●リプレイ本文
暗い闇の中、恭しく、心からの思いを込めた別れの言葉が一人の者に捧げられていた。
『では、王。門の見張りに行ってまいります』
「ああ、でも無理しないでもいいからね。適当に戻ってきなよ。僕も遊んでやりたいからさ」
苦笑しながら頭を下げ、金色の輝きを持つその男は闇の奥に消える。
それを見送る彼らの王は、少し頬を膨らませた。まるで子供のように不満を顔に出す。
宥めるように寄り添うのは月色の女。
彼女は王には見せない寂しげな瞳で、自分の‥‥気の遠くなるような永き時を共に生きた‥‥パートナーの後姿を無言で見つめていた。
冒険者達は草原を歩いていった。
夜と朝が交じり合う薄紫の空気、大地から揺れる靄の中、正しく今、この時の空気のように彼らは不思議な思いを胸に抱いて目的地へと向っていた。
目指すはソールズベリのストーンヘンジ。
何度と無く足を運んだ石の神殿。
太陽が地平線の向こうに見え始めている。今頃、きっとあそこには『彼』が待っている‥‥。
「挑戦状とは、ヤツも随分と人間的じゃねぇか。だがライルとルイズの身柄を確保出来るなら受けない理由はねぇよな」
陸奥勇人(ea3329)は自分達に伝言を伝えた少年と、それを託したであろう『彼』の姿を思い起こす。
最初に出会った時は解らなかった、次に会った時には見えなかった事。
封印された長い年月の間、『彼』は何を考えていたのか、そして今、何を思って冒険者に挑戦してきたのか。
冒険者には選択があった。彼の挑戦を受けるか、それとも無視して最後の決戦に乗り込むか。
この挑戦が時間稼ぎを目的の一つとしていることは明白だった。
冬至になれば、遺跡に封じられているタリエシンが解放される。冬至までもう一月も無い。
ライルとルイズを救出できる可能性があるとしても、一度キャメロットに戻ってしまえば、冬至はもう目の前だ。
ギリギリの判断。
だが皆で、話し合った時誰一人として『挑戦を受けない』その選択肢を選ぼうとする者はいなかった。
頭をかきながらジェームス・モンド(ea3731)は苦笑する。
「時間稼ぎではない何か、をこの挑戦から感じるんでな‥‥それなら受けてやらんわけにもいくまい。ただの勘なんだがな」
「やれやれ、まあ、挑戦された以上受けなきゃ男が廃るしね」
ジェームスに答えながら軽く言ったつもりだったが、自分の言葉がいつもより少し重いのをアシュレー・ウォルサム(ea0244)は知っている。仲間もきっと気付いているだろう。
見送ってくれたミリコット・クリスの手向けの音楽を思い出しても心は晴れない。
「はっきり言ってかまいませんよ。‥‥私達は多分、完全に彼らを嫌いにはなれなくなっている」
そうでしょう? 夜桜翠漣(ea1749)の問いかけに否定の声は無い。
「ええ、そうですね。彼らは人に裏切られ、傷ついて、それでも人を憎みきれずにいるのでしょうか‥‥」
空を見上げながらギルス・シャハウ(ea5876)は頷く。もう直ぐ彼の時間。太陽が顔を出す。
「彼らに同情するのは失礼でしょうし、そうすべきでもありません。でも、私は‥‥彼らに願いたいことができてしまいました」
俯き、噛み締めるように翠漣は言う。誰もそれを止めることも無い。
「彼らを裏切った側の存在として、彼の期待に応えなければいけませんね。例えそれが、命を賭けた戦いになるとしても」
そう、戦いが始まるのだ。お互いの命と信念を賭けた‥‥。
「まあ、俺達にとってもまたとない好機だ。むしろリスキーなのはあいつの方だよな。この挑戦」
イグニス・ヴァリアント(ea4202)は小太刀を弄びながら呟いた。
彼のテリトリー内での戦いだとしても、十対一。
『彼』の不利は明らかだ。
自分の不利を承知で、なおかつ『褒美』まで用意して挑戦をしてきた精霊の意図は知る由も無い。
「案外、俺達ともう一度戦ってみたくなっただけだったりしてな」
冗談めかして言うが冗談ではない。沈黙の中、イグニスは軽く口元をゆがめた。
「武士として、正々堂々の果たし合いは、受けたいでござるよ。そして、なんとしてでも領主殿とルイズ殿を助け、日の精霊ソウェルを送還する!」
黒畑緑朗(ea6426)はキリリと真っ直ぐにイグニスを見つめる。無論イグニスも、それに異論は無いのだ。
「ロットさん〜?」
あえて先頭を歩き続けるロット・グレナム(ea0923)の冴えない表情を気遣うようにエリンティア・フューゲル(ea3868)は問いかけた。
精霊を心から愛する彼が、このストーンヘンジでの戦いでどれほど傷ついているか。傷ついてきたか。仲間達は解っている。
彼は、コグリが語った太古のソールズベリの話を聞いた時、‥‥ポツリと誰にも聞こえないほど小さな声で言った。
「そこには俺の理想があったのかな‥‥」
精霊と心を通わせ、共存をなしえた王。人と精霊が共に生きた光の都。
自然の精霊達と、人間が共に生き、笑い合う。
それこそが精霊を誰よりも愛するロットが夢見て止まない憧れ、そして理想の‥‥国。
「‥‥もう‥‥戦うって決めてるんだ。挑戦してくるなら受けるさ‥‥本当は、別の形で会いたかったけど‥‥」
それが、ソウェルの、精霊の望みなら。
指先に力を入れて、彼は手を握り締める。決意が揺るがないように、そして零れ落ちないように。
「過去にあるのは、思い出という名の事実と結果だけ。我々が今見るべきは未来である!」
マックス・アームストロング(ea6970)は指を指す。
彼らの視線の先に、石の神殿、神と精霊の寝所。
そして戦いの舞台が見えてくる。
聖なる地、ストーンヘンジ。
天と大地、両方に輝く二つの太陽が冒険者の訪れを待っていた。
『準備はできたのか?』
夜明けと共に結界の中に踏み込んできた冒険者達に『彼』はその鷹のような相貌を真っ直ぐに向けた。
冒険者達の頭上、結界石の一つに腰掛けて、ナイフのような物を手に持って日の精霊ソウェルは冒険者達を見つめている。
この地にありながら、遠くを見通すことができる太陽の精霊。
冒険者達の姑息な準備などは全てお見通し、というところだろう。
その言葉どおり、冒険者達はできうる限りの準備をして、この場に立っていた。
まず、セイラムの街で遮光の手段をいろいろ考えた。
大司祭の協力を得てステンドグラス用のガラスを目に付けて使えないかと思ったが、色が濃すぎ、また厚みがありすぎてどうしても役に立ちそうに無かったことは一つの失敗だった。
次に緑朗が板に穴を開けて隙間から覗く遮光機を作ってみたが、これも断念した。どう考えても視界を遮るデメリットのほうが大きい。
他にもいろいろ考えて試してみたが、結局黒地の荒い布で目元を覆う準備をした。これが一番現実的かつ動きやすい手段だったのだ。
事前に試して良かったとイグニスは思う。ソウェルの纏う気配はやはり尋常ではない。
獣のような鋭い気配。気を抜けば今にも襲い掛かってきそうな敵意。
この場でそんな油断、そんな失敗をしでかしたら、確実に命は消えていただろう。
夜は明けたばかり。まだ日の精霊である彼はその能力の真価を発揮できまい。
仲間同士、強化の魔法もかけた。
ダークの結界も起動の準備をしている。ソウェルに隠して展開を、と思ったが、隠した所で隠し切れまい。
だから、あえて堂々と緑朗は遺跡の土に剣を立てた。
ソウェルはそれを止めようともしない。
起動まで五分。
「わざわざ褒美まで用意してくる辺り、少しサービス過剰じゃないか? どういう風の吹き回しだ」
時間稼ぎと言うわけではないが、ワザと挑発するようにイグニスは声をかけてみた。
『別に、他意はない。こちらから呼び出したのだからな。それくらいするのが礼儀というものなのだろう?』
鼻で笑って彼は肩をすくめる。やれやれという声が聞こえそうだ。
「さぁて、それじゃ始めようか。お互い色々事情はあるが、そいつは後回しだ。今はこの戦いに全力で応えるぜ!」
意気上がる勇人を一本の手が抑えた。
「1つお聞きしても良いですかぁ?」
一歩前に出て、エリンティアはソウェルに話し掛ける。それは笑顔ではなく、彼には珍しい‥‥どこか沈んだ表情だった。
「何故一人で僕達と戦う気になったんですかぁ?」
それは、本心からの問いかけ。時間が立つごとにソウェルにとって有利になると解っていてもエリンティアだけでなく、冒険者達皆が聞きたいと思っていたことだった。
『そんなことを聞いて何になる?』
ソウェルの侮蔑を孕んだ声はそう答えた。まだ、問いかけの返事ではない。
「時間稼ぎとかではなく貴方の本心を教えて欲しいですぅ、そうしたら心おきなく戦えますぅ」
真摯な思いの問いかけに、孕んだではなく、今度こそ完全な侮蔑を込めてソウェルはエリンティアを、そして冒険者を見る。
『お前達と、戦ってみたかったから、とでも言えば満足か? ‥‥だが、生憎違う! 俺は、人間が嫌いだ。俺達を呼び出し閉じ込め、挙句の果てに封印する身勝手な人間達が嫌いだ。だから‥‥叩き潰す!』
冷えた声で、彼は熱く告げる。自らの感情を叩きつけるように眼下に向けて言い放つ。
「彼らは自分達の世界に還りたかったのかもしれない。でも、貴方達の王を守りたいという思いは本物だったのですよね?」
翠漣は静かに言った。思い出す。遺跡を守護していた四匹の精霊達は望んでいた。還りたいと。
『‥‥奴らも最初は自らの意思で王に仕えた。簡単に裏切りを為す人とは違う、それは絶対の忠誠だ。だが、その忠誠さえも磨耗するほど、永い年月我らはここに封じられていたのだ。自然を司る精霊が、自然と切り離されこの牢獄の中にな』
淡々と言う言葉の奥に歪んだ笑みが見える。それは、先に消えていった者達への羨望なのか、それとも‥‥。
『俺達を封じた人間達は最後まで俺達と向かい合うことなく、半端に希望を抱かせたまま逃げた‥‥。だから、俺達は怒りをぶつける事さえできなかった!』
いつの間にか『彼』は地上に舞い降りていた。冒険者達と目線が合う。クッと口元を歪ませて彼は古い剣を握る。
それは、精霊の力を封じるダーク。自らの力を封じる剣を構えて彼は笑う。
『お前らには悪いが、これは八つ当たりだ。俺達から逃げた人間どもの代りに俺に殺されろ。そうすれば、少しは気持ちが晴れるかも知れん!』
ずっと憧れていた精霊との対峙、だが心の中の思いを振り払うようにロットは首を振った。
「それは、できない。俺達は死ぬわけにはいかないし、まだやることがある。だから‥‥全力でアンタを倒す!」
彼の声を合図にしたかのように五分の時を経て微かな音を立てて結界が展開される。
ほんの僅か、顔を顰めながらも『彼』はさっきまでと変わらぬ表情で冒険者を見つめる。
砂を踏み、石を蹴り、冒険者達も身構える。目の前に立つのはたった一人。光を纏う男。日の精霊。
「大きな力は美しく感じることも、恐ろしく感じてしまいます。求めておいて都合のいいとも思います。人を好きになってほしいとは言いません。ただ、私達、人間の弱さを恨まないでほしい‥‥」
言いながら翠漣も自らの力を武器に走らせる。目は真っ直ぐに『彼』を見つめて。
『ならば、見せてみろ! 人の弱さと強さを』
ダークの刃先が微かに煌いて揺れる。
瞬きの後、光のように空気に溶けた精霊の鋭い打突と、それを肩に受けた勇人の呻きが戦いの始まりを告げた。
「前回と同じことだとは思わないでくれよ。今回はこちらに軍配を上がらせてもらうからね!!」
結界のぎりぎりの位置を背中で把握しながらアシュレーは矢を構えて間合いを計っていた。
姿を消した敵の攻撃は冒険者達の間合いを確実に掻き乱していく。
矢の攻撃は下手に放つことはできない。
有効な力を持つが故に、混戦の中、味方に当てないよう呼吸を計らなくてはいけないのだ。。
同じようにロットも魔法を用意しながらも的確な場、的確なタイミングを身体全てを使って感じ取ろうとしている。
前衛は完全に混戦の様相を呈している。
力を込めた勇人の攻撃は何度となく空を切り、緑朗のスマッシュも風だけを切り裂いた。
「‥‥どうですか? ロットさん?」
前衛から中衛に下り、腕の切り傷を押さえた翠漣が小声で聞いた。
「紙一重で受け流しながら攻撃に転じてる。‥‥1対10なのにこれだけやるなんてたいしたもんだよな‥‥」
目元を押さえながらロットは答えた。彼にだけはリヴィールエネミーで姿を消した敵の動きが見えるのだ。
おそらく、純粋な戦闘力だけなら冒険者達の方が上だろう。
格闘においての実戦経験の差は覆せないほど大きい。
だが、その中でソウェルは自分の姿が敵に見えにくいというメリットを最大限に生かして、攻撃と退去を繰り返していた。
(「惑わされるな。もう一度、奴の殺意の先を見切れ!」)
イグニスがダブルアタックを打ち込む。手ごたえがある。だが、それは微かなものだ。
空に逃げ、地に戻る。
冒険者達の首を狙い、攻撃を見切ってかわし、また攻撃に転ずる。
見えない攻撃を避けて反撃に転ずる前衛、中衛の冒険者達もまた大したものだが、正直さすが長生した精霊と感嘆を禁じえない。
まるで良く出来た舞踏のようだ。
「回復が必要なら、いつなりと。神様がじ〜っと見てますよ、頑張ってください」
祝福を仲間達にかけながら、ギルスは微笑む。
仲間達の剣舞。太陽の精霊の舞い。
このまま見続けていたい。
そんな気さえする。だが、それはできない。
お互いの攻撃は致命傷こそ避けながらも、決して小さく、無視できないものになってきている。
そろそろ、決着をつけなくては‥‥。
『さすが、簡単にはやられてくれぬか。冒険者の質も上がったものだ』
ふと、空の上からソウェルの声がした。最初と同じ石の上に実体となって舞い降りる。
そこにアシュレーは矢を放ったが、軽く避けてソウェルは下を見る。
『そろそろ、終わりにさせてもらうか‥‥』
差し出した手の平に光が集まり始める。まだ朝といえる時間ではあるが朝焼けは消え、空は青みを増している。
太陽の精霊の呼び声に、光たちが従うように集う。
金の光に包まれたソウェルの左手が上がり集まった光に号令を落とした。
真っ直ぐなサンレーザーの光。それが狙うのはギルス‥‥? 守護の防壁が貼られ、ソウェルの視線から逃れるように身を隠しているが、冒険者達の脳裏にかつての戦いが蘇る。
「させない!!」
瞬間に紡いだ全力の呪文でロットは迎撃した。光対雷。
ぶつかり合った光と光は弾ける。光の爆発に目を押さえる冒険者達。
微かに勝る雷を避けて‥‥その身を輝かせた太陽が地面に降り立った。
「うっ‥‥」
冒険者達は目元を隠し、蹲ったような仕草を見せた。盾で顔を隠すマックス。
前で直視していた勇人などは盾を取り落としている。明確な隙。
それを、当然ソウェルは見逃しはしない。
『まずは、一人‥‥!』
突進する太陽の攻撃を‥‥
「悪い‥‥これで終わりにさせてもらう‥‥」
静かな声が迎えた。
『なに?』
驚愕は瞬時に理解に変わり、敵の意図を太陽は理解する。だが、遅かった。
「刹那の見切り、それが真骨頂だ!」
敵の攻撃を思いと共に身に受ける。そして、渾身のカウンターで返した。
『ぐ‥‥っ、うあああっ!!』
精霊殺しの剣が、太陽の精霊の身体に深く深くめり込む。そこに、幾多の剣が切り込んでくる。
迷いなく打ち込まれるそれぞれの剣から必死で飛び退りソウェルは身体を地に伏せた。
「アシュレー! 勇人から右斜め上、あの岩の真下だ。狙え!」
元より遮光の効果でなんとなく場所は解っていた。ロットの声に従い、アシュレーは梓弓に番えた矢を、強く引き絞り放って‥‥
「行くよ! ソウェル!」
放つ!
迫り来る攻撃から逃れようと身体を動かした時。
『ソウェル‥‥』
『何?』
背後からの何かが、彼の足と心を止めた。
その隙に、思いが割り込む。
「お願い、もう、やめてください」
祈りの呪文が願いと共に小さな指から放たれる。時間が凍結する。それを振り払おうと意識を集中させた次の瞬間。
足元に着弾する。渾身の思いが篭った一矢。悲鳴と呼ぶか、それとも呻きと呼ぶか。
声にならない声が石舞台に響く。
『ーーーーく、っ!!』
「お前達にどれほどの過去があろうとも‥‥今を生きる俺達に敗北は許されない!」
「究めれば、この世に切れぬものは無し!」
「そこ迄ですぅ!」
止めを刺そうとした剣は今まで聞いた事の無い大きな静止の声に止められた。冒険者は動きを止め、剣を下ろし‥‥見つめる。
目の前に堕ちた太陽を。
彼らはついにソウェル、太陽の精霊を繋ぎとめたのだ。
『‥‥見事。俺の‥‥負けだ』
足元にダークを落としソウェルは手を上に上げた。
『さて、ではとっとと止めでも刺してもらえるか? ああ、褒美なら遺跡の中、風の部屋にあるから勝手に‥‥』
「一緒に行きましょ〜。タリエシンのところへ〜」
『はあっ?』
人に似た精霊は明らかに虚を付かれた表情を見せた。周囲の冒険者達もだ。瞬きをして、その言葉の主を見つめる。
そこにはエリンティアが偽りの無い笑みと、キッパリとした口調で同じ事を、もう一度繰り返していた。
「一緒に、タリエシンのところに行きましょうといいましたぁ〜。貴方がどうしてもと望むのでしたら何時でも還してさしあげますぅ、でも貴方はタリエシンとルイズの僕達との戦いの結末を見届ける義務がありますぅ」
仲間達は沈黙していた。もう、覚悟は決めていた。ソウェルの思いを受け止める為にも彼を還すと。
だが、それでもエリンティアは躊躇うことなく今までの敵に手を差し伸べる。
それは、心の奥底で冒険者達も望んでいたこと。でも、できなかったこと。
だから、止めるでもなく、勧めるでもなく、冒険者達はそれを黙って見つめていた。
『それは、できない‥‥』
きっぱりとした返答に、どうして、とエリンティアの目が目の前の精霊に問う。
自分達とほぼ同じ高さで、微笑むその金の姿を見つめた時、冒険者達は気がついた。
獣と賢者を併せ持つ眼差しは、変わらない。
その存在感が先ほどに比べて薄くなっている‥‥?
「ひょっとして‥‥?」
確信に近い、だが否定したい疑問をロットは目の前の精霊に向けて告げる。
『俺は、もう既に力と魔力を使い果たした。こうしているのは、まあ、最期の愚痴をお前達に言う為の根性と、言うヤツだな』
鮮やかに彼は笑う。
その姿は確かに人ではないのに、どこか人と変わらぬ何かを感じさせた。
冒険者達の胸に生まれる不思議な感情。それは、おそらく好感だ。
これから消え行く者に持ちたくは無かった思い‥‥。
「そうか‥‥だがこうやって戦ってみると、お前さんとも分かり合えたんじゃないかという気がしてくるんだがなぁ。いまでも、人間は嫌いか?」
『ああ、嫌いだ。カゲロウのように儚くて、あっと言う間に死んでしまう。地べたを這いずり、貪欲で、醜くて、自らの手で同族を殺す愚かな生き物だからな』
ジェームスの問いに口元を歪めて答える。ソウェルの言葉は本心から出たものだろう。
苦笑を湛えながら勇人は返す。
「確かに、そのとおりだ。‥‥今更人間を好きになってくれとは言えねぇが、お前の好きなタリエシンも人間だった事は忘れないでくれ」
「勇人。‥‥多分、こいつは解ってるんだ。人間を嫌いと言いながら、こいつは‥‥人間を愛している」
「‥‥人であるタリエシンを愛している。多分、昔からずっと‥‥彼らは‥‥」
純粋な、透き通るほど真っ直ぐなロットとエリンティアの思い。それをソウェルは否定しない。何も言わず目を閉じている。
それが微笑みのように冒険者達には感じられた。
『ずっと、見てきたからな。人の愚かさも、美しさも‥‥』
噛み締めるように言う言葉に込められた意味は。
『そう、ちゃんと向かい合えば良かったのだ。お前達のように。逃げずに自分達の意思で、要らぬというのならちゃんとカタをつけてくれれば‥‥。そうすれば、俺達もここまで人に括られずにすんだものを‥‥な』
ゆらり、笑みのようなものを浮かべたソウェルの身体が透けるように消えていく。
『本来、太陽は人を攻めるものではない。高き空より見守り、人々を照らすものだ。こんな役割りは得手ではない、まったく損な話だ』
限界が近い、その身体でソウェルは足元に落としたダークを拾い上げ、ポンとロットに放った。
「えっ? あっ? これは‥‥?」
『一つ、教えてやろう。王は今、自らにもっとも近い寄り代を得て完全に近い、復活を遂げている。寄り代の身体はより、強力な王の魂に支配権を奪われている状態だ』
瞬きしながらダークとソウェルを見比べるロットにソウェルは続ける。
『だが、その身体に生死に関わるダメージが与えられた時、身体は回復の為、本来の持ち主の意思を求める。意味が解るか?』
「それは‥‥つまり‥‥」
彼はヒントをくれたのだ。最終決戦で自らの主と戦う冒険者に、主を滅ぼす為のヒントを‥‥。
気が付けば、ソウェルの身体はもう半ば透けて光となっている。
『後は、自分達で考えろ。馬鹿な人間は何より嫌いだ』
自らの司る場に帰ろうとする精霊に
「残された二人に何か伝える言葉は?」
翠漣はそう問うた。ソウェルは首を振る。言うべき事は何も無いと。
「俺は!」
消滅数秒前の存在に向けて、ロットはダークを抱いたまま、叫んだ。
「俺はタリエシンみたいな天才じゃない。けど‥‥いや、だからこそ出来ることもあると思うんだ! いつか必ず『光の都』のように人と精霊が共に暮らす世界にしてみせるから‥‥」
もう顔と呼べるものも殆ど見えない。だが、それでも光はロットとエリンティア。そして‥‥冒険者達を見つめて微笑んだ、ように見えた。
『お前らは‥‥良く似ている。晴れやかな笑顔を持つもの‥‥。何よりも‥‥鮮やかで眩しい‥‥人間よ』
一瞬、目の前が白く光り‥‥思わず閉じた目を再び開けた時、そこにはもう何も存在しなかった。
『彼』が存在した証はどこにもない。
冒険者の心と身体、そしてロットの腕の中以外には。
「還る時は、三人一緒、じゃなかったんですかぁ?」
寂しげに悲しげにエリンティアは笑った。
これ以外に道は無かったとしても、彼が、それを望んでいなかったとしても‥‥快晴の太陽の下、やるせない思いが胸の中を過ぎっていく。
遺跡に慎重に足を踏み入れ、冒険者達は道を真っ直ぐに歩んだ。
「無事で、いてくれよ‥‥」
行く先はソウェルの言い残した風の部屋。そこに『褒美』があると言う。
遺跡は敵の庭だ。いつ敵が出るか、その確率は低いと解っていても背中が凍る思いがする。
その中、遠い一室に『褒美』を置いておくソウェルの意地悪さに舌を打ちながらも注意深く、彼らは進む。
四つの封印の部屋の中、唯一戦いの無かった西の部屋。
風の精霊紋が刻まれた扉を、ゆっくりと冒険者達は開けた。
空気の冷えた寒い部屋。その入り口に近いところに『褒美』はあった。
「ライル様ぁ〜、ルイズさんぅ〜」
安殿の声が、誰からとも無く漏れる。氷柱に閉じ込められた二人は、あの時のまま誰かを気遣うような面差しで佇んでいる。
「ここで、氷を壊すわけにゃあ、いかないよな」
「とりあえず、外に運ぶのである!」
外まで運べば馬がある。教会まで運べば回復させられる。
「よし! みんなやるぞ!」
九人の男達が力を合わせて二体の氷柱を運ぶ。それは当然楽な道のりではなかった。
歩くごとに冷えた手と、背中が震える。でも、注意深く確実に歩き続けた彼らの前に、やがてゴールが見えてきた。
「遺跡を出るまで、油断はできないがな!」
まず氷柱をゆっくりと持ち上げる。そして、遺跡を出る冒険者達の最後方、灯りを持っていた翠漣とエリンティアは後ろを向いた。
そこには無言で佇む月の女が立っている。
恨みを言うでもなく、敵意をぶつけるでもなく、彼女は静かに冒険者達の背中を見つめていた。
「もう直ぐ、そちらに行きます。どうか、待っていてください」
『解りました。お待ちしていますわ』
翠漣の言葉にルイズは会釈する。そのまま消えようとする彼女を
「待ってくださいぃ〜」
エリンティアは呼び止めた。
「貴方達がコグリさんを憎む理由も聞きましたぁ、でも彼女も自らを罪人としてこの世界に縛りつけていますぅ‥‥王の行く末を見届ける迄はとぉ。許してとは言わないですぅ、ただその事は知っていて欲しいんですぅ」
悲しそうに笑う彼に、そう、と寂しげに笑った。
『まだ、彼女も残っていますのね。‥‥光の都を滅ぼした真の咎人。王が滅ぶまで魂を繋ぐ永遠の虜囚。恋人を裏切った新国の第三王妃‥‥』
冒険者達は顔を上げる。その言葉の意味に喉が鳴る。
『それでも‥‥王は‥‥いえ、もうどうでもいいことです。待っておりますわ。貴方方の来訪を、王と共に‥‥』
ルイズはそれ以上何も言わず、闇に消えた。
冒険者達は上に向こう。光の待つ場所へと。
セイラムに戻る冒険者仲間から一人離れてマックスはエーヴベリーに向こう。
再会したコグリの目は最初の来訪の時に別れた時のまま、瞳は閉じ、口は沈黙する。
静寂を壊す為に来たと、マックスは強く語った。ソウェルとの邂逅、戦い。やがて、コグリの瞳は開かれマックスを見る。
そして‥‥
「貴殿はひょっとして、タリエシンと恋仲だったのでは? そして‥‥‥我輩の推測であるが、貴殿がここに止まっているのは貴殿自身の意思ではあるまいか? 贖罪という殻に閉じこもり、再開の希望を繋ぐ為の手段」
『私の、罪は深いのです。国を、愛する人を裏切り‥‥結果、尽くしたはずの相手に裏切られた‥‥。復活の準備を整え、希望を繋ぐ。そんなことでは償え無いほど大きな、私の罪‥‥』
マックスの問いに声を震わせて、コグリは俯いた。
「貴殿は、この地から動くことはできぬのか? できるなら、向き合うべきである。自らの罪と、王に。精霊達が貴殿に怒るのは、向き合わぬからでは? そして、王は一度でも逃げようとしたであるか?」
それだけ言って、マックスは背中をコグリに向けた。
決めるのは彼女自身だから‥‥。
冒険者の見守る中、氷の棺は静かに融け、水は閉じ込めていた者たちを空気の元へと解放した。
「‥‥ここは‥‥? ライル様?」
「‥‥ルイズ! あ、我々は一体?」
ボカッ!
冒険者よりも早い、杖の一閃がまだ呆然とする青年の頭上へと落ちる。
「あつっ! 誰だ、一体?!」
怒りに顔を赤らめた青年が振り返る。そこには彼以上に怒りに顔を赤くしながらも肩を震わせる老人がいる。
「馬鹿者! 領主たる者が一体何をしている!」
「‥‥あっ、‥‥老」
「領地への責任を放棄し、勝手な真似をするなどキールが見たら、どう思うか、解っておるのか! このたわけ!」
反論せず、若い領主は老人の怒声を身に受ける。冒険者も、勿論止めない。
「この‥‥馬鹿者が‥‥」
ここ数ヶ月でより細くなった老人の肩を怒声から解放された青年は、そっと抱きしめる。
「申し訳ありませんでした。ただいま‥‥戻りました」
その光景を眩しそうに見つめる娘には、肩にショールをかけてくれた少年の手が暖かかった。
「お帰り、ルイズ」
「ただいま、ソウェル」
消えた一つの太陽と引き換えに、セイラムは導きの光と、安らぎの月を取り戻した。
安堵にざわめく街。
だが、魔法王復活の時は刻一刻と近づいていく。
冬至まであと、僅か‥‥。