【ソールズベリ 新章】 月を捜す者達
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月26日〜02月05日
リプレイ公開日:2005年02月02日
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●オープニング
『じゃあ、賭けをしようぜ。俺が勝ったら‥‥お前は‥‥』
『‥‥僕が勝ったら‥‥君は‥‥』
『では、私と月が立ち会いましょう。待っていますよ。貴方の決断を‥‥』
執務室で、彼はその日、事務官から渡された数枚の調査書、陳情書の中から一枚の書類を見つけ出し、ため息をついた。
「また来たのか‥‥まったく、懲りもせず‥‥」
ぽい、と書類を投げ捨てるのは為政者としてはよろしくないことだろうが‥‥苦笑しながらも部下達は止めたり、注意したりはしなかった。‥‥代りに
「こら! ライルよ。領主がそんなことでどうする」
ちゃんと注意をしてくれる者が今日はいた。一瞬肩を竦めて後、彼、セイラム侯ライル・クレイドは顔を上げた。
「しかし、タウ先生。少なくともこの親には‥‥子供は帰せません」
そう言うと自分が投げ捨てた羊皮紙を彼は、目の前の老人に手渡した。
「妻を失って後働きもせず、子に働かせて、子に当たるか。やれやれ‥‥子供を自分の所有物と思うておるのか‥‥まったく」
ぽい、と書類を投げ捨てたりはせず、老人はテーブルの上にそっと置くと深くため息をついた。
「人というのは弱いものだ。何か心の支えが無ければ生きてはいけぬ。その男にとってはそれが妻であったか‥‥」
「他の子供達は誘拐をきっかけに和解したり、司祭の仲介などで考えを改めたりしましたが、この者だけは‥‥。子供達を攫おうとした集団のことも気になりますが、私達の手も足りませんし‥‥」
セイラムの街にも自警団などが無いわけではない。だが、遷都や新しい都市の起動、その他のドタバタで完全に働いているとは言いづらい。
経済を整え治安を守る。一つの街の運営は簡単なことではない。
外見上は平和を保っている、実はそれだけでも大したことだと言えた。
「あまり褒められたことではないかも知れんが、また冒険者の手を借りたほうが良さそうだな。とりあえずは‥‥親子問題よりのあの教団の調査か‥‥」
「ええ、そのつもりでギルドには依頼を出してあります。もうすぐ着くはず‥‥どうしました? 先生」
何かを見つめるように、考えごとをしていたタウ老人は
「なんでもない、気のせいだろう‥‥」
と笑った。ライルはそれをとりあえず、信じた。
「ティトと‥‥ジェイが昨日の夜から行方不明?」
ふらつく身体を杖で支えながらも司祭は真っ直ぐに子供達を見た。
ジェイというのはこの間の事件の後、最後まで孤児院に残されている子供だ。
親は何度も引き取ろうと来ていた。時に暴れてさえ、子供を帰せと言う。
だが‥‥ライルは彼を親に引き渡そうとはしなかった。
その理由が、ローランドには解っている。
「うん、そうなんだ‥‥」
「ティトはね、ジェイのことを気にしてた。で、昨日の夜、点呼まではいたんだけど、その後いないの‥‥」
「大丈夫かな‥‥また悪い奴らに攫われたんじゃ‥‥」
心配そうな子供達の頭を
「大丈夫ですよ。心配しないで」
笑いながらローランドは撫でた。直ぐに捜しに行くつもりだった彼らの後ろで玄関の扉が開く。
中から入ってきたのは一人の少年だった。
「ジェイ‥‥」
「ジェイ、おかえりなさい」
子供達の色の無い声が名を呼んだ少年に、司祭はゆっくりと近づいて微笑みかける。
返事は返らなかったが‥‥
「どうしたんです? 朝帰りは良くありませんよ」
誠実な、他意の無い問いかけ。だが返事は返らない。足も止まらない。
少年は無言で広間を抜けていく。自室に戻ろうとしているのかもしれない。
「ティトを見ませんでしたか? 昨日の夜から帰ってこないんですよ」
ピタッ。
すれ違いざまかけられた言葉に、一瞬だけ足が止まった。
「‥‥知りません。失礼します」
「なんだよ! あいつ!」
「ティトと一緒だったんでしょ。あんたはいいからティトを返しなさいよ!」
粟立つ子供達の怒りを聞きながら、横をすり抜けて去っていく少年を司祭は目を閉じて見送った。
ソールズベリにやってきた冒険者達は依頼主ライルに司祭ローランドの頼みを聞いてくれ。と言われた。
「ジェイとティトを‥‥救ってやって下さい」
軽く事情を説明した後、司祭は少年ジェイが明日、父親の元へ帰ると伝える。
「子供にとっては、正直とんでもなく! 好ましくない親なので返したくはないのだが、子供自身が帰ると言うのではこれ以上留めてはおけぬからな‥‥」
ライルの口調は苛立ちを隠さない。それがこの領主の若さであり美徳だと司祭は笑って、話を続ける。
「これは、私のカンです。確証はありませんですが、間違いないと確信もしています。彼は、知っています。ティトの居場所を。そして‥‥何かを決意し、何かをしようとしているのです。それをつき止めて、彼とティトを‥‥助けて下さい」
自分がやりたいと望んでも、今は、まだ身体がついていかない。司祭は悔しそうに呟いた。
嫌な予感がする。
一瞬の判断が必要な時、自分は力になれないかもしれない。だから彼らに託すのだ。
「先日の者達は『月の一族』と自分たちを名乗っていたそうだ。また、何かをしでかそうとしているのかもしれん。それも合わせて調べて欲しい。ただ奴らは魔法使いだ‥‥用心してくれ」
「あの一族にティトが囚われている可能性もあります。私の力が必要であればお申し出下さい。なるべく早く体力を取り戻すようにいたしますので‥‥」
子供達を救いたい。
同じ思いを持つ若者二人の願いに冒険者達は頷いた。
「あいつは‥‥妻が俺の為に残していったものだ。俺の勝手にして‥‥何が悪い!」
男はそう言って、酒を飲んでいたという。
「僕は‥‥捜していたものを‥‥やっと見つけたんだ。邪魔は‥‥させない」
少年が、そう呟いていたのを聞いた子がいたという。
思い出す。あの月色の女の言葉を‥‥
『未来の我が一族に‥‥』
司祭が感じていた嫌な予感を、何故か、何故か冒険者達も感じずにはいられなかった‥‥。
●リプレイ本文
『賭けを覚えていますか?』
『大丈夫だよ。きっとアイツを止めてくれる。冒険者や司祭様達がきっと‥‥』
冬の隙間の暖かい日。
孤児院の中庭では、子供達が遊んでいる。
「あたしも混ぜて下さいな」
「いいよ!」
手伝いをかってでたロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)は子供達と本気で遊び、華やかな笑い声が広がっている。
「司祭殿。お伺いしたいことがあるのですが?」
二階の自室から子供達を見つめる司祭ローランドにソルティナ・スッラ(ea0368)は丁寧な口調で話しかけた。
「はい、私で解ることでしたら‥‥」
慎ましげに答えた彼にソルティナは前置きを抜いて単刀直入に聞いた。
「太陽と月の一族、というのをご存知ですか? 先に貴方と子供達を襲った者達はその、月の一族では無いかと思うのですが‥‥」
少し考えて彼は答える。
「そうかもしれません、捕らえられている時、月を讃えるような言葉を何度か聞きました。でも、私個人はその話を聞いた事は無いのです」
誠実ではあるが期待外れの返事にソルティナは肩を落とす。ひょっとしたら司祭自身が月か太陽の一族ではと思ったのだが‥‥彼はそれを否定する。
「私は三十年前、教会に捨てられていた孤児です。親、親族などに今まで出会ったことはありません」
「そうですか‥‥って、三十? 貴方は今、失礼ですがおいくつ?」
「今、言いました通り、今年多分三十になりますが‥‥」
(「嘘‥‥」)
「当時、この街はドラゴンの襲来に合い多くの被害を受けたと聞いています。恐らくは私の両親も‥‥」
司祭はニッコリと笑う。だがその外見の若さ以上にその笑顔に多くのものを湛えている様に‥‥見えた。
「私は親の無い子供の気持ちは解るつもりでいました。でも‥‥親のいる子供の気持ちは‥‥解ってあげられないのかも」
視線の下に今回の事件で預けられた子達の姿も見える。悲しい顔の子供達。
「あの顔を‥‥私は光に変えることができるのでしょうか?」
ソルティナはまだ、大丈夫と言うことはできなかった。
さて、同じ頃、オールド・セイラムを訪ねた冒険者がいた。
「タウ老人〜、お邪魔しますぅ〜」
「おお、そなたか」
馴染んだ顔の冒険者に老人は椅子を勧める。それを素直に受けるとエリンティア・フューゲル(ea3868)は少し真面目な顔になった。
「お聞きしたい事がありますぅ。月の一族のこと。もしご存知なら教えて下さい。今回の事件に無関係ではないはずですぅ」
彼にはこう見えて鋭い目と積み重ねてきた知識がある。今度の件でどうしても気になることがあったのだ。
「正直に言うとぉ、僕は今回の件は、月の一族が起こしたことだと思っていますぅ。以前おっしゃっていましたよねぇ、太陽と月の一族が争ってそして消えたって‥‥何かご存知ですかぁ」
何かを悩むような表情を見せた老人は、ゆっくりと立ち上がると‥‥こう答えた。
「知らん!」
ガクッ!
「それはないですよぉ〜」
椅子から転げ落ちかねない様子をなんとか立て直したエリンティアだったが、老人の表情はいたって真面目だった。
「本当の事じゃ。ワシらがこの地に来たは三十年も前の事。ドラゴンの襲撃からこの街を守る為じゃった。そして、キール‥‥先代の領主が言うにはその襲撃の直後から二つの一族は姿を消したという」
だから、彼自身もキールから聞いた昔語り以上には二つの一族の事を知らないのだと言う。
「じゃあ、この間のはなんですかぁ?」
「カンじゃ!」
ズルッ!
今度は完全に椅子からずり落ちた。
「冗談じゃ、だが、二つの街の住人で無い以上その一族が戻って来て事件を起こしたのかもな。一族についてはライルの城や、旧都市の書庫などに情報が残っているかもしれん」
「‥‥解りましたぁ。じゃあ調べてみてくださいぃ〜」
解った、とタウは頼まれごとを快諾した。
街へ戻ると立ち上ったエリンティアを呼び止めるようにタウの手が伸びる。
「なんですかぁ‥‥」
「いや、何でもない。ただ、あの地が奴らにとって聖地であることは間違いない。気をつけるが良い」
「ありがとうございますぅ〜」
去っていく金色の髪を見送る老人は昔を思い出していた。同じ色の髪をした妻と‥‥何かを‥‥。
「遥か昔、太陽と月は敵に追われ、行く場をなくした古き民をこの地へと導いたという。太陽と月と、二人の間の子、星に守られ人々は皆幸せに暮らしていた。
だが、やがて人々は生きることに夢中になり、太陽と月の恵みを忘れていく。
太陽は言った。『我の恵みを忘れる者を焼き滅ぼせ』と。
月はそれを止めた。『人々の心を変えない限りどんな行動も意味がない』と。
そして二人は争った。
太陽と月の力は獣となり、地を割り、風を切り裂いた。
人々は成す術が無くただ祈るのみ‥‥。
争いが果てなく続き、お互いが滅びようとした時、星がそれを止めた。星は自らの身を砕き千の輝きと、万の光となって争いを止めた。
星の血と涙に‥‥太陽と月は争いを止めた。石の神殿を立て、そこに獣を封印し‥‥太陽と月は、昼と夜に別れた。
それが、この街の始まりで、ストーンヘンジの出来た訳じゃ」
昔語りを語る老人の話を青年達は子供の心で聞いている。
「どこか懐かしい感じのする話ですね」
御蔵忠司(ea0904)の言葉にそうだな、とアリアス・サーレク(ea2699)は頷いた。
昔いたという月の一族について話を聞いたら老人はこの話をしてくれた。
もう消えて三十年にはなるという一族の事を覚えている者すら今は少ないが‥‥決して悪い印象は無いという。
「先住ケルトの末裔と名乗りストーンヘンジを守ってきた者だ。太陽の一族は未来を予知して人々を導き、月の一族は心を支えてくれた。ここだけの話、教会よりも頼りになることもあったわい」
「この地では伝説が残っているくらいで太陽や月を崇める者も迫害はそれほどされてはいなかった。彼らも互いにいがみ合う事さえ無ければ悪くは無かったのだが‥‥ご領主も気にしていたのじゃ」
何かを掴めた様な、何かが引っかかるような‥‥そんな気がしてならなかった。
「二人とも‥‥見て!」
少し離れた所で子供達から話を聞いていたウォル・レヴィン(ea3827)は小さい声で仲間達を手で招いた。
ロゼッタが庭の隅で一人佇んでいた少年ジェイに話しかけているのが見えたのだ。
そっと姿を隠す。静かに聴いているとこんな会話が聞こえてくる。
「ねえ、ジェイ君、『本当の家族』って言うけど、家族ってどういう関係の事を言うのかしらね」
少年の返事は無く、ただ無言で目を瞑っていた。ロゼッタは精一杯の気持ちで言葉を繋げる。
「あたしは本当に大切に思い合った人たちの事を家族って言うと思うの。だから孤児院のみんなと司祭様、そしてあたしもジェイ君とティト君の事をとても心配しているわ」
ブチッ! ある一言と一緒に何かが引きちぎられた音がしてロゼッタはジェイの手元を見た。引き千切られた草がジェイの手元で潰されている。
「ジェイ君?」
「心配して下さってありがとうございます。でも、心配して頂いても何も変わりませんから‥‥。僕、帰る仕度がありますので‥‥では」
「あ‥‥っ」
(「何かが‥‥傷つけた? 彼を」)
無言で遠ざかっていく少年の背中に、彼女は後悔を‥‥感じていた。
少年は荷物をバックパックに入れる。
持ち物など大した数も、量も無い。
ただ一つだけ、彼は手に取った。
彼女から貰った銀色の‥‥
「ティト‥‥賭けは僕の勝ちかもしれないよ」
小さく呟くと彼はそれをカバンの中にそっと入れ外に出た。
アイツが‥‥待っている。
「ふう、見込み違いでしたか‥‥」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)は深いため息をつく。ティトの居場所捜しと情報収集にストーンヘンジ中を飛び回ったが人影すら感じられない。
「ティト君は一体何処へ‥‥っとしまった」
街中に戻ってきたディアッカは何度もかけて癖になりかけたテレパシーの呪文をかけた。
「まさか‥‥街の中に‥‥えっ?」
彼は目を瞬かせる。反応があったのだ。目を閉じ話しかける。
『ティト君、今、どこに‥‥?』
『そんなことは、どうでもいいよ。ジェイを止めて。助けて!』
『ジェイ君を止める?』
『ジェイは、ジェイはお父さんを殺そうとしているんだよ!』
迎えに来た男は、とりあえず建前があったからだろう。
表向きはまともに見えた。大人達にお辞儀をしてジェイの手を引く。
だが、その姿は誰も見ていない場所で急変する。
「父を捨てて他所へ行くだあ? お前には親に対する恩も無いのか!」
バチン!
強烈な平手打ちがジェイの頬に飛んだ。一発、二発。恵まれた体躯は少年の細い身体を簡単に吹き飛ばす。
「いいか! 俺はお前の事を心配してるんだ。お前の為に父親である俺が面倒を見てやっているんだぞ!」
地面に突っ伏したままのジェイの胸倉を掴むと父男は力任せに引き上げた。殴りかかる親にジェイは抵抗らしい抵抗を見せない。
「二度と、俺から離れようなんて思うな。お前は‥‥俺の‥‥」
手がまた高く上げられた。襲い来るであろう衝撃に少年は目を閉じず手元の光を強く握り締める。
その時。
バシャン!
二人の間に水が入った。比喩ではなく文字通り。誰かが父親に向けて水を思いっきりかけたのだ。
「だ、誰だ! こんな事をしやがるのは!」
「えっ?」
「こっちへ!」
強く手首を引かれた少年は、自分の前にいくつもの背中があることに気付く。
ずぶ濡れになった父親は顔に付いた水を払うと、前を見た。
そこには屈強な男達が‥‥
「我輩はマックス・アームストロング(ea6970)である! いたいけな子供に対する狼藉、許すわけにはいかん!」
一際大きな身体が一歩、父親の前に踏み出た。人間としては屈強な体躯であってもジャイアントには叶わない。
一歩、後ろに下がりながらそれでも居直って男はこう言ったのだ。
「人の家のことに口を出すな! そいつは俺の息子だ。俺の息子を俺の勝手にして何が悪い!」
「‥‥貴殿に問いたい、汝、妻を愛しているか? 我が子を愛しているか?」
「愛しているからこそ俺は息子を心配しているんだ。そしてまともになるように教えてやっているんだ! 何が悪い!」
マックスは舌を打った。彼の言葉は、少なくとも男の心には響かなかったようだった。
男をマックスが止めている間。冒険者達はジェイを取り巻いていた。
「いいか? 悲しい話だが、世界はそれほど優しくは無い。どうしても解ってくれない人間は居て、それは‥‥仕方の無い事なんだ。だが、もう少し、周りを信じてみないか?」
「見ず知らずの誰かの手をアテにしないで君を思う司祭様や俺達や仲間の声に耳を傾けないか? ‥‥ティトの居場所を教えて欲しい。頼むよ」
アリアスとウォルはジェイの肩を揺らした。それを忠司は軽く制する。
「‥‥待って下さい。情報は欲しいです。ですが‥‥情報の為に何でもして言い訳では無いですよね。自分の中で溜め込むより、人に話してみてはいかがですか?」
「聞いて‥‥くれるの?」
「「「えっ?」」」
「僕の話を聞いてくれるの? 僕に皆は心配している、信じろって言う。でも僕を貴方達は信じてくれるの? 僕の為に何をしてくれるの?」
忠司の言葉に心の堰を切ったようにジェイは叫んだのだ。
大人も、誰も信じられない。大人に彼が怯えていたことを、彼らは誰も気付けなかった。
マックスは、ハッとジェイの手を見た。震える手に握られていた銀の‥‥あれはナイフ?
「僕を解ってくれたのは、彼らだけだ。あんな奴‥‥父さんなんかじゃない‥‥僕は、僕は‥‥」
「ダメである! ジェイ殿!」
払われた銀のナイフが転がっていく。それを、白い手が黙って拾い上げた。
「皆! ティトは街の中‥‥うっ!」
必死の勢いで走ってきたディアッカも、冒険者達も息を呑んだ。
「貴方がたは解っておられないのですわ。彼が、どれほど追い詰められていたか。どれほど苦しんでいたのか‥‥」
「お前は!」
アリアスは剣を抜いた。そこには遺跡で出会った女が、銀の髪の吟遊詩人が立っていたのだ。
だが、剣を抜いただけ。手を出すことはできない。
彼女の腕の中に少年が‥‥ティトがいるのだから。
「‥‥賭けは僕の勝ちだよ。ティト。冒険者は誰も、僕がやろうとしていることを、思いを気付いてはくれなかった」
「いや! 俺の勝ちだ! 冒険者はお前を思ってくれた。お前がお父さんを殺すのを止めてくれたじゃないか!」
! ディアッカ以外の冒険者達の顔から全ての血の気が引く。
マックスが父親を止めなければ、ジェイは父親を刺していたというのか?
「ジェイは全てを捨てて我々と共に来ると言いました。ティトは止めようとしました。そこで賭けをしたのです。ジェイの思いに気付き大人達が止められたら彼は帰る。私はその見届け人‥‥」
女は深く、深く笑った。冒険者達を嘲るかのように‥‥。
「さて、どうしましょう。賭けはドロー。では再戦といきましょう。‥‥ジェイ、いらっしゃい」
ジェイはゆっくりと近づいていく。操られているのではない。自分の意志で‥‥。
「ジェイ!」
冒険者達は動けない。ティトの喉に銀のナイフが立てられている。動いたら‥‥
「ティトはお返ししましょう。ジェイは連れて行きます。もし本当にこの子達を救いたいと思うのであれば追っていらっしゃい。それがなし得ぬのなら次の満月の夜にはこの子は我が一族ですわ。」
「待て!」
追いかけたウォルの前で銀の髪が光るように揺れ‥‥次の瞬間周囲は漆黒の闇に閉ざされた。
「‥‥くそっ、月魔法か!」
闇が消えた時、彼らがそこに見たものはウォルの腕の中のティト、消えた二人。そして‥‥
「‥‥ジェイが俺を‥‥殺そうと‥‥?」
茫然自失のまま地面に座り込む、父親だった男の姿だった。
ティトは取り戻した。
ジェイを止めることもできた。
だが、二人を救うことができたか、と言う答えは冒険者達自身が一番知っているだろう。
『もし本当にこの子達を救いたいと思うのであれば追っていらっしゃい‥‥』
女の声が‥‥どうしても耳から離れなかった。