【銀の一族】襲い来る闇の腕
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:9〜15lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:12人
サポート参加人数:2人
冒険期間:09月07日〜09月17日
リプレイ公開日:2005年09月16日
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●オープニング
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい! 異国から届いた品、キャメロットの最新流行の品。珍しいものがいろいろあるよ!」
景気のいい呼び声に、村の子供達だけではなく、大人達までもが集まってきた。
先日、村に来る途中冒険者に助けられた青年は、いろいろな品を扱う商人だと名乗り、村に小さな店を開いた。
荷物はバックパック一つ。
だが、その中から出てきたのは装身具や珍しい小物。綺麗で、少し高価ではあったけれど、村人達の心を沸き立たせた。
久々の娯楽、久々の外の風。人々の顔に笑顔が溢れた。
「いろいろお世話になってますから、少しは勉強しますよ!」
明るい呼び声に、親におねだりする子供や、妻にプレゼントを選ぶ夫の足が止まって楽しそうに微笑んだ。
「あの、私もいいですか?」
「おや? 貴方は‥‥いいですよ。何をお探しです? これなんか貴方に良くお似合いだと思いますよ?」
やってきた銀の少女に、若い商人は満面の笑顔でとっておきの美しい首飾りを差し出しすが、彼女は首を横に振った。
「いいえ、私用じゃなくて、プレゼントなんです。あの若い‥‥男性に」
「ほお‥‥‥」
微かに商人の目元が鈍い光を放ったのを、少女は気が付かない。キラキラ光る小物達に視線と心は行っている。
「男物なら、この辺がお勧めですよ。幼馴染のあの少年じゃなくて?」
「ええ‥‥。いつも私の事を気遣ってくれる人。少しでも、お返しがしたくって」
「へえ〜。それはそれは果報者ですね。その人物も。君のような美しい女性に思われるとは‥‥」
顔を赤らめた少女に、じゃあ、とっておきの品を見せよう。と背中を向ける。
何かに目配せし、彼は小さな箱を出して少女に笑いかけた。
「はい、これは魔法の品だよ。こっちは魔法の武器。どっちも普通じゃなかなか手に入らない。でも、君にだけ見せてあげよう」
黒い影が走る。商人の足元から。
それに気付く者は、誰もいなかった‥‥。
行き倒れ寸前の少年が、冒険者ギルドにやってきたのは、冒険者達が楽しい護衛依頼から戻ってきたその日の事だった。
「どうしたんだ? フリード!」
冒険者の一人がそう言って彼に駆け寄った。フリードと呼ばれた少年は、よろめきながらも顔を上げ、唇を噛んで立ち上がった。
「村が、盗賊に襲われたんです。今、村はそいつらの手に‥‥」
「なんだって!」
「それは、本当なのか?」
驚きと驚愕の声が上がる。冒険者達の荒い声にフリードは頷いた。そして説明する。
『君は、助けを求めに行ってくれ! 早く!』
あの青年の声が、思いが耳から離れない。
冒険者に言われて周囲の見回りをフリードはしていた。
本当は村を出て冒険者になることを願っていたが、今はまだ約束があって村を出ることができないのだ。
「自力で親を説得し許してもらうこと‥‥か。あの石頭の父さんから、許しを貰えるのって何時になるのかな?」
こんな村に、盗賊がそうそう来るとは思わないと、緩みかけた気持ちを引き締める。
かつて、この村に盗賊が来た事があったのだ。あの時は冒険者の力で事前に撃退できたけれど。馬蹄の音が森に響いた。
ドドドドド!
そう、このように‥‥
「えっ?」
フリードは木の陰に身を隠した。村に至る一本道を馬に乗った男達が行く。
数は‥‥20人にも及ぶだろうか? しかも皆、剣を帯びている。
この長閑な村に今までやってきたことの無い、見たことも無い者達だ。
「何で? 一体??」
彼らが行く先は村以外は無い。気配を隠し彼は木々に紛れ急いで村に戻っていった。
「僕が村に戻った時にはもう、村は盗賊に支配されていました。奴らが何の目的で来たのかは解りません。でも、ほとぼりが醒めるまでここで隠れよう。そんな話が聞こえてきました」
皆を助けようと思った時に、それを止めたのが、冒険者と一緒にやってきたあの商人だったのだ。
「盗賊を押さえて村人を守る役は僕がする。売り物や、話術で惹きつければ少しは時間が稼げるはずだ。その間に君はキャメロットに行って助けを求めるんだ!」
彼の言葉に随分考えた後、彼は従ったベルを、家族を、そして村を守る為にも今は‥‥。
「お願いです! 助けて下さい。村には奥方様もいるし、何よりあのゴロツキ達がベルに手を出したら!」
フリードの言葉に冒険者達の血が凍った。
あの美少女を前に、盗賊たちの理性が、どこまで持つだろうか?
敵は自分達よりも多く、しかも村の人々を人質に取っている。
全員が武器を帯びていたので魔法使いはいないようだが、下手に動くことはかなり難しいように思えた。
命の危険もあるかもしれない。
しかし、それでも冒険者達は立ち上がっていた。
心は既に村に向かって‥‥。
「フフフ‥‥」
暗闇の中で影が笑う。
「これからが本番だよ。とっておきの英雄譚がはじまる。銀の姫君を守る騎士の登場だ」
●リプレイ本文
村はキャメロットから遠い。
馬や魔法の靴を使って急いで二日、フライングブルームでもまる一日はかかる。
「決意を決めたというのに、なぜ‥‥なぜ!」
焦る思い、急く心。
「気持ちが解るとは言わんが‥‥焦るな。焦っても良い事は何も無いぞ」
必死の形相でほうきを駆るレイン・シルフィス(ea2182)の横に並んでアリオス・エルスリード(ea0439)は声をかけた。
「解っています。解ってはいるのですが‥‥」
「大事な人が危険っていうんなら落ち着けと言う方がムリだろうけどね。でも、アリオスさんの言う通り、焦らず、私達のできることをした方がいいと思うよ」
アリエス・アリア(ea0210)も気遣ってくれる。だからレインは懸命に落ち着こうと努力していた。
レンジャーである二人と一緒に先発隊への参加を願ったのは、ひとえに村が、そして愛する者が気がかりだったからに他ならない。
無論、村の構造や、周辺の地形などはできる限り頭に入れてあるので足手まといになる気は無いが、本来ならもっと動きやすい者がいたかもしれない。
だが、じっとなどしていられなかった。それが解るから、仲間達も先行を許してくれたのだ。
「夜には村に着くだろう。そこからが本番だからな」
「本当に大切なことの為に、力を残しておくことも重要だからね。村についたら隠密活動用の準備、手伝ってあげるよ」
二人の言葉にレインは頷いた。逸る気持ちを必死に抑える。
そして、できる限り急ぐ。
神に祈るのは見送ってくれたルーティ・フィルファニアや、村人達がしてくれるだろう。
今、彼に、彼らにできる最善、最良の事は全力を尽くす。それだけなのだから‥‥。
「僕も、一緒に行きます」
「解った。付いてこいよ。フリード!」
宣言した少年にギリアム・バルセイド(ea3245)は頷いた。
時折、手は貸すが、彼は自分の足で冒険者と一緒に歩いている。
「何が起きても耐える覚悟があるならば、俺は止める気は無い」
「止めても無駄、と解っていますからね」
無表情で彼の意思を肯定するゼディス・クイント・ハウル(ea1504)とは正反対に李彩鳳(ea4965)は優しく、腕の中に少年を、フリードを抱きしめた。
「よく、頑張りましたわね。村は‥‥大丈夫。必ず、助かります、いえ、助けますわ」
「彩鳳‥‥さん」
頬に感じた柔らかい感触に顔を赤らめるフリードを笑顔で見つめると、彼女はテキパキと出発の準備を整えてくれた。
「皆、大丈夫かな」
ティズ・ティン(ea7694)は小さく、だが真剣な表情でそう呟く。襲撃から数日が経過している。何かあっても可笑しくは無い。
「賊の意図は解からないが、まだ村にいるのであれば少なくとも略奪目的ではないな。村に居座るつもりであれば、その間は虐殺などはしないだろう。血の匂いも広がるし、召し使いも減る」
「よく、この最悪の状況で冷静になれるな! ‥‥人の命が懸かってるんだ、冷静になんてなれそうもない」
「圧倒的不利な状況だが最悪では無い。真の悪夢には救いなど存在しないものだ」
声を荒げたアーウィン・ラグレス(ea0780)にゼディスはあくまで冷静に答える。
それは、彼なりの慰めにも聞こえなくも無い。ケンカになるなら止めようとしたアリシア・ハウゼン(ea0668)の仲裁の必要も無く、アーウィンは振り上げかけた拳を落とし、前を向いた。
「とりあえず、先を急ぎましょう。状況はともあれ急いだほうがいいのに、変わりは無い」
レオンロート・バルツァー(ea0043)の言葉に冒険者達は頷いて足を早める。
ほぼ全ての冒険者達が履いている魔法の靴のおかげで、明日にはもう村に付ける筈だ。
今日は野営するしか無いにしても。
「‥‥シエラさん、お願いがあるんですが‥‥」
ふと、横を歩くクウェル・グッドウェザー(ea0447)の呼び声にシエラ・クライン(ea0071)はなんでしょう? と顔を上げた。
「これを、持っていて頂けませんか? 僕が持っていると、戦う時邪魔になるもので‥‥」
大粒の宝石の着いた指輪がクウェルの手からシエラに移った。指輪を渡されて普通の少女なら顔を赤らめる所、かもしれないが戦いに赴く冒険者の思考は当然異なる。
「これは、噂に聞く『石の中の蝶』ですね。デビルの接近を知らせると言う‥‥」
「ええ」
彼は頷いて思考をめぐらせた。先の依頼でこの蝶が知らせた異常なまでの何かを思い出す。
「気のせい、かも知れません。何も無いかもしれません。でも、あるかもしれない‥‥お願いできますか?」
これは装備して、そして、石の中を覗き込んで蝶を確認していないと意味が薄いのだ。この戦いでおそらく彼にのんびり指輪を見ている時間は無いだろう。
「解りました。お預かりします」
「お願いします。何も無いといいのですが‥‥」
これから、村を占拠した盗賊たちと戦うのだ。余計な敵はいないほうが勿論いいに決まっている。だが、警戒を怠るわけにはいかない。
「もう少し行ったら、野宿の準備だ。ムリしすぎるわけにもいかないからな」
後ろに向けてかけられたギリアムの呼び声に頷いて冒険者達は足を早めた。
野営の炎を見つめながらアーウィンは一人考える。
(「ひょっとして‥‥いや‥‥まさか‥‥」)
ふと思考をめぐらす中、木の側で目を閉じる人物の顔を見つけて、しばらく考えた後アーウィンは立ち上がった。
「おい!」
呼びかけられたゼディスは表情を変えさえしないが、場所を変えたり拒否したりもしない。それを肯定ととってアーウィンは独り言のように呟いた。
「俺は、気になってることがあるんだ。奴らが襲ってきたタイミング。俺達が居なくなったのを見計らったようにやってきた。偶然と言えばそれまでだが‥‥占領の手際も考えると、手引きした人間が居る‥‥なんてのは考え過ぎか?」
「可能性は無いわけではない。だが、確証はまだ何も無い。余計なことを考えるより、今はやるべき事を成すしか無いと思うが? ラグレス」
チェッとアーウィンは舌を打った。だが、冷静すぎるほど冷静な思考はこの際、考えの整理には役に立つ。心配で熱くなりがちな心を抑えてくれそうだ。
「まあ、その通りだ。あとは、やるべき事をやるしかないな」
礼を言うわけでもなくアーウィンは自分の持ち場に無言で戻っていく。
ゼディスもそのまま何かを考えながら、静かにずっと‥‥夜風の中を佇んでいた。
「確かに盗賊がわざわざ狙って来たと言うのも腑に落ちませんわ。裏に何かあるような嫌な予感がしますわね」
翌朝、歩きながらアーウィンの疑問にアリシアはそう答えた。先の依頼でのクウェルの指輪の件もある。この事件には何か裏がありそうだ。
「おい、大丈夫か?」
セブンリーグブーツを借りながらも荒い呼吸を吐くフリードに、ギリアムは気遣う声をかけた。
村が近づいてくるに従って、彼の顔に焦りが浮かぶのが見て取れる。
「大丈夫です。村の皆のことを考えれば、こんなところで‥‥」
「焦っても状況は変わらん。確実に出来る事からするんだ」
「なんなら、背負って差し上げましょうか?」
彩鳳の手が肩に触れる。フリードは慌てて首を振った。背筋を伸ばし、真っ直ぐに前を見て。
「いいえ! 弱音を吐いてなんていられません。今は、皆さんの足手まといにならないようにしないと‥‥」
急に変わった少年の様子に彩鳳は首を傾げた。ギリアムはくくと忍び笑っている。
「あいつも、男ってことか‥‥、誰かを思い出すな。あの様子」
「? なんですの?」
彩鳳はその様子にも首を捻ったが、追求している余裕はもう無かった。
村は、敵は、もう直ぐ、姿を見せようとしているのだから。
村の境石が見えた頃から、冒険者達は街道を離れた。
フリードの案内で、森の中に入り、先行した仲間達との合流を目指す。
「あ、みんな、こっちだよ!」
程なく小さな声で手招きするアリエスを見つけることができた。そして、残りの二人とも無事再会する。
「どうだ?」
たった一言だったが、ゼディスの言葉の意味を理解してレインは答える。
「ぎりぎり、今はまだ、村人に被害は出ていません。ただ、食べ物の大半を盗賊たちに取られて、羊たちの世話も最低限しか許されていません。既に死んだ家畜、殺された家畜はかなりの数に及んでいるようです」
その全ては盗賊たちの腹に入っただろうと。それに続けてアリオスは村の様子を説明した。
「あいつらは、どうやら戦争から逃げ出した傭兵崩れらしいな。ほとぼりが冷めるまでここで隠れよう‥‥というには大胆な行動だが、武器も揃っていて腕にもそれなりの自信がありそうだ」
ここ数日、三人で手分けして確認できた限りでは盗賊たちの数は二十人弱。その中でリーダー格らしい男が、数名の側近と一緒に村長の家に篭って命令を出している。
村長は老人、その妻は足が悪い。どちらも肉体的な害は加えられてはいないようだが、一瞬たりとも気を緩めることのできない状況に精神状態はかなり参っている筈だ。
「そして、村長の家に‥‥ベルが閉じ込められています。それから、商人の男と奥方も」
レインは唇をキュッと噛み締めた。商人の男と、奥方は村を出るときに連れて行って人質とする、と言っているらしい。おそらく、そうなればベルも連れていかれるだろう。
幸い、と言っていいのか盗賊たちはあちらこちらにバラバラに散っている。
村長の家を押さえるリーダー格の男とその部下が四〜五名。一箇所に集められてほぼすし詰め状態の村人の監視が中に二人、外に数名。
後は村人達の家を漁り、村の中で僅かな金品を集めている。そして食料を集めて村の荷車に積み込んでいた。
「余裕からか、のんびりと行われていますが‥‥その作業はもうじき終わるでしょう。おそらく、この数日中には村を出るつもりかもしれません。そうなれば‥‥多分」
「掠奪も、していたのか‥‥」
今まで彼らが盗賊の割に比較的大人しくしているのは村人達を働かせる為。余計な抵抗を省くため。だが、村を出るときにはもう、その必要は無くなる。
「敵の場所は把握しています。テレパシーでベルにも伝えましたが、やはり、夕暮れ直後がいいでしょう。夕食の準備に何人かの人質が集会所を出されます。その油断を突くのがベストかと」
「村人達も、一箇所に詰め込まれて。もう限界に近いみたいだから早く助けてあげないと‥‥」
強い、決意の声が上がった。
「よし。これ以上この村を賊の好き勝手にはさせん。今夕、決行だ!」
それを誰も否定はしなかったが、消した気配を蘇らせ、立ち上がる者が一人。
「どこに行くんだ?」
声が呼び止める。ゼディスは静かに答えた。
「‥‥作戦前に、可能な限り敵の数は減らしておきたい。ついてきたい奴は、ついて来い‥‥」
解った。と頷くギリアムの前で、何人かの冒険者が立ち上がる。
「罠が無いかどうか調べておきます。できたら壊しておきますから」
「無茶はするなよ‥‥」
いくつかの呻き声が、逢魔ヶ時と呼ばれる夕暮れに消えた‥‥。
握り締められた手に汗が滲む。
「動いた!」
森の中から様子を見ていたアリエスが小さく声を上げた。
数名の女達が集会所から出されて、手近な家へと向かう。
集会所の監視が一人付いて行くので、今が、一番人質達への警戒が薄い時だ。
物陰から、物陰へ、移動した彼らの行動はまだ気付かれてはいない‥‥。
「行きます!」
「皆さんに、神の祝福と、幸運を!」
祈りの言葉とは不似合いないでたちで、数名が村の中へと躍り出た。
顔を隠し、服を汚し‥‥ワザと盗賊たちの前に姿を現し、剣を、拳を無言で翻す。
「な、何だ! お前らは!」
目の前にいたのは女達を監視として連れ出した一人と、村の中を見張りのように動いていた二人。
呆然とする彼らの前に飛び出た四人は、質問に答えてやる気も余裕も無かった。
「金を出せ。出さないなら‥‥」
くぐもるような声でそう言うと、彩鳳は目の前の男の胸元に勢いよく飛び込んだ。襟元を掴むと、勢い良く地面に叩きつけ、そのまま首を押さえ喉を鋭く打つ。
簡単に男の意識は落ちた。
「お前ら、盗賊か? 俺達の獲物を横取りはさせん!」
「いえ、頂きますよ。遠慮はしません」
彩鳳と同じタイミングでレオンロートは、駆け寄ってきた男に向かって剣を抜いた。
音を立てて打ち合うこと二合。三合目を合わせようとする瞬間、男の足が止まった。その一瞬を見逃さず、鋭く切り裂く。
「ナイスタイミング!」
「いえ!」
背後から駆け寄るクウェルにレオンロートはそれだけ言って、前を向いた。
まだ、目の前には盗賊が一人残っている。やっと、敵襲という状況に気付いた男は、側に立つ女達の方に足を踏み出す。
1対多数。この状況を打倒するには人質を。
一瞬でそれだけのことを考えて行動したつもりだったが‥‥、その行動を思いもかけないものが遮る。
「お姉ちゃん達を、いじめちゃダメ!!」
「子供?」
驚愕の声が次の言葉を発する前に、油断させた男の剣を子供は手元に隠したダガーで弾き飛ばした。
「何!」
瞬間、アイスチャクラが男に襲いかかる。
甲高い女達の悲鳴と、太い男の呻き声が同時に響いて、同時に膝をついた。その膝を一本の矢がさらに縫いとめる。
「みんな、しっかりして! 助けに来たんだ」
その呼び声は女達にだけ、覚醒の力を与えた。
弓を構えた盗賊とも思える装束の中から、聞きなれた声が聞こえる。そして、見なれた顔が‥‥。
「フリード?」「どうして、貴方が?」
「説明は後。今、冒険者の皆さんが、助けに来てくれたんだ。全部終わるまで、どこかに隠れてて!」
「この人たちは私が守るから、皆は向こうを!」
「お願いします!」
ティズの言葉に冒険者達は駆け出した。
これで、村の入り口近辺で倒した見張り達を入れて、残るは?
考える冒険者達の向こうに、見回りの盗賊が剣を抜いていた。
「思いっきり、行きますわよ!!」
何かが破裂するような音が、集会所の入り口に響いた。
「きゃああ!」
地響きに村人達は肩を寄せ合う。
「ぐわあっ!」
吐き出された悲鳴が扉の向こうから聞こえてきて、のんびり余裕に浸っていた男達の顔つきが変わる。
「何だ? 一体?」
念のため、一人が剣を村人達の上に構え、もう一人がゆっくりと扉を開く。
ザシュッ!
風を切るような音が鋭く耳に届いたと同時、扉を開けた男はがっくりと膝を落とした。
「おい! どうした?」
駆け寄ろうとした男は、慌てて一歩後ろに後退した。何かが飛んできた。
彼が身体を避けなければ数瞬前まであった場所を氷の輪が掠めた。
中に入ってきた人物、ゼディスの氷の眼差しに、男はじりり後ろに追いやられる。
目の前の人物、そして近くにいるであろうこいつの仲間は自分達の味方ではない。絶対に!
「く、来るな! これ以上近寄ったら‥‥この辺にいる奴らの命は‥‥」
剣を手近な村人の、それも子供の、その喉下に突き立てる。周囲から悲鳴が上がった。
自分達の敵、村人を助けに来たものなら、これで動きは止まる筈だ。だが、目の前の男は顔色一つ変えずに言った。
「好きにしろ。俺には関係ない‥‥」
「な、なんだとお!」
苛立った男は子供を突き飛ばし、剣を目の前の人物、ゼディスに向けた。返す刃で子供の背中を切りつけて。
だが、それが命取りだった。一瞬の隙に部屋の入り口でタイミングを見計らっていたクウェルが両手のシールドで男に向けて飛びかかる。シールドを打ち付けるように。
押し倒された男は尻餅をついて、後ろに転がった。
「く、くそお‥‥。うっ‥‥」
よろめきながら立ち上がろうとする胸に、入り口から薄金の光の矢が全てをすり抜けて突き刺さった。そして、村人達の間に倒れこむ。
悲鳴を上げる村人を、シールドを置いたクウェルが押さえている。
だが、男にも、村人にも目も留めず、ゼディスは倒れた子供、少年を抱き起こし喉にポーションを流し込んだ。血の気の引いていた子供の頬に赤みが戻り瞳が開く。
「大丈夫か?」
とは、ゼディスは言わなかった。だが、子供はまだ擦れた喉で、最初にこう言った。
自分を見つめる青い瞳に。
「ありがとう‥‥」
と。
「炎よ。我が求めに応じ、灰となりて進むべき道を示せ‥‥。向こうです!」
「よし、行くぞ!」
「ベル、君を必ず救ってみせる‥‥!」
部屋の、家の外の様子が、いつもと違う。なにやらざわめいている?
村長の秘蔵の酒をカップに入れて機嫌よく傾けていた男は、顔を上げた。
「何だ? 外が騒がしいな‥‥」
「確かに‥‥ちょっと様子を見てきましょうか?」
別の男が身体を起こした。リーダーに命じられるよりも先に。
危険に敏感に動かないと、この生業はやってはいけない‥‥。
彼は、無造作に扉を開けたりしなかった。警戒をしながら、ゆっくりと扉に手をかける‥‥。
『ベル‥‥』
「!」
酒瓶を持ったまま、微かに、身じろぎするように顔を上げたベルの様子をリーダーは見逃しはしなかった。
ベルの腕をわしづかみにすると、自分の胸元に引き寄せる。
「キャアア!」
「気をつけろ! 変な奴らがいるのかもしれん!」
荒げた声に扉から、男達は後ずさるように離れた。ただ、扉に手をかけた男だけは、間に合わなかった。
激しい音を立てて扉が粉砕される。その衝撃に目を閉じる間も無く、
「‥‥う‥‥ぐっ‥‥」
膝を落とし、地面に崩れた。矢が一本、その胸に突き刺さっている。
「誰だ!」
と、言ったと同時、一筋の荒れ狂う旋風が中に飛び込んできた。加速度を乗せた斬撃がほのかに光る剣から放たれ、呆然とする男を切り付けた。
唸る悲鳴。同時に扉を砕いた巨体が、部屋の入り口を封じる。
「お前らは‥‥!」
「お前らのような奴らを、嫌いな者さ」
「何を!」
薄く軽い剣の先が、組し易いと見たかアーウィンの眉間を狙った。真剣な殺気の篭った剣が、真っ直ぐに突き刺さってくる。
攻撃の終わったタイミング、その隙を狙われた。
思わず、目を閉じそうになった。避けられない。
だが、眉間まで僅かのところで剣は止まった。何よりも攻撃を仕掛けた男が目を瞬かせている。影が縛られたように動かけない。何故‥‥?
「影よ、汝の主を縛りそこを動くな」
絶妙のタイミングだった。紡がれた魔法に助けられ、攻撃手が交代する。永遠に沈黙した主を影が抱きしめた頃。
ギリアムは、たった一人、二人の男と‥‥対峙していた。
「お前ら! そこを動くなよ。後ろの魔法使い出て来い!」
その声に冒険者達は動けなかった。
一人はベルを左腕に抱き剣を抜く。もう一人は足元にいた、商人の男‥‥確かベネットとか言ったか‥‥を引きづり立たせて喉元にナイフを突きつけた。
ギリアムはゆっくり動いて、ドアの前を開けた。シエラはそっとアーウィンの横に付く。
どちらの人物も、一対一で対峙してもかなり苦戦しそうな腕が、雰囲気から感じ取れる。
「この村を襲いに来たか、助けに来たか‥‥剣を捨てろ。さもないとこいつらの、命はねえぜ!」
こいつら、の言葉と一緒にベルを腕に抱く男は、剣を振った。風を切って唸る男が村長と、婦人の頭上に響く。
「‥‥イヤ、何、止めて!!」
頭を抱え泣きじゃくるような婦人の怯えに、満足そうに男は笑った。人質にされているというのに腕の中の娘の顔色は殆ど変わらない。
不安も見せない。まるで、絶対助かると確信しているように、だ。
「さあ、早く剣を捨てろ!」
ギリアムは、ふと彼らの後ろの壁を見た。静かに開かれた秘密の扉に、彼らは気付いてはいない‥‥。
「やっぱり、な。思った通りだ」
「何?」
不遜な顔で、手の中の剣を弄び続けるギリアムの様子に男は声をさらに荒げた。脅すように。
だが、ギリアムの表情は変わらない。シエラと、アーウィンのそれも。だ。
「こんな村に隠れようってくらいだから相当の臆病者だと思ってたが、やっぱりな。せっかくの人質を傷つけたら、もう足手まといにしかならない。余計に不利になることも解らないんだからな」
「悪いが、もうこれ以上時間はかけられないんでな。とっととリタイアしてもらうぜ、レイン!!」
アーウィンの言葉と同時だった。
男達の背後から魔法が、紡がれたのは。
「漆黒の闇に眠れ! スリープ!」
だが、ベルを捕まえた男は、必死に首を振り抵抗した。慌ててもう一度今度は別の男に。
「この‥‥野朗!!」
慌てた男は強く振った頭と同時に剣を持ち直し、胸に向かって突き刺した。正確には腕の中のベルに向かって。
「しまった!」
ギリアムが地面を蹴り、アーウィンが剣を持ち直し、シエラとレインの呪文が紡がれる。だが、ほんの半瞬足りない。
ベルの胸に男の剣が吸い込まれようとした、その時だった。
「うっ!!」
聞き覚えの無い呻き声が、部屋に響いた。
「君は!」
ベルの代わりに刃を背中に付きたてた人物が膝をつく。
誰もが、そこにいることすら忘れていたあの商人、ベネットだった。
「キャアア!」
胸の中に崩れ落ちる肩にベルは手を回す。生暖かい感覚が手のひらにベッタリとこびりつく。溢れるように流れ出してくる‥‥。
「大丈夫! ベル。今、彼を助けるから‥‥。ギリアムさん、彼を外へ。クウェルさんにお願いしましょう」
「よし、任せろ!」
駆け寄ったレインが解放されたベルの肩を抱きとめ、ギリアムの大きな手が倒れるベネットの介抱を引き継ぐ。
そう、その時もうベルは解放されていた。
闇の奥から銀色の声が呟く。
「剣は戦いの華だ。しかし、弓は剣よりも疾く、遠くまで届く‥‥自分の手が届かない処へ」
アーウィンは足元を一瞬だけ、ちらり見て他のまだ呻き声を上げる男達の方に向かった。
時に魔法よりも鋭く射抜く、闇の一矢。
額に突き刺さり、男を瞬間に、そして永遠に絶命させた弓の力に驚きながら‥‥。
盗賊の数は十七名。
その殆どは戦いの中、既に命を失っていた。
この状況で手加減している暇など、いかに冒険者と言えども存在しようが無い。
冒険者達は気にしないことにした。
こちらの被害は襲撃班に数名、村人に、怪我人数名、旅人に重傷者一名。
すでに、薬や魔法の力で快方に向かっていて命に別状は無い。
敵の数や、状況から考えればこの結果は上出来と言えた。
衰弱した子供や、老人。
恐怖に心傷ついた者もいるが‥‥命さえ失っていなければなんとかなる、と村長は冒険者達に心から感謝の頭を下げた。
死んだ盗賊の埋葬を手伝いながら、ギリアムは少年の肩を叩く。
「フリード、冒険者というのは、こういう役目も有るんだ。憧れだけではできないぞ」
生まれて初めて人を撃った、その恐怖に怯えていないかと心配していた冒険者に、少年は小さく頷いて、笑った。
「僕は、狩人だから。肉を食べる為には、肉を殺さなきゃいけない。それは、解ってるつもり。そして、同じように命を守る為に命を殺さなきゃならなくなる、そういう時もあるんだと今日、解った。殺さなきゃならない側の苦しい気持ちも‥‥」
「フリード‥‥」
「僕は、今回のことで余計に決心が固まったよ。冒険者になりたい。命を失わせること。その苦しみを、できるなら他の誰にもさせたくない。やらなければならないなら、僕がやる。みんなの笑顔を守る為に‥‥」
「そうか‥‥」
「大人になりましたわね」
「うわっ‥‥彩鳳さん!!」
どこから、聞いていたのだろうか。柔らかい胸に抱き上げられて少年は顔を朱に染める。
初めて出会った時から一年。思ったより成長していた少年の思いを見つめ、ギリアムは微笑んだ。それは、ケンブリッジに向かった少年への思いとよく似ているような気がした‥‥。
盗賊達の荷物を整理しながらクウェルは首を傾げた。
「これは‥‥オクスフォード軍の印?」
古い、荷運び用の袋などに薄く刻まれた模様は戦争の時に見たものと、よく似ているような気がする。
「オクスフォード‥‥‥‥? まさか、こいつらは?」
「どうしてんです? 急に」
考え込んでしまったゼディスの顔をクウェルが覗き込んだその時だ。
「大変です! 早く来て下さい!」
生き残りの盗賊の見張りをしていたアリシアの悲鳴にも似た声が響いた。
声を聞きつけ近くにいた冒険者達が納屋に集まった時‥‥もう、その中には生きている者は誰もいなかった。
「中には、盗賊たちだけ。武器は全部、取り上げておいた筈なんですが‥‥」
血の匂いが溢れる中を男達は入ってみる。アーウィンは思わず口と鼻を押さえて呟いた。
「酷いな‥‥」
ひっくり返した死体の一つにはまるで、獣に引き裂かれたような爪と、牙の跡が残されている。
「ですが、この中でこんな、殺され方を‥‥」
レオンロートは考える。一番近い傷を作る形態を持つ動物は、猫科のもの‥‥だろうか? だが、無論小さな猫の持つ爪ではありえない。
「入り口は、扉を除けばたった一つ。しかし、あの小さな小窓から人間の男を平気で切り裂けるモンスターが入れるとも、考えづらいな」
とにかく、手掛かりは無くなってしまった。何故、こいつらがこの村を襲ったのか、この村に来る前何をしていたのかも‥‥闇に消える。
「!!」
「どうしたの?」
ハッとして首を周囲に動かすシエラの様子に只ならぬものを感じ、アリエスは弓を構えた。
自分の指に目をやり‥‥やがて深い息を吐き出す。
「だから、どうしたのってば?」
「蝶が‥‥いえ、なんでもありません」
シエラの指に輝く石の中の蝶は、今は完全に沈黙していた。今は‥‥。
村長の家の中で、ベルは不眠不休で二人の人物の看病をしていた。
一人は、恐怖で心を閉ざしてしまった母。こちらはティズも手伝ってくれて、いく分か心と会話を取り戻し始めている。
そして、もう一人。
自分を庇ってくれた、青年。薬と魔法で傷は塞がっている筈なのに、まだ、目を覚ましはしない。
「ベル‥‥無事でよかった」
ずっと、待っていた人は信じていた通り、助けてくれて、暖かい手で自分を抱きしめてくれたけれど、今はそれを素直に喜べなかった。
彼は、一週間もの間、同じ屋根の下で暮らし、恐怖の中を励ましてくれていたのだ。
心からの感謝と、同じようで違う何かがベルの中に生まれつつあった。
彼は、まだ目を覚まさない。早く、目を覚まして欲しいと思った。そうすれば、あの人のところに感謝を言いに行ける。その胸に安心して飛び込める。
あの人に贈ろうと買った小さな袋を手の中で強く、握り締めた時だ。
瞼が動いた。
ベルは彼の顔を覗き込んだ。ゆっくりと開いた瞳がベルを見つめる。吸い込まれるような闇色の黒い瞳。
「ベネットさん‥‥」
「ベルさん、無事でよかった。僕は‥‥この一週間で気がついたんです」
「えっ?」
「君を‥‥愛しています」
コロコロコロ‥‥手の中から落ちた袋から、指輪が一つ転がって止まった。
ニャアーー。
闇の中、どこからか、猫の泣き声が聞こえたような気がする。不安を誘う、怪しい声。
村が開放されて、村人達の喜びの声が響く。
久しぶりの安堵の夜の筈なのに、冒険者達の心はなぜかまだ薄暗闇の中にいるようであった。