●リプレイ本文
●於通
「それにしても清十郎には困ったものです。よほど絵を描くのが苦痛なのですね」
土産に持ってきた京風の菓子を置き、山本建一(ea3891)が溜息をつく。
目の前には清十郎が血走った瞳で座っており、筆を握り締めたまま睡魔と戦い続けている。
「清十郎の件だがよ。多分、奉行所に突き出した所で今までの所業改めるなんて事はネェと思うぜ? むしろ喜ぶだろ。牢屋ン中にゃぜってー異性は入ってコネェからな」
苦笑いを浮かべながら、田崎蘭(ea0264)が酒を飲む。
「確かにそれは盲点ですわ。そんな事をしたら反省するどころか、盗み癖が悪化してしまう可能性も‥‥」
青ざめた表情を浮かべながら、小野於通(ez0029)がダラリと汗を流す。
清十郎にとって牢屋暮らしはハーレム状態にあるため、どんな事があっても彼にとってはプラスにしかならない。
「わたくし、実は占いをする事が出来ますの。清十郎さんについて少し占ってみますね」
於通が不安そうにしていたため、大鳥春妃(eb3021)が清十郎の今後を占う。
占いの結果、清十郎には女難の相が出ており、その女性といる限り好き勝手な事は出来ないと出た。
「ふと思ったんだが、於通殿はいつ清十郎の絵のモデルを務めるのだ? まさかとは思うが、俺達と茶を飲んでいる最中‥‥じゃあないよな? 眼前に目を血走らせた男が必死こいて絵を描いていたら寛げん!」
胡散臭そうに清十郎を睨みつけ、貴藤緋狩(ea2319)が不満そうに愚痴をこぼす。
清十郎が筆を握り締めたまま動こうとしなかったため、先程まで置物かと思って相手にしなかったのだが、やけに清十郎の話題が出たためようやく気づく。
「ひょっとして目を開けたまま眠っているんじゃないのかな? 何日も徹夜していたようだし‥‥」
しばらく清十郎のまわりを飛び回った後、シュテファーニ・ベルンシュタイン(ea2605)がクスリと笑う。
清十郎は現実と夢の狭間を行き来しており、シュテファーニ達の声は聞こえていない。
「これじゃ、使い物にならねえな。何処かに捨てておくか。ここにいたら邪魔だろ」
疲れた様子で清十郎の襟首を掴み、リフィーティア・レリス(ea4927)が部屋の外を指差した。
「清十郎様には少しお休みいただきましょう。この様子ではいい絵が描けるとは思えませんし‥‥」
徹夜で於通の絵を描き続けている清十郎に気を使い、春妃が於通を連れて別の部屋へと移動する。
「別に俺達が移動する必要はないと思うんだが‥‥」
愚痴をこぼしながら隣の部屋に移動し、レリスが清十郎のいる部屋の戸を閉めた。
「やはり何かお仕置きが必要そうですね」
隣の部屋から大イピキが聞こえてきたため、建一が呆れた様子で溜息をつく。
清十郎はよほどストレスがたまっていたのか、寝言で於通の悪口を叫び彼女の機嫌を損ねている。
「‥‥天井から吊るしておきましょう。明日天気になるように‥‥」
何処からか荒縄を取り出し、於通がこめかみをピクピクさせる。
「それじゃ、死ぬだろ。‥‥つーか、今までどんな仕置きをしてきたんだ?」
ジト目で於通を睨みつけ、蘭がダラリと汗を流す。
「大した事はしてませんわ。お馬さんに乗せたり、身体のツボを刺激したりしただけですから‥‥」
含みのある笑みを浮かべ、於通が湯飲みにお茶を注いで行く。
確かにそのままの意味で受け取れば大した事はしていないのだが、於通の場合は言葉に含みを持たせてあるため何か酷い事をしたのは間違いない。
「と、とりあえずお茶にしようか。何だか危険な空気が漂っているし‥‥」
苦笑いを浮かべながら、シュテファーニが話題を変える。
「ならば菓子でも食うか。京の菓子は視的にも楽しめる。『ジャパンの美』そのものだ。まず取り出だしたるは落雁。目でも楽しめる御干菓子だ」
於通の淹れたお茶を飲み、白河千里(ea0012)が持参した京都の菓子を披露した。
千里の持ってきた菓子はどれも珍しいもので、於通も興味深そうに彼の話を聞いている。
「於通殿が最近京都の菓子に凝っていると聞いたので、先日友人から京都土産に貰った焼き八つ橋を持参した。これは一包みに三〜五枚入っていて結構食いでがあるし、何よりこの顎が鍛えられそうな程の硬さが最高だ。生八つ橋も好きだが、焼きの方は漢の食い物という印象だな。勿論女性にも、ニッキの香りが楽しめるし好ましい菓子だと思うぞ。於通殿の感想を是非聞かせて欲しい」
持参した八つ橋を於通に手渡し、緋狩がニヤリと笑って胡坐を組む。
「どれも美味しそうなものばかりですわね。さっそく皆さんでいただきましょう」
丁寧に封を開け、於通が菓子を皿に置く。
「お、この菓子は緋狩にやろう♪ 京の土産だぞ、有り難く食せ♪」
『金魚』を形どった落雁を見つけ、千里が緋狩の口の中へ放り込む。
「意外と美味いな。しかし、俺に寄越してくるのは、おまえの嫌いな魚型だけか」
苦笑いを浮かべながら、緋狩が落雁をムシャムシャと食べる。
「‥‥当然だ。そうそう、暑い時期だが、これもどうだ、小野殿」
懐の中から千歳と呼ばれる懐中汁粉を取り出し、千里が於通を見つめて微笑んだ。
‥‥一瞬の沈黙。
於通も笑顔を浮かべたまま、大粒の汗を浮かべている。
「‥‥そこは笑う所なのだが駄目か?」
まわりの反応があまり良くなかったため、千里が困った様子で辺りを睨む。
「えーっと、コホン。‥‥この最中のようなものを割り、椀に入れ湯を注ぐとあら不思議‥‥最中が餅状になり、汁粉になるじゃ有りませんか、というわけだ」
大きくコホンと咳をした後、千里が懐中汁粉を作って行く。
「とても便利な代物ですわね。今度、京都のお菓子を取り寄せる時には、必ず注文しようと思いますわ」
おっとりとした笑みを浮かべ、於通が千里から受け取った汁粉を食べる。
「京菓子の素晴らしさ‥‥小野殿にもっとお教えしたい! 京の友人に文を書き、持って来て貰うとしても最短で京から江戸まで船で4日‥‥。清十郎のモデルをしつつ待って貰えないか?」
チャンスとばかりに於通に迫り、千里がニコリと微笑んだ。
「もちろんですわ。4日と言わず5日でも‥‥」
千里の言葉を耳にして、於通の表情が明るくなった。
「それじゃ、さっそく酒でも飲むか。京の菓子が届くまで、しばらく時間がありそうだしな」
持参した濁り酒をドンと置き、蘭が於通の肩を抱く。
「お供しますわ」
蘭から杯を受け取り、於通が濁り酒を口に含む。
「おっ、いい飲みっぷりだな。飲め飲め!」
於通の飲みっぷりに満足し、蘭が並々と酒を注いで行く。
「あんまり飲ませるなよ。なんだか目つきが怪しくなってきているからさ」
警戒した様子で遠ざかり、レリスがコグリとお茶を飲む。
だんだん於通の目がヤバくなっているため、途中で女王様化して暴れる可能性が高い。
「あら? お口に合わなかったかしら?」
春妃がまったくお茶に手をつけなかったため、於通が心配した様子で声をかける。
「実は、わたくし『猫舌』というらしく、熱いものを苦手としておりますの。ですから一通り騒いだ後の冷めたお茶くらいが丁度いいのです。そうでなければ、お恥ずかしい話、器を持ったまま、ずっと息を吹きかけていなければ飲めない程ですわ」
苦笑いを浮かべながら、春妃が冷めたお茶を飲む。
「それならいいんですが、無理をしているようなら、何か別のものを用意しようと思ったので‥‥」
ホッとした様子で笑みを浮かべ、於通が再び春妃の湯飲みにお茶を注ぐ。
今度はふうふうと冷まし‥‥。
●清十郎
「毎度の事ながら、羨ましい弟子だね。本人は大分渋っているようだが、変わり者の考える事は理解しかねる。あれだけの美女なのに‥‥。とはいえ絵のモデルというからには、もしやヌードなのだろうか? そこだけははっきりさせておきたい所だね」
グウグウと寝息を立てている清十郎を監視しながら、クリス・ウェルロッド(ea5708)がクスリと笑う。
清十郎はほとんどヤル気がないのか、腕を組んだまま横になって眠っている。
「どうやらヌードではないようですね。そんな事をしたら清十郎さんが逃げ出してしまうと思いますし‥‥」
一條北嵩(eb1415)の横に座り、所所楽林檎(eb1555)が清十郎をジーッと睨む。
清十郎はたまに薄目を開けている時があるため、いきなり馬鹿な真似をしないように監視の目を強めておく。
「そう言えば清十郎さんって男の人が好きだものね。僕もこの前まで男の人に慣れてなかったけど、今じゃ婚約者もいるし‥‥少しは力になれるかも‥‥」
手作りの団子を清十郎の前に置き、所所楽石榴(eb1098)が彼の前にちょこんと座る。
清十郎は薄目を開けて手を伸ばし、石榴にぱちんと弾かれ悲鳴を上げた。
「な、何をするのじゃ!」
大粒の涙を浮かべながら、清十郎が石榴に対して愚痴をこぼす。
「みんなで食べるものなんだから、綺麗に手を洗ってからじゃなきゃ駄目だよ」
ジト目で清十郎を睨みつけ、石榴が外をひょいっと指差した。
「それじゃ、ちょっと手を洗いに‥‥」
逃げるチャンスが出来たため、清十郎がニヤリと笑って立ち上がる。
「一体、何処に行くつもりだ。どうせこのまま逃げるんだろ。いい加減、芸なく逃げるのはやめて、腕を磨いたらどうだ? ‥‥って、ゲイだったっけ」
冗談まじりに微笑みながら、北嵩が清十郎の腕をむんずと掴む。
「このまま隣でやらないか?」
北嵩を強引に引っ張り上げ、清十郎が真っ白な歯を輝かせる。
「そんな事ばっかり言っていると、清十郎の大事なモンが真っ二つになるぞ」
素早く短刀を握り締め、北嵩が清十郎をジロリと睨む。
「北嵩殿は可愛いのお〜」
満面の笑みを浮かべながら、清十郎が北嵩の尻を撫で回す。
それと同時に北嵩の短刀がキラリと光り、清十郎の前髪がハラリッと落ちる。
「死にたくなかったら、それ以上の事はするな」
清十郎の喉元に短刀を押しつけ、北嵩が警告まじりに呟いた。
「わ、分かったのじゃ」
ダラダラと汗を流しながら、清十郎がゆっくりと座る。
「それを聞いて安心しました。今度、一條に手を出したら、ブラックホーリーを撃ち込むつもりでいましたから‥‥」
清十郎の逃げ道を塞ぎ、林檎が危険な台詞をさらりと言う。
「‥‥怖いよ、林檎さん。はいはい笑って笑って〜♪」
苦笑いを浮かべながら、北嵩が困った様子で汗を流す。
「ここで逃げ出したら、お仕置きが待っている事を忘れないでくださいね。色々と試してみたい事はあるんですよ。ここでは口に出して言えないような事ばかりですが聞いてみたいですか?
含みのある笑みを浮かべ、瀬戸喪(ea0443)が清十郎の耳元で囁いた。
「おぬしもわし好みじゃのお‥‥。どうじゃ、あっちで♪」
すぐさま喪の肩を抱き寄せ、清十郎が北嵩と同じ誘い文句でニヤリと笑う。
「於通さんの絵を完成させたら、考えてあげましょう。清十郎さんが望むような行為ではないかも知れませんが‥‥」
色々と試したい事があるのか、喪がコクンと頷き微笑んだ。
「なんだかゾクゾクするのお」
すっかり機嫌を良くしたのか、清十郎が腕を持って於通のいる部屋へと移動する。
「ようやく絵を描く気になりましたか。さぁ、好きなように書きなさい」
少し酔っているのか、於通が生足をさらしてクスリと笑う。
「こ、これはっ! 素晴らしいじゃないか、清十郎っ! 於通嬢がここまでしてくれているのに‥‥、拒絶するとは何事だっ!」
胸倉を掴む勢いで、クリスが清十郎の身体を揺らす。
「嫌なものは嫌なのじゃ! 女の裸など気色悪いっ!」
青ざめた表情を浮かべながら、清十郎が激しく首を横に振る。
「苦手だろうがなんだろうが、自分のした事が元なのですからちゃんとしてもらわないと困ります」
清十郎の前に紙を置き、喪が筆を手渡した。
「まぁ、於通嬢の許可も出ている事だし、多少手荒になっても仕方が無い。よって、ここは一番確実な方法で行く事とするよ。さぁ、描くんだ‥‥愉快にね‥‥」
いつでも攻撃できる準備をしておき、クリスが清十郎の後ろに座る。
自分の視線と於通の視線で清十郎を板ばさみに掏るようにして‥‥。