●リプレイ本文
●ミンメイ堂
「ああ、ついに来てしまいました。愛しいごるびーさん、会いに来ましたよ。‥‥あら、可愛いタヌキさんですね」
ミンメイ堂の暖簾を潜り、志乃守乱雪(ea5557)が奇妙なタヌキと遭遇した。
そのタヌキはやけに乱雪に懐いており、きゅきゅっと可愛らしく鳴いている。
「今度は太ったの? ごるびーちゃん? まったく‥‥ミンメイちゃんのお店のお客様も、可愛いからって餌あげちゃ駄目だわよ」
苦笑いを浮かべながら、郭梅花(ea0248)が汗を流す。
ごるびーはでっぷりとした腹を揺らして、きゅきゅきゅっと首を傾げている。
「‥‥んな!? これが‥‥ご、ごるびーさん!?」
驚いた様子で目を丸くさせ、乱雪がごるびーを抱き起こす。
ぷんぷくりんに太っているが、間違いなくごるびーだ。
「と、取り敢えず! 先ずは、ごるびーちゃんのダイエットメニューを考えた方が良いわね‥‥こんにゃく食べるかしら‥‥? まぁ、基本的にお野菜だけを食べていれば。そのうち痩せるでしょ‥‥。後は‥‥餌をあげるお客への注意ね‥‥」
ごるびーの腹をむにっと掴み、梅花がダイエットメニューを作る。
最近のごるびーはお客から餌を貰うと、すぐに平らげてしまうため、根本的なところから直していく必要があるようだ。
「とにかく餌を与える常連客の気分を害さないようにやめさせないといけないな。あんまり厳しく注意してお客が減るのも何だし‥‥、餌をやるのが悪いとは言わないが今のごるびーを見てどう思うのかって話で。いっその事ごるびーにやれる餌の量を決めて置いておくか?」
『餌を与えないで下さい』と書かれた看板を作り、リフィーティア・レリス(ea4927)がごるびーを睨む。
ごるびーは看板の文字をジーッと見つめ、きゅきゅっと一鳴きしたあと頷いた。
「おまえ‥‥意味が分かっていないだろ?」
レリスの鋭いツッコミにごるびーが気まずく視線を逸らす。
どうやらその場のノリだけで、レリスに対応していたらしい。
「極端な話‥‥、ゴルビーちゃんが芸をしなければいいんだけど、それじゃこのお店の売りがなくなっちゃうしね‥‥。ごるびーちゃんの嫌いな物を見つけて、料理を作るって言うのも手だけど‥‥誰か知ってる?」
梅花の言葉に仲間達が首を振る。
それはごるびーと生活を共にしている、ミンメイも同じであった。
「とにかく常連客に注意しておく必要はあるだろ。まったく悪くないと言うわけじゃないんだし‥‥」
呆れた様子で頭を抱え、レリスが大きな溜息をつく。
「‥‥仕方ありませんね。私が説得してきましょう」
真剣な表情を浮かべながら、乱雪が常連客を呼び寄せる。
「皆さんがごるびーさんの芸に、ご褒美をあげるのは構いません。‥‥芸もせずにただ飯を食らって、ぐーたらお昼寝をして過ごすよりは生活に張りがありますからね。ストレスで毛が抜けていた頃に比べれば、ずいぶん幸せそうに思います。良くないのは、たやすく、たくさんのご褒美をあげ過ぎる事です。このままぷくぷくに太っては、芸をする事も出来ず、動く事さえままなりません。どうか皆さん、ごるびーさんのためを思って、気を配ってあげてください」
しばらくの間、乱雪のまわりを沈黙が支配した。
怪訝そうな表情を浮かべ、コソコソ話をし始める常連客。
自分達がごるびーを太らせていたと言う自覚が無かったためか、いまいち納得のいかない表情を浮かべている。
「たくっ‥‥。困った奴らだな。‥‥いいか。これ以上、ごるびーに餌をやったら、取り返しのつかない事になるんだよ。そりゃ、それが楽しみ出来ている奴もいるだろうけど‥‥」
説得の途中で常連客から反論されてしまったため、レリスが気まずい様子で汗を流す。
強引に説得しても逆効果になるため、ここは慎重に話を進めていくべきだろう。
「それじゃ、ごるびーちゃんに餌をあげてもいいから、専用の餌を購入してもらえるかな? あたし達の食べている食事の中には、ごるびーちゃんの身体には良くない物がたくさん入っているから‥‥」
常連客の機嫌を損なわないように気を使い、梅花が再び彼らの説得をし始める。
初めては迷惑そうな表情を浮かべていた客も、ごるびーの身体に悪影響が出る事を理解し、ごるびーの餌を購入すると約束した。
「‥‥これで一件落着ですね。ごるびーさんもあんまりブクブク太ると、ミンメイさんから非常食として認定されてしまいますよ」
そう言って乱雪がごるびーの腹をムニムニと掴む。
冗談まじりに微笑みながら‥‥。
●海の修行
「しふしふですよ〜☆」
ごるびーにきゅむっと抱きつき、ベル・ベル(ea0946)が目を丸くする。
しばらく会わないうちにごるびーが太ってしまったため、お腹をムニッとつまんだあとで異変に気づく。
「はやや? ごるび〜ちゃん太っちゃったですか〜? これから冬篭りするための準備とか〜?」
ごるびーのまわりをクルクルとまわり、ベルが首を傾げて呟いた。
「いいえ、単なる食べ過ぎです。しかもこれ以上、太った場合は非常食になるそうですよ」
ヨシヨシとごるびーの頭を撫でながら、神楽聖歌(ea5062)が危険な台詞をさらりと吐く。
「はやや〜、ごるびーちゃんのピンチですか〜? 大変な事になったですよ〜」
慌てた様子でごるびーに近寄り、ベルがお腹の肉を引っ張った。
ごるびーの肉はプニプニとしているが、簡単にポロッと取れるものではないため、何とかして減らさねばならない。
「そのために私達が海に来たというわけです。何とかしてごるびー様を元の体型に戻すために‥‥」
クラゲの溢れた海を眺め、嵯峨野夕紀(ea2724)がボソリと呟いた。
夏場ならごるびーを泳がせる事も出来るのだが、あまりにもクラゲが多いため砂浜で鍛えるくらいしか方法はない。
「‥‥そう言えば潮風って美容に良くないんですよね。さっさと終わらせて帰る事にしましょうか。ちなみに‥‥少しでもさぼるような素振りを見せたらクラゲが大量発生している海に投げ込みますからね。もちろん助けなんか僕に期待しないでください。クラゲまみれになって少しは痩せる事の大変さを味わってもらわねば‥‥」
ごるびーの首根っこを掴み上げ、瀬戸喪(ea0443)が警告まじりに呟いた。
その言葉にごるびーは恐怖を感じ、身体をカタカタと震わせる。
「頑張りましょう。ここでダイエットに失敗すれば‥‥非常食ですよ」
ごるびーの耳元で囁くようにしながら、聖歌がぽふりと肩を叩く。
別に驚かすつもりは無かったのだが、聖歌の一言で妙な気合が入ったのか、ごるびーがやけにヤル気である。
「それじゃ、一生懸命痩せるですよ〜」
ごるびーの大好物であるイカを餌にして、ベルが嬉しそうにしながら砂浜をぴゅーっと飛んでいく。
それと同時にごるびーの瞳がきゅぴーんと輝き、血の飢えたケダモノの如く勢いでベルの事を追いかける。
「おやおや、随分と現金ですねぇ‥‥。ダイエットに失敗すれば、自分が逆の立場になるというのに‥‥。まぁ、この調子なら多少は痩せると思いますが‥‥」
冷ややかな表情を浮かべ、喪がニコリと微笑んだ。
「いや、そんな事はないようです‥‥。ほら、見てください」
ごるびーがパッタリと倒れたため、夕紀が冷たく指差した。
以前とは異なり太っているため、ほんの少し走っただけでもかなりの負担になるようだ。
「こんな事でへこたれてどうしますか。ここで諦めれば、非常‥‥いえ、何でもありません」
優しくごるびーを抱き起こし、聖歌が気まずく視線を逸らす。
ごるびーは青ざめた表情を浮かべながら、でっぷりとした腹をぷるんと揺らしてベルを追う。
「その調子ですよぉ〜☆ 夕日にむかってゴーゴーですよ〜☆」
ようやくごるびーの調子が出てきたため、ベルが徐々にスピードを上げていく。
「やれやれ、これで少しは痩せそうですね。既にバテなきゃいいんですが‥‥」
既にギブアップ状態にごるびーを見つめ、喪が苦笑いを浮かべて汗を流す。
ごるびーは今にも倒れそうな雰囲気を漂わせ、フラフラとしながらベルの後を追っている。
「これもごるびーのためです。心を鬼にしなければ、痩せる事など出来ません」
そう言って夕紀が海を睨む。
最悪の場合‥‥、海に放り投げて鍛えるしか道は無い。
●山の修行
「あぁ、ごるびー、暫く見ない間にこんなに太ってしまうとは! なんと情けない姿か! ‥‥鍛えなおす必要があるな! 別カワウソと見間違うほどに! 立派なマッチョに改造してくれよう!!」
すっかり見た目の変わったごるびーを引き連れ、ゴルドワ・バルバリオン(ea3582)が山奥にむかう。
ごるびーは海で特訓した成果がでているため、少し痩せてはいるのだが、それでも以前のごるびーとは体型が違うため、まだまだ痩せなければならない。
「また見事に丸くなったもんだな。このまま珍獣として見世物にしちゃってもいい気もするが、ミンメイちゃんたってのお願いだ。この連十郎先生がごるびーのダイエットに力を貸してやるぜ」
ごるびーを元の体型に戻すため、朝宮連十郎(ea0789)がキュピィーンと瞳を輝かせた。
連十郎は防寒具を身に纏っているため、それほど寒くないのだが、山奥では冷たい風が吹雪いているため、ごるびーがガタカタと身体を震わせている。
「頑張れ、ごるびー。ここで挫けてしまったら、永遠にぽっちゃり体型のままだぞ! それとも全身の毛を剃って‥‥、気合でも入れておくか?」
苦笑いを浮かべながら、連十郎が背中を叩く。
ごるびーは連十郎が眠りについたら、額に『肉』の文字を書いてやろうと心に誓い、表面上は素直に従う事にした。
「‥‥ごるびー殿。それん殿と別居されたそうでござるの? 強がっても駄目でござる。ツラい時‥‥、悲しい時‥‥、今までのどんな苦境の時でも必ず傍に居て支えてくれたそれん殿が別れると言い出すのはよっぽどの事でござる。はっきり言って、今のごるびー殿は現状に甘んじ、芸への努力・気概を無くしただひたすら楽な方へ流されているように見えるでござる。それではそれん殿も離れようし、いずれはお客も飽きるでござろう。見世物小屋の。あの頃のハングリー精神を思い出すのでござる!」
心配そうな表情を浮かべながら、沖鷹又三郎(ea5927)がごるびーを睨む。
ごるびーは一瞬ビクンとしたようだが、ここで挫けるわけには行かないため、わざと元気なフリをする。
「そう言えば‥‥こんな噂を知っていますか? この森にはカワウソを狙う肉食獣、ヒーラギトキワがいるのです‥‥。このモンスターは森に潜み、冒険者のキャンプをつけ狙います。夜になったら忍び寄り、眠っているカワウソを口にくわえて連れ去り、安全な場所でぺろりといただく化け物です‥‥」
おどろおどろしい表情を浮かべ、柊鴇輪(ea5897)がごるびーを怖がらせた。
ごるびーはとても臆病な性格のため、荷物を纏めて山を下りようとする。
「こらっ! 何処に行くつもりだっ! ここで逃げたら終わりだぞ。化け物くらいで恐れるな!」
すぐさまごるびーの首根っこを掴み上げ、ゴルドワはくわっと表情を険しくさせた。
「なぁに、心配するな。そんなプニプニ体型じゃ、化け物だってカワウソだとは思わないだろうからさ。それに俺達が一緒にいるんだぜ。何かあったら助けてやらぁ!」
額に『肉』と書かれる運命にある事を知らぬまま、連十郎が豪快な笑みを浮かべてごるびーの背中を叩く。
ごるびーはミンメイの教育によって、何故か『肉』『米』『中』『大往生』という文字は何となく書けるため、気楽な連十郎に対して復讐を心に誓っている。
「安心していられるのも今のうちです。まさか‥‥あんな事になろうとは‥‥」
何処か遠くを見つめながら、鴇輪がボソリと呟いた。
「鴇輪殿もあんまりごるびー殿を驚かせては駄目でござるよ。ごるびー殿はそれん殿を失ったショックで、少し弱気になっているでござる。ミンメイ殿がイタチ語を理解していないため、断言する事は出来ないのでござるが‥‥」
ミンメイの言葉を思い出し、又三郎が腕を組む。
又三郎も直接話を聞いたわけではないため、それんがどのような心境でごるびーから離れているのかよく分からない。
その上、それんの言葉を聞いていたのがミンメイである。
そのため、それんの言葉を確実に理解しているとは言い難い。
「何もしないでジッとしているから悪い事ばかり考えるんだ。とにかく我輩のランニングに付き合ってもらうぞ! その後は腕立て伏せに、懸垂だ。最後は滝に打たれて精神修行! ダイエットが完了するまで、お主に逃げ場はないのだ! 観念して立派なマッチョになるがいい!!」
だんだん逃げ腰になってきたため、ゴルドワが紐を使ってごるびーを縛る。
「‥‥恨むなら運命を恨め。俺達だって本当は辛いんだからな」
落ち込むごるびーを慰めながら、連十郎がほろりと涙を流す。
‥‥額に『肉』。
ごるびーは心に誓った。
それほど深い意味も無く‥‥。
「その間に拙者は食事の用意をしておくでござるよ。‥‥ごるびー殿、すまぬが食料を調達してきて欲しいでござる。間違っても毒キノコだけは拾ってきたら駄目でござるよ‥‥」
嫌な予感が脳裏を過ぎり、又三郎がダラリと汗を流す。
「きゅきゅ」
‥‥額に『肉』。
ごるびーの頭にはそれしかなかった。
山道をテクテクと歩き‥‥。
‥‥額に『肉』。
頭の中で繰り返し‥‥。
ごるびーは山奥へと進んで行く。
「さぁ‥‥、狩りの始まりです」
奇妙な着ぐるみを身に纏い、鴇輪がごるびー達の後を追う。
自らヒーラギトキワになって、ごるびーの事を襲うため‥‥。