●リプレイ本文
●沖田邸
「‥‥見張りはたったのふたりだけか。これなら俺達だけでも何とかなりそうだな」
物陰に隠れて見張り達の様子を窺いながら、鷹波穂狼(ea4141)が天秤棒を地面に置く。
予定では魚屋に扮して見張りと接触を試みるつもりでいたのだが、真夜中に魚を売りに来るという時点で怪し過ぎるため、通りすがりの町人として接触する事になったらしい。
「本来なら正規の手続きをして屋敷の中に入る許可を貰うべきだが、ここで落ち合う相手がジェロニモとなると局長から許可を貰うのは難しいだろうな」
ジェロニモが脱獄した日の夜を思い出し、天螺月律吏(ea0085)が疲れた様子で溜息をつく。
決してジェロニモが悪いと言うわけではないのだが、彼は説明不足な上に真っ直ぐ過ぎる性格のため、例え無実だとしても信用される事はない。
「クククッ‥‥、ならば力づくで屋敷の中に入ればいいだろ? 問題になったら黄泉人辺りのせいにしておけば問題ない‥‥。目撃者さえいなければ、いくらでも理由をつけられるからな‥‥」
含みのある笑みを浮かべながら、テスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)がボソリと呟いた。
テスタメントも悪気があって言ったわけではないのだが、色々な意味で洒落にならない事もあり、冗談として受け取る事も出来ないようだ。
「い、いや‥‥、そんな事をしたら、目覚めが悪い。別に私達は新撰組を裏切ってまで、ジェロニモに協力しようとは思っていないからなぁ‥‥」
引きつった笑みを浮かべながら、律吏が気まずい様子で汗を拭う。
相手が人間でなければ強行突破も考えていたのだが、この様子では戦闘を仕掛けた時点で罪人として罰せられそうな雰囲気だ。
「クククッ‥‥、それなら、ここで騒ぎを起こして、見張りを引きつけるしかなさそうだな。‥‥いくぞっ!」
すぐさまブラックホーリーを放ち、テスタメントがニヤリと笑う。
一応、手加減しているようだが、何処か楽しそうである。
「のわぁ! いきなりかよっ!? こっちだって負けねえからなっ!」
桶の中に入った魚を掴み、穂狼が間合いを取っていく。
「おいっ! 何をやっているんだっ!?」
案の定、見張りの者達は騒ぎを聞きつけ、喧嘩の仲裁にやって来た。
「おっ! いいところに来てくれたな。こいつらが暴れてしまって、私だけじゃ手がつけられねえんだ。悪いが手伝ってくれないか」
わざと苦戦しているフリをしながら、律吏が派手に吹っ飛び尻餅をつく。
見張り達の実力は穂狼達の半分もないため、巻き添えを食らって悲鳴を上げる。
「邪魔だっ! 退けっ!」
桃の小太刀を振り下ろし、穂狼が見張りをポカンと叩く。
見張りはふたりとも普通の人間だったらしく、イテッと叫んで後ろに下がる。
「‥‥どうやらハズレのようだな」
デティクトライフフォースを使って見張りを探知し、テスタメントが残念そうに溜息をつく。
それでも見張りの気を引く事には成功したため、相手に気づかれないように気をつけながら沖田邸から離れていった。
●ジェロニモ
「‥‥どうやら見張りは行ったようだな。これでようやくジェロニモと話が出来る。それにしても沖田さんにシープの剣、八百比丘尼に黄泉女神、ジェロニモに平織に新撰組‥‥。どんどん絡まり始めやがったな。頭がいてぇったらありゃしねぇ!」
面倒臭そうに溜息をつきながら、氷川玲(ea2988)が入り口の扉をゆっくりと開ける。
沖田が行方不明になった後、彼の屋敷は新撰組の管理下にあるため、頻繁に誰かが掃除に来ているようだ。
「八百比丘尼‥‥。初めて耳にするお名前ですが、シープの剣の存在を知っていた事から考えて、その方は遠い昔に黄泉人が封じられた時の事を知っている方かも知れませんね。敵か味方か分かりませんが‥‥」
ブレスセンサーを使って辺りを見回し、ゼルス・ウィンディ(ea1661)が屋敷に上がる。
沖田が数多くの謎を語らぬまま姿を消してしまったため、部屋にあった書物などは持ち運ばれた後らしく、座布団だけがぽつんと部屋に置かれていた。
「八百比丘尼‥‥、それが新しい黄泉人の長なのかも知れませんね。彼女達を倒さねば散って行った者達の無念と沖田様を掻き立てる剣を収める事が出来ないのでしょう」
険しい表情を浮かべながら、九紋竜桃化(ea8553)が辺りを睨む。
新撰組の隊士達によって持ち去られた書物の中に、何か手掛かりがあるような気もするが、例え一番隊の隊士であったとしてもそれを閲覧する事が出来ないため、現時点では黄泉女神と沖田の関連性を見出すのは難しい。
「チッ‥‥、つけられていたか。わざわざ許可まで取ったのに、俺達は信用されていなかったようだな」
何者かの気配を感じ取り、鷲尾天斗(ea2445)が拳を握る。
天斗は一番隊を代表して近藤局長に沖田邸の使用許可を貰ってきたのだが、それと一緒に追っての隊士達まで仕向けられていたらしい。
「‥‥勘違いしないでください。我々の目的はジェロニモの捕縛‥‥。あなた達に危害を加えるつもりはありません」
クールな表情を浮かべながら、隊士達が沖田邸に上がり込む。
天斗はジェロニモに関する事を口にはしていなかったのだが、近藤局長にはこちらの目的を悟られてしまったようだ。
「‥‥なるほど。そういう事ですか」
隊士達との会話が耳に入り、ジェロニモが残念な様子で溜息をつく。
彼らにとってジェロニモは沖田事件の重要人物であり、脱獄犯。
新撰組の面子に懸けても、見逃すわけには行かないようだ。
「ご、誤解だっ! ジェロニモ!」
ハッとした表情を浮かべながら、天斗が慌てた様子でジェロニモの名前を呼ぶ。
他の隊士達を裏切ってまでジェロニモを守るつもりは無いが、このままジェロニモに誤解されたままでは意味がない。
「残念ながら私もここで捕まるつもりはありません。まだ‥‥、やるべき事が残っていますから‥‥」
刺し違える覚悟があるのか、ジェロニモが素早く刀を抜いた。
それと同時に隊士達の間に緊張が走り、雄叫びを上げて次々とジェロニモに斬りかかっていく。
「‥‥愚かな。そこまでして死に急ぐとは‥‥」
疾風の如く勢いで隊士達に斬りかかり、ジェロニモがゆっくりと刀を納める。
隊士達は呻き声を上げて刀を落とし、その場にバタバタと倒れていく。
「まさか‥‥、殺してしまったのですか」
ジェロニモが手加減したようには見えなかったため、ゼルスが驚いた様子で隊士達に駆け寄った。
「大丈夫。‥‥峰打ちです」
含みのある笑みを浮かべながら、ジェロニモがゼルス達に背をむける。
最悪の場合、包囲網が仕掛けられている可能性があるため、これ以上此処に留まっているつもりはないようだ。
「待てっ! 八百比丘尼と黄泉女神について分かっている事だけでも教えてくれ! 黄泉女神の方は何となく察しはついている。しかし、八百比丘尼はお前から直接聞いたっきりだ。‥‥教えてくれ! そいつらは一体、何者なんだ?」
ジェロニモの行く手を阻むようにして前に立ち、玲が八百比丘尼の正体を知ろうとした。
「‥‥申し訳ありませんが、それを答えている暇はありません」
凍るように詰めたい表情を浮かべ、ジェロニモが再び刀を抜いて斬りかかる。
玲の背後に立っていた異形のモノに‥‥。
「い、いつの間にっ!?」
驚いた様子で太刀を抜き、桃化が黄泉人達をジロリと睨む。
残念ながら八百比丘尼の正体を知る事は出来なかったが、黄泉人達と何か関係している事は間違いない。
「まさかと思うが新撰組内部にも、内通者がいるんじゃないだろうな?」
襲い掛かってきた黄泉人を斬り捨て、天斗が疲れた様子で溜息をつく。
考えたくは無い事だが、全く無関係とも思えない。
「私が知る限りでは『いない』と言っておきましょう。残念ながら私は組織などには属していないので、得られる情報にも限りがありますから‥‥」
警戒した様子で辺りを睨み、ジェロニモが黄泉人達の間を突っ切っていく。
「待ってくださいっ! まだ話は終わっていませんよ。なぜ沖田組長にシープの剣を抜かせたのですか? 黄泉人達が復活する事を知っての事なんですか?」
色々と聞きたい事があったため、ゼルスがジェロニモの後を追いかける。
「ふっ‥‥、まさか。私も八百比丘尼に騙されていたんですよ。‥‥彼女の操り人形としてね」
自嘲気味に笑みを浮かべ、ジェロニモが答えを返す。
彼女との間に何かあったのか、何処か寂しそうな表情を浮かべている。
「それじゃ、虎長様を悪と見なしたのも八百比丘尼の策略と言う事ですか?」
納得のいかない表情を浮かべ、桃化が黄泉人達にトドメをさす。
黄泉人達は何処かに潜んでいたのか、幾ら倒してもキリがない。
「‥‥それは剣の意思です。理由は‥‥また次に会った時にでも‥‥」
そう言ってジェロニモが黄泉人達を斬り捨て、そのまま暗闇の中へと姿を消した‥‥。
●黄泉人
「それじゃ、黄泉人達にもお引取り願いましょうかね」
黄泉人達が攻撃を仕掛けてきたため、神楽聖歌(ea5062)が日本刀を握り締める。
このまま戦ってもキリがないのは確かだが、気絶した隊士達を護らなければ黄泉人達に殺されてしまう。
「‥‥たくっ! 今度はジェロニモの仕業に見せかけて、隊士達を亡き者にするって事か?」
面倒臭そうに溜息をつきながら、マナウス・ドラッケン(ea0021)が倒れていた隊士を抱き起こす。
「とにかく八百比丘尼について探ってみる必要がありそうだな。噂じゃ、800年以上も美しさを維持したままでいるって話だから、誰かの愛人でもなっていたりしてな」
隠身の勾玉を握って気配を消し、パウル・ウォグリウス(ea8802)がオーラパワーを使って背後から黄泉人達に攻撃を放つ。
黄泉人達は何かの合図に気づいたのか、フラフラと暗闇の中に消えていく。
「一体、何が起こっているのでしょうか‥‥? あ、あれは‥‥」
警戒した様子で辺りを見回し、聖歌が沖田邸を指差した。
それと同時に沖田邸から火の手が上がり、あっという間に炎が屋敷を包んでいく。
「チィッ‥‥、やっぱりあの屋敷には何か秘密が何か秘密があったのか!?」
悔しそうな表情を浮かべながら、マナウスがチィッと舌打ちする。
囮を使ってまで放火に来たと言う事は、邸内に何らかの手掛かりが残っていた可能性が高い。
「今から回収に行ったとしても、炎に巻き込まれて死ぬだけだ。悔しいが此処は隊士達を連れて避難するしかないだろう‥‥」
残念そうに溜息をつきながら、パウルがマナウスの肩を叩く。
既に邸内のほとんどが炎に包まれているため、今から火消しを呼んだとしても間に合わない。
「一応、邸内にあった資料は新撰組によって回収されていますから、屯所に行けば何か手掛かりが残っているかも知れません。許可が出るかどうかは分かりませんが、僅かな可能性に懸けてみるだけの価値はあると思います‥‥。とにかく今は退きましょう」
隊士達がようやく意識を取り戻したため、聖歌が覚悟を決めて安全な場所まで避難した。
しかし、隊士達はジェロニモが黄泉人達を呼び寄せたと思い込んでいるため、口々に『ジェロニモの仕業だっ!』と叫んでいる。
「‥‥どうやら俺達も八百比丘尼の手の平で踊らされていたようだな」
真っ赤な炎と黒煙に包まれた沖田邸を見つめながら、マナウスが悔しそうに拳を振るわせた。
この様子では八百比丘尼と繋がっている者が、ジェロニモに関する情報を流していた可能性が高い。
「疑いが晴れるまでは誰も信用する事が出来ないな。例え、その者が八百比丘尼と繋がっていなかったとしても、何処かで情報が漏れているのは確かだしな」
‥‥そう言ってパウルが隊士達を連れて沖田邸を後にした。