●リプレイ本文
●出発の時
「モン・サン・ミシェルへの巡礼の旅、よろしくお願い致します」
パリ城塞門近くの空き地。依頼人ステファ・ベルリオーズは集まってくれた冒険者達に挨拶をする。傍らには荷物を運ぶためのロバもいた。
巡礼の約束事を改めて伝えると、ポーレット・モラン(ea9589)がステファに近づいて誓いを立てた。シフールが空を飛ぶのは極自然な事だが、巡礼という特殊性もある。徒歩のステファから一キロ以上離れない約束であった。
「教会からお借りした本があると聞いているのだけどぉ〜。見せてもらえるぅ?」
「ええ、もちろんです。そんなには厚くありませんので‥‥そうですね。精読する時間として出発を遅らせましょう。次の教会の鐘が鳴り終わるまでとします。危険な旅になりますので、情報は共有しておきませんとね」
ポーレットはステファから本を受け取った。
「わたくしにも見せて頂けますか?」
エミリア・メルサール(ec0193)も興味があり、ポーレットと共に本を読み始めた。教会の持ち物だけあってラテン語で書かれてある。地図や注意事項もあり、後に続く巡礼者に向けられて作られたのがよくわかる。
「本は後で読ませて頂くとして、もう少し調べておく為に図書館にいってまいります。出発までには戻りますので」
レオパルド・ブリツィ(ea7890)は愛馬マルダーに跨って遠ざかってゆく。巡礼は城塞門から出た時から始まるので今は問題なかった。
「ステファさん、こちらを受け取ってもらえるかな?」
クレー・ブラト(ea6282)は用意してきたホタテ貝をお守りとして仲間に渡していた。別の巡礼地の話だが、証としてホタテ貝を持ち帰る事がある。いつしかホタテ貝が巡礼の安全を願うものに変化したらしい。
「いいものを頂きました。全員無事にモン・サン・ミシェルに辿り着けることでしょう」
ステファは笑顔でホタテ貝を受け取ると祈りを捧げる。
「なるほど! こういう順路になるのですね」
ミカエル・テルセーロ(ea1674)は描き写した巡礼ルートの地図をポーレットから受け取ると真剣に眺めていた。注意書きもラテン語とゲルマン語が併記されていてわかりやすい。レンヌの近くは通るものの、立ち寄りはしないようだ。
安全を考えて夜は順路の町や集落にお世話になる。ただ出来る限り迷惑をかけないよう、空き地を借りての野営に留めるとあった。
時は過ぎ去り、教会の鐘が鳴り響く。全員が用意を整えてある。
ステファから緊急用の回復の薬が渡されると、全員で城塞門に向かう。
門を潜り抜け、遠くの空を眺めた時から巡礼の旅は始まった。
●巡礼
「エジプトでお会いした方は結構お茶目でした。本の通りにいるとしたら、どんなスフィンクスなのか興味があります」
歩きながらエミリアが巡礼仲間に話題を振る。すでに四日目になり、全員がうち解けていた。
「僕も興味があるよ。謎掛けをするなんてとっても変わっているよね」
ミカエルは機嫌良くロバ・ロジーの手綱を引きながらも、前方を歩くステファを気にする。これまでの会話によれば、かなりのお嬢さん育ちである。物腰も柔らかく、親しみやすい人柄だが体力となると別だ。ステファが倒れてしまっては先行きが不安になる。
「もうすぐ森に差しかかりますね。ひとまずポーレットさんが戻るまで休憩にしてはどうです?」
「そ、そうですね。そうさせてもらいましょう」
クレーもミカエルと同じようにステファの体力を気にしていた。様子をみては休憩を提案する。
木陰の岩の上に座って休んでいると、森を上空から眺めてきたポーレットが戻ってきた。
「危険そうなモンスターは見かけなかったわよぉん〜」
ポーレットは報告しながら低い位置の木の枝へと座り、ロバ・アグネスの頭を撫でてあげる。偵察に出かけている時はステファに任せていた。
ポーレットは絵画道具を取りだすと、脳裏に焼き付けた景色を一気に描き上げる。
(「スフィンクスだって、山の全景だって、ぜ〜んぶ描きまくるっ!」)
宗教画家を生業とするポーレットにとって今回の巡礼の旅は渡りに船だ。特に教会から注文を受けた『聖ミカエルの肖像画』を描く上でモン・サン・ミシェルはとても興味深い。
「森の中となると、これまでより野営の見張りに注意すべきでしょう。今のうちに決めておきますか」
レオパルドはパリから離れるに従って危険な旅になってゆくのを感じ取っていた。オーガ族大集落はまだ先だが、野盗らしき一団とすれ違った瞬間もある。幸いなことに、こちらの実力を見抜いたのか襲われる事はなかった。
「それでは今晩から野営の周囲には罠を仕掛けますね」
クレーはどの狩猟用の罠を作ろうか検討する。仲間の実力はかなりのものなので、早めに敵が来たのがわかる仕掛けが良さそうであった。
「そうです。天使様とお会いした事もあるのです」
「それは羨ましいことです。どのようなお姿だったのでしょう」
野営についての話し合いが終わると、エミリアが体験談を話し始めた。ステファが興味深く聞いていた。話題はだんだんとスフィンクスに移ってゆく。
「それがいいね♪」
ミカエルは機嫌良く同意した。
謎を問いかけられた場合は、各自で答える事となる。本にもスフィンクスは決して意地の悪い事はしなかったとあるし、大丈夫だと判断したからだ。
(「せっかくだから‥‥」)
ミカエルは考えがあった。
「それでは夕暮れ時まで一がんばりしましょう」
レオパルドに続き、仲間も立ち上がる。
カラスの鳴き声を聞きながら、巡礼一行は森の中に足を踏み入れるのであった。
●危険な大集落
十日目の朝、冒険者達は覚悟を決める。
ミカエルはポーレットが作ってくれた地図をバーニングマップで燃やして、洞窟までの最短距離を調べる。
この地図の作成に一日がかけられていた。すべてはオーガ族の大集落を間近に控え、戦いを可能な限り避ける為だ。周囲には既にオーガ族が徘徊しており、地図作成の際にも何度か危ない事があった。
神に見放されたカインの子孫がオーガ族になったという説話がある。オーガ族の大集落が巡礼の途中にあるのは、意味があることなのかも知れない。
レオパルドがオーラテレパスでペット達を説得する。無闇に啼かないように頼んだのだ。
クレーが先頭となり、殿はミカエルが行った。木々の枝葉に隠れたポーレットが周囲を監視する。
レオパルドは武器を握ったまま歩く。エミリアは聖なる魔法をいつでも使えるように心の準備を整える。ステファは一行の中央で護られていた。
半日の間、緊張の時間は続いた。
ペットの口を押さえ、息を殺して茂みに隠れ、一メートル先を歩くオーガの集団をやり過ごす一幕もあった。
一息をつけたのは洞窟の入り口に辿り着いてからだ。オーガ族は洞窟を避けているようで、近づくに従って徘徊する数が減っていった。
太陽が沈み、まずは疲れを癒すために洞窟入り口付近で野営を行った。クレーが保存食の一部で、温かい料理を作り上げる。
山の斜面にある洞窟は深く続いていた。ここを通れないとすればオーガ族との戦いは避けられなくなる。
スフィンクスがいるのかどうか、今はまだ誰にもわかりはしなかった。
●謎解き
十一日目、ランタンを頼りに一行は洞窟内を進んだ。凍える程ではなかったが肌寒い。高い天井と床をたくさんの鍾乳石が繋いでいた。
先行したポーレットが洞窟の奥に明るい場所を発見する。戻って仲間と共に近づくと、天井に空いた穴から日光が差し込んでいるのがわかった。
やがて洞窟を塞いでいたものが、岩ではなく別のものだと誰もが気がつく。
巨人のようだが下半身は獅子のような身体をし、畳んではいるものの大きな翼を背中に持つモンスター、スフィンクスであった。
ステファはしばらくスフィンクスを見上げて立ち尽くす。
「もしや、ここを通りたいというのか? 小さき者達よ」
ゆっくりと顔を向けたスフィンクスが一行に話しかける。
「そ、その通りで御座います。我々は巡礼の者。モン・サン・ミシェル修道院を目指しています。この洞窟が近道だと本で読みましたが、本当でしょうか?」
「そのような者を通した事がある」
スフィンクスが答えると、ステファは通過させて欲しいと願う。
「ならば巡礼の者に相応しい謎掛けに答えられたのなら通そう。神の剣たるを称える山に立ちはだかるは、速き馬の如く、地獄への入り口の如く深きモノなり。そのモノとはなんぞや?」
スフィンクスは本と同じ謎を問いかけた。一行はそれぞれに考えてきた答えを言葉にする。
「押し寄せる速度は駆け馬のごとく、その深さは道を消す。‥満ちる潮、海、ですか?」
スフィンクスに見ほれながらも、ミカエルは『海』と答える。
「自分も海かな。モン・サン・ミシェルの周りの海は、馬の如く速い海流に、地獄の如く深き洞窟があると聞くしね」
クレーも『海』であった。スフィンクスは女性のような体型をしていた。
「モン・サン・ミシェルはかつて墓の山と呼ばれていました。速き馬とは死を表し、地獄の入り口も同じく。よって死が答えです」
レオパルドは念の為にステファの前へ立ちながら『死』と答えた。
「えぇっとぉ、アタシちゃんも海ね。そは速き馬の如く引き、また満ちる潮であり、昏き闇を内包する深淵、または海溝でもある存在だから〜」
ポーレットも『海』だ。スフィンクスをスケッチしたい所だが護衛を優先する。代わりにこれ以上ない眼力でスフィンクスを観察した。
「神の剣たる大天使ミカエル様を称えるの山、モン・サン・ミシェルの周囲には、干潮で人を誘いながらも破滅へと導く危険に満ちた潮の流れが存在すると聞きました。わたくしも答えは海です」
『海』と答えたエミリアは、スフィンクスがとても楽しんでいるように思えた。
ステファは冒険者達に感心する。依頼を出した後も調べたが、結局答えが見つからなかったからだ。
「ふむ、どれも正解としようか。あの小島の修道院には潮が引いた時、歩いて渡れる。速き馬とは潮の事。地獄の入り口とは潮が引いた時の干潟を指す。一見平らに見えるが、底なし沼のような個所がいくつもあるのだ。足をとられる砂地を歩き、見ただけでは判断しにくい穴を避けて向かうのはかなりの至難。くれぐれも気をつけるがいい」
スフィンクスは巨体の位置をずらして洞窟の奥へと続く空間を開けてくれた。
お礼をいった一行はスフィンクスの脇の下を潜り抜ける。最後尾を歩いていたミカエルが、顔を近づけてくれるようスフィンクスに頼んだ。
「謎かけのお好きなあなたに、僕からも。時に貴婦人の胸元を飾る、甘い香の白花は何ぞや?」
笑顔のミカエルはスフィンクスに謎を問いかける。
「‥‥白い花というとマーガレットか?」
「答えはホワイトレースフラワーです♪ それでは謎かけ好きのスフィンクスさんいってきますね」
ミカエルは大きく手を振ると走って仲間に追いつく。心の中で感謝の言葉を呟いて。
洞窟を抜けたのは十一日目の深夜であった。野営をして十二日目の朝を迎える。それからはひたすらに海岸を目指した。
「あれが‥‥」
十三日目の夕暮れ時、ポーレットがロバの手綱を握りしめながら空中の一所に留まった。他の者達も丘を越えて立ち止まる。
海上に城が浮かんでいるような不思議な景色が広がっていた。
潮風は強く、皆の髪を激しくなびかせる。千切れた草葉が吹き飛んでゆく荒れた天候の中、雲間から差し込む夕日がモン・サン・ミシェルを照らしていた。
「夢の景色に出逢えるなんて‥‥」
ステファは首に下げていた十字架を握り、跪いて祈り始めた。ジーザス教に関わりのある冒険者も何人か同じように祈りを捧げる。
(「お兄さま‥‥」)
ステファは亡くなった兄がここまで導いてくれたと思わずにはいられなかった。
いつまでも観ていたい心境にかられたが、一行は日が完全に暮れないうちに近くの町に向かった。そして地元の者に潮の満ち引きについて教えてもらう。底無し沼のような穴の位置は大きなものしかわからなかった。地元の者達はわずかな特徴を見分けて避けるようだ。
ステファはガイドを雇う金銭的余裕があったものの、ここに来て仲間以外の力を借りるのはよしとしなかった。だからこその巡礼なのだと。
「取り越し苦労みたいでよかったわ〜」
地元の者によれば、この辺りでアンデッドは見かけられていないらしい。ポーレットはかつてモン・サン・ミシェルが死者の山、もしくは墓の山と呼ばれていたのを気にしていたのだ。
明日の昼過ぎが干潮の時間となる。一行は早めに就寝するが、興奮して眠れない者がほとんどであった。
●干潟
「僕が風よけになります! 風下へと入って下さい!」
十四日目昼の干潟。レオパルドが巨体の馬マルダーと共に先頭を歩く。潮風が強い。風の向きに合わせて斜めの隊列を作りながら、一行はぬかるんだ砂地を進んだ。
特に身体が軽くて吹き飛ばされそうなポーレットは、ロバの手綱に片腕を絡ませて低空で飛び続ける。
「あ!」
突然、ステファが足をとられて沈み始めた。
「しっかりして!」
ミカエルがすかさずステファの手を掴んだ。
「大丈夫です!」
クレーが引きずられてゆくミカエルの腰に右腕を回す。左腕は愛馬・伯爵の鞍の端を握り、両足で踏ん張る。
「平気です。落ち着いて」
エミリアは穴に落ちかけたステファのロバを安全な場所に寄せてなだめる。
「これを!」
レオパルドが持っていたロープの端をポーレットに渡した。
「風に負けてなんてられないわぁ!」
ポーレットは勢いをつけて沈みかかったステファの所まで飛んでゆき、ロープを身体に結びつけた。
仲間全員でロープを引っ張り、ステファを引きあげる。
「あ、ありがと‥‥ござ‥」
泥だらけになりながら、ステファはお礼をいう。
休憩をしたいところだが、どれぐらいの時間が経過したのかわからなくなっていた。すぐに一行は歩き始める。
小島近くに敷かれてあった木板に足をのせると一同はほっと胸を撫で下ろす。
崖にある階段を登り、ようやくモン・サン・ミシェルに辿り着いた。
「巡礼の方々ですね」
小島の上に到達すると三人の修道女が出迎えてくれる。見張り台から一行が訪れるのを見守っていたらしい。
安心したせいか、身体から力が抜けて全員がその場に座り込んだ。その後、修道院近くの巡礼者用の建物に案内される。
明日以降に修道院長との面会は出来るようである。
とにかく疲れた一行はベットに寝転がってそのまま熟睡するのであった。