【暗殺計画 ソールズベリ】光の中の闇
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 27 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月09日〜04月21日
リプレイ公開日:2005年04月16日
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●オープニング
「だからあ、何度も言ってるでしょ。ただ、あの教会のお偉いさんがムカついて石を投げただけだってば!」
シフールの少女は尋問役の執務官に何度目かの同じ答えを繰り返した。
先だっての祭りの後、ミサを妨害したということで二人の人物が捕らえられた。
一人はまだ、少年と言える年の青年。
金髪、金茶の目の彼は一言も語らず、口を開かず膝を抱え沈黙していた。
もう一人はシフールの少女。
少年を庇うようにして現れたこの少女もまた、自分たちは暗殺者ではなく、旅をしてきたジプシーだということと、教会の言い分がムカついたので石を投げた。それを繰り返すばかりだった。
唯一、少年の名がソウェル、自分の名がイェーラであるとは名乗ったが肝心のことは何も語らない。
捜査は完全に暗礁に乗り上げていた。
その報告を受ける少し前、セイラム領主ライル・クレイドは一人の深刻な顔の訪問者を受けている。
「御領主様、どうかお助け下さい。このままでは私は罪人にされてしまいます」
司祭長の訴えに殺人未遂の噂を立てられた、彼は街の建材商人だった。
「本当にそなたはこの件に関与しておらぬのだな?」
「もちろんです!」
悲痛ともいえる表情を浮かべながらもその人物ははっきりとそう答える。
「確かに、司祭長さまのご期待には添えず、ご不興を買ってしまったかもしれませんが、良い品質の物を作るために妥当な値段と、適正な時間をかけている自信はあります。推薦された新しい商人がいたとしても決して引けを取らない自信もです」
目の前の商人はセイラムの街でも正直者として通っている。
新都市建設に対しても親子二代に渡って適正に処理をした。
それを見込んでの教会建設指揮への抜擢であり、今まで予算面以外の不満がどこからも出ていなかったことを考えるとライルは彼を信じたいと思っている。
「しかも、司祭長さまのご期待は御領主様のご要望とは別の‥‥もっと美しく、もっと荘厳につまりはお金をかけて、ということなのです。新しい商人の企画を簡単に聞きましたが、あれでは確かに素晴らしいものはできるかもしれませんが、一体何十年、何百年かかることやら、どれほど金がかかることやら‥‥」
ふむ、とライルは頷いた。
お願いします。そう言い置いて退出した商人の言葉を暫し考えた後、彼は立ち上がって部屋を出た。
山のような仕事を一時置いて‥‥。
教会はヒステリックな空気に包まれていた。
「私を暗殺しようとしたのは、きっとあの商人だ! 私が居て邪魔になるのはあいつだけだからな!」
「これ、司祭長! むやみやたらと人を疑ったり、悪く言うものではない」
大司祭がそう諌めても、いいえ! 司祭長はそう首を振ってまだ怒鳴り声を上げる。
「私は、怪我を負わされたのですよ。危うく死ぬ所だったのです。暗殺者は捕まったといいますが‥‥真の依頼人という犯人を捕まえなくては安心できません」
ふう、少し困ったというような顔を浮かべ大司祭は深いため息をつく。
実際怪我などもうかすかな赤い跡しか残っていないというのに、困ったものだ。
そんな思いは口には出さず代りに彼は大司祭にこう告げた。
「ならば、春の報告には私が行こう。怪我人に無理をさせてはならんしな」
「え゛っ?」
司祭長だけではなく、周囲の司祭や騎士達の表情も動きも、その言葉に凍るように止まった。
報告、とはキャメロットの大教会に年に数度教区の現状などを報告に行くこと。
大抵は司祭長が行く。大司祭は赴任して間もないことも含めて本来はここに残るべきなのだが‥‥。
「お止め下さい! 大司祭のお命を誰かが狙ったら大変なことになります」
神聖騎士の一人がそれを止めた。だが、大司祭は静かに頭を振った。
「もう司祭長を傷つけた犯人は捕まったのであろう? ならばそう恐れることもあるまい‥‥。それに、気になることもあるしな」
彼はの言葉は穏やかだが、口調には断固としたものが込められていた。だから、それ以上誰も大司祭を止める事はできない。
元々、上司の言葉は絶対なのだ。
「ならば、我らがお供を‥‥」
「それはならん」
幾人かの騎士達、司祭たちの申し出を司祭長は止めた。
「この教区をこれ以上手薄にもできぬ。捕まった実行犯など真の犯人にとっては単なる手ごまに過ぎないかもしれない。ましてや、直ぐに教会建設指揮の商人の選定がある。また私が狙われるかもしれないのだ!」
「ですが‥‥大司祭お一人でというのも無理な話で‥‥」
「ならば、私が大司祭の護衛を冒険者に依頼しよう」
背後からの声にその部屋の住人全てが振り向いた。声がした方向には最高権力者が立っていた。
「ライル様‥‥冒険者を?」
司祭長はさっきまでの勢いを失い、声のトーンが下がっている。だが、その言葉は聞こえないほどではなくライルを頷かせた。
「そうだ。大司祭の護衛を冒険者に頼む。司祭長、何か不服でもあるのか?」
それは確認ではない。既に命令だった。
断る理由はないし、断ることもできない。
「では、お願いいたします。ライル様。よいな、司祭長よ」
「はい‥‥」
最初の怒鳴り声の数分の一の小さな声だったが、司祭長ははい、と頷いた。
「えっと、今回の依頼だが‥‥セイラムの大司祭をキャメロットまで連れて来て連れ帰るのがメインだな」
「メイン? どういうことだ?」
冒険者の問いに、依頼書とは別に寄せられた手紙を係員はツイと差し出した。
それはライルからの親書である。
捕まった少年の尋問内容や、教会でのやりとりか軽く記された後ろにこう書かれてあった。
『前回の件において、私は思う所がある。おそらくは、今回捉えられた少年は偶然の行動を暗殺者に利用されたのでは無いだろうか? だとしたら暗殺者はまだ仕事を終えていないはずだ。
そして、司祭長を本気で狙うにしても、別の人物を狙うにしても犯人が捕らえられた、と我々が油断したこの隙を狙ってくると思う。
故に、今回は大司祭の護衛は勿論だが、他の調査も同様に頼みたい』
既に少し多めの報酬も預けられている。
これで少し仲間を増やして手分けすることもできそうだった。
大司祭の護衛、少年の尋問、商人や司祭長の調査、暗殺者の捜索。
やらなければならない事は沢山あるのだから‥‥。
「敵の正体は、まだ見えてきません。ここら辺で大きな賭けに出るのも必要かもしれませんね‥‥」
「でも、肝心の依頼を叶えられなかったら大失敗だぞ、依頼人や依頼対象を守る事は忘れるなよ。もちろん自分達の命もな」
考え悩む冒険者達に係員はそう、釘を刺すのを忘れなかった。
「ねえ、知ってる? 大司祭がキャメロットに行くんだって? 冒険者と一緒にだってさ」
「そう‥‥それはいいチャンスかもしれないわね。神の試練よ。試させて頂きましょう?」
二人の笑い声は光の中で響いていたのに、何故か闇色に染まっている。
それを、聞く者は、それに気付く者は風以外いなかったけれども‥‥。
●リプレイ本文
「大司祭‥‥お疲れではありませんか?」
「いや、大丈夫じゃ。すまんの」
手綱を取る御蔵忠司(ea0904)の声に馬上のセイラム大司祭バーナバスは柔らかく笑った。
「何、これも仕事だから。大司祭様は無事で戻る事を第一に考えておくれよ」
殿を歩くシュナ・アキリ(ea1501)は周囲を警戒しながらも明るく言う。
大司祭の笑顔。優しいお爺ちゃんという趣に何故だか笑みがこぼれて来る。
(「‥‥しかし、この状況で自ら遠出を申し出る大祭司っていうのも‥‥肝が据わっている、という事なのか‥‥それとも」)
「どうしたんです? イグニスさん?」
横を歩くティアイエル・エルトファーム(ea0324)の呼びかけに軽い、考え事をしていたイグニス・ヴァリアント(ea4202)はなんでもない、と手を振った。
さっきまで彼女やシュナ、そしてジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)に仲間のギルス・シャハウ(ea5876)と共に今までの概要や、ソールズベリの現状を簡単に説明していた。
「ほお、暗殺計画の話が‥‥」
ぽっくりぽっくり、馬を歩かせる大司祭にもそれは聞こえたらしい。隠しても仕方ない事であるので、話せる範囲の事を全て彼らは仲間と、大司祭に説明した。
「ですからどうぞ、お気をつけになって下さいね‥‥」
心配そうに側を飛ぶギルスにありがとう、そう言って彼は前を見る。前方から人、お辞儀をして素直に道の端に馬を寄せ止めた。
今回はごく普通の旅商人だった様だ。ホッとした様に動き出す冒険者達の中央で大司祭の馬はゆっくり進む。
ジョセフィーヌは自分の馬を大司祭の横に寄せると、礼儀を持ってでも、笑いかけた。
「大司祭様。手綱だけはしっかり握っていて下さい。いざとなったら飛び降りて。怪我で済むなら安いものですよ」
「そうじゃの。そうするとしよう。命あってのことだからの‥‥ジョセフィーヌ殿」
「ジョーとでも呼んで」
明るいジョーのウインクにウインクで答えた老人。
(「流石、という所でしょうか?」)
素直さと優しさと、寛容さ。ギルスは同じ神を奉じる者として少し、尊敬の気持ちを持った。
「もし宜しければ、聖母セーラの教えについて、ご教授頂けませんか?」
クレリックとしての純粋な興味の願いに、大司祭は快く是、と答え話し始める。
ゆっくり進む冒険者は旅の商人や、巡礼のシスター、冒険者などに時折注意し、時折追い越されながらも、少しずつ、確実に歩を進めて行った。
ギイ‥‥。牢の扉が静かに開かれた。
奥で膝を抱える少年は虚ろに顔を上げる。寄り添っていたシフールは跳んだ。小さな身体で彼を守る様に‥‥。
「な、何よ? もう話す事なんて無いって!」
「御領主様のご命令だ。出ろ」
「「えっ?」」
戸惑いながら二人は立ち上がり、執務官に付いて行く。‥‥護衛の兵が働く事は無く二人は目的地に到着する。
服もそのまま、案内された部屋は質素ながらも清潔で、牢との違いに、二人は環境の変化に目を瞬かせ周囲を見回した。
優しい声で、話しかけられるまで。
「ソウェルさんとイェーラさん、でしたね? 私はシエラ・クライン(ea0071)と申します」
「僕はエリンティア・フューゲル(ea3868)と言います。嫌な思いをさせて申し訳ないですぅ」
現れた二人の冒険者は、中央のテーブルに寄せた二つの椅子に二人を促した。
少年は言われるまま席に付いたがシフールの少女は少年の肩を椅子にする。明らかに警戒の表情だ。
シエラはエリンティアと視線を交わし、代表するように口を開いた。
「少しお話をさせて頂けませんか?」
「今日は、僕らの招待ですぅ〜。見事な腕前の歌い手さんもいるんですよぉ。今回事件に巻き込んでしまったのでぇ、話が終ったらお詫びに素敵な演奏を聴かせてあげたいんですぅ」
言われても簡単に気は許せない。だが今までの尋問とは違う相手と態度に彼らの表情は変わっていた。
部屋を見回す。いるのは冒険者、扉の側に騎士が一人、窓際にいるのが吟遊詩人だろうか‥‥。
差し出されたお茶の味も解らないが‥‥上目遣いの二人にシエラの声が動き始めた。世間話の様な軽い口調で。
「まずは、お二人が投石した理由の再確認からさせてもらいましょうか」
「だから、何度も同じこと言わさないでよ? あのえらそーな司祭の言ってる事がムカついたからって!」
「そうでしょうか‥‥」
「ど、どーいう事よ」
「‥‥腹を立てたら人に対して石を投げていい、傷付けたらいいとお母様に教わりましたか?」
暫しの沈黙、そして戸惑う様な様子を見せたていたシフールの少女の姿が消えた。
バチン!
「えっ!」
「シエラさん!」
「イェーラ、止めるんだ!」
シエラの眼をシフールの少女が睨んだ。肩を上げ、怒りと悲しみの入り混じった様な目で。一瞬前、シエラの頬に全力の平手を見舞ったまま、手はまだ揺れている。
「お母様って何よ! あたしもソウェルもそんなもの生まれた時から知らないわよ! そんなこと教えてもらった事ないし、それが悪いって言うの!」
頬を押えたまま少女イェーラの慟哭を見つめていたシエラの前に、今まで沈黙を守っていた少年が立ち上がる。イェーラに手を指し伸ばし、イェーラはその胸に飛びついて‥‥泣いた。
小さな頭をそっと撫でながら、少年ソウェルは二人の方を見る。
「ゴメン。聞きたい事があるんなら、何でも言うよ。でもイェーラの事は許してやって‥‥」
「私こそ‥‥」
止まった場を今まで沈黙していた吟遊詩人が動かした。
「イェーラとソウェル‥‥、ケルトの言葉で『実り』と『太陽』を意味します。そしてその首飾り、トルクは‥‥私が母から受け継いだものと同じ‥‥ひょっとして貴方は‥‥」
エリンティアに呼ばれてやってきた月の一族の長、ルイズは目の前の少年を見つめた。
「君達は太陽の一族なのですかぁ?」
もしや、と思っていた疑問をエリンティアは投げかけてみる。
「言っている事が解らない。でも、僕はここが、父さんの故郷だって聞いて戻ってきたんだ」
「あたしは、親父さまと約束したんだもの、ソウェルを必ず守るって‥‥」
目元を擦りながら冒険者を見る少女の眼差しは真剣で、真っ直ぐに見つめる少年の瞳は澄んで見えた。
教会は、その日一人の客を奥殿に迎えた。
その冒険者は陸奥勇人(ea3329)と名乗り頭を掻く。
「大聖堂の仕事を手伝ってた縁で、今回の騒動の調査を請け負ったんでひとつよろしく」
セイラム侯からの推薦もある。無碍には出来ず、司祭長は冒険者の前に黙って座った。
「で、御用は何かな? 私はこれから建設現場の視察と、新しい商人との会合が‥‥」
顔に露骨に『迷惑』と書いてはあるが、勇人はそれを上手に無視して話を始めた。
まずは基本的な当日の様子、現場にいた人物、犯人の様子を聞き込みのセオリーどおりに聞いていく。
「‥‥ふむ、大司祭の説教に皆が注目していた時、人ごみから急にナイフが飛んできた、と」
「そうだ。ナイフは教会関係の一番先頭を狙ってきた様だった。つまりは私。暗殺者は私の命を狙っていたのだろう。人ごみに姿を隠してなど、卑劣な奴だ」
嫌がっていた割に話し始めれば、司祭長の言葉は留まる事を知らない。男と感じたのは短い髪と大きな背から、シフールはスカートを履いていた。と肝心な事は曖昧で、逆に命を狙われた自分がどれほど教会にとって重要かは、力を入れてまくし立てた。
「セイラムを導く教会は後世に轟き、人々が讃える物でなくてはならない。それでこそ教会の権威が守られるのだ」
「大司祭様がいなくなった今、セイラムの教会を指揮するだけではない。無知な人々を指揮し、領主殿の及ばぬ所を私はお助けせねばならないのだ」
「へえ〜〜」
何かを、微かに浮かべながら勇人は黙って話を聞いた。
もうすぐ視察の時間だ、という司祭長に挨拶をし
「ああ、そうだ。最後に‥‥」
と話のついでの様にさりげなく口にする。一番の本題を‥‥。
「これは俺の主観だけど‥‥暗殺者が誰にも気付かれずナイフを投げられる位置まで来ていて、司祭長さん、あんたがまだ生きてるって結構可笑しな話さ。暗殺者が仕事をしくじるってのはある意味致命的だからな。警告だけなら投げ文の1つで事足りる話だ。その辺事前に何か脅されたりってのは?」
「‥‥そ、それは無いが‥‥! きっと私を死なせてはならないという神のご加護だろう。私は脅しなどには屈しない。暗殺者にもそれが解ったに違いない!」
「ご立派な事で。じゃあ。アンタの話はセイラム侯に伝えておくから」
一応のお辞儀をして彼は部屋を出た。
「大司祭様がいなくなった今‥‥ね」
キャメロットに向かった者達はどうしているだろう。彼らが戻ってくれば、それは一つの確信となる。
遠い空の下の仲間に、彼は思いを馳せた。
街道の向こうに町の影が見える。
「なんとか、ここまで無事に着きましたね。あと、少し。気を引き締めて行きましょう」
交代で見張りや警戒をしながらの旅。冒険者達も微かに疲労が見えるが忠司の言葉に彼らは背筋を伸ばした。
キャメロットの門で、鎧を纏った聖堂騎士が立っている。彼は膝を付き最上級の礼を馬上の大司祭に向けて送った。
「セイラムの大司祭様ですね。お迎えに上がりました」
冒険者達にも軽く礼をとり、彼は大司祭の馬の引き綱を取ろうとした。だが、忠司はニッコリとだが有無を言わせぬ手でそれを払う。
「‥‥なんと?」
「失礼します。大司祭様を教会にお送りするまでは私達の仕事ですから‥‥」
「彼らは私の為に親身になってくれた。最後まで彼らに任せたい。悪く思わないでおくれ」
「‥‥はい」
大司祭の言葉に彼は素直に手を引き、それでも大司祭の横に立った。人の多い通りを抜け教会まであと少し、そんな時、ふとギルスは思い出した事があって教会の使者であろうはずの騎士に問いかけた。
「そう言えば、シフール警戒の件はどうなりましたか?」
「シフール警戒‥‥ああ、それは確か‥‥」
考える様な仕草に、彼と冒険者の動きが一瞬止まった時。『彼』は動く!
ヒヒーン!
「う‥‥わああ!!」
「大司祭様!」
「危ない!」
一番近くにいたジョーが慌てて馬の引き綱を引いた。反対側から忠司が引いて暴れ始めた馬を押えようとする。
手綱を握ったままの大司祭はその身体を馬上で揺らしていた。
「何をする!」
シュナと、イグニスはそれぞれ、ナイフとダガーを目の前の騎士に向けた。『彼』は笑っている。にやりと手に抜いた剣では無く、ナイフを握って。
そのナイフで今、彼は馬の首を切ったのだ。警戒は緩めてはいないつもりだったが、シフール以外の者が、まさかこれほど堂々と出てくるとは思わず冒険者達は一瞬虚を付かれた。
「神の名の下に、大いなる試練を‥‥」
「何だと!」
敵を捕らえる‥‥コアギュレイトの詠唱直前。
シュン!
空気を切る音がギルスの耳に届いた。集中が解け、呪文が壊れる。
「うわっ!」
大きな音と呻き声と共に彼の足元、馬上の大司教は地面に落下した。手綱を握っていた右腕に微かに走る紅い線。
「しまった! 大丈夫ですか?」
忠司は慌てて大司祭に駆け寄った。想像通り大司祭の腕は薄黒く、染まりかけている。
「まずは‥‥治療が第一です。すみません、皆さん、そちらは任せます」
相手は一人であるがイグニスは苦戦していた。剣を抜かない騎士であるのに巧みに交わされてしまうのだ。
「くそ!」
渾身のダブルアタック! 両腕のダガーを持ち替えた直後、彼の腹に黒い光がめり込む。ダガーは落ちた。
「ぐっ‥‥!」
その時、声が響く。
「退いて! こっちへ!」
「そっちか!」
「逃がさない!」
シュン!
声の方向に向けてジョーの弓と、シュナのダーツが跳んだ。
ダーツに僅かな手ごたえがあった気がしたが、目の前に一気に闇が広がっていく。
「きゃあっ!」
ティアイエルの悲鳴と暗い闇を残し『彼』は消えた。
「大丈夫かい? くそ‥‥あの男」
「‥‥男じゃない」
「えっ?」
尻餅をついたティアイエルを立ち上がらせたジョーは怪訝そうに首を傾げた。
「今、ぶつかった時、感じた‥‥。あの人‥‥女。魔法で姿を作った‥‥女だよ!」
「ふむ‥‥また、空振りか」
シスイ・レイヤード(ea1314)は何件目かの宿屋を後にした。‥‥教会ですれ違ったシフールとシスターが気になって居場所を捜している。
商人の噂などを聞きながら、彼はあても無く聞き込みを続け、一軒の宿で話を聞く事が出来たのは数日後の事だった。
「彼女なら数日前にキャメロットに行く、と出て行ったよ。黒のシスターさんらしかったからちょっと怖かったけどね」
「黒の‥‥シスター? シフール、連れてなかったか? 他に連れは‥‥」
「シフールはいたみたいだけど、他に連れも客もいなかったと思うけどねえ‥‥」
仲間は他にいないのか? 教会に潜入するつもりだったのでは無かったのか?
答えは、彼には見つからなかった。
「‥‥彼らは無関係ですね」
シエラの言葉にその場にいた全員が頷いた。
ソウェルとイェーラ、彼らは旅をしてきたジプシーで、おそらくは太陽の一族の末裔。
本人達も詳しくは知らないのだろうが‥‥。
「旅の中、教会にいい思い出が無かった、と言っていましたぁ。可哀想に‥‥」
「偶然あいつらが石を投げた時と、暗殺者のタイミングが合っちまったんだな」
彼らは、拘束しておく事で今後の事件への関与が避けられるだろう。後は‥‥
「大司祭様達は大丈夫でしょうか?」
予定日を過ぎても戻ってこない仲間達を少し心配しながらも、彼らはライルにある事を頼んでいた。
ライルは、それに領主としての仕事を加えている様だった。
教会に届いた布告の一通に司祭長は顔を顰める。
『近日、教会建設に関わる商人を決める為の意見会を執り行う』
もう一通には笑顔を向けた。
『大司祭重傷。新大司祭赴任まで、司祭長に全権を委ねる』