【魔法使いの一族】戦いの時 火の決意

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 65 C

参加人数:9人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月06日〜06月16日

リプレイ公開日:2005年06月14日

●オープニング

 ベッドの上の長男マイトの周りを、四人の兄弟達が取り囲んでいる。
 マイトは、冒険者に語ったとおりのことを弟と、妹達にすべて話すと、頭を下げた。
「良かれと思ってのこととはいえ、‥‥母さんとの約束、家の家訓。その両方を破ろうとした俺には‥‥家長の資格は無い。許してくれ」
 肩に包帯を巻いたファーラは、頬を膨らませて兄を睨みつけた。
「そうよね〜。欲の皮つっぱらかして私達に内緒で勝手して。その上、裏切られて大怪我するなんてバカよねえ。兄さんは」
「ファーラ姉! そこまで言わなくても‥‥」
「ファラちゃん。兄さんが可哀想‥‥」
 下の二人が心配そうに浮かべる表情に情けなさも倍増か。さらに落ち込むマイトにファーラはくすりと笑って肩を持ち上げた。
「でも、まあいいわ。そういうところが兄さんらしいもの。今の兄さんだったら私は別に家長をよこせ、なんて言わないのよ」
「ファーラ‥‥」
「仲直りはいいけどよ。でも、兄貴、姉貴。動き出しちまった『こと』は仲直りほど簡単じゃねえぜ。ほら、これ見ろよ」
 家の古文書をウィンはサイドテーブルに広げた。
 兄弟達が覗き込んだ先には、冒険者の協力を得て調べたイギリス語訳が書かれている。
『月と太陽の集う光の国。古くより自然と共に有りしソールズベリ。力を集める神殿の元、豊かなる恵みが与えられん。自然を讃える心を常に忘れず、魔法使いと共にあることで街は生まれ、発展せり。人々、古き自然と共に幸せなる時を迎えん。なれど、その大いなる指導者。欲にまみれた時、恵み失われ、欲にまみれた時、志は失われたり‥‥』
『都を統べる王の部下、ここに封ぜられり。欲にまみれ、恨み抱える闇の魂。封じたもう。我らが血と、祈りにて』
『封印を開く鍵は、一族の血。封印を解く鍵は‥‥高き一族の長の血なり‥‥』
「‥‥つまり、ソールズベリの遺跡には『都を統べる王の部下』が封じられている、ってことだな。当然、生きているもんじゃないんだろうけど‥‥」
「だけど、よ‥‥」
 兄弟の中、古代魔法語に一番縁の無いカインはウィンの説明を聞いたまま怪訝そうな顔を向ける。
「封印を解くのは一族の血、開くのは一族の長の血、なんだろ? 母さんを殺したのは叔父貴確定だとしても、一族の長だった母さんの血が流れていればもう封印は解けてるんじゃないのか?」
「それに、何で叔父さん‥‥いいわ。もうザイードで! ザイードは封印を解こうとしてるのよ。それに、何で魔法をあんなに使える様になってるの? 風使いだから水魔法使う、ってのはまあ解るわよ。でも、どーしてよりにもよって、地の魔法を使うの?」
「地だけじゃない。火の魔法も使っていたって報告が来てる。‥‥確か三種魔法を使える様になってた、って言ってたな。兄貴?」
 マイトは思い出すように思考を巡らせた。
「‥‥確かに、今、思い返してみれば叔父さんの様子は、普通じゃないように見えた。なんだか、どこかぼんやりする時があって、魔法の詠唱もタイミングが遅くて‥‥」
 でも、実力は確かにあった、それは、間違いない。
「だー! とにかく、難しくて、考えても解んないことは、後回しにしようぜ。今は叔父貴の捜索が第一。それから、遺跡の調査もだな。何かが封じられていて、それを解くのが一族の血。でもって叔父貴が母さんを殺し、マイト兄や、ファーラ姉を傷つけたのなら、叔父貴の目的は封印を解くことなんだろう?」
 難しいことに頭が焼けたというのが本音だろうが、カインの正論に、兄弟の誰も反対しない。
「俺は、またキャメロットに行って冒険者を頼んでくる。兄貴達や姉貴、ララも家を出るなよ! 遺跡になんて行ったら叔父貴の思うツボだぞ。いいな!」
 OKと、流石のファーラも頷いて肩を竦める。
「カイちゃん、気をつけてね‥‥」
 そっと近寄った妹の頭を撫でてカインは部屋を出た。
 その後を、ウィンは追う。何事か思うような真剣な眼差しを浮かべて。
 何事か思うような眼差しは、ウィンだけが浮かべていたわけではなかった。
 マイトとファーラもまたそれを浮かべる。
 兄弟達を見送る、ララの背中と腕を見つめて。

「何? これをギルドで渡せ? 冒険者に? ‥‥いいけど」

 サーガ家のギルド来訪はこれで三人、五度目だと数えた者なら解る。
 五度目の来訪はまたカイン・サーガであった。
「今回は叔父貴の捜索と確保が第一だ。これ叔父貴の勝手にさせる訳にはいかないからな」
 冒険者達はカインの言葉に頷く。いよいよ、正念場だ。
「あと、遺跡には何だか変なものが封じられているらしい。それを開くのは一族の血なんだと。で、解くのは家長の血。今回は兄貴や姉貴は家に閉じ込めとくから‥‥大丈夫だと思うんだけど」
 そこで彼は言いよどむ。旅の中で考えていた事なのだ。
 長男と長女の血は遺跡に流れた。でも、まだ変化は無い。
 二人の血が『家長の血』で無いのなら封印を解く『血』は、一体誰のものなのだろう。
「あんた等の誰かが言ったとおり、魔法使い四人全員の血が必要なのかもしれないな‥‥」
 四人全員、言った時に少しだけカインは寂しげな顔を見せる。だがそれを振り切るように笑って言う。
「まあ、その辺は後でいいや、とにかく叔父貴の捜索と確保。余裕があったら遺跡の調査。頼むぜ。叔父貴、街には戻ってないんだけど、エーヴベリーには古代の遺跡や洞窟いくつもあるんで、捜すの大変かもしれないけど、俺も協力するから」
 先に帰って兄弟の護衛をしとく、とギルドを出かけたカインは、思い出したように懐から手紙を取り出した。
「忘れる所だった。これ、ウィン兄から‥‥」
 手紙を受取った細い指はそっと、それを開く。
 そこには、文書解読の訳と、兄弟に見せなかった遺跡の文字の訳が書かれていた。

『偉大なる魔法使いの弟子、ここに封ぜん。闇と欲を心に持つ者近づく無かれ。封印を解く無かれ。大いなる災いが目覚めん』

 さらに、その下に書かれていた文章は短いが、重く感じられる。
 カインや、ギルドに見せるべきか。
 冒険者達は思い悩んでいた。
 これも、また依頼なのだ。
 受けるべきか、受けざるべきか‥‥。

『あの遺跡を、俺は直接調べたい。封印に関する何かが解るかも知れない。カインや兄弟達に内緒で護衛を頼む‥‥』

●今回の参加者

 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1390 リース・マナトゥース(28歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3647 エヴィン・アグリッド(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4965 李 彩鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5592 イフェリア・エルトランス(31歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

蓁 美鳳(ea7980

●リプレイ本文

 穏やかな初夏の日差し溢れるエーヴベリー。
 だが、今その街に黒い、邪悪なる影が忍び寄ろうとしている事を知る者は少ない。

「‥‥なんで、なんで、俺が留守番なんだよ!」
 小さくは無い部屋の中に大音響に近い声が、木霊した。
 ベッドの側で子供二人が、ビクリと背筋を振るわせる。ベッドには怪我人。当然あまり褒められない所業だ。
 周囲の人物達皆が顔を顰めた。
「兄ちゃ‥‥いや、兄貴や姉貴が家を出られない今、一番動けるのは俺だろ? 俺も捜索に混ぜてくれ。絶対に役に立つから!」
「カイン!」
「ダメよ。貴方が兄弟を守らなくて誰が守るの? 私達がするのは、出来るのは貴方方の手伝いだけなのよ」
 兄の怒鳴り声。そして穏やかだが、有無を言わせない厳しい口調を秘めたイフェリア・エルトランス(ea5592)の説得は確かな説得力を持って現れる。
 カイン・サーガは、頬を膨らませながらもそれいじょうは反論せずにベッドの側の、椅子にどっかと腰を下ろすと八つ当たりのように剣を磨きはじめた。
「嫌がられるのは解っていたけど‥‥ここは、我慢して貰わないとね」
「お前が頼みの綱なんだ、しっかりしてくれよ」
「‥‥なんだい。今更‥‥俺なんか‥‥ぶつぶつぶつぶつ‥‥」
 口の中でエンドレスに呟き続ける文句に二人は顔を見合わせるが‥‥その時鮮やかな声がそれをかき消すように場に響いた。   
「気にしないでいいわよ。カインはいっつもああだから。単純で一つのことにまっしぐら。他の事に目がいかなくなるのよねえ」
「ファーラ姉には言われたくねえよ。殺されかかった奴が偉そうに‥‥」
「あちゃあ。今回だけは反論出来ないわ‥‥」
「言われたわね。貴方の負けかしら」
 くすっ。忍び笑ったつもりだったがイフェリアの笑みはファーラにも聞こえたらしい。苦笑しながらファーラは頭を掻いた。
「あ、そうだ‥‥お茶の用意してたのよ。イフェリアさん、手を貸して!」
「ええ」
「なら、俺が‥‥」
 手伝いに立ちかけたカインのマントを、くい、遊士天狼(ea3385)の小さな手が引っ張った。
「カイン兄ちゃ。水桶重いの。持って!」
「ああ‥‥。ちょっと待ってろ」 
 カインが看護の手伝いをさせられている間に、ファーラはイフェリアを外に促し‥‥扉を閉めた。
 天の機転に感謝しつつファーラは声を潜めて話しかける。
「頼まれた事、終ったわ。一応自警団にも、側についてて貰ってるから‥‥いい?」
「ええ、ご苦労様」
 万が一にも怪我人の兄や、小さなララを狙われないようにファーラは冒険者の指示で全てを手配した。
「‥‥ウィンがどこかに行ってるみたいなのよ。でも、そっちは大丈夫なのよね?」
「ええ、今は、まだ言えないけどウィンさんとザイードのことは、私達に任せて。これ以上の悲劇は、絶対に防ぎたいから‥‥」
 真っ直ぐなイフェリアの言葉にファーラは笑顔で頷く。
「勿論。信じてる‥‥貴方達のこと。でも‥‥カインが本当に‥‥?」
「思い過ごし、勘違いなら良いんだけどね‥‥」
 扉の向こうから、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「へえ、この猫、そるちゃって名前にしたのか?」
「ララ姉ちゃにつけてもらったの〜。男の子なんだよ♪」
「ソルチャ? 確か、霧や闇の向こうの光とか、そういう意味があったような気がするぞ」
「‥‥うん、母さんたちから聞いた、おまじない‥‥。光みたいな子だから‥‥」
 無事の解決を、彼女らは祈る。
 幸せな笑顔を、もう曇らせたくは‥‥無かったから。
 
 集まった自警団の若者達にアンドリュー・カールセン(ea5936)は、呼子の笛を渡してこう指示する。
「いいか? 必ず数名で行動する事。目標を発見したら笛を吹いて自分達や仲間に知らせる事。深追いはするなよ。前のような事になると困るからな」
「はい!!」
 返事をして彼らは散って行く。
「前回のような事にならなければいいのですが‥‥」
 心配そうに見送るルーシェ・アトレリア(ea0749)に多分大丈夫だろう。とアンドリューは答えた。
「自分達は自分達のやるべき事をやるだけだ‥‥」
「そうですわね」
 さて、と。アンドリューは荷物を背負いなおした。自警団への指示は終わった。彼らはこの街に犯人がもういない事を確認してくれるだろう。万が一の時は時間を稼いでくれるに違いない。ならば、自分達は‥‥
「皆の所に行こう。捜索に人出は幾らあっても足りない筈だ」
「はい」
 ‥‥既に動いている仲間達の元へ彼らは急いだのだった。

 脳裏から離れない、思い出されるあの影‥‥。
「あいつは‥‥ひょっとして‥‥」
「どうしたのですか? ジェームスさん」
 思考にふけるジェームス・モンド(ea3731)にリース・マナトゥース(ea1390)は声をかけた。油断は彼らしくも無い。
「いや‥‥。ずっと気になっていたんだ。ザイードは魔物に操られているのではないか‥‥とな」 
「十分にあり得るな。何に取り付かれているか、となるとまだハッキリしないがな‥‥」
 サーガ家の者に教えられたザイードの潜みそうな場所を調べながら、エヴィン・アグリッド(ea3647)は遺跡に手を触れる。
「封印を解く、開く‥‥の言葉にも何か意味がありそうだ。案外封印も完全に解けていないだけで、実は既に遺跡からは解き放たれているのでは‥‥なんて縁起でもないが」
「いや、考えられる事は考えておいた方がいい。ここからは行動の一つ一つが結末を決めていく‥‥」
「ザイードさんを、止めたいですよね。カインさんや‥‥みんなの笑顔を‥‥」
 助けて貰った、その礼を言った時のカインの照れたような笑顔はリースの心に深く残っていた。
「大切な人たちを守れるように、頑張りたいです‥‥」

 早朝から、人影が遺跡をうろつく姿は、見知らぬ者からすれば怪しく見えたかもしれない。
 それぞれが、マントを目深に被り懸命に何かを探るような仕草をしていれば、なおのこと。だが、今、それを見る者はいなかった。
「お疲れですか?」
 微かに疲労の色を見せ始めていた一つの影に、別の影が話しかける。
「‥‥ああ、この季節に少し、マントは暑いな」
「ウィンさん。命には、変えられませんもの。少し、我慢してください」
「男子たる者、勉学だけでなく、身体も鍛えなければいけませんわよ?」
 目元にかかるフードを指で上げる青年に、藤宮深雪(ea2065)と李彩鳳(ea4965)はニッコリ微笑む。言外に『ダメ』と言われているのが解るので、反論はせず、ウィンはフードを下げた。
 遺跡に書かれた文字など細かい所を調べる。
 以前仲間が調べてくれた箇所に加え、いくつかの情報も現れてきた。
「‥‥『古代の民の末裔。大きな力持つ魔法使い。欲に堕ち、魔法の力により‥‥人々を支配しようとした者、命をかけて我らここに封ぜん』か‥‥。命をかけて封じたから血で開くのか?」
「再封印の方法とかは‥‥解りませんの? 封じられている者への対抗手段は?」
「『強き意思と心持ち、誘惑を打ち破れ。人の心とのみが剣となる』‥‥まったく、大した事書いてねえぜ!」
「やっかいですわね‥‥。ウィンさま。そろそろ‥‥」
 昼を越え、もう日が落ちかけている。調査に夢中の深雪とウィンを彩鳳は促した。だが、ウィンは動こうとはしない。
「‥‥悪いが、この機会は逃せないんだ」
 きっぱりとした口調でウィンは言った。その言葉が調査だけを意味しているのではない。深雪にはそれが最初からうっすらと解っていた。
 仲間の調査で、ザイードが既に街からも完全に離れている事は知れている。
 潜伏していた場所も痕跡以外見つからなかった。遺跡にサーガ家の血を流していく事を目的にしているのなら、おそらくこの機会を逃すまいと‥‥。
 彩鳳も深く息をつく。サーガ家の意思の強さは、まだ出会って間もない彼女にも解り始めていた。
「解りました。でも無理は‥‥いけませ‥‥!」
 ハッと彼女は身構えた。周囲の石や影が闇に溶けはじめ、人と見分けがつかなくなりつつある周囲に、確かに気配を感じたのだ。暗い‥‥気配を。
 ドウッ!
「キャア!!」
 3人の中央で炎の玉が花火のように弾けた。とっさにかわすのが精一杯だった
「ファイヤーボムだと? しかもあの威力は!」
 女性二人に庇われながら、顔を上げたウィンは信じられないという口調で唇を噛み締めた。
 薄闇の向こうに立つ男を知っている。叔父であり、かつて風の魔法使いだった筈の人物。
「何故火の魔法を? 叔父貴!」
「火の血よ。流れろ。お前の母の代わりに‥‥それで、封印は解ける筈だ」
 彼は答えた。ウィンへの答えではない。だが‥‥その言葉に深雪は顔を上げた。
「火の‥‥火の血は流れていない?」
 俯き呪文を唱える。白く淡い光が深雪を包んだ。
「鳥と化して姉上は逃げた。封印とお前達を守るために。封印を解いて、私は大いなる力を手に入れるのだ」
「‥‥アンデッドの気配が、ザイードさんから? まさか!」
 影色の口が再び動いた。
 同時に彩鳳は地面を蹴る。新たなる呪文が紡がれる前に!
「させません!」
 重力の帯が彩鳳に真っ直ぐ襲い掛かる。彩鳳はザイードに肉薄するが身体を押しつぶさんとする重力の波に、一瞬足を取られた。
 キラリ、白刃が光る。
(「しまった!」)
 危機に彼女が胸を押さえた時
「光の矢よ。魔法使いザイードを撃て!」
 月光の矢が狙い違わず魔法使いの手を射抜いた。
 何かが地面に落ちる音がする。彼女に刺さる筈だったナイフだろうか。
「くそ‥‥。邪魔をするな。冒険者ども!」
 三度目の呪文詠唱。だが、それを素直に終えさせる事など、そこに集った冒険者達はさせはしない。
「いけ!」
 天から下る生きた槍がザイードの頬を突き刺した。その鷹はヒュウイと空を舞い、主エヴィンの肩に止まる。
「うがあ!」
 悲鳴を上げて顔を押さえる。呪文は壊れ膝を付く。
 そこを彩鳳のパンチが腹へとめり込み、二つの疾風如きの突撃がザイードを地面へと押し倒した。
「お前さんには悪いが、相手が魔法使いだってわかっているのに、俺達が何の用意もしてこなかった思うのかい‥‥観念してお縄に付け」
 捻り上げた腕をジェームスは強く引き上げた。その腕は細く軽々と持ち上げられてしまう。
「ザイード、あんたには聞かなければならない事が、たくさんあるんだ。逃がしはしない!」
 アンドリューが見つめたその瞳は、どこか誰かに似ていて真っ直ぐで、でも危うい光を放っていた。
「俺は、最高の魔法使いになりたかった‥‥。何も、失わないために‥‥うぐっ!!」
 それは、突然だった。
 いきなり口から血を吐き出し、鈍い悲鳴をザイードは上げる。
「なんだ! どうした?」
 驚いたジェームスが手を離し、彼が地面に崩れ落ちた瞬間だった。薄靄のような影がザイードから抜け出したのは。
「あれは!」
 仲間にリカバーをかけていたリースは目を瞬かせる。人影にも似たそれはゆらりと浮かび冒険者達の方を見た。
「わああ!」
 突然地面が唸りを上げ、揺れた。エヴィンの手の黒き光も卵のように粉々に砕け散る。
『我が名はアル・ブラス。大いなる魔法使いの部下にしてエーヴベリーの支配者なり』
 一瞬地にしがみ付き、目を閉じる。
 再び彼らが目を開けた時、そこにはただ静寂だけがあった。苔むす巨石が佇むのみ。
「‥‥くそ! ザイードは?」
 駆け寄ったアンドリューはザイードの呼吸を確かめた。息は‥‥まだ微かにある。
「リース! 深雪! こっちの回復を頼む!」
「「はい!」」
「くそっ‥‥逃げられたか」
「あの影は‥‥一体?」
 エヴィンと彩鳳が周囲を伺う中、二人の白い光がザイードの中に注ぎ込まれる。傷は塞げるがダメージは大きく、深そうだ。
「ウィンさん、大丈夫ですか?」
 逃げた闇が周囲にいないのを確認し、差し出されたルーシェの手をウィンは拒まずに立ち上がった。
「アル・ブラス‥‥。邪悪な魔法使いの魂。‥‥遺跡に封印されていたもの‥‥俺達一族は封印を守れなかったのか?」
「封印はやはり解かれていたか。だが、まだ開いてはいない。まだ、なんとかなる筈だ」
 ジェームスはウィンの肩をポンと叩いた。
 それは、気休めにしか過ぎないと解っていた。でも‥‥今の彼らには必要な言葉だった。


「この街は、自然と遺跡に守られた静かで幸せな地よ。無理に発展させようなんて考えなくてもいいと思うわ」
「だが、セイラムの街は新市街も出来て、変革の時を迎えている。このままでは街の成長や未来も無い」
「悪い力で発展させたって意味ないでしょ」
「それは。だから悪かったと‥‥」
 喧々諤々、轟々と楽しそうに言い争いを続けるサーガ家の長男と長女を、イフェリアは穏やかに見つめていた。
 天とララは猫を間に戯れている。手持ち無沙汰に剣を磨くのはカインになんとなく目が行く。
(「サーガ一族でありながら四大精霊に属さない血を引く者‥‥ひょっとしたら‥‥」)
 ハーブティを口に運びながら思っていた時、玄関の方からざわめきが聞こえてきた。
 ここまで聞こえてくる程に。
 ファーラとイフェリアが部屋を飛び出した。
「何があったの?」
「冒険者の皆さんが、ザイード様を連れてお戻りに‥‥」
「なんですって!」 
 駆け出していく二人の後を、天とララ。身体を起こしたマイトもゆっくりと追う。
 最後に部屋を出かけたカインは、ふと、足を止めた。
 耳元で、囁く声がする。誰かが‥‥自分を呼ぶ声が‥‥
「誰だ? 俺を呼ぶのは‥‥」

『魔法の力を、欲する者よ。我に力を貸せ。さすれば汝に大いなる魔力を与えよう‥‥』
「お前は‥‥誰だ?」
『我が名は‥‥アル・ブラス』

 黒い影が今、最後の手を伸ばそうとしていた。