【ソールズベリ 新章】 月色の未来

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月10日〜02月20日

リプレイ公開日:2005年02月17日

●オープニング

 少年は月と共に消えた。
 その消息はようとして知れない。
 まるで完全に姿を消した新月の夜のように‥‥

「ありがとうございます。ティトを助けてくれて‥‥さあ帰りましょう‥‥」
 司祭の手が肩を優しく抱きしめる。目線を合わせた彼は無言で、小さく頷いた。
 決して手荒に扱われた訳ではないようだが‥‥監禁とそれに続く様々な事柄はまだ10年足らずしか生きていない少年の心には辛く重いものだったろうから。
 彼には休息が必要だと誰もが思った。
 二人の後姿を見送る冒険者達の口の中、甘い成功の味を感じたものはおそらくいなかったろう。
「‥‥何も言わないんですか? ライル様」
 さらに後ろで無言のまま腕組みをしている領主に、一人の冒険者は問うた。
 依頼を受け、それを完遂し切れなかった自分達を誰も責めない。司祭も領主も、そして‥‥友に去られたあの少年すらも。
「言って欲しいのか?」
 彼は答えた。感情の薄い声で冒険者達を見ながら。
「今回の件は私にも責はある。調査と合わせてと頼んだ私にも‥‥な」
 その言葉の持つ意味に冒険者達は、頭を下げた。
 月の一族の謎、ソールズベリの歴史、気になる事が多くそちらを調べるのに気がいってしまっていた。
 ジェイのことも説得する事ばかり考えてしまい、彼が何を考えているか、彼が何をしようとしているか‥‥気づいてやることができなかったのだ。
(「言われていたのにな。‥‥『何かを決意し、何かをしようとしているのです。それを突き止めて止めてくださいって」)
 話を聞いてやる。心に寄り添って‥‥。もし、そうしていれば‥‥。
 いや、『れば』や『たら』は必要ない。
「その女は追って来い、と言ったのだろう? 強制はしない。だが悔いる気持ちがあるのならやりなおすチャンスはある。月はまた出る。私も‥‥また依頼を出そう」
 それだけ言うと彼は背を向けて去りかけた足を止めた。
「‥‥私は、学んだことがある。昔は民など庇護を受けるだけの弱い存在だと思っていた。一人を犠牲にしてより多くの者が救えるのなら、それも止むを得ないと思っていた。自分は常に正しいと思っていた」
 冒険者達は動かない。背を向けたまま彼は続けた。
「だが、人はそれぞれの思いを持って生きている。それに完全な正解も完全な間違いも無い。間違ってもやり直すことは出来る。それを教えてくれたのはお前達だ‥‥」
 今度こそ歩き去る領主を冒険者達は見送った。
 
 月の一族と同じ時を過ごしたことがある子供達は‥‥言っていた。
「とっても優しい、お母さんみたいな人でした。お腹一杯食べさせてくれて、綺麗な歌を聞かせてくれて‥‥」
「私達の言う事をちゃんと聞いてくれたの。ちょっと、嬉しかった」
「あのね、一緒にいたお兄ちゃんやお姉ちゃんも昔、同じだった、って言っていた」

 ティトは‥‥話してくれた。
「旅人のふりをして普通に宿屋に泊まっていたよ。仲間はもういろんなところにいる、っても言っていた。そして‥‥満月の下で一族の誓いを立てるんだって‥‥」
 彼女は決して怖い人物ではなかったと思う。両親を無くし、孤児院に入るまで路上で暮らしていた自分のことも解ってくれていたから‥‥。
「爺さんや、司祭様や、みんながいなかったら、きっと俺も一緒に行きたいって‥‥思ったかもな」

 子供に捨てられたジェイの父親は気が抜けたように大人しくなっていた。
 家でただ一人、ぼんやりと過ごす日々だという。
「俺は‥‥間違っていたのか‥‥ジェイ‥‥」


 程なく約束どおり冒険者ギルドにセイラム侯ライルの名において依頼が出された。
『月の一族を追い、セイラムの街においての子供の誘拐が二度と起こらぬようにせよ』


 ライルは自分の城のテーブルでペンを置く。
 もうじき冒険者達がやってくるだろう。
 今回の依頼にジェイの救出をあえて条件にはしなかった。
 彼は自分の意志でついていった。
 それを覆すのは‥‥難しいだろう。言葉だけでは、絶対に無理だ。
 でも、もしそれを成し得たとしたら、新しい未来が見えるかもしれない。
 希望と、不安、夢と悪夢が入り混じったような‥‥そんな予感を彼は感じていた。

●今回の参加者

 ea0368 ソルティナ・スッラ(29歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0904 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3827 ウォル・レヴィン(19歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5304 朴 培音(31歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7209 ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

「領主殿、話があるのである!」
 マックス・アームストロング(ea6970)が上質の木の机を叩く。
「何だ。言いたい事があるなら聞こう」
 書類から目を離し、ライルは顔を上げた。
「あの、月の一族のことである。拙者、思うのである」
 力の篭った説明を、ライルを黙って聞いた。そして‥‥同じ目線で立って、頷いたのだ。
「解った。全てを任せよう」
 と‥‥。

 暗い部屋の中は埃が多く、ソルティナ・スッラ(ea0368)は細かい咳で喉に入ったそれを払う。
「‥‥儀式について何かが解れば対策を考える事が出来るかもしれないのですが‥‥」
「月の一族さんについて、少しでも知りたいですね」
 けほけほ、ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)も埃にまみれながらも頷く。
 城の書庫に何か街の歴史や月の一族への手掛かりがないか、彼女達は捜したいと思った。
 多忙を極めるライルに手伝いを頼むのは無理だったが、タウはいくつかの文献を探し出してくれていた。
「月の一族は、太陽の一族と共に古くからこの地に住まうケルトの一族だったようだ‥‥」
 民族の歴史は戦いと侵略の歴史。
 失われた一族があっても、それを伝える者達がいても不思議は無い。
「彼らが聖地と崇めるあのストーンヘンジには何かがあるのかもしれないな」
 ふと冒険者エリンティア・フューゲル(ea3868)の言った言葉が気になっていた。
『三十年前のドラゴン襲撃直後に二つの一族が姿を消した、ドラゴン襲撃は二つの一族に関係があるのかもしれません』
「月と、太陽の一族‥‥その本質は悪いものではなさそうですね‥‥どうしました? 老?」
 考え事をするタウをソルティナは呼び戻した。
「いや、何でもない」
「とにかく‥‥話をしてみましょうか」
 儀式の伝承は城に残されてはいない。後は行ってみるしかないのか‥‥。
 月は徐々に丸みを帯びていく。
 
 街の中をシフールが一人、歌を歌っていた。響く声が人々の足を止める。
 彼、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)は歌うように語り、語るように歌う。【メロディー】に乗せて。
 込める思いは一つ。
 思い出して欲しい。子供を思う親の気持ちを大人達に。
 そして‥‥。
 ポロン。割り込まれた歌にディアッカは顔を向けた。ふと、声が止まった。
 竪琴の弦を指先で操りながら一人の青年が彼に近づいてきたのだ。
 彼の歌声は魔法を帯びてはいなかったはずだ。
 だが思いに寄り添うように、優しく見事で‥‥。
 ディアッカは歌を止めて彼と向かい合った。
「貴方は‥‥?」
「声が聞こえました。‥‥勇気がありますね。もし、私達が貴方を害しようと思ったら死んでいたかもしれませんよ」
 曲を一曲、弾き終えた彼は柔らかく笑う。
「少し、お話をしませんか?」
 私達。誘いのようだが強制力のある笑顔と言葉にディアッカは黙って頷いた。

 路地裏の壁に背をつける男の前にディアッカは浮かぶ。目線を合わせるように。
 彼が、月の一族の者である事は解る。なら、聞きたい事があった。
「何故、子供達を攫うのですか? 理由の是非はともかくとして貴方達の行動は人攫いと言われても仕方ありませんよ」
 冒険者の疑問に彼は笑う。
「はい、そう思われるように行動していますから」
「?」
 まさか、そういう返事が返るとは。言葉に詰まるディアッカに彼は続ける。
「僕達は彼女に従うだけですよ。故郷の悲しい子供を少しでも減らしたいという彼女の‥‥ね」
 彼女、その言葉に沈黙するディアッカの返事を待たず、彼は自分の言葉を紡いだ。
「人の言葉は不自由なものです。魔法だって同じ、幾多の言葉を尽くしても全てを伝える事はできない。悲しい子供の涙を、孤独を。彼らは一刻も早く救いを求めている。救い主を彼らは待っているのですよ」
「救い主? そんな、傲慢な‥‥私達にできるのは‥‥所詮きっかけ作りでしょう?」
 彼は苦笑した。
 言葉とは、やはり不自由なものですね。そう言うと壁から背を離しディアッカを鋭く見つめる。
「我々は、我らの信じる道を行きます。間違っていると思うなら行動で止めなさい」
 去りゆく男をディアッカは止めず見送った。
 その言葉の意味をただ、考えて‥‥。

「おや? 何でしょう?」
 冒険者との会話を終えた青年はふと、足と眼を留めた。
 ごくありふれた木の看板。だが‥‥数は妙に沢山ある。
『月の一族へ、会って話しがしたい。
 当方は、貴殿らに危害を加える意思は無し。
 互いを知り、互いのこれからを語らおう』
「おやおや‥‥」
 『彼ら』の頬に笑みが浮かぶ。嘲笑でも苦笑でも無い、優しい微笑みだった。
 
 現在、家の無い子供達はほぼ、孤児院に集められている。
 ただ、新しい街の影で暮らす悲しい目の子供達は確かにいた。
「もし行くところが無かったら‥‥孤児院へ行くといいですよ。司祭と領主さんが‥‥助けてくれますから」
 ね? 御蔵忠司(ea0904)の穏やかな瞳は彼らに僅かながらも光になったようだった。
 そして、もう一人、彼の光に照らされたものがいた。我が子に去られ酒に溺れる、哀れな男‥‥
「何の用だ! この‥‥惨めな俺に‥‥」
 最初の数日、忠司は何も言わなかった。彼の側で思い出話や旅の話をして‥‥決して怒らず、側に居た。
 だんだん、心を開いていく彼は‥‥やがて、忠司に自分の思いを語っていった。
「‥‥忘れていたよ。俺も昔、子供だった事‥‥。親に怒られるのが本当に、怖かった事」  
「ジェイ君が居なくなってどんな気分ですか?」
 忠司の問いに返事が返ったのは暫くの時が過ぎてからだった。
「俺は‥‥あいつを本当に大事に思ってる。でも! どうしたらいいか‥‥解らないんだ」
 その言葉がどれだけ真剣な思いか、伝わるからこそ、忠司は立ち上がり手を差し伸べた。
「会いに行きましょう。ジェイ君の所へ。これが‥‥本当に最後のチャンスかもしれませんから」

 時は容赦なく過ぎ去り、月を真円に導く。
「さて、行こうか‥‥」
 そう言って立ち上った朴培音(ea5304)の側にティトが立つ。
「あの‥‥さ。ジェイに、会ったら‥‥言ってよ。一緒に遊ぼうって‥‥」
 何か言いたげな様子に気付きながらも培音はポンポンと軽く頭を叩いて微笑んだ。
 彼女にはある決意があった。遅れてやってきたウォル・レヴィン(ea3827)の話を聞きながらもある事を思っていた。
(「絶対に‥‥」)
「? 何それ?」
 ふと、仲間達に自分の提案と情報収集の結果を話し終わったウォルはロゼッタの手の籠を覗き込む。
「お酒ですわ。あと、食べ物。話し合いが和やかになれば、と思いまして‥‥」
 ロゼッタはニッコリとした。マックスと一緒に用意したものだ。使うかどうかは解らない。だが、その用意する課程が今回は、重要だった。
「儀式の場所は、きっとストーンヘンジ。行きましょう」
 立ち上ったソルティナの言葉に彼らは歩き出した。
 
 想像通り、石の神殿の中央に彼らは立っていた。純白のローブが月に冴えて輝く。
 最初に出会った時と似ている。
 と、何人かは思う。
 だが、今度は明らかに違う事がある。
 彼らは見ていたのだ。待つように、冒険者を‥‥。
「あら、再試合にお見えですか?」
 中央に立った女性が‥‥ローブのフードを避けた。彼らの前に立つのは集団の中で一際小さな影。
「そんなことは、関係ない。あたしは連れ戻しに来たんだ。ジェイを返してもらう。行かせない。例え、刺されたって」
 言い放った培音の言葉に、彼女は怒らなかった。何故か小さく微笑んだようにさえ見えたのは、気のせいだろうか‥‥。
「ジェイが君たちと一緒に行く事が、この街の敵となる事になると言うのなら僕は止めるよ。力づくでも‥‥」
「止める? 嘘だ! 誰も‥‥僕の気持ちを解ってくれない! 僕の話を聞いてくれなかった! なのに、何で今更そんなこと言うんだよ!」
 叩きつけられた少年の声に、冒険者達はその方向を見つめる。ローブから覗く小さな瞳は涙色に濡れて‥‥。
「僕は助けて欲しかったんだ。誰でもいい。孤児院の子達は助けて貰ったのに、何で僕だけ、僕だけ誰も助けてくれないんだよ!」
「‥‥ジェイ‥‥」
 忠司はまだ後ろ手でその人物を押し留めていた。今は、口を挟むべきではない。
「悪いな‥‥俺達は冒険者だ。一時の風に過ぎない。だから信じてくれとは言えないし、君の気持ちが解るとは言えない。俺が言えるのは、これだけだ。生まれ故郷を捨てて、本当に彼らと一緒で君は幸せになれるのか?」
「誰かを信じるのは、勇気がいる事なのである。だが、我輩達は、今度はジェイ殿を信じるのである」
「僕は‥‥僕はただ‥‥誰かに抱きしめて欲しかっただけなんだ。そんなこと止めろって‥‥大好きだよ‥‥って」
 心が壊れそうなほど溢れる思い、涙。それを止める権利がある者は一人だけだった。
 手に押され‥‥その人物が歩み寄る。
「父さん‥‥」
「ゴメンな‥‥ジェイ‥‥俺は、お前が大好きだ‥‥」
 太い腕が小さな身体を強く抱きしめた。ジェイは逃げなかった。
 白いローブははらりと落ちた時、普通の子と親がそこにあった。

「黙って行くつもりですかぁ?」
 退きかけた彼らを留める声。フードを脱いだ彼女にだけ驚きの表情が見て取れた。
「僕はエリンティア・フューゲルと言いますぅ、貴女のお名前を教えて貰えませんかぁ?」
 エリンティアはいつもと変わらぬ様子でのほほんと笑いかけた。返事は帰らない。
「えっとですねぇ、僕は彼がどれ程追い詰められていたとかぁ、どれ程苦しんでいたのかなんてさっぱり解らないですぅ」
 返事を待たずに彼はあくまで自分のペースで語り続ける。相手の反発は何故か無い。
「自分の心だって理解できない事があるんですからぁ、心の内を話して貰わないと他人の心を理解するなんてできませんからねぇ」
「随分、無責任ですわね。言葉で人の心は伝えきれません。本当に人の心を救おうと思ったらその心に寄り添い、言葉以外で伝える事を怠るべきではないのですわ」
 帰ってきた返事は正論で、でも‥‥エリンティアはある事を感じ、思い、そして思ったままを言葉に紡いだ。
「本当に救われたいのは貴女の様に見えるんですけどぉ、一体何をそんなに思い詰めているんですかぁ?」
「!」
「‥‥同情は‥‥無用です。私達は仲間を増やしたかっただけですから。ですが‥‥今回は諦める必要が‥‥きゃっ」
「ま、待つでござる! 拙者らと、語り合ってはくれぬか!」
 突然、駆け寄り大声で語るマックスに彼女は、完全に意表をつかれ目を丸くした。
「な、何を?」 
「お互いが分かり合う事こそが、これからに必要だと思うのである! 領主の許可も得たし、酒も用意したので一緒に酌み交わして‥‥」
 冒険者の言葉に、彼女は顔を赤らめた。まるで告白された少女のよう。背後の者達のローブの下から小さな笑い声が聞こえるような気さえする。
「か、考えておいて差し上げますわ!」
 かき消すように彼らの姿は消えた。冒険者達は月影に消えた彼らを追う事はしなかった。
「Luis‥‥ルイズですか。綺麗な名前ですね」
 心に届いた小さな声を握り締め、エリンティアは月を見つめた。
 それは、とても美しかった。

「いいかい、完璧な親にならなくていいんだよ」
 ジェイの父に培音はそう囁いた。
「ティト君が遊ぼうと言っていました。時には行ってあげて下さい」
 ソルティナの伝言にジェイは小さく頷いて、小さく笑う。
 一度、最悪のことまで思い詰めた二人の関係がそう簡単に修復されるとは思えないと、冒険者達にも解っている。
 暫くは司祭と領主の保護下に彼らは置かれるようだ。
 冒険者達が二人にできることは終った。後は彼ら自身が解決していくしかない。
 歌声で人々に語りかけたように、子供達に指導したように、いろいろな提案をしたように。
 冒険者というのは風であり、きっかけなのだ。
 でも、そのきっかけが彼らを変える。
 あの時の涙は嘘ではない。繋がれた心は偽りではない。
 何かが変わっていくだろう。きっと。
 冒険者達は、そう信じていた。

 その後、誘拐事件が起きる事は無く、彼らは一応の成功報酬を受取って帰途につく。

 数日後、提案と仕事の書類に埋もれたライルの下に意外な来客が訪れる事を今は、まだ知らずに。