●リプレイ本文
●出発
「ありがとうございます。修道士サマ」
朝早く起きたポーレット・モラン(ea9589)は木材が積まれる保管場を訪れていた。板があれば、干潟のぬかるみが酷い個所で役に立つと考えたからだ。主にのんびりとした性格のステファ用である。
「ポーレットさんも?」
「あら、レオちゃんも?」
レオパルド・ブリツィ(ea7890)の姿も保管場にあった。行きの干潟の途中、馬やロバが足をとられる場面に何度か遭遇した。ソリ状の板があれば役に立つかも知れないと考えたレオパルドだ。
一日目の昼頃、ちょうど潮が引く時間が出発となる。
「家に着くまでが巡礼〜ってね」
「そうですね。充分に注意しませんと」
クレー・ブラト(ea6282)がステファのロバの調子を見てあげる。足を持ち上げたり、蹄を確認する。モン・サン・ミシェルにいる間、クレーはペット達の世話を欠かさなかった。
「大丈夫。元気やね」
クレーはステファにロバの手綱を手渡した。
「ステファさん、干潟はすり足で歩くといいですよ」
ミカエル・テルセーロ(ea1674)は杖代わりの木の棒を用意する。突いて深いぬかるみがないか調べる為である。
「殿はわたくしが務めましょう」
石階段を降りたエミリア・メルサール(ec0193)は敷かれた板間に足を乗せる。仲間もつい先程まで海底であった干潟に降り立つ。
まずはポーレットが偵察が出向き、安全を確かめてから出発する。祝福などのいざという時の魔法付与も忘れなかった。
行きよりも弱い潮風であったが、それでも髪は大きくなびく。風向きを知る方法としてポーレットのロバには荷物から伸びる棒の先にリボンが取り付けられていた。
「風と足下に気をつけて下さい」
レオパルドと馬マルダーを風よけにして一行は干潟を進んだ。
(「目撃されたヒレ‥‥デビルでなければいいのですが」)
ミカエルはふとモン・サン・ミシェルを振り向く。修道士が目撃したという巨大な魚のヒレが思いだしたのである。干潟の向こうには海が広がっているはずだ。
仲間で考察した時、ヒレの正体は海の魔物リヴァイアサンではないかとエミリアが言及していた。
ちなみにエミリアが会ったエジプトの守護天使ラハブはリヴァイアサンと同一視される事があるらしい。そんなはずはなく、愚かしいとエミリアはいっていた。
「ここからが難所のようです。底無し沼のような穴も点在します。お気をつけて」
レオパルドは仲間にも渡した板を手にする。沈みがちの砂地があれば折り曲げた片足を乗せて、もう片足で蹴るようにすれば進みやすいはずだ。馬やロバが沈まないように、一時的に荷物の一部も背負う覚悟もある。
「ステファちゃんは、アタシちゃんが置く板の上を歩いてねぇ〜」
ポーレットはステファを導く為に板をぬかるみに置いた。何枚か用意し、過ぎ去るとステファの前方に移動させる。
干潟のぬかるみとの格闘の末、全員が無事に海岸へたどり着いた。
クレーが遠くの小島に建つモン・サン・ミシェル修道院を見つめた。滞在期間の思い出が蘇ってくる。
一日目は旅を無理に続けず、近くの町の空き地で野営を行う。
干潟を歩くのは非常に疲れるものだ。満潮の恐怖と、もしものモンスターの襲来は体力だけでなく精神も根こそぎ削りとってしまう。
モン・サン・ミシェル修道院巡礼の最大の難所といわれる所以であった。
●スフィンクス
体力の配分を考えながら一行は歩んだ。三日目の夕方には洞窟海側の出入り口部分に辿り着く。
一晩を野営で過ごし、四日目の朝からランタンで闇を照らしながら洞窟内を進む。
「どうだったかい。モン・サン・ミシェルは」
数時間が経つと、行きに出会ったスフィンクスと再会する。
「おかげで無事に干潟を渡りきることが出来ました。ありがとう御座います」
エミリアは旅の助言をしてくれたスフィンクスに感謝した。
「礼にはおよばない。あれは謎解きだからな」
スフィンクスがエミリアにウインクをする。
「ただいま、ですね。興味深いものが見れました」
笑顔のミカエルはスフィンクスに春の香り袋を取りだす。
「ふと‥ね思ったんです。洞窟は季節を感じられるものがあまりなくて寂しくないかなって。貰って‥くれませんか? また、いつか来ます」
「そうか。なら、ありがたくもらっておこう。ミカエルといったな。再び会える時の為に新たな謎解きでも考えておこうか」
スフィンクスが差しだした手にミカエルは袋を乗せた。
「少しだけ、休憩しませんか? ここまで歩きづめでしたしね」
「それがいいですね。まだスフィンクスさんと話し足りない方もいるでしょうし」
クレーの提案にステファが賛成し、スフィンクス近くでの休憩となる。
「ペン〜。どぉ〜ぐぅ〜!」
ポーレットは大急ぎでロバ・アグネスからスケッチ用の道具を取りだす。そして岩場に座り、天井穴からの木漏れ日に照らされるスフィンクスを描いた。
「行きはうまくやり過ごしたのですが、オーガ族の大集落については何か知っていますか?」
レオパルドはこれから通過しなくてはならないオーガ族の大集落について訊ねると、スフィンクスの瞳が瞼で半分塞がる。よい話ではないらしい。
「天井の穴からやってくるフェアリーによれば、ここ数日の間、オーガ共は荒れている様子。理由は定かではない。充分に気をつけられよ」
スフィンクスの表情から危険が待ち受けている事をレオパルドは読みとった。
「最後に僕からの謎かけです。『それは大切なもの 掴み取れない形のないもの でも普段は誰も気にする事はない とても不思議なもの 始まりが解らない 奇跡そのもの』とは?」
レオパルドの問いにしばらくスフィンクスが首を捻る。
「それは『心』だな」
「その通りです。通して頂いたりと、いろいろとありがとう御座いました」
スフィンクスにレオパルドは騎士としての礼をする。
小一時間の休憩をとり終わり、一行はスフィンクスに別れを告げて洞窟をさらに進んだ。
大集落側の洞窟の出入り口に到着したのはすでに日が暮れた後であった。
「騒がしいですね‥‥」
ステファの呟きに仲間も同意する。
大集落が近いとはいえ、行きに洞窟近くで野営をした時にはオーガ族の気配はなかった。今は呻き声などのオーガ族の存在を示すものが近く感じられる。
スフィンクスの縄張りの為か、さすがに洞窟には入ってこないが今まで以上の危険を感じる。焚き火も控え、一行は洞窟出入り口から少し奥で野営を行うのであった。
●大脱出
「ダメね‥‥。そこらへんにいるわぁ〜」
偵察から戻ったポーレットが洞窟に隠れる仲間に状況を説明する。オーガ族の徘徊は非常に密度が濃くて隙がない。夜も昼も区別なく、まるで何かに急かされているようだ。
「さらに増えてる感じ、ですね」
ミカエルが周辺をバイブレーションセンサーで探り、ポーレットの報告を裏付ける。
「穏便には無理でしょうか?」
レオパルドがオーラテレパスでオーガ族に交渉をしてみてはどうかと仲間に切りだす。
すべてのオーガ族が人の敵ではない。ただ大多数が敵なのは、はっきりとしていた。洞窟では逃げ場はなく、途中で囲まれたりしたら交渉どころではなくなる。
仕方なくオーガ族一体を捕まえ、レオパルドがオーラテレパスで会話を試みた。どうやら最近になってデビルが現れて強く魅了を施したようだ。その際に人への強い憎悪を植え付けていったらしい。
パリからまだ遠い地で、これ以上の足止めは旅の失敗を意味する。
七日目の日の出直前、覚悟を決めた一行は強硬手段をとった。囮を使い、その間にオーガ族の大集落周辺を脱出する作戦である。
ポーレットは蹄鉄の護符と天使の羽飾りを貸す。ミカエルには新たに描き写した地図を手渡すと洞窟から飛びだした。
「アタシちゃんが相手よぉ〜!!」
大きな声で叫んだポーレットは木々の枝葉から現れては出てを繰り返す。オーガ族共が集まりだすと徐々に洞窟から離れるように飛び回る。
空を飛んでいるからといって必ずしも安全ではなかった。木に登ってくるオーガ族もいるし、石や木の棒などの投擲攻撃もある。
「今のうちに‥‥」
狩猟の知識で森に詳しいクレーが先頭に立ち、洞窟から仲間を引っ張る。
(「ポーレットさん、ありがとう」)
ステファはポーレットのペットも合わせて二頭のロバを引き連れて走る。
「最短は右方向の丘の上経由、ですね」
ミカエルはバーニングマップで知った大集落近くを早く抜ける最短距離を知らせた。バイブレーションセンサーでオーガ族の位置も先読みもする。
「出来るなら戦いたくはありませんが‥‥」
レオパルドは遭遇したオーガ族の金棒攻撃を肩で受けてカウンターで剣を叩き込んだ。立ち位置に気をとめるのは仲間の安全の為である。
「停止させます」
エミリアはコアギュレイトで次々とオーガ族を動けなくする。倒す必要はなく、移動を優先する。
ある程度大集落から離れると、ミカエルは空中にファイヤーボムを放つ。ポーレットに仲間の位置を知らせる為だ。真上ではなく、わざとずらすのを忘れなかった。
何度か戦いはあり、一行は怪我もしたが全員動ける状態でオーガ族の大集落近くを抜けだした。
猟師が狩りに使う空いている小屋を借りて、その晩は一夜を過ごす。
八日目の朝、小屋から出てきた一行は誰もが元気であった。治療も無事に終わり、万全である。
目指すはパリ。
二つの難関を乗り越えた一行だが、気を引き締めた。
●巡礼の終わり
ステファの体力を考えながら、残る帰りの巡礼の旅は続く。
途中でステファが軽く熱を出して予定が一日遅れたものの、十三日目の暮れなずむ頃に一行はパリの地を踏んだ。冒険者ギルドに立ち寄って報告をし終わる。
「あの‥‥、よろしければ、とても名残惜しく。最後のお話をしませんか?」
ステファの誘いによって全員でパリのレストラン・ジョワーズに立ち寄る。個室を用意してもらい、仲間だけの席になる。
「誰一人欠けることなく、巡礼の旅が終わったのを感謝致します」
それぞれに旅が無事終わった事への感謝の祈りをし、ワインを頂いた。注文した料理を食べながら各々が旅の感想を口にする。
「後で親御さんに会わせて頂けますか? よい旅であったのを是非に伝えたいと思いまして」
「はい! わたしだけでは旅のすべてを伝える自信はありませんので、よろしくお願いしますね」
エミリアの申し出をステファが笑顔で受け入れる。
「描いた絵が全部無事でよかったわぁ‥‥。もしダメになってたら、とんぼ返りで巡礼の旅に出かけていたのかもぉ〜」
ポーレットの冗談に全員が笑い声をあげる。
「ステファさん、ある国の伝承にこんなものがあるんです‥。『こちら側の人間が、亡くした者を思って泣くと、あちらにいったその人は、涙の海で溺れてしまう』。巡礼は、再生の為の儀式とも言われています。あなたは今回再生の儀式を踏んだ。もう、きっと。強い力が自分の中に宿りました、よ」
「そうですね。兄の事、もう一度両親と話し合ってみるつもりなんです。お互いに腫れ物に触るような日々を送ってきましたから‥‥。兄の死を受け入れた上でこれからを生きていきたいと考えてます」
ミカエルの優しい言葉にステファは涙目で頷いた。
「それにしても、あっという間に思えるほど、楽しかったな〜。そりゃ危険もあったけど、たくさんの本も読めたし、海岸から眺めたモン・サン・ミシェルの風景は忘れられないね」
クレーがワインを呑んだ後呟くと全員が頷いた。モン・サン・ミシェル修道院がある風景はそれだけで神々しいものであった。
「ステファさんは、僕達がこの巡礼をした意味をどう考えますか?」
「わたしにとっては踏ん切りがついたという意味が大きかったです。長く、長く歩いているうちに様々な思い出が去来しました。巡礼の旅とはすなわち考える時間であり、すなわち自分と向き合う時間でありました。モン・サン・ミシェル修道院での祈りの時間はさらに考えを深めるきっかけになったと思います」
レオパルドの問いにステファが即答する。
「普段の生活からかけ離れた時間で、自分を見つめるよいきっかけになった方も多いはずです。僕も自分の魂と語らいました」
レオパルドはあらためて命に感謝して食事を頂いた。
すでに空には星が瞬く時間、全員でステファを屋敷まで送った。互いに疲れているので、エミリアの訪問は後日となる。
ステファの両親から娘の無事の感謝として指輪と謝礼金が冒険者達に手渡された。
「天使ミカエル様が夢に現れて、ステファちゃんは巡礼の旅を思い立ったのよね。ただの夢かも知れないしぃ〜、でも、モン・サン・ミシェルが建てられたきっかけもミカエル様の夢のお告げだったのよね〜」
最後にポーレットは冒険者仲間にだけ考えを話す。何か重要な役目をステファが担っているのではないかと。世継ぎを産むのが責任となる王妃や要人の妻に、身体が弱いステファがなるとは考えにくい。
「もしかしてぇ『十二の良き者』? まっさか、ねぇ?」
ステファは自らの考えを話しながら、頭の隅に追いやった。十二の良き者とはジーザス教において救世主再降臨のきっかけとなる者達の事である。
しばらく一緒に歩いた後、冒険者達は互いに惜しみながら別れたのだった。
その後、エミリアはステファの屋敷の他にパリの教会へ出向く。大司教と謁見し、ビショップとして代理の承認がされる。
時間がかかったものの、承認の事実はアビニョンにある白教義教皇庁に伝えられ、正式に教皇に認められる事となった。