モン・サン・ミシェルへの巡礼

■キャンペーンシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:35 G 91 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月05日〜08月10日

リプレイ公開日:2008年07月14日

●オープニング(第2話リプレイ)

●目覚め
 六月二十一日。到着から一晩が過ぎたモン・サン・ミシェル修道院での一日目の朝が訪れる。
 一行の誰もが目覚めた瞬間に砂と土で汚れている自身に気がつく。記憶はあったが、疲労で朦朧としていてあまり気にせず寝てしまったのだ。
 ポーレット・モラン(ea9589)、エミリア・メルサール(ec0193)、ステファの女性三人は、ミカエル・テルセーロ(ea1674)、クレー・ブラト(ea6282)、レオパルド・ブリツィ(ea7890)の男性三人が休んでいる部屋を訪れた。
 他の巡礼者から沐浴の出来る場所を教えてもらったので、行こうと誘ったのである。
 小島には雨水を貯めておく貯水槽もあったが、北側には真水の湧く泉があった。言い伝えによると、祈りに応えて天使ミカエルが示してくれたのだという。
 移動する最中、一行は周囲の景色を眺める。教会施設が島の頂上にあり、少し下って巡礼者用の建物が並ぶ。
 石材を始めとする様々な物資が置かれている。これからさらなる増築が行われる予定らしい。一部はすでに着工していた。
 沐浴を済ませて身綺麗にし、貸してもらった修道士や修道女の服に袖を通す。
「汚れたままだったからしょうがないけどぉ‥‥、これからはちゃんと聖務とミサに出席するわ〜」
 部屋までの帰り道、ポーレットは仲間の目線に合わせて飛んでいた。他の者達も全員が出席するつもりである。
「そうそうっ〜、ステファちゃん、落ちかけたとき怪我してない? ちょっと屈伸とかしてみてくれるぅ?」
 ステファの歩き方に不自然さはなかったが、念の為にポーレットは確認を願う。肘、足首など、どこも問題はなくて冒険者全員がほっとする。
「修道院は規則正しい生活が基本ですが、こちら特有の仕来りとかあるのでしょうか?」
 エミリアは自問しながら、ステファをちらりと眺めた。ステファは修道院生活が初めてのはずだ。フォローはするが、出来る限り彼女の自主性に任せるつもりでいた。
「保管されている聖書とか、閲覧させてもらえるかな。建物とかも興味あるけど」
 クレーはモン・サン・ミシェルでの日々を主に読書で過ごすつもりでいた。もちろん建物にも興味がある。ガーゴイルの石像から始まって、出入り口上部を飾るタンパンの彫刻に、レリーフなどいろいろな場所で見かける。興味は尽きそうもない。
「僕も興味あるよ。一緒に頼んでみよう。ステファさんはどう?」
 ミカエルがクレーにニコリと頷いた後で、ステファを振り向く。
「わたしもご一緒させてもらいます。楽しみですね」
 ステファはミカエルに会釈した。
「僕もそうするつもりです。読んだり写本をしたいと考えています」
 レオパルドはふと今は満ちている海を眺める。噂では北海、ドーバー海峡周辺で十五日前後に津波が起きているという。直前の十五日に被害はなかったのか、修道院長との面会の際に聞いてみるつもりである。
 部屋に戻ると使いの修道女が訪れる。望むのなら明日午前のミサが終わった後、修道院長と面会が出来ると。
 ステファが代表して一行全員の面会を申し出るのだった。

●面会
 二日目、一行全員がミサに出席し、その後で修道院長との面会となった。
 礼拝場内はとても明るい。屋根が木製のおかげで窓がたくさんあるおかげのようだ。
「パリから巡礼に来られたそうですね。まずはこちらをお渡し致しましょう。モン・サン・ミシェルを訪れた証となるはずです」
 修道院長が一行全員に手渡したのは、『ミカエルの十字架』である。巨大貝の殻を削って作られ、彫られた溝には赤色が流し込まれていた。一見すると真っ赤な十字架のようにも見える。
 一行は感謝の言葉を口にする。そして一人ずつ修道院長との会話時間が用意される。
「夢を観たのです。天使ミカエル様が現れる夢をです。恐れおおくはありますが、ミカエル様は亡くなった兄に似てました。モン・サン・ミシェル修道院がミカエル様を称える場所だと聞き、決意したのです――」
 ステファは巡礼の理由を述べた。
「ステファさんのお兄様が天に召されている証拠でありましょう」
 修道院長は胸の前で十字を切る。
「お聞きしたい事が御座います」
 エミリアはこれまでの修行について修道院長に相談した。修道院長はエミリアを別室に呼び、いくつかの試しを行った。すぐに礼拝堂へと戻ってくる。
「ビショップへの承認には様々な手続きが必要となります。パリの大司教に一筆したためましょう。パリに到着したのなら立ち寄りなさい」
「ありがとうございます」
 エミリアは深く祈りを捧げた。
「書庫への入庫許可はもらえませんか? 是非閲覧をお願いします」
 クレーが閲覧の許可を修道院長に訊ねる。加えてレオパルドが写本をしてもよいかと付け加えた。
「蔵書の閲覧については希望を叶えられましょう。ですが写本は特別な事情がない限り許可しておりません。閲覧だけでよろしいでしょうか?」
 クレーは閲覧さえ出来れば問題はない。レオパルドは修道院長の言葉を受け入れた。
「ありがとうございます。僕も蔵書に興味あります。大切に拝読させて頂きますね」
 ミカエルがお礼をいうと修道院長は微笑んだ。
「天使ミカエル様と同じ名をお持ちなのですね」
「僕なんかには、似合わないです‥‥」
「そんな事はありませんよ。どうかミカエル様のご加護がありますように」
 修道院長は祈りを捧げる。
「十五日前後、海では津波が起こると噂を聞きました。津波の被害はあったのでしょうか? 一見したところ被害はなかったように思えますが」
「心配して頂いてありがとう御座います。普段より高い波はありましたが、被害といえるものは特に。地形のおかげでしょうか。しかし、ただならぬ状況なのは理解しております。考えられるのはデビルの仕業ですが、その正体は未だはっきりとしていません」
 レオパルドの心配は修道院長に通じる。かなり気にしている様子が窺えた。
「デビルっていうだけで大変だし‥‥。ステファちゃんの観たミカエル様の夢は啓示なのかしら? 院長様はどう考えられてます?」
 ポーレットは様々な聖書の逸話を思いだしながら修道院長に訊ねる。
「似たような伝承はいくつかあります。ですが、今回がそれと合致するかはしばしの時間が必要でしょう。注意にするに越したことはありません。それとかなり以前ですが、見張りの修道士からおかしなものを目撃したという報告もありました」
「おかしなもの?」
「それが曖昧な表現で‥‥。クジラではないかと問いただしたのですが、そうではないらしいのです」
 ポーレットは修道院長への質問を止めた。直接目撃した修道士に話を聞いてみようと考える。
 蔵書の閲覧から始まって、大抵のモン・サン・ミシェル修道院施設の見学が許可されるのだった。

●本
 書庫で日々を送った冒険者は多かった。他の事を主にしていた冒険者でも何度かは訪れる。他で見たことがない本が本棚には仕舞われていた。
「いろいろとあるんだね」
 ミカエルは仲間から借りたランタンで照らし、書庫に並べられた本を眺める。どれも大きく見えるのはミカエルがパラだからでない。人間にとっても大きくて厚く、重いものばかりなのである。
「こちらなんてどうでしょう? みなさん、興味があると思いますけど」
 ステファが聖人が残した天使についての写本を手に取ろうとする。
「危な〜い!」
 当然ステファ一人では持てず、レオパルド、ミカエルが手を貸す。クレーが持ってきた台車に載せられて、本は専用の机に移動させられた。
 修道院の本だけあって、すべてがラテン語といってよかった。
 書庫には冒険者以外にいなかったので、レオパルドが翻訳しながら音読を始める。ラテン語が苦手な者にもわかるように。
 ミカエルの逸話はかなり多い。聖書にある竜との戦いや、ある書物にはモーゼに十戒を渡したのはミカエルだという説も載っている。
「ノルマンだけではない、いろんな地方のミカエル様の伝承が書かれてありますね」
 レオパルドは感心した。整理された形で、天使ミカエルについてこれだけの資料があるのはモン・サン・ミシェル修道院だけだ。他にあるとすれば教皇庁ぐらいだろう。
 戦いの天使とされているだけあって、かなりの人気である。
 何日にも渡って、たくさんの本に目が通されてゆく。
(「黙示録‥‥蒼ざめた馬‥‥。蛇と呼ばれる――」)
 クレーは一人の時に天使と悪魔の戦いについての資料を探しては目を通した。
「ジャパンの神社参りやイスパニアの巡礼地‥‥。共通点があるんだ。面白いね」
 ミカエルは遠く離れた土地なのに、似た風習がある事に驚いた。月道のある現在なら理解できるのだが、記されているのはかなり昔の出来事である。
 四人で読んでゆくうちに、ステファがパリを恐怖に陥れたノストラダムスの預言を話題にする。
 預言とされた四行詩は聖書の黙示録を解釈し直したものだともいわれている。あくまで噂の域であるが。
 結果として預言の脅威は去ったものの、パリを襲ったアガリアレプトの暗躍は未だ続いている。ミカエルではないものの、別の天使が降臨したというまことしやかな噂もあるようだ。
 書庫にはエミリアの姿もあった。
 他の四人と興味がずれていたので読んだ本は別である。だが、相手が読みたくなるような本を見つけたら声をかけあっていた。
(「なかなかありません。やはり遠い土地だからですか‥‥」)
 エミリアが調べていたのはエジプトで問題となっていた『蛇・アポピス』についてである。
 残念ながら詳しいといえる資料は存在してなかった。太陽神ラーにはむかった『混沌の蛇』であるなどは載っていたが、それ以上のものは存在しなかった。

●絵
「上からだと違ったように見えるわぁ〜♪」
 ポーレットはモン・サン・ミシェル修道院の小島上空を飛んでいた。
 眼下にある頂上付近の教会施設は十字架をかたどっている。
 併設する建物はあるので厳密には凸凹しているのだが、基本は十字を描くように建てられているのは間違いない。
 風が弱いうちにポーレットは全景の写生を始める。
 モン・サン・ミシェルは太陽の傾きによって刻々と姿を変えてゆく。何枚描いたのか忘れるぐらいにポーレットはペンと筆を走らせた。
「津波の被害はなかったっていってたけどぉ‥‥」
 ポーレットは小島の外縁部分で土が削られた個所を発見する。雨で流れたのではなく、一気に削られた感じだ。草木の状態からいって最近の出来事であり、まず間違いなく津波のせいだろう。
「レオちゃんには伝えておきましょ」
 部屋のある建物に戻るとレオパルドに教えるポーレットであった。

●見学
 全員で修道院を一緒に回った日もあった。
「ロウソクがたくさんあるね。マリア様の像だよ」
 ミカエルが見上げるように像を見つめる。マリアが赤子のジーザスを抱きかかえている姿だ。
 修道院には礼拝場は一個所だけではなく、いくつか存在した。地下にあったり、もしくは土台にする為に今は使えなくなった場所などいろいろである。
「たくさんの柱があるわぁ〜。ここも描かないとね」
 ポーレットは散策の間を支える柱を縫うように飛んでみた。横断アーチがいくつもある。天井は低かったが、かなりの広さがあった。他にもポーレットは刻まれたレリーフや飾られている小さなミカエル像まで全てを描ききるつもりである。
 海が見える踊り場で冒険者達は夕日を眺めた。
「夢の中のミカエル様に、お兄さんを見たって、どんな方、だったんですか?」
 ミカエルの問いにステファが話し始める。
 幼い頃のステファは今以上に虚弱で、少し遊んだだけでよく熱を出していた。兄はベットで寝ているステファを心配して楽しいお話をしてくれたという。
 ところが元気だった兄が流行病で亡くなり、病気がちであった自分が生き残る。誰のせいでもないのはわかっているが、わだかまりが未だ心の中に燻っているとステファは吐露する。
「一緒に読んだ本の中にもあったでしょう。ミカエル様は、お兄さんはきっとステファさんを見守ってくれていますよ」
 レオパルドは俯き加減のステファを元気づける。
「その通りや。元気だしてな」
 クレーはステファの夢に出てきたのが天使ではなく悪魔だったのではないかと疑っていた。しかし修道院では何事もなくて杞憂に終わりそうだ。
「寝る前にお兄ちゃんの容貌教えてくれる? 人相描きしてみたいの〜☆」
 ポーレットの願いにステファは『是非に』と返事をする。ミカエルの姿で夢に出てきた事も聞いているし、もしも美形なら注文された絵のモデルにするつもりでいた。
「旅の最後にはきっと答えが見つかっているはずです。旅の記録はつけられましたか?」
 エミリアはステファに手記を書く事を勧めていた。今回の巡礼が先人の手記で始まったように旅の情報は貴重である。
 ステファは書いていると答えた。ただ後に清書が必要なようだ。
「僕も書いているよ。文章と絵、両方の巡礼の記録を残すつもりなんだ」
 ミカエルが丸めた羊皮紙を胸元から取りだして見せる。そして海へ振り向く。
「ここから見る夕日は、本当に‥‥。どうすればこの美しさを伝えられるのか、悩んでしまうけどね」
 ミカエルが呟く。全員が太陽が沈むまで、その場を離れる事はなかった。

●帰り支度
 十四日目、一行は帰り支度を整えていた。
 別れの挨拶の為にもう一度修道院長と面会する。その際にポーレットは儀礼用短剣と天使ミカエルの絵を進呈した。モデルはステファの兄である。
 もちろんポーレットはステファにも兄の絵をプレゼントしてある。とても大事にステファが仕舞っていたのがポーレットの印象に残った。
 海で何かを見た修道士に興味を抱いたのはポーレットだけではなかった。数日前に全員で話を聞く。曖昧な表現であったが、どうやら巨大な魚のヒレのようなものを目撃したらしい。それがデビルなのかまではわからなかった。
 見張りの修道士に潮の満ち引きについて聞いて帰りの準備のすべては終わる。
 兄が亡くなってしまった事へのステファのわだかまりも、祈りによって大分和らいだようだ。完全に克服出来るかはまだ誰も知らない。
 長いパリへの旅に備えて早めに就寝した一行であった。

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ec0193 エミリア・メルサール(38歳・♀・ビショップ・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●出発
「ありがとうございます。修道士サマ」
 朝早く起きたポーレット・モラン(ea9589)は木材が積まれる保管場を訪れていた。板があれば、干潟のぬかるみが酷い個所で役に立つと考えたからだ。主にのんびりとした性格のステファ用である。
「ポーレットさんも?」
「あら、レオちゃんも?」
 レオパルド・ブリツィ(ea7890)の姿も保管場にあった。行きの干潟の途中、馬やロバが足をとられる場面に何度か遭遇した。ソリ状の板があれば役に立つかも知れないと考えたレオパルドだ。
 一日目の昼頃、ちょうど潮が引く時間が出発となる。
「家に着くまでが巡礼〜ってね」
「そうですね。充分に注意しませんと」
 クレー・ブラト(ea6282)がステファのロバの調子を見てあげる。足を持ち上げたり、蹄を確認する。モン・サン・ミシェルにいる間、クレーはペット達の世話を欠かさなかった。
「大丈夫。元気やね」
 クレーはステファにロバの手綱を手渡した。
「ステファさん、干潟はすり足で歩くといいですよ」
 ミカエル・テルセーロ(ea1674)は杖代わりの木の棒を用意する。突いて深いぬかるみがないか調べる為である。
「殿はわたくしが務めましょう」
 石階段を降りたエミリア・メルサール(ec0193)は敷かれた板間に足を乗せる。仲間もつい先程まで海底であった干潟に降り立つ。
 まずはポーレットが偵察が出向き、安全を確かめてから出発する。祝福などのいざという時の魔法付与も忘れなかった。
 行きよりも弱い潮風であったが、それでも髪は大きくなびく。風向きを知る方法としてポーレットのロバには荷物から伸びる棒の先にリボンが取り付けられていた。
「風と足下に気をつけて下さい」
 レオパルドと馬マルダーを風よけにして一行は干潟を進んだ。
(「目撃されたヒレ‥‥デビルでなければいいのですが」)
 ミカエルはふとモン・サン・ミシェルを振り向く。修道士が目撃したという巨大な魚のヒレが思いだしたのである。干潟の向こうには海が広がっているはずだ。
 仲間で考察した時、ヒレの正体は海の魔物リヴァイアサンではないかとエミリアが言及していた。
 ちなみにエミリアが会ったエジプトの守護天使ラハブはリヴァイアサンと同一視される事があるらしい。そんなはずはなく、愚かしいとエミリアはいっていた。
「ここからが難所のようです。底無し沼のような穴も点在します。お気をつけて」
 レオパルドは仲間にも渡した板を手にする。沈みがちの砂地があれば折り曲げた片足を乗せて、もう片足で蹴るようにすれば進みやすいはずだ。馬やロバが沈まないように、一時的に荷物の一部も背負う覚悟もある。
「ステファちゃんは、アタシちゃんが置く板の上を歩いてねぇ〜」
 ポーレットはステファを導く為に板をぬかるみに置いた。何枚か用意し、過ぎ去るとステファの前方に移動させる。
 干潟のぬかるみとの格闘の末、全員が無事に海岸へたどり着いた。
 クレーが遠くの小島に建つモン・サン・ミシェル修道院を見つめた。滞在期間の思い出が蘇ってくる。
 一日目は旅を無理に続けず、近くの町の空き地で野営を行う。
 干潟を歩くのは非常に疲れるものだ。満潮の恐怖と、もしものモンスターの襲来は体力だけでなく精神も根こそぎ削りとってしまう。
 モン・サン・ミシェル修道院巡礼の最大の難所といわれる所以であった。

●スフィンクス
 体力の配分を考えながら一行は歩んだ。三日目の夕方には洞窟海側の出入り口部分に辿り着く。
 一晩を野営で過ごし、四日目の朝からランタンで闇を照らしながら洞窟内を進む。
「どうだったかい。モン・サン・ミシェルは」
 数時間が経つと、行きに出会ったスフィンクスと再会する。
「おかげで無事に干潟を渡りきることが出来ました。ありがとう御座います」
 エミリアは旅の助言をしてくれたスフィンクスに感謝した。
「礼にはおよばない。あれは謎解きだからな」
 スフィンクスがエミリアにウインクをする。
「ただいま、ですね。興味深いものが見れました」
 笑顔のミカエルはスフィンクスに春の香り袋を取りだす。
「ふと‥ね思ったんです。洞窟は季節を感じられるものがあまりなくて寂しくないかなって。貰って‥くれませんか? また、いつか来ます」
「そうか。なら、ありがたくもらっておこう。ミカエルといったな。再び会える時の為に新たな謎解きでも考えておこうか」
 スフィンクスが差しだした手にミカエルは袋を乗せた。
「少しだけ、休憩しませんか? ここまで歩きづめでしたしね」
「それがいいですね。まだスフィンクスさんと話し足りない方もいるでしょうし」
 クレーの提案にステファが賛成し、スフィンクス近くでの休憩となる。
「ペン〜。どぉ〜ぐぅ〜!」
 ポーレットは大急ぎでロバ・アグネスからスケッチ用の道具を取りだす。そして岩場に座り、天井穴からの木漏れ日に照らされるスフィンクスを描いた。
「行きはうまくやり過ごしたのですが、オーガ族の大集落については何か知っていますか?」
 レオパルドはこれから通過しなくてはならないオーガ族の大集落について訊ねると、スフィンクスの瞳が瞼で半分塞がる。よい話ではないらしい。
「天井の穴からやってくるフェアリーによれば、ここ数日の間、オーガ共は荒れている様子。理由は定かではない。充分に気をつけられよ」
 スフィンクスの表情から危険が待ち受けている事をレオパルドは読みとった。
「最後に僕からの謎かけです。『それは大切なもの 掴み取れない形のないもの でも普段は誰も気にする事はない とても不思議なもの 始まりが解らない 奇跡そのもの』とは?」
 レオパルドの問いにしばらくスフィンクスが首を捻る。
「それは『心』だな」
「その通りです。通して頂いたりと、いろいろとありがとう御座いました」
 スフィンクスにレオパルドは騎士としての礼をする。
 小一時間の休憩をとり終わり、一行はスフィンクスに別れを告げて洞窟をさらに進んだ。
 大集落側の洞窟の出入り口に到着したのはすでに日が暮れた後であった。
「騒がしいですね‥‥」
 ステファの呟きに仲間も同意する。
 大集落が近いとはいえ、行きに洞窟近くで野営をした時にはオーガ族の気配はなかった。今は呻き声などのオーガ族の存在を示すものが近く感じられる。
 スフィンクスの縄張りの為か、さすがに洞窟には入ってこないが今まで以上の危険を感じる。焚き火も控え、一行は洞窟出入り口から少し奥で野営を行うのであった。

●大脱出
「ダメね‥‥。そこらへんにいるわぁ〜」
 偵察から戻ったポーレットが洞窟に隠れる仲間に状況を説明する。オーガ族の徘徊は非常に密度が濃くて隙がない。夜も昼も区別なく、まるで何かに急かされているようだ。
「さらに増えてる感じ、ですね」
 ミカエルが周辺をバイブレーションセンサーで探り、ポーレットの報告を裏付ける。
「穏便には無理でしょうか?」
 レオパルドがオーラテレパスでオーガ族に交渉をしてみてはどうかと仲間に切りだす。
 すべてのオーガ族が人の敵ではない。ただ大多数が敵なのは、はっきりとしていた。洞窟では逃げ場はなく、途中で囲まれたりしたら交渉どころではなくなる。
 仕方なくオーガ族一体を捕まえ、レオパルドがオーラテレパスで会話を試みた。どうやら最近になってデビルが現れて強く魅了を施したようだ。その際に人への強い憎悪を植え付けていったらしい。
 パリからまだ遠い地で、これ以上の足止めは旅の失敗を意味する。
 七日目の日の出直前、覚悟を決めた一行は強硬手段をとった。囮を使い、その間にオーガ族の大集落周辺を脱出する作戦である。
 ポーレットは蹄鉄の護符と天使の羽飾りを貸す。ミカエルには新たに描き写した地図を手渡すと洞窟から飛びだした。
「アタシちゃんが相手よぉ〜!!」
 大きな声で叫んだポーレットは木々の枝葉から現れては出てを繰り返す。オーガ族共が集まりだすと徐々に洞窟から離れるように飛び回る。
 空を飛んでいるからといって必ずしも安全ではなかった。木に登ってくるオーガ族もいるし、石や木の棒などの投擲攻撃もある。
「今のうちに‥‥」
 狩猟の知識で森に詳しいクレーが先頭に立ち、洞窟から仲間を引っ張る。
(「ポーレットさん、ありがとう」)
 ステファはポーレットのペットも合わせて二頭のロバを引き連れて走る。
「最短は右方向の丘の上経由、ですね」
 ミカエルはバーニングマップで知った大集落近くを早く抜ける最短距離を知らせた。バイブレーションセンサーでオーガ族の位置も先読みもする。
「出来るなら戦いたくはありませんが‥‥」
 レオパルドは遭遇したオーガ族の金棒攻撃を肩で受けてカウンターで剣を叩き込んだ。立ち位置に気をとめるのは仲間の安全の為である。
「停止させます」
 エミリアはコアギュレイトで次々とオーガ族を動けなくする。倒す必要はなく、移動を優先する。
 ある程度大集落から離れると、ミカエルは空中にファイヤーボムを放つ。ポーレットに仲間の位置を知らせる為だ。真上ではなく、わざとずらすのを忘れなかった。
 何度か戦いはあり、一行は怪我もしたが全員動ける状態でオーガ族の大集落近くを抜けだした。
 猟師が狩りに使う空いている小屋を借りて、その晩は一夜を過ごす。
 八日目の朝、小屋から出てきた一行は誰もが元気であった。治療も無事に終わり、万全である。
 目指すはパリ。
 二つの難関を乗り越えた一行だが、気を引き締めた。

●巡礼の終わり
 ステファの体力を考えながら、残る帰りの巡礼の旅は続く。
 途中でステファが軽く熱を出して予定が一日遅れたものの、十三日目の暮れなずむ頃に一行はパリの地を踏んだ。冒険者ギルドに立ち寄って報告をし終わる。
「あの‥‥、よろしければ、とても名残惜しく。最後のお話をしませんか?」
 ステファの誘いによって全員でパリのレストラン・ジョワーズに立ち寄る。個室を用意してもらい、仲間だけの席になる。
「誰一人欠けることなく、巡礼の旅が終わったのを感謝致します」
 それぞれに旅が無事終わった事への感謝の祈りをし、ワインを頂いた。注文した料理を食べながら各々が旅の感想を口にする。
「後で親御さんに会わせて頂けますか? よい旅であったのを是非に伝えたいと思いまして」
「はい! わたしだけでは旅のすべてを伝える自信はありませんので、よろしくお願いしますね」
 エミリアの申し出をステファが笑顔で受け入れる。
「描いた絵が全部無事でよかったわぁ‥‥。もしダメになってたら、とんぼ返りで巡礼の旅に出かけていたのかもぉ〜」
 ポーレットの冗談に全員が笑い声をあげる。
「ステファさん、ある国の伝承にこんなものがあるんです‥。『こちら側の人間が、亡くした者を思って泣くと、あちらにいったその人は、涙の海で溺れてしまう』。巡礼は、再生の為の儀式とも言われています。あなたは今回再生の儀式を踏んだ。もう、きっと。強い力が自分の中に宿りました、よ」
「そうですね。兄の事、もう一度両親と話し合ってみるつもりなんです。お互いに腫れ物に触るような日々を送ってきましたから‥‥。兄の死を受け入れた上でこれからを生きていきたいと考えてます」
 ミカエルの優しい言葉にステファは涙目で頷いた。
「それにしても、あっという間に思えるほど、楽しかったな〜。そりゃ危険もあったけど、たくさんの本も読めたし、海岸から眺めたモン・サン・ミシェルの風景は忘れられないね」
 クレーがワインを呑んだ後呟くと全員が頷いた。モン・サン・ミシェル修道院がある風景はそれだけで神々しいものであった。
「ステファさんは、僕達がこの巡礼をした意味をどう考えますか?」
「わたしにとっては踏ん切りがついたという意味が大きかったです。長く、長く歩いているうちに様々な思い出が去来しました。巡礼の旅とはすなわち考える時間であり、すなわち自分と向き合う時間でありました。モン・サン・ミシェル修道院での祈りの時間はさらに考えを深めるきっかけになったと思います」
 レオパルドの問いにステファが即答する。
「普段の生活からかけ離れた時間で、自分を見つめるよいきっかけになった方も多いはずです。僕も自分の魂と語らいました」
 レオパルドはあらためて命に感謝して食事を頂いた。
 すでに空には星が瞬く時間、全員でステファを屋敷まで送った。互いに疲れているので、エミリアの訪問は後日となる。
 ステファの両親から娘の無事の感謝として指輪と謝礼金が冒険者達に手渡された。
「天使ミカエル様が夢に現れて、ステファちゃんは巡礼の旅を思い立ったのよね。ただの夢かも知れないしぃ〜、でも、モン・サン・ミシェルが建てられたきっかけもミカエル様の夢のお告げだったのよね〜」
 最後にポーレットは冒険者仲間にだけ考えを話す。何か重要な役目をステファが担っているのではないかと。世継ぎを産むのが責任となる王妃や要人の妻に、身体が弱いステファがなるとは考えにくい。
「もしかしてぇ『十二の良き者』? まっさか、ねぇ?」
 ステファは自らの考えを話しながら、頭の隅に追いやった。十二の良き者とはジーザス教において救世主再降臨のきっかけとなる者達の事である。
 しばらく一緒に歩いた後、冒険者達は互いに惜しみながら別れたのだった。


 その後、エミリアはステファの屋敷の他にパリの教会へ出向く。大司教と謁見し、ビショップとして代理の承認がされる。
 時間がかかったものの、承認の事実はアビニョンにある白教義教皇庁に伝えられ、正式に教皇に認められる事となった。