうにフリックを肩に乗せぐるぐると回り始める。
「あ〜、ずりーぞ、フリック! 俺だって友達だ」
「あたしも!」
「お兄ちゃん、リコも‥」
取り巻く子供達を見下ろし、フリックはオーグの耳に囁いた。
「オーグ、皆友達だからね?」
「ウォー!」
嬉しそうに跳ね回るオーグを、子供達を、周りの小鳥も、動物たちも風や光さえも見守っているようだった‥
「さて、どうしたものか‥」
冒険者達は酒場で深く息をついた。
子供たちの決心は固い‥。それを、見せ付けられた。
『あれから何度も僕達は森で一緒に遊んでる。危ない所を何度も助けてもらったり、きのこや木の実を一緒に取ったり、一度だってオーグが僕らを傷つけたことなんて無い!』
『オーグは小鳥や動物にだって優しいのよ。そりゃあ、食べるために捕ったりもするけど、それ以外の捕ったことないもん』
『それに‥大人達は気付いてないけどさ、怖い化け物から村や皆を守ってるんだよ。この間のおじさんだって危ない所をオーグに助けてもらったんじゃないか!』
子供達は冒険者と、オーガ、彼らの言うオーグの前に立ち必死に訴える。その前に、フリックが立った。
『オーグはずっと森を守ってる。オーグは化け物なんかじゃない、森の守り神だよ。だから、僕達はオーグを守る。絶対に殺させたりしない』
オーグは自分の前に立つ子供達を見つめている‥ 困ったような、嬉しいような、困ったような‥優しい目。
『貴方達を呼んだのはオーグをちゃんと知って欲しかったから。だから、僕達のことは放っておいて。お願いだよ』
子供達の決意は十分理解できた。だが‥
「このまま放っておいてやるわけにはいかないんだよな‥」
「‥フリック! あの馬鹿が‥。だが‥どうしたものか‥」
村長は、冒険者達が森に入るのを見ていた。
そして後を追い、秘密基地を知り、オーガの姿を見、そして影から、そっと話を聞いていた。
子供達がオーガと仲良くなり、庇っていたことは、正直心中穏やかではない。オーガを倒し、子供達を引き離したいとさえ思う。
‥だが、無理に引き離せば子供達は大騒ぎするだろうし、怒ったオーガに暴れられでもしたら、大変なことになる。バグベアのことも‥
どうしたらいいか、まだ最良の案は考えつかない‥。
「‥ん?」
考え事をしていた彼は、戻った村の中が、また騒がしいことに気付く。あちら、こちらへと人々が動き‥何かを探して‥
「あ、村長! 大変です!」
「どうした? 子供達の事なら冒険者に任せておけば‥」
「違うんです。リコちゃんがいないんですよ。朝まではいましたよね?」
その言葉に村長の頭から、サーッと血の気が引いた。
「リコが? どうして??」
「解りません。でも、いないんです。まさか‥リコちゃんも森へ?」
あの子供の輪の中にリコはいなかった。自分の後を追って森へ行ったとしたら?
戻ってくる時に会わなかった。道に迷っていたとしたら?
「捜しに行きましょう!」
若者の言葉に村長はそれを制した。
「いや、私が冒険者達を呼んでくる。お前達はここで子供やリコの帰りを待っててくれ!」
言うなり彼は駆け出した。
酒場の扉が開かれた。駆け込んでくる男、息を切らす声。
反射的に冒険者達は立ち上がった。
「リコが‥いなくなった!」
「何? あの女の子か? どこに行ったんだ」
冒険者の一人が肩を揺する。村長は解らない、と首を振った。だが‥
「森で迷ったのかもしれない。捜してくれ。頼む!」
洞窟の中、子供達が騒がしく動く。それを微笑みながら見つめていたオーグがふと、顔を上げた。
「? オーグ。どうしたの?」
気遣うフリックの声の彼方に、何かが聞こえる。耳と身体をかすかに揺らしたかと思うと『彼』は駆け出した。
金棒を掴み、風のように‥
「オーグ?」
あまり早くて子供達は、後を追うことさえできない。
彼は、森を駆ける。何かを呼びながら‥
「り゛ーご‥」
草の中に小さな丸い頭が見え隠れする。
「お兄ちゃんでしょ、オーグでしょ。それに‥あのお兄ちゃん達にもあげよ♪」
手の中の袋に入った焼き菓子3つ。
大事に抱えて歩く子供が一人。
それを遠巻きに見つめる4つの瞳と、唸り声に彼女はまだ気がついてはいなかった。
●リプレイ本文
駆け込んできた村長に一番最初に駆け寄ったのはアリオス・エルスリード(ea0439)だった。村長の胸元を掴み立ち上がらせた。
「何? あの女の子か? どこに行ったんだ」
目の前10cmの真剣な瞳。だが、答えられることは一つしかない。
「村にはいない。だから‥森で迷ったのかもしれない。捜してくれ。頼む!」
背後からアリオスの肩を叩きリュウガ・ダグラス(ea2578)が首を横に振った。冷静さを欠いてはならない。
アリオスの手が村長の服を放すと彼は深く息をついた。
「とにかく、早く森へ向かいましょう。オーグはまだしもバグベアに出会うとリコさんが危険です」
すでに銀零雨(ea0579)は立ち上がっていた。いつでも行ける。背後の鉄劉生(ea3993)の手にもナックルが填まっていた。
「俺達は先に洞窟へ向かう、ガキ共が残ってるかも知れねェ」
そういうとアーウィン・ラグレス(ea0780)も立った。手に2本の箒を持って。
「それが噂のフライングブルームか? では後ろに乗せて貰っていいだろうか? 私も行こう」
箒持つ冒険者に不信の顔を見せる村長だが冒険者達の間では空飛ぶ箒は有名である。ハインリヒ・ザクセン(ea7422)は立候補する。
「彼女が行きそうな所は、オーグの所しかないな。俺も子供達の方へ行く」
「なら、一本貸すぜ。使うには魔力がいるから‥リュウガの方がいいだろう」
リュウガは言葉に頷くとアーウィンから箒を借り受けた。
「じゃあ、零雨君と劉生君がペアで、自分とアリオス君、それから‥」
「ああ、俺も捜索に入るから」
チーム分けを指揮した五百蔵蛍夜(ea3799)の言葉にヲーク・シン(ea5984)は割り込んだ。素早く意思統一が図られ早速彼らは飛び出していく。
「時間が無い、行くぞ、皆!」
「最悪見つからなかった場合の合流地点は、この間の洞窟前。見つかったら笛で合図。頼んだぜ!」
言葉と同時に駆け出したアーウィンは箒に跨り念を込めた。箒は宙に浮き‥飛び上がり‥
「うわあっ!」
後ろに座っていたハインリヒが見事に落下する。
「どうしたんだ?」
「ダメだ。フライングブルーム二人乗りは危険すぎる」
軽く肩を擦りながら立ち上がるハインリヒにヲークは別の箒を差し出した。
「俺も持ってる。貸してやるから‥子供達を頼んだぜ」
「‥ああ」
3本の箒が空を舞い、森を駆けたとほぼ同時、残った冒険者達もまた森へ駆け出していった。
「大変だ! フリック!」
転がるように洞窟の中へ走ってきた見張りの少年の背後から、3つの影が見える。
子供達は慌てて身構えた。
「フリック君! リコちゃんが居なくなった、こっちに来てないか?」
影が冒険者達と解り、安堵の表情を浮かべた子供達の顔が一瞬にして強張る。
「リコ? 来てないよ。」
「? オーグはどうした?」
リュウガの問いにフリックは気がつく。だからオーグは‥
「お兄さん! オーグは多分リコを‥」
「オーグがリコちゃんを探しに行ったのか? なら俺達も追う! その前にリコちゃんの行きそう場所を知らないか?」
お互いの情報交換をして彼らは状況を把握する。リコは途中の森にまだいるはずだと。
ここに来る一番の近道は、小さすぎる子には無理なのだ。だからフリックはリコを連れて来る時はいつも遠回りする。
外に出てその方向を指差すと、冒険者達は再び外で箒に跨った。
「僕も行く!」「あたしも!」
「ダメだ!」
追ってきかねない子供達を、ハインリヒの強い口調とアーウィンの視線が制した。
「隠れているんだ、オーグは君達の友達かも知れないが他のモンスターは、そうでは無いからな!」
「俺達が、必ずリコとオーグを連れて戻る。待ってるんだぜ!」
そう言って遠ざかる冒険者達を子供達は見送った。素直に従った。
ただ、一人を除いて‥
草をかき分け二人は進む。目と耳を全て森の緑に向けて。
「リコさん、どこです? 聞こえたら出てきて下さい」
「こっちは、こないだ俺達が通った道だ。ちっさい子が一人で歩くにはちっときついんだよな」
危険を承知で零雨は声をかけて捜す。時に子供の目線に降り周囲を見ながら。
「‥零雨! ちょっとこっち来て見ろ!」
突然の相方の言葉に零雨は慌てて走りよった。そこにあるのは草を踏む大きな足跡。
「‥俺とかわらねえ大きさ‥しかも新しく洞窟の方から来てる。オーグの足跡だ」
それだけ言うと一直線に劉生は走り出す。
「どこに行くんです!」
「追うんだ! あいつの方がまだ俺達よりリコを知っている!」
その時、劉生が走り出した先から
トゥーー−−−!!
高く響き渡る笛の音が聞こえた。
全身から血を流し膝をつき、それでも少女を背中に庇う鬼。
彼の故郷の昔語りのようだ、と彼は思った。
蛍夜がたどり着いた時、最初に見たものは泣きじゃくる少女とオーグ。
そして彼に棍棒を振り上げるバグベアの姿。笛に思い切り空気を吹き込む。
音は森に鳥の声よりも高く響いた。
アリオスは急いで弓を引き絞り放つ。
ギリギリだった。オーグに振り下ろされる筈の棍棒の主の鼻先を、矢は掠めていく。
「グアッ?」
バグベアは二人から、三人へと顔を向ける表情を変えると‥
「グアアアッ!!」
一気に飛び掛ってきた。
「クソッ! やられっかよ!」
前衛に飛び出たヲークは攻撃を、シールドとダガーで挟み込むようにして受け、そして流した。
「こいつ等は俺達が引き受ける! 子供達を安全な所に! 早く!」
それはオーグにかけられた言葉。
「‥グウッ‥」
顔を苦痛に歪めながらも立ち上がろうとするオーグは、また膝をついてしまう。
思ったより傷は深そうだ。
「ガウウッ!」
手ごわそうな戦士より、と狙ったのかバグベアの標的がまたオーグへと変わろうとする。それを、蛍夜の日本刀ともう一本の日本刀が遮った。
「仕事なんでな。猪風情にやらせはせんよ‥零雨君、助かった」
「どういたしまして、遅れてすみません!」
「零雨! オーグの方手当てを! オーグ! 動けるならリコを連れて逃げろ!」
右へ左へ、バグベアを引きつける様にして動く劉生の言葉に零雨は頷くとオーグの傷を手当てしリカバーポーションを与えた。
オーグの表情が身体の状況を表すように軽くなる。リコの手を握りしめオーグは冒険者達を見た。自分たちのために戦ってくれている、冒険者を。
「‥ウガ‥」
でも‥、まるでそう言う様になオーグに、笛の音を聞いて戻ってきた神聖騎士が片手で、トン! その身体を後ろへ押しやった。
「モンスターは退いてろ、モンスターに助けられるなど末代までの恥だ」
剣を抜き、仲間とバグベアに向かう。
「子供達を守れ! それが貴様の役目だろ!」
「オーグ! リコを頼んだぞ」
ニッコリと微笑み、リュウガはブラックホーリーをバグベアに放つ。
「グアアッ!」
身体を揺らすバグベアの隙を突いて長槍、日本刀、短剣、弓がバグベアを襲う。
オーグは顔を背けると、彼らの言葉に答えるようにリコを抱いて駆け出そうとした。
「‥助けて!」
その声が、聞こえるまでは
「フリック!」
アーウィンは舌を打った。ついてきたとは‥
心配で待ってられなかったのだろうが‥事態は最悪だ。
少年の前にはバグベアがいる。棍棒を持って近づいていく。彼らの背後にもバグベア。
そう、二匹目のバグベアがこの森にやってきていたのだ。
最初のバグベアは、冒険者達の集中攻撃を受け、半死半生の状態である。
だが、フリックの目の前にいるのは違う。
無傷のバグベア、一刀一足、踏み込んで棒を振り下ろせば確実にフリックの頭は潰れるだろう。
今、そこへと届くのは‥『彼』だけだ。
永遠のような一瞬、上げられた腕。心は、声となった。
「戦え! この先も子供たちと共にありたいのなら!」
「オーグ! お前自身が守るんだ、お前のトモダチをな!」
かけられた声と、走り出した身体、どちらが早かったかは解らない。‥だが‥
「!」
ぐしゃっ‥
悲鳴と共に開かれたフリックの瞼に一滴、赤い雫が落ちた。衝撃は、来ない。
そっと、目を開け彼は見る。
自分を守る赤い背中。木の棍棒。滴る血は‥オーグの頭のさらに上から。
「ぐおおっ!」
腕を押さえながらバグベアは逃げていく。太くしゃがれた悲鳴は森に響き渡り消えていった。
「オーグ!」「だいじょうぶ?」
少年と、女の子は駆け寄って大好きな友達の瞳を見つめた。
黒く釣り上がった、でも優しい光を讃えた瞳は今までと変わらず、子供達を見つめ大きな腕で抱きしめた。
子供達は胸に抱かれて気付かなかっただろう。
だが、集まってきた冒険者は見た。
置いて行かれた棍棒と、横に並ぶ血の着いた金棒。
そして‥金棒を濡らした透明な雫が、優しすぎる鬼の瞳に輝いていた事を‥
冒険者達が倒したバグベアの首は、村長に差し出された。
「これで、依頼の半分は片付いたはずだ。もう半分は‥すまないがもう少し時間がいる」
蛍夜の言葉に、はい、と村長は頷いた。
「私たちもあの鬼の事を受け入れるのには‥少し時間がかかります」
「仕方ねえさ。異種族の共存。口で言うほど簡単じゃねぇんだよな‥」
深い息を劉生は放つ。決して他人事ではない。
「だがな、モンスターって呼び方は、人間に害を為すから『つけた』名前だろう? 俺とオーグの違い‥言えるか?」
大人達は俯いた。ヲークの言葉に答えられるものはいない。だが、やはり簡単に結論がつけられることではない。
オーグのことは暫く様子を見る。敵対せず、迫害もせず、だが‥受け入れもしない。
それが、彼らの最大の譲歩だった。
苦い思いを口に噛みながらもどうしたらいいか、その答えは冒険者の誰にも出せなかった。
とにかくできることはした。‥少なくとも二つと、一つの依頼を彼らは叶えたのだ。
今、ここでできることは終わった。彼らは村を後にする。
森から、オーグと子供達が冒険者達を見送るのが見える。
彼らは予感していた。
そう遠くないうち、ここにもう一度来るだろう。と。
オーグと村人、子供達と冒険者。そして‥。それぞれが何を思いどんな結論を出すか。
この時は、誰も知る由もなかった。