【灯 心の灯火】 黒き風との戦い
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:5〜9lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月17日〜02月27日
リプレイ公開日:2005年02月25日
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●オープニング
月の無い夜、セイラムの街‥‥
「お前ら、ランドルド様に雇われたんじゃ無かったのか?」
男達はそう言って口々に彼らに罵声を浴びせかけた。
だが、ロープに縛られ転がされ、凄んで見せても彼らに何の感銘も与えなかった。
「残念でした。嫌な叔父さん嫌いなの」
魔法使いはそう言って小さく舌を出す。
「僕は白き光の聖職者。故に黒き誘惑には乗らなかった‥‥それだけです」
神聖騎士は冴えた目で彼らを見下した。
「僕は、正しいと思う事をするだけですよ。彼らから確たる証拠は得られませんでしたから、後はお願いいたしましょう。えっと、ここでいいんですよね」
若い騎士は場所を何度も確認すると男達を馬から引き下ろしていく。
そして、彼らは男達を転がして去っていった。ある場所に。
そこはどこか‥‥。
セイラムの街の端にランドルドの館はあった。
金持ちで、いろいろと自己顕示欲の強いこの男が、何故中央の一等地に家を建てないのかという疑問を持つものもいたが、その理由を知る者はいなかった。
今日までは。
「いよいよ、あの宝がワシのものになる日が近い。ずっと憧れていたあの宝が‥‥」
ランドルドは古ぼけた鍵に気味の悪い笑顔で頬ずりする。そしてもう一つ、箱の中に閉まっておいた鍵も出す。二つ並べて、悦にいるのが最近の日課だった。
「本当だったらとっくにワシの手の元に入っておかしくなかったのに、何故こんなに遅くなってしまったのか‥‥。まったく、あいつのせいだ。あいつが裏切りさえしなければ‥‥。そして、あの男もだ。もう少し聞き分けが良ければ死なずにすんだものを‥‥」
まあいい、とランドルドは二つの鍵を今度は一緒に箱に戻した。
鍵が手に入り、『箱』が見つかったのであれば、後はあの宿屋を潰すだけだ。
小娘一人の宿。借金を盾に迫ればなんとでもなる、と思っていた。
だから、部下が領主の館から使いが来た、と聞いても特に慌てる様子も無くごく普通に応対した。
だが、直ぐに顔色が変わる。
「な、何ですと? 私の部下が?」
そうだ、と頷いたのは領主直属の執務官だった。彼はランドルドに昨夜、城の前に転がされていた男達が民家に押し入った容疑者として取調べを受けていると告げた。それが、ランドルドの部下と名乗っていることも。
「た、確かに昨日、借金の取立てに部下を向かわせましたが押し入ったなどとは‥‥まさか‥‥」
必死に笑い顔を作るランドルドだったが、首筋の裏から脂汗が出るのは止められない。
「添えられた手紙には、北の聖母亭の親子が殺された事件について彼らが関わっているかもしれぬとか、不当な借金の返済を迫られている、などとも書かれてあった。あの宿が交易において重要な役割りを持っているという意見もあるので改めて捜査を行う予定である。その旨理解し、協力するように」
部下の引取りと出頭を命じる執務官にランドルドは、せめて今、抱えている仕事の区切りをつけてからと願い出て、執務官はそれを了承した。袖の下に通されたあるものも、効果を発揮したのかもしれない。
「では、明日」
そう言って執務官は去っていった。だが翌日、やってきた執務官は自らが役目を果たせなかった事を知る。
ランドルドの館は既に完全な空となり、貯めてあった金、10数名はいたであろう部下達も捕らえられていた者達以外は誰一人いなくなっていたのだった。
「知っているか? ランドルドがセイラムの街から居なくなったんだとさ」
キャメロットにやってきた商人は冒険者ギルドで、顔なじみとなった冒険者達にそう言った。
「なんだか領主の館に突き出された男達がきっかけで、あいつの悪事がいろいろ明るみに出たんだと」
ゴロツキと一緒に宿を襲ったランドルドの部下が、自分の罪の軽減を条件にランドルドの悪事をいろいろと暴露したのだという。
出頭命令の直後にランドルド達は逃げ出したのだが、館に残されていた借金の台帳などからかなりの悪事を働いていたらしい、と言うことが解って今、セイラムの街の領主はランドルドの一味を追っている。
「どうやら盗賊上がり、どころじゃなくて今も盗賊団を率いていたらしいな。金貸しはカモフラージュってところか‥‥ってどうしたんだ?」
彼は噂話のつもりだったのだろう。だが、冒険者達の表情は青ざめた。
「レティシアが‥‥北の聖母亭が危ない!」
「なんだって!」
言われてみれば可能性はあった。街を追われたランドルド達が次の拠点を捜しに行くとしても‥‥その前にあれほど執着していた北の聖母亭を襲わない保障は無い。
「鍵が二つ揃ったと思い込んでいるのなら!」
「急ごう!」
「待ってくれ!」
振り返る冒険者に、一人の男が歩み寄った。
「何だ?」
その男に対して冒険者達の目は厳しい。それだけの事をしたのだから仕方が無いと彼も苦笑する。
だがそれでも言わなければならないことがある。彼は顔を上げた。
「あのレイスに触られた時、乗り移られかけたのかなんとなく意識が伝わったんだ。多分、死ぬ間際のイメージだと思う。頬に傷のある男に袈裟懸けにされた‥‥。もし、そんな男がいたらかなりの実力者だ。気をつけることだ」
「解った、とりあえず礼は言っておこう。行くぞ!」
彼らはそう言うと走り出した。もう、振り返りはしなかった。
セイラムから離れた洞窟の中に彼らはいた。
「まったく! 10年以上かけて築いて来たものが全て失われてしまったではないか!」
「まあいいではないですか? これでまた思いっきり暴れられるというものですよ」
いきり立つランドルドを宥めるように一人の男が言った。壮年の油断のならない目をした剣士だ。
「確かに‥‥な。先代が死んでからというもの少し、大人しくしすぎたようだ。腹も弛んできたしまた騒ぐのもよいかもしれん。資金もあるしな」
彼の言葉に同意を示すように頷いた者の半分は、セイラムに流れてきたゴロツキ、半分は古い彼の仲間達だった。
「だが、この街を離れる前に、やっておかねばならないことがあるな」
ランドルドはそう言うと持ち出した財産の中から、大事そうに2本の鍵を取り出した。
「元々、ワシの物となるはずだったものだ、返してもらうとしよう」
暗い光が点る目は闇の中で不気味に輝いていた。
レティシアは裏庭の奥に眠る兄と母の墓に花を供えた。
それから日課の玄関のカンテラに灯りを灯す。
旅人を照らす小さな灯りを消すために、今、黒い風が吹こうとしていた。
●リプレイ本文
「お帰りなさい。ようこそ、北の聖母亭へ‥‥あら? ヴァージニアさん?」
「よ、良かった。まだ無事ね。レ‥‥ティシア」
息を切らしながら駆け込んできたヴァージニア・レヴィン(ea2765)にレティシアは水を差し出すが‥‥彼女は急いでドアを閉め、一階の窓も全て閉めた。
「どうしたんですか? 一体」
「詳しい説明は、後でするわ‥‥とにかく、今は戸締りをしっかりして。いいわね。後、銀の箱は?」
「あ‥‥はい。今、持ってきます」
とりあえず、自分は間に合った。後は、仲間と、あの手紙が間に合うか‥‥。
水を飲みながら、彼女はただ祈るだけだった。
「馬をお借りします。フィーナさん、しっかりつかまって下さいね!」
「はい!」
そう言ってファーラ・コーウィン(ea5235)は後ろにつかまるフィーナ・ウィンスレット(ea5556)に声をかけた。
「いきましょう」
「間に合うか? いや、間に合わせるっ!」
頷いたリース・マナトゥース(ea1390)よりも早くデュノン・ヴォルフガリオ(ea5352)は馬の腹を蹴った。後に続くように馬を持つ者達も動き出す。
3頭の馬と、一匹の驢馬が疾走に近い形で駆け出していくのを確認すると。
「では、俺達も行こう。皆、後は頼んだ」
ジェームス・モンド(ea3731)もトール・ウッド(ea1919)と顔を合わせ先導するように馬を駆った。
冒険者達、いや、仲間の背中を残る者達は見送る。
「くそ‥‥、我々も手伝いに行きたかったな」
「ええ」
ミケーラ・クインの言葉に同意するように頷きグラディ・アトールも唇を噛む。だが、気を取り直すように顔を上げた。
「できるだけのことは、しておきましょう。僕達にできる限りのことを‥‥」
「彼らの少しでも助けになるように」
冒険者達を見送ってごく僅かの後、シフールもキャメロットから飛び立っていく。
緋芽佐祐李や冒険者達の思いの込められた手紙を持って‥‥。
一つの眠れない夜を過ごしたヴァージニアは、翌日の夕方、数名の仲間を笑顔で迎えた。
「待っていたわ!」
「なんとか、間に合ったようね」
ファーラの言葉にヴァージニアは手を伸ばして迎えた。馬を乗り潰す寸前の急行。彼らはなんとか間に合ったようだ。
「もうすぐ日が暮れます。二つ目の夜を‥‥彼らは無事に過ごさせてくれるでしょうか」
祈るようなステラマリス・ディエクエス(ea4818)の願いは、どうやら通じなかったようだ。
馬小屋に驢馬のリーフを繋いで最後に部屋に駆け込んできたリト・フェリーユ(ea3441)は息を切らしながら仲間達に報告する。
「‥‥嫌な‥‥人の気配。まだ、遠いですけど、多分‥‥来ます」
「そう‥‥」
それだけ言うとヴァージニアは外に出た。偵察に出たのかもしれない。
扉の向こうで宿のカンテラが揺れる。
「彼の‥‥好きにはさせなません。宿の灯火を守る為、黒い風は吹き払います」
フィーナは小さく呟いた。それぞれが決意を強く心の中に握り締めて闇に染まりかけた外を見つめていた‥‥。
「宿が‥‥狙われている? そんな‥‥」
事情を知ったレティシアの顔色は悪かった。
それでも、気丈に振る舞い、宿に泊まっていたお客達を二階に誘導しているが‥‥あることに気付いたリースは、そっと仲間の元を離れ階段を上った。
「大丈夫? レティシア」
そう聞かれて大丈夫ではない、と答える者は多くない。レティシアもまた、
「だ、大丈‥‥」
大丈夫、と言おうとしたのであろう。だが‥‥それ以上の言葉は出てこなかった。
「無理しないで。私達が付いているから」
白い光が優しくリースを、そしてレティシアを包む。心が温かくなるような光を見つめるレティシアの手をリースはスッと握る。
「正直に言うと私も少し‥‥ううん、とっても恐い。でも、でも、きっと私よりも他のみんなの方が恐い思いをしているはずだから、私は私のできることをしてみんなが少しでも恐い思いをしなくてもいいようにして上げたいの」
自分より、色々なものを見てきた同じ年頃の少女の言葉にレティシアの心から不安が、静かに溶けていくように感じていた。
それは、魔法のせいだけではないはずだ。
(「私にも、何かが‥‥」)
思うレティシアにリースが笑いかける。
「さあ、きっと深夜まで時間はあるはずだから、腹ごしらえしましょう? 急いでいたから保存食を忘れた人がいて大変だったのよ」
はい、そう言って階段を降りる少女達を見送ると、影から様子をそっと見ていたデュノンは側にいるはずの、まだ会ったことの無い存在に腕組みのまま声をかけた。
「彼女は俺達が守る。だから、どうしてもの時まで出てくるな。俺達を信じてくれ」
聞こえない返事を彼は待たず、階段を降りて厨房に走っていく。
呼び声に反応したのか、現れ、また消えかけた影を別な人影が呼びかける。
「貴方に‥‥お願いがあるのですが‥‥」
「いいか! あそこにいるのは商人と小娘。俺達の餌に過ぎない。思う存分暴れろ! そして奪え! 俺達の復活の証だ!」
「「「おう!!!」」」
「‥‥来ました。宿を、取り巻いていますね」
「こうなったら、先手必勝よ! あの人たちから聞いた敵の様子は、皆覚えているわね?」
「はい」
「フィーナさん。宝箱は切り札です。気をつけて‥‥」
「ええ」
「奴ももうなりふり構わんだろう、ここが正念場だ、皆心してかかるぞ‥‥なんといっても、俺達が好きなこの場所を護る為だからな。いくぞ。GO!」
外に集まった男達は、扉の前に立っていた。薄い木の扉。
開ける必要は無い。壊す気満々で扉に足をかけた時それは、凄い勢いで内側に引っ張られた。
足が留まる場所を無くしてふらついた男に、強烈な真空の刃が襲い掛かった。足が、切り裂かれ真っ直ぐに落ちる。
「ぐあっ!」
「何!」
よろめく仲間を支えようと伸ばした男の手は届かない。彼に吹き付けたのは白い、粉を孕んだ強烈な風。
「な、何だ? これは‥‥ごほ、げほげほ‥‥」
仲間よりも、剣よりも、手は口元を押える。その隙を彼と、彼女は見落としはしなかった。
「聖母様には指一本触れさせねぇぜ!」
右にサイズの一閃、左にロングソードの一刀が反撃の間を敵に与えず腕と、腹を切り裂いた。
倒れる敵は四人。その間をトールはクレイモアの一閃で切り込んだ。
背を庇い合い立つデュノンとファーラは周囲を改めて見やった。悲鳴や声を聞きつけたのだろうか。
集まってきた男達の数は、自分たちより明らかに多い。
半ばの身体を踏みつけるように飛び込んできた男の剣で受けた手は痺れるが、なんとか次の刀でファーラはその攻撃を防いで男を地に落とした。
反対側では襲い掛かってくる敵にデュノンが呪文を唱える。
「ディストロイ!」
「げほっ!」
腹に触れた手が放つ魔法。体内を砕かれるような感覚に男は剣を落として倒れた。
ファーラやリトの魔法が敵を切り崩し、ジェームスとトールのスマッシュが彼らの膝と剣を落としていく。
「正面から、叩き潰す!」
どのくらい、過ぎただろうか。前で戦う者達の顔や身体はすでに自分のものと、敵のもの、血と傷で赤く染まっている。
段々に荒れる息、揺れる肩。
そして‥‥
「キャアア!」
時を狙ったかのように部屋の中で声が上がった。木の壁から煙がかすかに揺らめく‥‥。
「宿に火? くそ!」
「何てこと! リースさん! ステラさん! レティシア!」
「レティシアさん! 無理しちゃダメ! 貴方が、何より大事なんだから!」
彼女達が火を必死に消そうとしているのは解った。だが、助けには行けない。まだ強面の男達がこちらを睨みつけているのだ。
残った男達4〜5人。だが勝ち誇ったような笑みさえも浮かべている。
「先に雑魚に行かせて置いてよかったわ。お前達にはつくづく邪魔をさせられる」
その時、初めて男達の背後から出てきた男の影に、冒険者達は誰一人驚かなかった。
「‥‥ランドルドさん、やはり、貴方が」
リトの呟きにほお、という顔をしてランドルドは笑う。
「お前は‥‥運が無いな。そんな娘と係わり合いにならなければ死なずにすむものをな」
「なぜ、レティシアを、この宿の人たちを狙うの!」
ずっと、聞きたかったことだ。だがランドルド酷薄に近い笑みを浮かべ、手を広げる。
「別にその娘にも、この宿にも興味は無い。ただ、ワシが求めるのは大盗賊が残した至高の宝だ! ぐはあっ!」
自分の世界に浸りきるランドルドの、口上を聞いてやる義務は彼らには無い。月色の光の矢、風の刃。二陣の魔法が同時に彼を襲った。
「きさまらあ! いくぞ!」
もう、完全な悪鬼、悪漢の形相でランドルドは残った仲間達に声をかけた。その中で一際鋭い斬撃が、入り口に向かって真っ直ぐ襲いかかった。
ガキン!
膝を付きライトシールドとシールドソードでジェームスは男の剣を挟んで睨みつける。
(「頬に傷‥‥こいつか!」)
剣を挟まれた男は、抜けない剣を押えたまま無言で剣に力を込めてきた。
「悪いがもう誰一人傷つけさせはせん。ここには護らなくちゃならん物が沢山あるんでな!」
敵の剣を勢い良く放し、次の剣撃に備える。見合って解る。実力は互角。一対一の戦い。
その勝負はあっけないほど早くついた。
チャンスを狙って、残っていた男達とランドルドが入り口に突進したその時。
「お前達。避けるんだ!」
「えっ?」
「「「ぐわあっ!!」」」
声と共に冒険者達の丁度中央に巻き上がった竜巻が、男達を宙に浮かび上がらせた。
「トルネード?」
以前似たようなことが‥‥。
足元で吹き上がる風の先、リトの視線は照れくさそうに笑いながら姿を現すジョセフ・ギールケ(ea2165)を見つける。
「貴方は‥‥」
「借りは返さないとな。北の聖母亭にご用の方は正面玄関にお回りください、ってな。ああ、ここは正面玄関か‥‥」
状況は一転した。三mからの落下に殆どがある者は頭を押さえ、あるものはそれさえできず地面に横たわる。
そこを見過ごす冒険者では勿論無い。剣を奪い、縛りつける。
だが、ジョセフが軽口を叩く間に一人だけ、落下の衝撃に耐え意識を取り戻した者が居た。
「あの宝は‥‥ワシのものだ‥‥誰にも‥‥誰にも渡さん!」
剣を構えた形相はもはや人間の思考を捨てたオーガのような、ただ、欲望と憎しみの権化‥‥。
『宝? ‥‥その為に、俺や‥‥母さん、父さんまでも‥‥殺した』
「えっ?」
フィーナは顔を上げた。そこにはあのゴースト、いやレイスがいる。しかも、彼は何と言った? 父さんまでも‥‥
「そうだ! 何が悪い! ワシのものになるはずだった我が師である大盗賊の宝。それを、奪ったのはお前の親だ。それを取り戻して何が悪い。何が‥‥ぐ‥‥ぐふっ‥‥ぐあああっ!」
レイスの青白い指が、ランドルドの首に触れていた。
「待って! そこまでしてはダメ!」
協力して欲しいと頼んだが、彼に人を殺させてはいけない。フィーナは慌てて彼を制止する。
だが、レイスは顔も、身体も動かす様子さえ見せずランドルドだけを見つめている。
『奪って‥‥など‥‥。あれは‥‥あれは‥‥』
指先も動かず命を吸い取っていこうと‥‥。
「‥‥兄さん!」
よろめき、リースに支えながらも兄を見つめる煤けた顔の妹がそれを止めるまで‥‥。同時にステラマリスの魔法の光が『彼』を呪縛する。
「待って下さい。レティシアさんはそんな事望んでいません‥‥」
『レティシア‥‥』
「止めて下さい。彼にはまだ、真実を告げさせ‥‥罪を償わせなければいけないのです」
「貴方を退治したくないの‥‥お願い」
ファーラと、ヴァージニアは真剣な目で彼を見つめる。
コトン!
完全に血の気を失い、揺れて土に倒れるランドルドの懐から、小さな銀の鍵が落ちた。
フィーナの指が鍵に触れた時、迫ってきた『彼』の影。フィーナの意識は激痛で遠のく。
『母さん? これなあに? 綺麗な箱』
『あのね、お父様が預かったのよ。昔、命を助けた人から。自分の命より大切な宝だって‥‥』
『命より、大切な宝?』
『そう。あの人は‥‥それが解っていたから‥‥守ってあげたくて‥‥』
「おっと! 大丈夫か?」
ふらり、倒れたフィーナの身体をジェームスは抱きとめた。
「‥‥信じてくれたのかしら‥‥。今のは‥‥」
フィーナの視線の先に、もう『彼』はいなかった。預かった銀の箱の入ったバックパックに軽く触れる。
『彼』は自分を信じて未練を伝えてくれたのかもしれない。あんな方法でしか伝えられなかった『彼』の思いを感じ、解ったような気がしてフィーナは目を閉じた。
闇の彼方から薄い光が差し込めてくる。
黒から、紫へ、そして白へと変わっていく空気の光の彼方から聞こえてくる。あれは馬の蹄の音。
見えてくる、あれは馬影とセイラムの鷹の紋章の旗。
「援軍が来たようですわね‥‥」
友達は役目を果たしてくれたと、ヴァージニアは知る。
「ああ、そうだ。先の依頼の報酬。失敗したわけだから返すな」
失神しているランドルドにジョセフは硬貨の袋を落とすが、それは当然、拾われること無く地面に落ちた。
リースとステラマリス、そしてレティシアが仲間の治療を続ける中。
一人離れてポーションを呷るトールは小さく呟き、玄関を見て、小さく笑った。
「仕事は‥‥完了だな」
玄関のカンテラの火は静かに灯る。
長い夜が終った。
彼らは守りきったのだ。
黒き風から、旅人を照らす、聖母の灯りを。