【ソールズベリ 終章】試練の扉 戦いの扉

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:10〜16lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 82 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月18日〜10月28日

リプレイ公開日:2005年10月28日

●オープニング

 気をつけてはいたつもりだった。
 万全の準備もしていたつもりだった。警戒もしていたつもりだった。
 だが、全てはそれ以前。
「門番の存在か‥‥。確かに可能性はあったんだよな。すっかり忘れてたよ」
 冒険者達は頭を抱えたものだ。
 身体の怪我よりも、失敗、思うように動けなかった事への後悔が痛い。
「俺は、失敗についてはどうこう言わないぜ。ただ、取り戻す気があるのならまだチャンスはある」
 ギルドの係員は、まだ取り下げられてはいない継続依頼を冒険者の前へと差し出す。
「セイラムからは引き続き遺跡の奥に囚われた領主と女性の救出依頼が出ている。‥‥どうやら、この間あんた達を苦しめた門番は姿を消しているらしいが‥‥いつ現れるか解らないし、遺跡の奥に入るなら探索の準備も必要だろう。あの遺跡、そうとう広いらしいからな」
 この間、調査の結果教えてもらった遺跡の形と概要。
 東西南北に十字の道が走り、それに円が重なる。十字の先には部屋があるという構造が同じだとしたらその遺跡より遥かに大きいという遺跡はどれほど歩き、部屋はどれほど広いのだろう。
 そして、その部屋には一体何があるのだろう。何がいるのだろう。

「ここからは敵の本拠に潜り込むんだ。気をつけろよ。油断してると命がいくつあっても足りないぜ」
 余計な事をもう係員は言わなかった。
 それだけ忠告して、彼は差し出された依頼を冒険者達に無言で手渡した。


『本当に、よろしいのですか? 遺跡の中に入れても‥‥』
『もうダメージは回復しました。また再び門を守りに‥‥』
『いや、いい』
 命令の口調で彼は、側に仕える者達にそう言った。
『お手並みを拝見と行こう。彼らの力を‥‥ね。力あるものならアルのように部下になってくれるかもしれない。もう何も奪わせない。全てを手に入れるために協力してもらえるかもしれない』
『ですが、封の魔物は‥‥』
『精霊達なんて単なるペットに過ぎないからいいんだよ。さて、どうなるか。楽しみだなあ』
 子供っぽく笑う見かけは大人の主に、二人の精霊は黙って膝を付いた。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea0923 ロット・グレナム(30歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

「タイムリミットだ、行こう‥‥」
 冒険者ギルドのテーブルに座っていたアシュレー・ウォルサム(ea0244)はかけられた声に頷きはせずに黙って立ち上がった。
 いつも、一緒に依頼を受けていた仲間たちの幾人かがこの場にいない。
「結局、人が集まらなかったな」
「仕方ないよな‥‥。危険な依頼だし‥‥」
 解っていたことであるが、口の中がなんとなく苦い。
「やれやれ、前回はとんとしくじったからね。今度はじっくり腰を据えて掛かりたかったんだけど‥‥。まあ、なんとかなるかな?」
 周囲や、自分自身の思いを振り払うようにアシュレーはおっとりと笑って髪を払った。
「足りないものは仕方ないし、何とかするしかないさ」
 ロット・グレナム(ea0923)は小さく呟いた。
 今回はいつもより少ない七人。厳しい戦いになる。そんな思いを振り払うように。自分に言い聞かせるように。
「拙者も全力を尽くす所存、皆の衆、よろしくお願いするのである!」
 そう言ってただ一人の新規参加者、マックス・アームストロング(ea6970)は頭を下げた。
 周りの暗い空気を吹き飛ばすような大きな声で。
「なるほど、マックスってのはあんたか?」
 暗い表情が一瞬で、少年の輝きというそれにかわる。悪戯っぽくロットはくすりと笑った。彼の思い出し笑いの意味がわからずマックスは首を横に傾ける。
「スケッチは順調かい?」
「?」
 さらに意味がわからないという顔のマックスとそれを見つめる仲間たち。苦笑しながら陸奥勇人(ea3329)はとりあえずその場を止めるべく手を横に広げた。
 彼の名前を以前、合言葉に使用したのはもちろん、ないしょだ。
「とにかく、俺たちがやるべきことは一つだ。人数が少なかろうと、危険だろうと、遺跡に入ってライルとルイズ、そしてローランドを助け出す」
「まあ、そのとおりだな。とりあえず、急ごう。話は道々すればいい」
「そうですねえ。じゃあ、いきましょーか」
 ジェームス・モンド(ea3731)の呼びかけにエリンティア・フューゲル(ea3868)も頷いた。
 空白のテーブルをケンイチ・ヤマモト(ea0760)は一度だけ振り返って、後は先を行く仲間たちの下へと歩を進めた。
 彼らの行く先に、待っている苦難の依頼に向けて‥‥。

 旅の途中、休憩のさなか。
 作戦会議にも近い形で冒険者たちはジェームスの広げた羊皮紙の図を見つめる。
 十字と円が組み合わさった、いや、円の中に十字が込められた形がそこには描かれていた。
「これは、エーヴベリーで調べたときの遺跡の地図、なのである。あの時はこの円からさらに突き出た場所に、エレメンタラーフェアリーがいたのである」
「ジェームス、遺跡のコグリは基本的には形などは同じ、と言っていたってことだよな」
 軽く頷いてエーヴベリーでの情報を仲間に改めてジェームスは知らせる。
「この遺跡を大きくしたものがタリエシン封印の遺跡であると、彼女は言っていた。4つの部屋に4つのエレメンタラーフェアリー。そして、全部の部屋から精霊がいなくなった時に、再奥の部屋が開いた‥‥か」
 暫く黙って話を聞いていた勇人は深く息を吐き出した。
「なあ‥‥。皆」
 その場にいた全員の顔が勇人の方を向く。冒険者達が思い、解っていて、でも口にすることができなかったことを彼は言葉に紡ぐ。
「今回は、ライルとルイズ、二人の救出までは届かないかもしれない。それでも、いいよな」
 否定の言葉は無かった。広がるのは沈黙。冒険者が依頼の解決目的よりもあえて下に目標をおくのは臆病にも思えるが、勇気のいることだ。
「ええ、それでいいと思いますぅ。じっくりと情報を集めていきましょぅ」
「早く助けなければならないと思いますが、焦ってはいけません。敵は‥‥手ごわいなんてものではないのですから」
 今まで寡黙だったケンイチもそう自分に言い聞かせるように答える。
「ルイズは‥‥二人は自分の部屋で預かっている、って言っていた。俺は、その言葉は信じられると思う‥‥」
 できれば、精霊とは戦いたくない。そう思う自分の願望からだと解っているがロットもそう口にした。
「それしかないな‥‥」
「まあ、何とかなるよ。きっと」
 人数も少ない、それ以外の決断は無いだろうと冒険者達の殆どの首が前に動く。
 そう、殆ど。ただ一人顔を俯かせて、彼らしくも無く大人しく考えにふけるマックスにふと、アシュレーは気がついた。
「おーい、マックス〜。生きてるかい?」
 手のひらをひらめかせて目の前でひらひら。ハッと、今、目覚めたように彼は目を瞬かせた。
「ああ、すまないのである。ちょっと考え事をしていたのである」
 いくつかの依頼の報告書、そして友人達からの噂を聞いてからというもの、マックスの頭から離れないことがある
 かつて、自分が告げたことがもしかしたら‥‥。と。
(「司祭殿が高き長ならば、ルイズ殿とは‥‥」)
「考え事‥‥ね」
 難しい顔で勇人は言った。彼にはなんとなく解る。マックスの思いと、言葉の意味が‥‥。だから、それ以上の追求は止めにした。
 腕組みしたまま、仲間の方へと顔を向かわせる。
「よし、今度は仕切りなおしだ。気合入れていくぜ!」
 頷く仲間たちにごく、わずか、一瞬だけ遅れてマックスもちゃんと頷いた。

 
 目の前に巨大なヒールストーンが聳え立つ。
 何度見ても、慣れる事の無い神聖さ漂わせる石の神殿に、彼らはまた足を踏み入れた。
 人の出入りを拒む結界を潜り抜け穴の前に立つ。
 その中央に穿たれた黒い、地の底へと通じるかのごときそれを、冒険者達は沈黙と共に見つめていた。
 石の影から、ゆっくりと様子を伺い、近づいていく。
「ふう、どうやらこの間の敵はいないようだな」
 勇人の声に構えていた梓弓をアシュレーはゆっくりと下ろした。
「門番がいない‥‥これはこちらにとっては好都合でしょうか」
 数名ずつ、静かに穴に近づいていく。この間と違い、全員が周囲に揃っても光は動かず、風もまた静かだった。
「さあ、どうでしょ〜。ここにいないってことは、どこかにいるってことですから、やる気満々でどっかで待っているかもしれませんよぉ。まあ、今回は前回の二の舞にはならないですぅ。絶対〜」
 最後にやってきたエリンティアの言葉は冒険者達全員の背中に覚悟と決意を宿らせる。
「固めておいて、今度は拍子抜けさせて誘い込む‥‥見事な戦術だ。と言いたい所だが、なんというか、無性に腹がたつ気がするのは‥‥子供にからかわれているようでな」
 ジェームスはイライラとした風で足を鳴らす。そう、誰もが解っているのだ。誘いこまれているのだと。
 来いと、言われているのだと。
「‥‥どうも、力量をためされてる感じですね」
 試されているのか、それとも遊ばれているのか。だが、そのどちらであったとしても彼らの行く道、結論は同じだ。
「どちらにしても、行くしかない。なんとしても今回で糸口を掴まなければ」
「そうだな、行こう‥‥」
 勇人は手元のランタンに火を入れた。
 まるで、地獄に繋がるが如き漆黒の闇に向けて、冒険者達は静かに足を落としていった。

 どれほど、歩いただろうか。
 人間が四人は横に並んで歩けそうな広さの通路を、冒険者達は歩いていく。
 最初に彼らが階段を下りきった時、その前に広がったのは部屋だった。
 何もいない、誰もいない静寂の部屋。
 冒険者達は注意深く周囲を探り調べることにした。罠が無いか、扉が無いか。隠されたものは無いか。
 ‥‥敵はいないか?
「呼吸する者は‥‥いませんね。動く気配も無いようです」
 エリンティアを背後に庇いながらそうだな、とロットは呟いた。
 生きている者は冒険者達。悠久の時を経て、開かれたこの空間。今生きているのは彼らだけだとこの空気が告げている。
「皆、来てくれ!」
 壁を調べていたジェームスが声を上げた。大きな声ではなかったが響く声は散らばっていた冒険者と光を呼び戻させる。
「どうしたんだ?」
 問いかける
「ここに扉がある。エーヴベリーの時と同じだ」
 ジェームスが重たげな石造りの扉を指し示した。
「エーヴベリーの物と近い造りであれば、この外には通路があるはず‥‥」
 重い、石の扉を全力で押す。
 ギギともズズとも言えない音を立てて石の扉は前に動いた。
 そして、彼の言うとおり、そこには先の見えない真の闇の続く通路がどこまでも続いていた。
「やっぱり‥‥な。コグリの言ったとおりだったか‥‥。だとすると‥‥」
 ぺたり、ジェームスの触れた先には硬い石の感触がある。トントン、叩いてみる。周囲と感覚は変わらない。
 息を一つ吐き出すとジェームスはくるり後ろを向いてエリンティアを見た。
「すまない。この先に何か感じられないか? いや、なに俺のカンなんだがね」
 言われてエリンティアは頷いて前に出る。呪文を詠唱。クレバスセンサーとブレスセンサー発動の緑の光が彼を包む。
「‥‥扉があるような気がするんですが‥‥解らないですぅ。よっぽど強い力で封じられているのかもしれません〜。あっちとは段違いですねぇ〜」
 エリンティアの言葉にジェームスはそうか、と頷いて怪訝な顔の仲間達に説明する。
 かつて、エーヴベリーの遺跡を探索した時、遺跡の守護者、括られた亡霊コグリはこの位置の部屋にいたのだと。
「あの時も最初に階段の部屋から出たときは気付かなかったんだ。この部屋の存在に。4つの部屋を巡り、その部屋にいた各属性のエレメンタラーフェアリーを連れ出してから初めて気が付いた」
「‥‥と、いうことは4つの部屋のエレメンタラーフェアリーを退かせる事で、扉が開く。そんな仕掛けになっているのかもしれませんね」
 冷静にケンイチは分析する。その可能性は高いだろうと冒険者達も思う。だが‥‥
「ここにいるのは、多分、エレメンタラーフェアリーなんて可愛いもんじゃないぞ。多分」
 多分、そう、ロットは言ったがそれはもはや確信に近かった。
 この遺跡に入ったときから感じる重圧感。魔力に押しつぶされそうな迫力。
 かつてエーヴベリーの遺跡に入ったことのあるジェームスにとってすら吐き気がするほどに空気が重い。
「以前、街を襲ったのはドラゴンではなく、ウイバーンだと思う。そして、それがタリエシンが使役していた『ペット』だとしたら‥‥」
 精霊に詳しいロットでなくても推察できる。この地にはまだ他に精霊達が繋がれているのかもしれない。
 ウイバーンと同位か‥‥それ以上のエレメントたちが。
「ここは敵の本拠地だ、いつあいつらが出てくるかも解らない。一時たりとも注意は逸らせない」
 危険な賭けである。だが、逃げるわけにはいかない。
 この先に‥‥待っているものがある限り、待っているものがいる限り‥‥。
 シークタイムは数秒にも満たない。
 タン! 足が地面を打った。
「行くぞ」
 勇人の言った言葉はそれだけ。だが、十分。全員が歩みを進めた。
 暗闇の同じ方向に向かって。

 通路は冒険者4人が並んで歩くのがやっとくらいの広さ。
 単純に考えてもエーヴベリーの遺跡の二倍以上の広さはあるのではないか?
 ジェームスはそう思った。
 事実、それは間違ってはいないと思う。エーヴベリーで歩いた距離より、かなり歩いてもまだ通路の先は暗闇が続いていた。
 先頭を歩くのはマックスとジェームス。
 時折パーストをかけながら歩くが、今のところ罠らしい気配は何も無感じられなかった。
 中列でカンテラを掲げつつケンイチとロット、エリンティアが続く。
 周囲を警戒しながら歩くが、驚き、気が抜けるほどに敵の気配、動く者の気配は見つからない。
 そして、最後列をアシュレーの弓と、勇人が守る。背後からの奇襲への警戒に気を抜くことはしない。
 ダンジョンアタックの基本を、彼らは忠実に踏襲し確実に先へと進んでいった。
 この遺跡に生きて、呼吸している者は自分達だけではないか‥‥。
 時折妙に大きく感じる互いの呼吸音と足音。
 確実に1時間を超えるほど歩き、冒険者達がそれに慣れ始めた時、それは現れた。 
「行き止まりだ‥‥」
 冒険者達の視線は十字型に分かれた道の先に注がれる。ほんの少し行った先で行き止まり。
 だが、そここそが彼らの第一の目的地であることを全員が理解していた。
「‥‥古いが、確かに水の紋章に近いと思う」
 まず、一歩先に進んだロットが長い年月に染められた壁の模様に手を触れる。
「不用意に触れるな。危ないぞ!」
 勇人が声を上げた。解ってる。と頷く風にして注意深くロットは文様の周囲を調べてみる。
 石造りの扉が見える。石の輪で作られた取っ手もまた長い年月を経ても朽ちることなくあった。
「扉は‥‥開く。水の気配がするね」
 ほんの一ミリの隙間からアシュレーは空気の色を感じた。間違いは無いだろう。
「みんな、ちょっと待ってくれ‥‥」
 バックパックから取り出したダークを顔に寄せた後、足元の地面、敷石の隙間に勇人はそれを突き刺した。
 結界の中の第二結界。使えるかどうかはやってみなくては解らないが、精霊の力を削ぐというそれに祈りを捧げる。
 相手は、強大な力を持つエレメント。誰であろうと油断など出来ない。
 できることは全てやる。そうでなくては生き残れないと、彼ら自身が一番良く知っていた。
 幾つもの準備を重ね、冒険者達は前を向く。
 そして、彼らは扉を開いた。


「くそっ! くそっ! くそう!!」
 雷の呪文を紡ぎながらロットは手のひらを血の出るほどの強さで握り締めていた。
「精霊を、一体なんだと思ってやがるんだ! あいつは!!」
 ここにいない亡霊に向けて敵意を放ちながら、魔法を目の前に暴れ襲い来る水蛇に向けて彼は打ちつけた。
 渾身の思いを纏わせた光は、吸い込まれるようにして暴れまわるそれの胸元に吸い込まれる。
 苦しげな苦痛の叫びを上げて、尻尾を振り回す堕ちた水の神の姿を冒険者達は身を返しながら見つめていた。

 ‥‥扉を開いた直後、冒険者の前を白い霧が包んだ。
 まるで周囲が全て凍りついたような寒さの中、冒険者達は目の前に現れた者に深い息を飲み込んだ。
 広い、広い、先が見えないほどに広いその空間、光の欠片も無い闇の中。その目と身体だけは蒼く光って見える。
「水のエレメント‥‥サーペント」
 ロットが呟き、息を呑んだ直後、それは低い詠唱と共に吐き出された。
「危ない!」
 声を上げたのは誰だったか? とにかく冒険者達は陣形を崩し、それぞれの横に飛び退った。
 直後、ほんの一瞬前まで彼らが立っていた地点に白い煙が立ちこめ、床が、扉が凍りつくように白く染まった。
「問答無用か? 悪いが、我々も退く訳にはいかないんでな!」
「邪魔はごめんこうむる。ここから退いてもらおうか!」
 ジェームスと、マックスが盾を構え、身構えた時。
「待ってくれ!」 
 意外にもそれを止める声が彼らの中から上がった。冒険者達は後ろを振り向く。
 そこには視線を一身に受けて、なおかつ精霊を真っ直ぐに見つめるロットの姿があった。
「何を言ってるんだ? 精霊が戦闘をしかけてきたら、と‥‥」
 言いかけたジェームスの肩をエリンティアは一度だけ止めた。
「‥‥ごめん」
 呟いてロットはサーペントの前に立つ。一触即発に見える空気の中、意外なことにまだサーペンとは彼らを襲い掛かってこなかった。
 敵意はある。目の前の精霊は確かにそれを抱いている。
 だが、‥‥人で言うなら殺意は感じられないのだ。
「覚悟はしてても、やっぱり避けられるものなら‥‥なんて考えてるのは甘い証拠なんだろうけどさ。一度でいい。頼むよ」
 自らの命も覚悟の上でロットはスクロールを広げた。
(「聞こえるかい?」)
 サーペントの動きは止まった。まるで自らにアイスコフィンをかけたように、動かない。
(「俺たちは、できるなら戦いたくない。君をここから解放してやりたいんだ‥‥怒りを収めてはくれないか?」)
 精霊に通じるのだろうか? 通じただろうか? そんな不安な思いを抱いて言葉にならない呼びかけは続く。
 長い、静かな沈黙の後、返事は返った。
(「?」)
 微かな自嘲のような笑みに聞こえた一瞬の音の後、ロットの足元が強い勢いで弾けた。
「うわああっ!!」
 叩きつけられた水の爆弾の衝撃に押し飛ばされたロットを背後から勇人が支える。
 それが、宣戦布告だった。
 冒険者達はロットを庇うようにして前後に立ち、サーペントを睨みつける。
「悪い、ロット。倒すぞ!」
 そう一度だけ言ってジェームスは剣を抜いた。踏み込み、襲い掛かってくる首に向けて剣を打ち下ろす。
 だが、それは巨体から思えないほどの敏捷さで交わされ、首を大きく揺らさせた。
 動けば、きっとまるで矢のごとく走るだろうその頭は、冒険者達の遥か頭上に佇む。
「しっかりしろ! 怪我は無いか?」
 肩を揺り動かす勇人の言葉も、ロットには聞こえていないようだった。
「‥‥だよ」
「えっ?」
「なんだよ。くそおおっ!!」
 ギリリ、歯が砕けそうなほど噛み締められた唇からは血が滲んでいる。手のひらは固く握り締められ、その肩は震えている。
 彼が何を聞き、何を感じたのか?
 勇人がもう一度それを聞こうとした時だった。
「うおおおっ〜〜〜!!!」
 ロットは立ち上がって、サーペントに向かって走り出した。
「雷よ走れ! ライトニングサンダーボルト!!」
 呪文を全力で結んで、彼は全身全力のそれをサーペントに向けて叩きつけた。
「ぐおおおっ!!」
 唸り声を上げて体が揺れた。その隙を見逃さずエリンティアとケンイチの援護の魔法が走った。
 右、左にまるで頭を降るように衝撃を身体の外に逃がすと、また再びサーペントの頭が持ち上がった。
 一気に獲物を狙う狩人の勢いで、恐ろしい重量、質量が冒険者に向けて襲い掛かる。
「うわああっ!!」
 最前列にいたマックスの肩口に鋭い歯で噛み付いた。
 蛇の動線を読みきれず、かわしきれなかった衝撃が、マックスの身体を砕いていく。
「動かないで!」
 シュン!
 風切りの音を立てて、アシュレーの矢が飛んだ。幾本かは硬い身体に弾かれたがその一本は確実に水色の瞳に突き刺さる。
「ぐがあああ!!」
 さっきまでとは違う、明らかな苦痛の声に、ロットは背筋を震わせる。だが、もう手を緩めることはできなかった。
「大丈夫ですか?」
 ケンイチがマックスの手当てをしている間にも冒険者達は、少しずつ、少しずつサーペントに近づいてその身に力を叩きつけていく。
「えいっ!!」
 勢いをつけて投げつけられた鎖分銅はエール樽よりも遥かに太い身体に巻きつかれず、硬い音を立てて弾かれた。
 太い蛇のような身体は時として冒険者を押しつぶし、なぎ倒して部屋中を縦横無尽に動き回る。
 最初は全長10mにも及ぶその体から、冒険者達は逃れるのが精一杯だった。
 しかも、サーペントの身体についた傷は、気が付くと消えてしまう。
 それがサーペントの持つ再生能力だと傷付いた頃には、もう冒険者達の体力も、気力も限界に近づいてきていた。
 魔法と、牙と、大質量の肉体の連続攻撃に、冒険者達はそれでも必死に挑み続けた。
 中でも、ロットの気迫はあまりにも鋭く、あまりにも強かった。
 幾度倒されても、彼は立ち上がりまた呪文を紡ぐ。
 彼の脳裏にはさっき、聞こえてきたサーペントの『声』が今も聞こえてくる。
『‥‥倒せ。解放してくれ‥‥。還りたい。流れる水の元へ‥‥』
 澱んだ水、封じられた空気、石造りの自然の欠片さえ感じさせないこの遺跡の中で『彼』はどれほどの時を過ごしたのだろう。
 磨耗しきった心と身体で、自らの滅びを願う‥‥。
「精霊を、命を、一体何だと思ってやがるんだああ!!」
 もう、空になりかけた魔法力の最後の力を全て使ってロットはもう一度渾身のサンダーボルトをかけた。
 サーペントはそれを交わすことなく、胸元に吸い込む。
 崩れ落ちるようなロットの攻撃の後、冒険者達は気が付いた。今の攻撃は回復されていない。
 アシュレーの射抜いた目の矢も刺さったままだ。
「よし、一気に行くぞ!」
 これが、最後の攻撃になるかもしれない。
 剣を握りなおした勇人、マックス、ジェームスは同時に大地を蹴った。
 凍える氷の呪文を掻い潜って、彼らは同時に剣をその身体に撃ちつけた。
 ロットが焼き付けた黒い胸元に、三本の剣が深く深く突き刺さる。
「ーーーーーー!!」
 音にも聞こえないほど高く響き渡った悲鳴。それは断末魔と呼ばれる声だった。
 低い音と共にサーペントの身体は石の上に崩れ、破裂するように散った。
 身体は水となって石の上に流れ、やがてそれさえも夢のように消える。
「やった‥‥」
 崩れ落ちるように冒険者達は、地面に座り込んだ。 
 疲労と震える身体、殆ど全て使った魔力に、もう今は一歩も動けない。
 この場を狙われたら、全滅するかもしれない。そう解っていても今は心も身体も動かなかった。
 薄れていく意識の中、ロットはサーペントの最期の声を思い出す。
 一際高い水しぶきに、あるいは滝が打ち付ける水の轟音に似ていた。いやそう聞こえたような気がしただけかもしれない。
 厳しく、それでいて優しい自然の音。
(「彼は‥‥還れたんだろうか‥‥。焦がれ求め続けた故郷へ‥‥」)
 そのまま彼の意識は闇に消えていった。


 暫くの後冒険者達は、手持ちのポーションで体力を回復させると部屋を出た。
「行くぞ! マックス!!」
 先に行く仲間の声に
「解っているのである。今暫く待って頂けまいか?」
 カバンから筆記用具を取り出し、入り口の脇の壁にさらさらさら、と文章を紡ぐ。
「よし、お待たせした。これから、どうするのであるか?」
 マックスの書いた文章に小さく唸りながらも他の冒険者達は何も言わなかった。
 複雑な思いを黙殺し、彼らはダンジョンを歩き出す。
「もう一戦、やるには不安が残るな‥‥」
「だが、せめてもう一部屋は調べておきたい」
「ならば‥‥風の‥‥」
 遠ざかっていく声たちと入れ違うようにやってきた月色の光がふわり、宙から舞い降りた。
『これは‥‥』
 冒険者達が残していったもの。
 何も無くなった部屋とメッセージを見た『彼女』は小さく微笑むと来た時と同じように宙にふわりと浮かんで暗闇の中を飛んでいった。
 光の鳥となって。

 東の水の部屋の反対正面。西の玄室の扉を冒険者達は閉めた。
 この扉に刻まれていた紋章は古い、風の精霊紋。
 そして部屋の中に精霊はいなかった。
「やっぱり、30年前のドラゴンはウイバーンだったんだろうな」
「今となっては確かめる術は無いが、おそらく‥‥」
 冒険者達は頷きあう。これで十字路の右と左を調べた。十字の先にそれぞれ部屋があるとすれば、残りは二つ。
 火と地のエレメントの部屋であるはずだ。
「ここは‥‥一端退くか‥‥」
 吐き出した勇人の言葉に目を瞬かせながらも冒険者達は誰も反論しなかった。
 外見上の傷はポーションで殆ど癒えてはいる。
 だが、魔力と何より身体と心に溜まった疲労はこれ以上の戦闘はムリだと、肉体に訴えていた。
「万全の状態だった中で、エレメント一体を倒すのがぎりぎり‥‥。数も少ないし、確かにここは悔しいけど退いたほうがいいかもね」
 声に出されたアシュレーの同意で冒険者達の行動は決定した。
 風の部屋から曲がる路ではなく、真っ直ぐ伸びる十字路へ歩みを進める。
 やがて、二つになった十字路の中心が見えてきた。その時だ。
「? どうしま‥‥!」
 突然止まったマックスの背中にぶつかったエリンティアは硬直する彼の身体から、ひょいと自分を横にずらして前を見た。そこで彼も硬直する。
 そこには優雅に微笑んで佇む月色の女性の姿があった。人では持ち得ない美しさを持つ彼女は、真の闇の中カンテラの灯りなど無しでも誰にでも視認できるほどにはっきりとそこに立っていた。
「ルイズ!!」
 硬直していた冒険者達もほんの数瞬で、意識を取り戻し身構える。
 全員が、とっさに剣を構え、呪文を頭に閃かせ戦闘態勢をとる。
 だがそんな物騒な光景が目の前で繰り広げられているというのに、『彼女』はまったく気にも留めずただ、そこで微笑んでいた。
「悪いけど今回は準備万端なのでそう簡単にはやらせないよ!!」
 アシュレーは弓を引き絞ったままルイズを睨む。だが、あら? という表情を浮かべた後くすくす、そんな声を彼女は紡いだ。
 笑い声? 敵意や殺気どころか、どこかほんのりとした優しささえも湛えるその声に冒険者達の張り詰めた心はどこか行き場を無くして漂う。
「何がおかしい!?」
 強い口調でロットは叫んだ。目の前の相手も精霊。できるなら戦いたくは無い。だが、彼にはさっきのサーペント戦で溢れた行き場の無い怒りがまだ残っている。
『もう準備万端、ではありませんでしょう? もし、本気で戦うというのならお相手いたしますが‥‥、今の私はお手紙のお返事をお答えにあがったメッセンジャーでしかありませんの』
「手紙の返事‥‥」
 マックスは武器を下ろした。冒険者達はまだ身構えたままだが、ほんの少し意識を緩める。
 さっき、マックスは水のサーペントの部屋に、こう記してきたのだ。
【過去の真実と目的を聞きたい。貴殿にとっての“全て”とは?
 もし、その目的がこの地に住まう全ての未来を妨げず
 また、愛のためならば、我輩は助力をする也】 
「どういうことであるか、お答え願えるか? ルイズ‥‥殿。タリエシンは何故、全てが自分の物と言いながら、全てを取り戻すというのか‥‥」
 マックスの口調は丁寧だった。目の前の女性が彼の知る人物に似ていたからかもしれない。いや、その人物が『彼女』に似ているのかもしれないが。
『‥‥あの方は、不器用でありすぎたのですわ。全てに誠実であろうとしたが故に、たった一つの裏切りで壊れてしまわれたのです。今のあの方は本当の意味での王ではありません。でもむき出しの王なのですわ』
 慈しみの口調で、彼女はそう告げた。何かを抱きしめるように。
『私達は王の獣。側に仕え従うのみです。その願い叶うか、その滅びのときまで‥‥』
 いつしか、冒険者全員が剣を降ろしていた。
 少なくとも彼女の言葉に嘘は無い。エレメントが嘘を言う必要は無いはずだ。
「では、真実は一体‥‥」
『それは、私ごときの言うことではありませんわ。人の世があの歴史をどう伝えているかは解りませんが、私達にとっての真実は一つなのですから。この地は王のもの。裏切りによって奪われたものを正当なる王に返す。その時はもう近づいているのです』
 ふわり、彼女の姿は宙に浮かぶ。
 攻撃してくるかと、再び身構えるが優雅にお辞儀をして、彼女は姿を消した。光の鳥となって一度だけ回転して闇に消える。
「‥‥王が間違っていると思うなら、向き合って止めてごらんなさい。正面から否定してごらんなさい‥‥。あの女のように逃げることなく」
 思わず、マックスの口がそう呟いた。
 それは、鳥とすれ違った時何故か心に浮かんだメッセージ。
「あの‥‥女? 逃げる?」
 何かが胸の中でざわめく。この言葉を忘れてはならないと。

 冒険者達は再び階段を登り、地上に戻る。
 荷物は減り、形あるものは何も増えてはいない。
 だが、彼らはいくつもの思いを拾ってきていた。
 見えない扉の先にある何かに向かい合うための、それは大事な鍵の一つとなるであろうことを、予感しながら。