●リプレイ本文
『彼』を見た。
ギルドで冒険者達と話しているのを見た。
酒場で、人々の間に入り声をかけているのを見た。
その姿を見て‥‥思わず忘れてしまいそうになるが‥‥彼が国の頂点に立つ円卓の騎士なのだと思い出す。
強い意志と、思い。いくら笑顔に隠してもどこか余裕の無く張り詰めた糸の様な緊張感を纏っている。
それでも、思う。
「あいつらを放っておくことなどできない。だが‥‥」
彼も一人の人間であり、取り戻せぬ過去に囚われる冒険者なのだと。
だから、依頼を受けた。
『彼』を失いたくないと心から、思うから‥‥。
「なあ、話してくれないか?」
沈黙を続ける少年にキット・ファゼータ(ea2307)は何度目か問いかけた。手には裏十字の刻まれたクロスが揺れている。
背後に教会の司祭と騎士が立つ。いわば保護観察の処分中の少年。表情は固く、沈黙を続けている。
パーシ・ヴァル殺害未遂で捕らえられた少年。監視は強く自殺もできない。少年にとってはさぞかし悔しい状況なのだろう。
表情がそう言っている。だが、
「わああっ!」
いきなり少年の声が弾けた。
「ワン、ワンワンワン!」
尻尾を振って飛びついてきた犬の勢いに少年は押されて思わず尻餅を付く。
「こら、あんまり驚かせたらダメだろ? 涼?」
キットと少年が向けた視線の後方、雪切刀也(ea6228)はそう言って自らの飼い犬に伏せを命じた。
犬は大人しく従い、地面に伏せて、でも楽しげに尻尾を躍らせる。
「ふむ‥‥少し抱いてみるかい? 涼は人懐っこいから大丈夫だよ」
興味半分、恐怖半分躊躇いがちに手を伸ばす少年に、柴犬は近づく。今度は脅かさないようにそっと、だ。
今まで、感じたことの無い柔らかい感触と、ほのかな体温が手に触れる。
「へえ、犬って結構暖かいものなんだな〜」
感心したような顔でキットが笑う。その言葉に少年はハッとして手を引いた。自分の手のひらを息を呑んで見つめながら‥‥。
「思い出しでもしたかい? 自分の手が血に濡れている、なんて‥‥」
犬に視線をやり、撫でてやりながら、ポツリとキットは言う。今まで色をなくしていた少年の顔が明らかに上気していく。それを見つめて犬から離れキットは向かい合った。
「俺もお前と同じだ」
静かに言う。少年も、犬も、刀也も黙っている。
「知っていた。だから分かる。気がついた時に自分の手が拭いきれぬ血に染まっている事を。その苦しみを、きっと少しは‥‥」
自分と同じ年頃のキットの言葉。伝わっているのか、いないのか少年は俯いたままだ。
「それでも人は変われるんだ。人は自分の為に生きたっていいんだ。別の道を探してみないか」
「彼の言うとおり。世の中色々だよ。だけど、笑ったり、楽しい事がいっぱいの方がいいんじゃないかな? 折角生きてるんだ。楽しまないと」
穏やかに笑いながら援護射撃のように刀也は言った。人の事は言えないと自らに苦笑しながらも。
「胸に溜めた物、話してもらっても良いかい? そうすれば全部すっきりしていっぱい笑えるようになるよ」
ポンポンと軽く少年の頭を叩く。大きな手の感触と、真摯な眼差し。
それでも、少年の顔は上がらない。家族と教義を裏切れない。そんな顔だ。
「‥‥解った。行こう、キット。行くぞ。涼」
刀也は息を軽く吐いて仲間を促す。
「でも‥‥」
まだ心残りと言う表情のキットを立ち上がらせると軽く、背後の少年に向って刀也はサインを切った。
「それじゃあ、また今度。元気にしてろよ?」
「‥‥教会の、仲間の数は30人くらい。『使者』はテイニス様と何人か、魔法使いを入れても十人いない。残りは子供で僕達が一番大きいくらいだよ」
「えっ?」
二人は同時に振り返った。俯いていた少年は顔を上げている。
「それ以上は言えない。僕は家族も、仲間も裏切れない。でも‥‥できるなら小さい子達は殺さないでやって。まだ、殆どの子は人を殺したことが無いんだ」
それが精一杯の答えだったのだろう。
「解った。後は俺たちが調べる」
「約束しよう。できる限り子供は殺さない」
二人の約束に少年はほんの少し笑顔を浮かべ頭を下げた。教会の扉を開けて外に出た彼らの前に太陽の日差しが眩しかった。
イギリスの西方、ウィルトシャー地方には古来からの遺跡が軒を連ねている。
ウィルトシャーを歩けば遺跡が見える、というのは言いすぎであるが古くはジーザス生誕以前という歴史を持つというものから新しいものは聖杯探求の手掛かりと言われるものまで各所に遺跡は存在する。
その一つ一つが長い歴史と、作られた理由を持っている。
「いや、なかなか面白い所だな。噂のストーンヘンジに入れないのは残念だが、いつかこの街もストーンヘンジもじっくり見てみたいもんだ」
言いながらルカ・レッドロウ(ea0127)はオールド・セイラムの端から遠く広がる丘陵を見下ろす。
新都の成立に伴い、廃棄されつつある古い街。
命の源である川から離れ敵を迎え撃つには良いが、過ごすには確かに不便そうだった。
「俺達は先にこの辺をちょっと調べてみるから‥‥」
「じゃあ、あたしは大司祭さまにご挨拶してお話を聞いてくるね。シャルグさん、一緒に来てくれる?」
「無論。白の教義を守る大司祭様、とあれば我が輩もぜひ、お会いしたい故にな」
心細げな顔をしていたティアイエル・エルトファーム(ea0324)はシャルグ・ザーン(ea0827)の言葉に安殿の表情を浮かべた。
ウィルトシャーの入り口の宿までは皆と同行し、調査の為に彼らはそれぞれの街へと別れた。
『巨石に守られた街』その言葉の意味、そして暗殺教団の秘密を知る為にこれから彼らは動き出すのだ。
「俺からのクリスマスプレゼントは持ったかい?」
少し、心配そうな声のルカにティアイエル、ティオはポンとバックパックを叩いた。
「ここにちゃんと‥‥。ありがとうね。使わないですめばいいんだけど‥‥」
「貴殿らも無理はするでないぞ! 地上の最も尊き方の加護があらんことを」
「‥‥聖母の名にかけて。旦那達が戻って来るまでは様子見に徹するよ」
軽くサインを切ってルカは二人を見送った。さてと、肩を竦める。
「少しでも何か聞けるといいんだがな‥‥」
闇に踏み込むには覚悟がいる。その覚悟を用意して彼らは静かに踏み込んで行った。
「さて、シャフツベリーには可能性が少ないだろうということでしたけど、一応かつての拠点だった場所ですしね、何かあるかもしれません」
少し緊張の面持ちでアルテス・リアレイ(ea5898)は後方の仲間達に告げた。
「残っている手掛かりは見逃さないように気をつけましょう。しかし、前に来た時とまた空気が変わっていますね」
夜枝月奏(ea4319)は素直に頷いて周囲の様子に首を回した。
確かにほんの数日前とは段違いだ。張り詰めたような緊迫感が消え、穏やかな田舎町に戻っている。
「最初に来た時に戻ったようですね。何かが、あったのでしょうか? とにかく良い方向にこの街は変わったようです」
これなら、とアルテスは思う。以前とは違うこのムードの中なら聞き込みもしやすいだろう。
「なあ、ちょっと頼みがあるんだが‥‥」
躊躇いがちに切り出すキットに
「なんですか?」
「なんでしょう?」
異句同意の言葉が返る。
「夕方、ちょっと行ってみたいところがあるんだ。折角シャフツベリーに来て、いい天気だからさ、ゴールドヒルに」
ああ、と納得したように、思い出したようにアルテスは頷く。
「いいですよ。僕ももう一度見たい気がします。ただ、パーシ卿がいないから、ちゃんとしたポイントが見つけられるか少し、自信はないんですけどね‥‥」
なんのことか解らず首を傾げる秦にキットとアルテスは楽しげな顔を見せる。
「凄く綺麗なもんだって、見てきた奴が言ってたんだ。一緒に見に行こうぜ」
「一見の価値はありますからね。アレを見て神の御心を再確認するのも無益ではないかもしれません」
まだ意味が解らない。そんな表情の秦に説明をしようとするキットの肩から鷹が飛び立った。
「あ、こら! カムシン!」
空をクルクルと舞う、別の鷹にでも気付いたのだろうか。威嚇するようにそれを追い、悠然と空を飛ぶ。
「だあっ! もういい加減に懐きやがれ!」
何をやっても今ひとつ心を開いてくれない鷹と、遠ざかっていく別の鷹を見て、キットは小さなため息を付いた。
いきなり、突然、何の前触れも無く大きな石が街道の横に聳え立っているのが見える。
身長よりも高い、巨大というには小さいが、十分大きな石が街道の横、下手すれば街の中にごく普通に、呼吸するように立っている。
そこかしこ。目をどこかに向ければすぐに見えるほどに。
「これは‥‥なかなか壮観じゃ。巨石に守られた街とは正しく‥‥」
思わず口についてしまったという表情の黄安成(ea2253)にそうですね、と藤宮深雪(ea2065)は頷く。前に立つ安成だけでなく、後ろの刀也も顔には出さないが同じ思いだと目が言っている。
かつて、自分も同じように太古からの遺産に驚いたものだと思い起こして微笑しながら、深雪は仲間達を先に促した。
「この街は、サーガ家という魔法使いの一族が治めています。まずは、そこに案内しますね」
言いながら思い返す。エーヴベリーに来るのは久しぶりだ。サーガ家の人々に再会するのも。
懐かしい人に出会えるであろう事は素直に嬉しい。だが‥‥
(「‥‥ここで物騒な事件が起こるのは嫌ですね‥‥できたら違っていて欲しいです」)
そんな小さな願いを彼女は胸に持っていた。この街には大切な思い出がある。そして、懸命に生きる人たちがいる。
だが、同時に彼女はそれが叶わないのではないか、そんな確信めいた思いも持っていた。
「確認しておきますね。何か合った時は‥‥『八重の桜は』」
「『未だ八分なり』うむ、風流というものだな」
「東洋的だよな。俺たちには合ってるだろう」
桜咲くは古きより願望成就を意味する言葉。この依頼が終る時、果たして桜は咲いているか否か。
必ず咲かせて見せると思いつつ、彼らは足を目的地に向けていた。
『そういえば、少し前に‥‥このセイラムでも似たようなことがあったのお』
「以前、司祭長が出入りの商人と計って大司祭暗殺を企てたことがあったんだって‥‥」
ティオはオールド・セイラムに戻って、仲間達にそう告げた。大司祭から聞いた情報を仲間達に伝え、整理する。
「じゃが、それ以降暗殺教団の動きはない。奴らは以降セイラムの依頼は受けぬ、と言っておったようだから、この街には手掛かりは無いやも知れぬな」
大司祭と話し、聖堂を見学しての、それがシャルグの結論だった。
ニュー・セイラムの街は新しく、良く管理されていて不審者などは殆ど無い。
孤児たちも領主の下に保護されていて教会によって守られている。
教会の教義は完全に聖母セーラを讃えるもの。ジーザス教白であり、黒の教義は影も無かった。しかも、孤児達に教会の教義を無理強いしてはいない。
「その暗殺者は黒髪の少女で、月魔法使いのシフールを連れていたってか‥‥」
ううむ、とルカは考え込んでしまった。この人物はおそらくあのテイニスとは別人。少し年が若い。
だが、間違いなく同じ教義を抱く存在だろう。そして、出発前に刀也達が少年から聞いた言葉‥‥
「かなり手強い暗殺者が十人前後。そして、まだ人を殺したことの無い子供がかなり。それなら、ソールズベリは間違いなく違うな」
二人でオールド・セイラムを調べて回った。かなり黒い場所はある。だがそんな組織は無いとほぼ間違いなく断言できる。
「‥‥ねえ、殆どの子はまだ人を殺したことが無い、って言ってたんだよね?」
ティオが何か考え込むように、言う。
「ああ、そうらしいな‥‥。それがどうかしたか?」
質問にティオは‥‥何かを頼るように、愛犬の首を抱きしめ答える。
「なら‥‥さ、あのヴィアンカって子はどうなんだろう。あれが‥‥はじめてだったのかな?」
最初の夜に出会った女の子を思い出してティオは身震いした。テイニスが従えていた‥‥共に立っていたもう一人も血に濡れていた。
だが彼女は子供というより少女の歳だ。だがあの‥‥ヴィアンカは違う。まだ明らかにキットよりも年下に見えた。
それなのに‥‥
「‥‥危険だろうと途中で投げ出したくない。なんかパーシさん見てたら数年前のお兄ちゃん思い出しちゃった。大切な人を亡くして‥‥。あんな思いはもう、誰にも‥‥」
ギュッと強く握られた手を愛犬アスティは拒まなかった。
「とにかく、この地には手掛かりはない、明日にもエーヴベリーに向って仲間と合流しよう」
「可能ならば闇の連絡ルートでも見つかればよいのじゃがな‥‥」
「あんまり深追いすると危ないからその辺は気をつけろよ。ティオ、シャルグのおっさんについて行ってくれるか?」
ルカは声をかける。それに、その明るい声にティオは膝の埃を払って立ち上がった。
「うん! と、くれぐれも油断しないようにしないとねっ。死んだら夢は叶えられないもの。夢って誰かに叶えてもらうものじゃなく、己自身で叶えるものなんだもの!」
その意気だ、と口には出さない笑顔でルカはティオの頭を撫でる。その感触に何かを思い出しながら彼女はそっと微笑んだ。
夕刻、ゴールドヒルはその名の如く金の光を纏ってのように美しく輝いていた。
どんな細工師にも作れないと言わしめた伝説の輝きだ。
不思議な金の光は、誰かの髪と同じ色をしている。
「でも、この裏側にある絵がまた美しいんですよね‥‥あれ? どこをどう行ったんでしたっけ?」
ああでもない、こうでもないと考えながらアルテスは右往左往する。
街を歩いたり、聞き込みをしたりしながら今日一日シャフツベリーの調査を続けた。
そして出た結論は、あの日以来この街に暗殺教団の影が現れたことは無いと言うことだった。
かつて彼らが根城にしていた遺跡からも、目立った手掛かりは得られず、この街から子供が消えることも無い。
「まあ、一度追われ、逃げた場所に手を出すのはあまりにも危険ですからね。先のようにパーシ殿に宣戦布告するという意図でも無い限りは」
秦は調査の結果をそう結論付けた。一つ、気になる事はあるが‥‥彼は沈黙する。
故に、これ以上の長居は無用。明日には他の街の仲間と合流して別の場所を調べる。
だから、その前に、とキットは仲間を誘ってゴールドヒルにやってきた。
(「あいつが見たものを見ることで、決意を新たにしたい‥‥」)
だが、なかなかそれは見ることができない。ゴールドヒルは知れ渡っているのに、聖なる壁の獣の絵は一般に知られてはいない。
その理由が複雑なコースどりと、たった一方向にしか見えない細かな配置にあるのだとアルテスはここで改めて理解した。
「このままだと、日が落ちてしまいますね。どうしましょうか?」
ため息と共にアルテスが呟いた時。
「おしえてあげようか? おにいちゃんたち?」
後ろからそんな透き通るような声がした。
「「「えっ?」」」
冒険者達は振り返る。長い坂を登りきった入り口。冒険者達の背後に影を伸ばし、その少女は立っていた。
周りに気を配っていた筈なのに、どうして気付かなかったのだろうか?
真っ直ぐなブロンドの髪、不思議な、蒼い瞳。この金の空間そのもののような不思議な子。
まるで天使のような笑顔を見せる。
「白い獣の絵を見たいんでしょ? 教えてあげる。あのね。歌を歌いながら行くの‥‥」
冒険者達の答えを待たず、女の子は石碑の影に入り、ステップを踏むように影を追った。
子守唄のような柔らかい歌は、意味が解らないが、確かこんな風に彼もやっていたと、アルテスにコースを思い出させる。
「ほら、ここだよ。こっから、太陽の方を見て!」
指差された先を冒険者達は見つめる。そこには確かにあの絵があった。白い獣と聖杯。光に輝く優しい獣‥‥。
「確かに綺麗だな‥‥あいつもこれを見たんだろうか?」
一瞬、その絵に見とれたキットだったが、次の瞬間、身体を横にずらした。全身が告げた危機回避のそれは方法だった。
「っつっ!」
手を刺すような痛み。見ればナイフで鋭く傷つけられた怪我がある。
ナイフを持っているのは、隣に立つ少女。
「あ‥‥バレちゃった。やっぱり『けんじんのそしつ』をもつ人なんだ。じゃあ、このハンカチあげる。怪我を押さえてね」
「何をするんだ!」
悪びれず、舌を出す子供の腕を掴もうと手を伸ばす。
だが、かわされた。まるで蜃気楼か光のように、掴み伸ばした手は空をきる。
同時に襲ってきた目眩にキットはそのまま膝を付いた。
「「キットさん!」」
秦が助け起こしたキットの手は赤黒く色を変えかけている。アルテスがとっさの判断で解毒剤をキットに飲ませ、リカバーを傷にかけた。
その間もキットは、石の後ろにまるでかくれんぼのように身を隠す少女を見つめていた。
「‥‥何を、するんだ! 人を突然切りつけるなんてやっていいことじゃないんだぞ!」
「だって、おにいちゃんたち、冒険者でしょ? その十字架、私達の仲間か、それを捕らえた人間しか持ってないもの。お兄ちゃんたちは元々仲間じゃないし〜」
聞き込みの間、あえて見せていた裏十字の刻まれた十字架をそれ、と少女は指差す。
「それに、テイニスが言ってた。冒険者はね、一番『けんじんのそしつを持つもの』なんだって。だから、試すんだよ。おにいちゃんは合格かな?」
「ふざけるな!」
キットの罵声に笑顔の少女は首を傾げる。純真な天使の笑顔。だが、それは裏返せば何にでも染まってしまう危うさを秘めている。
否、もう染まっているのだ。黒に。それも歪んだ黒に‥‥。
怒りが止まらない。身体は利かないが、もう心は少女に手を振り上げている。
そんなキットを制して秦は少女を捕らえようと手を伸ばした。だが、簡単に捕まえられるだろう近距離にいた彼女は素早く身をかわして遠ざかり、捕まえる筈だった人物は、縛られたように動かない
「秦さん!」
「ヴィアンカ。勝手に街を離れちゃダメだよ。テイニスたちが心配する」
少年の、でも少し高い声がヴィアンカと呼ばれた少女の肩で揺れた。
「だって‥‥ここはヴィアンカのお父さんとお母さんの場所だもの。テイニスだって来ていいって言ってたし‥‥」
「でも、今はダメ。帰ろう‥‥」
「待ってください!」
秦を止め、少女を促す声がシフールの声だと気付いてアルテスは立ち上がった。
呼び止められたと気付いたのだろう。シフールは間合いを離しながら良く通る声で答える。
「何だい? やりあうつもりならまた今度ね。僕はヴィアンカを捜しに来ただけなんだ」
「その少女をヴィアンカ、と呼びましたか? そして、貴方は‥‥あの暗殺教団の方なのですか?」
答え次第では、握った剣に力が篭る。それを笑うかのように
「そうだよ。僕は手伝いをしてるだけだけどね」
彼はあっさりと肯定した。
「あの子達に付き合うのは面白いから。ああ、でも本拠地はここじゃない。シャフツベリーはヴィアンカとテイニス以外には近寄らない、過去の場所だ」
「それを、あっさり言うのですか?」
「うん、その方が面白いしね。テイニスも別に隠す必要は無いって行ってたから。どうしても戦いたいって言うのならおいでよ。エーヴベリーへ。仲間になりたいっていうのも歓迎するよ」
ごくん、知らず喉がなる。本当に彼は誘っているのだ。死の教団。その場所を隠すことさえせずに。
「馬鹿な事を言うな! お前らの仲間になんかなるもんか。その教団なんかぶっ潰してやる! カムシン!」
アルテスを押しのけキットは声を上げた。
側にいた鷹が声に応え、シフールに向う。だが、それは‥‥金の光に射抜かれた。
「カムシン!」
「今はダメって言ったろ。僕はヴィアンカを迎えに来ただけ。戦いたいなら君達がおいでよ。待ってるから‥‥。じゃあ、帰るよ。ヴィアンカ」
「‥‥うん! じゃあね、お兄ちゃんたち。またね」
ヴィアンカの身体が鳥となり、シフールはその背に跨った。そして夕焼けに飛び立つ。その時間、僅か十数秒。
夕日の消失と共に呪縛を解かれた秦、カムシンに治癒をかけるアルテス。
それを見つめ、手の中に残った少女の瞳の色と同じスカーフを握り締めながら、キットは何も言わず、ただ唇を噛み締めていた。
それは、驚くほど、あっさりと知れた。
「テイニス? ジーザス教黒の孤児院? ああ、それはあそこだろう」
恩人である冒険者の久々の来訪を機嫌よく迎えたサーガ家の次男は、自らその場所へと案内してくれた。
内密でこっそりと、と思っていたがあまりにもあっさりと知れた居場所を確認する意味も込めて、深雪は仲間達と一緒にその場所へ向った。
そこは街の郊外、ではあるが周囲に家や農場もあるごく普通の家だった。
十字架を掲げているわけではない。知らなければ教会や孤児院だと思うことなく通り過ぎるだろう。
普通の家より、僅かに大きなその館の周囲には子供達が遊び、それを何人かの青年達が見守っている。
ある程度‥‥十歳を超えた子の姿はそこには見えず、夕刻になってからやはり数人の大人達と共に帰ってきた。
「あれは‥‥テイニス!」
子供達を引率していた大人の一人を見て安成は小さな声を上げた。
「教会として活動するわけでもなく、周囲から寄付を集めるでもないが‥‥結構満たされた生活をしているようだな。彼らは。周囲に迷惑をかけるわけでもないし、何を望むわけでもないからから税を軽くするくらいの措置でサーガ家は特段援助もしていないが‥‥何かあったのか?」
館に近寄らず、離れたところから様子をみるだけの冒険者に村長の一人は、首を捻った。
深雪も安成も、刀也も答えない。知らなければあまりにも穏やかで平和な光景に見える。
そう、知らなければ‥‥。
「とりあえず‥‥皆さんを待ちましょうか‥‥」
三人で踏み込むにはあまりにも危険。深雪の提案は正論だった。
何度も、後ろ髪を引かれる思いをしながら彼らはその場を黙って離れた。
だが、その中で安成はどうしても彼らが気になっていた。刀也と深雪を説得し街の中で聞き込みを続ける。
最近変わったことは無かったか、あの孤児院の様子はどうか? などと。
彼らが自分達に興味を持っているなら、向こうから仕掛けてくるかもしれない。それを待とうと思ったのだ。
そんなことを繰り返し二日。そろそろ他の街に行っている仲間達がここにやってくるだろうと言う頃、それはやってきた。
「私達のことを、お探しですか?」
夕方、人気が無い場所とはいえあまりにも柔らかくかけられた声に、三人は一瞬言葉を失う。
「テイニス‥‥。気付いていたのか?」
周囲は囲まれている。前に女司祭テイニス、横と後ろに子供と大人の中間にいるような少年少女たち。
先に出会った子供達とは違う、何かを身に付けすでに血に濡れている者達だと歴戦の冒険者達は理解する。
同時に警戒と眼差しを前方に集中させた。
「この街は私達のホームです。貴方方が直ぐに我々を探し当てたとおり、私達もまた皆さんを見つけるのは容易いのですわ」
最初に出会った時、二度目の邂逅の時と同じ笑顔で彼女は微笑んだ。
時間をかけすぎたのも拙かったかと、小さく舌を打つ。
「今回はパーシ様とご一緒ではありませんの? 勿論、皆様とお会いできてとても嬉しいのですが‥‥」
「そんなことは、どうでもいいだろう?」
軍配を構えながら刀也は身構える。周囲の子供達の能力はまだ対応できるレベルだ。だが、目の前の女は違う。明らかに自分達より格が上に思える。
「ええ、どうでもいいと言えばその通りなのですが、おいでになってくださると思っていましたので、少し残念で‥‥」
「黙れ、女怪」
楽しそうに笑う女司祭に冷淡に安成は言い放った。ふと、女の表情が凍る。
「どういう意味ですかしら‥‥?」
氷を纏った微笑に臆することなく安成は続ける。
「おぬしらは神の召し人ではない。ただ、無垢な子供らに無理やり自分らの主張を刷り込ませ自己満足に浸っている愚かな夢想家にすぎん。その心、もはや人で無くなっているのではないか?」
「な、何を‥‥!」
明らかに動揺を見せたテイニスに安成はさらに真正面から言い放った。
「ワシ達は賢人などではない。だが二つの理由からお前達を必ず叩き潰す。一つはパーシ卿を絶対に討たせぬし奪わせぬということ。そして‥‥神の名を使い幼き子に暗殺させるなど同じ僧侶として許せんと言うことだ!」
視線だけで解るほどの憤怒を浮かべるテイニスから視線を逃がさず安成はさらに睨んだ。
「そうですか‥‥ならば、貴方方は私達の敵。賢人としての輝きを持たぬものなら、一刻も早く神にお返しするのが慈悲と言うものですわね!」
司祭の声と手を合図に子供達は動き出した。手のナイフ、魔法を紡ぎ放たんと奔る!
「皆さん、こちらへ!」
深雪の呼び声に安成と刀也は背中を寄せた。白い珠のような空間が目の前に展開され、いくつかのぶつけられた魔法を打ち消す。
だが‥‥
「ウッ‥‥」
唸り声を上げる安成の肩を刀也は振りかえって見た。そこには細い投げナイフの傷がある。
「とっさにかわしたが、避け切れなかったものがあったか‥‥」
傷の割に顔色が悪い。理由を察して刀也はバックパックの中を探った。素早く解毒剤を飲ませる。
だが、その間にも攻撃は迫り、聖なる守りを傷つけていく。
「‥‥すみません、そろそろ持ちません。もう一度かけるまで何とか‥‥」
焦る深雪の声と同時にフィールドは霧散する。迫り来る幾つもの影。
「愚かな者たちよ、神の御許に‥‥」
嘲るような祈りの言葉に安成が拳を握り締めた時だ。
「おい! そこで何をしている!」
「深雪? 安成! 刀也、無事か!」
近づいてくる人影があった。同時に、襲いかかろうとしていた影は動きを止め、後退する。
森に、林に消える。その姿は風のようだ。
「邪魔が、入りましたか‥‥。では、今度こそパーシ様と共においでなさい。エーヴベリーの西、ウエストケネットの神殿で選ばれし使者達と‥‥お待ちしていますわ。そこで、必ず私達は、神の意思を具現化してみせますから」
氷のような声で言い置いて女司祭も去っていった。
「大丈夫か?」
「どうしたんだ?」
心配そうに声をかけてくる仲間達の足元に深雪はそっと手を伸ばした。
そこには裏十字の十字架が一つ落ちていた。
自らの予感と不安を肯定し、願いをあざ笑うかのように輝いて。
事情を知った冒険者達は、サーガ家の協力を得て孤児院に踏み込んだ。
だが、そこに残されていたのは赤子と言える歳の子から十歳前後の子供達が十数人。
それ以上の大人も子供もいなかった。
年長の子供達が言うには『大人』達は彼らにお金と食べ物を置いて、全員で家を離れたらしい。
女司祭テイニスと共に行ったのは『大人』三人と『守護者』のシフール一人。そして『使者』と呼ばれる年長の子供達が十人ほど。
「あとは‥‥ヴィアンカよ。私より小さいくせに、テイニスさまは目をかけてるの。いつも、ヴィアンカばっかりずるいわ」
置いていかれた事を心底悔しそうにその少女は言った。
自らの幸運も知らずに‥‥。
息を呑む。カラカラに乾いた喉が痛い。
耳に、頭に残る女の言葉。
『神の意思の具現化』
その意味が、あまりにも心に重かった。