●リプレイ本文
●気まずい性癖
「‥‥清十郎‥‥生きてここから出られるといいな‥‥」
無人島の岩場にある小屋まで清十郎を連れて行き、九十九嵐童(ea3220)がニヤリと笑って肩を叩く。
清十郎が力ずくで逃げ出す事がないようにするため、人遁の術を使って筋骨隆々の肉体に変化し彼の心をグッと掴む。
「た、たまんねぇな、この筋肉。見ているだけでゾクゾクするぜ」
物欲しそうな視線を送り、清十郎が嵐童の胸板を撫でる。
「オ、オイ! 変な気を起こすんじゃないぞ。コラ! 一体、何処を触っている!」
清十郎がソッチの趣味である事を思い出し、嵐童が警戒した様子で彼の腕を掴み上げた。
「いいじゃねぇか、減るもんじゃないんだし‥‥。ここは絶海の孤島だぜ! 色々と事件があっても、おかしな話じゃないだろ?」
指を怪しく蠢かせ、清十郎が嵐童に迫る。
「それくらいにしておけ。あんまりフザけていると、俺だって容赦はしないぞ」
清十郎の股間を蹴り飛ばし、嵐童が呆れた様子で溜息をつく。
「お、俺の息子が‥‥あぐ‥‥あう‥‥」
大粒の涙を浮かべながら、清十郎が股間を押さえて地面に倒れる。
「‥‥自業自得だな。本当に悪いと思うなら、早く絵を仕上げる事だ」
江戸から持ってきた絵の道具を清十郎に手渡し、バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)が小屋の入り口に座って腕を組む。
「たくっ‥‥、愛がねぇな。これだけイイ男が集まったら、ヤル事はひとつしかねえだろ。絵よりもエロ! これしかないね!」
褌一丁になってニカッと笑い、清十郎がいやらしい笑みを浮かべて涎を拭う。
「‥‥その辺にしておきましょう。ふたりの身体から物凄い殺気を感じます。この小屋が惨劇の舞台になる前に‥‥」
仲間達が殺意の波動を放ったため、宮崎大介(eb1773)が清十郎を落ち着かせる。
「交代で見張るつもりだったが、なるべく一緒にいた方がよさそうだな。コイツとふたりっきりになったら、ウッカリ血祭りに上げてしまうかも知れん‥‥」
拳をプルプルと震わせながら、嵐童が清十郎に対して最後の警告をした。
清十郎は全く気づいていない様子だが、嵐童は本気で彼を血祭りに上げようとしているらしい。
「そうやって相手の神経を逆撫でして逃亡しやすくしているのか、それとも本気で寝込みを襲うつもりなのか、どちらにしても油断する事は出来ないな」
いつでも清十郎を取り押さえられるようにロープを傍に置いておき、バルバロッサが頭を抱えて疲れた様子で溜息をつく。
清十郎はモデルの男性にポーズを取らせ、ようやく絵を描き始めた。
「やれば出来るじゃないですか。そうやって真面目に絵を描けば、江戸で好きな事が出来ますよ」
握り飯を清十郎に手渡し、大輔がニコリと笑う。
「お、わりぃな! それじゃ、さっさと仕上げるか」
清十郎は握り飯に喰らいつき、サラサラと絵を描いていく。
「ほらよ、終わったぜ! それじゃ、厠に行って来るわ」
完成した絵を大輔に渡し、清十郎が堂々と小屋を出る。
「何だか妙じゃないか。こんなに絵が早く仕上がるなんて‥‥」
険しい表情を浮かべながら、バルバロッサが清十郎の描いた絵を睨む。
一見するとおかしな場所は何処にもない。
ただひとつを除いては‥‥。
「これは‥‥清十郎の失敗作だ! まさか江戸からこんなものを持ってきていたとは‥‥。よく見てくれ。モデルと顔が違うだろ」
モデルと絵の人物を見比べ、嵐童が悔しそうに壁を叩く。
「ま、まさか‥‥!?」
すでに清十郎の姿はなく、いつの間にか荷物も消えている。
‥‥清十郎は逃げたのだ。
予告どおり島から脱出するために‥‥。
●仁義なき戦い
「‥‥絵師というのは大変なのですね。〆切に追われてこのような孤島に閉じ込められるとは‥‥。私達、冒険者よりある意味辛い商売なのでしょうか」
森の中で仲間達と焚き火を囲み、刀根要(ea2473)が清十郎に対して同情した。
「そう言えば雪嶺は以前彼にあった事があると言ってませんでしたか? どんな人なんです? いつも逃げ出す人だと噂を聞きましたが、その時はどうやって納めましたか?」
焼きあがったばかりに魚を渡し、要が羽雪嶺(ea2478)にむかって声を掛ける。
「‥‥清十郎? 確かあの時は輝さん達と周囲を張ってたけど、結果お気に入りを見つけたみたいで、僕達はほとんどやる事がなかったような気が‥‥? 男の人が好きだから、何とかなるんじゃないのかな?」
苦笑いを浮かべながら、雪嶺が清十郎の性癖を思い出す。
「まさか依頼主が男好きだったとは‥‥。まぁ、私に興味を持つ事はないと思うが‥‥」
若干声が裏返りつつ、白河千里(ea0012)が汗を拭う。
見た目が女性っぽいため清十郎に興味をもたれる事はないと思うが、防寒対策のためまるごと猫かぶりを身に纏い、なるべく男である事を気づかれないように心掛ける。
「何だか小屋の方が騒がしくなってきたね。まさかと思うけど‥‥逃げたのかな?」
辺りの巡回を終え、紅月緋翠(eb1207)が汗を流す。
次の瞬間、鳴子の音が響き渡り、緋翠達の間に緊張が走る。
「清十郎は川に行くつもりだ。‥‥先回りして追い詰めるぞ!」
鳴子の音から小屋の近くに清十郎がいる事を察知し、千里が鬼神ノ小柄を握り締めトテトテと走り出す。
清十郎は身を屈めて草むらを走っているらしく、草を掻き分ける音だけが何処からか聞こえている。
「まさか誘っているわけじゃありませんよね。先程から胸騒ぎがしているんですが‥‥」
清十郎を追っている途中で妙な視線を感じ、要が大粒の汗を浮かべて辺りを睨む。
何処からか荒々しい息遣いが聞こえているため、色々な意味で身の危険を感じたらしい。
「あの人って筋肉好きだから、気をつけた方がいいかも‥‥」
気まずい様子で視線をそらし、雪嶺がボソリと呟いた。
ずっと黙っていようと思っていたが、最悪の場合を考えて要に真実を打ち明ける。
「‥‥と言う事は、やはりこの視線は‥‥」
ガタブルと身体を震わせ、要が日本刀に手を掛け清十郎の姿を探す。
清十郎らしき気配は感じているのだが、何処に隠れているのか分からない。
「そう言えば清十郎って玉職人なんだってさ。詳しい意味は分からないけど、とっても危ない人らしいよ」
江戸で聞いた清十郎の噂を思い出し、緋翠が苦笑いを浮かべて呟いた。
「た、玉職人‥‥!? 確かに意味は分かりませんが、何だか危険な香りがしますね」
言葉の響きからそれが危険なものであると理解し、要が滝のような汗を流して後ろに下がる。
「ど、どうしようか。このままだと逃げられてしまうけど‥‥」
この森自体が清十郎の仕掛けたトラップのような気がしてきたため、雪嶺が警戒した様子で金属拳を握り締め辺りの様子を窺った。
「‥‥死ぬ気になって頑張ります」
これ以上ここで悩むわけには行かないため、要が覚悟を決めて森を睨む。
「なるべく固まって行動した方がいいかもね。こっちも本気を出せないから、力ずくで来られたら冷静でいられるか分からないし‥‥。依頼人を殺しちゃったらシャレにならないでしょ?」
大きく深呼吸をしてから、緋翠が鳴子の鳴った方向にむかって走り出す。
「ぽちタマ!」
妙な掛け声とともに清十郎が要を狙い、右手を下から上に振り上げた。
「あ、危なかったな。もう少し遅かったら‥‥いや、何でもない」
身代わり人形を使って要を守り、千里が清十郎に体当たりを食らわせる。
「汚い真似をするヤツじゃの‥‥。わしの安らぎすら奪うとは‥‥」
派手に尻餅をつき、清十郎が愚痴をこぼす。
「先生、頼みますよ。そんな事をしている暇があったら、早く絵を仕上げてください」
清十郎とは極力視線を合わさず、要が怯えた様子で彼を叱る。
「わしもそうしたいのは山々なんじゃが、妙にムラムラしてしまってのぉ‥‥。誰かが慰めてくれるといいんじゃが‥‥」
要の筋肉を見つめてウットリし、清十郎がジリジリと彼に迫っていく。
「そう言う時は、これを使え! 誰にも迷惑を掛けないぞ」
要が物凄く困っていたため、千里が身代わり人形を清十郎に手渡した。
「こ、これは‥‥」
「‥‥寂しくないだろ?」
あえて多くは語らず、千里が清十郎の肩を叩く。
「木の板じゃなくて、筋肉のぬくもりが欲しいのじゃ」
寂しそうな表情を浮かべ、清十郎が瞳をわずかに潤ませる。
「それ以上、近づくな。嫌なら‥‥斬る!」
鬼神ノ小柄を握り締め、千里がダラリと汗を流す。
「まあまあ、落ち着いて。目がマジだよ。まぁ、気持ちは分かるけどさ」
一触即発の状態に達しかけていたため、雪嶺がふたりの間に割って入ってツッコミを入れた。
「あんたもわざわざ挑発的な言葉を吐かないようにね。ただでさえ、そっちの趣味がない人達ばかりなんだから‥‥」
緋翠もこれ以上事態が悪化しないように心掛ける。
「‥‥仕方ないじゃろ! 無人島にこれだけイイ男が揃っていたら、普通はムラムラ来るじゃろ。わしかて男じゃからの」
鼻息を荒くさせながら、清十郎がニヤリと笑う。
「いや、普通は逆だと思うけど‥‥」
あまりには理由が馬鹿らしかったため、雪嶺が呆れた様子で溜息をつく。
「やっぱり我慢出来んのじゃ!」
すぐさま清十郎が服を脱ぎ、雪嶺にむかって飛び掛かる。
「わぁ!?」
咄嗟に雪嶺が爆虎掌を放ち、清十郎を空の彼方までふっ飛ばす。
「あっ‥‥、捕まえ損ねちゃった」
しかし、気づくのが遅すぎた。
●偽りの仮面
「相変わらず清十郎兄ちゃんも懲りないね〜」
だんだん森が騒がしくなってきたため、狼蒼華(ea2034)が苦笑いを浮かべて立ち上がる。
清十郎は途中で川に落ちたのか、ずぶ濡れになった状態で誰かの褌を握り締め、慌てた様子で森の中から現れた。
「ひょっとして散歩に来たのか?」
引き締まった肉体を隠しもせず、蒼華が海から上がってニコリと笑う。
蒼華の身体からは水や汗が滴り落ち、清十郎の顔を上目遣いで見つめている。
「そ、そうなのじゃ。そろそろ帰ろうかなぁ‥‥」
気まずい様子で視線をそらし、清十郎がジリジリと後ろに下がっていく。
「まさか俺を放ってどっか行くつもりなの?」
清十郎の腕をガッシリと掴み、蒼華が瞳を潤ませる。
「そろそろ来る頃だと思っていたが、まさか褌一丁で来るとは‥‥。それに右手に持っている褌は誰のものだ? ‥‥妙な真似をしたんじゃあるまいな」
海で釣ってきた魚を蒼華に渡し、菊川響(ea0639)が投網を構えて溜息をつく。
「あ、いや‥‥、これはイカダにあったモノで、まだ何も悪い事はしてないぞ!」
気まずい様子で首を振り、清十郎が褌を後ろに隠す。
「いやー、江戸には変な絵師がいるもんだねえ。結構、人気があるってんだから大したもんだ。うんうん、さすが江戸だね。なんだかよく分からないけど、江戸だからね」
ウンウンと頷きながら、雪続高明(eb1834)が清十郎の肩を叩く。
「だから誤解だって! わしは無実じゃ!」
褌を大切そうに抱きしめ、清十郎が涙を流す。
触り心地だけで褌の持ち主が男だと分かったのか、清十郎の脳裏には白馬の王子様(白い歯キラリ)が浮かんでいるようだ。
「まさか、その褌は千里のモノでは‥‥。島に着いた時に罠を仕掛けると言っていたが‥‥、そう言う事だったのか」
目張りの入った千里の顔を思い浮かべ、響が目頭を熱くさせて涙を拭う。
「ふわぁ‥‥、一体、何をそんなに騒いでいるんだ? 人がせっかくいい気持ちで寝てりゃ、耳元でギャアギャアと騒いで‥‥」
眠そうに目をこすり、田崎蘭(ea0264)が愚痴をこぼす。
よほどいい夢でも見たのか、妙に機嫌が悪くなっている。
「俺は何も悪くない。悪いのはコイツらだ」
蘭が女性であるため緊張したのか、清十郎が妙に固い口調で答えを返す。
「女の人がいるだけでここまで雰囲気が変わるなんて‥‥。何か辛い事でもあったのかな?」
清十郎がやけに怯えているため、蒼華が不思議そうに首を傾げる。
「へぇ‥‥、女が苦手なのか。こりゃ、面白い事を聞いた。じゃあ、抱きつかれたりしたら、悲鳴でも上げるんじゃないか」
苦笑いを浮かべながら、蘭が清十郎に抱きつくフリをする。
「うわっ‥‥、止めろ! 止めて下さい。‥‥お願いします」
何かトラウマでもあるのか、清十郎が両手を合わせて涙を流す。
「‥‥効果絶大だな。口調がぽんぽん変わっているが、それも何か理由があるのか?」
清十郎があまりにも怯えているため、響が笑いを堪えて理由を聞く。
「わしゃあ、絵師じゃからの。営業用の口調ってモンがあるのじゃ。もちろん、仲のいい奴らには、この口調で喋っておる。じゃが、女性はどうしても駄目での。昔の事を思い出すのじゃ‥‥」
幼少の頃に苛められた記憶でもあるのか、清十郎が怯えた様子で木の後ろに隠れる。
「それって男が好きになるほど酷い事だったの? 話を聞く限り特にそんな感じはしないけど‥‥」
清十郎が怯えている理由が分からず、高明が納得のいかない様子で口を開く。
「も、もちろんじゃ! 胸に顔を挟まれて、生死の境を彷徨ったからの。あれ以来、胸の大きな女性を見るだけでも鳥肌モノじゃ‥‥」
蘭の視線を気にしながら、清十郎がボロボロと涙を流す。
「それって人によっては物凄く幸せな事だと思うんだが‥‥。とりあえず水を飲んで落ち着け」
清十郎に水を手渡し、響が呆れた様子で溜息をつく。
「‥‥ちょっと贅沢な不満だよね」
苦笑いを浮かべながら、高明が困った様子で汗を流す。
「お前らは乳の恐ろしさを分かっておらん! あれは人類を滅ぼす凶器じゃ、マジで! その点、漢の胸板は挟まれる事がないからの。人にも優しいエコロジーじゃ!」
訳の分からない事を叫びながら、清十郎が男の良さを熱く語る。
「エコロジーとは違うだろ。まぁ、言いたい事は分かるけどさ。とにかく絵を仕上げちまおうぜ。また絵の事を教えて欲しいからさ」
何処から突っ込んでいいのか分からず、蒼華が清十郎の腕を掴む。
「‥‥つまりこう言う事か。私が小屋で見張ってりゃ、すべてが丸く収まるわけだな。何か悪さをするようなら、色々と手はあるわけだし‥‥」
悪戯っぽく微笑みながら、蘭が清十郎の肩を抱く。
これから数時間、清十郎は恐怖の中で絵を描く事となる。
さらにトラウマを悪化させ‥‥。