モン・サン・ミシェルへの巡礼

■キャンペーンシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:35 G 91 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月21日〜07月27日

リプレイ公開日:2008年06月28日

●オープニング(第1話リプレイ)

●出発の時
「モン・サン・ミシェルへの巡礼の旅、よろしくお願い致します」
 パリ城塞門近くの空き地。依頼人ステファ・ベルリオーズは集まってくれた冒険者達に挨拶をする。傍らには荷物を運ぶためのロバもいた。
 巡礼の約束事を改めて伝えると、ポーレット・モラン(ea9589)がステファに近づいて誓いを立てた。シフールが空を飛ぶのは極自然な事だが、巡礼という特殊性もある。徒歩のステファから一キロ以上離れない約束であった。
「教会からお借りした本があると聞いているのだけどぉ〜。見せてもらえるぅ?」
「ええ、もちろんです。そんなには厚くありませんので‥‥そうですね。精読する時間として出発を遅らせましょう。次の教会の鐘が鳴り終わるまでとします。危険な旅になりますので、情報は共有しておきませんとね」
 ポーレットはステファから本を受け取った。
「わたくしにも見せて頂けますか?」
 エミリア・メルサール(ec0193)も興味があり、ポーレットと共に本を読み始めた。教会の持ち物だけあってラテン語で書かれてある。地図や注意事項もあり、後に続く巡礼者に向けられて作られたのがよくわかる。
「本は後で読ませて頂くとして、もう少し調べておく為に図書館にいってまいります。出発までには戻りますので」
 レオパルド・ブリツィ(ea7890)は愛馬マルダーに跨って遠ざかってゆく。巡礼は城塞門から出た時から始まるので今は問題なかった。
「ステファさん、こちらを受け取ってもらえるかな?」
 クレー・ブラト(ea6282)は用意してきたホタテ貝をお守りとして仲間に渡していた。別の巡礼地の話だが、証としてホタテ貝を持ち帰る事がある。いつしかホタテ貝が巡礼の安全を願うものに変化したらしい。
「いいものを頂きました。全員無事にモン・サン・ミシェルに辿り着けることでしょう」
 ステファは笑顔でホタテ貝を受け取ると祈りを捧げる。
「なるほど! こういう順路になるのですね」
 ミカエル・テルセーロ(ea1674)は描き写した巡礼ルートの地図をポーレットから受け取ると真剣に眺めていた。注意書きもラテン語とゲルマン語が併記されていてわかりやすい。レンヌの近くは通るものの、立ち寄りはしないようだ。
 安全を考えて夜は順路の町や集落にお世話になる。ただ出来る限り迷惑をかけないよう、空き地を借りての野営に留めるとあった。
 時は過ぎ去り、教会の鐘が鳴り響く。全員が用意を整えてある。
 ステファから緊急用の回復の薬が渡されると、全員で城塞門に向かう。
 門を潜り抜け、遠くの空を眺めた時から巡礼の旅は始まった。

●巡礼
「エジプトでお会いした方は結構お茶目でした。本の通りにいるとしたら、どんなスフィンクスなのか興味があります」
 歩きながらエミリアが巡礼仲間に話題を振る。すでに四日目になり、全員がうち解けていた。
「僕も興味があるよ。謎掛けをするなんてとっても変わっているよね」
 ミカエルは機嫌良くロバ・ロジーの手綱を引きながらも、前方を歩くステファを気にする。これまでの会話によれば、かなりのお嬢さん育ちである。物腰も柔らかく、親しみやすい人柄だが体力となると別だ。ステファが倒れてしまっては先行きが不安になる。
「もうすぐ森に差しかかりますね。ひとまずポーレットさんが戻るまで休憩にしてはどうです?」
「そ、そうですね。そうさせてもらいましょう」
 クレーもミカエルと同じようにステファの体力を気にしていた。様子をみては休憩を提案する。
 木陰の岩の上に座って休んでいると、森を上空から眺めてきたポーレットが戻ってきた。
「危険そうなモンスターは見かけなかったわよぉん〜」
 ポーレットは報告しながら低い位置の木の枝へと座り、ロバ・アグネスの頭を撫でてあげる。偵察に出かけている時はステファに任せていた。
 ポーレットは絵画道具を取りだすと、脳裏に焼き付けた景色を一気に描き上げる。
(「スフィンクスだって、山の全景だって、ぜ〜んぶ描きまくるっ!」)
 宗教画家を生業とするポーレットにとって今回の巡礼の旅は渡りに船だ。特に教会から注文を受けた『聖ミカエルの肖像画』を描く上でモン・サン・ミシェルはとても興味深い。
「森の中となると、これまでより野営の見張りに注意すべきでしょう。今のうちに決めておきますか」
 レオパルドはパリから離れるに従って危険な旅になってゆくのを感じ取っていた。オーガ族大集落はまだ先だが、野盗らしき一団とすれ違った瞬間もある。幸いなことに、こちらの実力を見抜いたのか襲われる事はなかった。
「それでは今晩から野営の周囲には罠を仕掛けますね」
 クレーはどの狩猟用の罠を作ろうか検討する。仲間の実力はかなりのものなので、早めに敵が来たのがわかる仕掛けが良さそうであった。
「そうです。天使様とお会いした事もあるのです」
「それは羨ましいことです。どのようなお姿だったのでしょう」
 野営についての話し合いが終わると、エミリアが体験談を話し始めた。ステファが興味深く聞いていた。話題はだんだんとスフィンクスに移ってゆく。
「それがいいね♪」
 ミカエルは機嫌良く同意した。
 謎を問いかけられた場合は、各自で答える事となる。本にもスフィンクスは決して意地の悪い事はしなかったとあるし、大丈夫だと判断したからだ。
(「せっかくだから‥‥」)
 ミカエルは考えがあった。
「それでは夕暮れ時まで一がんばりしましょう」
 レオパルドに続き、仲間も立ち上がる。
 カラスの鳴き声を聞きながら、巡礼一行は森の中に足を踏み入れるのであった。

●危険な大集落
 十日目の朝、冒険者達は覚悟を決める。
 ミカエルはポーレットが作ってくれた地図をバーニングマップで燃やして、洞窟までの最短距離を調べる。
 この地図の作成に一日がかけられていた。すべてはオーガ族の大集落を間近に控え、戦いを可能な限り避ける為だ。周囲には既にオーガ族が徘徊しており、地図作成の際にも何度か危ない事があった。
 神に見放されたカインの子孫がオーガ族になったという説話がある。オーガ族の大集落が巡礼の途中にあるのは、意味があることなのかも知れない。
 レオパルドがオーラテレパスでペット達を説得する。無闇に啼かないように頼んだのだ。
 クレーが先頭となり、殿はミカエルが行った。木々の枝葉に隠れたポーレットが周囲を監視する。
 レオパルドは武器を握ったまま歩く。エミリアは聖なる魔法をいつでも使えるように心の準備を整える。ステファは一行の中央で護られていた。
 半日の間、緊張の時間は続いた。
 ペットの口を押さえ、息を殺して茂みに隠れ、一メートル先を歩くオーガの集団をやり過ごす一幕もあった。
 一息をつけたのは洞窟の入り口に辿り着いてからだ。オーガ族は洞窟を避けているようで、近づくに従って徘徊する数が減っていった。
 太陽が沈み、まずは疲れを癒すために洞窟入り口付近で野営を行った。クレーが保存食の一部で、温かい料理を作り上げる。
 山の斜面にある洞窟は深く続いていた。ここを通れないとすればオーガ族との戦いは避けられなくなる。
 スフィンクスがいるのかどうか、今はまだ誰にもわかりはしなかった。

●謎解き
 十一日目、ランタンを頼りに一行は洞窟内を進んだ。凍える程ではなかったが肌寒い。高い天井と床をたくさんの鍾乳石が繋いでいた。
 先行したポーレットが洞窟の奥に明るい場所を発見する。戻って仲間と共に近づくと、天井に空いた穴から日光が差し込んでいるのがわかった。
 やがて洞窟を塞いでいたものが、岩ではなく別のものだと誰もが気がつく。
 巨人のようだが下半身は獅子のような身体をし、畳んではいるものの大きな翼を背中に持つモンスター、スフィンクスであった。
 ステファはしばらくスフィンクスを見上げて立ち尽くす。
「もしや、ここを通りたいというのか? 小さき者達よ」
 ゆっくりと顔を向けたスフィンクスが一行に話しかける。
「そ、その通りで御座います。我々は巡礼の者。モン・サン・ミシェル修道院を目指しています。この洞窟が近道だと本で読みましたが、本当でしょうか?」
「そのような者を通した事がある」
 スフィンクスが答えると、ステファは通過させて欲しいと願う。
「ならば巡礼の者に相応しい謎掛けに答えられたのなら通そう。神の剣たるを称える山に立ちはだかるは、速き馬の如く、地獄への入り口の如く深きモノなり。そのモノとはなんぞや?」
 スフィンクスは本と同じ謎を問いかけた。一行はそれぞれに考えてきた答えを言葉にする。
「押し寄せる速度は駆け馬のごとく、その深さは道を消す。‥満ちる潮、海、ですか?」
 スフィンクスに見ほれながらも、ミカエルは『海』と答える。
「自分も海かな。モン・サン・ミシェルの周りの海は、馬の如く速い海流に、地獄の如く深き洞窟があると聞くしね」
 クレーも『海』であった。スフィンクスは女性のような体型をしていた。
「モン・サン・ミシェルはかつて墓の山と呼ばれていました。速き馬とは死を表し、地獄の入り口も同じく。よって死が答えです」
 レオパルドは念の為にステファの前へ立ちながら『死』と答えた。
「えぇっとぉ、アタシちゃんも海ね。そは速き馬の如く引き、また満ちる潮であり、昏き闇を内包する深淵、または海溝でもある存在だから〜」
 ポーレットも『海』だ。スフィンクスをスケッチしたい所だが護衛を優先する。代わりにこれ以上ない眼力でスフィンクスを観察した。
「神の剣たる大天使ミカエル様を称えるの山、モン・サン・ミシェルの周囲には、干潮で人を誘いながらも破滅へと導く危険に満ちた潮の流れが存在すると聞きました。わたくしも答えは海です」
 『海』と答えたエミリアは、スフィンクスがとても楽しんでいるように思えた。
 ステファは冒険者達に感心する。依頼を出した後も調べたが、結局答えが見つからなかったからだ。
「ふむ、どれも正解としようか。あの小島の修道院には潮が引いた時、歩いて渡れる。速き馬とは潮の事。地獄の入り口とは潮が引いた時の干潟を指す。一見平らに見えるが、底なし沼のような個所がいくつもあるのだ。足をとられる砂地を歩き、見ただけでは判断しにくい穴を避けて向かうのはかなりの至難。くれぐれも気をつけるがいい」
 スフィンクスは巨体の位置をずらして洞窟の奥へと続く空間を開けてくれた。
 お礼をいった一行はスフィンクスの脇の下を潜り抜ける。最後尾を歩いていたミカエルが、顔を近づけてくれるようスフィンクスに頼んだ。
「謎かけのお好きなあなたに、僕からも。時に貴婦人の胸元を飾る、甘い香の白花は何ぞや?」
 笑顔のミカエルはスフィンクスに謎を問いかける。
「‥‥白い花というとマーガレットか?」
「答えはホワイトレースフラワーです♪ それでは謎かけ好きのスフィンクスさんいってきますね」
 ミカエルは大きく手を振ると走って仲間に追いつく。心の中で感謝の言葉を呟いて。
 洞窟を抜けたのは十一日目の深夜であった。野営をして十二日目の朝を迎える。それからはひたすらに海岸を目指した。
「あれが‥‥」
 十三日目の夕暮れ時、ポーレットがロバの手綱を握りしめながら空中の一所に留まった。他の者達も丘を越えて立ち止まる。
 海上に城が浮かんでいるような不思議な景色が広がっていた。
 潮風は強く、皆の髪を激しくなびかせる。千切れた草葉が吹き飛んでゆく荒れた天候の中、雲間から差し込む夕日がモン・サン・ミシェルを照らしていた。
「夢の景色に出逢えるなんて‥‥」
 ステファは首に下げていた十字架を握り、跪いて祈り始めた。ジーザス教に関わりのある冒険者も何人か同じように祈りを捧げる。
(「お兄さま‥‥」)
 ステファは亡くなった兄がここまで導いてくれたと思わずにはいられなかった。
 いつまでも観ていたい心境にかられたが、一行は日が完全に暮れないうちに近くの町に向かった。そして地元の者に潮の満ち引きについて教えてもらう。底無し沼のような穴の位置は大きなものしかわからなかった。地元の者達はわずかな特徴を見分けて避けるようだ。
 ステファはガイドを雇う金銭的余裕があったものの、ここに来て仲間以外の力を借りるのはよしとしなかった。だからこその巡礼なのだと。
「取り越し苦労みたいでよかったわ〜」
 地元の者によれば、この辺りでアンデッドは見かけられていないらしい。ポーレットはかつてモン・サン・ミシェルが死者の山、もしくは墓の山と呼ばれていたのを気にしていたのだ。
 明日の昼過ぎが干潮の時間となる。一行は早めに就寝するが、興奮して眠れない者がほとんどであった。

●干潟
「僕が風よけになります! 風下へと入って下さい!」
 十四日目昼の干潟。レオパルドが巨体の馬マルダーと共に先頭を歩く。潮風が強い。風の向きに合わせて斜めの隊列を作りながら、一行はぬかるんだ砂地を進んだ。
 特に身体が軽くて吹き飛ばされそうなポーレットは、ロバの手綱に片腕を絡ませて低空で飛び続ける。
「あ!」
 突然、ステファが足をとられて沈み始めた。
「しっかりして!」
 ミカエルがすかさずステファの手を掴んだ。
「大丈夫です!」
 クレーが引きずられてゆくミカエルの腰に右腕を回す。左腕は愛馬・伯爵の鞍の端を握り、両足で踏ん張る。
「平気です。落ち着いて」
 エミリアは穴に落ちかけたステファのロバを安全な場所に寄せてなだめる。
「これを!」
 レオパルドが持っていたロープの端をポーレットに渡した。
「風に負けてなんてられないわぁ!」
 ポーレットは勢いをつけて沈みかかったステファの所まで飛んでゆき、ロープを身体に結びつけた。
 仲間全員でロープを引っ張り、ステファを引きあげる。
「あ、ありがと‥‥ござ‥」
 泥だらけになりながら、ステファはお礼をいう。
 休憩をしたいところだが、どれぐらいの時間が経過したのかわからなくなっていた。すぐに一行は歩き始める。
 小島近くに敷かれてあった木板に足をのせると一同はほっと胸を撫で下ろす。
 崖にある階段を登り、ようやくモン・サン・ミシェルに辿り着いた。
「巡礼の方々ですね」
 小島の上に到達すると三人の修道女が出迎えてくれる。見張り台から一行が訪れるのを見守っていたらしい。
 安心したせいか、身体から力が抜けて全員がその場に座り込んだ。その後、修道院近くの巡礼者用の建物に案内される。
 明日以降に修道院長との面会は出来るようである。
 とにかく疲れた一行はベットに寝転がってそのまま熟睡するのであった。

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7890 レオパルド・ブリツィ(26歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ec0193 エミリア・メルサール(38歳・♀・ビショップ・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●目覚め
 六月二十一日。到着から一晩が過ぎたモン・サン・ミシェル修道院での一日目の朝が訪れる。
 一行の誰もが目覚めた瞬間に砂と土で汚れている自身に気がつく。記憶はあったが、疲労で朦朧としていてあまり気にせず寝てしまったのだ。
 ポーレット・モラン(ea9589)、エミリア・メルサール(ec0193)、ステファの女性三人は、ミカエル・テルセーロ(ea1674)、クレー・ブラト(ea6282)、レオパルド・ブリツィ(ea7890)の男性三人が休んでいる部屋を訪れた。
 他の巡礼者から沐浴の出来る場所を教えてもらったので、行こうと誘ったのである。
 小島には雨水を貯めておく貯水槽もあったが、北側には真水の湧く泉があった。言い伝えによると、祈りに応えて天使ミカエルが示してくれたのだという。
 移動する最中、一行は周囲の景色を眺める。教会施設が島の頂上にあり、少し下って巡礼者用の建物が並ぶ。
 石材を始めとする様々な物資が置かれている。これからさらなる増築が行われる予定らしい。一部はすでに着工していた。
 沐浴を済ませて身綺麗にし、貸してもらった修道士や修道女の服に袖を通す。
「汚れたままだったからしょうがないけどぉ‥‥、これからはちゃんと聖務とミサに出席するわ〜」
 部屋までの帰り道、ポーレットは仲間の目線に合わせて飛んでいた。他の者達も全員が出席するつもりである。
「そうそうっ〜、ステファちゃん、落ちかけたとき怪我してない? ちょっと屈伸とかしてみてくれるぅ?」
 ステファの歩き方に不自然さはなかったが、念の為にポーレットは確認を願う。肘、足首など、どこも問題はなくて冒険者全員がほっとする。
「修道院は規則正しい生活が基本ですが、こちら特有の仕来りとかあるのでしょうか?」
 エミリアは自問しながら、ステファをちらりと眺めた。ステファは修道院生活が初めてのはずだ。フォローはするが、出来る限り彼女の自主性に任せるつもりでいた。
「保管されている聖書とか、閲覧させてもらえるかな。建物とかも興味あるけど」
 クレーはモン・サン・ミシェルでの日々を主に読書で過ごすつもりでいた。もちろん建物にも興味がある。ガーゴイルの石像から始まって、出入り口上部を飾るタンパンの彫刻に、レリーフなどいろいろな場所で見かける。興味は尽きそうもない。
「僕も興味あるよ。一緒に頼んでみよう。ステファさんはどう?」
 ミカエルがクレーにニコリと頷いた後で、ステファを振り向く。
「わたしもご一緒させてもらいます。楽しみですね」
 ステファはミカエルに会釈した。
「僕もそうするつもりです。読んだり写本をしたいと考えています」
 レオパルドはふと今は満ちている海を眺める。噂では北海、ドーバー海峡周辺で十五日前後に津波が起きているという。直前の十五日に被害はなかったのか、修道院長との面会の際に聞いてみるつもりである。
 部屋に戻ると使いの修道女が訪れる。望むのなら明日午前のミサが終わった後、修道院長と面会が出来ると。
 ステファが代表して一行全員の面会を申し出るのだった。

●面会
 二日目、一行全員がミサに出席し、その後で修道院長との面会となった。
 礼拝場内はとても明るい。屋根が木製のおかげで窓がたくさんあるおかげのようだ。
「パリから巡礼に来られたそうですね。まずはこちらをお渡し致しましょう。モン・サン・ミシェルを訪れた証となるはずです」
 修道院長が一行全員に手渡したのは、『ミカエルの十字架』である。巨大貝の殻を削って作られ、彫られた溝には赤色が流し込まれていた。一見すると真っ赤な十字架のようにも見える。
 一行は感謝の言葉を口にする。そして一人ずつ修道院長との会話時間が用意される。
「夢を観たのです。天使ミカエル様が現れる夢をです。恐れおおくはありますが、ミカエル様は亡くなった兄に似てました。モン・サン・ミシェル修道院がミカエル様を称える場所だと聞き、決意したのです――」
 ステファは巡礼の理由を述べた。
「ステファさんのお兄様が天に召されている証拠でありましょう」
 修道院長は胸の前で十字を切る。
「お聞きしたい事が御座います」
 エミリアはこれまでの修行について修道院長に相談した。修道院長はエミリアを別室に呼び、いくつかの試しを行った。すぐに礼拝堂へと戻ってくる。
「ビショップへの承認には様々な手続きが必要となります。パリの大司教に一筆したためましょう。パリに到着したのなら立ち寄りなさい」
「ありがとうございます」
 エミリアは深く祈りを捧げた。
「書庫への入庫許可はもらえませんか? 是非閲覧をお願いします」
 クレーが閲覧の許可を修道院長に訊ねる。加えてレオパルドが写本をしてもよいかと付け加えた。
「蔵書の閲覧については希望を叶えられましょう。ですが写本は特別な事情がない限り許可しておりません。閲覧だけでよろしいでしょうか?」
 クレーは閲覧さえ出来れば問題はない。レオパルドは修道院長の言葉を受け入れた。
「ありがとうございます。僕も蔵書に興味あります。大切に拝読させて頂きますね」
 ミカエルがお礼をいうと修道院長は微笑んだ。
「天使ミカエル様と同じ名をお持ちなのですね」
「僕なんかには、似合わないです‥‥」
「そんな事はありませんよ。どうかミカエル様のご加護がありますように」
 修道院長は祈りを捧げる。
「十五日前後、海では津波が起こると噂を聞きました。津波の被害はあったのでしょうか? 一見したところ被害はなかったように思えますが」
「心配して頂いてありがとう御座います。普段より高い波はありましたが、被害といえるものは特に。地形のおかげでしょうか。しかし、ただならぬ状況なのは理解しております。考えられるのはデビルの仕業ですが、その正体は未だはっきりとしていません」
 レオパルドの心配は修道院長に通じる。かなり気にしている様子が窺えた。
「デビルっていうだけで大変だし‥‥。ステファちゃんの観たミカエル様の夢は啓示なのかしら? 院長様はどう考えられてます?」
 ポーレットは様々な聖書の逸話を思いだしながら修道院長に訊ねる。
「似たような伝承はいくつかあります。ですが、今回がそれと合致するかはしばしの時間が必要でしょう。注意にするに越したことはありません。それとかなり以前ですが、見張りの修道士からおかしなものを目撃したという報告もありました」
「おかしなもの?」
「それが曖昧な表現で‥‥。クジラではないかと問いただしたのですが、そうではないらしいのです」
 ポーレットは修道院長への質問を止めた。直接目撃した修道士に話を聞いてみようと考える。
 蔵書の閲覧から始まって、大抵のモン・サン・ミシェル修道院施設の見学が許可されるのだった。

●本
 書庫で日々を送った冒険者は多かった。他の事を主にしていた冒険者でも何度かは訪れる。他で見たことがない本が本棚には仕舞われていた。
「いろいろとあるんだね」
 ミカエルは仲間から借りたランタンで照らし、書庫に並べられた本を眺める。どれも大きく見えるのはミカエルがパラだからでない。人間にとっても大きくて厚く、重いものばかりなのである。
「こちらなんてどうでしょう? みなさん、興味があると思いますけど」
 ステファが聖人が残した天使についての写本を手に取ろうとする。
「危な〜い!」
 当然ステファ一人では持てず、レオパルド、ミカエルが手を貸す。クレーが持ってきた台車に載せられて、本は専用の机に移動させられた。
 修道院の本だけあって、すべてがラテン語といってよかった。
 書庫には冒険者以外にいなかったので、レオパルドが翻訳しながら音読を始める。ラテン語が苦手な者にもわかるように。
 ミカエルの逸話はかなり多い。聖書にある竜との戦いや、ある書物にはモーゼに十戒を渡したのはミカエルだという説も載っている。
「ノルマンだけではない、いろんな地方のミカエル様の伝承が書かれてありますね」
 レオパルドは感心した。整理された形で、天使ミカエルについてこれだけの資料があるのはモン・サン・ミシェル修道院だけだ。他にあるとすれば教皇庁ぐらいだろう。
 戦いの天使とされているだけあって、かなりの人気である。
 何日にも渡って、たくさんの本に目が通されてゆく。
(「黙示録‥‥蒼ざめた馬‥‥。蛇と呼ばれる――」)
 クレーは一人の時に天使と悪魔の戦いについての資料を探しては目を通した。
「ジャパンの神社参りやイスパニアの巡礼地‥‥。共通点があるんだ。面白いね」
 ミカエルは遠く離れた土地なのに、似た風習がある事に驚いた。月道のある現在なら理解できるのだが、記されているのはかなり昔の出来事である。
 四人で読んでゆくうちに、ステファがパリを恐怖に陥れたノストラダムスの預言を話題にする。
 預言とされた四行詩は聖書の黙示録を解釈し直したものだともいわれている。あくまで噂の域であるが。
 結果として預言の脅威は去ったものの、パリを襲ったアガリアレプトの暗躍は未だ続いている。ミカエルではないものの、別の天使が降臨したというまことしやかな噂もあるようだ。
 書庫にはエミリアの姿もあった。
 他の四人と興味がずれていたので読んだ本は別である。だが、相手が読みたくなるような本を見つけたら声をかけあっていた。
(「なかなかありません。やはり遠い土地だからですか‥‥」)
 エミリアが調べていたのはエジプトで問題となっていた『蛇・アポピス』についてである。
 残念ながら詳しいといえる資料は存在してなかった。太陽神ラーにはむかった『混沌の蛇』であるなどは載っていたが、それ以上のものは存在しなかった。

●絵
「上からだと違ったように見えるわぁ〜♪」
 ポーレットはモン・サン・ミシェル修道院の小島上空を飛んでいた。
 眼下にある頂上付近の教会施設は十字架をかたどっている。
 併設する建物はあるので厳密には凸凹しているのだが、基本は十字を描くように建てられているのは間違いない。
 風が弱いうちにポーレットは全景の写生を始める。
 モン・サン・ミシェルは太陽の傾きによって刻々と姿を変えてゆく。何枚描いたのか忘れるぐらいにポーレットはペンと筆を走らせた。
「津波の被害はなかったっていってたけどぉ‥‥」
 ポーレットは小島の外縁部分で土が削られた個所を発見する。雨で流れたのではなく、一気に削られた感じだ。草木の状態からいって最近の出来事であり、まず間違いなく津波のせいだろう。
「レオちゃんには伝えておきましょ」
 部屋のある建物に戻るとレオパルドに教えるポーレットであった。

●見学
 全員で修道院を一緒に回った日もあった。
「ロウソクがたくさんあるね。マリア様の像だよ」
 ミカエルが見上げるように像を見つめる。マリアが赤子のジーザスを抱きかかえている姿だ。
 修道院には礼拝場は一個所だけではなく、いくつか存在した。地下にあったり、もしくは土台にする為に今は使えなくなった場所などいろいろである。
「たくさんの柱があるわぁ〜。ここも描かないとね」
 ポーレットは散策の間を支える柱を縫うように飛んでみた。横断アーチがいくつもある。天井は低かったが、かなりの広さがあった。他にもポーレットは刻まれたレリーフや飾られている小さなミカエル像まで全てを描ききるつもりである。
 海が見える踊り場で冒険者達は夕日を眺めた。
「夢の中のミカエル様に、お兄さんを見たって、どんな方、だったんですか?」
 ミカエルの問いにステファが話し始める。
 幼い頃のステファは今以上に虚弱で、少し遊んだだけでよく熱を出していた。兄はベットで寝ているステファを心配して楽しいお話をしてくれたという。
 ところが元気だった兄が流行病で亡くなり、病気がちであった自分が生き残る。誰のせいでもないのはわかっているが、わだかまりが未だ心の中に燻っているとステファは吐露する。
「一緒に読んだ本の中にもあったでしょう。ミカエル様は、お兄さんはきっとステファさんを見守ってくれていますよ」
 レオパルドは俯き加減のステファを元気づける。
「その通りや。元気だしてな」
 クレーはステファの夢に出てきたのが天使ではなく悪魔だったのではないかと疑っていた。しかし修道院では何事もなくて杞憂に終わりそうだ。
「寝る前にお兄ちゃんの容貌教えてくれる? 人相描きしてみたいの〜☆」
 ポーレットの願いにステファは『是非に』と返事をする。ミカエルの姿で夢に出てきた事も聞いているし、もしも美形なら注文された絵のモデルにするつもりでいた。
「旅の最後にはきっと答えが見つかっているはずです。旅の記録はつけられましたか?」
 エミリアはステファに手記を書く事を勧めていた。今回の巡礼が先人の手記で始まったように旅の情報は貴重である。
 ステファは書いていると答えた。ただ後に清書が必要なようだ。
「僕も書いているよ。文章と絵、両方の巡礼の記録を残すつもりなんだ」
 ミカエルが丸めた羊皮紙を胸元から取りだして見せる。そして海へ振り向く。
「ここから見る夕日は、本当に‥‥。どうすればこの美しさを伝えられるのか、悩んでしまうけどね」
 ミカエルが呟く。全員が太陽が沈むまで、その場を離れる事はなかった。

●帰り支度
 十四日目、一行は帰り支度を整えていた。
 別れの挨拶の為にもう一度修道院長と面会する。その際にポーレットは儀礼用短剣と天使ミカエルの絵を進呈した。モデルはステファの兄である。
 もちろんポーレットはステファにも兄の絵をプレゼントしてある。とても大事にステファが仕舞っていたのがポーレットの印象に残った。
 海で何かを見た修道士に興味を抱いたのはポーレットだけではなかった。数日前に全員で話を聞く。曖昧な表現であったが、どうやら巨大な魚のヒレのようなものを目撃したらしい。それがデビルなのかまではわからなかった。
 見張りの修道士に潮の満ち引きについて聞いて帰りの準備のすべては終わる。
 兄が亡くなってしまった事へのステファのわだかまりも、祈りによって大分和らいだようだ。完全に克服出来るかはまだ誰も知らない。
 長いパリへの旅に備えて早めに就寝した一行であった。